『鎌倉殿の13人』は先週、三代将軍が暗殺された。これで、おもな人物はだいたいいなくなってしまった。ところで、主人公の印象が序盤とガラリと変わってしまうのは、まるで『進撃の巨人』のようだ。今の義時に共感できる人は少ないのではないか。エレンみたいだ。
どうでもいいことだが、尾上松也は時代劇と歌舞伎だけやっていればいいもおもう。歌舞伎座でみた松也は輝いていた。後鳥羽上皇役も悪くない。現代劇はやめておいたほうがいいとおもう。ほんとに、どうでもいいことだけど。
2022年12月04日
『鎌倉殿の13人』は先週、三代将軍が暗殺された。これで、おもな人物はだいたいいなくなってしまった。ところで、主人公の印象が序盤とガラリと変わってしまうのは、まるで『進撃の巨人』のようだ。今の義時に共感できる人は少ないのではないか。エレンみたいだ。
どうでもいいことだが、尾上松也は時代劇と歌舞伎だけやっていればいいもおもう。歌舞伎座でみた松也は輝いていた。後鳥羽上皇役も悪くない。現代劇はやめておいたほうがいいとおもう。ほんとに、どうでもいいことだけど。
2022年12月03日
コロナ禍になってから使うようになった言葉の一つに「濃厚接触」がある。カタカナで書くと「ノウコウセッショク」。慣れるまでちょっとドキドキしたのも懐かしい。
第7波あたりから、かなり身近に濃厚接触者や感染者がでてきた。今は第8波とのことで、本日も高崎の感染者数は400人を超えた。用心したいとおもう。
ところで話は変わるが、レキシという、日本のミュージシャン・池田貴史によるソロユニットがある。あまり音楽を聞かないわたしが、武道館や国技館でのライブにも行ったことがあるという数少ないミュージシャンの一人だ。
そのレキシの「狩りから稲作へ」は、名作だ。
「縄文土器、弥生土器、どっちが好き?
縄文土器、弥生土器、どっちが好き? どっちも土器」というきれいなメロディで始まる。
この歌は、非定住で狩猟採集の縄文時代から稲作定住の弥生時代への変化を男女の恋模様で歌い上げるものだ。
この歌の裏には、こんなエピソードがあるらしい。
狩猟採集民であった縄文人が初めて弥生人に出会ったときのこと。
弥生人「私たちはここで、土を耕し、稲を作って生活しています」
縄文人「え〜、土を耕すの〜」
これが世にいうノウコウセッショクだ。
農耕接触。ドキドキしたのもこのせいなのか。
知らんけど。
2022年12月02日
今朝の通勤途中、高校生どうしの自転車が私の目の前で衝突した。すれ違いざま、片方の後輪にもう片方の前輪が触れたものだった。ふたりとも足を着いただけで、転倒までは至らなかったのは幸いである。
が、次の瞬間驚くことがあった。
ふたりとも、互いに目をあわせることもなく、振り向くでもなく、静かにその場から離れていくではないか。
わたしは、自転車のペダルを踏むふたりの背中を交互に見送った。
ところで、
昨日、紹介した芭蕉の俳句。
なかなかに心をかしき臘月かな 芭蕉
昨日はこんな句を詠みたいと書いたが、どうも詠みたいというよりは、「をかし」と感じられる心境でいたいんだということに気がついた。
さて、今朝の話しに戻るが、
朝一番のニュース、サッカー日本代表がスペインに逆転勝利したことと同じぐらい驚いた自転車事故であった。いや、事故そのものではなくて、その後のスルー振りに、をかしを感じた。
芭蕉の「をかし」には到底かなわないが、わたしにも多少は「をかし」のこころが芽生えていると信じたい。
よく振り返ってみると「をかし」ではなく。「おかしい」のほうかもしれない。
2022年12月01日
12月1日、師走となりました。本日から(坂)です。
12月は、師走(しはす)だけでなく、極月(ごくげつ)とも、臘月(らふげつ)とも呼ばれる。
臘月と書いて「しはす(しわす)」と読ます芭蕉の句が歳時記に掲載されていた。
なかなかに心をかしき臘月かな 芭蕉
こんな句、詠んでみたい。
さて、コロナ禍になってからいろいろなことがあった。できなくなったことがある一方、これを契機にとそれまでできなかったことをしたりもした。我慢したこともあるかもしれないが、それなりのことがあったし、考える時間もとれたような気がする。
そして、最近になって、たどり着いたのというか、身にしみるのが、立川談志の言葉。志らくに嫉妬する談春に言った言葉だ。
「現実は正解なんだ。(略)現実は事実だ。(略)」
嫉妬と馬鹿について、述べたものだが、ちょっと省略しすぎか(笑)
詳細は、『あの偉人は、人生の壁をどう乗り越えてきたのか』という本に書いてあります。たぶん談春の『赤めだか』にも。
2022年11月30日
今年も明日から師走。今日で担当の1ヶ月は終わり。昨日は弱音を吐いた。どうも、言葉に丁寧さが足りなくて、嫌だなと思う。かと言って現状どうもできず、けれども昨日の投稿でこの一ヶ月を終わりにしたくない。まだそのくらいには余裕があるのかもしれない。この1年半の間に起きたことを書いていない。そのまとめをしないと、おそらく苦しさはまた積み重なると感じている。ただ、苦しんだ具体的なことを書ききる体力的な自信が今はない。昨日まで書いたあれこれは吹き出してしまった事実だから仕方ない。けれどももう一方の大事なことを書いておかないといけない。それは、得をする生き方でなくてかまわないという方針がある、という、また、もしかしたら突拍子もないことである。正確には、得をする生き方でなくてかまわない、という方針があるなら、それを表明する大人はもっと増えた方がいい、ということである。ふと、無意識のうちに、得したと感じたいと思っているんじゃないかという自分に気づくことがある。そのことが、うまくいかないつらさを助長しているんじゃないか。本人は、得をしたいとは思っていない。いや、思いたくなくても思ってしまうのが、得をしたいという感覚である。「得をしたい」は、だからいつの間に身についてしまった癖みたいなものだが、そういう人間のなにかを認めていない。言っておかないといけないと思ったもう一方の大事なことというのは、「得をしたいと何かにつけて思ってしまうことがあるのが人間かもしれないがそんな自分は認めていない、という方針があるなら、それを表明する大人はもっと増えた方がいい」ということである。得をしたいって、いやそれどころか、損をしたくないって、そんなことを、自信たっぷりに表明し合っている状況に触れたくない。そう書いていたらシンキチからLINE。「ポンプがうまく動かなくなってしまいました」と。買ってから5ヶ月。必ず乗り越える。
2022年11月29日
コロナがまん延しだしてもうすぐ3年になる。3年前に47歳になろうとしていた私は、来年2月で50歳である。キリのいい数字だからか、50だ50だと、何度も言いたくなる。3年前は、ちょうどビールの仕事を始めて3年が経ち少し余裕がでてきた頃で、料理に改めて取り組みたいと思い始めた頃だった。結局おそらくのんきな私にとって、世の中は別段今までと変わらないように見えたし、自身もとくに変わりなく過ごしていた。そんな矢先のコロナ禍だった。あれよあれよとあっという間に世の中は不安定になる。その頃はまだ不安定の要因は、たった一つのウィルスだけかと思っていたが、実はそれはほんの一端でしかなくて、遠い大陸では領土問題の火種が大きくなっていたり、安定しているように見えていたいろいろな国や自然が、多発的に足元のグラつきを見せ始める。他人のふり見て自分の国に目を向ければ、日本はもしかしたら、今や先進国でも安定国家でもないのかもしれない。そういう、不安定が不安定を呼ぶ大変な時代になってきたな、という思いが強くなる一方で、自身も体力的にも精神的にも不安定な時間が多くなってきている。そんな現状の中での新店舗の準備は、限りあるエネルギーを集中分配するために始めた人生の整理だった。そしてここからが、想像以上に大変だった。ビール造りを始めてからのこの6年間も、寿司を始めた3年間も、コロナ禍で、なかなか仕事のない長い時間も、なるべく手を抜かずやってきた。その上での新店舗なので、焦らず丁寧にやることだけを決めていた。けれどもこれが、これまでの1年半に関して言うならば、丁寧にやろうとしてもうまくいかないときはうまくいかない。今、その積み重ねで、あえて書いておくと、疲れている。昔のほうが、言葉も丁寧に選べていたかもしれない。せめて、うまくいかないのと疲れているのが長く続いている現状を認識する意味も込めて、書くことにした。休めば良くなる、飲めば気が紛れる、それ以外の対処法の必要性を感じる。
2022年11月28日
昨日寝たのが19時。今日起きたのが7時半。草刈り疲れだろうか。一昨日紛失解約をしたキャッシュカードの再手続きのため、金融機関を周る。50歳を目前に、年々少なくなるエネルギーを、分配しながら生きている。たかがものがなくなる、探す、解約する、見つかる、再契約する、ということも、若ければ笑い話になるのかもしれないが、歳を取ったら死活問題だ。それにしても、今年はうまくいかないことばかりである。うまくいかないときの声は大袈裟に聞こえる。
2022年11月26日
朝から中之条へ。草刈りをしに。草刈り機は刃物仕事でありこのエンジン音に興奮作用があるのか、辞め時がわからない。気づけば汗だくになるまで続けていた。帰りにセキチューに寄ったとき、財布のないことに気づく。家に帰っても見当たらない。昨日行った日帰り温泉で落としたのかもしれない。すぐにその日帰り温泉に電話するが、落し物の報告はないと言う。仕方がないので財布の中身を思い出し、カード会社に連絡することにした。金融機関4件、カード会社1件、疲れ切って働かない頭で1件ずつ電話してゆく。千晶ちゃんが心配して来てくれた。あとは免許証だから交番に紛失届を出しに行こうとしたその時、彼女が「車にあったりしないかなぁ」と言った。車は何度も探したんだからあるはずは無いと思いつつ、もう一度探し始めたら、なんと、あった。
2022年11月24日
朝から頭痛がする。ビールの仕込みの予定だったが頭痛が治まるのを待つことにした。9時過ぎにようやく動き出して、コーヒーを飲んでゆっくりしてみたらやれるような気がしてきた。昼ころからスタート。どうにか最後まで終えることができた。
2022年11月23日
雨の一日。ベッドの上でよく降ると思いながら、ひたすら寝ていた。それにしても新店舗の工事が一向に進まない。他の仕事に精を出していて、ふと気づいたら少しでも進んでいてほしい。進まないなら進まない理由を知りたい。あまりに進まなすぎてちょっと気分転換が必要なくらいに進まない。
2022年11月22日
貸切の予約。肩書きがすごい方達ばかり。大体こういう場合は話に夢中で料理の内容など興味のない雰囲気になりがちなのだが、そうではなかった。「ビールなのに日本酒を飲みながらつまんでいるような初めての感覚」と仰っていた方は企業の会長で、70歳台と言う。矍鑠としている。見習わないと。
2022年11月21日
食中酒百席が終わってもなぜか落ち着かない。普通ならば一段落してホッとするのだが。翌日にワインを飲み直して一応の総括をするのもできず。理由が分からなかったが急に気がついた。玉置浩二のオーケストラライブと、みずかみさんの仕込みの動画をYou Tubeで見ていて。合わせてしまう者は、とことん納得のいく環境を準備することで、開花することがある。違和感を感じやすいという人ほど合わせてしまう、ということがある。そこにやさしいという感情を持つのは私だけではないだろうが、合わせてしまった当人は、気づかないうちに納得していない。ところが、納得のいく環境を整えることができたとき、あるいは納得のいく前提が少しでも増えたとき違和感が少なくなり、安心して自分のパフォーマンスに集中できる。そのときに、とても丁寧で、かつダイナミックなパフォーマンスをすることができる。要するに、合わせてしまう者は、とことん納得のいく環境を準備することで安心するということがあるのかもしれない。今回の食中酒百席の2日目で、少しだけそれを感じることができた。安心材料は多岐に渡る。食材はもちろん、仕込み、包丁、パートナー、器、そのどれもに違和感を減らす努力をした方がいい。いい音を出したい、よりも、まず、今この歳の、丁寧な音を出したい。ということは、落ち着かなかったのは、次のステージを感じた、ということではないか。もちろん例のごとく、ただ疲れているだけかもしれない。
2022年11月20日
早く起きるはずが起きられず。ひとまずビールの仕込みはちゃんとできた。仕込みをしていてもいろんなことが気になる。そういえば、いつの間にか戸の鍵を閉めるようになった。もっとおおらかにいたいんだがね。千晶ちゃんが来てくれて、家が片付く。いっぺんに家の空気が変わる。
2022年11月19日
軽井沢へ。湯町窯の入荷を知らせるニュースを知って出かけた。目当ての商品はなく。その店の隣の二階で版画家村上早さんの作品を見る。いつか見たいと思っていてようやく見ることができた。この人の作品に惹かれる。闇を丁寧に表現している。そんな感想は失礼かもしれないが、丁寧に表現されてしまった闇は感動する。
2022年11月18日
昨夜は寝たのが2時過ぎになってしまった。夜に体力を集中しようとすると昼間しっかり休むことになる。そうするとお客様を送り出してからすぐに眠れなくなり、結果的に朝起きるのも遅くなってしまう。これでは市場に行けない。お客様を送り出してからできるだけ早く眠るサイクルを知る必要がある。午前中は片付け、ばっちゃんと打ち合わせ等して、中之条へ。中之条の土地に床柱に使えそうな木があるんじゃないかと、先日の柳沢さんとの打ち合わせで思いついた。中之条の土地に行ったのはかれこれ何年ぶりだろう。篠がすごく、入れる状態ではなかったが、分け入ってひと回りしてきた。あの篠どうにかならないか。
2022年11月17日
食中酒二日目。昨日の反省点は、つまみから鮨になってからのテンポが悪かったこと。今日は改善できたと思う。やはり5人くらいが目が行き届くためちょうどいい。