日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和7年度は4月(す)5月(堀)6月(坂)7月(ぬ)8月(岡)9月(す)10月(堀)11月(坂)12月(ぬ)1月(岡)2月(す)3月(堀)の順です。

6289声 鶴のひとこえで宣伝して

2025年08月26日

せっかくなので2つ宣伝もさせていただきたい(過去にも何度か宣伝的なものをしているが、現場で「鶴のひとこえ」を見て来ました、という方には残念ながら会ったことがない。行って、天然パーマに髭でぽっちゃり体型のおじさんがいたら話しかけていただきたい)。

1つは、開店時のショップリーフレットから始まりイベントごとにフライヤーを作らせてもらっている東吾妻町岩島のカフェ「Serenite」。10/5(日)に「岩島ものがたり」というヴィンテージマルシェを行う。群馬や長野の骨董や器や家具などを扱う店が集まる樣はきっと美しいと思う。飲食でも、店主恵久さんが直接会いに行って交渉して上田の名店「ルヴァン」が出ることになったり、僕がプッシュさせてもらったハムサンドが絶品の無添加ハム・ベーコン製造の「porco」(御代田町)も来てくれるなど、錚々たる面々が集まる。

今回フライヤーを作るにあたり、1つの店が行うマルシェ、という枠ではなく、「Serenite」のある岩島地区がとてもいい場所だから(恵久さんは長く敷島で店を営んでおり、岩島地区には今の店の建物や場所の雰囲気が気に入ったので、そこに活動の場所を移した)、来場者にはそこも回ってほしい、だから「岩島ものがたり」と名付けた。という話があり、だったらと僕もと、その地区を歩いて何枚か写真を撮った。結果、「物や食べ物を売るイベントなのに、地域写真をどーんと使う」という他になかなかないフライヤーができたと思う。ぜひご来場いただきたい。

Serenite インスタグラム

6288声 いつもと違う顔を見て

2025年08月25日

道の駅まえばし赤城に、「SHOP CAFE Qu」という素敵な店がある。一歩店内に入るとかわいらしい雑貨や、開放感のあるカフェスペース。インパクト重視な食べ物が乱立する道の駅において、ここのブッダボウルはご飯の上に前橋の野菜がてんこ盛り。慎ましく栄養が高い。それら雑貨、野菜などは障害を持つ人たちが働く事業所で作られている。前橋市が運営するこの店はつまり、「障害者を応援するカフェをやっています」ではなくて「いいカフェがあります。そこにあるものは多様な人たちによって作られています」という見せ方をしているのだ。障害を前面に出すか背景として見せるか、とても大切なことだと思う。

店のオープン時も各事業所をまわり、野菜を収穫している様子や紙漉きをしている様子などを撮影させてもらったのだが、今回「まえばしSOCIAL GOODS Project」という取り組みが行われ、たくさんの事業所の方たちが道の駅に訪れ絵を描き、のちにそれを手拭いやカレンダーにする、というものを撮影させていただいた。強制はしなくとも、夢中で絵や文字を描く人たち。

様子だけじゃなくて話も聞きたいなと思っていたが、面と向かってインタビューですとすると利用者の方もスタッフも大変だろうなと思い、撮影しながら普通に話しかけるスタイルの撮影をした。その中では「この人がこんなに絵を描くなんて知らなかった」という話や「いつもと変わらないですね」という話が聞けた。お世話される側、する側という顔の対面だけが全てではなく、環境ややることによって人の顔や雰囲気は変わるという好例だと思う。

手拭いはのちに販売されるし、関連するイベントも行われるので、ぜひその動画も見てもらって(インスタグラムで今はショートのみ公開中)Quにも訪れてみていただきたい。

6287声 値引きシールが貼られて 

2025年08月24日

中之条町にはすでにヤオコーという大きなスーパーがあった。町に住む人でも好みにより隣町のベイシアやAコープで買い物をするという人もいると思う(僕の実感と聞いた話を合わせると、ヤオコーは品が良いけどちょっと高めで魚の質が良い、ベイシアは肉や加工品が安い、Aコープは言わずがな野菜が新鮮で安い)。

そんな中で、ヤオコーからそれほど離れていない中之条駅南地域にスーパー・ベルクができると聞き、最初は「必要あんのー」とか、できた後も「夜遅くまで営業して光害だよー」とか声に出すまでではない文句を心の内で呟いてはいたのだが・・今一番良く通っている。何より会社からとても近いというのがポイントなのだが、他に惣菜や肉などの値引きが早く、時には75%オフなんてものもあること、いい意味で高級感ではなくて大衆感があり、レジ打ちの人が椅子に座っているのも好印象、町内知人に教わった、惣菜コーナーではなくて魚コーナーで売っている寿司は赤酢で美味しい、など幾つかの推しポイントが見つかり、1つ2つしか買わない用でも行くようになってしまった。そこそこ車が止まっているのを見ると、ベルクにシフトした町民は多いのではないかと思う(ライフラインなので他のスーパーにも頑張って欲しいが)。

今日は75%オフのいかそうめんを買った。そういう食べ物ばかりを買っていると、値段とは何か? 貨幣と物の等価とは何か? という経済的哲学的なことを・・考えることはまずない。はよ食べよ。

6286声 猫に隠れられて 

2025年08月23日

プライバシー的なものもあるので名は出さないが、仕事も何度かしている旧友とも言える人が僕んちと僕の会社の中間地点に引っ越してきて。彼が仕事がら多忙なことから、たまに「僕の代わりにうちの猫の餌をあげてくれませんか?」と連絡をくれることがある。どの道、会社から家に帰る途中だし、彼にはお世話になっているし、何より猫は好きなので喜んで引き受けている。

今夜もいつものように餌皿にドライフードを山盛に盛り、いつもはすぐに出るのだけど、猫を待ってみた(細かいことを言うと、この文章は猫が餌を食べに来るのを待ちながら玄関で書いている)。そこそこ広い一軒家で、何より人見知りな猫たちなのだ(2匹いて、1匹は顔を見たことがあるのだがもう1匹は並々ならぬ人見知りだそうで多分見たことがない)。

と、この文章のはじめからここまで書き進めても鳴き声はおろか物音一つしない。飼い主が家にいないことをいいことに、すでに猫たちはこの家を抜け出して夜の町を探索しているのではないか?・・って多分そんなことはないのだけど、本当にいない。寂しい。無理やり部屋部屋を開けるわけにもいかないので、そっと帰ることにする

・・・と「そっと帰ることにする。」と書いてからさらに5分粘ってみたが、たった今2階から「ぐるニャーゴー」みたいな寝ぼけたような声だけが聞こえた。いい感じで寝ているのかもしれない。結果、姿形を一度も見ることはできず、マジで帰る。

6285声 飽きを忘れて

2025年08月22日

中之条ビエンナーレ、はもう広く知られるイベントに育った。今日は観光協会で打ち合わせをしていたのだが、短い間に3組も会期前パスポート購入で入ってきた人がいた。(現在、直接購入は中之条町ふるさと交流センターつむじ内にある中之条町観光協会と、中之条ビエンナーレディレクターがキュレーションを続けてきた高崎問屋町のビエントアーツギャラリーのみ。加えてコンビニでも引き換え券の購入ができるとのこと)

コロナ過の前々回より、「全ての作品とイベントを映像でアーカイブする」という仕事をいただき、ビエンナーレは2年に一度だから、2年に一度は記憶がなくなるくらい大変なんですよーと言いながらもそれを続けてきた。今回は色々が重なりまだ全然撮影が進んでいないのだが(ビエンナーレは来月13日からの開催だが、記録班は出来上がった作品から撮り始めている)、やれる範囲で撮影を始めている。

中之条に限らず、アート関連の撮影を多くさせてもらってきた。そういった数を大量にこなしたことで、今回は初めて「新鮮な気持ちで1つ1つの作品と向き合えるのか」ということを考えた。それがなくなって惰性で撮るようになれば、以後引き受けないという選択肢もあるなと。だけどそれは無用な心配で、特に「これは良いな」という作品と対峙すると、それを映像でどう表現するか、と考えることが楽しくて仕方がない。今日も1つの作品で、こちらが励まされた。まだ会期始まってもいないが、やり抜きたい。

6284声 水ようかんをちゅるんと出して

2025年08月21日

微笑庵、というと、苺大福のちごもちが有名ではあるが、店主宮澤さんの突き詰めは菓子一つ一つにまで行き届いている。数年前に続き、新店舗での営業後はじめて映像の撮影で入った。以前撮影した時は新入りです、と言っていた子が、手際良くとても難しい技術であるわらび餅のこね作業を行なっている。わらび粉に湯を注ぎ、手早く大きくこねる樣は美しく、映像でも撮りがいがある。

作る工程を撮影した菓子を一通りいただき、いわゆる物撮りも行なった。場所が良さそうなのと、良い食器を持っているだろうということで沢渡の丸伊製材へ伺い、いくつか撮影を行った。微笑庵の水ようかんは実際の竹筒に入っており、プッチンプリンのように穴に詰められた竹楊枝を抜くとちゅるんと出てくる。ノリタケ(確か)のガラスの皿に出すと、とても美しく輝いた。

ちごもちから派生した、大粒ブルーベリーがごろごろ入ったしずくもちは、生産者も撮影をした。この先秋、冬、春と撮影を続ける予定。微笑庵のインスタグラムで公開されているので、見て、ぜひ店にも寄っていただきたい。

6283声 ラムネ瓶を起こして

2025年08月20日

散歩をする気持ちの余裕がない日が続くが、しばらくぶりに出てみた。そんなに遠くまで回らない。中之条町役場のそばにある自宅を出て、近藤公園から下の小川まで降りる。川沿いにたけ山方面に歩き、一度道路も横断してまた川沿いを歩くと、喫茶ふうらい坊の少し先に出る。そこから道を役場方面に歩き自宅へ戻る。だいたい15分というところだろうか。

公園下のベンチに、7月からだろうか、ラムネの空瓶・・瓶と言ってもガラス製ではなくプラスチック製で、でも色はラムネ色のそこそこきれいなものが横たわっていた。散歩中に空き瓶や空き缶は一応拾ってはいたのでこれも回収して良いところだが、なんとなく、ベンチの上にピンと立ててみた。それからしばらく、そのまま立っている時もあったし、倒れていた時もあった(その時は都度立てる)。今日も倒れていたので、立てた。

だから何? という話ではあるが、これは僕なりのアートなのだと思う。

6282声 故郷を離れて

2025年08月19日

若い頃、東京へ来るといつも「僕はここで立てなかったんだな」と気持ちが小さくなった。群馬へ戻らずに東京あたりに残り仕事を続け、もしかしたら家庭を持つこともできたかもしれない。それができなかった自分を小さく思っていた。十年くらい前から(それでも、たかが十年くらい前からなのだが)東京に来てもそういう気持ちを持たなくなった。ひとつには、群馬において仕事や暮らしで自分の居場所に確信を持てたから、ということがあるのだと思う。来てみれば今だに東京は楽しいが、わざわざ暮らしたいという気持ちもなくなった。

これを書いているのは蔵前のカフェ。昨日泊まったホテルもそうだったが、非常に観光客の外国人が多い。デスクの隣では、2人の青年がまくしたてるように中国語を話している。どこに行こうか? と話しているのかもしれない。

東京あたりで暮らしたいとは思わないが、もっと外へ旅行に行くべきだったなとは思っている。まだ遅くないのかもしれないが。

6281声 夕顔を桂むきして

2025年08月18日

昨年、大きな冬瓜をいただき、あまりの大きさに食べきれず、腐らせてしまった部分を畑に捨てた。するとなんということだろう、今年その畑からメデューサのごとくにツルが伸びまくっている。冬瓜が芽吹いたのかと母に報告し成長をそのままにしていたら、白い綺麗な花が咲いた。あれ? と検索する。冬瓜ならば黄色い花。どうやらこれは夕顔だったらしい。そして調べると「夕顔はかんぴょうの原料です」とあるではないか。

両手で抱くにはちょっと重いわね、という赤子くらいの大きな果実が幾つか実った。さっそく、輪切りにして表面の硬い皮を剥き、中の白い実を桂むきにする。面白いのは、包丁でむいている時すでに「これはかんぴょうになるな」という手触りがあったことだ。ふんわりとしていて繊維質。よくこれを干そうと思ったな、そしてそれを煮て寿司の具にしようと思ったな、感心ばかり。

籠に広げて干したら、思っていたよりも黒い色になった。調べると市販のかんぴょうは漂白されているそうだが、自家製なんだもの、何だって良いじゃないか。

6280声 蟻を払って

2025年08月17日

蔵前の「iwao gallery」で8/16-17開催の小金沢智著『歌は待っている 風と土と「ひとひのうた」と』刊行イベント「夏のうたげ、東京」の撮影と出演のために上京。昨年撮影編集を担当した芸術祭「山形ビエンビエンナーレ2024 ひとひのうた」の書籍が出来上がり、その刊行イベントなのだけれど、2日で10人が著者の小金沢くんとトークを行うという特殊なイベント。初日の今日は広くないギャラリーではあっても満員に近い時もあり、改めて小金沢くんとその周囲の人たち(僕も含む)の活動の豊かさを思った。

終わり、ギャラリーオーナーによる美味しい振る舞いもいただき、それでもすぐには帰れない我々はコンビニエンスで買い込み、隅田川のほとりで再び乾杯をした。いい大人ばかりなのに。こういう時はチートスでしょうとパーティー開きをして花壇に置いていたら、話し込んでいる間にチートスの袋では蟻の大晩餐会が行われていた。大丈夫だな、と蟻を払って食べた。

6279声 桃をカプレーゼにして 

2025年08月16日

福島の桃をいただき、ずっと冷蔵庫に入れていた。奈良、長野での仕事を終え、もう熟れきってしまったか、と思い冷蔵庫を開けてみたら、まだというか絶賛食べごろだった。その気まんまんでモッツアレラチーズも買ってある。共に切って、スーパーまるおかの周年特売で買った美味しいオリーブオイルをかけて、塩こしょう。桃と同じくいただいた福島のクラフトビール(ホップジャパン)と共に食べたら、一口ごとにフォークを置いて「くーうめえなぁ」と呟く美味しさだった。

仕事がらもあるが、僕はよく食べ物をいただく。きっと、欲しそうな顔をしているんだと思う。助かる。

6278声 歌に包まれて

2025年08月15日

奈良での行脚の途中で、一人が「天理教のお寺に行ってみましょう。信者でなくても入って大丈夫なので」と提案し、皆でそれにのった。天理教と聞いても、高校野球強いよね、という程度の知識しかなかったのだが、神殿と呼ばれる教会本部は半端じゃないスケール感だった。例えが合っているかわからないが、映画『ラストエンペラー』が撮影できそうな広大な広場の四方を、ものすごいお金と職人の技術を詰め込んだんだろうなという屋敷が取り囲んでいる。

夕方の時間で観光客はほぼなく、一歩建物の中に入ると信者の方たちがお祈りをしていて、僕らはすぐに部外者とわかる状態なのだけど誰にも何も言われなかった。お祈りの中には童謡のような歌もあり、聞き心地が良かった。その後ググったら、“天理教の教えは人々が互いに助け合い、喜びの中で生きる「陽気ぐらし」の世界を目指す”とある。全国各地の信者の方たちが奈良を訪れ、神殿の中で厳かな気持ちになっていることを想像する。無信心ではあるが、信じるものがあるって良いな、と少し思った。

6277声 買い物メモを握りしめて

2025年08月14日

父親が亡くなって節目の年だったので、お盆前に墓参りは済ませていた。このお盆は姉家族も来るかどうかわからなかったので墓参りは保留にしておいて、お盆の買い出しをしようと母を乗せて近所のスーパーへ。母はいつも買い物前に手書きのメモを用意しており、店内に入れば僕の方が探すのが早い気がするのでそのメモを受け取って店内を回っている。メモの中に

仏さまよう くだもの(なんでもいい)

という一行を見つけた。気持ちがあれば、なんでもいい。母に、(亡くなった)ねーちゃんはぶどうが好きだったよね、と声をかけぶどうを買った。お盆にした家族事はそれくらいなのだが、結局姉と姪っ子(下)が家に来てくれて、3人で墓参りにも行ったそうである。

6276声  店員に呼ばれて

2025年08月13日

奈良への往復車移動は、結構大変だった。宿泊先ではパソコンを開いて仕事をする気にはなれず22時には寝ていたからいつもより健康的。長時間の運転中も助手席に福西さん(彫刻家・三輪途道さんと活動している(一社)メノキ副代表)がいてずっと話しをしてくれたから、眠気でやばいということはなかった。

三輪さんや福西さんらを送り終えて夜深くのガソリンスタンド。給油をしたものの、ハンドルを置いても反応がない。レシートが出ないと領収にならないな、とぼーっとしていたら、「あの」と店員さん。その時間のセルフに人がいたことにちょっとびっくりして「レシートが出ないんですけど」と言ったら、「お客様、寝てましたよね」という返事。え、どういうこと?

(多分監視カメラで見ていて)車に頼りかかったまま、ハンドルは握っているものの給油を行わずにしばらくそのままでいる僕を見ていた、というのだ。レシートが出ないのではなく、握ったつもりのハンドルが浅くて1リットルの給油もされていなかった。わりと完全にはっきりしてきたので「あーなるほど、どうりで」という返事を返して、普通に給油してスタンドを去った。

その前橋から家までは1時間ほどだったが、スタンドのそばにある漫画喫茶に泊まった。みなさんも運転は気をつけてね。

6275声 角に触れて

2025年08月12日

奈良市について、ミーハーではあるがちょっと嬉しかったのは通りのあちこちに鹿がいることだった。中学校の修学旅行で来たよね奈良・・程度の思い出しか残っておらず、岡安少年が過去同様に鹿を見て喜んだかどうかも覚えていないのだが、普段見ない生き物がそばにいるというのは面白い。昨年も猟友会の取材で山に入り、それこそ鹿も何度も見たが、同じ生き物には見えない(奈良の鹿は人を襲う話を聞かないので、種類が違うのかしら、それとも環境?)。

同行していた彫刻家・三輪途道さんの娘さんが「あ!角が柔らかい」と言うので、僕もちょっとごめんよと触れてみた。角にも産毛が生えており、確かにちょっと柔らかい気がする。数日の滞在を経て、仕事じゃなくてじっくり来たいな奈良、という気持ちになった。

6274声 写鏡に映して

2025年08月11日

窓から東京スカイツリーがよく見えるホテルに泊まった。ビジネスホテルというのは、鏡が多い。壁だけではなく机の上にも角度調整ができる円鏡が置いてあり、ふと見ると、円鏡が壁の鏡を映しており、普段は見られない僕の頭頂部が良く見える。相変わらず薄毛が続いている。最近は頭頂部からおでこにかけても同様に薄毛になってきた。天然パーマでくしゃっとなるから乾いていれば気にならないが、風呂上がりは我ながら誰?って思ったりもする。

思い切り禿げても良いと思っているタイプだが、気にはなるようで、小心者である。

6273声 noteに綴って

2025年08月10日

会社のHPを持たない代わりに、名刺にはnoteのURLを載せている。文章中心のSNSで、書いたものを有料記事にできたりもする。それはしていないが、他のSNSでは流れてしまうような、それでは惜しいような文章を時々上げている。それを見てねと言うだけでも良いのだが、それで見に行ってくれる人は2~3人くらいだと思うので、最近(といっても6月に)書いた一編をここにも載せさせていただく。それは今も思い出して大事にしたいことであり、忙殺の中ですでに忘れかけていることでもある。noteは https://note.com/oka ちょっと気になった方は覗いていただきたい。

「明日死ぬかもと思った時には、チキン南蛮タルタル弁当ではなく幕の内弁当を選ぶ、という話。」

死ぬかと思う出来事があった。

今年のゴールデンウィーク序盤は、音楽コンサートと演劇を合わせたイベントの撮影があり、スタッフ少数ながらうまい事やり遂げた。

その数日後、胸が痛い。恋焦がれたわけではない、文字通り胸が締め付けられるように痛いのだ。僕は今でこそ45歳のまっとうな中年男性だが、遡ること15年くらい前にも胸に違和感を感じたことから、親父が診てもらっていた循環器病院でしっかり調べてもらったことがあった。

造影剤を飲み、CTスキャナーで心臓の断面図を撮る。造影剤というものは、反応は人それぞれということだが僕の場合は体中がグッと熱くなったことを覚えている。何も食べてないのに、口の中に苦味が広がる不思議。熱は瞬く間に体を下り、キャン玉も熱くなる。血管から入った造影剤が心臓を経由して体中に回っていくのが体感的にわかるなんて・・怖い。

結果医師から言われたのは「普通の年齢より10歳くらい早いけど、心臓回りの血管に脂肪がついてますね、もっといくとカテーテル手術(血管を広げる手術)です」という検査結果。親父が同手術をしていたこともあり、遺伝の可能性も含めて怖え・・と思ったの・・だが。人間とはいいかげんなもので。その怖さは一時期のものとなり、普段通りこってりらーめんを食べて、深夜寝落ちするまで仕事をする生活をその後もずっと続けていた。

あれから年をとり、さすがにこってりらーめんや徹夜とは体が距離を置くようになったが、今回の不調でその医師の言葉を思い出した。年齢的にも適齢期に入った頃だ。そして何よりあの時よりも胸が痛いのだ(体を動かすと痛いとかではなくて、ずっと痛い)。すぐに病院に・・と思ったが数日後に東京で仕事があり、それはなかなか代役を立てにくい仕事だったので、迷った結果その仕事が終わったらすぐに病院へ行こう、という自己決断をした。思えばその決断が・・



ショーペンハウアー著、鈴木芳子訳の「幸福について」(光文社古典新訳文庫)という本がある。人生ってなんなんだろうな、とyoutubeの本要約チャンネルみたいなのを見てしまった時期があり、このショーペンハウアーって人、ほんとみたいなことを言うじゃんと購入した本だ。

その冒頭、ショーペンハウアーが幸福について説く上での根本規定として、アリストテレスが人生の財宝を3つに分けたという話が出てくる。ちょっと自己啓発的なノリではあるが短く紹介したい。

一、その人は何者であるか。人間性、ここには健康も含まれる。

二、その人は何を持っているか。所有物や財産。

三、その人はいかなる印象を与えるか。他者評価(本にはその単語で書かれていないが、承認欲求もこれに含まれるだろう)。

ショーペンハウアーは、その3つの中で一番大事なのは一やで、と説いている。幸せになりたいなら、所有や他者評価じゃない、自分やで、自分の人間性を磨くことやで、と。

話が健康から逸れるので少し書くに留めるが、先日テレビで氷河期世代の生きずらさについて当事者インタビューを交えた番組が放送されていて、僕はその世代よりちょっと下ではあるが、当時は働き手の過多で(今では考えられないね)正規雇用してもらえず、所得も低く、自己評価が低いというその世代の方たち共通だという嘆きが綴られていた。それは確かに大変だなと思いつつ、氷河期世代に限らない今の人は、自分も含めて、二、三に囚われがちだよなと思った。あれがない、認められたい。それらは自分の人間性を高めることとイコールではないのに、自分以外のものに幸福を求めがち。

とはいえ、自分を大切にする、という言葉には自分勝手や自己完結、スピリチュアルっぽいみたいなネガティブなものが含まれている気がするので(スピリチュアルを否定したいわけではないです)、じゃあどうすれば良いの?という疑問は残る。SNSで簡単に他者評価らしきものを得られる分、自分で自分を褒めるのが難しい時代なのだ。



東京での仕事を無事に終えた。夜の有楽町を歩いて駅に向かう。その頃は、胸の痛みはピークに達していた。一緒に仕事をした人には「もしかしたら途中抜けるかもしれません」と事前に伝えていたが、親も含めて他の人には相談をしていなかった。しても「病院行け!」としか言えないと思うので。

あーなんかもしかしたら俺ヤバいかもな、と思いながら歩く夜の東京は違って見えた。綺麗な服を纏った都会的な人には目が向かない。交通整理や、夜であってもゴミ清掃をしている人に目がいった。毎日おつかれさまです。ショーウィンドウにはモノ、モノ、モノ。そもそも金持ちではないけれど、お金があってもあんま意味ねーなとも思った。明日死ぬかもと思っていればね。でも、恨み節がこみ上げる・・ということはなく、煌びやかな町を歩いていてなんとなくではあるが、世の中は優しいな、とも思った。なんとなくではあるが。

新幹線で群馬まで戻るのに、何時間もご飯を食べていないことに気付いた。駅のホームに弁当屋がある。まだ幾つかが売れ残っていた。その時の弁当の中で、普段であればチキン南蛮タルタル弁当一択であるが・・体は、地味めな幕の内弁当を指さしていた。

新幹線の座席のテーブルを広げて食べた幕の内弁当の味は、ちょっと忘れられない。鮭よりは、こんにゃくやしいたけの煮たやつが旨い。ご飯もいつもの倍の時間をかけてよく噛んだ。

高崎へ着き、そのまま車で病院に・・とも考えたが、明日きちんと予約をしてあるのだ。まさか死ぬことはないだろうと家まで帰った。着いたのは深夜だったが、あっと言う間に眠りに落ちた。



翌日、パジャマも持って、やれる仕事のデータを数日前に全て移しておいたノートパソコンも持って、いざという気持ちで循環器病院へ行った。

簡易的な検査を経て、先生は「問題ないですね」と言う。「へ?」と僕。「心臓のことで常時胸が痛いなんてことは普通ないんです。検査でも異常は見つからないので、逆に何か心当たりありませんか」と先生。拍子抜けだった。念のため、造影剤を使ったCTスキャナーの予約を入れて、病院を去る。

その翌日だったか、ふと気づいたのだ! ゴールデンウィーク序盤のコンサートで、PAの超重い機材を「大丈夫っすよ」と一人で運んだことがあった。短い距離だったし、その数日後からの痛みだったのでわからなかったが、どうやら 筋肉痛 のたぐいだったのではないかと。年寄りの筋肉痛は数日後から。ずっこーん。大騒がせなやつだ。そうなのだ、あの時新幹線でチキン南蛮タルタル弁当を食べても大丈夫だったのだ。



というオチでちゃんちゃん、と終えても良いのだが、今回の一連で僕は僕なりに「幸福について」考えた。

幕の内弁当を食べ終えた新幹線内。客はまばら。弁当を包んでいた紙を畳み蓋をして輪ゴムで止めて。その後、高崎へ着くまでの残り30分にも満たない車内で僕は、死ぬまでに買いたいものを探してアマゾンをディグるのでもなく、承認欲求を得るためにいつものようにSNSを流し見るのでもなく、ただ、自分の頭を撫でていた。

よくやった。今日の仕事も無事やり遂げたし、この年になるまでよくやってきたと思うぞ。ダメな部分も一番良く知ってるけど、その割にはよくやってきた。と。

明日死ぬかもと思った時、はじめて自分自身と向き合うことができる。それは、自分を大切にしよう、みたいなふわふわした格言ではなく、そうせざるを得ない必然性に駆られるのだ。それは、この年にして初めて体験したと言ってもいい特別な体験だった。



今日、検査の結果が出た。医師から言われたのは15年くらい前と同じ「心臓回りの血管に脂肪がついてますね、もっといくとカテーテル手術(血管を広げる手術)です」という一言。まだ若いけど、という言葉はなかった。そして、今回の胸がずっと痛い、以外で実はたまに胸に違和感があって、その相談をすると「動いた時に症状が出ずに、就寝時などにその症状が出るということなので、動脈硬化の気があります。頻繁に起こるようならカテーテルを入れた検査をしましょう」という具体的なアドバイスもいただいた。

今回僕に起きた一連は、そのほとんどがうっかり話ではあるが、ショーペンハウアーも言っているように、やっぱり健康って大事。少しでも他人事ではない、と思った方は、それに沿った検査を受けることを激推しする。

最後の晩餐かも、と幕の内弁当を嚙み締めなくてもすむ、健康な暮らしを送ろう。

6272声 時をはさんで

2025年08月09日

中之条町のはしっこ、市城に「うた種」という手芸カフェがある。店主の曽根原さんは、中之条町つむじが立ち上がった際につむじで働いていて、その時からの顔見知り。店では裁縫を教わることもでき、曽根原さんが目利きした雑貨を買うことやコーヒーを飲むこともできる。曽根原さんのパートナーである原沢さんは隣接する建物で「フクロコウジ」という名の小さな本屋を営んでおり、原沢さんとも彼の前職、中之条町観光協会時代から一緒に仕事をしてきた。その夫婦については色々書けるが、ようは長い付き合いという一言でも済む気がする。

看板を新しくしたい、という話をずいぶん前からもらっていて、ようやく事を進めている。いつも仕事をお願いしている看板屋もあったが、はじめて、渋川市の「中央広告」に施工のお願いをしてみた。僕が仕事で関わっている東吾妻岩島の「Serenite」でとてもこだわりを感じる看板を作っていた会社だったからだ。詳細をメールすると、その日のうちに現地に来てくれるという。

話をしてみると、僕が通っていた中学校の先輩であり、「フクロコウジ」の原沢さんと同級生の方がその看板屋さんだった。そういう偶然が起きても、そういうことあるよね、と慣れてしまっている自分がいる。とにかく、いくらか知った関係で良かった。いい仕事をしたい。

原沢さんと看板屋さんとは、同級生話でプチ盛り上がっていた。そうなるだろう。話し合いを終え、遅い昼飯でも買おうかとスーパーに寄った。買い物を済ませ外に出たら、ベンチに白髪の男性。ぼーっと目の焦点があっていない感じでただ棒アイスを食べていた。ふと、それは僕の同級生のSくんではないかと思った。齢45にして完全白髪は早い気がするが、顔がどうやらそうに違いないと。僕は声をかける・・ことはせずにその場を後にした。「おう、久しぶり」と声をかけるほど昔、話をしていたわけではないし、そのぼーっと目の焦点があっていない感じが接点をもつことを拒否している感じがした。中学生の同級生だからお互いにその倍以上の年月をはさんだのだ、お互い色々なことがあってもそれが普通である。

なんとなく、生きてるだけで良かったな俺ら、と思った。