日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

58声 功すれば罪 その後

2008年02月27日

テクノロジーの悪い所を思い出しちまったんで、引き続いて述べている。

まったく、月に向って吠えたってな件でスッキリ文章を終わりにしとけば良いのだが、
ダラダラと間延びさせてしまう。
これは私の悪い癖で、まぁ無くて七癖あって四十八癖と言う位だから…、
とますます悪化の一途を辿る気配。
気配を感じたので、今なら戻れる。

テクノロジーの悪い所と言うか、使う人間にとって具合の悪い所は、その「依存性」である。
つまり、使っている内にドンドン「依存癖」が付いてしまう。
コレが良くない。

例えば、ペンで紙に文章を書いていて、分からない漢字が出て来たとする。
その漢字をどうやって調べるか。
大半の人がまず、携帯電話の機能で調べるか、近くにパソコンが起動していれば、それで調べる。
分厚い辞書を出して、頁をパラパラなんてやっている人は少ない。
職業的に文章作成をする人や、一般公開型の文章作成をする人等の手の込んだ文章作成家は除くとして、
大半の人が使えるテクノロジーを使うだろう。

この様に、テクノロジーの術中にハマった現代人各位は、
「アタイもう、テクノロジー無しじゃ生きていかれないの…」
と、夜な夜なか細い声で囁くのだろう。

ペンで文書作成する機会の減少は、必ずしも現代人の漢字記憶力の減退に比例しないが、
テクノロジーを使用する機会の増加は、現代人の便利依存性の進行に比例していると感じている。
そして、「この話のオチ部分だけ妙に真面目腐ってしまったなぁ」とも感じている。

57声 功すれば罪

2008年02月26日

そうは思わない事がある。

パソコンや、携帯電話のメール等で文章を作成する機会が増えたので、漢字を覚えなくなった。
つまりは、ペンを使って字を書く機会が減ったから。
ってな事を言っている人が、良くいる。

コレに対して私は、もっともだと思う。
と言ったら話が始まらないので、そうは思わないと言っておく。
まぁ、本当にそうは思わないのである。

その方々の言い分はと言うと。
パソコンや携帯電話等で文章を作成する場合、
その機械の機能が打ち込んだ文章を漢字に変換してくれるので、
自分はそれを選ぶだけだから漢字を覚えなくなると言う。

キッパリと言おう、そんな事は無い。
むしろ、この変換機能で、逆に文章を覚えるとさえ思う。

だって、「更新」(まだ引っ張っている)の場合。
「こうしん」と打ち込んで変換キーを押すと、「更新」やら「行進」やら「交信」やら、数多出てくる。
その中から自分で選び決定するのである。
これは、覚えなくなるリスクよりも、逆に様々な同音異義語を覚えるキッカケが生まれ、
漢字のボキャブラリーが豊富になるのではと思えてならない。
パソコンなどに至っては、その言葉の意味まで出てくる事もある。

そして、パソコンや携帯電話の普及によって、
現代人は以前よりも圧倒的に文章を作成する機会は増えている筈である。

「テクノロジーは悪くないんだぞ!」

こんな事を月に向って吠えているってぇと、一つだけ悪い所を思い出した。
しかしそりゃまぁ、明日にしましょうや。

56声 振りてしゾロ目の更新人生

2008年02月25日

未だ引っ張るけれど、「更新」の事。
寝て起きて、一日を更新しながら生きて行く我々。
しかし、キチンと更新出来ているんかいってな一抹の不安もある。

特に、昨日の事が今日の事を侵食してくる様な場合。
現在書いているこの内容も、昨日の因果によって、今日も昨日と同じ様な事を書いている。
キチンと更新出来ていないが為の因果関係。

まぁ、それが出来れば人生苦労はしない。
サイコロ振ったって、時にはゾロ目が出るではないか。
そしたら、明日に向ってまた振れば良い。

そう言えば、と話は変わる様で変わらないけれど。
先日、同級生に久しぶりにバッタリ出くわした。
自分内の「同級生と出くわすと決まって言われる言葉ランキング」で、
高い位置にランキングされている言葉が、「変わって無いねぇ〜」だ。
非常に高い確率で言われる。
これはつまり、鼻たれ小僧時分から現在の大人になるまで、キチンと更新が成されていないのではないか。

いやいや、私もそれなり人並みに毎日を更新してきたつもりである。
時には厳しい局面で、祈るようにして人生のサイコロを振ってきた。
ただ一つ言える事は、もしかしたら、ゾロ目が出っぱなしだったかもね。

55声 更新生活

2008年02月24日

この時期、様々な「更新」が重なる。
現に、私の机の上にはそれを知らせる葉書が散乱。
え〜、「レンタルビデオ保障更新のお知らせ」やら「自動車保険更新のお知らせ」、
「運転免許更新のお知らせ」などなど。
おまけに、「携帯電話料金ご入金のお願い」なんてモノまである。

それはさておいて、「更新」である。
考えてみれば、このコンテンツも毎日「更新」しているし、自身のブログやら、その他多数。
まさに、「更新」づくめの「更新生活」を営んでいると言うわけだ。

なんだか恐ろしくなってきた。
よし、早めに寝ちまおう。
いや待てよ、この日々「寝る」ってのも、一日を「更新」するって事だ。
そうかそうか。
先程飲んだビールが拍車をかけて、どうやら早めに「今日更新のお知らせ」が届いたようだ。
さてさて、更新は早めにするに限る。

54声 ビバノンノン

2008年02月23日

顔は寒みぃし、湯は温りぃし。
背中越しの女湯からは、ババアの上州弁しか聞こえてこねぇし。
混んでて岩は空いてねぇし。

などとぼやきつつ、先程まで日帰り温泉の露天風呂に入っていた。
お気に入りの岩ってのは、露天風呂の縁に設置されている岩の事で、
体をもたれ掛けるのに丁度良い具合の岩が、たまたま空いていなかったのである。
岩が空いていないと、風呂の中で座っていてもなんだか具合が悪い。

風呂の中で体育座りをしていると、斜め横のおやっさんが立ち上がったので、
すかさず岩位置を確保。
体をもたれ掛け湯に浸かっていると、しだいに「のほほ〜ん」としてきた。
これは非常に描写が難しいのだけれど、ともかく「のほほ〜ん」状態。

岩にもたれかかって目を閉じて浸かっている。
すると、顔が寒くて湯が温いのも、だんだん気持ち良くなって来た。
背中越しの女湯から聞こえてくる声も、良く聞けば若々しく艶かしいではないか。
何事もうまく運んでいるのだ。
ババンババンバンバン、ハァ〜ビバノンノン♪

風呂から上がると、背中が若干痛かった。
打たせ湯に打たれすぎたのかなぁ。

53声 懐古的焦燥映画

2008年02月22日

現在、私の部屋にあるテレビでは金曜ロードショー「耳をすませば」を放映中。

レンタルビデオ店で借りた映画や、テレビのロードショーで観た映画と言うのは、
映画の内容は覚えているが、それがいつどんな状況で観たのかは覚えていない。
しかし、映画館で見た映画と言うのは、大抵どんな状況で観たのか覚えているものである。
自分が何歳の時、誰と、何処でなど。
感銘を受けた映画なら尚更の事。

そして現在、私はそれを思い出している。
1995年夏、友人と高崎中央銀座通り商店街の映画館で観た。
私は当時、中学2年生。

はい、そこのアナタ指を折って数えなくてもよろしい。

ともかく、だるんだるんに中だるみしていた中二の夏休み。
その時分は郊外に大型店舗もそれほど出来ておらず、商店街には人手が多く、
特に夏休み期間はいつも映画館は満員だった。
そんな折、この高純度青春ジブリアニメ映画である「耳をすませば」を大入りの映画館で観終え、
不純な中学生は高崎市中心商店街の路上に呆然と立ち尽くしていた。
蝉時雨を浴びながら、「このままではイカン」と焦燥。

その後、商店街の甘味処でカルピス味のかき氷を突付きつつ、
さっきから頭内に流れている「カントリーロード」に、ぼんやりと耳を傾けていた。
入り口の外、藍色の暖簾がダルそうに揺れていた。

52声 ポテチの前には埋まらぬ溝

2008年02月21日

子供時分、友達の家に遊びに行っておやつを食べていた。
テレビゲームをしながら、ポテトチップスを二人でつついていたのだけれど、
私だけつつくペースが早いのである。
友達は、テレビゲームの合間に「パクッ」
一方私は、テレビゲームそっちのけで「パクパクパクパクッ」
友達は一枚ずつチップスを取るのに、私は三枚取りである。
「育ち」と言う埋まらない溝を、薄っすら感じていた。

青年時分になってからは気を配る事を覚え、
遠慮がちにセーブしながら食べる事もしばしば。
しかし、胸中ではいつも三枚取りを渇望していた。

そんな事を思い出して、書いている現在。
ここまで書き進めるまで、結構時間を費やしてしまった。
それは、ポテトチップスを食べながら書いているから。
三枚取りで、一心不乱に「パクッ」
未だに溝は埋まらず。

51声 第二回ワルノリ俳句ing 開催決定!

2008年02月20日

「あ〜あ〜日本のどこかに〜私を〜待ってる〜人がいる〜♪」
と言う誇大妄想に、たびたび取り付かれる私。

「日本のどこかに、この日刊鶴のひとこえの更新を心待ちにしている人がいるんだ」
と言う自己暗示を、たびたび自分にかける私。

旅から旅へと言う、浮雲思想に憧れている私。

さぁ、旅立ちの日は来る3月1日(土)。
「第二回ワルノリ俳句ing」開催決定なのである。
詳しい内容はまた後日、このサイトのコンテンツ「クレインダンス情報」やら、ココにアップ予定。

それでも、ちょこっと言っておこう。
第二回と言う事は、もちろん第一回があったこの「ワルノリ俳句ing」。
2007年8月の事、それも「クレインダンス情報」から閲覧可能。

電車に乗って県内各地のどっかに行って、(もはや川柳に近い)ワルノリ俳句を詠みまって帰って来る。
ただそんだけの会。
「旅の恥は書き捨て」と「旅は道ずれ世は情け」を足して二で割ってない様な会。

誰でも参加可なので、気が向いた方がいらしたら。

しかし、なんでそんなしょうもない事をやらなければならないのだろう。
人生において何の役に立つんだろう。
まぁきっと、その答えを探す気も無い様な連中がやっているのだろう。

50声 さて、何の「プッ」

2008年02月19日

巷では、車の運転が荒いと言われている群馬県人。
確かに、私も毎日運転しているのだが、そう感じる節はある。

追い越し禁止車線で追い抜く車。
方向指示器を出さずに曲がる車。
片手に携帯電話で運転してる車。
やぶれかぶれで飛ばしている車。
などなど、挙げればきりが無い。

しかし、不思議とクラクションを鳴らす車があまりいないと感じている。
もうだいぶ前のことになるが、私は以前東京で毎日運転していた経験もあり、
その時と比べてそう感じるのである。

東京都心部で運転していて感じた事は、「クラクションを鳴らす」車が多い事。
それは、車線に入れさせてくれて「ありがとう」と言う「お礼クラクション」や、
あっ知り合いだ「おーい」と言う「呼びクラクション」では無い。
十分過ぎる程本来の意味に沿った、「警告クラクション」がよく鳴っている。

追い越し禁止で追い抜こうものなら「ブーッ」
方向指示器を出さずに曲がろうものなら「ブーッ」
むしゃくしゃしたら「ブーッ」
競馬が外れたら「ブーッ」
腹が減ったら「ブーッ」

たいぶ言いすぎだけど、とにかく至る所で怒りの「ブーッ」が聞こえる。
そんなにいきり立たなくても、と心配してしまう程。
それに比べて地方都市はどうか。

前の車がなかなか進まなかったら「プッ」
車線に入れさせてくれたら「プッ」
知り合いがいたら「プッ」
相手と別れ際に「プッ」
腹が減ったら「プッ」

やはり地方都市は、いくら運転が荒いと言われても平和である。
それじゃあ今日はこの辺で、「プッ」

49声 収拾がつかないジタイ

2008年02月18日

毎夜、ビールと私は共闘条約を締結。
疲労や眠気率いる怠惰連合と死闘を繰り広げている、日付変更最前線。
何としても、日付が変わる前に決着を付けたい。

しかし、闘いは毎度泥沼化の様相を呈する。
そしていつしか、条約に基づいて奮闘していたビールに不穏な動きが現れる。
それを止める術も無く、遂にビールが寝返った怠惰連合は一挙に勢い付く。
私は目を半開きにして孤軍奮闘。

悪化の一途を辿る事態。

頭をよぎる言葉は辞退。

眼の前に並ぶ同じ字体。

状況の原因は自分自体。

これはもはや非常事態。

鍔際で思い止まる辞退。

いよいよ見飽きた字体。

良くやったと感じたい。

48声 唱えて止まぬ自責念仏

2008年02月17日

昨夜の記憶がめっかんないまま起床。
深酒は頭痛でもって過剰摂取を申告。
脱水症状は抜き差しなら無い程深刻。
おでこを擦りながら、自責念仏を唱えつつ厨房の方へヨロヨロ。

厨房と言う事はもちろん、和のカルチャースクール「ほのじ」で昨日は就寝。
そして今朝、眼の前にはランチの用意で大忙しの厨房。
片隅で背中を丸めて片隅に座っている、万年二日酔い男。
そんな男の前に出てくる、モーニングコーヒー。

持って来てくれた女性に、「あ〜救世主さま救世主さま」と合唱してお礼。
一口コーヒーを啜るたびに、飲酒自主規制法の施行を本格的に検討。
もう昼飯時間なので、ほのじの「菜菜ランチ」を食ってく事にした。
待ってる間に読む本は、持って来た太宰治著「人間失格」。

依然として、頭の中で果てし無くループしている自責念仏。
家に帰り、風呂に入って一息付く。
風呂上りには、また冷えたビールに手を伸ばしてしまう。
ここまでの所業を今書きつつ、深い溜息がゆっくりとひとつ。

47声 焼きまんフリークが集う焼きまんじゅうサミット

2008年02月16日

今日は、群馬県庁で行われた「焼きまんじゅうサミット」を見に行った。
群馬県庁県民広場に、県内各地の焼きまんじゅう販売店14店が集結して行われるこのイベント。

「サミット」って言っても、「主要国首脳会議」みたいな仰々しいモノではない。
ともかくいっぱい焼きまんじゅう焼いて、どぉーんといっぱい食べましょ。
ってなイベント。
まぁ、「サミット」って言うよりは「祭り」。
むしろ、イベントが終わった後に県庁界隈の居酒屋で夜な夜な開かれるのが、
本当の「焼きまんじゅうサミット」ではなかろうか。
まぁ、それはともかくとして。

開催日の今日、会場大込み。
列をなして焼きまんじゅうが焼けるのを待つ、焼きまんフリーク達。
みんな、鼻水を垂らしつつ、口の周りを味噌ダレだらけにして、
一心不乱に焼きまんじゅうにガッツク姿は異様。
いやいや、それでイイのよぅ。

私はと言うと、列に並びそこね、焼きまんじゅうを買いそびれてしまった。
焼きまんじゅうジェラートと言う、今日のお目当てのご当地ジェラートを頬張りつつ会場をしばし眺める。

どっかのテレビの女子レポーターが会場をレポートしていた。
あの女子レポーターは、焼き立ての焼きまんじゅうを「カブリ」と、
口の周りを味噌ダレだらけにして頬張れるのかなぁと考えていた。

46声 週末早寝のススメ

2008年02月15日

「寝だめ」は良くないらしい。
忙しい現代人、平日の睡眠不足を休日で一気に取り戻そうと、目一杯朝寝坊する人も多いはず。
実際私も然り。
しかし、これがかえって逆効果らしい。

寝だめ派の人は毎度経験していると思うが、
日曜日などに遅く起床し「どろぉ〜ん」とした眼でアッコにおまかせを眺める。
頭ん中「ぼわぁ〜ん」で、体は「だるぅ〜ん」。
ついさっき昼飯を食べたと思ったら、もう夕飯。
なんだかんだで風呂上りの一杯。
いつもの寝る時間には、気力体力ともに絶好調で一向に寝る気が無い。
この様に、一日にして生活のリズムが狂う。
そして、月曜の朝は言うまでも無い。

では、どうすれば良いのか。
答えは簡単。
週末に早く就寝すれば良いのである。
そして、休日にいつもの時間に起床する。
これこそが、正しい寝だめであって、生活のリズムが狂わずに済む。
月曜の朝は、これもまぁ言うまでも無い。

重要なのは「週末早寝」。
それを実行する為にはどうすれば良いか。
まぁ、こんなモノを真剣に読んでいちゃあねぇ。
明日の朝は言うまでも無い。

45声 イケナイバレンタイン

2008年02月14日

「まったく、バレンタインだかヴァレンタインだ知らないけどさぁ」
「ところで、バレンがタインしたところでさぁ」

などと、チクチクドロドロブツブツ言っている。
様な人間への道を歩んではイケナイ。
突然だが、そんな事ではイケナイのである。

例えば、テレビやラジオの女子アナウンサーなどの、
「今年はぁ自分の為にぃチョコレート買いましたぁ」
なんてコメントを聞いて、「ウソこけ!」と思ってはイケナイ。

明日、スーパーなどで値引きになったチョコレートを大量に買っちゃおう。
なんて、姑息な作戦を練っていてはイケナイ。

私達は、朝からソワソワしている少年少女諸君を見かけたら、
心の中で彼等を応援しなければイケナイのである。

そして私の様に、「今日はちょっと良い事書いたかんな」と、
真夜中に独りニヤついているのが一番イケナイ。

44声 缶詰丼

2008年02月13日

本日、夕飯のおかずの一品で鯖の味噌煮缶詰を食べた。
その時気付いたのだけれど、缶詰の残汁に手をつけなくなって久しい。
つまり、鯖の「身」だけを食べて缶に残った汁は「ポイッ」。

一人暮らしの貧乏学生だった時分。
夕飯のメニューが、丼飯と缶詰一個なんて日はザラだった。
その食べ方と言えば、もちろん「On The Don」スタイル。
丼一杯によそった飯の上に、まず缶詰の汁をまんべんなく垂らす。
そして、缶詰に残っている具を、その上に「ドカッ」っと乗っけて出来上がり。
もしその日の缶詰が鯖の味噌煮だったら、夕飯は必然的に鯖の味噌煮丼になる。

缶詰を余すところ無く有効活用して出来るこの丼。
安く、手間無く、そしてなにより美味かったので、学生時分における最重要ライフラインシステムだった。
毎夜缶詰丼を食べては、「僕は缶詰と一緒にやって行くつもりです」。
などと、実家への手紙をしたためたものだ。

随分時を経た現在。
残汁はおろか、缶詰自体をあまり食べなくなった。
そうかそうか、缶詰丼があって現在がある。
ワシも幾分か大人になったのだろう。
風呂から上がり、独り言をブツブツ呟きながら、バニラアイスの蓋をまんべんなく舐めているのであった。

43声 虚空に溜息

2008年02月12日

私も一応勤め人であるから、朝起きて新聞を読みながら珈琲の一杯を嗜む。
ぼんやりついているTVからは、凄惨な事件を伝えるニュース番組。
珈琲は不味いし天気は曇り。
おまけに、今朝は連休明けの初日。
寂寞とした思いに駆られる。

っとまぁ、夜な夜なこんな暗い事を書いてはイカン。
明日はどうやら晴れるらしいし、今飲んでいるこのビールだってこんな明るい黄金色ではないか。
そうだそうだ。

こんな暗い事を書いていても、コレを読んでいる数少ない読者の方にとっては、
出掛ける予定の無い時に見る渋滞情報の様なモノだ。
「まーアリンコの行列が好きな人達だこと」
と、左団扇感覚で見ていられる。

そして、この例えにも今日はいまいちキレが無い。
やはり、朝の寂寞とした思いを拭い切れていないのだろうか。
いやいや、今飲んでいるこのビールだってこんなキレのある苦味ではないか。
そうだそうだ。
わっはっはっはっ、はぁ…。

42声 小江戸川越小観光

2008年02月11日

埼玉県の川越にね、言って来たのだけれど。
脱力文体で唐突な出だし。
いやぁ、回と言うか声を重ねて行くごとに文体が崩れて行ってる様な気がする。
しかしまぁ、気にしない気にしない。

「小江戸川越」なんて言われている、埼玉県は川越市。
昔から、何度と無く訪れていたのだけれど、身締めて観光した事は一度も無かった。
川越観光のメッカである一番街周辺には、「蔵造りの町並み」やら「菓子屋横丁」、
「時の鐘」と言った歴史的建造物が立ち並んでいる。
大人好みの観光スポットとして、休日ともなると観光客で賑わう。

蔵造り商家が立ち並んでいるメイン通りや、
下町スタイルの駄菓子屋さんが軒を連ねている菓子屋横丁は、
規模こそ小さいものの、雰囲気と活気があって面白い。
行き交うどっかのツアー一団や、人力車なども出ていて、一人前の商業観光地としての顔も覗かせている。
川越のシンボルである時の鐘が、夕映えに佇んでいる姿はなかなかオツなモノであった。

そんな風情に浸っていると、「あらっ、ポストまで蔵づくりやん!」、
「ホンマや!」などと言う関西方面ツアーのおばちゃん一団が、怒涛の進撃。
「江戸時代もこんなんかなぁ〜」と、真顔で力強くボケて行ってしまった。

41声 休業開店

2008年02月10日

「本日臨時休業」
と言うのも、考えてみたら実際にこうやってキーボードをパチパチ弾かなければならないのだった。
全くもって、滑稽である。
電話に出て、「今家にいません」って言う様な古典的ボケ手法と似ている。

最近は携帯電話の普及によって、個人宅電話にかける事もめっきり無くなってしまった。
昔は個人宅の電話にかけると、その家主の声で留守番電話音声を吹き込んである家が、
結構あってまいった事を憶えている。

「トゥルルル、トゥルルル、ガチャ」
「はい、田中です」
「あっ、田中。オレだけどさぁ、今日の…」
「只今留守にしております。御用の方はピーと言う発信音の…」

この様に、一瞬相手が出たと思って喋ってしまう。

そうそう、次にまいったのが勘違い。

「トゥルルル、トゥルルル、ガチャ」
「はい、田中です」
「あっ、田中。オレだけどさぁ、今日の…」
「どちら様でしょうか、弟の友達ですか」
「あっ、お兄さんですか。こりゃどうもすみません。えっと、弟さんは…」

なんて、兄弟と勘違いする事も多々あった。

えっと、何の話だったか。
そうだ、「本日臨時休業」だった。