日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2654声 キンチョー食堂 後編

2016年01月14日

麦酒を飲み干して、さてお会計と言うときに、レジ横に発見した。
「金蝶ソース売ってます」の張り紙を。
あの「キンチョー」は「金蝶」だったのである。
「金鳥」の想像も案外近いものがあったが、「金蝶ソース」とは、
長崎生まれのウスターソースの銘柄のことで、
主に皿うどんにかけて食べるように開発されたソースらしい。
この食堂ではそのソースが常備されており、常連の方々は、
皿うどんとは言わず、揚げ物やキャベツなどにこのソースを用いる。
つまりは、金蝶ソースファンが多いのである。
なるほど、壁のメニューにも、「ちゃんぽん」や「皿うどん」、
「あごだしラーメン」など、長崎をルーツにしているらしい。

 

それからと言うもの、私も金蝶。
今では、当然のように金蝶ソースを手に取り、自分の卓に無ければ、
隣の卓に手を伸ばしてまで、用いるようになってしまった。
濃厚な味わいでないが、さらっとしていながらも風味に富んでいる。
皿うどんには勿論、アジフライなど二つに割り、
片側は醤油、片側は金蝶で食べているときなど、小さな幸せである。
この金蝶ソースをたっぷりかけたメンチカツが、
この食堂の好物のひとつである。

 

 

後編終わり。

2653声 キンチョー食堂 前編

2016年01月13日

本八幡駅北口の飲み屋街の中に、一軒の大衆食堂がある。
紺暖簾の奥には昭和の匂いが濃く、メニューが壁に貼ってあるような、
と言えば大方の雰囲気は伝わるであろう。
夕方の客層は、出勤前の水商売の淑女や、
仕事を終えた背広の親父さんなどが多い。
私も、定食と瓶麦酒で夕食にしたり、冷奴で軽く飲んで帰ったりと、
この方面に足が向いたときにはよく利用している。

 

行き始めたばかりのことだったが、
耳慣れない符丁のような言葉が気になっていた。
それは、お客が店員氏に「あれ、キンチョーは」や、
お客が隣のテーブルのお客へ「ちと、キンチョー借ります」など。
しかし、どう見てもソースの容器を手にとっているので、
こちらではソースのことをキンチョーと呼ぶのかしら。
蚊取り線香の「金鳥」が調味料を販売するわけはないし。
と言うのはいささか大げさに書きすぎだが、
瓶麦酒を注ぎながら、それに近いことを考えていた。

 

 

いささか長くなりすぎてしまったため、後編は明日に。

2652声 風の夜

2016年01月12日

空っ風の無い分、住んでみて群馬より千葉の方が随分と暖かく感じる。
ともあれ、私が住んでいるのは市川市なので、
千葉県でも房総の辺りなどと十把一絡げにして語れないように、
群馬県でも、嬬恋村と館林市、鶴舞う形の尾と頭では、全く風土が異なる。

 

こちら市川は、暖かいとは言え、寒に入ってからは冷え込んでおり、
今日などは朝の一時、霙が見られた。
しかし、空っ風が吹き荒れた晩の、あの乾いた底冷えには及ばない。
もう、涙が出るほどきりきりと寒いのだが、大概、夜には風が止み、
とても空と山の影が綺麗であった。
そんな綺麗な風景ばかり思い出しているが、
今頃群馬では、夜中まで空っ風が吹き荒れているかも知れない。

2651声 蕾

2016年01月11日

用事があり、近所の神社へ出かけた。
由緒ある神社で、社務所には明治に書かれた連句の額、
本殿には勝海舟揮毫の額など、どちらも額だが貴重な文化財が見られた。
境内にはひっきりなしに人が訪れており、遅い初詣の老夫婦、
成人式帰りであろう晴着の若者、宮参りの赤子と家族など、多彩であった。
帰り際、境内を一巡りすると、陽だまりに寒紅梅がささやかに蕾を解いていた。

2650声 ホッピーの生

2016年01月10日

遅い年賀状が返ってきた。
その一枚に、「I LOVE HOPPY」と言う言葉が添えられていた。
それを見て、共感した。

 

正月二日、吟行へ出かけた浅草のホッピー通りで、
「生ホッピー」なるものを飲んだ。
泡がきめ細かく、ともすれば生麦酒をしのぐ味わいであった。
「ホッピー」の「生」とは如何に、と思いカウンター奥を覗くと、
ビールサーバーからホッピーを注いでいた。
なるほど、一般的にホッピーと言えば瓶のものだが、
その樽生をサーバーで注いでいる。
特筆すべきは、温度管理やジョッキの冷やし加減など、
的確に行われているので、当然、一杯づつ味も正確である。
特に、ホッピーの黒と言うのが、美味かった。

 

そんなわけで冒頭の言葉には、大いに共感する。
嗚呼、右手がジョッキの柄を求めている。

2649声 バトミントンと羽根

2016年01月09日

定例の句会のため、原宿へ出かけた。
明治神宮参道の人の数を見て、その静かなる混雑に倦み、
代々木公園へ足を向けた。
雲一つない、きりりとした快晴の空の青が心地よい。
新春だからか、バトミントンに興じる親子やカップルが多く見られた。
新春だからか、と言うのはバトミントンも「羽根つき」だからである。
勿論、本来は羽子板で、羽根を打ち合うのが羽根つきであるが、
現代、なかなか羽子板を持っている人も少なかろう。

 

すぐ後に控える句会へ出すため、このバトミントンを羽根つきと見立てて、
句を作った。
二、三句できて、そのまま出したが、これがまた不人気だった。
やはり、自らの力不足もあるが、バトミントンと羽根つきでは、
心も響くものが違ったのであろう。
しかし、独楽や羽根つきなど、正月の風物もどんどん希少なものになっている。

2648声 発泡スチロール

2016年01月08日

都内のホテルへ出かけた。
晩は立食のバイキングで慌ただしく飲みかつ食い、
ホテルを後にした。

 

ホテルから最寄り駅まで歩く。
通り沿い、縄のれんのかかった木戸が目に入ると、
思わず向いてしまう足を、どうにか地下鉄まで運ぶ。
地下鉄のつり革を掴んでいて、有楽町と言う表示が目に入ると、
ガード下の赤提灯、そのカウンターに出されるもつ焼きと瓶麦酒が想起され、
思わず途中下車してしまう気持ちを抑え、つり革をぐっと掴む。

 

そうこうして自宅最寄り駅へ到着し、駅前繁華街にたなびく、
焼き鳥屋の香りにうずく喉と胃をなだめつつ、やっと自宅へ。
と言うところで、コンビニにある「おでん」の暖簾につられ、
缶麦酒とおでんを買って帰ってしまった。
発泡スチロールに入ったおでんの、安らぎと言ったらない。
無論、シャンデリヤの下で食べた料理があってこそ、ではあるが。

2647声 寒に従え

2016年01月07日

昨日6日は小寒。
つまりは一年で一番寒い時期とされる、寒に入ったのである。
昨年の秋は、「露」の句を作ろうと思い、幾度となく早起きを試みたが、
ただの一度も成功しなかった。
よって、昨年は露の句がひとつも作れなかった。
今はせっかく寒に入ったことだし、寒に入れば寒に従えとばかり、
早起きをして、「霜」や「氷」など冬季の俳句を作りたいと考えている。
考えてはいるのだが、それがなかなか実現しない。
よっぽど旅にでも出て、日常を離れねば無理かも知れない。
ただの一時間の早起きで、そこには別の世界があるのは、
重々、分かっているのだけれど、それがどうしてもつらい。
だって、寒いし。

2646声 蜜柑人間

2016年01月06日

缶麦酒一本。
今日はこれで終わりにする。
昨晩は久しぶりに酒を抜いた。
すこぶる体調が悪かったからである。
元来胃弱のせいもあるが、飲み疲れると疲れが胃に色濃く出る。
食欲不振に頭痛に悪寒、つま先がやけに冷えていたので、
自律神経が乱れていたのだと思う。
年末から飲み続け、正月に増えた酒量により疲れが出たのは明白であるが、
こういう時は心まで弱気になるもので、ストーブの前で手を裏返しつつ、
故郷の山河に思いを馳せていた。

 

少し回復した今晩は、冒頭にも書いたようにもう缶麦酒に手が伸びている。
なんでも飲みすぎ食べすぎはいけない。
学生時分、年を明けて会った友人の顔を見て驚いた。
顔色が蜜柑のように、黄色いのである。
聞けば案の定、蜜柑の食べ過ぎで、年末に実家から箱で送られてきた蜜柑を、
すべて食べきったとの由。
蜜柑を食べ過ぎた人間は、蜜柑に近づくのであった。
そんな蜜柑人間を思い出し、こうやって書いているなんて、
やはり、胃腸の疲れで弱気になっているのだろう。

2645声 ビールケース

2016年01月05日

本日五日から仕事始め、とする所が多いのであろう。
私の勤め先もそうである。
酔眼をこすりつつ、つり革をつかむ勤め人たち。
その人たちの放つ負のオーラで、車両全体の空気が重い。
無論、私もその一員である。

 

しかし、昨晩の酒の味は芳しくなかった。
十中八九、飲み疲れた体調に起因している。
炬燵で麦酒を飲んでいて、ふと、二日の夜、
寒風吹きすさぶアメ横路上で、モルツの生麦酒と鰻で、
一杯やったことを思い出した。
一月の夜に路上で冷えた麦酒を飲むなど、
考えただけれトイレが近くなるが、
男四人で小一時間はビールケースに腰を下ろし、
冷えた鰻でがぶがぶ飲んだ。
それほど酔っていたのであろう。
しかし、そう言う酒の味は格別である。

2644声 袋の袋

2016年01月04日

新年四日である。
元日から続いて、今日も快晴。
洗濯物を干しながら浴びる朝日が心地よい。
すぐ隣にある中学校には、運動部の生徒たちが、
校庭を走り回っている声が響いている。

 

私も三十代半ばに差し掛かろうかと言う中年なので、
近年お年玉をあげる機会が滅法多い。
昨日あげた男子中学生は、年玉袋を持つと、
慣れた手つきで、ささっと小さな巾着袋にそれを収納した。
お年玉専用の袋持参である。
中学生ぐらいになると、もらう側のほうが堂々としている。

2643声 咲くように

2016年01月03日

一月三日の今日も、正月から続いて快晴。
部屋の隅にあるテレビは、箱根駅伝復路の実況をしている。
今朝、郵便受けを開けると、恵贈された俳誌がいくつか入っていた。
新年号が多く、新年詠を楽しむとともに、
顧みて自分の不甲斐なさが身にしみた。
同時に、日本全国津々浦々に俳人が居り、
どの土地へ行っても、俳句が根付いていることを実感した。
季節の花が咲くように、連綿と俳句が生まれている。
その中の一輪に、自分もいるのだろう。

2642声 煮込みと麦酒

2016年01月02日

十一時に神谷バーで一行と合流し、
正午を回るころには浅草寺境内を出た。
一月二日と言えば、例年初詣は大混雑。
雷門から長蛇の列が出来るが、
丁度、人の切れ目に入れたらしく、
すんなりと参拝できた。

 

初詣が終われば後は年酒である。
今年は去年と同じ顔ぶれ、
結局、男だけでの初句会となったが、
この「結局」に含まれる安心感がうれしくもあった。

 

浅草寺脇にある青空屋台での生麦酒を振り出しに、
路地から路地へ、趣向の赴くままに暖簾をくぐった。
作った句の倍以上は杯を開けたことになり、
私に至っては少ない中のすべてが駄句であった。
しかし、空の青を浴びながら煮込みと麦酒で一杯やる、
あの心持を実感できただけで、素晴らしい一日となった。

2641声 藪椿

2016年01月01日

あけましておめでとうございます。
堀沢さんから引き継いで、今月の担当は抜井となります。
元日の夕映えの中、届いた年賀状をめくりつつ、書いております。

 

元日の藪椿ぽつちり赤く  山頭火

 

今しがためくった年賀状に添えられていた句です。
俳句などやっておりますと、その方面の年賀状も増え、
御慶の脇に当然、俳句が添えられております。
友人の下手な字を眺めるのも、元日の楽しみではあるけれど、
この日こそ俳句の手軽さ、隠し味の効いた味わい深さを、
しみじみと実感いたします。

 

明日は浅草へ吟行の予定があるのですが、
朝から、いささか年酒を飲みすぎました。
それよりも、堀沢さんの体調は大丈夫だろうか。
ひとまず、本年もよろしくお願いいたします。

 

2540声 樹高千丈 落葉帰根

2015年12月31日

年が明けてしまった。
いま元日の午前1:26。
寝正月である。
29日の夜にどうもくしゃみが出るなと思っていたら翌日起きられず。
夕方まで寝ていておせちの仕込みをして、帰って仮眠して昨日は早朝から最後の仕上げ作業をした。
おせちは無事お客さんに渡すことが出来た。
まったくどうしてこんな時にと思うが仕方ない。
出来たてのおせちにお酒を合わせてみようと家に帰るが、程なくダウン。
着替えもせず寝ていたら、少し前に鐘の音で起こされた。
除夜の鐘である。
若松町は除夜の鐘が聞けるんだなぁ。
まちなかではこれはなかった。
しっかり聞くのはこの年になって初めてかもしれない。
聞いていたのは布団の中だがね。
静かな暮れの町を空気に乗って鐘の音が、微振動で体に響いてくる。
こんな年越しもまぁいいか。
このひと月のひとこえのタイトルは中島みゆきの歌の名前から。
書いたことが歌の内容に関係性のあるタイトルになっている。
明日から抜井です。
そういえば抜井が俳句ですごい賞をとったらしく、来年句集を出版するそうだ。
自費出版じゃないやつを。
すごい。
お祝いをしよう。
明後日は恒例の新春俳句ingである。
これが楽しみなんだ。
それまでになんとかして風邪を治そう。

2539声 瞬きもせず

2015年12月30日

風邪をひいた。
明日までだというのに。

2538声 下町の上、山の手の下

2015年12月29日

おせちの仕込み。
仕上がりの想定と、それに向かって下ごしらえの要所を押さえることを臨機応変にやっていく。
想定、想像しないと料理は始まらず、そこへ向けて何をどれだけやればよいのかが鮮明にならないとうまくいかない。
鮮明になって、それを実現するための体力も必要になる。
体力や技術の足りなさから、完成図に向かう要所を押さえられないと、思うような仕事はできない。
今年はここまでいい感じ。
要所は昨年より、鮮明になった。
増えもした。
こうなると、細かなディテールが気になってくる。
口あたりを二の次にして味を引いたり、接続語的に晴れやかな味を足したり。
出来上がったおせちに合わせる酒は何かと考えた。
ビールならキリン一番搾りがまず浮かぶ。
酒は日置桜生もと玉栄。
そういう太くて甘味はほどほどで酸がしっかりしている、きれきれの熟成酒がいい。
冷酒なら宝剣純米。
宝剣の香ばしさと合うと思う。
正月だから華やかに、松の司あらばしりも想定内である。
ワインなら四恩。
勝沼醸造のボシケもいいと思う。
閉じた酸のある、華やかではあまりないけど綺麗な甘味のあるワインが合うはず。
これら全て、共通するのは甘味のライン。
ここが合えばだいたい合う。
このおせちはどんなおせちかと聞かれたら、こういう酒たちが合う甘味のラインを大切にしているおせち、ということになる。
甘味の良識があるならば、その範囲内だと思う。
甘味の了見、好感よりは少し強め、ではあるかもしれない。

2537声 ツンドラ・バード

2015年12月28日

寒い。
この冬一番の寒さかもしれない。
寒さは年が明けてからが本番だとすると、この冬一番の寒さはあと何回くるのか。
寒い日の風呂は格別である。
寒ければ寒いほど、風呂は格別だ。
何年か前に、四万温泉に借家をしていた時期があった。
温泉街はそこで暮らすと、住人は組合で共同浴場を持っていて、いつでも入ることができる。
その組合に入っていた。
温泉街だから勾配のある坂道を風呂まで向かうのだが、あの湯に使った時の格別さは、そんな苦労も忘れさせるくらい別格だと思う。
別格な格別か。
一日の疲れどころか、もっと奥、芯から疲れが取れる。
地球に浸かってる、そんな感じかもしれない。
とにかくあったまる。
今思えばなんて贅沢な時間だったかと思う。
街場の住宅風呂は掛け流しではないから、冷たい奴が入ればぬるくなる。
お湯をたすか、今日みたいに寒いと、追い炊きが必要になる。
それはそれで、追い炊きの贅沢、というのもあるかもしれない。
贅沢の尺度もいろいろである。
風呂は、そこに至るまでが寒ければ寒いほど、裏切らない。
風呂に入る時は一人だから特に言葉にしないが、風呂は最高である。
十分だ。
別格な格別の先は最高か、十分か。
明日は朝からおせちの仕込み。
いよいよ今年もあと三日である。