日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2524声 生かす術

2015年09月06日

生きる術。

とまでは言わないが、馬齢を重ねるにつれ、 その場しのぎの言い訳が巧みになってゆく。

私なども、日々の飲酒を指摘されようものなら、

日本酒を鯨飲しつつも、 齢九十の天寿を全うした横山大観の例をぶつぶつ呟いたり。

そういう時は偉人をダシに使い、己の卑小加減を棚の奥に置いているのだから、

厚顔無恥もだんだんと板についてきた。

この日刊「鶴のひとこえ」も「更新がこんなに遅れ、どこが日刊なるや」、

とのご指摘を受けることがしばしばあるが、その通りである。

その通りであるが、真っ向からそう言われると、

「日刊なれど更新は不定期」などと、呟きたい気もする。

皮肉なことだが、いまはそれが、 この「日刊」を継続する、

つまりは生かす術になっていることも事実である。

2523声 カニ泡

2015年09月05日

食にはこだわりが無いが、こと酒に関して、
とりわけ麦酒に限った話だが、こだわりが強い。
酒場では乾杯の一杯くらいだが、家での晩酌は麦酒のみ、
と言う人も多いと聞く。
乾杯の一杯では、体の準備体操のためまずは麦酒を、
晩酌の一杯では、すんなりと眠れるように麦酒を。
もっともだと思う。
もっともだと思うが、私は違う。
私は麦酒が好きだから飲む。
それ以上の理由はない。
ましてや、麦酒に何かの効果を求めてもいない。
不味いよりも、美味しい麦酒を飲みたい。
酒場で麦酒を注文して、カニ泡だらけの麦酒が来たら残念である。
決め細やかな泡の麦酒が来たらうれしい。
麦酒が好きだから、そう思う。

2522声 食の運

2015年09月04日

食に疎い。
今に始まったことではないが、
毎日同じものを食べていても苦にならぬほど、
食にはあまりこだわりがない。
だから、日替わり定食と言うシステムは食に暗く、
優柔不断な私にとって、救いのようなシステムである。
平素の生活ではあまり困ることも無く、不便、
と言うほどでもないが、残念なのが旅に出たとき。
過日も福岡、大阪、名古屋と行ってきたのだが、
せいぜい土地の赤提灯に寄るくらいで、自ら「これは食べねば」と、
意欲のわくことが無かった。
少し意気込んで、福岡は中州の大衆居酒屋で明太子を注文したのだが、
グラスを持つ手が滑って、来たばかりの明太子の小鉢に、
溢れるほど麦酒が入ってしまった。
隣のサラリーマンに慰められつつ、麦酒漬けで色の薄くなった明太子で、
麦酒をちびりちびり飲む羽目に。
慣れない事をしたためか、美味いものに関しては運がないのである。

2521声 小さな座布団

2015年09月03日

日本列島に秋雨前線が横たわっている影響で、天候が不安定である。
実家で飼っていた猫が居なくなってしまった。
7月1日に家を出たきり、もう2ヶ月も帰って来ない。
オスなので旅に出ることはあると言うが、
おっとりした猫だったので、
縄張り争いに負けたのかも知れないし、
不慮の事故に見舞われたのかも知れない。
内田百閒の「ノラや」ではないが、飼い主の意気消沈と言ったらない。
先日帰省した際も、初秋の静けさとは違う、空虚な静けさが、
いつも猫の居た部屋を包んでいた。
主を失った小さな座布団や傍らに置いてある猫用缶詰を見ると、
気持ちが沈んでくる。
去年の今時期、庭の芝生で飛蝗など追いかけていた光景が思い起こされ、
庭先の茂みを見ていると、ちょこんと顔を出しそうな気もする。
家を出た私と入れ替わりで来たので、いま3歳である。
都内を歩いていても、似たような猫が路地を横切ると、
「はっ」と足を止めてしまう。

2520声 茄子と南瓜

2015年09月02日

先週、郷里へ帰省した際、二つの句会に顔を出した。

群馬に住んでいた頃、参加していた会である。

三年ぶりに懐かしい人たちの句が見られたが、

旧知の人の幾人かはその場を去っていた。

かく言う自分が既に去っているのだから、

過ぎた月日を考えれば、さもありなんと言うところであろう。

郷里へ帰ると、無意識に「変化」を探し出している。

あの家が空き家になっているとか、新しい店が出来ているとか。

親が老けたとか、知人がよそよそしいとか。

変わってゆくものの寂しさを、変わらぬものの安心で埋め合わせる。

変わらぬ山河を眺めたり、常連だった定食屋のラーメンを食べたり。

ひとつの句会では茄子を、もうひとつの句会では南瓜をお土産に頂いた。

こう言うところは変わっていない。

 

2519声 白黒

2015年09月01日

夏季休暇も果て、街中に学生服が戻ってきた。

日焼けしていない白い顔、日焼けしている黒い顔。

みな、その表情はどんよりとしとぃる。

私の気分が写し鏡になってそう見えるのかもしれないし、

朝の風に乗って微かに聞こえる虫の音のせいかもしれない。

あるいは、今日からまたひと月これを更新せねばならぬ、

と言う思いが作用している部分もあろう。

ここに書く文章で表現の欲求を満たしたい気持ちもあるし、

そんなことでは満たされなかろうと言う、冷めた気持ちもある。

そんなとりとめも無い気持ちになるのは、きっと雨の月曜日だから。

そう思い込むことにして、麦酒の栓を抜こう。

 

2518声 体質改善

2015年08月31日

朝起きたら声が出ない。
風邪の気がしてから一週間にもなるのに今頃か、という感じだ。
一旦始まると長引くようになっているのは歳のせいか、あるいは養生不足か。
きっとどちらもある。
なんとかしないと周りにも迷惑がかかる。
3年くらい前に、体質改善した。
なんてことはない、朝食を抜いたら元気になってしまった。
太りにくくもなった。
ここへ来て、それだけではダメな気がしてきた。
寝る前の飯を抜く、その方が効き目があるようだ。
わかっていたが、飲んだら食いたいから食べてしまっていた。
風邪が治らないのに矛盾したような話だが、最近それを心がけるようになったら腸が動き始めているのがわかる。
だから風邪もそのうち良くなると思う。
体の融通がきかなくなると選択肢が少なくなる。
私はどちらかというとそれを喜んでいるふしがあるから、食べる調整までは結構どうとでもできる。
だがそのあげく、飲むのをやめろとなったらどうなるのか。
そうなったら一巻の終わりかもしれない。
あるいはその選択肢が消えることも喜べるのか。
わからない。
今から少しは節制できるようにしないといけない、という気持ちと、飲めるうちに飲んでおく、という気持ちが、両方、優劣なくある。
缶ビールの詮はすでにあいているが。
夏が終わってしまいます。

ゆっくりいきましょう。
明日から抜井です。

2517声 天候不順

2015年08月30日

よく降る雨に洗濯が進まず。
今日も曇り空だがもう着るものがない。
たまった洗濯物を朝から洗った。
そのまま部屋の中に干しても乾きそうにないから、暖房をかけて一つずつ乾かしていくことに。
暖房の前に裏返したズボン。
だいたい乾いたら前後を変えて。
次は厚手のシャツ。
次はタオル。
という具合に。
面白くもなんともないのは、こうして文章にしてみると如実にそれが面白くも何ともないとよくわかるけれど、私はこういうのが嫌いじゃない。

それにしてもこの時期の暖房はやはり暑い。

風邪を引いているから暑いのか、どっちなのかもよくわからまい。
だいたいこれであとは部屋干しでも大丈夫だろう、というところまでやって暖房乾燥は終わり。
部屋中のありとあらゆる引っ掛けられる場所を探して、できるだけ洗濯物が重ならないように干す。
もう既に13時を回っているが、一仕事終えた気分である。
腹が減った。
仕上げに扇風機を弱で回して終了。

洗濯物に向ける前に自分で浴びる。

湿った空気だが気持ち良い。

2516声 風邪だと思う

2015年08月29日

夜になると頭がぼんやりとはっきりしなくなる。
夜中に咳が出る。
風邪だと思う。
それでもビールの詮は開けてみる。

2515声 眠れない

2015年08月28日

隣の住人の生活音が大きい。
いちいち書かないがいちいち大きい。
隣が引っ越してきた当日に、私が引っ越そうと思ったくらいだ。
毎日いるわけじゃないみたいだが、いるな、という日は、これが気になって眠れない。
そんなことでひと月くらい経って、今日は夜中に大笑いしている。
どうせくだらないテレビかなにか見ているに違いあるまい。
笑うならくすくす笑えと思うが、笑ってる奴を邪魔したくない。
一人で笑えるのはいいことだと思ってしまう私はアホか。
相手はただのバカかもしれないのに。
飲みにでも行くか。
外はあいにく雨である。
体調も良くない。
ならば寝るしかあるまい。
といっても眠れないものは眠れない。

2514声 こんなことをしてた

2015年08月27日

店の片付けは少しずつ進んでいる。
今日は主に書類、プリント関係の整理。
この10年くらいのあれこれが写真とともにどっと出てきた。
流石に10年前は若いよね。
あと10年経ったら、きっとまた今の写真を見て同じことを思うのだろう。
おそらく7、8年前だと思うが、七夕の時にやった句会の俳句が出てきた。
飲食店とはまるで関係ないが、こういうイベントごとの書類が多い。
その時の句を幾つか紹介してみる。
誰の詠んだものかはほとんどわかりません。

では。
「年一度顔見るくらいがちょうどいい」
これはもはや俳句ではない。
でも嫌いじゃない。
「彦星も今宵ばかりは朝帰り」
「七夕に棚ぼたを待つ祭りの日」
「天の川出会うことなく三途の川」
「叶うなら短冊よりも金をくれ」
ひどい。
こんなのばっかりだ。
最後に好きなのを二つ。
これだけは詠んだ人を覚えている。

ではどうぞ。
「織姫に紹介してよとかぐや姫」
「天の川渡りきれずに流れ星」

2513声 握り

2015年08月26日

握りの技術を覚えたいと思い、以前寿司屋をしていた大将に教えに来ていただいた。
勘はあるから大まかなことはわかるが、細かいところまでとてもいい勉強になった。
まずは普通に握れるようになりたい。
握りは箸じゃなくて指を使う仕事で、その直接さ、自由さがいい。

2512声 肌寒い夏の一日

2015年08月25日

めずらしく早起き。
ひんやりとした朝の空気が格別においしく感じる。
時間は6時を回ったくらい。
まだ早いのに親子連れが散歩していた。
一組だけじゃなくここにもそこにも。
あちこちからゾロゾロ出てくる。
ラジオ体操でもあるのかもしれない。
私の頃はラジオ体操は7月いっぱいと決まっていたけれど、今は夏休みの間中やるのだろうか。
子供がいると大変なことも多いかもしれないが、こうして子供に引っ張られて生活することでずいぶん安定感が生まれるだろう。
そのおかげで破綻せずに済んでいる、と考える親はいるか。
聞いたことがないからわからない。
その安定感に依存しすぎると自立できない子どもが育つ可能性はあるだろうが。
親が自立できなくなる、とか。
そういうことを考える親はいるか。
わからない。
週末の台風の影響か、夜になって気温が下がった。
彼岸までまだ一月もあるのだが、寒い。

百日紅の花も散り始めている。

2511声 記憶散歩

2015年08月24日

夕べは飲みすぎたのか店の畳の上で寝てしまったらしく、明け方ひやっとして起きた。
布団を掛け直して二度寝して、起きてみたら喉が痛い。
風邪か。
重い頭で店の片付けをして、食材を高崎の店に運んで、実家へ。
夕方になってめずらしく、実家の周りを散歩した。
私は高校から家を出てしまったので、家出したわけじゃないが高校は下宿生活だったため、実家の記憶は中学までしかない。
うちの実家の周辺は所謂新興住宅地だが、30年以上経った今も当時とその雰囲気はほとんど変わらない。
散歩の途中気になるのは同級生の家。
何軒かの家の前を通ったが、表札は全てもとの苗字だった。
半分くらいは建て替えられていただろうか。
増築されていたり、中にはそのままの姿で残っている家もあった。
普段は思い出すことのない子供の頃の記憶を、大人になった今の視点で眺めるのは不思議な気分である。

2510声 吉屋

2015年08月23日

伊勢崎で仕事。
今日が最後のお客さんだった。
仕事のあとうちの店の倉林君と一緒にまちなかに飲みに出た。
私が25の時に最初に店を出したテナントの前を通過して、久しぶりの「吉屋」へ。
「吉屋」というのは飲み屋の手本みたいな老舗居酒屋である。
このサイトの名店のしきたりの一番最初に出てくる。
何年前かは忘れたが、すーさんと行ったのが最後だと思う。
マスターは珍しく少し酔っていた。
でも元気そう。
相変わらず「いらっしゃいませ」なんて言わない。
「おぅ、どうしたんだや」である。
そりゃ飲みに来たのさ。
「何しに来たんだや」と言われたこともある。
ここにいたと思ったね。
何日か前に書いたあれ、敬語なんて使わないが聞いてる方が最高に気持ち良くなる話し方をする年寄りが。

2509声 ハーモニー

2015年08月22日

朝晩随分と過ごしやすくなった。

昼は蝉が、夜になると鈴虫が鳴いている。

夏と秋が同居している。

夏の終わりのハーモニーという歌があったっけ。

2508声 安定要素と不安定要素

2015年08月21日

お盆が明けて天気も定まらず。
店は暇。
水商売は不安定である。
飲食店従業員にとっての安定要素はいろいろあって、お客さんとやりとりするのが好き、という人もいれば料理を作れたらそれでいい、という人もいる。
あるいは食事に困らない、という人もいるだろうし、従業員同士仲がいいからそれで十分、という人もいるかもしれない。
従業員の中に好きな人がいる、とか。
そういえば先日、話は変わるけれど、映画の中で長澤まさみ演じる四人姉妹の次女が言っていた。
「恋はいいわよぉ。恋をしてる時はね、クッソつまらない仕事も平気で我慢できちゃうんだから」と。
そういう安定の仕方もあるのさね。
真実味があるセリフはこんな時にふと思い出す。
やっぱりでも、一番はお客さんが来てくれることで。
飲食店は生ものを扱っている。
それが劣化して行く様子を指を加えて眺めていることほど、不安を掻き立てるものはないからである。
仕入れも仕込みも、誰かに食べてもらいたくてしているのだから。

2507声 言葉づかい

2015年08月20日

人の言葉づかい、話し方が気になる。
話し方マニアかもしれないというくらい。
うちの店のお客さんは若い人が多い。
この子まだ敬語も覚えてないんだな、とその言葉づかいを耳にすれば、そろそろ覚えなさいと言いたくなる。
スーツ姿のサラリーマンはちゃんと敬語を話せる。
敬語なしで気さくに話しているサラリーマンは意外と少ないです。
だからそういう話し方が耳に入ると余計に気になる。
敬語を使わずに、聞いていて気持ちのよい話し方をするお客さんがいた。
この人はいつから敬語をやめたのだろうか。
私もこの頃、自分で話す言葉に敬語が少なくなっているなと思っていたから余計に気になった。
周りが年下ばかりになると、敬語をやめる機会が増える。
敬語なしでも敬意が伝わる話し方をできる人はいる。
以前はそういう人が多くいた。
今は田舎に行くとよく出くわす。
あとは年寄りに多い。
そういう年寄りが多くなれば世の中はさらに楽しくなるだろう。