日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和6年度は4月(ぬ)5月(岡)6月(す)7月(堀)8月(坂)9月(ぬ)10月(岡)11月(す)12月(堀)1月(坂)2月(ぬ)3月(岡)の順です。

1480声 とことん雪

2012年01月20日

「ついにやったか」
起床して薄暗い部屋の「感じ」がいつもと違うので、分かった。
カーテンを開けてみると、やはり、雪。
しかも、しんしんと降りしきっている。

初雪に各交通機関は乱れていたが、平野部ではまずまず、
ノーマルタイヤでも走行できるぐらいの積雪。
人の踏み入らざる、例えば、私の家の裏の田圃などは、
一枚の大きな白銀であった。
黒い鴉が一羽、雪雲の中へ消えて行く光景ですら、叙情的である。

「この機会に、雪の句を量産せねば」
そう思い立ったのだが、中々、独り雪原に向かって佇もうと言う気持になれない。
反面。
ワンカップかウイスキーなんかポケットに押し込め、
もう、阿呆になってとことん雪の中に分け入って行きたい衝動も、仄かに感じている。

【天候】
初雪。
群馬県平野部では積雪3cmくらい。

1479声 雪もよい

2012年01月19日

もうどれくらいぶりかも、正確には思い出せぬ。
今年に入って初めて、と言う事だけははっきりしている。
街に待った、と言う感があるだけに、夜の窓を開けて聞いていると、とても心地好い。
このしとしとと降る雨音が、である。

風邪も流行の兆しをみせていたので、丁度良い。
丁度良いのだが、明日は大寒と言う時柄、天気予報では広い範囲で、
夜半から雪に変わると言う。
子供は楽しみかも知れぬが、大人はげんなりしているだろう。
私もいい歳の大人だが、「明日は雪」と聞くと、
心の奥に残っている童心が小さく震えるのが分かる。

私が子供の頃なので、もう二十年も前の事だが、
毎年、自分の背丈よりも大きな雪だるまを作っていた記憶がある。
学校行事や地域の育成会、周辺地域でも、ウインタースポーツが盛んだった。
南関東の人たちからは、「群馬県=温泉付きスキー場」と言うイメージが強かった。
と言う事は、高校卒業後、南関東出身の友人たちから聞いた。

いまとなっては、交通機関の乱れを鑑み、頼むから降らないでほしいと思う。
山下達郎の「クリスマスイブ」でもあるまいし、
夜更けに過ぎに雪へと変わってもらいたくはない。
しかし、もし朝起きて一面の白銀世界だったら。
静かに句帖とペンを持って、景色を眺めようと思う。
そうなったらそうなるまでだ。

【天候】
お昼過ぎまで快晴。
午後から雪雲が垂れこめてきて、夕方から小雨。

1478声 懐かしい香り

2012年01月18日

連日乾燥注意報発令中。
こう表記すると、ありがたい格言のようだが、空気がカラカラなのである。
毎年、この一月の受験シーズンになると乾燥注意報が発令され、
一挙にインフルエンザが猛威を振るう。
来週あたりは、県内でも、学級閉鎖となる学校が目立ってくるかもしれない。

今年は、年末に近所から頂いた柚子が沢山あるので、
三日に一回くらいは柚子湯に入っていた。
その為もあってか、年末年始から大寒前の現在に至るまで、
一度も風邪をひかずに済んでいる。
酔っ払って帰って来て、風呂に入って髪を乾かさずに寝ても、
夜中までこうやって机の前に座っていても、である。

受験を控えた学生がいる家庭には、是非、冬至を過ぎても柚子湯をお勧めしたい。
気分転換にもなるし、なにより、体が温まる。

未来より過去を思へる柚子湯かな  諒一

なんか、あの香りはそんな懐かしい感じがする。

【天候】
終日、快晴。
やや、風強し。

1477声 帰り道

2012年01月17日

いま、今週末に出掛けようと思っている句会に提出する句を、
幹事のアドレスに送信したところである。
相当、手こずってしまった。
と言うのも、提出方法が慣れていない連作だったから、である。

「連作10句」
それが一つの課題である。
同工異曲のものばかりでもつまらぬし、
かと言って物語性を帯びていないものも味気ない。
などと、10句くらいから悩み出す数だと思う。

結局、もう悩むのも馬鹿らしくなってきて、
「帰り道」と題する、なんだか訳の変わらぬ作品を送信してしまった。
潜在意識では猛烈に帰りたかったのだと思う。
それはもう後の祭りで、ひとり茫然としてストーブに当たっている。

【天候】
終日、快晴。
乾燥しており、巷では火事と風邪が蔓延の兆し。

1476声 ファーストフードでこそ

2012年01月16日

「今日こそは」
固き誓いを自らに立て、作業にかかるのだが、なんやかんやで今、夜半。
結局のところ、また、夜の底辺りでこの文章を書いている。

思えば、最近。
起きてから終日、てんやわんやしながら一日を過して居る気がする。
その証拠に、昨日の昼食が牛丼屋で、今日の昼食が回転寿司。
どちらも、滞在時間十五分と言うところであろう。

この二つの外食チェーン店は、待ち時間がなにせ短い。
牛丼屋と回転寿司は、注文メニューが入店する前から決まっているので、
着席と当時に注文する。
すると、2、3分、ないしは4、5分で注文の品が席に来るので、
10分でそれを食べ店を辞す。
滞在時間正味15分。

しかし、いま振り返って見て、そう言う食べ方はあまりにも心がさもしい。
ファーストフードでこそ、心静かにゆったりと食事ができる人間になりたい。

【天候】
終日、快晴。

1475声 隠沼

2012年01月15日

毎日寒い。
俳句を作っていても、「寒さ」や「水洟」などの寒々しい季題に偏った、
類句類想に陥っている。
それを打破するには、やはり外へ出て取材するしかなかろう。
と言う事で、日曜日の公園へ出掛けた。

厚い雲の隙間から淡く冬日が射しみ、枯野原は薄く輝いていた。
枯れていても、草木に残っている生命力を感じた。
流れの淀んだ隠沼も、何だかとろとろと、生命の煮凝のような印象を受けた。
やはり、寒の内ながらも、外へ出掛けると発見がある。
園内にはカップラーメンの自動販売機があり、おやっさんが独り、
ベンチで寒そうに、カップラーメンとトマトを二つ食べていた。
小一時間吟行し、鴨と寒鯉を中心に、冴えない句を五つ六つ作って帰ってきた。

【天候】
朝より、曇りがちな一日。

1474声 書き比べ

2012年01月14日

昨年あたりから、出掛け先で文具売り場を見つけると、
真っ先にペンコーナーに行く。
そこで、海外メーカーの得体の知れぬボールペンなど売っていると、
頭に血が上って、衝動買いしてしまう。
そして、失敗する。

この前は、東京駅構内の書店の雑貨売り場で、
やはり海外メーカーのボールペンを見つけて、即、レジへ持って行った。
「ピッ」と、レジの電光表示板に現れた価格は「800」円。
「高いのでやっぱ戻します」
などとは言えず、胸の動悸を抑えつつ、買って来た。
そして今日も、雑貨屋で得体の知れぬボールペンを二本見つけて、
買って来た。
海外メーカーのボールペンは、デザインも面白いし、
書き心地も国内メーカーのものとは一味違う。
外車を乗り比べることはできないけれども、ボールペンぐらいは書き比べたい。

帰宅して、二本の書き味を試すべく、ノートを開いて俳句などしたためてみた。
一本目が、みどり。
二本目も、みどり。
インクの色が、である。
しかしまぁ、よしとする。

【天候】
終日、快晴。

1473声 風物の美

2012年01月13日

冬天。
年明けからここ数日。
まさに、冬の空らしい、硬そうな雲の上に澄んだ青空が広がっている。
山陵に滲んで行く夕焼けが、とても綺麗で見とれてしまう。
高崎市からでも、少し小高い丘に登れば、白銀に輝く南アルプス連峰が望める。

厳寒の折、風物の美しさには感動している。
その山が峻険であればあるほど、登山家をひきつけると言う。
やはりそこに、かかる危険と天秤にかけても、他では得難い美しさがあるのだと思う。
部屋の中で、鼻水垂らしながらラーメンと一緒に啜っている私が言うことでもないが。
きっと、そうだと思う。

【天候】
終日、風もなく穏やかな晴れ。
いよいよ、寒さ厳しい。

1472声 凍結

2012年01月12日

殊に寒い、ここ数日は。
まだ大寒前だと言うのに、連日、今年の冬の最低気温を更新している。
身も心も、寒さに弱い体質なので、最近、風呂に入った後は直ぐに寝てしまう。
この日刊「鶴のひとこえ」の更新だとか、届いたメールの返信だとかは、
明朝に後回しにしている。
そして、朝。
当然ながら、吐く息が白いような部屋で作業できる筈も無く、数日溜めてから、
一気に諸事を片付けると言うペースになっている。

この際なので、今回はじっくり言い訳してみようと思う。
朝、一応やろうとはする。
パソコンの電源を入れ、立ち上がるまでに顔を洗って、取り掛かろうとはしている。
「している」のであるが、うまくいかんのである。
その原因を端的に述べると、「寒さ」。

まず、パソコンが立ち上がる間に、顔を洗おう。
洗面所に行って、湯の蛇口をひねる。
ひねって、戻して、ひねって、戻しても一向に湯が出ない。
そう、寒さで水道管が凍結しているのであろう。
もう、諦めて冷水を顔に当て、それで洗顔したことにして、パソコンの前に座る。
すると今度は、パソコンがインターネットに繋がらない。
電話回線が凍結することはあるまいが、これは契約しているプロバイダによるもの。
激安の契約内容なので、こう言うところに弊害がある。

一連の作業で憔悴し、まだ返信で来ていない年賀状を書こうと思い立ち、ペンをとる。
手紙の上にペンを走らせると、これも、寒さでインクが固まってしまって書けない。
もう降参して、いま、夜半に苦しみながら書いていると言う次第。

【天候】
終日、快晴。

1471声 辰之助の年

2012年01月11日

明日の朝が、この冬一番の冷え込みらしい。
その冷え込みが、夜半の今にしてもう始まっており、
部屋の中に居て息が白い。
新春ロードショーの「釣りバカ日誌」をテレビで見ていたら、
すっかり、深い時間になってしまった。

辰年である、今年は。
なので、石橋辰之助の句を読もうと思う。
「読もう」っても、私は石橋辰之助の句集を一冊も持っていない。
書店に行って注文しても、買えないのが、古い句集である。
石橋辰之助は昭和23年に亡くなっている作家なので、
当然、句集は古本で探すしかない。

句集を一冊も読んで居ないのに書き出すのは無謀だが、
先日、歳時記をめくっていたら、こんな例句に出合った。

桑枯れて日毎に尖る妙義かな   石橋辰之助

上州に住みなしている俳人のような視点で、冬に移り行く妙義を捉えている。
辰之助俳句と言えば、言わずものがな、浮かぶのは「山岳俳句」である。

朝焼の雲海尾根を溢れ落つ

霧深き積石(ケルン)に触るるさびしさよ

ここにあるのは、「山歩き」の視点でなく、「山登り」の視点。
登山家でもあった石橋辰之助の句が、「山岳俳句」と言われるゆえんである。
しかし、この妙義の句を見つけて、彼の山岳俳句の奥行きが、とても興味深くなった。
のちの新興俳句運動時代の句も合わせて、今年は是非読みたい作家のひとりである。

【天候】
終日、快晴。
午後から風強く、冷え込み甚だし。

1470声 優しい魔法

2012年01月10日

春昼や魔法の利かぬ魔法瓶  安住敦

なんて言う絶妙なユニークを漂わせている句がある。
春の昼ならば、軽く微笑んで済ませられるが、いま、この一月の真冬時期となると、
見過ごせぬ現象である。

先日、ポットを買った。
電気ポットでなく、ジャーポットと言われる、所謂「魔法瓶」のポットである。
ステンレス製のものでなく、昔ながらの「ガラスまほうびん」というもの。
そっちの方が値段が安かった、と言うこともあるが、
より「魔法」感が醸し出ていたからである。
それまで使っていたポットは二十年選手で、大分古いものだった。
魔法の利き具合も大分弱って来ており、朝入れた湯が昼を待たずに冷めてしまい、
温い茶を啜らねばならぬ事もしばしばあった。
今度のポットは、まだ使い始めたばかりだが、新しい分、やはり魔法のよく利く感じがする。

ボタンひとつで湯が湧く。
と言う文明の利器は、素晴らしい。
しかしどうやら、魔法を使ったほうが家計にも、地球にも優しそうである。
去年の春以降から、生活の些細な場面で、そんなことを考えるようになった。

【天候】
朝は晴れ、午後になり曇りがち。

1469声 群馬の三助

2012年01月09日

窓は、雲一つ無く澄み亘った青空である。
それがもう、目に沁みて痛い。
いわんや、二日酔い。

這いつくばるようにして、近所の日帰り温泉へ出掛け、
入浴と言うか、ただひたすらに治癒していた。
浴室で椅子に腰かけたまま、半分寝ていると、背中から声。
「旦那、お背中お流し…」
振り返ると、お世話になっている知人であった。

三助。
と言う役職の仕事内容の説明は、長引く二日酔いの影響で、
ここでは詳しく書かないけれども、その一つに、湯客の背中流しがある。
背中を流してもらう事など、大人になってからはない。

さて、浴室に居た知人は、「三助修行」と言う事で、
現在、幾つかの日帰り温泉を中心として、活躍している。
せっかくなので流してもらうと、やはり素人には無い手つきで、
これがとても気持が良い。
「慣れたものですね」
そう声をかけると、
「常連のお爺ちゃん連中に教えてもらったんや」
と、はにかみながら教えてくれた。
話ながら流してもらっているうちに、背中がぽかぽかと温まってくるのが分かった。

【天候】
終日、快晴。

1468声 夕焼け身支度

2012年01月08日

さて、綺麗に夕焼けてきたので、そろそろ身支度を整えねばならぬ。
「夕方から身支度を整える」
と言うのも、女性ならば艶っぽいが、おっさんに片足。
いや、身半分突っ込んでいる私では、なんの艶も無い。

仲間内の新年会へ出掛ける。
松の内も過ぎて、この週末が最後の新年会の予定となる。
明日が成人の日なので、街中の安酒場などでは新成人たちが、
阿鼻叫喚のどんちゃん騒ぎを繰り広げている事だろう。
これから行く集まりは、私を含め、おそらくおっさんたちしか来ないので、
心持が楽である。

身支度。
たって、帽子かぶってマフラー巻いて、ジャンパー羽織って、おしまい。
あとは、チョイとおめかしして、胃薬くらい飲んでおこう。

【天候】
午後から風強くも、すっきりと晴れ。

1467声 里山から焦土へ

2012年01月07日

一月も、はや七草の頃である。
年明けから酷使してきた消化器官を中心とする各臓器。
それらがいよいよ悲鳴を上げているし、早急にやらねばならぬ用事も、
ぼちぼち息を吹き返してきた。
そんなこんなで、口内炎は中々癒えぬし。
人生の中で七草がゆを食べる機会に恵まれず、それを口にした事は無いが、
いま、せつに食べてみたいと思っている。

こう言う時は、自然味溢れるエッセイなど読みながら、早めに寝るに限る。
部屋の床に転がっている本から見繕えば、飯田龍太などうってつけである。
俳句に親しみのある人ならば、即座に頷けると思う。
俳人の書く随筆と言うのは、これが中々面白い。
観念と写実の配合を心得ているからだろうか。

しかしながら、寝床に就いてあれこれと本を変え、最終的にじっくり読んでいる本が、
坂口安吾だったりする。
龍太から安吾へ。
春爛漫の里山に居たはずが、冬ざれの焦土を彷徨い歩いているのである。

【天候】
終日、快晴。
もう幾日も雨が降っておらず、乾燥甚だしい。

1466声 風物の中の以降以前

2012年01月06日

明日までは松の内だが、正月の雰囲気は早くも町に薄い。
左義長、所謂どんど焼きも、明日には多く見られる。
しかし今年は、「本来なら」、と付け加えねばならない。

今日、こんな話を聞いた。
今年は、どんど焼きが中止になっている地域が、
私の住んでいる高崎市にも、随分あるらしい。
「にも」と言う事は、特に東日本に多いのだろうが、その原因が「放射能」なのである。

「どんど焼き」
私も子供の頃に毎年、地域のどんど焼きに参加していた。
三角形に竹を組んで、大量の藁で覆い、門松や注連飾り、書き初めなどを入れて燃やす。
そして、私の地域では、「まゆだま」おそらく、「繭玉」から来ているのだろうが、
そう言う名前の三色団子を、一緒に焼いて食べた。

放射能に汚染されているかもしれない。
その最たるものが藁だろうが、そう言うのが、中止の原因らしい。
やはりこんな地方の一風物の中にも、2011年以降以前があるのだと、しみじみ感じた。

【天候】
終日、快晴。

1465声 踏み外さざるを得ない

2012年01月05日

今年初の。
と言っても、正月空けてからまだ5日目であるが、初の二日酔いである。
それも、強烈な。

梯子酒の最後に寄った焼き鳥屋。
それ以降、どこかに置き忘れて来た記憶は探さない事にして、
重たい頭を引きずったまま、一日を過す。

目的のある酒は、あまり良くないと言う。
例えば、寝る為に飲むとか、むしゃくしゃした気持を紛らわす為に飲むとか。
そう言う酒には、中毒性が強くあるらしい。
一歩づつ、確かめながら歩くようにして杯を重ねているつもりが、
一寸した拍子に、足を踏み外して、泥酔まで転がり落ちてしまう事がある。
そう言う時を振り返ると、大抵、何か荷物を背負っている。
昨夜も。
私は、中毒やらなんやらにはならないと踏んでいる。
そこまで強くない、体が。
それをいま、中々戻らぬ体調に、実感している。

【天候】
終日、快晴。

1464声 正月の影

2012年01月04日

待てど暮らせど、来ない。
バスが、である。
まさか、正月4日から休業と言うこともあるまい。
そう思って、寒風吹きすさぶバス停で、首をすくめつつ坂道の彼方を眺めていた。

呼吸気管を病んでいるかのように、「ゼーハー」言いながら、坂道を上がって来て、
妙なブザー音と共にバスがドアを開けた時には、予定時刻を15分も超過していた。
そのまま乗車し、えらく焦っている荒い運転に揺られつつ、北上して行く。

終着のバス停がある駅までは、旧街道をひたすらに上る。
赤錆の浮き出たバス停。
大きな商家の崩れかけた土蔵。
暖簾を下ろして久しい商店の数々。
西日に照らされる車窓風景は、正月と言えど陰鬱な影があった。

途中のバス停で、手押し車を押した御婆ちゃんが乗って来た。
3つバス停を越すと、御婆ちゃんは4つ目のバス停で、
寂しそうな場所へ降りて行った。
上州弁で言うなら、足を引きずりながらの乗り降りは、「おおごと」そうだった。
胸の奥が、微かに、いや軽い動機を伴って、ふるえた。

【天候】
終日、快晴。

1463声 角打ちの流儀

2012年01月03日

正午から終日。
お天道様の高い内から、往来で酒を飲む。
そんな事をやっていても、白い目で見られない。
と言う事だけでも、お正月はいいものだと思う。

西新井大師の参道には一軒、古めかしい角打ちの酒屋がある。
聞けば、創業もう100年はくだらないと言う。
ビールケースをひっくり返して往来の脇に座り、樽酒を升で酌む。
置いてある塩を、升の角の縁に一つまみ盛り、
それをアテにして飲むのが「通」である。
と言う角打ちの流儀は聞いた事があったが、この升飲みを実践したのは、
昨日、この西新井大師参道の店が初めてだった。
近所のおやっさん連中は慣れたもので、破魔矢なんか片手にふらりと来て、
この樽酒を二三杯ひっかけて、またふらりと帰って行く。
滞在時間、およそ30分。
見ていて、清々しい飲み方である。
ここでもやはり、群馬県との文化の違いを、大きく感じてしまった。

【天候】
終日、雲多くも晴れ。