学校で学生に俳句を教えている先生と話す機会があった。
宿題で俳句作りを課すと、生徒は十中八九、
ネットで対象物の画像を検索し、作ってくるのだと言う。
これは何も子供たちだけでなく、大人だって見たことのないものや、
見に行けない環境にある場合は、そうやって作るだろう。
それは一向に構わぬと思うし、一方で理にかなっているとも思う。
ただ、こと自分に置き換えてみると、それが句の発露としては、
やはり弱い気がする。
実際に触れる命とそうでない命とでは。
2015年09月24日
学校で学生に俳句を教えている先生と話す機会があった。
宿題で俳句作りを課すと、生徒は十中八九、
ネットで対象物の画像を検索し、作ってくるのだと言う。
これは何も子供たちだけでなく、大人だって見たことのないものや、
見に行けない環境にある場合は、そうやって作るだろう。
それは一向に構わぬと思うし、一方で理にかなっているとも思う。
ただ、こと自分に置き換えてみると、それが句の発露としては、
やはり弱い気がする。
実際に触れる命とそうでない命とでは。
2015年09月23日
千葉部会と言う句会のため、成田山新勝寺へ出かけた。
当日は役目があり、慌しくすごしたためか、俳句はさっぱりできなかった。
本堂の裏手の森にはまだ蝉も多く残っており、日差しの中を汗を拭きつつ歩いた。
参道の老杉の脇に毒々しくも綺麗なきのこなど生えており、
公園の水面に映る薄紅葉には息を呑む美しさがあった。
明るいうちから飲んで、黄昏時に帰ってきた。
2015年09月21日
長野に出てみた。
長野に出て、群馬に戻ろうと言う旅の計画である。
上野村から峠を越えて、佐久に出た。
見渡す限り、輝く稲、青空の向こうに山の影。
風が大きく吹いているような場所はすがすがしい。
2015年09月20日
宿の外に犬がいる。
もちろん飼い犬だが、時折の遠吠えが夜半の山間にこだます。
宿主に聞くと、猟には出ていないが、猟犬の血をひく犬とのこと。
最近、母親になったらしく7匹の子犬を抱いて、陽だまりで寝いてる。
2015年09月19日
森林の中へ行って頭を冷やそうと思い、
上野村へ出かけた。
薄っすら紅葉がはじまっている山並みは、
村内に響く沢音と相まって、とても清涼感があった。
「喧騒を忘れる」
と言うのも、いまや安い謳い文句の感があるが、
森林の中にいると思考がほどよく停止する。
2015年09月17日
広島からの帰途に着く。
今も昔も変わらず、修学旅行生の多い街である。
制服で一列に整列している学生たちを、珍しそうに外国人観光客の方たちが、
眺めたり、時折、カメラのレンズを向けていた。
概ね四時間の新幹線往復は、中一日挟んでいるとは言え、疲れる。
東京駅に着いたのは夜も深い時間だったが、週末に大型連休を控えているせいか、
駅構内などには、はや帰省客の姿も多く見られた。
地方出身者であるが東京駅を筆頭に山手線内の駅に帰ってくると、安心する。
列車や構内の掲示に「高崎」などの文字が見えるからだろうか。
2015年09月16日
出張にて広島入り。
生憎の雨で当初予定していた行動範囲も大幅に狭まってしまった。
ひとまず、駅から徒歩圏内の店の暖簾をくぐり、広島焼きを注文した。
目の前の鉄板では、焦げるソースの香りとキャベツの焼ける熱気。
後ろの席では、瓶麦酒片手にカープの戦績を語る、おやっさんの熱気。
麦酒二杯飲んで店を出ると、風がぐっと冷え込んでいた。
2015年09月15日
このサイトを更新するためには、「管理者画面」なるページに入り、
そこで文章なり写真なりを見繕って、ひとつの記事に作り上げる。
大袈裟な説明だがなんのことはない、だれでも簡単に更新が出来るように、
ブログのような汎用のシステムが導入されている。
管理者画面とは文字通り記事を書く人がそこに入って、操作をする画面である。
その画面の右下の方に、「下書き」なる場所がある。
管理者が記事の下書きを保存する場所である。
多くの場合は操作ミスかなにかで、白紙の記事が保存されていたり、
ボツにした記事がそのままになっていたり。
その中で、前から気になっている走り書きめいた下書きの記事がある。
「言いたいことを言える環境は自分で作るしかない」
行間からにじみ出る決意。
筆者が夜な夜などんな気持ちでこれをしたためたかと想像すると、 なんだか面白い。
いやただ、私の脳裏をよぎったのは反町隆史の4枚目のシングル、
「POISON 〜言いたい事も言えないこんな世の中は〜」である。
2015年09月14日
日当たりの悪い木造アパートの一階に住んでいる。
雨など続くと、部屋の湿度が恐ろしく高く、不快極まりない。
そういう部屋では、自然、黴との闘いの日々になる。
水気のある至る所に黴が蔓延る。
目に見える黴なら退治すれば良いのだが、
先日、壁紙が剥がれ落ちてきたことには、流石に閉口した。
湿気によるものだと思うが、壁の内側がどう言う具合で
黴に侵食されているか、想像しただけでおそろしい。
おそろしいが、虫歯同様、放っておいても悪化するだけなので、
悩みの種である。
今日は堪りかねて、家電量販店へ出向き、
除湿機なる装置を購入して来て、部屋の隅に設置した。
ぐんぐん湿度を吸い取って、湿度の多いときには小一時間ほどで、
缶珈琲1本程度の量の水が装置内に溜まる。
壁に飾ってある墨痕淋漓たる俳句の短冊やら色紙に、
黴が生えるのだけは食い止めたいが、おそらくそれも黴の餌食に。
2015年09月12日
「月の湯」
と言うオツな(銭湯界ではポピュラーな屋号だが)名前の銭湯が、近所にある。
空がまだ明るいうちに湯に漬かるのが好きなので、休日の夕方などに出かける。
つい先日も、とあるおじさんと浴室に入るタイミングが一緒だった。
そのおじさんはかけ湯をして、さっと浴槽につかり、
まさにカラスの行水で出て行った。
出で立ちから常連と思しきそのおじさんの行動を、
湯につかりながら見るとは無しに見ていた。
脱衣場でもいそいそと着替え、ロッカーから青い袋を取り出して、
また鍵を閉めた。
その袋のみを小脇に抱え、ロッカーの鍵を番台に預けて出て行くではないか。
あの袋はどう見てもレンタルビデオ店の袋である。
つまりは、途中下車ならぬ途中下湯ではないかしら、などと思いをめぐらせた。
銭湯で汗を流してからレンタルビデオを返却し、帰路の途次でかいた汗を、
また銭湯で流してから帰る。
もしかしたら、レンタルビデオ店へ寄る前後で一杯飲んでいるのかも知れない。
そうだとしたら、かなりの上級者である。
「一旦外出する」と言うことは思いつかなかったし、
今まで見たことが無かった。
私が浅学なだけで、地元常連者にはポピュラーなシステムなのかも知れない。
そんなことを考えつつ湯につかっていたら、すっかりのぼせてしまって、
這いつくばりながらカランまで行き、ケロリンに溜めた水をかぶった。
2015年09月10日
しかしまぁ、水が出た。
昨夜から今日にかけて、台風18号の影響により各地で水の被害が相次いだ。
がけ崩れや河川の氾濫、潅水など報道では目にしていても、
実際にその光景を目にしたり実害がないと、なかなか実感が湧かない。
災害のときは報道ですら氾濫した河川のようなもので、ますますその感が強い。
この時期の洪水は季題で、「秋出水」と言うことになる。
洪水を前にして、あるいは洪水の引いた後の泥だらけの光景を見て、
俳句など作っているのは不謹慎のような気もするが、こう言う季題は、
体感せずして作るのはもっと不謹慎な気がする。
作らねばならぬときは、作るまでである。
不謹慎も何も、見ようが見まいが、一句は一句と言われればそれまでだが、
新聞の記事ひとつ見ても、実際に取材して書かれたものと、
何かを引用して書かれたものとでは、その記事の価値は言わずもがな。
ともあれ、鬼怒川流域等の被害状況を報じる記事を読むと、いたたまれない。
2015年09月09日
秋雨前線やら台風やらで、先週から長雨となっている。
水曜日の今日も終日雨であった。
人間の体も電波時計のようなところがあるのか、
何日も青空を見ないと、体内時計が狂ってくる。
その為、起床してからの倦怠感が甚だしい。
気を抜くと、生活に昼夜逆転の気が出てきてしまう。
今朝もコンビニで缶珈琲を買おうと冷蔵庫を開け、
手に取ったのは缶麦酒だったり。
いやしかし。
それはどうやら、体内時計のせいでもないようである。
「こんな時間から麦酒を買ってはいかん」
と言う電波はどこからか受信したような気がして、
そっと缶珈琲へ手を伸ばした。
この電波が受信できていて、よかった。
2015年09月08日
有楽町へ用事があって出かけた。
日比谷シャンテの前がぽっかりと空いていたので、
ここは何であったかと思えば、三井住友銀行の本社ビルの跡地であった。
現在の本社は丸の内に移転している。
日生劇場や宝塚劇場、スカラ座、みゆき座などの劇場、映画館や、
帝国ホテルは以前と変わらぬが、
そのビルだけ手品のように消えていたので驚いた。
これから、ここに大きな複合施設が建設予定らしい。
有楽町に限ったことではないが、例えば秋葉原など顕著だと感じるが、
二十年前、つまりは90年代と街の様相が一変している。
それが寂しいだとか、気に入らぬとか、
偏屈な親父のようなことを言うつもりは、無いのだが(全く無くもないのだが)、
早足の人たちがどんどん増えるのだろうなと思う。
整然と立ち並ぶビル街を歩くときは、実際に自分がそうである。
だからこそ、有楽町のガード下然り、赤提灯の怪しく揺れるあの魔窟めいた路地で、
ふと足を止めたくなるのである。
秋葉原から御徒町まで歩いたとき、両駅を結ぶガード下が綺麗に整備され、
「2k540 AKI-OKA ARTISAN」なる「ものづくり」をテーマにした、
複合施設になっていたときは、過去の寂れた雰囲気を知るものとして仰天したが、
それはまた別の話で。
2015年09月07日
夕方の早い時間に電車に乗ると、
下校中の小学生の女子と乗り合わせた。
ランドセルのカバーと帽子が黄色いので、
おそらく一年生であろう。
多くの小学生がそう座るように、
ランドセルを背負ったまま席に座っているので、
ランドセルが首の後ろまでせり上がっている。
そのせり上がったランドセルに後頭部を乗せ、
大口を開けてすやすや寝ている。
「乗り越すのでは」と、
つり革からたまに目を落としていた。
列車が或る駅へ到着すると、
まるでタイマーが切れたかのように、
すっと起きて下車して行った。
あまりの素早さにあっけにとられ、
空いた席を横のはげ親父に取られてしまったが、
私ども乗り越し常習者の酔っ払いたちは、
見習うべき所作である。