日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2532声 あぶな坂

2015年12月23日

日暮れ間近に清水寺へ。
野球のユニホーム姿の若者が自主トレをしていた。
階段を一段飛ばしに上へ上へ。
よし俺もと思ってやってみたが、すぐに息が詰まる。
若者、何か背中に変なエネルギーを感じたのか、上から振り返った。
キミの真似をしてみただけで、怪しい者じゃない。
トレーニングの邪魔をして悪かった。
境内にたどり着いてお参りをして、下り。
今度は年配の細身の男性が、息を切らせて一段一段ゆっくり走りながら、登ってきた。
健康づくりなのか。
それにしては相当必死だ。
参道はどこか人間の内部を浮かび上がらせる。
もう日は暮れて帰り道。
石原の交差点の近くで玉ねぎを加熱する匂いがした。
肉じゃがだろうか。
あるいはカレーか。
夕暮れ時の玉ねぎの甘い香りはノスタルジックである。
家に着くと、ほどなくして雨が降ってきた。
祝日だし、今日は暇かもしれない。

2531声 アザミ嬢のララバイ

2015年12月22日

夕べもコタツで寝てしまった。
日をまたいでこれを書いている。
明け方目が覚めても布団に移動できずコタツ。
午前中買い物に行き、帰ってきたらそれでも動けずコタツ。
夕方になってようやく出ることができた。
疲れていたのかもしれない。
なのにコタツでは疲れが取れない。

でも布団まで行けないのである。
夕べは久しぶりに忙しかった。
街は今年一番の人出だったかもしれない。

店のお客さんも少しずつ戻って来てくれると嬉しい。

コタツで見る夢は、だいたい困った夢ばかりだ。

今日は布団で寝よう。

2530声 問題集

2015年12月21日

3:13、まだ店にいる。
ワインのテイスティングをしていたらこんな時間になった。
ワインは日本ワイン。
勝沼醸造のクラレーザとボシュケ。
ヒトミワイナリーのカリブ2014と2015。
四恩醸造クレマチスの2013と2014。
小布施オーディネールカベルネメルローと四恩窓辺カベルネメルロー。
他をいくつか。
そこで終わらずに、日本酒。
加茂金秀のしぼりたて生と火入れの純米。
加茂金秀と宝剣。
刈穂、穏、と加茂金秀と宝剣。
今なら、とても緻密に違いを説明できる。
メモをしたから明日も大丈夫だろう。
早く帰った方がいい。

2529声 倒木の敗者復活戦

2015年12月20日

話をしていて、たまたまその話が深くなったとき、話は感覚的になる。
感覚が通じるとちょっと安心する。
感覚は、過去にあるいは現在に、同じような経験がまずないと共有できない。
その場合の経験は、ぜんたい違和感である。
同じことを経験しても、違和感を感じる人もいればそうでない人もいる。
同じような経験に対する違和感を言語化して、その表し方は違くとも、同じことを言っているときがある。
これは深さの共有である。
違和感は重い。
それを一人で持ち続けるのは大変なときがある。
こういう共有ができたとき、違和感は軽くなる。
最近たまに聞く言葉にディスるというのがあるが、それとはちょっと違う。
ディスるは他者否定で終了するが、違和感の共有は他者否定ではない。
あくまで違和感を違和感として尊重する作業である。
違和感を手放すわけではない。
手放さず、持っていて、持ったまま成仏させる、みたいなことかもしれない。
違和感の弔いなんだと思う。

2528声 蕎麦屋

2015年12月19日

恵比寿屋で昼食。
今日はかき揚げ丼セットのかけそば。
店内のテレビで佐野の食べ歩きの番組を放送していた。
三つの店から二店舗を選び、タレントが二手に分かれて食べてくるという段取り。
佐野だから選択肢はすべてラーメン屋かと思ったらうどん屋が一軒ノミネートされていた。
栃木の伝統食耳うどんが食べられる店らしい。
私が出演者なら真っ先にこの店に行くだろう。
うどんが好きなのだ。

そばもよく食べる。
ダシが好きなのだろう。
高崎は、老舗のそば屋がわりと残っていて、そういう意味じゃ嬉しい街だ。
恵比寿屋もその一つ。
甘めのダシが特徴である。
好みは九蔵町の笹屋。
笹屋のメニューなら毎日でも食べられる。
引っ越す前は週に3、4回は通っていたかな。
おすすめはきつねそば。
かきたまそばもいい。

あんかけであったまる。

2527声 ごまめの歯ぎしり

2015年12月18日

寒さ対策で購入したプチプチは窓と合わなかったようで、結局剥がれてしまう。
代わりにカーテンがついた。
いただき物のカーテンだが、十分である。
やはりあるのとないのとでは随分違う。
カーテンレールを取り付けるところからだったので、腰を上げるまでに時間がかかってしまった。
やろうと思っていてもできない時はなかなかできない。
読もうと思って買った本が脇にあっても、読めない時は1ページも読めない。
昔はもっと簡単にできた。
なにか、どこか躊躇してグズグズしているうちに、できない時間が長くなってきた。
できないとそのできなさを埋めるために、満たされなさを簡単に埋められる何かを探すようになる。
必要以上に食べちゃうとか。
それでまた動けなくなる。
人間て、たぶん、満たされない何かを埋めるためのツールを探しているときより、生きるために必要なツールを探している時の方が、満たされる。
でも満たされない何かを埋めることだって生きるためだ。
ただやりすぎると危険も伴う。
できない時間が長くなる。

2526声 ベッドルーム

2015年12月17日

2:40。
だいたいこのくらいの時間に帰宅。
近所は寝静まっていて、気の早い新聞配達を見かけるくらい。
深夜営業というのは、人生の受け皿なんだなと思う。
何か伝えたいことなどは二の次の何か、がないとできないかもしれない。
私でよければ受け皿になる。
体力次第だが。
この時間から、缶ビールを開ける。
缶ビールが私の受け皿である。
それで十分な時もあれば、物足りない時もある。
物足りなくても仕方が無い。
まずは酔えれば合格である。

それにしても今日はひどく寒い。

2525声 背広の下のロックンロール

2015年12月16日

近くのスーパーに買い物。
レジが遅く、たまたま混んでいたこともあるだろうが、あるいは自分が急いでいたからそう感じたのか、それにしても遅かった。
伊勢崎のやましろやのレジの誰か一人がここにきたら、スターだろう。
昼飯を食べて、移転届けなど、役所と郵便局に用事。
共に歩いていける距離にあるのはありがたい。
役所など時間のかかるものかと思っていたら、今日の市民課の窓口の男性はとてもテキパキしていた。
見るからにスピード感、リズム感を持って仕事をこなしている。
あのスーパーは彼をスカウトした方がいい。
おばちゃんにも好かれるはずだ。
郵便局の用事は印鑑を忘れたため振り出し。
こういう用事が一度で済んだことがほとんどない。
まったくやり直しばかり。

2524声 夜行

2015年12月15日

昨日から深夜2時までの営業に。
さすがに疲れた。
帰宅後ビールをとりあえず開けるが、一口飲んで終わり。
飲めるかどうかもわからないのにビールを開けるのがくせになっている。
どうにかした方がいい。
開いたビールもそのまま、布団も敷かずにホットカーペットの上で寝てしまった。
ひとこえは更新できず、日をまたいで書いている。
深夜の生活に早く慣れたい。
一昨日のメモの出所がわかった。
昨日の朝、便所で思い出した。
あれは、スヌーピーのゲームに出てくる登場人物の誰かのセリフだった。
460というのは、そのゲームのレベルのこと。

2523声 ナイトキャップスペシャル

2015年12月14日

午前中に保険屋と合う。
最低限の補償についての確約を得た。
聞いていることはずっと同じなのだがどうして今までそこをグレーにしてきたのかはやはりわからなかった。
明日から気持ちを切り替えて仕事をしよう。
その後家でのんびりと過ごす。
昼飯を食べに、近所の食堂に。
はじめて入る店。
酢豚定食を注文した。
ちゃんと手作りの、長い間作り続けている人の味だ。
また来よう。
夜、缶ビールを開けるが進まない。
このところの酒が多すぎるのか、体が冷えている。
先日バーでいただいた牛乳とラムのホットカクテルが飲みたい気もするが作り方がわからない。
その前にうちには牛乳もラムもない。
今日は早く寝よう。

2522声 トーキョー迷子

2015年12月13日

酒を飲むとメモする癖がある。
酒はうまく飲めると、体調やいろんな状況が重なって、それがどんな時にそうなるのかは説明しにくいが、陶酔から覚醒に向かう時がある。
そういう時にはたと気づくことがあるので。
メモしなければ後からは思い出せない。
それでいつの頃からかメモするようになった。
今日もいくつかメモが残っていた。
後から読むとそのほとんどが、なんとなくは思い出せるものなのだが、今日は一つだけどうこれをメモしたのか思い出せないものがある。
それがこれ。

 

誰にだって思いでは必要よ。
いい思い出がなかったら人生はぼろぼろだわ。
460

2521声 重き荷をおいて

2015年12月12日

夕べは遅かったのにいつもより早く目が覚めた。
清水寺へ行ったら、ジャージの高校生が参道の階段にたくさんいた。
長い階段のあちこちに、違うジャージだから違う高校だろう。
部活のトレーニングをしていたようだ。
恒例なのだろうか。
声を出し合って真剣なグループもいれば、とりあえずやってる感じの連中もいて。
階段でトレーニングといえばただ登るだけかと思っていたら、トカゲのように四つん這いになって階段を降りている一団がいた。
あれはきつそうだ。
高校の時階段でよく練習したな。
今じゃ歩いて階段を登るだけでも息が切れるが、今日の高校生たちよりはきっと練習していた。
練習すれば少しはあの時のような動きができるようになるだろうか。

無理だろうな。

でも少しは。

2520声 寄り添う風

2015年12月11日

飛露喜は温めてもうまくない。
酸が温度に耐えられないからだと思う。
温めてうまくなる酒とそうでない酒がある。
開いている酸は、温めると酸がより外側に向かうから酒の骨格が崩れる。
酸は閉じてないと、閉じた酸を持っていないと、酒は燗上がりしない。
今日改めて飛露喜を飲んだが、甘味が先行する酒も温めてうまくならない気がした。
飛露喜は軽快な酸と一緒に甘味が口に入れた瞬間に拡がる。
而今もそう。
とても華やかだ。
この酒が人気なのは、みなそこが好きなんだろうなと思う。
こういう酒はアテがいらない。
燗酒は食中酒として優れているところが燗酒である。
昨日バーに連れて行ってもらって思ったのだが、バーにはほとんど食中酒という考え方がないようである。
酒が独立している。
それはそれでうまいし非常に酔いもする。
けれども人間の作るものは独立しきれない部分があるから面白いのにと思うのだ。

独立しきれない、の向こうには、独立する気なんかない、があって、それは一にも二にもとことん食中の酒であろうとすることである。

そういう酒は決して派手ではない。

そこに銘酒たる何かがあると思う。

2519声 誰のせいでもない雨が

2015年12月10日

伊勢崎で公園作りの会議。
店の前に公園ができるのだがそれをどういう公園にするか、隣接住民と行政職員が一月に一度集まって話し合っている。
毎回たいした案は出ないがもう設計の段まで来ている。
私はベンチがたくさんある公園にして欲しいと伝えた。
ベンチは座り心地を考えて欲しいとも。
石のベンチは冷たいからやめて欲しい。
住民側の一人に、昔からお世話になっているSさんという方がいる。
よく飲みに連れて行ってもらった。
とてもシャイで気短かで、優しい方である。
このところ体調がよくないのか、会うたびに辛そうである。
心配だ。
深夜に帰宅。
珍しくウィスキーを飲んだ。

醸造酒にはない腰砕けの脱力感。
帰るのにずいぶん時間がかかった。
帰り際に老舗の食堂の前を通ったが、食堂の前にあったベンチは木製だった。
明日から店が再開予定。
なのに定まらない。
明日は保険屋に詰め寄ろうと思う。

2518声 まるで高速電車のようにあたしたちは擦れ違う

2015年12月09日

思考は持ち物、という話を聞いた。
持ち物という言い方は、変化していくものという意味で言っていたのだと思う。
感情が持ち物だとは感じていた。
並んで思考も持ち物かもしれないのだった。
その表し方に人間性が現れても、人間本体ではないので。
考えなどいい加減なものだ。
感情もまたいい加減である。
人間の違和感は、違和感を最後の最後、人間に対して感じることがあるとすれば、思考や感情が人間本体以上に肥大している状態を感じたところに生まれる気がする。
思考や感情を手放している状態に逆に親和感を感じるのも、同じことなのだと思う。
最後の最後とはどこか、という話も別にあるだろうが。
思考は持ち物か。
だとするとどんな持ち物か。
持ち物とはおおむね遊び道具なんじゃないか。
だとすると感情もまた、遊び道具なんじゃないか。

2517声 負けんもんね

2015年12月08日

寒くなって来た。
日が暮れてからの冷え込みが厳しい。
断熱効果があるというので窓に緩衝材のプチプチを貼ったのだが、数日してパリンパリンと剥がれ落ちてくる。
接着剤となる水が足りないとこれを勧めてくれた方に言われた。
水をたっぷりつけて貼り直したが、それでもまだ足りないのかもう周りから乾き始めている。
霧吹きを買ってくる必要がありそうだ。
カーテンも必要だと思い、ニトリにカーテンを見に行ったが意外とカーテンは高く、ひとまず退散してきた。
でもカーテンは必要だ。

2516声 あばうとに行きます

2015年12月07日

筋肉痛になる。
同時に飲み過ぎによる内蔵痛。

疲労があると、冷ややかなジャッジの飛び交う空間に過敏になる。
結局一人になってしまう人というのは、だから、一人を選ぶのかもしれない。
ただその冷ややかなジャッジも、その人の疲労によるのだと思うとやり過ごせたりもする。
「今日は疲れてるんだね」と思ってやれる体力が欲しい。
体力がないなら、せめてそのジャッジを咎めずにいたい。

2515声 傾斜

2015年12月06日

知り合いの飲食店や店のお客さんと一緒に、中之条で5時間耐久リレーマラソンに参加した。
勾配のある坂道を行ったり来たりするコース。
9人のチームだったから自分の割り当ては大したことはない。
にもかかわらず体は思うように動かなかった。
絞っても水一滴出ない布巾のように、すぐにそんな枯渇した状態になる。
体力作りが必要だと思う。
コスプレする若者や元気な子供達に紛れて、年寄りが走っているのを見かけた。
不確かな足取りで、真剣に走っていた。
体が動かないなどと言ってはいられない。