日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2533声 毒

2015年09月15日

このサイトを更新するためには、「管理者画面」なるページに入り、

そこで文章なり写真なりを見繕って、ひとつの記事に作り上げる。

大袈裟な説明だがなんのことはない、だれでも簡単に更新が出来るように、

ブログのような汎用のシステムが導入されている。

管理者画面とは文字通り記事を書く人がそこに入って、操作をする画面である。

その画面の右下の方に、「下書き」なる場所がある。

管理者が記事の下書きを保存する場所である。

多くの場合は操作ミスかなにかで、白紙の記事が保存されていたり、

ボツにした記事がそのままになっていたり。

その中で、前から気になっている走り書きめいた下書きの記事がある。

 

「言いたいことを言える環境は自分で作るしかない」

 

行間からにじみ出る決意。

筆者が夜な夜などんな気持ちでこれをしたためたかと想像すると、 なんだか面白い。

いやただ、私の脳裏をよぎったのは反町隆史の4枚目のシングル、

「POISON 〜言いたい事も言えないこんな世の中は〜」である。

2532声 黴の餌食

2015年09月14日

日当たりの悪い木造アパートの一階に住んでいる。
雨など続くと、部屋の湿度が恐ろしく高く、不快極まりない。
そういう部屋では、自然、黴との闘いの日々になる。
水気のある至る所に黴が蔓延る。
目に見える黴なら退治すれば良いのだが、
先日、壁紙が剥がれ落ちてきたことには、流石に閉口した。
湿気によるものだと思うが、壁の内側がどう言う具合で
黴に侵食されているか、想像しただけでおそろしい。
おそろしいが、虫歯同様、放っておいても悪化するだけなので、
悩みの種である。
今日は堪りかねて、家電量販店へ出向き、
除湿機なる装置を購入して来て、部屋の隅に設置した。
ぐんぐん湿度を吸い取って、湿度の多いときには小一時間ほどで、
缶珈琲1本程度の量の水が装置内に溜まる。
壁に飾ってある墨痕淋漓たる俳句の短冊やら色紙に、
黴が生えるのだけは食い止めたいが、おそらくそれも黴の餌食に。

2531声 黴と共存

2015年09月13日

黴を退治しつつ黴と共存す

 

2530声 途中下湯

2015年09月12日

「月の湯」
と言うオツな(銭湯界ではポピュラーな屋号だが)名前の銭湯が、近所にある。
空がまだ明るいうちに湯に漬かるのが好きなので、休日の夕方などに出かける。
つい先日も、とあるおじさんと浴室に入るタイミングが一緒だった。
そのおじさんはかけ湯をして、さっと浴槽につかり、
まさにカラスの行水で出て行った。
出で立ちから常連と思しきそのおじさんの行動を、
湯につかりながら見るとは無しに見ていた。
脱衣場でもいそいそと着替え、ロッカーから青い袋を取り出して、
また鍵を閉めた。
その袋のみを小脇に抱え、ロッカーの鍵を番台に預けて出て行くではないか。
あの袋はどう見てもレンタルビデオ店の袋である。
つまりは、途中下車ならぬ途中下湯ではないかしら、などと思いをめぐらせた。
銭湯で汗を流してからレンタルビデオを返却し、帰路の途次でかいた汗を、
また銭湯で流してから帰る。
もしかしたら、レンタルビデオ店へ寄る前後で一杯飲んでいるのかも知れない。
そうだとしたら、かなりの上級者である。
「一旦外出する」と言うことは思いつかなかったし、
今まで見たことが無かった。
私が浅学なだけで、地元常連者にはポピュラーなシステムなのかも知れない。
そんなことを考えつつ湯につかっていたら、すっかりのぼせてしまって、
這いつくばりながらカランまで行き、ケロリンに溜めた水をかぶった。

2529声 文字にする

2015年09月11日

客観性を欠かないように。

何かを文章にするときは。

2528声 一句は一句

2015年09月10日

しかしまぁ、水が出た。
昨夜から今日にかけて、台風18号の影響により各地で水の被害が相次いだ。
がけ崩れや河川の氾濫、潅水など報道では目にしていても、
実際にその光景を目にしたり実害がないと、なかなか実感が湧かない。
災害のときは報道ですら氾濫した河川のようなもので、ますますその感が強い。
この時期の洪水は季題で、「秋出水」と言うことになる。
洪水を前にして、あるいは洪水の引いた後の泥だらけの光景を見て、
俳句など作っているのは不謹慎のような気もするが、こう言う季題は、
体感せずして作るのはもっと不謹慎な気がする。
作らねばならぬときは、作るまでである。
不謹慎も何も、見ようが見まいが、一句は一句と言われればそれまでだが、
新聞の記事ひとつ見ても、実際に取材して書かれたものと、
何かを引用して書かれたものとでは、その記事の価値は言わずもがな。

ともあれ、鬼怒川流域等の被害状況を報じる記事を読むと、いたたまれない。

2527声 受信

2015年09月09日

秋雨前線やら台風やらで、先週から長雨となっている。
水曜日の今日も終日雨であった。
人間の体も電波時計のようなところがあるのか、
何日も青空を見ないと、体内時計が狂ってくる。
その為、起床してからの倦怠感が甚だしい。
気を抜くと、生活に昼夜逆転の気が出てきてしまう。
今朝もコンビニで缶珈琲を買おうと冷蔵庫を開け、
手に取ったのは缶麦酒だったり。
いやしかし。
それはどうやら、体内時計のせいでもないようである。
「こんな時間から麦酒を買ってはいかん」
と言う電波はどこからか受信したような気がして、
そっと缶珈琲へ手を伸ばした。
この電波が受信できていて、よかった。

2526声 魔窟めく

2015年09月08日

有楽町へ用事があって出かけた。
日比谷シャンテの前がぽっかりと空いていたので、
ここは何であったかと思えば、三井住友銀行の本社ビルの跡地であった。
現在の本社は丸の内に移転している。
日生劇場や宝塚劇場、スカラ座、みゆき座などの劇場、映画館や、
帝国ホテルは以前と変わらぬが、
そのビルだけ手品のように消えていたので驚いた。
これから、ここに大きな複合施設が建設予定らしい。
有楽町に限ったことではないが、例えば秋葉原など顕著だと感じるが、
二十年前、つまりは90年代と街の様相が一変している。
それが寂しいだとか、気に入らぬとか、
偏屈な親父のようなことを言うつもりは、無いのだが(全く無くもないのだが)、
早足の人たちがどんどん増えるのだろうなと思う。
整然と立ち並ぶビル街を歩くときは、実際に自分がそうである。
だからこそ、有楽町のガード下然り、赤提灯の怪しく揺れるあの魔窟めいた路地で、
ふと足を止めたくなるのである。
秋葉原から御徒町まで歩いたとき、両駅を結ぶガード下が綺麗に整備され、
「2k540 AKI-OKA ARTISAN」なる「ものづくり」をテーマにした、
複合施設になっていたときは、過去の寂れた雰囲気を知るものとして仰天したが、
それはまた別の話で。

2525声 見習うべき所作

2015年09月07日

夕方の早い時間に電車に乗ると、
下校中の小学生の女子と乗り合わせた。
ランドセルのカバーと帽子が黄色いので、
おそらく一年生であろう。
多くの小学生がそう座るように、
ランドセルを背負ったまま席に座っているので、
ランドセルが首の後ろまでせり上がっている。
そのせり上がったランドセルに後頭部を乗せ、
大口を開けてすやすや寝ている。
「乗り越すのでは」と、
つり革からたまに目を落としていた。
列車が或る駅へ到着すると、
まるでタイマーが切れたかのように、
すっと起きて下車して行った。
あまりの素早さにあっけにとられ、
空いた席を横のはげ親父に取られてしまったが、
私ども乗り越し常習者の酔っ払いたちは、
見習うべき所作である。

2524声 生かす術

2015年09月06日

生きる術。

とまでは言わないが、馬齢を重ねるにつれ、 その場しのぎの言い訳が巧みになってゆく。

私なども、日々の飲酒を指摘されようものなら、

日本酒を鯨飲しつつも、 齢九十の天寿を全うした横山大観の例をぶつぶつ呟いたり。

そういう時は偉人をダシに使い、己の卑小加減を棚の奥に置いているのだから、

厚顔無恥もだんだんと板についてきた。

この日刊「鶴のひとこえ」も「更新がこんなに遅れ、どこが日刊なるや」、

とのご指摘を受けることがしばしばあるが、その通りである。

その通りであるが、真っ向からそう言われると、

「日刊なれど更新は不定期」などと、呟きたい気もする。

皮肉なことだが、いまはそれが、 この「日刊」を継続する、

つまりは生かす術になっていることも事実である。

2523声 カニ泡

2015年09月05日

食にはこだわりが無いが、こと酒に関して、
とりわけ麦酒に限った話だが、こだわりが強い。
酒場では乾杯の一杯くらいだが、家での晩酌は麦酒のみ、
と言う人も多いと聞く。
乾杯の一杯では、体の準備体操のためまずは麦酒を、
晩酌の一杯では、すんなりと眠れるように麦酒を。
もっともだと思う。
もっともだと思うが、私は違う。
私は麦酒が好きだから飲む。
それ以上の理由はない。
ましてや、麦酒に何かの効果を求めてもいない。
不味いよりも、美味しい麦酒を飲みたい。
酒場で麦酒を注文して、カニ泡だらけの麦酒が来たら残念である。
決め細やかな泡の麦酒が来たらうれしい。
麦酒が好きだから、そう思う。

2522声 食の運

2015年09月04日

食に疎い。
今に始まったことではないが、
毎日同じものを食べていても苦にならぬほど、
食にはあまりこだわりがない。
だから、日替わり定食と言うシステムは食に暗く、
優柔不断な私にとって、救いのようなシステムである。
平素の生活ではあまり困ることも無く、不便、
と言うほどでもないが、残念なのが旅に出たとき。
過日も福岡、大阪、名古屋と行ってきたのだが、
せいぜい土地の赤提灯に寄るくらいで、自ら「これは食べねば」と、
意欲のわくことが無かった。
少し意気込んで、福岡は中州の大衆居酒屋で明太子を注文したのだが、
グラスを持つ手が滑って、来たばかりの明太子の小鉢に、
溢れるほど麦酒が入ってしまった。
隣のサラリーマンに慰められつつ、麦酒漬けで色の薄くなった明太子で、
麦酒をちびりちびり飲む羽目に。
慣れない事をしたためか、美味いものに関しては運がないのである。

2521声 小さな座布団

2015年09月03日

日本列島に秋雨前線が横たわっている影響で、天候が不安定である。
実家で飼っていた猫が居なくなってしまった。
7月1日に家を出たきり、もう2ヶ月も帰って来ない。
オスなので旅に出ることはあると言うが、
おっとりした猫だったので、
縄張り争いに負けたのかも知れないし、
不慮の事故に見舞われたのかも知れない。
内田百閒の「ノラや」ではないが、飼い主の意気消沈と言ったらない。
先日帰省した際も、初秋の静けさとは違う、空虚な静けさが、
いつも猫の居た部屋を包んでいた。
主を失った小さな座布団や傍らに置いてある猫用缶詰を見ると、
気持ちが沈んでくる。
去年の今時期、庭の芝生で飛蝗など追いかけていた光景が思い起こされ、
庭先の茂みを見ていると、ちょこんと顔を出しそうな気もする。
家を出た私と入れ替わりで来たので、いま3歳である。
都内を歩いていても、似たような猫が路地を横切ると、
「はっ」と足を止めてしまう。

2520声 茄子と南瓜

2015年09月02日

先週、郷里へ帰省した際、二つの句会に顔を出した。

群馬に住んでいた頃、参加していた会である。

三年ぶりに懐かしい人たちの句が見られたが、

旧知の人の幾人かはその場を去っていた。

かく言う自分が既に去っているのだから、

過ぎた月日を考えれば、さもありなんと言うところであろう。

郷里へ帰ると、無意識に「変化」を探し出している。

あの家が空き家になっているとか、新しい店が出来ているとか。

親が老けたとか、知人がよそよそしいとか。

変わってゆくものの寂しさを、変わらぬものの安心で埋め合わせる。

変わらぬ山河を眺めたり、常連だった定食屋のラーメンを食べたり。

ひとつの句会では茄子を、もうひとつの句会では南瓜をお土産に頂いた。

こう言うところは変わっていない。

 

2519声 白黒

2015年09月01日

夏季休暇も果て、街中に学生服が戻ってきた。

日焼けしていない白い顔、日焼けしている黒い顔。

みな、その表情はどんよりとしとぃる。

私の気分が写し鏡になってそう見えるのかもしれないし、

朝の風に乗って微かに聞こえる虫の音のせいかもしれない。

あるいは、今日からまたひと月これを更新せねばならぬ、

と言う思いが作用している部分もあろう。

ここに書く文章で表現の欲求を満たしたい気持ちもあるし、

そんなことでは満たされなかろうと言う、冷めた気持ちもある。

そんなとりとめも無い気持ちになるのは、きっと雨の月曜日だから。

そう思い込むことにして、麦酒の栓を抜こう。

 

2518声 体質改善

2015年08月31日

朝起きたら声が出ない。
風邪の気がしてから一週間にもなるのに今頃か、という感じだ。
一旦始まると長引くようになっているのは歳のせいか、あるいは養生不足か。
きっとどちらもある。
なんとかしないと周りにも迷惑がかかる。
3年くらい前に、体質改善した。
なんてことはない、朝食を抜いたら元気になってしまった。
太りにくくもなった。
ここへ来て、それだけではダメな気がしてきた。
寝る前の飯を抜く、その方が効き目があるようだ。
わかっていたが、飲んだら食いたいから食べてしまっていた。
風邪が治らないのに矛盾したような話だが、最近それを心がけるようになったら腸が動き始めているのがわかる。
だから風邪もそのうち良くなると思う。
体の融通がきかなくなると選択肢が少なくなる。
私はどちらかというとそれを喜んでいるふしがあるから、食べる調整までは結構どうとでもできる。
だがそのあげく、飲むのをやめろとなったらどうなるのか。
そうなったら一巻の終わりかもしれない。
あるいはその選択肢が消えることも喜べるのか。
わからない。
今から少しは節制できるようにしないといけない、という気持ちと、飲めるうちに飲んでおく、という気持ちが、両方、優劣なくある。
缶ビールの詮はすでにあいているが。
夏が終わってしまいます。

ゆっくりいきましょう。
明日から抜井です。

2517声 天候不順

2015年08月30日

よく降る雨に洗濯が進まず。
今日も曇り空だがもう着るものがない。
たまった洗濯物を朝から洗った。
そのまま部屋の中に干しても乾きそうにないから、暖房をかけて一つずつ乾かしていくことに。
暖房の前に裏返したズボン。
だいたい乾いたら前後を変えて。
次は厚手のシャツ。
次はタオル。
という具合に。
面白くもなんともないのは、こうして文章にしてみると如実にそれが面白くも何ともないとよくわかるけれど、私はこういうのが嫌いじゃない。

それにしてもこの時期の暖房はやはり暑い。

風邪を引いているから暑いのか、どっちなのかもよくわからまい。
だいたいこれであとは部屋干しでも大丈夫だろう、というところまでやって暖房乾燥は終わり。
部屋中のありとあらゆる引っ掛けられる場所を探して、できるだけ洗濯物が重ならないように干す。
もう既に13時を回っているが、一仕事終えた気分である。
腹が減った。
仕上げに扇風機を弱で回して終了。

洗濯物に向ける前に自分で浴びる。

湿った空気だが気持ち良い。

2516声 風邪だと思う

2015年08月29日

夜になると頭がぼんやりとはっきりしなくなる。
夜中に咳が出る。
風邪だと思う。
それでもビールの詮は開けてみる。