日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2384声 供華

2014年10月02日

群馬に住んでいた頃は近かったが、千葉に住むようになって埼玉が遠くなった。
特に、川越以西へは東京都縦断して行かねばならぬので、殊ににその感が強い。
先週はその埼玉以西へ、標榜では「500万本の曼珠沙華」が咲く言われている里へ出かけた。
無論、吟行句会なのだが、里へ着いた時から人、人、人、その500万本を上回る人の数。
静な里山に蠢く雑踏に、俳句はもとより、すっかり観賞の興を失ってしまった。

花見や花火などは人の混雑や猥雑な屋台群があまり苦にならず、むしろそれこそが、
祭りに華を添える一事と感じるのだが、曼珠沙華の里ではそうはいかなかった。
ロープの貼られた幾万の曼珠沙華から離れ、里の脇を流れる小川に腰を下ろした。
木洩れ日注ぐ清流の沿いには、自生している曼珠沙華がいくつか見えた。
名もない川や田の畦や苔むす墓石の脇に咲いているのが、本当の曼珠沙華の興である。
人でごった返す屋台に並んで買った、伸びた焼きそばに箸を入れつつ、
缶麦酒を買いに戻るだけの気力はなかった。

2383声 諦観

2014年10月01日

本日から一月は抜井が担当いたします。
寄席のように代わる代わる、出てきては去って行きます。
寄席ならばトリを務める真打が登場して、拍手喝采で終わるところですが、
ここは書き手の三人以外、一向にトリの出てこないところが、おそろしい。

しかしまた、ひと月の間はこうやってパソコン前に腰を下ろし、
稿を繋いでいかなけばならぬことのほうがおそろしいですが、
自分の受け持ちではない、ふた月の間、岡安さんと堀澤さんの書いた文章を、
悠然と楽しんでいたのだから、致し方ないと腹を据えております。
2261声で二日酔いに苦しむ堀澤さんも、書いていましたね。

「あれだけいい思いをさせておいてもらって、
その上薬を飲むなんてばちあたりである。」

2282声 どうにもならないは生きている

2014年09月30日

中島みゆきはいいことを言う。
中島みゆきというと暗い歌を歌う人というイメージがあるのだが今はどうなのか。
興味がないほうが多いか。
何曲あるかもわからない楽曲を手当たり次第聞いている。
昔から聞いてるのを改めてちゃんと聞いている感じ。
3ヶ月くらいそんなことをしている。
そういうのをしつこくやると言葉とメロディ以外の部分、行間を聞くようになる。
行間を聞けないと和解はない。
中島みゆきが行間で言っているのは、
どうにもならない、ということだったりする。
どうにもならない、というのは、
言葉にしてしまったらどうにもならないではなくなってしまう。
行間に、
目にも耳にも触れずに気がつく人にしか気がつかないという形でずっしりそこにあるから、
どうにもならないは生き続けられる。
要するに、私にとってのいいこと、というのは、
どうにもならないが生きていることを教えてもらえること、
なんだとわかるわけ。
最後にいいこと言った。
おしまいです。

2281声 あんこ党

2014年09月29日

大福はプリンに勝てるか?
状況による。
深夜、
一日の疲れがどっと押し寄せている時に、
大福がプリンに勝つのは難しい。
一つは華やかさ。
一つは軽さ。
卵や牛乳の華やかさに、地味な小豆と米は太刀打ちできない。
軽さも然り。
作ってから時間が経てばなおさらである。
結局プリンを先に食べ終わってしまった。
でも大福が好き。

2280声 報告

2014年09月28日

結婚の報告は朗報なのか。
朗報にしたい気持ちはわかる。
でも本当か。
だからと言って、
幸せでいて欲しいという気持ちがないのではない。

2279声 花

2014年09月27日

花を生けた。
この優先順位よもっと上がれ。

2278声 基準

2014年09月26日

いいところというのは、
探すというより、信じ込む能力が問われる。
それがいいのかという疑問はいいとして、
疑り深い自分に気づいてしまったら、
それでもいいところを感じたかったら、
信じ込める能力への憧れを放棄して自分の基準を持つしかない。
ということが、
あからさまになってしまった時代なのだと思う。

2277声 ラブソング

2014年09月25日

ほら、
こんなとこで寝てないで、
お風呂入ってから寝なよ、
みたいなラブソングがあったっていい。

2276声 いろいろで一つ

2014年09月24日

ニコニコしている時もあればしかめっ面してたり、
飲みすぎてまっすぐ歩けないのは飲み過ぎたら誰でもそうで、
大事にされたいなんていう何処かの意識だとか、
下品が嫌いだとか、
自分も十分下品だとか、
そういうのをひっくるめて一人の人間で。
そういういろいろを抱えながら、
別にとくに、
精神はまとまりを持っていていいのだよね本当は。
他者はなかなかそれを許さないけれど。

2275声 体力

2014年09月23日

結局体力なのだって随分前から思ってるが、
やっぱり体力がないと、
これがどうにもならない。
たとえいろんなことを考えたとして、
体力がなければできないわけだから、
考えようともしなくなる。
私は食べると動けないからできるだけ食べない。
噛まずに食べたら余計に動けないからこれでもかと噛む。
それでわかる食べることの醍醐味もあったり。
結局体力がないと始まらない。
面白くない。
それなのにまた酒を飲んでいる。
これが一番疲れる。

2274声 クラフトビール

2014年09月22日

口の中で盛り上がったまま着地してしまったら、
興奮が残る。
料理はいらなくなる。
生ホップは盛り上がらない。
これがいい。
クラフトビールが飽きられるとしたら、
その口の中に入れた時の、
テンションの高さだろう。

2273声 説明

2014年09月21日

酒を飲んだら酔う。
酔えば味の違いなどどうでもよくなる。
だから酔う前に説明する。
どうして酒がこの順番になってるのか。
なんでこの料理と合わせるのか。
でもこれはやりすぎるとしらける。
料理で説明できるのがいいのだろう。
でも伝わったと思えない場合はどうすればいいか。
わからない。
だから喋る。
伝えたいことが通常のおいしい、だけじゃないからそうなるのだろう。

2272声 育てる

2014年09月20日

著作権は作品を育てない。
たとえば料理のレシピを自分のものだけにしていたら、
料理は育たない。
いろんな料理を食べる楽しみもある一方で、
いろんな人が作る同じ料理を食べる楽しみだってある。
料理を育てるとはそういうことで、
時間に耐えるものを作っていくためには必要なことである。

2271声 学び

2014年09月19日

自分を投げ出すのは、
投げ出したら取り戻すのがたいへん、なんだけれど、
どこまで自分を投げ出せるか、というせめぎ合いをしないと、
学べない。
たいていは、
投げ出したくなくても投げ出さざるを得ない、の中で、投げ出している。
そんなときなのである、
学んでいるのは。

2270声 敷布団

2014年09月18日

敷布団を一枚から二枚にしたら、
肩が楽になった。

2269声 知っているかどうか

2014年09月17日

誰かと何かをやるときにその、 
挫折を知ったもの同士でないとやさしくなれない、 
みたいなことがあって。 
挫折を知っているというのは、 
挫折を知っている自分を知っているということで、 
これは案外知らなかったりする。 
そもそも、挫折を知らないなんてことは、多分ない。 

2268声 ウンコ

2014年09月16日

たいがいのことは、
ウンコが引き受けてくれている。

2267声 親和性

2014年09月15日

判断を先送りすると、
親和性が生まれる。
せっかちは、
分断してしまう。