日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

94声 よかオークション 後編

2008年04月03日

例えば、靴が欲しいとする。
ネットオークションで目当ての靴を探し出し、入札。
新品・未使用の品で、定価12.000円の所を現在の入札額6.000円なんて具合。

その時点で、自分はもう6.000円で買えたと思っているのだが、そうは行かない。
すこし時間が経ってから、当然余裕で「さて落札したかな」などどオークションページを開いて一瞥。
すると現在終了10分前で、何と誰かがそれを上回る額で入札しているのだ。
それも、6.100円なんて具合で。

「ナニコノ!」と瞬時に反撃。
と言っても、こちらの入札額も6.200円と、100円単位の情けない戦いを展開。
そんなスモールバトルをチマチマやっていると、「見苦しい戦いはもう止めなさい」と言わんばかりに、
入札額10.000円と、チマチマ人間達の上を跳び越して行くツワモノが現れる。

ココでこのビックマネーな入札額が、いきなり現在の入札額10.000円と表示されるのでは無いのだ。
現在価格が6.500円だったら、6.600円なんて具合。
賢い事に、そのオークション品の最低の入札単位で表示されるシステム。

つまりこの場合、例え10.000円で入札したとしても、他の入札者が6.600円以上で入札しなければ6.600円で落札できる。
そして、他の入札者が6.600円を上回る入札額を付けた場合は、自分が入札した10.000円までは、
オークションシステムのロボットが自動的に最低入札額で入札してくれるのである。

さて、この様にピョーンと軽く入札金額を跳び越されると言うのも、スモールバトル体験者としてはなんだか癪である。
こんな時、運悪く酒でも入っていると気が大きくなって、ドンドン入札額を更新してしまう。
そして気付いた時には、どーでもいい商品を定価に近い額で落札している。
中古なのにである。
落ち着いて考えると、当然送料が掛かるので、その分を差っ引く結局店で買った方が安いのである。

麦酒摂取が加速。自責念仏を蛇足。意気消沈で窒息。

93声 よかオークション 前編

2008年04月02日

つい先程、また停電になった。
原因はブレーカーの様で、この所花冷えが続いているので、ついつい暖房器具を多用してしまう。
停電は、そんな夜に集中して発生。
そう言う時に限って、この「鶴のひとこえ」を書いているのだ。
当然PCの電源も切れるので、それまで書いていた文章は消えてしまう。
デスクトップPCの悲しい性である。

部屋にいると、必然的にPCとにらめっこしている時間が増える。
PCに向っているのだから、この「めっかった群馬」用の文章でも書けば良いのだが、なかなかそう都合の良いようにならないのが現状である。

では何をやっているのかと言えば、インターネットでどーでもいい様なサイトを見たり、どーでもいい様な事を検索したり、どーでもいい様な物を買ってしまったり。
全体的に「どーでもいい」事をやって、余暇時間を潰している。
むしろ余暇時間に潰されているのである、私の睡眠時間が。
「どーでもいい事なんて、やんなくてもよか!」
などと、突発的に九州弁で自戒しても駄目なので、もうよかよか。

どーでもいい事の中でも、どーでもいい物を買ってしまのがタチが悪いし、財布にも悪い。
私がインターネットで物を買う時は、大抵「ネットオークション」である。
出品者の出品物に、私達オークション閲覧者が入札して行き、一番高値をつけた者が落札者となる。
一般的なオークションのシステムとなんら変わりは無いのだが、これが意外と面白い。

続きはまた明日。

92声 四月馬鹿

2008年04月01日

今年の正月より、私が書き進めて来たこの「日刊鶴のひとこえ」も、今日で92声を数える。
100声まであと8回と言う事は、4月9日(水)に第100回を迎えるのだ。

よし、じゃあ9日には第100回を記念して祝賀パレードを開催しよう。
朝から前橋中心商店街にてサンバカーニバル。
そこに、キャディラックのオープンカーに乗った私が登場。
読者の方々には、前橋名物の豚肉料理が食い放題。生ビールはもちろん飲み放題。
そして夜は、大花火大会で締めくくり。

今日はエイプリールフールとやらなので、一応四月馬鹿になってみる。
明日からはただの馬鹿に戻ってしまう。

91声 夜桜公園までの夢路

2008年03月31日

今日で三月も終わり。
年度替わりで、何かと街がザワついているこの時期。
春休みの学生達を、街中で良く見かける。

自転車を漕ぎながら、楽しさが体からこぼれ落ちている小学生の男の子女の子。
手を軽く繋ぎながら、恥ずかしさで顔から火が噴出している中学生の男子女子。

満開の桜の下、そんな光景を眺めていたせいか、つい昔話を書こうとしている自分がいる。
しかし桜ってのは、なにかと昔を思い起こさせるモノである。

「はて、去年の桜はどこで見てたっけなぁ」

たしか、伊勢崎市華蔵寺公園で見ていた。
レモンサワーとおでんで一杯やりながら、夜桜を見ていたのだった。
隣に座っていたのは「ほのじ」の店主。
私が「夜桜における公園の浮世離れ化現象」について、
くどくど絡んでいた様な記憶がある様でない様な。
日常生活が浮き足立っている私なので、もはや夢路を辿っている様な具合である。
そんな人間が書いている事ゆえ、ゆめゆめ真剣に読まれるな。

90声 休日の 街中に映ゆ 花衣

2008年03月30日

群馬県内の桜も満開な様。
来週辺りがお花見のピークだろう。
桜満開の下、青ビニールシートは満席。

男女混合花見集団の衆。
大量飲酒狂喜乱舞の宴。

なんて光景が、また今年も夜の公園で繰り広げられる。
そんでゴミが、一晩空けた桜の下にとっ散らかってる。

だからと言って、「ゴミは持ち帰りましょう」と、
公園の目立たない所にちょこんと掛かってる、薄汚れた看板位の事しか言えないのである。

しかしまぁ、夜桜を眺めながら一杯ってのはオツなもんで、
酒飲みにとっては至福の時間である。
席を離れて、ふら付いた足取りで鼻歌交じりに公園の便所へ向う。
その道中目に付くのは、暗がりの茂み前ベンチでアヤシゲに接近している男女。

だからと言って、「桜の花言葉にあるのは純潔」ですよと、
酔っ払いの千鳥足が板についている、私の如きおぼろげな人間が言える訳でもない。

こんな具合に、今宵は自問自答スパイラルを回遊。
そしてこんな事ばかり書いていると、誰も私を今年の花見に呼んでくれなくなってしまう。
まぁそれはともかく今日は、緑化フェアも相まって前橋、高崎市内には花見の人手が多かった様。

89声 一本過多

2008年03月29日

今日、現在取り掛かっていてなかなか進んでいなかった観光特集を、やっとこ一本書き終えた。
自分へのささやかな労いとして買ってきた瓶ビールは、すぐに一本空いた。
書かなければならない次回の特集には、まだ指一本触れてない。
しかし瓶ビールの方は快調なペースで、また一本空いた。
酔いが進行する前に、鶴のひとこえを一本書いてしまおう。
その内容は「一本」に一本化。
こりゃまた一本取られた。

ってな事にはなんないか。
あれ、机の上のボールペンが一本無い。
さて、もうしつこいか。
じゃあ、本日の締めは一本締めで。
お手を拝借、「よ〜〜ぉ」。

88声 頭ん中のモザイク画

2008年03月28日

ミックスカルチャーってのはホント面白くって、私が最も注目している現象の一つである。
ってな風に大そうな事を述べようと推敲しているのだが、私の空洞頭ではいささか難しい様である。
ならば、ここ群馬に焦点を絞ってみる。

群馬って土地は鉢に植わった造花の様に、他の文化が入って来てもあまり根付かないイメージがある。
海無し県だからか、歴史の歩み方なのか要因までは分からないが、他所の文化があまり流入して無い印象。
特に、東毛より西毛地域。
だから上州人ってのは、異国の香り漂う港町だとか、文化流入の激しいモザイク画の如き大都会への憧れは強い。

私が住んでいる街の、かみつけの里公園にある古墳やら埴輪やらを見ていると、つくづくクリアだと感じる。
つまり、モザイクがあまりかかっていない、この街の千五百年前が其処には在る。

一方都市では、様々な文化が入って来て、色とりどりのモザイク画を描く。
モザイクの向こう側が見たくなるのは、これは人の心理である。

モザイクを一点凝視。
チカチカする眼差し。
疲労が元で思考停止。
やがて出発自分探し。
そして気付く郷土史。

ミックスカルチャーのモザイク画を一点凝視していたら、流れ着いたのは郷土史。
どうやら私の頭ん中にも、色とりどりのモザイク画が描かれている様である。

87声 参道の女

2008年03月27日

高崎市にある榛名神社。
本殿から下へと続く参道は、少々長い階段の道。
脇にはコケの蒸した幹を晒している、杉の巨木が立ち並ぶ。
斜めから差し込んでいる午後の陽が、目の前に幻想的な映像を見せる。

そんな風景の中、しっとりとした風を切りながら階段を下っていた、
本日午後三時三十分。
途中、何組かの参拝客とすれ違った。
受験合格後、入学前のモラトリアム期間を家族と過ごす、
明るいファミリー風。
暇を持て余す春休みの大学生風。
定年後を悠々送るリタイヤ世代風。

しかし、いささか首を傾げてしまったのが、一人で来ていた参拝客。
それも、三十代中盤〜後半と思しき、なんだが陰のある女性。
「丑三つ時にはまだ早いしなぁ」
と、ついつい余計な詮索。
すれ違って少し歩いた所で、振り返って見ようと思ったがやめた。
その瞬間気付く。
陽の傾きかけた参道に流れる風が、ひんやりと夜の匂いを運んで来た事に。

86声 春のサラサラ

2008年03月26日

ヘアースタイルが気になっている。
もう少しストレートヘアーになって、イメージチェンジを試みたいのだ。
春風になびく、サラサラヘアーってのも爽やかで良いではないか。

その為、最近トリートメントってモノを塗ってみたりしている。
以前は、石鹸で洗ってハイ終わりってな状態だったので、
もう一工程増やし、容器に書いてある「芯から集中保湿」とやらを実践。

しかし、使い始めてからもう数日経つのだが、なんだか効果が現れてこない。
依然として、峠道の様な形状をしているウネウネヘアーで、
サラサラヘアーとは程遠い。
春の小川だってサラサラ行っているのに、悔しい。
いや待てよ、それでも若干は…。

あっ、肝心な部分を書いていなかった。
ヘアーの前に、「アンダー」を付け足し忘れていた。

85声 春霞男高速走行中

2008年03月25日

今日、高速道路を軽快な速度で高崎方面へと走行していた。
車内に差し込むのは、春の午後のうららかな日差し。
ポカポカ陽気に、ついウトウトし始めた。
「あ〜マズイ」
と、急速にヨレヨレとなりつつ警戒。
たろ〜ん化しているたるみ眼をしばしば開けて、次のサービスエリアの看板を探す。
目に入って来た看板は、「嵐山PA」。

「よし!ちと小休憩でピットイン」
ふわふわ車線変更しながら、入口へ入る。
入口へ入ったのだが、なぜか車線は緩やかに傾斜。
減速して旋回するように進んで行くと、目の前に現れたのは料金所。
看板、「嵐山小川IC」。

「出口…」
そうなのである、PAの入口ではなく、ICの出口に入ってきてしまったのだ。
一回出て、Uターンしてまた料金所から本線へ。
そしてようやく、嵐山PAに辿り着く事が出来た。
コーラを飲みつつ、春霞がかかった頭を冷やす。
頬を撫でる春風は、知らん顔でスイスイ行く。

84声 オチオチしてられない

2008年03月24日

一匹狼でハードボイルドでロックでパンクで、
アナーキーで穴あきジーンズも真っ青なダメージ加工な人生を歩む筈の私が、
風呂上りにプチダノンを食べいる。

組み体操のピラミッドではもちろん頂上、骨皮筋衛門の異名を取ってきた私が、
風呂上りにカロリーオフの発泡酒を飲んでいる。

人生は、なかなか思い描いた様には進まない。

今宵は、なかなか書きたい事が見つからない。

文章は、なかなか上達してる様でしていない。

落ちは、なかなか三段にした位じゃオチない。

83声 四畳半妄想文学春の大執筆セール

2008年03月23日

今日、少しでも小銭をかき集めようと、リサイクルショップへ衣類を売りに行った。
すると、春の大処分セール開催中と言う事もあり店内は大混雑。
特に、物が山積みになった買取カウンターは、もはやパニック状態。
春は生活環境が変化する時期、いる物を買ったりいらない物を売ったり、何かと物が動く時期なのである。

ごった返しの店内で、買取番号12番の札を握りつつぼんやりと待っていた。
そう言えば、昨日会った作家さん達も、展示会やらの構想を活発に話し合っていたのだ。
やはり春は、創作意欲とか購買意欲とか、何かと意欲が湧いて来る様。

創作意欲あふれる作家さんはキラキラ。
購買意欲あふれる買い物客はギラギラ。
妄想意欲あふれるこの筆者はキワキワ。

よし、「日刊鶴のひとこえ春の大執筆セール」と行こうではないか。
さぁ、四畳半妄想文学の大特価!
掘り当てた妄想温泉の源泉掛け流し。
薄利多売で一獲千金。
妄想劇場では主演を務め、そんでもって……。

「買取でお待ちの番号札12番のかたぁ〜」
「合計六点で、買取金額は450円になりまぁ〜す」

瞬間、大執筆セールは開催前に終了。
妄想温泉の露天風呂は一気に水になる。
そして、脳内2丁目にある妄想劇場で公演中の夢芝居は、即座に打ち切り。

ポケットに450円をねじ込んで店を後にする。
生活意欲あぶれた私は帰道をトボトボ。

82声 左脳が右脳に問いかける

2008年03月22日

昨日からの続き。

そうであったか。
去年の春分の日には、東池袋の「大勝軒」が閉店してしまったのか。
そう言えば当時、朝のニュース番組で見た記憶がある。
でも現在は、大勝軒フリークの声に答え、店長が変わって開店しているのだ。
脈々と受け継がれている大勝軒の味。
近未来都市東京池袋、ロボット店員が運ぶ大勝軒店内で、
アンドロイド化した人間がつけめんを啜っている。
なんて光景があるかもしれない。

そんでもって、昭和的心象風景その1である。
近未来都市群馬高崎、ロボット店員が運ぶ大衆食堂店内で、
アンドロイド化した自分が中華そばを啜っている。
なんて状況の中、こんどは左脳が右脳に問いかける。
「50年前の春は何してたっけ」

現代都市群馬高崎、ロボット的に鶴のひとこえ日刊更新し、
アンドーナツを食いながら鼻水を啜っている。
なんて状況。

そして、「またいつもの語呂合わせ文体ではないか」。
と、脳ミソが討論。

81声 右脳が左脳に問いかける

2008年03月21日

さぁ、春分の日も終わって3月後半。
巷では、この3月後半から4月前半ってのは、生活環境がガラリと変わる節目の季節。
年度替りで世間は何かと慌しい。
そんな社会的喧騒に若干巻き込まれつつ日々を過ごしていると、ふと右脳が左脳に問いかける。
「去年の春は何してたっけ」

自分の去年の春を探るべく、日記をパラパラ。
やりたいトコロだが、日記などつけていなかった。
しかし、「InTimes」と言うサイトで当時書いていた、「タイムス日記」と言う日記形式のコンテンツが残っていた。
早速読み返して見ると、ちょうど去年の春分の日に書いていた。
こんな内容であった。

〈No.292〉多少は昭和

今朝のニュースで知ったのだが、本日3月20日で、つけめんの元祖、東池袋「大勝軒」が閉店してしまうらしい。
何でも、区画整理の為だとか。
もちろん、麺フリークならずとも、知る人ぞ知る超有名店で、僕も一度食べたことがある。
麺類の事などには結構無頓着な方だが、ここのつけめんは、コシのある麺と、
だしの効いたスープで、本気でうまいと感じた。
その味の在る店内も、カウンター含め16席と言う「昭和」なつくり。
そんな「昭和」な店が、どんどん無くなっていくとはなんとも寂しい。

昭和的心象風景その1

くたくたの暖簾。
触ると若干ベトつくテーブル。
使い込んでくすんだ、ビールメーカーのコップ。
テーブルの隅には、出口が固まって出ないウスターソース。
その横にある縦の箸置き。
吸い込んで黄ばんでる壁。
色紙にマジック書きして、壁に貼ってあるメニュー。
BGMは、角っこに付いてるテレビから流れてくる、高校野球の「シャン・シャン・シャン」。
開きっぱなしのレジ。
カウンターの隅に座ってる、地元常連おやじ。
表紙がめくれた漫画。
3年前のビール販促用ポスター。
そして、おもむろに注文するのはもちろん瓶ビール。
                                                    2007.3.20 from nukui

80声 澄んだ夜風の匂い

2008年03月20日

今日は終日雨。
そして夜半、雨上がりの道路を自転車で走る。
夜風を胸いっぱいに、深呼吸。
なんて気持ちが良いのだろう。
花粉が飛散してない空気とは。

なんか、近頃花粉症の話ばかり書いているが、鼻水と同じく止まらないのである。
眼を掻くついでに、ついつい書いてしまう。

だが今日は、しとしと降り続いている雨のお陰ですこぶる調子が良い。
しかし室内に居る間は、紛れ込んでいる花粉の残党が時折反旗を翻す。
残党との小競り合いをしている間に雨も上がり、夜半過ぎに外出。
雨が花粉を洗い流し、清浄になった夜の空気がうまい事うまい事。

自販機で買ったコーラがうまい事うまい事。
自転車に乗りながらコーラを飲むと、飲んだコーラが胃の中でシェイクされて、胃が苦しくなる。
そんな些細な話を書いてしまう位、花粉が飛散してない世界の澄んだ空気は心を豊にしてくれるのである。
心が豊になった人間の書く文章では、「今日はオチをどうやって付けようか」などと、
みみっちい小細工は必要ない。

ゲップ。

79声 部屋で書く

2008年03月19日

雨にしっとりと降られながら帰って来た。
つい先程までロックで飲んでいた焼酎の感触が、まだ喉の奥に残っている。

そして、部屋で書く。

「シャッ」っと、時折裏の道を通る車が雨水を弾いて行く。

そして、部屋で書く。

78声 掻く語りき

2008年03月18日

目がかゆい。
もう、かゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆい。
眼をかきむしりながら、「キョォェーーー」ってな奇声の一つも発したい心境。
当然、心の中で必死に規制をかける。

なんだか、今年はひどくコテンパンに花粉症にやられている。
そうだ、亀を助けて竜宮城にでも連れて行ってもらおうか、この時期だけ。
そしたら花粉も来なかろう。
しかしまてよ、現在私が住んでるのは海無し県の群馬県。
では、鶴を助けよう。
こんな眼ばっか掻いていたら、肝心の書く方がおぼつかない。
鶴を助けて、恩返しにこの「鶴のひとこえ」を書いて貰おうではないか。

だけど、そりゃあまり意味が無いかもしれない。
鶴が恩返しでひとこえを書いている間、花粉症で眼を掻いている私。
奇声はあげないものの、規制の方がどうもさがってしまう。
つまり、こっそり部屋を覗かずには居れないのである。

部屋を覗かれた鶴は、山の方へ飛んで行ってしまう。
結局、私が書く事になる。
そして、私がひとこえを書いている間も、決して部屋を覗かないで下さい。
覗かれると、山の方へ飛んで行かなくてはなりません。
山へ行き、眼を掻いて過ごさなければならないのです。
やはり、掻いているより書いている方が良い。
さぁ、書こ書こ。

77声 若年寄のデモ行進

2008年03月17日

今日は3月17日。
彼岸の入りである。
暑さ寒さも彼岸までと、先人達は良く言ったもので…。
ってな年寄りじみた話ばかり書いているから、会う人会う人に「若年寄り」なんて言われてしまうのだ。

ここ、「和のカルチャースクールほのじ」での一幕。

はじめまして。
えっと、ダレでしたっけ?
はい、抜井と申します。
あーっ、「日刊 鶴のひとこえ」。
えっ、でも若い…ですよねぇ。

「でも」ちゅうのはなんだ、でもちゅうのは。
と、胸中にて驚く相手に対してつっ込みを入れている瞬間、横から酔っ払った誰かが言う。
「でも中身は60歳ですよ」
またまた「でも」である。
もう私の胸中では、「若年寄に市民権を!」と言うプラカードを持ったデモ隊が行進。

こうなったらいっそ、書斎の文机に座って、愛用のモンブランの万年筆に墨をたっぷり吸わせ、
渋茶などを啜りながらこの原稿を書いてやろうか。
しかし生憎、私の家には書斎も文机も無い。
寝床の直ぐ横にある、そこらのホームセンターで買った机の上で、背中を丸めながらキーボードをカチカチ。
書くと言っても、時折ボールペンで頭を掻くぐらい。
でも、モンブラン食いながら渋茶ぐらい飲んでやる。