日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2677声 水仙の風

2016年02月06日

近所では、紅梅がほつほつとほどけ始めた。
こちらでは蝋梅が少なく、今年はまだ蝋梅の花を見ていない。
近所の神社を通ると、参道の脇に水仙が連なって咲いていた。
水仙の傍らに屈むと、清浄な香りがした。

2676声 足枷

2016年02月05日

早春のすっきりとした青空の一日であった。
使用している携帯電話が二年目を迎えたので、
機種を変更しに、営業店へ出かけた。
まだ使える機種を何故、最新のものにしなければならぬか、
自分でも判然としない。
ただ、契約する際に説明された「二年毎に更新」と言う、
システムの流れだけは覚えていたので、
店舗へ行って機種を変更せねばならぬような気になったのである。
「二年間を割賦で支払う」と言う足枷を嵌める代わりに、
月々の料金が安くなる契約である。

 

店舗へ出かけ、言われるがままに手続きをしてきた。
二年前は紙に手書きする場面も多かった気がしたが、
今回は、そのすべてがタッチパネル上で済んだ。
自筆のサインさえ、ゴムのペンで液晶をなぞるだけであった。
二年と言う歳月は、確実に技術を進歩させていた。
自分は何一つとして、進歩していないような気になった。

 

「ありがとうございました」
と笑顔で店舗を送り出される時には、新型の携帯電話のみならず、
自宅のインターネット回線まで契約していた。
そしてもちろん、見えざる二年間の足枷も、
新型でさらに厳ついものが、がっちり嵌められていた。

2675声 雲の奥

2016年02月04日

立春らしい日。
風はつめたく、日差しはあたたかだった。
駅のホームからぼけっと青空を眺めていたら、
もやもやと雲が生まれてきた。
薄くなっていた雲が吹かれて重なったのかも知れぬが、
生まれてくるように見えた。
ポケットの句帳に手を伸ばしたが、
飯田龍太に「いきいきと三月生る雲の奧」の句があることを思い出し、
その手はポケットに置いたままにした。

2674声 のび太

2016年02月03日

本日、節分である。
昔、伊勢崎市にある豊武神社の節分祭りに参加したことがある。
私の役目は余興の手伝い程度でどう言う働きをしたのかおぼろげだが、
人の多さとその賑わいは、しっかりと記憶している。
近隣では類を見ない、盛大な節分祭であった。
社務所で食べた弁当が「のび太」のものであった。
「のび太」と言う名の店の弁当、である。
おかずをつまみに、湯飲みで甘口の酒を飲んだ。
冷えても美味しい、からあげ弁当であった。

2673声 萩の月

2016年02月02日

先ほど、玄関チャイムが鳴ったので出てみると、
見知らぬ青年が立っていた。
このアパートに新しく越してきたと言う。
てきぱきと挨拶を終えた青年から、「つまらないものですが」と、
仙台の銘菓を頂いた。
引越しの挨拶だが、この青年、私の住む部屋の隣の隣なのである。
「向こう三軒両隣」の精神で、気を使うとは、
とても出来た人であると感心してしまった。
そう言う精神が人の心に残っていることさえ、
小さく感動してしまうようになってしまった。

2672声 増進

2016年02月01日

どんよりとした天気で二月が始まった。
月曜日から天候が芳しくないと、いささか気が滅入る
滅入った気分を晴らそうと、コンビニで麦酒を買って帰宅した。
同時にカレーライスも購入した。
先日、「飲んだ際にはカレーが良い」と耳にしたからである。
カレーに含まれるウコンやら何やらの香辛料が、
摂取したアルコールの分解を助けるのだとか。
麦酒を飲んで、カレーを食べて、また麦酒を飲んで。
麦酒とカレーによって食欲が増進され、
飲み足りないような、食べたりないような曖昧な感覚を経て、
結局、飲みすぎて食べ過ぎた。

2671声 不屈

2016年01月31日

日が差してあたたかな一日であった。
春がすぐ隣まで来ていることを、鳥たちがせわしく告げていた。

 

レンタルした映画を観た。
劇場で観れなかった「セッション」である。
「フルメタル・ジャケット」や「ブラック・スワン」の系譜をたどる映画。
との惹句を目にしていたので、観ずにはいられなかった。

 

自分に甘い人間なので、厳しい道へ向かう主人公が好きである。
その行き先がたとえ狂気であっても、主人公が己を貫くストーリはいつも胸をすく。
古くはロッキーのような。
私の好きな映画の主人公たちは、いつもひとつの道を辿る。
その道に、もはや勝ち負けは無い。
あるのは不屈の魂である。

2670声 風の味

2016年01月30日

寒の雨。
こちらでは雨だけで済んだが、北関東は雪になったとのこと。
寒い日が続くからだろうか、近頃買ってくる白菜が美味しい。
郷土に国府と言う土地があり、白菜作りの盛んなこの土地の白菜は、
「国府白菜」と呼ばれている。
肉厚な葉が甘くて美味しい。

干大根の旨味は、吹きつける寒風が作ると聞く。
されば、赤城山の麓で育つ国府白菜のあの甘みは、赤城おろしによるものだろう。
なるほど、群馬の冬野菜には、風の味がする。

2669声 憂鬱な意気込み

2016年01月29日

朝から雪の予報が出ていたが、都内は雪にならずに済んだ。
しかしながら、寒の雨は体に堪える。
句集のあれやこれやは決めねばならぬし、それよりもまず、
句集に載せる句を見繕はねばならない。
乏しい自身の句からひねり出さねばならぬのが、
いささか憂鬱でもある。
果たして、句集一冊のあのまっさらな頁に載せて、
読者の鑑賞に耐えうる句がいくつあるか。
憂鬱な反面、意気込みもある。

2668声 調和

2016年01月28日

大阪から名古屋へ。
昨日から一転して、調和のとれた街並みだと感じる。
怪しくも、危なっかしくもなく、整然としていて清々しい。
調和が活気を生むか、緊張感のない街が面白いか、
そんなことよりも、八丁味噌をたっぷりとつけたトンカツが美味い。

2667声 不協和音

2016年01月27日

車窓から富士山の稜線がくっきりと見えた。
あとひと月も経てば、春霞でぼんやりしてしまうだろう。
岐阜羽島から米原あたりは、週の初めに降った雪が大分残っていた。
目的地の大阪へ着き、仕事を終えて、夕方。
悲しいくらい道に迷った。
道が分からないくらいに、酔ってはいない。
大阪駅はいつ来ても工事していて、来るたび増殖している気がする。
地下街や地下鉄を巻き込んで発展しているので、街と駅との境目が無くなっている。
境目があいまいな雰囲気が、その不協和音がそのまま街の活気になっているのである。
怪しくて、危なっかしくて、腑に落ちないけれど、そう言う街は、面白い。

2666声 到達点

2016年01月26日

先日より観はじめたテレビドラマがある。
主人公は39歳独身男性、文具メーカーの企画開発部で働く、
所謂、エリートサラリーマン。
周囲から囁かれる異性への出会いなど興味なく、
もちろん、結婚への前向きな考えなどさらさらなく、
ウォーターフロントにある高層マンションの4階を購入。
(4階と言うところが、巧妙である)
性格は過剰とも思える神経質で、例えば、部屋の壁にかけてある、
愛車のロードバイクのペダルの位置が、いつも同じにないと気に食わない。

 

そんな神経質で、自身の美を満足させることに生きがいを持つ彼が、
長年思い描いてきた、理想の空間を自分の力で手に入れた喜びは、大きい。
ロフトから部屋を見下ろしつつ、お気に入りの麦酒を傾け、
夜な夜な自分だけの世界に浸っているような、男である。

 

ドラマのあらすじを書くつもりは無く、気になった点がひとつ。
主人公のいくつかある趣味の内、「麦酒」と言うのがある。
部屋にはビールセラーがあり、世界のクラフトビールが冷やされている。
傍らの棚にはもちろん、麦酒のスタイルに応じたグラスが、
ずらりと並べられているのである。
いきつけのバーでは、お勧めのクラフトビールを紹介してもらい、
グラスごと譲ってもらったり、麦酒に注ぐ情熱にはただならぬものが伺える。

 

柿の種と缶麦酒を握り締めつつ、「遂に麦酒もここまで来たか」と、
感慨深くテレビを眺めていた。

2665声 ウルケル

2016年01月25日

一時は量販店やコンビニなど、「第三の麦酒」ばかりになってしまい、
既存の「麦酒」は肩をすぼめて棚に並んでいたものだが、このところ、
また麦酒勢が盛り返してきた感がある。
まず、数が増えた。
それは、種類が増えたことによるが、コンビニへ寄れば、
毎月のように限定醸造の新しい銘柄が並んでいるし、
ちょっとしたスーパーならば、各国のクラフトビールが置いてある。
例えば、ピルスナーウルケルなど、一昔前は専門の量販店へ行かなければ、
変えなかったのだが、今はショッピングモールの大型スーパーへ行けば、
大抵は見つかる。
ウルケルを始めて飲んだときは、その透明感に打ち震えた。
「原点にして頂点」とはまさに。
リーバイスのジーンズで言う、501のような銘柄である。
こうやって書いていたら、この章をどう結ぶかよりも、
ひしひしとあの緑色のウルケルの瓶が恋しくなってきた。
ひとまず、冷蔵庫の奥に麦酒が転がっていないか、確かめてこよう。

2664声 待春

2016年01月24日

記録的な寒さ、らしい。
奄美大島の名瀬では、115年ぶりに雪を観測したとのこと。
ニュース映像には、浜辺に打ち上げられた魚が映されていた。
寒さで仮死状態になってしまったのである。

 

日中、近所の林を眺めていると、枯木の枝に青い光が見えた。
尾長である。
群馬にいるときあまり見かけぬ鳥だったが、
こちらでは尾長をよく見かける。
尾長の去ったあとの枝には、鮮やかな色を曳いて目白が来た。
今年、初めてみる目白であった。

2663声 カプセル

2016年01月23日

二日酔いで目覚めた、川越にて。
前の晩、川越で飲んでいたので、当然である。
宇宙船のようなカプセルから這い出て、
ひとっ風呂浴びてからホテルを出た。

 

駅へ向かって歩いていると、
駅方面からぞくぞくと人が来るではないか。
この朝っぱらに。
どの人も、片手に地図やらガイドブックやらを携えている。
最近、殊に観光地として人気と聞くが、ここまでとは思っていなかった。

 

喜々として歩いていゆく、人並みとすれ違う。
二日酔いで通勤ラッシュとすれ違うのとは、また別の感傷が、
そこはかとなく湧いていた。

2662声 玉と石

2016年01月22日

今年、或る俳句の賞を頂くことになった。
副賞が句集出版なので、いま、句集の制作をはじめるところである。
制作をはじめるといっても、まずは部数や頁数など、
外堀の部分を出版社と決めなくてはいけない。
一頁に一句載せるか、二句載せるかだけで、
当然ながら収録句数は倍違う。
人の句集を読んでも思うが、玉石混合ではなく、
選び抜かれた玉だけ配置された句集には、とても感銘を受ける。
自身の句作記録のような句集ではなく、
作品としての句集にしたい。
とは、いま漠然と考えていること。
自身の句から玉を選ぶと、とても本にはならぬ気もするが。

2661声 勘定

2016年01月21日

ここに日々、こうやって書いているが、基本的にこそこそとしている。
こそこそと書いている、つもりである。
場末の居酒屋のカウンターで会ったおやっさんに、
日々の愚痴をもらしているような感覚と、相違ない。
読んでいる方は、もちろん、場末の居酒屋のカウンターで会ったおやっさんに、
日々の愚痴を延々と聞かされるような感覚だろうと思う。
飲むだけ飲んで、喋るだけ喋り、勘定は押し付けあおうではないか。

2660声 均一

2016年01月20日

外国産のソーセージをたまに購入するのだが、
大きさがまちまちなのである。詰めている、腸の。
腸詰肉の全体の分量は、一袋ずつ同じだと思うが、
ソーセージ一個において、短くて太いのもあれば、
長くて細いのもある。
これが国産のものとなると、一袋の中で、
みな大きさが均一なのである。
しかしながら、なぜ外国産のものを購入するのかと言えば、
やはり美味しいからである。
一つずつ大きさの違うところも、手作り、ではないだろうが、
手作りの風合いと取れば、悪くない。
国産のものは、見ようによっては工業的な食品然としていて、
無機質な印象さえ受ける。
生活の中の瑣末なことだが、日本人はなんでも均一にすることに、
こだわりすぎではないだろうか。