日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

76声 日曜の夜と月曜の朝

2008年03月16日

「土曜の夜と日曜の朝」と言うアラン・シリトーの小説がある。
私の大変好きな作品の一つでもあるが、今、その名前を突発的に思い出した。
と言うのも、自分の土曜の夜と日曜の朝を焼酎と一緒に割ってしまうと言う状況が、しばしばある。
その状況下において、自分が対峙しなくてはならない最大の関門は、日曜の夜と月曜の朝なのだ。

そして現在、その関門トンネルの入り口を通過中。

試行錯誤の自己顕示

自己分析で自己嫌悪

事後承諾を自己批判

自己完結で自己勝利

ってな、みみっちい悩みも月曜の朝が近づくにつれ、もう時効。
関門トンネルの出口へ向って、いざ加速。
しようと思ったら、どうやら燃料が残り少ない様子。
良く冷えた缶ビールを空けて、いざ給油。
そのトンネルを抜けた先。
んなこたぁ、気にしない。

75声 チントンシャンテントン

2008年03月15日

昭和三十、四十年代に録音された、古い落語の寄席CDを聞いている。
観客の笑い声もそのまま録音されていて、非常に臨場感があるのだけれど、
その中に子供の笑い声が混ざっているのに気が付いて、いささか驚いた。

当時の落語は今とは打って変わって人気絶大。
テレビの普及前までは、大衆芸能の花形として市井の娯楽に君臨していた。
なので、現代とは比べ物にならない位、寄席なんかには老若男女が詰め掛けていたそうな。
子供社会でも然るべき人気を勝ち得ていたから、連日子供達も詰め掛けていたのだろう。

私は、子供が寄席を観ている事に驚いたのではなく、分かってる事に驚いたのである。
そうなのだ、録音されている子供の笑い声は、ちゃんと笑いのツボと言うか、
他の観客と同じ様に笑うべき所で笑っている。
これは分かっていなきゃ笑えない。

例えばこうである。

あたしゃ、幽霊に似てるって良く言われるんですよ。
へぇーそれまたどうしてだい。
へぇ、始終お足が無い。
(笑)

ってな件で、脚の無い幽霊と、お金であるお足が掛かっている事が分からなければ笑いは成立しない。
他にも、江戸時代の言葉は難しいモノが結構ある。
と言う様に、子供が良くそんな難しい言葉を知っているなぁ、と言う驚きを感じたのである。
当時の子供等は博識だ。

では現代の子供はどうか。
誠に、オッパッピーな限りである。

74声 通販こわい

2008年03月14日

花粉症が一向に良くなる気配が、は、は、ハーックション!
ハーックション!
ハーックション!
オークションの話。

我ながら、なんと低レベルな話の導入だろうかと思うトコロだが、
くしゃみの勢いに乗じて先へ進もう。

インターネットオークションにまつわる話をひとつ。
その昔、一時期ネットオークションに凝った友人がいた。
趣味の買い物はネットオークションでほとんど済ませる、ヘビーユーザーな彼。
現代となっては一般的になったネット上での売買だが、8年前の2000年当時、
ネット上での売買は規約などが今より甘く、いささか怖い部分もあった。

そんなのお構い無し、ガンガン高額商品をネットで売買して行く彼は、連戦連勝。
よく、五万で買った物が四万で売れただとか、定価十万の商品が二万で買えただとか、
戦勝話を聞かされたものだ。
オークションの腕は良かった様であった。
そんな彼だが、遂に辛酸を舐める時が訪れる。

ある日のオークションで、彼が前々から探していた英国製のナントカと言う定価高額なコートが、
格安で出品されているのを発見。
すぐさま、絶妙なタイミングで、格安にてその商品を落札した彼。
次の日、大喜びでその話を私に鬼の首でも獲ったかの様に話す彼。
しかし、落とし穴には当然はまるモノである。

商品が彼の自宅に到着し、はやる気持ちを抑えつつ、慎重に包みを開けて行く。
商品は思った以上に保存状態が良く、その場で勝利の余韻に浸る彼であったが、
なにやら鼻を突く匂いが漂っている事に気付く。
気付いた時には、もう明らかにそのコートからだと判る程、鼻を突く異臭を放っていた。

そう、臭いコートを買ってしまったのだ。
商品の品質、値段にも満足していたのだが、唯一「匂い」だけはPCモニターからは見抜く事が出来なかった。
格安とは言っても、定価が高額なそのコートであるから結構良い値段。
捨てるに捨てられず、部屋の中には「犬のトイレ」の様な異臭が充満。
商品を手にとって見れないよりも、手にとって嗅げない方が怖い通販。

73声 杉林百足騒動

2008年03月13日

現在、眼球を取り出して水洗い出来ないだろうかと、考える位目がかゆい。
それもその筈。
今日は山の方に行って杉林を徘徊して来たので、頭に花粉が積もる位花粉を吸って来た。
その最中、吸った花粉が一気に流れ落ちるのでは無かろうか、と言う位の冷や汗体験が一瞬。

杉林の林道を、鼻をチーンで眼をゴシゴシやりながらウロウロと歩っていた。(もちろん仕事で)
瞬間、左足からなんとも言えぬ違和感が全身伝わった。
即座に立ち止まって、ズボンの上から靴下の辺りを触ってみると、
なにやらゴツゴツした細長い物体がくっついている。
直接肌にくっついているので、気持ちが悪い。
そして、もっと気持ちが悪い直感が脳裏に刺さる。

「ムカデだ」と、直感で思った。
ズボンの上から触っている感触、その長さから大ムカデが足元から上って来たのだと思ったのだ。
「刺されちゃイカン」と、強くムカデらしき物体を握り締めて動きを封じ様と試みた。
もうその瞬間は、こびり付いた花粉が洗い流される位の冷や汗が不気味に垂れ落ちていた。

一刻も早くズボンの中から出さなくては。
だがしかし、直に触るのは気持ちが悪い。
だけど、出さなければ確実にヤラレル。
嗚呼。

迷っている余裕は無い。
覚悟を決めて、ズボンの中に手をつっこんで、「エイッ」。
「スルッ」と呆気なく林道に放り出されたものは、杉の枝。
「ムカデじゃなかった」
その緑の枝を眼にして、ほっと一安心。
次の瞬間、紛らわしい事しやがってと言う恨みが、長年の花粉症患いと相まって、沸々と湧き上がってきた。
スギめ!いざ、積年の恨みを晴らす。
事も出来ずに、只々頭に積もった花粉を払っているのであった。
八ックション!

72声 悪いのはダレ

2008年03月12日

ふふふふふふふふふふ。
と、「ふ」の字が並ぶってのは気味が悪い。
これが、
ひひひひひひひひひひ。
やら、
はははははははははは。
だとそうでもない。
やっぱり、
ふふふふふふふふふふ。
良く見ると、平仮名の中でも造形的に奇妙な形をしている。
ならば、
不不不不不不不不不不。
負負負負負負負負負負。
腐腐腐腐腐腐腐腐腐腐。
漢字だとますます気味が悪い。

気付けば、こんな不毛でくだらない事に15行も使ってしまったではないか。
そして、15行書くのに30分も使ってしまった。
明日は早起きしなければならない。
早起きして、高崎市のはまゆう山荘に行かなければ。

しかし、早起きをしなければならないと分かっていながら、こんな事を夜っぴいて書いている。
旅行前日のワクワクと言うよりむしろ、試験前日のウダウダ。
そして、当日はグダグダ。

そんな事ではまずい。
嗚呼、時計の針が進むごとに夜が薄まって行く。
ともかく寝てみよう。

ふふふふふふふふふふ。

キミが悪い。

71声 死んだフリもままならず

2008年03月11日

今日は、4月中旬の気候と言われる位暖かい一日だった。
昨日が雨で今日がこんなポカポカ陽気だと、かなり悲惨。
いやいや、飛散だった。
この様な気候条件の日は、花粉の飛散量がかなり多くなるのである。
そして、結果的には悲惨。

こんな風に駄洒落的文章構成をしていると言う事は、
私の花粉症症状も、今日で一気に末期症状に突入。
そうだ、こんな時は死んだフリ。
・・・。
・・・・・・。
・・・八ックション!

70声 家蜘蛛独演会

2008年03月10日

つい先程の事。
風呂場に一匹のクモが居たのだけれど、コイツが中々の役者だった。
その華麗な演技に、どことなく共感。

なんて、こんな日常瑣末的な事を書いていると、後でコレを読んでいるほんの一握りの中の一粒の読者に、
「毎日随分と辛そうですねぇ」なんて言われている光景が眼に浮かぶ。

まぁ良いのである。
日常とプライバシーの合い挽きを、量り売りしている様なこのコンテンツ。
目方〜で男が売れるならこ〜ん〜な苦〜労も〜♪
男はつらくなってる場合ではない。

湯船に浸かって、風呂場の床タイルを見つめていると、なにやらチョコチョコ動いている黒い物体。
クモである、体長1cmぐらいの。
「ピシャンピシャン」っと湯を叩きつけて、慌てるクモを見ると言う残酷な遊びをしばししていると、
途端クモが、足を丸めて動かなくなってしまった。
「あっ死んでしまった」と思った。
瞬時に悔恨の念が押し寄せ、「一寸の虫にも五分の魂なんだなぁ」と相田みつお調に呟いて、
動かなくなってしまったクモをしばらく湯に浸かりながら眺めていた。

すると、ヒョコっと起き上がって、またチョコチョコ逃げて行くではないか。
「死んだフリ」である。
道化を演じやがったのだ。
しかし、その鮮やかな演技に敬意を表して、裏の田んぼへ窓からポイッ。

押し寄せる事柄から逃げ切る為には、「死んだフリ」も良いかもな。
一寸思ってついたため息は、排水溝に渦を描いて消えて行った。

69声 温泉の快 銭湯の懐

2008年03月09日

銭湯の思い出はない。
つまり、自分が育ってきた環境の中で銭湯文化に触れた事が無かった。
温泉の思い出はある。
まぁ、群馬県で育ったのだから温泉へは直ぐ行ける訳である。
初めて銭湯に、それこそ「横丁の風呂屋」的銭湯に行ったのは、
大人になって東京住まいをする様になってから。

東京では、住んでいた地域が下町だった事もあって、近くに銭湯が何件もあった。
そして、下町における銭湯の多さに驚いた。
現在でも、地元の人が老若男女を問わず利用しており、
下町に住む人々の生活の一部としてキチンと機能している事にもまた、ささやかな驚きを覚えた。
日曜日の夕方。
私が銭湯から出ると、地元の子供達が濡れた髪も乾かさずに、
「明日学校でね」なんて言いながら走り去って行くってな光景によく出遭った。
その光景は、私にとって新鮮であった。

「温泉押し」の群馬県に育ったから尚更だろうが、子供の頃銭湯に入ったなんて記憶は無い。
都市部の駅周辺にある事は知っていたが、機能していると言う印象は薄い。
むしろ、日帰り温泉施設が銭湯的機能を果たしていた。

帰郷して群馬に住む様になって、外で風呂と言う時は、
数多くある日帰り温泉施設を利用する様になった。
日帰り温泉施設は快適で、天然温泉はやはり気持ちが良い。
しかし、壁面に富士山が描かれている下町の銭湯の、ちょっぴり熱い湯がフト懐かしくもある。

68声 吹けば飛ぶように

2008年03月08日

今日は晴天。
絶好のお出掛け日和となる筈だが、そう都合良くもいかないのがこの時期の群馬県。
上州名物からっ風である。
空はカラッと晴れて、寒さも緩んだ良い日なのだが、
こうからっ風が「ゴーゴー」音を立てて吹き荒れていちゃあ出掛ける気も起きない。
特に、自転車生活者の人達はめっぽう大変だろう。

私は群馬生まれの群馬育ちなので、我人生においてからっ風との付き合いは長い。
小学生時分は、からっ風が吹いていると、よく風吹いてくる向きに背中を向けて後ろ歩きで帰ったものだ。
中学生になって自転車通学するようになると、
吹きすさぶからっ風に向って「るせー負けねーぞ」と絶叫しながら立ち向かって行った。
実際に立ち漕ぎで向かって行ったのだ。
高校生ともなると、もう戦意も喪失気味になり、「はやく車を所有したい」と思う様になった。

こう思う様になった動機は、交通の便の悪い群馬で「足」に使うと言う部分が大きく起因しているのだが、
もう一方で「風よけ」という部分もあった。
車に乗れば、からっ風の影響を受けずに出掛けられる。
これは非常に魅力的であった。
高校を卒業して、他県で生活する事になったのだが、その頃はもう全然車なんてどうでも良くなってしまった。
これは、電車網が発達していた他に、「からっ風が吹かない」と言う部分がやっぱり少なからずある。

この様に考えていると、からっ風と車所有願望との密接な関係が浮き彫りになってきた。
個人の車所有率が非常に高い群馬県。
その大きな要因となっているからっ風。
そんな、あまり面白味の無い地味な事柄を長時間考えてる間に、
さっきまで吹き荒れていたからっ風はいつの間にかピタッと止んでた。
夜の底、ちょいとそこまでビールを買いに、さて。

67声 まぜろ!

2008年03月07日

論争にね、なった事がある。
場所は車の中で、お題は「ジャム&マーガリン」。
コンビニなんかで良く見かけるが、「超ロングセラー商品」と包装のビニール袋にキャッチコピーが印刷されている、
山崎パンのコッペパンを見かけた事が一度はある筈。

まぁ特定のメーカーでなくても良いのだけれど、パンを半分に切って、ジャムとマーガリンを塗ったモノね。
私はアレが好きなのだけれど、同乗者はアレが嫌いだと言う。
確かその時、運転主を含め4人乗車していて、その内3人は否定派。
私は、後部座席で一人肯定派として孤軍奮闘。
運転手以外は酒が入っていたので、論争は激化。
一向に付かない決着。

一寸、冷静になって否定派の言い分を聞いてみると、どうやらジャムに限らず、
つぶあんやらハチミツやらの「&マーガリン」系全体において否定的な見解。
もっと言うと、それは食べ物における「ミックス」系全体に及ぶのだと言う。
「シーチキンマヨネーズ」やら「まぐろ納豆」やらの「ミックス」系ハイブリット食品への激しい糾弾が、
私に降りかかって来る。

このサイトに、食品ミックス部ハイブリット食品推進課部門の設立を企む者としては、
何としてでも否定派を叩いておきたいトコロだ。
しかし、酔っ払いのグループディスカッション程始末の悪いものは無い。
バッタに徒競走させるかの如く、話が彼方此方飛び跳ねて行ってしまう。
「ミックスカルチャー、そこに人類の進歩が懸かっているのだ!」
と、私が咆えたトコロで目的地に到着。

66声 もし、猫町へはどうやって

2008年03月06日

しっぽの短い猫を良く見かける。
その長さはまちまちで、しっぽが長く先が傘の柄の様になってるヤツや、
7部丈、ともすると3部、2部なんてヤツもいる。
二部のヤツなんてのはもう、ウサギのしっぽみたいになっている。

つい先程の事なのである。
それらの猫が、生まれつきしっぽが短いのだと知ったのは。
つまり、猫のしっぽにそう言ったいくつかの種類があると知った。

私が幼い頃、誰に聞いたのか、しっぽの短い猫はみんな長いモノが短くなったと思っていた。
それは、成長する過程でドアに挟んだり、ケンカをして負傷したりの後天的要因だと思っていたのだ。
しかし、フト気になって先日調べてみたら、見事崩壊。
先天的に長さは決まってるんだって、猫ら。
二十代も半ばを過ぎた、今の今まで信じていたのに。

あと、ペットボトルに真水を入れて置いておく、猫よけの「猫水」ってのがあるでしょう。
あれは私、信じてないんだ。
そんでもって、猫の喉の下を撫でてやると、「ゴロゴロゴロゴロ」って喉の奥の方で鳴ってるけど、
あれはどこの器官の何がなっていて、どういった状況なのか。
まぁ、気持ち良さそうだが。
なぜ、座る時に足を折って、戦車の様な形になっているのか。
なぜ、寝てばっかいるのか。
なぜ、夜中に集会するのか。
なぜ、死に際に旅立つのか。

いっそ、猫町にでも行って聞いてこようか。

65声 食って 読んで 排泄(だ)す

2008年03月05日

すなわち、ウンコなのである。
唐突に、下品な話を結論先出方式で書き始めているが、つまりはウンコなのである。

この第二段落から、何が、どうして、ウンコと言う結論に達したのかと言う、
経緯と言うヤツを分かり易く書いて行く。
つもりであったが、この「めっかった群馬」のサイト内には、
文化的な内容のコンテンツが多いので、清潔な水洗便所式にサラッと進めよう。
「和のカルチャースクール ほのじ」の先生及び生徒さんやら閲覧者の方々に、
「あの、日刊鶴のナントカで、ウンコのコトばかり書いている人ヤダ」なんて言われては敵わない。
私は、ウンコ論争の平和的解決を心より願っているのだ。

さて、私は毎日活字を読んでいる。
それが、毎朝読む新聞だったり、寝る前に読む小説だったり、形態は様々である。
そして、毎日活字を書いてもいる。
こうやってPCに向ってキーボードを叩いたりが主だが、これも形態は様々。

と考えると、活字を読んで書く事は、私の生活習慣の一つと言う事になる。
これは、食習慣のサイクルと似ている。
活字も食事も、基本サイクルは「食って排泄(だ)す」だ。

すなわち、私が毎日ココに書いている事と言うのは、生活習慣サイクル(活字部門)上において、
ウンコであると言う結論に達する。

「快食快便」と言うのは、人間の生活習慣サイクルで最も重要な事。
適度に食って、適度に排泄(だ)す。食事部門はこれが大事。
食ってないが、無理に排泄(だ)す。活字部門はこれが現状。

64声 心境が同化して神経が老化

2008年03月04日

昨日は、至る学校で卒業式が行われていた様。
夕暮時間のレストランやらカラオケに、学校の鑑札ステッカーを貼った自転車が、
駐輪場におびただしく止まっている光景を目にした。

おそらく、卒業式後の送別会だろう。
自分にも経験があるが、友達と別れる寂しさ、新しい環境への期待と不安など、
様々な気持ちが交錯し、複雑な心境で参加していた事を思い出す。

「また絶対連絡するから」
と言って、それっきりになってしまったり。
「またいつの日か会おう」
と言って、翌日にバッタリ会って遊んだり。

そして、若者達はカラオケなどに行って卒業関連ソングを熱唱するのだろうか。
そんでもって、思いで話に花を咲かせる為、ちょこっとアルコールなんぞを飲んでみるのだろうか。
自転車のペダルを漕いで、青春に向って加速して行くのだろうか。

夕焼けが差し込む廊下。
を思い出すのだろうか。
考えつつまた一つ老化。

63声 摂氏十度の冷視線

2008年03月03日

私はこれでも社会人の端くれだと思っている。
ホントに社会人なのだが、まぁそんな訳で、社会人に有るまじき日常行為に対しては敏感なのである。
その上位に位置している、「昼間っから酒」と言う行為を先日、
公衆の面前で恥ずかしげも無くやってしまった。

場所は土曜日の鈍行列車内。
同じ電車でも、新幹線、特急などでは、「特急料金」なるものを免罪符の様にかざした方々が、
昼間っから酒を飲んでいる光景が良く見られる。
しかし、こと鈍行列車ともなると話は違う。
昼間っから酒なんて、余程の地方線にでも行かない限り、日常的には見られない光景である。
そんな日常色の濃い鈍行列車内、しかも四人掛けのBOXシートでは無くて、横長シートで、
陽の高い内から飲酒。
向いに座っている、部活に向うのであろうジャージ女子高生の視線を、
出来る限り無視しながら缶ビールを開ける。

早春の朝時間、伊勢崎駅構内の気温は10度
電車に即乗車、ビール渇望症状は既に重度
缶ビール開け、頭を倒して飲む角度は10℃
人々がチラ見、向けられる視線は摂氏十度
知らん振りで、頭の中流れてるのはHeyJude

するってぇと、一缶飲み干す頃にはもう、罪悪感は電車の揺れと曖昧に中和。
隣に座ってる、お母さんに抱っこされている赤ちゃんと不意に眼が合う。
まん丸の眼だ。

62声 第二回ワルノリ俳句ing結果報告

2008年03月02日

3月1日に開催された、第二回ワルノリ俳句ing。
今日は結果をばひとつ。
特選、ワルノリ賞とも私の詠んだワルノリ俳句が獲得。
詳細はまた「クレインダンス情報」にもUpされるのだが、うかれついでにちょこっと紹介。

・特選
水が無い
俳句も出ない
遊水地

・ワルノリ賞
井上や
眉毛書かずに
俳句書け

9時56分、缶ビール片手に伊勢崎駅を出発。
栃木を経由して、昼には板倉東洋大前駅へ到着。
駅からトボトボ歩き、渡良瀬遊水地まで俳句ing。
昼食は駅前スーパーの休憩コーナーで、慌しく済ませる。

以降、風の吹くまま気の向くまま流れ着いたのは夕方、大田駅前のベトナム料理屋。
生ビールと生春巻きなどを摂取しながらの俳句発表と言う、節操の無い連中。
ガランとした店内に響く五・七・五。
レジの奥から向けられる、ベトナム人ウエイトレスの警戒的視線が刺さる。
しかし一同、朝から世間の方々の警戒的視線を一身に受けてきたので、既に麻痺。

マヒっているのか、マイっているのか、人としておぼろげな状態になりつつ岐路へ着く。
伊勢崎駅に着き、構内にある立ち食いうどん屋でこしの無い麺を鼻水と一緒に啜る。
しょっぱさがやけにうまく感じ、しみじみと温まってきたトコロで閉会、解散と相成り。

61声 したたかにしたたかに

2008年03月01日

明日、起きられるか心配である。
と言う事は、コレを書いているのは現在は29日。
今回は前日収録編。

三寒四温、日々春に近づいている事を実感する毎日。
などと、天気の話から導入する辺りから、内容が軽薄である事が如実に現れている。

毎日、禅問答の様な話を書き綴っては、ビールを飲んで月に吠える。
と、そんな生活を細々と営んでいる。
そして、脈絡も突拍子もなく大雑把な話は始まって行く。

初めて会った時は、目玉焼きしか焼けない人だと思った。
しかし、その予想は外れる事になる。
付き合って行くにつれ、厚焼き玉子やスクランブルエッグ、はたまたオムレツまで焼けるではないか。
実は、「焼けない」のではなくて「焼かない」人だったのだ。
あらゆる調理方法を、誰よりも知っているに違いない。
その人は、したたかに装っている。

とまぁ、こんな風に比喩表現をグルグル巻きにして書くから分かりづらい。
でも、こんな人に共通する特徴は、「必ず面白い」と言う事。
一方私は、したたかに酔っている。

60声 ワルノリ俳句ing直前情報

2008年02月29日

明日の3月1日(土)は第2回ワルノリ俳句ing開催日。

参加希望者の方々は、伊勢崎駅改札口にam9:45までに缶ビールとつまみを携えジャージ着用で集合。
am9:56伊勢崎発下り列車に乗車し、向かう先は群馬の最東南端「板倉町」。

「ジャージ着用で」ってな所からして、既にワルノリ感が伺えるこの企画。
しかも、行く先は板倉町。
電車で行くと結構遠いのである。

少ないながらもチラホラと、「ジャージじゃなきゃだめなのかコノヤロウ」とか、
「缶ビールは好かん、ワシはワンカップなんじゃバカモノ」と言った温かい質問を頂いた。
「結構毛だらけ猫灰だらけ、ケツの周りはクソだらけ」
と、私も丁重に返答。

「お好きなようにしなしゃんせ」
ってのが、「ワルノリ」の良い所でもある。
したがって、お好きなように。

そうだ、お好きなようにしちゃぁならねぇ事が二つだけ、
切符を買う為に、某かの銭は持って来なくちゃいけねぇよ。
そんで車で来る人、アルコールを摂取したら運転しちゃあいけねぇよ。

そんじゃ、明日に向って寝ましょうかね。

59声 六畳一間の戒厳令

2008年02月28日

先程から、いささか迫り出してきた自分の下っ腹を見つめている。
決断の時が、刻一刻とにじり寄って来る様な感覚に捕われているのだ。

そして、背中を丸めて座っている男は決断を下す。
二月二十七日午前零時。
群馬県は高崎市の隅っこにある家の六畳一間に、戒厳令はしかれたのだった。
そもそも、何でこの様な未曾有の事態に陥ってしまったのか。

上州は赤城山と榛名山の麓、丁度真ん中辺りの小さな町に…
ってな具合に、折り目正しく述べている余裕は無い。
戒厳令下の現状において、一刻も早くこの文章にオチを付けて終息に導く必要がある。

私の下っ腹が迫り出してきた、重大な要因は「ビール」にあると言う結論に達した。
これは、「そりゃ、あんたビールっ腹じゃねぇのー」と言う、私の周りの的確な助言により決定された結果である。

この様な状況を鑑みて、自らに麦酒戒厳令をしき、
日々の晩酌によって引き起こされた下っ腹クーデターの沈静を試みる。

しかし現在。
「ビール」やら「麦酒」やらと言う文字を、キーボードで打っているだけで、呻吟。
嗚呼、「ゼロカロリー」だったらまぁ良しとしよう。そうしよう。
などと、じわりじわりとハードルを下げる。
発令より24時間。
儚くも泡と共に消えて行く、六畳一間の戒厳令。