日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

235声 日付感覚混乱日乗

2008年08月22日

「あれぇ、デジャブ」
いやいや、紛れも無く本日は8月22日金曜日である。
毎日、同じ時間にこうやって同じカップで同じ味のコーヒーを飲みながら、
同じPC(当たり前だが)に向っている。
なので一瞬、日付感覚が混乱してしまった様である。

ここ何年か、自宅で過ごす時間の大半はPCに向っている。
仕事柄、と言いたい所だが、実際は好きでやっているおぼろげな仕事が大半。
PCに向って原稿仕事などもしている時は、一応TVは消しておく。
なので、最近はめっきりTVを見る時間が減ってしまった。
と言うかほとんど見ない。
それが、日付感覚の歯車を崩す大きな要因なのである。

日付感覚混乱人間に不都合な事は何か。
まぁ、行きつけの店の定休日を間違えてしまう位。
取るに足らん。

234声 夏の朝の『むむむ』な人達

2008年08月21日

「車大国群馬」なんて良く言われる、ここ群馬県。
運転免許保有率全国一位が示す様に、群馬では生活の中心に車がある。
おそらく、コレを読んでいる群馬在住の成人の方で、
運転免許を持っていない人はごくまれであろう。
通勤するのにも車、食事に行くのにも車、徒歩2.3分のコンビにまで行くのにも車。
まさに車社会。
生活していると、つくづく実感する。
そして、本日出合った光景からはしみじみと実感。

本日朝10時前後、安中市にあるホテル街。
その前を車で走行中、丁度ホテルから出ようと待っている一台の高級ドイツ車。
車道に大きくフロントが出ていたので、自分が止まって本線へ入れてあげた。
その際、コクッとお辞儀をした助手席の女の人は、おそらく自分よりも若かった。
いや、ありゃ完全に二十歳そこそこの娘さん。
などと、お節介な詮索オヤジ化してしまうが、その時の『むむむ』感と言ったらなかった。
なんとなく夏を感じた。
と同時に、そのワックスの効いた高級ドイツ車の後ろを走りながら、
車社会の地方都市ならではの光景だなと感じていた。
同じ様な光景を何度も見たが、都会ではいささか悲惨だった。

まだ私が東京に住んでいた時の話。
本日と同じく平日の朝10時頃、場所はホテル街。
具体的に言えば、鶯谷駅周辺など。
私はもちろん仕事で、その辺りのお店に納品があったので、店が開くまで車で待機していた。
すると、周囲のホテルから出てくる『昨夜の人達』。
若いカップルもいれば、少し年嵩のいった良い連れ合いまで。
そして悲惨なのは、ネクタイを締めたおやっさんと、十代後半と思しき娘さんの連れ合い。
おやっさんのいかにも『人目を憚る』って様が、悲惨と言うか悲愴と言うか。
徒歩ってのは、やはり無防備なのだ。
群馬みたいに、車でサングラスかけてって訳にはいかない。

そんな光景を見ていると、今度は携帯電話片手に一人でホテルに入って行く、
露出は高めメイクはキツめの、『いかにも』風な娘さん。
が、結構いるのにも驚く。
朝日に照らされ白じむホテル街と言うのは、どうも全体的に『むむむ』な場所である。
もう今から4.5年前。
その時も、路上の季節は夏であった。

233声 煩悶の秋

2008年08月20日

昨日の記事を書いていて、キーボードを打つ手が一瞬止まってしまった。
それは、はて『リックサック』だったっけな、それとも『リュックサック』だったけな。
正しくは『リュックサック』なのだが、自分の親などは確か、『リックサック』と言っていた。
似た様なので、『ナップザック』か『ナップサック』か。
これはどうやら、『ナップサック』の方が一般的。

そう言えば、自分の祖母は近所のコンビニの事をこう呼んでいた。
「ほら諒一、100円やるからそこのセブンオン行ってジュースでも買ってき」
『セブンオン』である。
おそらく、『セーブオン』と『セブンイレブン』が混ざったてしまったのだろう。
「おばあちゃん、あそこセーブオンだよ」
って、何度言い直しても、祖母の中では『セブンオン』が接着されている様。
あれから20年程経った現在でも、直っていない。

話を戻して、『リュックサック』やら『ナップサック』。
日常瑣末的な事だが、改めて考えると迷ってしまう。
小さく煩悶している夜に、直ぐそこで秋虫の鳴き声。

232声 その少年のリュックサックはなぜパンパンだったのか 後編

2008年08月19日

「何よ、アンタそれ」
カナキリ声に近いその声に、周囲の空気は一瞬凍結。視線一集。
こーすけの両手に抱きかかえられいたのは、何やら黄色い物体。
「ピカチュウだよ」
って、臆面も無く平然と答えるこーすけ。
「ピ、ピカチュウって、アンタまさかそれだけ持って来たの」
呆気に取られて、目玉の輪郭をハッキリさせるお母さん。
「そうだよ、ピカチュウと一緒に行くんだ」
今度はどもらずに、ぬいぐるみのピカチュウを抱きしめながらお母さんを見据え、
やや力を込めて明瞭に答えるこーすけ。

すると、堰を切った様に前に座っていた姉二人が爆笑。
「アンタ、ははは、バカ、っははは、じゃないの、ははは」
って、椅子からずり落ちそうになりながら、泪目で腹を抱える右のお姉ちゃん。
もう椅子からずり落ちて、床に膝を付いて笑い転げる左のお姉ちゃん。
引きつり顔で口をポカンと空けて、肩で笑ってるお母さん。

私を含めた周り一同、視線を逸らしながら笑いを堪えるのに必死。
加速する車内の空気が、一気に和む。
その光景を不思議そうに見つめてる、こーすけとピカチュウ。
その横、中身空っぽのバックまで、大きく口を開けて笑っていた。

旅の最中、最初の電車内での一幕。

231声 その少年のリュックサックはなぜパンパンだったのか 前編

2008年08月18日

「ここ空いてますか」
強烈な目力と共に、質問を私に投げる一家のお母さん。
「ええ」
やや圧倒されつつも、回答。
私のその言葉聞く前に、一番下の男の子を席へと座らせていた。

一家は四人。
お母さんにお姉ちゃん二人、そして、私の隣に座った末の子。
列車が新町駅に着きドアが開くや否や、ドカドカっと鉄砲水の如き威勢で、
車内に入ってきた。
やや狂気的に目を血走らせ、子供等の手を引いて空いてる席目掛け一直線。
ドアも閉まり切らぬ間に、ボックス席に一人座っていた私の前には、お姉ちゃん二人。
隣には末の子、そして通路脇に仁王立ちする母。

やがてドアが閉まり、緩やかに電車が振動して行くと突然。
「ほら、お父さんに手ー振りなさい」
子供等に指揮官から命令が下ると一斉に、私の直ぐ横の車窓に向って一家全員で手を振る。
私も横目でチラリとやってみると、改札の向こうにはメガネをかけた優し気な父の姿。
かかあ天下の座布団にはピッタリなタイプの、などと思っていると突然。
「こーすけ、アンタのリュックなんでそんなにパンパンなのよ」
って、もう初めちまったお母さん。
「ちょっとアンタ、空けて見せなさい」
末の子、こーすけにリュックの中身を改めさせる御奉行さま。
「わわわ、わぁったよぉ」
おっとりと、どもりながらリュックを空ける、小学校低学年と思しきこーすけ。
我関せず、早くも任天堂DSと携帯メールに夢中の姉二人。

明日へ続く

230声 街はしぐれ 旅の中へと 歩み入る

2008年08月17日

世間のお盆休みも、一先ず本日で終了。
おぼろげな一人旅から帰って来て一晩明け、
こうしてPCに向って、ぼんやりと旅の軌跡を振り返っている。

行き当たりバッタリかつ突発的な列車旅だったのだが、
時刻表さえバックに入っていれば、行程の不安は無かった。
改めて、日本の交通機関は正確であった。
ターミナル駅構内には必ず立ち食いうどん屋があるし、
駅周辺であれば、安ホテルと横丁の酒場を探し出すのにも苦労はしなかった。
いい加減な性格の私でもこれらのおかげで、
大きく躓く事も無く旅を進められたのであった。

訪れた数々の都市での観光。
私はいつでも無意識に『群馬』、
それも主に自分が住んでいる『高崎』と、その都市とを対比させて街を歩いた。
「これは群馬に無いな」とか、「ここは高崎に似てるな」と言った具合に。
そして、自分が持っている『モノサシ』の長さを再確認させられた。
『群馬』から離れてめっかる『群馬』も、随分あったのである。

そこでめっかった『群馬』を、このサイトに反映させられればと考えておるのだが、
頼りがいの無い私の文章創造力なので、道は明るくない。
それでも、行き当たりバッタリ我武者羅式に進んでった今回の旅の様に、
ドシドシ書いて行けたらと思う。

旅の最中、私が送った拙い文章を毎日、正確かつ的確な交通機関もさながらに、
このコンテンツにアップしてくれていたayaさんに感謝。
それを読んでくれていた人に感謝。
これからも読んでくれる人に感謝。

229声 旅はおぼろげ世は情け 第七日目

2008年08月16日

久々の自力更新である。
本日、高崎市に戻り旅も終了。
自部屋の窓より、夕立が来そうな不安定な空を眺めつつ。

積もってる 机のほこり 拭きながら 小さく見える 旅帰りの部屋

228声 旅はおぼろげ世は情け 第六日目

2008年08月15日

東京は上野、お盆時期で超満員の『鈴本演芸場』より送る本日のひとこえ。

「のめし、のめし、ビール飲めし」って、カウンターの方々から甲府弁で勧められて、深酒。
二日酔いを引きずりつつ、ふらふらと甲府駅から『スーパーあずさ』に乗車。
あっちゅう間に都内。
人波を回遊。
笑いで旅の疲れを癒すべく、上野鈴本へ。

途中、アメ横を漂いながら、いつもと変わらぬ街の匂いに、ふと旅の終わりを感じつつ。
『祝 北島金メダル』セールのワゴンに群がる人たちを、往来の隅っこで眺ながら。

227声 旅はおぼろげ世は情け 第五日目

2008年08月14日

チップスターを噛む音を気にしつつ、清々しい空気が窓から吹き込む、
長野県白馬を行く高原列車に揺られながら送る本日のひとこえ。

厚い雲が垂れ下がっている日本海を後に、風に誘われ一路、長野方面へ。
白馬、穂高方面を走るローカル線である、大糸線に乗車。
雪崩れ式に、終点松本市から何故か今、黄昏時の甲府市。

駅前でやや茫然。
一日中列車に揺られすぎ、どうやら脳味噌シェイクが深刻化。
武田信玄像と対峙しつつ。

226声 旅はおぼろげ世は情け 第四日目

2008年08月13日

灼熱の城下町、飛彈高山市内より送る本日のひとこえ

観光客の人並みに揉まれながら、古き良き街並みを散策。
往来に立ち並ぶ土産物屋は、やはり人工的観光都市の様相。
その後、飛彈古川まで足を伸ばすと、人もまばらに街も落ち着いて風情ある様子。
白壁土蔵の路地裏に流れる用水路には、錦鯉が群れをなして悠泳。
夕方、路地の日本家屋軒先。
風鈴の音と、虫籠の中にいるスイッチョンの涼やかな声。
飲み屋の親父が、用水路から掬って往来に打ち水する音、響く。

路面電車の走る街、富山市内。
ネオンが灯り始めた昭和的雰囲気の飲み屋街にて、赤提灯に誘われつつ。

225声 旅はおぼろげ世は情け 第三日目

2008年08月12日

正午過ぎ、盛夏の濃い陽射しが照り付ける、郡上市街より送る本日のひとこえ。

間口の狭い趣きある日本家屋が寿司詰られた小道、水路に清流が走る路地。
路地裏を颯爽と抜けて行くのは、黄色のヘルメットで自転車に乗った、地元の子供たち。
カゴに浮輪、水中眼鏡を頭に向かう先は、『学校橋』。
橋の袂には、川遊びに興じている沢山の若者たち。

すると一人の少年。
橋の欄干より、川へ向かってダイブ。
有名な、郡上八幡における夏の風物詩である。
蝉時雨が一瞬途絶え、息を飲む野次馬、川岸で見守る少女たち。
瞬間、張りつめた空気を裂くのは、入水の音と豪快な水しぶき。
少年が水面に浮かび上がってきて、一笑して水を掻く。
そしてまた、スイッチを入れた様に降る蝉時雨。

夕陽が差し込む長良川鉄道の1両しかない車内より
まだ、少年たちのダイブの光景が瞼の裏に焼き付いている模様。
そして、水田と住宅が混在する、どこか群馬を彷彿とさせる車窓の野趣風景を眺めつつ。

→その後。
岐阜市街、三軒目は往来にテーブルを出している全体的に雑多な店にて。
テキパキと威勢の良い店員と、地元客の関西弁「めっちゃうまそやん」を新鮮に感じつつ、生をもう一杯。

224声 旅はおぼろげ世は情け 第二日目

2008年08月11日

伊勢参りから戻り、宵の名古屋市より送る本日のひとこえ。

炎天下の伊勢参り。
疲労感を拭い去ってくれたのは、やはり土地のビールであった。
長蛇の列になってる赤福のカキ氷屋を横目に、更にもう一杯。

ネオンが灯り始めた、生暖かい名古屋市街。
ビルの谷間を彷徨いつつ。

223声 旅はおぼろげ世は情け 第一日目

2008年08月10日

と言いつつ、不安なので本日コレを書いている。
と言う事は、現在は9日。
10日の明日、つまり本日は何処で何をしているやら。
では、明日の私から本日のひとこえ。

小雨降る静岡市より送る本日のひとこえ。

『天下大平だぁ』が口癖のお爺さんの横で、
黒いおでんとビールをチビリチビリつまみつつ。
青葉おでん横丁のL字カウンター席しか無い店『あづさ』より

→その後三軒目のおでん屋にて、日本人初の金メダル獲得を祝う。
おぼろな静岡の夜に沈みつつ。

222声 西の空へ

2008年08月09日

明日より、ちょいと西の方へ旅でもして来ようかと思い立って、
本日、慌てて駅へ行って切符を買ってきた。
「青春18きっぷ」と言う切符なのである。

この切符は、JR全線の普通列車に5日間だけ乗車できるフリー切符。値段は11.500円。
旅野郎に憧れていた、貧乏学生時分には良く使ったのだが、
まさか社会人になってからも使うとは思ってなかった。

快速と鈍行だけに乗って、のんびりと行く旅も良い。
なんて言いたいのだが、現実は懐の具合が宜しくないからである。

ちゅう事で、明日からの「日刊鶴のひとこえ」は、当分旅の空から送る事になる。
ちゅう事は、誰かが明日より、PCの前で私の送った文面をせっせと更新している。

旅はおぼろげ世は情け。
これでいいのだ。

221声 四角四面の三角野郎

2008年08月08日

やはり今年最高だった。
本日午後2時、本県館林市で、全国最高気温である37.3度を観測。
こりゃ暑いわけだ。

今日みたいな炎天下。
館林で立ち話なんかしてた日にゃあ、熱にやられて、
ふらふらと往来で踊り狂う人が多数出現。
そこから生まれたのが、「館囃子」
脳味噌沸騰中の折。

220声 クマの上塗り

2008年08月07日

実は今、夜もかなり深い時刻。
苦戦していた原稿を漸く書き終え、一先ず束の間の安心感。
クールダウンがてらにコレを書いている。

クールダウンなので、あまり熱を入れて書いてもいけない。
寝床に入って、すんなり寝れる様な具合の文章を心がけねば。
しかしこんな事ばかり書いていると、
「もっと身ぃ入れて書きやがれってんだ、この三角野郎め」
ってな温かいお言葉を、沢山頂戴しそうである。
そう言った様な心の温かい方は、寝る前のクールダウンがてらに読んで欲しい。

ちょいと小耳に挟んだ話。
この日刊「鶴のひとこえ」を、寝る前でなくて毎朝、
出社する前などに読んでくれている人も居るとか居ないとか。
いや、直接聞いたので居る筈。
そう言った方の場合は、出社前のウォームアップがてらに。

本題に入る前に私の瞼の方がダウンしてきてしまった。
今日はコチラの挨拶の方が近い。
では、「おはようございます」。

219声 呑んで呑まれて早8年

2008年08月06日

昨日から、話は戻って本日。
夜半から早朝にかけて、風雨と共に雷鳴轟き、熟睡出来ないったらありゃしない。
寝不足で腑抜けた体を引きずって、淀んだ眼つきで出掛けた。
行き先は高崎市の榛名と倉渕。

終日の取材仕事。
農園で梨をもいだり、公園で遊んだり。
しかしこれ、決して遊んでいる訳ではない。
遊んでいる所を取材撮影して行く、仕事なのである。

そして、今回のモデルになってくれた小学校二年生の女の子。
生まれ年は2000年(平成12年)。
実に素直な良い子で、大いに助けられた。

そして今これを読んでいるのは、
おそらく2000年を昨日の事の様に思い出せる読者の方々。
不発に終わった2000年問題に始まり、総理大臣は小渕総理から森総理へ、
当時の流行歌はサザンの『TSUNAMI』や福山雅治『桜坂』やら。
そんで流行語大賞は、慎吾ママの『おっはー』と、
急速に普及したインターネットの『IT革命』。

どうやら日本では、私たちが呑んだくれていても、素直な良い子は育つ様である。

218声 夜の底を平泳ぎで回遊

2008年08月05日

先週の話。
金曜日は中之条町、土曜日は桐生市と、支離滅裂型に県内を右往左往していた二日間。
どちらも濃い内容の一日であった。
そしてどちらの街でもやはり、ビール片手に夜の底を平泳ぎで回遊。
なんとか岸に辿り着いて、あやうく朝。

まず、金曜日の中之条では、クーポン冊子「きて割」の発行日。
その発行記念として、「地蔵峠とカンカン帽」の姿で、町役場にて関係者各位の方々にご挨拶。
若干冷や汗をかきつつ、一同で町の活性化を願う。
その後、担当課の方、そして中之条町長にもご挨拶。
更に冷や汗をかきつつ、私も町の観光振興を願う。

役場の外に出て、早速、地蔵峠(堀澤氏)が「よし風呂だ」ってんで、一路四万温泉へ。
温泉で冷や汗を流して、ようやく一息。
温泉に浸かっている時もそうなのだが、上がってから手拭い首にかけて下駄履いて、
涼風が吹き抜ける川原沿いをゆったり歩いてる時。
これが極楽。

すこし涼んだら、早速、カンカン帽(私)が「よし麦酒だ」ってんで、一路中之条中心街へ。
店内できて割を見せて、ようやく一杯。
割引内容である焼肉一皿をつつきながら、次に行く場所を探すべく、パラパラとページをめくる。
次の店が決まって店を出る頃、夜街の海原へ緩やかに潜水。