今日はほぼ一日、六合地区を回っていた。
茅葺養蚕3階建て現役住宅。
稜線が重なる雄大な景色。
格好良すぎる隠居小屋。
そこそこ六合を見た気でいたが、
まだまだ知らない、知られていない魅力がある。
今年、ここを舞台にまた新たな映画が作られる。
六合の人々は、森と暮らしてきた。
過疎化という弱々しさとは真逆にある、人間の強さ。
2019年03月18日
今日はほぼ一日、六合地区を回っていた。
茅葺養蚕3階建て現役住宅。
稜線が重なる雄大な景色。
格好良すぎる隠居小屋。
そこそこ六合を見た気でいたが、
まだまだ知らない、知られていない魅力がある。
今年、ここを舞台にまた新たな映画が作られる。
六合の人々は、森と暮らしてきた。
過疎化という弱々しさとは真逆にある、人間の強さ。
2019年03月17日
ベテランの映画カメラマンと話し込む機会があった。僕は『ぐるりのこと。』や『恋人たち』で知られる橋口亮輔監督の映画がとても好きで、それはいわゆる社会的弱者と呼ばれる人たちを主人公とし、彼らの喜びよりはむしろ悲しみ、そこまで見せるかというつらい状況を描きながら、無根拠なハッピーエンドではなく、現実に起きそうなささやかな幸せを描くからだ。
「橋口監督は僕より年下だけど、僕は彼から映画を教わった」
そのカメラマンの言葉にグッときてしまった。映画監督とカメラマンの本気の共闘、時としてぶつかり合い、強い信頼が、時を経てもふるびない強度のある映画を作る。しんどい時の方が多いのだろうが、そんな関係性をうらやましくも思う。ただ同時に、その関係が成り立つには、たぶん1つの条件がある。それは、常に自分自身とも戦っているということ。
2019年03月16日
時にはボヤこうよ、酒を飲もうよ。
噛んだガムをペッと道端に吐く、
大人になったらそんなことしちゃいけないって
誰もが知ってるけど、せちがらい夜なら一度だけ
それくらいまでならやっていい気がするんだよな。
それは気がひけるよ、って人にオススメなのは、
何も書いてない真っ白い紙をビリビリにやぶくんだ。
1枚が2枚、2枚が4枚・・32枚くらいになったらさ、
それを「わあっ!」て天に撒くんだ。
一瞬さ、解放されるぜ。・・そのあとは地味に掃除機。
今夜、ダンスには間に合う。
2019年03月15日
AIS。アーティスト・イン・スクール。
アーツ前橋が2017年より行っている、芸術分野のアーティストを前橋市内の小中高校へ派遣し、アーティストそれぞれの方法によって学生たちと創造的な行為を行う取り組みだ。今日は「アートと触れる場・きっかけを作るアーティスト」である住中浩史さんが行ってきた学内活動の撮影を行った。
「美術」の授業。インドアな僕はわりと好きだったように思うが、得意だと思っていた絵を描くということが、中学校くらいから僕より上手な同級生が幾人も見つかり、苦手なのだと思うようになった。鑑賞についても、ゴッホの絵は見てわかるぞ程度。どれも同じに見える西洋絵画にも古くさく見える浮世絵にも興味は持てず、「美術」は僕から遠い存在となった。
今でこそ、アーツ前橋や中之条ビエンナーレのおかげで、映画や音楽と同じくらいに現代美術に興味が持てるようになってきた。そして学校の空き教室に全面白塗りのギャラリーを作ったり、子どもが描いた絵を映えるように飾る什器を作ったりする住中さんの活動を見ていると、「子どもたちに足りないのは、美術を押し付けることではなく、興味を持ったり自分らしい表現ができる“場”なのだ」ということに気づく。
“場”を与えられた子どもたちは、目をらんらんとさせ絵を描いたり紙を切ったりしている。見て見てわたし上手でしょ?という子が作った作品よりも、無我夢中で作った子のよくわからない作品の方が胸を打つことも面白い。
2019年03月14日
つかれた。3月がもう半分終わるなんて・・
締め切りがないと仕事を終われないタイプではあるが、
3月を無事に終われるのだろうか。
めったにライブに行かない人間ではあるが、
先月、電車に揺られて青葉市子さんのライブを観に行った。
あれは、幸せな夢の中だったんじゃないか、
というような静かな忘れ難い時間だった。
今も眠る前にこの曲を聞くだけで、
その日をちゃんと終われる。
2019年03月13日
東日本大震災関連の番組をいくつか見た。震災直後に現地でリポーターが出会った女性が8年がかりで亡き母と営業していた美容室を再開した話。劇作家の鴻上尚史さんが東北の高校生たちと演劇を作り上げる話。それらは8年が経ったから作れる番組でもあるのだと思う。
11日の夜にはNHKの「あの日の星空」という番組を見た。大停電の夜、東北地方には満天の星空が広がっていたらしい。気象の状況もあるが、一番の理由は街がまっくらだったからなのだろう。人々が口々に「いまだかつて経験したことのない悲惨な状況の中で、それでも星空がとてつもなく美しかった、けれどそんなことを口にすることはその時ははばかれた」というような内容を口にする。番組全体として情緒に訴えかけすぎな気もしたが、こんな番組があっても良いな、と思った。
エンディング曲はタテタカコさんの「窓」という曲だった。僕が彼女を知ったのは是枝裕和監督の『誰も知らない』の主題歌「宝石」あたりだったが、それ以降ずっと彼女の曲を聴いていた。最近聞かずにいたが、ふと思い出して「君は今」という曲を聴いた。作られたのは震災前。聞くたびに励まされていたことを、思い出した。
君は笑ってるかな
何を見ているだろう
僕は春をようやく
歩き出したとこだよ
2019年03月12日
せっかく東京さ来たのだからと銀座まで足を運ぶ。友人であるseki miraiさんのグループ展示と、太田市美術館・図書館の仕事でインタビュー撮影をさせていただいた岡村桂三郎さんの個展を見に行った。岡村さんの個展会場は、華やかすぎる銀座の通りにあって、奥1つ道を挟んだビルの地下にあるコバヤシ画廊。喧騒が届かない静かな部屋は小ぶりで、けれど毅然とした空気を持ち合わせていた。運良く岡村さんも在廊で、新作について話を伺うこともできた。
多摩美術大学の講師も務め、ふるいもの・みやびなものという僕の過去の日本画のイメージとは遠い独自の世界を描き続ける岡村さん。ここ十数年の作品は、バーナーで焦がした板に、木炭やへらを使って線を描く、なおかつその作品は背丈8メートルを超えるものもある!という凄まじい作品が多い。今回の展示では場所により作品は高さ2メートルほどなれど、前回平塚での個展ではなかった「変化」を施した作品もあり、常に自分を刷新していく凄みも感じた。日本画について無知な僕がそう感じるのだから、美術大学の学生等にとっては岡村さんは文字どおり巨大な壁なんだろうな。
帰りの電車では「タブーこそを撃て!原一男と疾走する映画たち」という極めてマニアックな本を読んでいたのだが、ドキュメンタリー映画における先駆者、小川紳介、土本典昭、この本の著者であり日本映画学校で僕も教わった原一男・・時代や社会と真っ向勝負を挑んだ文章が続く。映像を生業としはじめた、すみっこの僕には、リスペクトする先人たちが多すぎる。人生は短し、行く道の先は果てしなく長い。
2019年03月11日
中之条町等県内オールロケで撮影された映画のミーティングに参加するために都内へ。この映画に関係した上京はもう4度目かな。2〜3ヶ月に一度行くので、ほぼ吾妻/たまに前橋高崎程度が生活範囲の僕にはいい息抜きにもなっている。
吾妻線でも変わらないが、電車に乗った人たちのほとんどはスマートフォンをいじっている。隣の青年は、ゲームをやっているんだろうか、固いディスプレイに指をとととと、と連打させている。短時間でそんな人ばかりが目に入る。ふと「人に揉まれてスマホをいじって時間を費やして目に入るフランチャイズな店々で散財してしまう通勤・通学時間って何なんだろう?」と思う。それを否定するつもりはない。僕も若い時は似たようなことに多くの時間を費やした。嫌いでもない。でも
日々電車でスマートフォンに時間を費やす生活が普通である、と、そういう生活を送っている時はそう思ってしまうのだな、と思った。田舎者の戯言と思ってもらって良いが、東京のホームで電車を待つ人たちは、笑っていても誰でも、少し悲しそうだ。
2019年03月10日
僕の車の駐車場は、ちぎりいちアパートの一角を借りている。車から降りると晴れたいい天気。顔見知り程度のアパート住人の大きなアウトドア車の前には、きらりと反射するモノが。色とりどりのスキーとスキー靴が並べて干されていた。お父さん、お母さん、子ども2人、4人分のスキー道具。
菓子折り片手にそのまま坂を下り、班内であるYさんの家へ。Yさんは先日不慮の事故で亡くなってしまった。独身だったYさんの庭ではYさんのお兄さんが庭の雑草を片付けていた。「Yさんから班費はもらっていて、この前の総会出られなかったから、料理の代わりに菓子折りです」とお兄さんに手渡す。「この家は、使われるのですか?」と尋ねると「住みはしないけど、物置は共有だったからね」とお兄さん。続けて「道ぶしんで男手が必要だったら電話下さいよ」と、笑顔を見せた。
春のはじまりの、家族の風景。
2019年03月09日
倉渕の山の中までお伺いし、農園めぐるのご夫婦と打ち合わせ。
麦・米・おからなどの飼料を与え、鶏舎内をせわしなく走る鶏。
その有精卵を使って、おいしいプリンやシフォンケーキを作る。
昼直前の伺いだったのだが、まだ幼い娘さんが外遊びから帰る。
靴下をはきかえなさいとお母さん。白い靴下は、真っ黒だった。
この子は、どんな子に育つのだろうか?
渋谷でいわゆるコギャルと呼ばれる青春を過ごし、今片品村で
自然農法を実践し子育てに地域おこしに活躍する素敵な女性を
僕は知っている。
人をそだてるものは、何なのだろうか?
2019年03月08日
TBSラジオで夜、女性ボーカルの曲を何曲もMIXした音楽が流れていた。洋楽に混じって、安室奈美恵や宇多田ヒカルもかかったかな。そのMIXの最後にかかったのは中村佳穂さんの曲だった。アフター6ジャンクション、映画コラムニストとしても大きな信頼を得るライムスター宇多丸も一押しの、中村佳穂さん。でも・・知っている人は少ないだろう。
僕らが一番音楽を買い求めたであろう90〜00年代はJ-POP最盛期。歌番組も多く、ドラマの主題歌になればミリオンセラー。その後10年代に入り、ネットで曲を聞いて済ませてしまう人が増えたのか、いわゆるヒットソングに人々が飽きてしまったのか、音楽の趣味が細分化されたのか、「CDが売れなくなった」と聞いてから長い時間が経った。ミュージシャンにとっては苦難の時代なのだろうか。
けれど若いミュージシャンの中には、J-POP最盛期の名残にしがみつくのではなく、時代と国と音楽ジャンルを横断してハイブリッドな音楽を「地で」いく者が少なくない気がする。先に紹介した折坂悠太、文部科学大臣新人賞も受賞したという蓮沼執太、実は群馬出身のmabanua、そしてこの中村佳穂など。彼らに一貫するのは「媚びていない音楽」だということ。
まだこれほど(一部で)名が広まる前に下記動画をたまたまyoutubeで見て、「ああ、この子は音楽が好きなんだなぁ」と思った。CDを買ったのは、世間で売れているからではなく、微々たるものだけど応援したいと思ったから。ミリオンセラーを買う1枚は、そのお金と思いがどこへ吸い込まれていくのかわからないけど、今時代の「CDを買う」という行為は、よりリスナーとアーティストとの距離を近める行為であるように思う。そしてそういう音楽との付き合い方の方が、実は楽しい。
2019年03月07日
今日は嬬恋村の浅間山北麓ジオパークでの撮影だった。初めて入る建物。撮影終了後、同行した北軽井沢の麻子さんが「近くにある鎌原観音堂を見ていかない?」と散歩に誘ってくれた。
天保三年の浅間山噴火。土石なだれの勢いは凄まじく、旧鎌原村では500人近くの村人が死亡し、観音堂の階段を登れた100人足らずの村人のみが生き残っただけだったのだそうだ。埋まった階段を掘り起こしていたら、母親らしき人物を背負った女性の2人の遺骨も出てきたのよ、と麻子さん。「かなり昔に大きな噴火が起きた」程度しか知らなかった僕は、ああ、おれはうちからそこそこ近くに起きたことすらも何もしらないんだなと、それはいつもながらの事なんだけど、そう思いながら大きな観音様を見上げていた。
また、そんなつらい話を聞きつつも、自分の中に感情が湧き上がってこない事にも気づいていた。ぼーっとしがちなのは花粉や今抱えている仕事のせいもあるのかもしれないけど、それもわりといつもながらの事なのだ。僕は“自分の鈍感を自覚”していて、だからこそ映像を記録し何度も見て編集することで“現実に対して気持ちが追いついてくる”のを待っているのかもしれない。後手、後手なのだ。
その点、アーティストと呼ばれる人たちは1つの現実の中に2の、5の、10の事象を見つけ出す。尊敬せざるを得ない。
2019年03月06日
『まく子』完成おめでとーーー!!!
という掛け声と共に撮られた写真が今朝の上毛新聞を飾った。昨日中之条町・ツインプラザで行われた鶴岡慧子監督『まく子』撮影地先行試写会の出来事。
不思議な縁があり昨年の今頃、この映画が中之条町で撮影されるサポートをした。プロデューサーのK氏は、僕が日本映画学校のずっと後輩だとわかると要求もエスカレート(笑)。今までも映画祭関係の小規模な撮影には立ち会っていたが、改めて商業映画レベルの撮影の大変さ、スタッフや俳優のプロ根性、そして撮影に協力する中之条町の人の温かさを知った。
四万温泉・名久田小・潜龍院跡・白井城跡・・撮影時には多くの現場に立ち会ったので、たぶん一般の観客よりも妙に映画が現実的に見えてしまうのだけれど、映画の途中からこの映画がもつ「魔法」に惹き込まれた。『まく子』で描かれたのは、思春期を迎えた少年たちの繊細な世界、現実と空想が入り混じった世界、そして石垣の上の大樹に表象される瑞々しい子どもの世界だった。
エンドロールに流れた主題歌は高橋優。群馬県内では3/15(金)からイオンシネマ高崎にて公開。皆さん、ぜひ!ぜひ!ぜひ!ご覧ください!
2019年03月05日
今日日中は暖かかった。まだ冬用のジャンパーを来ていたが、コンビニに入る際に場違いな気すらして脱いでしまった。数日前、ラジオから松たか子の「明日、春が来たら」が流れてきて「春のうたと言えばユーミンもキャンディーズも森山直太朗も有象無象があるというのに、僕は未だになんとなくこれが好きだな」と思った。
隣に駐車したバンでは、サイドドアを全開にして工事仕事の男たち6人が弁当やカップ麺をかき込んでいた。日本語に中国語が混じり、時々笑い声も聞こえた。もう来ちゃうよね、春。
2019年03月04日
おじさんの葬儀の挨拶は、妻からの最後の挨拶を除いて、おじさんの娘(僕のいとこ)の旦那が務めた。僕はいとこの旦那さんとはきちんと話したことがないくらい疎遠なのだが、告別式での挨拶で彼は涙で言葉を詰まらせることもあった。彼にとっておじさんは「父」でもあるので、きっと親密な時間があったのだろう。
それに比べて、僕はおじさんのうちに顔を出すことは極端になかった。苦手意識はなくむしろ好きだったのに。おじさんの家は渋川だったので、高崎や前橋からの帰りに幾らでも寄れたのに。おじさんの趣味が釣りだということを知っていて「俺にも釣りを教えてくださいよ」と声かけしたいなと何度か思っていたのに。悔いても何も変わらない。
おばさんは終始気丈に見えた。帰りの車、「式が終わってからどっとくるのよ」と僕の母。「親父が死んだ時そうだったの?」と僕。昨日今日と、ずっと雨だった。
2019年03月03日
僕が住んでいる地区では、となり組と呼ぶのだろうか。班内での助け合いは今も残っていて、昨夜は年に一度の総会と称した慰労会だった。昨年も使った小さな料理屋で、茶碗蒸しや刺身をつつく。
「うちの班は何世帯になったい?」「えーと、◯さんが亡くなったから12だいね」
僕はもうじき40歳の大台に乗るんだけど、このメンバーの中ではずっと最年少。親父が亡くなってからの参加なので、2回り3回り上の先輩方と席を囲む。それはそれで嫌いじゃない。けれどふと
「若者とまではいかなくても、僕の同年代たちはどこへ行ったんだ?」
と思う時がある。この班にも同級生や、集団登校をした子どもたちがいた。そんなことを言う僕だって、生まれ育った場所で生きていこうと決意をしたことはない。たまたまそうなっただけだ。酒がまわってくると、バブリーだった時代の話になり、あそこはあれくらい儲けていた、俺はあんだけ稼いだんだと、平成最後の昔話に花が咲いた。ん、そういえば、それらの話は全て昭和の出来事だ。
「おいおい、平成は、どこへ行ったんだ?」
2019年03月02日
群馬の春と言えば、高崎映画祭である。今年はもう33回目の開催。毎年観れても数回なのだけど、映画を観終わってそれを振り返りながらとぼとぼと歩き、高崎公園のまわりを流れる川に桜の花びらが落ちていることに気付く。ふと顔を上げると当然桜の樹が目に入り、「ああ、もう春なんだ」と気付く毎年である。
今年、最優秀主演女優賞には『生きているだけで、愛。』の趣里さんが選ばれていた。その映画は未見なのだけれど、彼女は山本政志監督『水の声を聞く』でも独自の凛とした存在感を放っていた。それを観たのもそうだ、高崎映画祭だった。
ここ数年、BGM代わりにyoutubeで好きなアーティストの曲を流すことがある。youtubeはおせっかいにも「その曲が好きなら、この曲きっと気に入るよ!」と関連づいたような曲を次々に流してくれる。おかげで僕は、CDこそほとんど買わないまでも、二十歳前後以降パッタリ止まっていた「音楽聴きたい欲」が強くなっている。
「おとぎ話」というアーティストのことも何も知らなったが、このプロモーションビデオには目が釘付けになった。監督は今強い注目を浴びる若手女性監督の山戸結希さんで、主演は趣里さん。「一番好きなPVは何?」と聞かれたら、これを挙げるくらい好き。その理由についてはここには書かないが、「日々の中に、ふと音楽が浮かぶ瞬間はあるのか?」ということを一ヶ月やってみようと思う。めっちゃ忙しい予感の3月なので、リンクだけで済ませられる気もするしさ。
2019年03月01日
「入院先で状況が芳しくない」という電話があったのが21時。自宅へ戻り母と姉を車に乗せて病院に向かった。おじさんは、奥さんと娘が見守るなか、酸素吸入器が上下するような大きな呼吸を繰り返し、けれど今は多少状況が落ち着いて眠っているんだよ、ということだった。
ベットそばの丸椅子に座り、声かけをするわけにもいかないのでおじさんの顔、薄い布団をまとった胸、細い足、そしてまた顔をまじまじと見つめた。しばらくそうしていた。奥さんに席を譲り、今日のところは僕らは帰ろうと母たちと病院の外へ出た時は0時を回っていた。
「君がいないことは 君がいることだな」
それは恋人でも、近しい人でも、遠い人でも、ただ離れたのでも、死別したのでも・・・いなくなった人のことは「無」にはならない。知ってしまった、会ってしまった、好意をもった、憎しんだ、からには、私の中にはなにかしらのあなたが残る。今夜のぼくは、何かに抵抗したいと思った。けれどできたことは、ただまじまじと見つめることだけだった。