日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2337声 利根川

2015年03月04日

昨晩はおぼろ月で、帰り道、ボ-ッと照らしていた。

今朝は陽光の照り返しが眩しい程、きらきらしていた。

今は一年でもっとも水量が少ない。色は紺碧に近い。

桜も散る頃になると、一気に水量が増し、黒みが増す。

昔から、水を眺めるのが好きだ。ただ、手相見には水難の相ありと言われている。

たしかに、真冬の池に3度も落ちたことがある。

それでも近づいてしまう。

2336声 ステージ

2015年03月03日

人間の思考というものは、突き詰めるれば詰めるほど、抽象化し普遍化する。

高次元の思考を惜しげもなくさらりと聞かせてくれる人もたまにはいる。

分かるように一次情報に還元して。

先日、常連の飲み屋のマスターとご一緒した。

自分は何事もなるべくジャッジしないようにしいてる。その人は言った。

私も思考を寝かせる、ということを考えていたので、よく分かった。

私は人の動かないものを見極めたいのです。私は言った。

その人は、俺は人の動かない部分が、動くとこを見ている。と言った。

その話は実感できなかったが、いつか分かれば良いなと思った。

マスターはH氏と言う。

2335声 前橋力

2015年03月02日

昔前橋には目玉焼きそばの店がたくさんあったとか。その中でも今でも語られる名店があくざわ。

残念ながらその味は知らない。ただ、長い時を経て、その味を懐かしんだサラリーマンのおじさんが、

その幻の味を週末だけスナックで作っていた。1回だけ食べた。今でも忘れられない味である。

先月より、そのあくざわさんの焼きそばを復活した店があると聞き来店。

水分少な目な太麺に三菱ソース。顎が疲れる程の噛みごたえ。あくざわ流は目玉でなく炒りたまご。旨いなぁ。

まるで骨太だったころの前橋を食べてるよう。いや、今でも骨太なんだなこの街は。きっと。

2334声 春風

2015年03月01日

股引が鬱陶しく感じるほど、暖かい日だった。

日増しに春の到来を感じている。

しかし岡安くんに続き4人目の執筆者として、

自分が書くことになろうとは。

タイトルの2334声っての、手入力なんですね。間違えそう。。

3人との関係性などは後ほど。

1日の最後を、どこの飲み屋で締めるか思案しつつ、

最寄り駅まで30分、ぶらりぶらりと家路につく。

2333声 マカオ

2015年02月28日

最後の最後で海外の話・・ではない。
料理家の堀澤宏之さん、俳人の抜井諒一さん、
そして飛び入り参加の僕とで月交代していた
「鶴のひとこえ」ではありますが、
来月3月は新しい風、すーさんが担当します。

 

第一印象、というのは大事だなと思っていて、
初めてその人に会った時の印象は、後をひく。

 

東日本大震災後に、中之条町つむじで行った
「ハッピーレストラン/はれのひ食堂」という
イベントの際に、誰でも出店できる青空市場で
たくさんのスーツを並べ、「スーツの店マカオ」
を開いていたのが、すーさんとの初対面だったと記憶する。

 

青空テントでスーツを売るこの男、何者?
それが彼の第一印象である。

 

ああ、第一印象は大事なんて言っておいて、
そんな混乱を招くような紹介をして無責任に去るわたし。
今月ぼくは今まで以上に長文続きにしてしまったけど、
今までの「鶴のひとこえ」に習い、
自分の言葉で語っていただければと思います。では、どうぞ。

2332声 狭間の小道

2015年02月27日

「世界」なんて大きなテーマを掲げて、
でも予告通り、いつも通りの半径数メートルの小さな話ばかりだった。
もともこうもない話だけど、「世界との対峙の仕方」は人それぞれで、
文字通りの世界に対し挑む人もいれば、家庭という世界で奮闘する人もいる。

 

「What a wonderful world」という曲が好きで、ルイ・アームストロング
の原曲はもちろん、イベント撮影をしていてジャズやロックなど様々な人が
この曲をカバーしていて、それだけの広がりをもつ曲なんだなと思うが、
今の僕にはこの歌で描かれる世界は、きれいすぎる。
あと30年もすれば、もっと好きになる曲なのかもしれない。

 

寺尾紗穂さんというアーティストが好きで、
中之条町でも一部撮影された大林宣彦監督のリメイク版『転校生』の主題歌
などを歌っている人なのだが、つい最近公開された「楕円の夢」という曲が、
とても良い。その歌詞を、最後(の一個前)に置いておきます。

 

「楕円の夢」

 

明るい道と暗い道
おんなじ一つの道だった
あなたが教えてくれたんだ
そんな曖昧が全てだと

 

明るい道と暗い道
狭間の小道を進むんだ

2331声 贈る言葉

2015年02月26日

学生時代、親に甘え、嫌いなことは避けて、
友達もちょっとはいて、自分は幸せな方だと思っていた。それでも
昔を振り返り、どんな言葉をかけて欲しかったかを考えた時に、

 

「めいっぱいやってみればいいじゃないか」

 

だったという事に気付いた。
いい大人になった今にしてみれば、それがいかに責任を伴うかも、
世の中そんなに甘くないということもわかっているが、
部屋の隅で燻っていた僕に、誰かが、届く声で、そう言ってくれれば
今とは違っていたのかなとも思う。自分じゃそれを振り切りきれなかった。

 

その反動が今に出て、好きなことばかりやらせてもらっている気もするが、
今周りを見渡してみても、何かをやりきっている人は、
それが失敗に終わったとしても、とても魅力的に映る。

 

・・失敗しても責任はとれないけどね、との一言をつけ加えてもいいので、
まっすぐにそう言ってあげてもいいのではと思う。

2330声 物語を宿す風景

2015年02月25日

昨年に引き続き、今年の高崎映画祭でも、
僕がスタッフをしている伊参スタジオ映画祭関連の映画を
上映していただける運びとなった。

 

4/5(日)高崎シティギャラリーにて
『捨て看板娘』(川合元監督)『彦とベガ』(谷口未央監督)
の2作品が上映される。

 

これらはシナリオ大賞という「全国から映画シナリオを募集し、
選考で選ばれた作品を伊参スタジオ映画祭や中之条町でサポートし
映画化させる」という取り組みから生まれた映画であり、
川合監督とは撮影前の段階からお会いし、僕の会社等でも
撮影を行った。どちらの映画も、商業主義とは切り離された
「映画を作りたい」という熱が篭った素晴らしい作品だ。

 

伊参のこの取り組みは、「若手映画監督を応援したい」という
外向きの理由の他に、「地元の人が観た時に、いつも見慣れた景色が
映画と言うフィルターを通すことによりより魅力的に映るだろう」
という目的も含まれている。確かに、

 

『捨て看板娘』において、看板が並ぶ山道は、
車も通らないを寂しい山道を、温かみを含んだ田舎道に変えているし、
『彦とベガ』において、老夫婦が暮らす旧家は、
住む人を失くした旧家を、格式も感じる他にはない古屋敷に変えている。

 

人気が出た映画のロケ地を巡ってわざわざ人が足を運ぶのは、
映画がただの風景記録ではなく、風景に物語を宿すものだからではないか。
映画は、たくさんの可能性を秘めている。4/5、ぜひ来てください!

2329声 食べてみ

2015年02月24日

「東吾妻町新名物料理コンテスト」のレシピ集が出来上がった。
昨年行われた同コンテストの受賞作の作り方を網羅した小冊子で、
原町保育所で大人気の豆乳を使ってコクを出す「いわびつ汁」や、
東吾妻町の特産であるナスを味噌炒めにしメンチで包むという
「コロコロメンチ」などの力作が並んだ。3月には町内に配布される。

 

「地産地消」という言葉は、たこができるほど耳にした。
それでは消費のたかが知れるから「地産他消」を推すべきだとか、
地産重視で無理な野菜を作らずに「適地適作」が良いとか、
TPP賛成だとか、反対だとか、農作物とその消費方法についての
話しは絶えない。言うは易し、行うは難し、の繰り返し。

 

そのように頭でこねくりまわしたり、
大枠としての「日本農業のこれから」を考えることも大事なことだけど、

 

「この野菜私が作ったんさ、食べてみ」
「うちのあたりではこういう食べ方があるんさ、食べてみ」
というやり取りを経て、野菜の作り手も料理の作り手も見える料理ほど、
お腹もこころも満たされるものはない。そう思う年になった。

 

群馬はほんとうに野菜がおいしいと思う。
昔はきらいだったけど、春にはフキノトウの苦さを、
夏にはミョウガのえぐみを、秋には舞茸の香りと甘みを、
味わえるこの町に生まれたことは、幸せなことだと思う。

2328声 鼻毛と政治

2015年02月23日

『「やっぱ、鼻毛って必要なんだなぁ」
と、再確認する、冬の朝。
指がかじかむ寒さでも、吸い込む空気は、
(それほど)冷たくないものなぁ。』

 

という投稿を見た。衆議院議員の福田達夫さんのFB投稿である。
緊張極まりない激務続きであろう氏の日常の中にあって、
時々書き込まれるこのような投稿が、僕は好きだ。
不真面目である!などという反応があるとしたら、窮屈だと思う。

 

僕自身の話では、最近鼻毛の白髪率が高い。
太めで立派な白く艶やかな毛が、鼻からピョーンと顔を出す。
頭髪や髭はまだ白髪ないんだけどね、鼻毛だけがね、白い。

 

群馬選出の衆議院議員と、群馬の片田舎で缶コーヒー代もケチる僕。
住む世界は違っても、鼻毛の存在を意識するという思いは同じ。

 

「政治は他人事」と思っている若者が多いとしたら、
鼻毛的感覚の共感、つまりは政治家だって人間味あるおじさん達なんだ、
からスタートする方法も、ありだと思う。

2327声 姉の家から来たクー

2015年02月22日

吉岡に住む姉から電話。
旦那のお母さんの容態が悪いから一家で家を留守にする、
飼っている犬のクーを実家で預かってはくれないか、という内容。
仕事終わっての夜、姉の家まで犬を預かりに行った。

 

物心ついた頃には柴犬のジョンがいて、
最後は病気も患い悲しい思い出もあるゴールデンのキャンディーも飼った、
犬派なぼくんちに、久しぶりの犬が来た。

 

クーはマルチーズなのかな、小型犬で、とにかく落ち着きがない。
姉に似ているんだろう、なんて呑気にギャンギャン吠えさせていたら、
「うるさくて寝れないじゃないか!」

隣のうちから怒られた。

 

仕方がないので以降、どんなに遅く帰宅しても散歩に連れて行き発散させている。
近藤公園の急な階段をてくてく降りていき、街頭照らすベンチ脇を通り、
ジョンもキャンディーも歩かせた、小さな川沿いの道を歩く。

 

落ち着きないしうるさいし、可愛げない犬だなと思っていたが、
散歩で一通りはしゃぎ終わると、僕の歩調に合わせ、歩みを遅めたりする。

 

短期で面倒をみる程度なら、犬との生活は楽しい。

2326声 3:5:2の割合

2015年02月21日

先日の温泉湯豆腐の興奮冷めやらないが、
気の合う仲間ですき焼きを囲もうという話になった。

 

あまり描写をすると反感をかいそうなので今回は書かないが、
牛肉は高崎「まるおか」で買われた絶品の増田牛でした!テヘペロ!
砂糖・醤油・酒の割合はどれがベストなのか、という話しで盛り上がった。

肉や野菜がいいものだったから、結果酒はいらなかったけれども。

 

一番のごちそう、というのは何だろう。

 

僕にとってのそれは、味だけのことじゃなくて、
住む場所や立場、やっていることは違くても、
なんらかの同じ気持ちを持っている人たちと食事を囲み、
飯のはなし3割、馬鹿ばなし5割、真剣なはなし2割くらいが
できるごはんが、そうである気がしている。

 

この日の割合も、そんな割合だったように思う。

2325声 実行する男

2015年02月20日

中之条町つむじで、「クリスマスローズフェア」が行われた。
つむじは以前の職場があった場所で、フェアのチラシも毎年担当している。

 

昨年はフェア初日が歴史に残るような大雪で、
クリスマスローズの花を見るためには雪トラック10杯は
かかねばならず、実質中止のような有様だった。

 

今年は無事に開催できて、クリスマスローズを扱っている
下里見の「富久樹園」の富沢登さんの講演は超満員。
花も文字のそのままに飛ぶように売れていった。

 

クリスマスローズはこの時期に花を咲かせる珍しい花で、
花びらに見える部分が「がく」で長期間楽しめることや、
赤・黄色・白・黒など色や形も様々で、とても人気がある。

 

富沢さんは里見の山に、「高崎クリスマスローズガーデン」という
クリスマスローズが山の斜面に美しく咲き連なる観光園を作った。
もう8年程前だろうか、この立ち上がりから見ているものとしては、
富沢さんのその「実行力」に只々感服するばかりなのだ。

 

裏山一体を、花で埋め尽くし、人を呼びたい。
的なことを言うことは、誰にでもできる。
ただそれを実現できる人は、ごくごくわずかだと思う。
まちづくり・地域づくりを第一に掲げないところも良い。
その精神はとても重要だけど、その精神に浸り過ぎは良くない。
「自分がやりたいからやった」その実現が結果、地域に人を呼び込む。
そういうある種「健全さ」を、富沢さんの仕事からは感じる。
褒めすぎちゃったな・・またガーデンでコーヒーでもごちそうになろう。

 

「高崎クリスマスローズガーデン」は今が見ごろ。
ぜひとも足を運んでいただき、その美しさに見とれて欲しい。

2324声 大地といのちの祈り

2015年02月19日

2012年秋、アメリカインディアンのデニス・バンクス氏が
福島県南相馬市を訪問した映像を編集した。

 

その映像は『大地といのちの祈り2013』という小作品になり、
翌年も来日したデニス氏を追った『大地といのちの祈り2014』と
DVD2枚組という形で、この度パッケージ化を行った。

 

僕もまたインディアン思想とは無縁の生き方をしてきたので、
「地球は人だけのものではなく、動植物含め皆のものだ」等の
彼の言葉がどれだけわかっているかは怪しいものだが、
客観的に編集できたと思うし、一連を通して気付いたこともある。

 

デニス氏が南相馬へ行き、震災以降も寺や地域を守る住職を訪ねる。
その地で彼らが自然に即した暮らしをしていることを褒め称え、
大地に向けて祈り、歌を歌う。
またある時は原発建設でゆれる祝島へ行き、人々を称え、祈り、歌う。

 

その事に何の意味があるのか?と思う人はいると思う。

 

天災の多い日本には、それを乗り越えるための精神性があると聞く。
危機的状況に対するいい意味のあきらめと、立ち直るタフさ。
そしてその精神性には、土地との結びつきが欠かせない。
野菜を作り魚をとり、生まれた土地を愛するから、再起を試みる。
原発事故はその土地との結びつきも断絶しようとするからたちが悪い。
けれど、そんな絶望的な状況にあっても、前を向く人々がいる。

 

保障や安全の問題、政治や企業がやるべきことは多々あるが、
その中には「ただその土地で祈ること」があってもいいのではないか、
むしろインディアンに限らず日本人もまた、祈り、歌ってきた、
そういう歴史・DNAがあったではないか。そんなことを考えた。

 

東日本大震災から、もうすぐ4年が経つ。

2323声 正論

2015年02月18日

とある講演会の撮影を行った。
集まったのは多くの経営者たち。
先が読めない時代を生き抜くにはと、
講演者が熱弁をふるっていた。

 

「社員やお客さんを変えようと思っても無理です。
まずは自分が変わらないと!」
講演者が語ることはどれも正論で、
なるほどと思いながら撮影していた。
けれど、一か所、妙にひっかかった。

 

東北へのボランティアに精を出す社長がいて、
私(講演者の方)は毎年のように褒めていたのだけれど、
ある時ふと「会社の方はどうなんです?」と聞いたら、
「ここ数年赤字ですわ」と答えたという。
ふざけるなと、褒め言葉を返してくれと。
納税は社会貢献。赤字続きで税金も払わない奴は、
道路のはしっこを歩いていただきい。

 

そんな内容だった。それは、正論、であると思う。
経営者たるもの、至福を肥やすのではなく、
たくさん稼いでたくさん納税してたくさん社会貢献せよ、
そういう人々がいなければ社会が成り立たないこともわかる。
そのボランティア社長も、仕事が安定するまでは仕事に
専念するとか、会社を閉じてNPOで活動するとか、
そういう生き方を選ぶ方が正しいのかもしれない。

 

けれども。

 

あくまでただの想像だが、会社経営がうまく行かずに、
でも必要とされたくてしたくて、ボランティアに向かう。
家族や社員や取引業者がその行為を非難することはできても、
それは間違った生き方なのだろうか?と考えてしまうのだ。

 

正論は絶対ではない、と思う。

正論逃れをしたいわけじゃなく、
正論では辿りつけない人生を見てみたい、

という欲求がある。

2322声 冬の本

2015年02月17日

まだ寒さ残る朝、夏葉社の「冬の本」を開いた。
「冬」と「本」をキーワードに、様々な文筆家等による
それぞれ1000字ほどのショートエッセイをまとめた本だ。

 

その中で山崎ナオコーラさんが挙げていたのが、
トーベヤンソンの「ムーミン谷の冬」であった。
それは彼女が幼いころ、冬眠にあこがれていた、
というくだりで始まる。

 

「ムーミン谷の冬」は僕もとても好きで、
家族より先に目覚めてしまったムーミンが生まれて初めて
雪の降り積もった世界を旅する様子が面白い。
見慣れた谷の姿はなく、いつもと違う生きものたちが
粛々と暮らしている。まるで別世界のように。

 

「ムーミン谷の冬」を読んだのは中学生だったか。
自意識過剰で、人と会いたくない、ずっと寝ていたい
とも思っていたが、好奇心旺盛なムーミンにつられ、
共にあの谷を歩いて岬まで行き着いたことを覚えている。

 

つまりは、本はいい。そういうこと。

2321声 温泉湯豆腐

2015年02月16日

「いいお土産もらったから食べおいでー!」
そう言ってもらえるお宅がある。
もともとは仕事のお客さんだったお宅。
僕は人見知りで遠慮する・・タイプではないので
「行きます!」とふたつ返事で飛んでいく。

 

この日は、佐賀県の嬉野温泉の温泉で煮る湯豆腐、
「温泉湯豆腐」があった。温泉はペットボトル入り。
鍋でコトコト煮ていくと、化学反応なのだろう、
豆腐の角が、ふわふわと溶けていく。

 

丁度のところをお玉ですくって、胡麻ダレの中へ。
ゆらゆら湯気を上げるので、ふーふーして口へ運ぶ。
胡麻のコクに先導され、溶けた豆腐が口中に広がる。

 

ここに書くと恨まれそうな銘柄の日本酒もいただき、
豆乳になった鍋には赤城の有名店「ぐろーばる」の
上質な豚肉が泳いだ。桜色程度でつまみあげる。
これがまた、やわらかくて旨い。

 

ごちそうしてくれたご夫婦は、若い時から汗水流して
働いて孫も元気で、招待された僕らがおいしそうに
食べるのを、ニコニコして眺めている。

 

とても幸せな夜だった。

自分の中に凝り固まっていた“何か”の角もまた、
ご夫婦の優しさによって、ふわふわと溶けていった。

2320声 Mの扉

2015年02月15日

歯医者が大嫌いだった。

 

「はい、口を開けて」と言われても断固開けず、
そんな聞き分けのない子ども対策的な
透明なゴムみたいなのを口にねじこまれたら
プッと吐きだし治療中止。
会計に立つ母に看護婦さんが
「お代はいりません。何もしていないですから!」
と怒られているのを聞いた記憶がある。

 

今、歯医者が嫌いでなくなった。というか、好き。

 

大人になると、痛い思いをする機会が減る。
無暗矢鱈にころぶこともないし、危険を学び回避するからだ。
だから、痛い思いができる歯医者は貴重ではないか・・論。
それも、痛いって身構える間があるから良い。
キュイーン・・きたコレ痛いぞきっと・・あ痛い痛い!

 

あまり度がすぎると、Mの扉を開けてしまいそうなので、
歯医者までで留めなければならない。