例年になく暑い日が続く。
渋川から中之条へ向かう途中、少し気温が下がる。
中之条から四万へ向かう途中、少し気温が下がる。
その四万にいても暑い。甘い事を言っている。
館林は何度だろうか。
暑ければ痩せる・・というものではない。
2018年07月17日
例年になく暑い日が続く。
渋川から中之条へ向かう途中、少し気温が下がる。
中之条から四万へ向かう途中、少し気温が下がる。
その四万にいても暑い。甘い事を言っている。
館林は何度だろうか。
暑ければ痩せる・・というものではない。
2018年07月16日
新聞代配をしていて、ふと詩と歌が浮かんだ。聞いてください「道頓堀」。
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道頓堀で
あなたが二人いて
酔い過ぎちゃったわ
寂しかったの
道頓堀で
あなたにゲロ吐いて
逃げないあなたを
好きになったの
道頓堀で
あなたの待ち受けに
見つけちゃったの
子どもの笑顔
道頓堀で
あなたに言い寄られ
酔いも覚めたと
一人で帰る
2018年07月15日
旅館や飲食店の2代目など、若い経営者からなる四万温泉青年部から提案があり、中之条ビエンナーレに続き、温泉郷クラフトシアターでも「四万温泉ナイトシアター」を開催することとなった。
そんじょそこらの映画ではなく、地元の映画をということで、前回に続き「伊参スタジオ映画祭」の映画を上映していただく。2003年に始まったシナリオ大賞というシナリオコンペで、初年度大賞を受賞した『少年笹餅』と『貝ノ耳』、現在もなお自主上映が開かれる『彦とベガ』、そして当時まだ大学生だった高橋名月さんが監督した『正しいバスの見分け方』の4本。
僕はそもそも、中之条町へ帰ってきてほぼ無職で犬の散歩をしている時に、近所の川原で『少年笹餅』の撮影現場に遭遇。そういえば映画祭やっていたんだとその夜実行委員会の集まりに飛び込み、映画祭スタッフになったという思い出がある。
『少年笹餅』はまた、当時小学生だった中之条の子どもたちが主役・脇役を固めている。当時の子たちは・・今は20代なかばか。この映画出演を機に映像業界で働いている子もいる。監督であった岩田ユキさんは、現在漫画家デビューも果たしその多彩ぶりを見せている。
久しぶりに観る『少年笹餅』はとても良い映画だった。
2018年07月14日
四万温泉はバリバリの観光地ではあるものの、観光客よりむしろ地元の人に愛される店がある。特殊な釜炊きシャリの「一力寿司」しかり、これから書く「ゆうみん」しかり。
「ゆうみん」は落合通りに並ぶ飲食店の1店。唯一の中華料理屋。お世辞にも入りたい!と思うような店構えでもない。僕も自分から飛び込んで知ったのではなく、四万で生まれ育った四万温泉観光協会の宮崎くんに連れて来てもらい始めて来店した。店主のおじさんは、実に「それほど大きくはない温泉地で、昔っから中華料理を作ってきた」面構え。ちょっと強面だけど、優しげな方である。
餃子は、注文を受けてから包むらしい。小ぶりのパリッとした餃子。店の看板メニュー。でも特筆したいのは、焼きそば。いい意味でちょっとモサっとした麺が・・すっぱいのだ。僕の経験上では、今まで食べたことがない味だった。おじさんに聞くと「何度となく焼きそば作ってよ。飽きない味はなんだってのをよく考えたわけよ。それで、ソースじゃなくて醤油と酢の焼きそばを作ったって訳」と案外すんなり教えてくれた。焼きそば食べ食べ、間に餃子をつまんで、満足して店を出た。
あ。「ゆうみんとユーミンは関係あるんですか?」って聞くのを忘れた。おじさんの面構えを見るに、多分、ない。
2018年07月13日
2年に一度、中之条ビエンナーレが開催しない年に、県内ものづくり作家が四万温泉に集まる「温泉郷クラフトシアター」が開催される。
前回僕は映像記録として参加したのだが、今回はどういう話の流れだったか「岡安もメンバーだな」という一声で、ものづくり作家とならび「映像:岡安賢一」とパンフレットに表記された。メンバーになると何が違うのか、よくわからないけど、前回よりはかなり濃密に関わるつもりでいる。
このイベントの広告は、もうずっと中之条ビエンナーレディレクターの山重さんが担当している。浴衣を来た女性が佇む、けれどその顔には動物を模したお面がつけられている。「見せないことでわくわく感を出す」実に山重さんらしいコンセプト。そのメインビジュアルと同じ世界にあるような小さな物語として、イベント予告のような変わった映像を、今年も作った。
お面は、クラフトシアターに発展するきかっけを作った「秋、酒蔵にて」というクラフト展で繋がりのある外丸治くんのもの。踊り手?は、これまた「秋、酒蔵にて」でフラメンコによるパフォーマンスで魅せてくれるAyumi Miyazakiさん。小さな映像を作るにあたりお二人に声かけしたら「ぜひ!」と快諾してくれた。
実にいいイベントなので、多くの方に来ていただきたい。
2018年07月12日
暑い時はすっぱいものが欲しくなる。一度覚えれば簡単な配合なのだとも思うけど、スーパーで「カンタン酢」的なものを買ってきて、ビニール袋にきゅうり、大根、かぶ、玉ねぎなど好きな野菜をザクザク切って入れ、カンタン酢的なものを注いでもみもみ。しばし冷蔵庫に放っておく。それをぽりぽりするのが最近の流行り。
2018年07月11日
日本映画学校(現在は大学)では、1年次に脚本撮影録音ドキュメンタリー・・諸々を体験し、2・3学年で専攻を選択し学ぶ。僕はドキュメンタリーゼミを選んだ。3年の担任は、原一男監督だった。
当時の僕は、公開当時事件的に扱われた『ゆきゆきて、神軍』も一度見て「なんかよくわからない」と思った程度。そもそも戦争も知らず、「貴様は戦地で若い兵士の肉を食っただろう」と元上官を攻め立てる奥崎謙三氏は、違和感でしかなかった。原さんは、すでにある程度の年齢であったが一言で言えばエネルギッシュ。「ドキュメンタリーは、劇映画の数倍の要素を入れ込まないといけない」と、独自のドキュメンタリー論を展開した。
その年の夏、ドキュメンタリー合宿を行った。行き先は確か長崎。原さんの知人が経営する老人ホームに僕らが学生が滞在し、そこで生活する老人たちのショートドキュメンタリーを製作した。僕は、序盤の企画書提出だけで苦戦した。原さんからOKをもらえないと寝れない。午前0時は過ぎたと思う。その合宿で僕は、「人にカメラを向けることの難しさ」をより実感した。濃密な時間だった。
忘れられないのは、合宿の工程が終わった後、長崎へ来たのだからとゼミのみんなでちゃんぽんを食べて、温泉に入った。そこで、丸裸で、背中をまるめて体を洗う原監督は、どうみても年相応の疲れたおじさんだった。それであっても彼は、自分を奮いたたせ、「ドキュメンタリー監督は天国へは行けない」と公言し、あの合宿から15年近くが過ぎた今こうして撮影期間8年を費やして『ニッポン国vs泉南石綿村』を完成させた。
原一男、は全身映画監督である。僕の中に3%でもいいから、原イズムが残っていることを願う。
2018年07月10日
シネマテークたかさきで『ニッポン国vs泉南石綿村』を観た。日本のドキュメンタリー映画の中で(ニッチな枠ではあるが)有名な原一男監督(『ゆきゆきて、神軍』、『全身小説家』など)が8年もの間撮影に費やしたドキュメンタリー映画だ。上映時間215分。途中休憩を挟む。
石綿=アスベスト。断熱材として使われていたそれが人に危害を及ぼす危険な材料で、その製造に関わった人たちが訴訟を起こしたということは、なんとなくニュースで見た記憶があった。けれどその程度である。被害者団体に近く寄り添った原監督は、被害者一人一人にインタビューをし、訴訟の様子も・・いかに国が他人事のように不誠実に対応するかも撮り続ける。
原監督は「アクションドキュメンタリー」が作風だと公言している。それは過去作において、戦時中の責任を負わず生活する元軍人を、殺す勢いで批判する奥崎謙三を主人公とした『ゆきゆきて、神軍』しかり、脳性マヒの所謂障害者と言われる人々が、同情の対象になるのではなく、社会に対して物申すという抗議行動を追った『さようならCP』しかり、実際アクション性のあるドキュメンタリー作品だった。
けれどこの石綿村では、被写体はいわゆる一般的な人々である。ちょっと泉谷しげる似の「泉南アズベストの会」代表が厚生労働省に押し入ろうとするシーンなどはあるが若干空振り。過去作に比べてアクション性は少ないように思える。けれど、「アスベストの生産仕事に誇りを持ち仕事に懸命だった人々が、肺を真っ黒にし、呼吸困難に陥り、常に酸素チューブを着けないと生きられない体になり、その理不尽さを抱えながら死んでいく」その過程の途中でのインタビュー映像だけで、僕が思うには十分にアクションしていた。
多くの人が行き来する街頭で、アスベスト被害に会った男性の奥さんが、通行人に演説する。「訴訟に加担することを夫に言った時、夫からは「俺は俺の仕事に誇りを持っていた。金だって十分に稼いだ。お前はそんなに金が欲しいのか?」と言われました。悲しい。私は、お金が欲しいんじゃありません。日に日に弱っていく夫の尊厳を守りたいんです」というような内容だ。であっても、足を止める通行人はいない。僕もその場にいたら通り過ぎているだろう。けれどカメラはけっこうなアップでその女性の演説を撮り続ける。すると、そのアップサイズでスクリーンでその演説を見ると、その女性の心が受け手に伝わるのである。
撮影期間8年か・・。原一男監督はまた、僕が日本映画学校に通っていた時の講師でもある。
2018年07月09日
18か19歳の夏。どの地域にも「いのいちばんに自動車免許を取ろうと躍起になるやつ」はいるもので、僕らの友達内ではタケシが取得した。親の車だったのか、買ってもらったのか小さなマーチに乗って、その夏彼はやってきた。男ばかり5人、18か19歳と言えば体はもう成人と変わらない。ぎゅうぎゅうで、冷房をかけても暑くて、カースレテオからは(今思うと恥ずかしい)ゆずの「夏色」がリピートされていた。道中のことはよく覚えていない。その年ならではの、あいつは誰々と付き合っているとか、そういうくだらない話ししかしなかったことだけは確か。
そうして、むんむんとした男たちを乗せたマーチがヒーコラ向かった先は、海だった。
2018年07月08日
中之条町の北西、むかし六合村と呼ばれた中之条町六合地区の最北端、野反湖で、毎夏ロックフェスが開かれている。事の発端は、野反湖から下ったところにある宿の娘と、県内町場出身のミュージシャン・岩崎有季くんが結婚し、岩崎くんは野反湖の自然に感動。町のお金に頼ることもなく、地元の協力を経て「kuniROCK」は継続されている。
昨年は、数年ぶりに映像記録で入った。ステージは自作、地元のおっちゃんは川魚を焼く・・そんな「手作り感」が優しい。nakamuraEMIさんや椎名純平さんなど、参加ミュージシャンの顔ぶれも妥協しない・・「いい音楽」がある。僕は全くと言っていいほど音楽フェスには行かないが、比べるものでもなくすごいことをやっていると思う。
今年は8/25土〜26日の開催。野反はちょっと遠いけど、遊びに行くとよいと思います。
kuniROCK
http://www.9269.jp/
2018年07月07日
暑い日が続く。高齢者の熱中症がしきりに問題視されている。年をとると「今自分が水分を必要としている」ことに気付かないんだそうだ。
今年は例年になく、物事が後手に回っている。「全部終わったすっきりした」という事はなく、ずっと何かを引きずり、待たせている人の顔が浮かぶ。思い込みが強い人間でもあるので・・あるいはそれが年をとるということなのかもしれないが、実感している季節がずいぶんと遅れる。こんなに暑いのに、夏が来ていることを認めたくないみたいに、夏を意識しない。
やべぇな・・このままだと、気付かないうちにあっちゅーまに年末になるぜ・・
2018年07月06日
山下達郎を、今更ながらに尊敬している。もうずっと3年前くらいまで、「クリスマスイブ」と夏の爽やかな歌を歌う、ラジオでマニアックな音楽を紹介するおじさん。という認識しかなかった。
音楽の流行りはぐるりと回っていくもので、シティポップというジャンルなのか、今音楽好きな若い人に人気があるバンド、YOGEE NEW WAVESやnever young beachは山下達郎のファンを(確か)公言し、それだからというわけでもないけど山下達郎を聞いたら・・良い。
昔はなんだか歌に「意味」を求めていて、それは「物語性」とも言えるのかもしれないけど、感情を揺られないと物足りないと思っていた。でも、だんだん「聞いていて気持ちよい」という、言ってしまえば普通の音楽の楽しみにシフトしてきたのかもしれない。
山下達郎はぐるりと回って古びない。古びない、には何が必要なんだろうな。
2018年07月05日
めっかった群馬の(す)。すーさんが担当する「ぐんま一番」はポチッと群テレで毎週金曜日に放送。群テレとあなどるなかれ、現在のMCは中之条町六合出身の関太くん(僕と同い年)と山本浩司さんのお笑いコンビ「タイムマシン3号」。いわゆる素人である取材先のおじさんおばさんらと、タイムマシン3号との掛け合いがとても面白い。やっぱ才能あるわー。
「ぐんま一番」明日7/6(金)の放送は僕の会社もある東吾妻町。それこそ、東吾妻出身の画家・水野暁さんも出るそうだ。その翌週7/13(金)はおらが町・中之条。要請があって、僕も中之条ガーデンズ(旧花の駅美野原)でドローンを飛ばしました。僕はカットされてるかもだけど、撮った空撮映像は使われる・・はず。
以上、番宣でした。
2018年07月03日
水野さんの個展を見終えて、Kさんが呼んだYさんが「高崎在住ながら高崎を知らない」というので、僕が知りうる良い場所を巡ってみた。入らず言葉で紹介した店も含めて
「洋菓子のウエイブ」(賞味期限2時間のカスターパイ好き)
「スナーク」(ちょうど「zinphony」という小冊子イベントをやっていた)
「チンズバーガー」(食べなかったけど。かじりつきたい)
「matka」(器専門。おしゃれだし買えないけど立ち寄ってしまう)
「タイ料理の二パー」(唯一離れてる。行かなかったけどオススメしといた)
「かき氷の日本一」(長蛇の列で買わずに通り過ぎる)
「rebel books」(デザイン関係の本を買った)
「椿食堂」(先の小冊子イベントでポテサラ作るzine買った)
そして「ザブン」。
上記、店の店主同士が仲よかったりするし、顔見知りに会う確率が高い。「高崎を知らない」と言っていたYさんは上の店半分以上知っていて、得意がった自分がちょっと恥ずかしかったが、いく先々で僕は顔見知りに会ったのでKさんもYさんも「高崎在住ではないのになぜ?」と思ったようだった。なんでだろうね。
めっかった群馬の(ほ)。堀澤さんがオーナーを務める「ザブン」では、カウンターで堀澤さんが飲んでいた。当たり前だが僕の数倍その場に溶け込んでいる。普段はそんなこと考えないのだが、ふと。僕が知ったころの伊勢崎にいる堀澤さんと、今の堀澤さんとは、若いか老けたかじゃなくて・・かなり違う気がした。
堀澤さんが作ったビールを飲みながらふと「人は自分の努力で変われる事なんてごくわずかで、住む場所や仕事や顔を合わせる人に染まることで、少しずつ変わっていくんだろうな。それしかないんだろうな。」と思った。
2018年07月02日
水野暁ほどの欲深い絵描きを、僕は他に知らない。
■
水野さんと知り合ったのはもう12年ほど前になる。僕が通っていた日本映画学校では「ドキュメンタリー実習」というものがあり、後輩たちが中之条町へやって来た。水野さんは取材対象の一人で、学生と水野さんとを繋げる手伝いをした。水野さんを知る人はご存知のように、彼は物腰穏やかで優しい。学生たちは取材の枠を越えて彼と親しくなり、撮影から11年経った今も彼の展示があるごとに群馬まで足を運んでいる。
高崎市美術館で開催された「水野暁ーリアルの在りか」に、水野さんを取材したKさん等と行った。水野さんが4歳の時に描いたという浅間山の噴火の絵を見ては「これ取材の時に、水野さんが昔描いた絵を撮りたいって言ったら、出してくれました」とKさん。彼女たちが作った短編ドキュメンタリーでは、水野さんの両親まで登場し「息子は昔から虫と、絵を描く事が好きで」と話す微笑ましいインタビューがあったことを思い出す。
そしてその4歳で描いた小さな浅間山の隣には、4年の歳月をかけて描いた近年の大作「The Volcano-大地との距離について/浅間山-」が並並ならぬ存在感を放っていた。この絵を見るたびに僕は「これは生き物だよな」と思う。超近距離に見れば油彩の一筆一筆の集合体であることがわかるが、4歩も下がればそこには写真以上に生々しい迫力をもった大地が現れる。その存在感にはきっと、費やした4年の歳月も関係しているのだと思う。写真は一瞬を捉えることしかできず、映像は例え4年間撮影して編集しても瞬間瞬間を並べたものでしかない(それぞれにそれぞれの良さはあるものの)。けれど彼の絵では4年もの歳月が1つの絵として凝縮されている。それと対峙して僕が感じるのは、もはや絵を見ている感覚ではない。脈打つような生き物と向き合っている感覚である。
■
「写真みたいだね」。会場で、鑑賞している人から発せられるこの言葉を何度聞いたことか。確かに僕も、水野さんの絵を知った時は「動物の死骸(!)や人物を写真みたいに描ける人」という認識だった。現にNHK「日曜美術館」において、彼は写実主義作家の括りで取材を受けている。しかし彼は「写実作家という括りに自分がいると思ったことはない。自分にとってリアルなものを描き続けているだけ」と言い放つ。
写実表現とは何か?を語れるほど僕に知識があるわけではないけれど、「透過」や「Inner impulse」のような写実的な絵と抽象的な絵を並べた作品を見ると、彼にとっては「見たものを描く行為」と「そこから受ける印象を描く行為」は相反するものではないのだと確信できる。むしろ「目で見えるものを明確に描く」だけではなく「ないものをただ抽象的に描く」のでもなく「心の中に結ぶ実像をいかに実感をもって描くか」ということにシフトしつつあるのだと思う。抽象を写実で描く?・・禅問答のような難しい領域で、彼は戦っている。
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高崎美術館の1階から3階まで、彼のこれまでの作品の長い変容を経て、今回の個展で最後に待つのが「Mother」と題された自身の母親を描いた作品。一見して言葉を失う大作である。「息子は昔から虫と、絵を描く事が好きで」・・ほがらかにインタビューに答えていた映画学校の取材当時から、母親のパーキンソン病は進行していたらしい。会場の一角では、水野さん自らが撮影した映像・・絶えず体を動かさねばいられない母親の姿が流れている。母親を描いた大量のドローイングは壁を覆い尽くすように貼られ、彼が母親と対峙した時の長さが鑑賞者にもまとわりつく。
「Mother」。キャンバスの隅から隅まで、母親を覆い尽くすように描かれた線は、わかりやすいところでは絶えず動き続ける手足、体の動きを捉えたものなのかもしれない。けれど2度目にこの絵を見たとき、僕にはそれは横たわる母を覆い尽くす花のように見えた。それは美しくも不吉である。水野さんから聞いた話で、描いている最中に母親に見せたら「美空ひばりのドレスみたいね。結婚式も和装だったから嬉しいわ」と答えたという話は、とても良い話だと思った。鑑賞者それぞれに、それぞれの何かを焼き付ける。
僕にとってはまた、見れば見るほどにわからなくなる絵だった。写実なのか抽象なのか、完成なのか未完成なのか、冷たいのか暖かいのか・・けれど、頭で理解しようということを放棄して、ふっと全てを取り払った時に、言葉にすると恥ずかしいけれど「愛」だけが残る気がした。僕が勝手に思った事ではあるが。
■
風景を描くことに物足りず、人を描くことに物足りず、捉えられるのかどうかもわからない「時間」や「存在」を描こうとする水野暁は、誰よりも欲深い絵描きだと思う。その先に何があるかはわからないけど、尊敬と共感と畏怖を感じながら見届けていきたいと思う。
http://akiramizuno.p1.bindsite.jp/#
2018年06月30日
寝室の厳しい暑さに目を覚ますと、差し込むような頭痛。
暑さによるものか、二日酔いによるものか、
判然としないが、体調は悪い。
カーテンを開けると、カラリと晴れた青空で、
なんだか、こうしては居れぬような気がしてくる。
取り敢えず、冷やし中華を作ろう。