遅い帰省で高崎へ。年末に壊れた炊飯器を買ったり日帰り温泉に浸かったりと、慌ただしく動き回る。買い物したり風呂に入ったりというのは、やはり土地勘のあるところで済ませるほうがスムーズである。食材を買って帰ろうと、実家の近くにオープンした「JAファーマーズ」に寄ったら、シンキチ醸造所の瓶麦酒がたくさん売っていて驚く。晩酌の愉しみができた。思わぬところで良い買い物ができた一日。
2023年01月09日
遅い帰省で高崎へ。年末に壊れた炊飯器を買ったり日帰り温泉に浸かったりと、慌ただしく動き回る。買い物したり風呂に入ったりというのは、やはり土地勘のあるところで済ませるほうがスムーズである。食材を買って帰ろうと、実家の近くにオープンした「JAファーマーズ」に寄ったら、シンキチ醸造所の瓶麦酒がたくさん売っていて驚く。晩酌の愉しみができた。思わぬところで良い買い物ができた一日。
2023年01月08日
先日、シンキチ醸造所でこの「めっかった群馬」のメンバーたちと杯を傾けていた際に、やはりおっさん化に伴う「老い」の話に至り、毎度のことながら「老い支度」について語りあった。その話題のひとつにこのWEBサイト「めっかった群馬」も俎上に載った。堀澤さん書いた最古の記事を見ると、2007年3月とあるので、実に今年で16年目になるのである。とすると当時私は24歳だったわけで、いささか恐ろしくなったきた。ちなみに私は2008年から「鶴のひとこえ」を書いていたようだ。話を戻すと老い支度。家でもそうだが、そろそろリフォームというかリニューアルというか、現在の使用状況に合わせた改築改修が必要ではないかと。そしてこの先に誰かに受け継げたらうれしいと、やはりおっさんの考えそうなことを話し合ったのである。話の分かる読者があれば連絡されたし。
2023年01月06日
「年賀状じまい」なんて言葉が出てくる通り、SNSなどの普及で年賀状を送り合う習慣が薄れつつある昨今、私はまだかろうじて数は多くないが年賀状を出している。そのほとんどが年賀状だけのやりとりという人だが、いまでは俳句関係者がその大半を占めている。その中で未知の人からの年賀状が毎年届く。どういう事かというと、差出人には「某結社の同人」とだけ記されていて、めくると賀状中央に新年の一句と一文が添えられている。差出人の前には「何十代」の書いてあり、どうやら私よりは先輩のようだ。初めの数年はなんだか不気味だったが、この頃はこの某氏から元日に年賀状が届いていると少しうれしい。お互いまた一年、新たな俳句を探しましょう。某氏へ。
2023年01月05日
昨日が御用始め、今日が仕事始め、余裕のある勤め人は来週10日が仕事始めという方々が多いのだろう。私は今日が仕事始めだった。通勤列車の混雑具合を見ると、あくまで私の周辺ではあるが、本格的に稼働していない印象だ。最寄り駅近くにPCR検査センターがあり、年末に引き続き、今朝も列をなしていた。コロナの状況も芳しくはないようだが、年末年始の街の人出はそこそこ賑わっていたように感じた。年末年始は高崎に出かけた以外はほぼ家にいたが、中々、片付かなく雑然とした机辺を眺めるといささか悲しい気持ちになった。今年はというか昨年は、年を持ち越さずに俳句関係の依頼などを済ませることができたので、心安く年を迎えられた、おかげで飲みすぎてしまったが。それは私が効率よくさばいているのではなく、ガクッと件数が減っているということだが、それはそれとして、俳句にはいつもと変わらずに取り組むだけだ。
2023年01月04日
昨夜はシンキチ醸造所で堀澤さんに時間をみてもらったおかげで、日付が変わる前に帰宅できた。帰りの列車と帰宅してからも妻の実家からくすねてきたおせちをつつきつつ瓶麦酒。朝方までベター・コール・ソウルを観進める。その影響で今日はだいぶぐったりしていた。WEB句会の選を済ませ、ひとまず正月がらみのWEB句会は終了。どうしても点取りの句会になってしまうようなところがあり、それは悪くはないと思うが、良くもない。しかしWEB句会も参加者が多い場合は大変だ。便利だが、やはりオンラインで飲んでもあまり楽しくはないように、酒と句会は対面でやりたいと、昨日の俳句ingで改めて感じた。年賀状を買い足しに行って書く。
2023年01月03日
恒例の俳句ingの日。今回は高崎駅での集合時間が遅めなので、ゆっくりとでかけられた。それでも午前中には高崎に着いて、まずは高島屋での素竹さんの個展に顔を出す。俳句関係の大先輩もおり、あれこれと近況を話せた。そのあとはスズランのすかや本店で蕎麦をすすり、高崎神社まで足を延ばして初詣。高崎駅まで戻り、改札口で吟行メンバーと合流し、まずは缶麦酒買い信越線に乗車して俳句ing開始。磯部駅で下車し、恵みの湯でひとっ風呂と初句会、ぽかぽかとしつつ高崎駅へ戻りシンキチ醸造所でまた句会。飲ませてもらったピルスナーにはいささか驚いた。歩き疲れて飲む清水の如く、飲み疲れて飲むこのピルスナーは甘露の如し。皆に会えてよかった。
2023年01月02日
午後から郊外のショッピングセンターに買い物に出かける。夕方近くなら大丈夫であろうという甘い考えは打ち砕かれ、大混雑に揉まれてへとへとになって帰宅。主だった買初はできず、フードコートで適当なものを食べるのにも大苦労。WEB句会の選句、投句を済ませ、明日の俳句ingの準備をしてから床に着く。今日は年末から続く飲みすぎかつ明日へ備えて、休肝日とす。
2023年01月01日
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。今日からひと月は(ぬ)が担当いたします。今朝は雲ひとつ無き初晴。初日の出を見ることもなく、いつも通りの時間に起きて歯を磨いて水を一杯飲んで、昨夜の飲みすぎたことによる頭痛にうんざりしつつパンを焼いてコーヒー淹れてと、概ね普段通りの日常を過ごす。午後に届いた年賀状を確認しつつ、WEB句会の選句。お年玉を懐に夕方から妻の実家に行き、年酒を汲みつつおせちをつつく。帰ってきてさらに缶麦酒を開け、「ベター・コール・ソウル」を観る。年末からずっと観ていて初夢にまで出てくる始末。
2022年12月31日
大晦日。本日は、シンキチ醸造所におせちを取りに行って、その後実家集まって、恒例の年越し。
紅白歌合戦は、SEKAI NO OWARIのHabitをみんなでみた。SEKAI NO OWARIは、歌の世界観が好きなのだが、Habitの歌詞もなかなか深い。
その後、『鬼滅の刃』の曲がながれ、鬼滅の刃ブームがコロナ禍後のことだと改めておもった。コロナ禍の、この3年で変わったことが想起される。
それはそれとして、工藤静香が久しぶり出場ということで、旦那は木村拓哉だということを子どもに教える。それで思い出したのだが、かつて、木村拓哉一家が群馬に住んでいるという噂があった。結構、具体的で、そんなものかなと思っていた。
そして、最近知ったのだが、どうやら日本中に似たような噂があるらしい。それはまるで、空海の伝説に似ている。木村拓哉は、現代の弘法大師なのかもしれない。
大晦日に、まとまりませんが。
それでは、みなさんよいお年をお迎えください。
2022年12月30日
年の瀬、御用納のあとは曜日感覚が狂う。
30日の今日は、金曜日。金曜日なら、ということで、ワインを飲みにきた。
ケーキを持ち込む客がいたり、結構にぎわっていた。まるで、クリスマスのようだ。
2022年、令和4年の年の暮である。
いさゝかの金欲しがりぬ年の暮 村上鬼城
2022年12月29日
本日は山車保存会の忘年会だった。
保存会の今後と町内会の現況について意見交換しながら、持って行ったシンキチのビールをみなで飲んだ。もちろん、その他の酒も飲んだ。徐々にではあるが、クラフトビールを一緒に楽しめる人が増えてきて、町内の飲み会の居心地が良くなってきている。
良い傾向だ。
2022年12月28日
「『あのときやらかしたな』という酒は一緒に飲める。だけど、『お前何もやらなかったな』という酒は飲めんぞ」
こんな言葉をかけてくれる上司に出会っていたら、平穏ではいられなかったろうなとおもう。
逆に、こんな言葉をかけられる上司になれたらなとおもうこの頃だが、そもそもコロナ禍で職場で飲みに行くことはなくなった。いつか、言ってみたい。
2022年12月27日
先週末から探しものをしていたのだが、本日見つかった。半分諦めていたのだが、在るべきところにあった。最初から、そこを探せばいいのに、こういうときに限って、他の可能性を探ってしまう。とにかくよかった。
それはそれとして、懸案事項がいくつか押し寄せてきて、それもちょっとやそっとでは解決できそうにないので困っている。どれも、こちらの都合お構いなしの懸案だ。どうしたものか。
2022年12月25日
最近、耳をふさがないイヤホンを購入した。
耳をふさがないイヤホンには、骨伝導式とそうでないものがあるらしいが、骨伝導でないほうにしてみた。
耳をふさがないので、まわりの音を遮らない。そのため、外でも比較的安心して使える。
野外で使ってみると、目の前の日常の風景に、音楽が聴こえるのが、ちょっと不思議な気がする。外で音楽を聴いている人、こんな感じだったのね。
耳をふさがないので、まわりの音も聞こえる。(もしかしたら、聴こえる?)そのため、聴いている音楽がまわりの人にも聞こえているのではないかと最初のうちは何度もイヤホンを外して確かめてしまった。
今でも時々不安になり、外して確かめてしまう。
これまで、寝るときにスマートスピーカーでしか聴いていなかった音楽が少し身近になった。
で、何を聴いているのかというと。
今は、あいみょんが一番のお気に入り入りだ。
2022年12月23日
群馬県民かどうかの判別につかわれる「上毛かるた」。その上毛かるたの「こ」の札は、内村鑑三だ。
内村鑑三研究の第一人者である鈴木範久先生は、大学の講義では、まず群馬出身者を探し、内村鑑三このとを尋ねたという。
【以下、イメージ。】
鈴木先生「この中に群馬出身の人はいますか?いたら挙手願います」
群馬出身の学生「はーい」
鈴木先生「内村鑑三は、上毛かるたではなんというか?」
群馬出身の学生「心の灯台内村鑑三」
鈴木先生「はい。よくできました〜」
内村鑑三生誕150年記念講演会のとき、「よく訓練されてますね〜」と範久先生に褒められた。
内村鑑三に興味を持った人が最初に読んだらいい本が、『後世への最大遺物』だ。
鑑三の講演をもとに本にしたものだ。講演したときの鑑三は、なんと34歳だった。若い!
鑑三の『後世への最大遺物』は、様々な人に影響を与えた。
3年前にアフガニスタンで銃撃されて亡くなった医師の中村哲氏もその一人で、何冊もの『後世への最大遺物』を手元に用意して、氏のもとに来る若者にわたしていたという。
最近は、佐藤優がやさしく解説したものも出版されている。『後世への最大遺物』内村鑑三入門としてどうぞ。