日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2456声 団らん

2015年06月30日

「〇〇のうちで飯食べるから来ない?」

 

こう見えて友達が少ない僕も、たまにそんな誘いを受ける。
そんな時は、わりといろいろほっぽりだして参加することにしている。

 

飲食店での飲み食いも気楽で楽しいが、
知り合いが作ってくれた料理を囲んでみんなでわいわいする、
という楽しさはまた別格。自分で一品作って持っていくのも好き。

 

いい大人になってようやく、「みんなで集まれる時間」は
ずっとあるものじゃない、と思うようになった。
後悔しない時間を、もっと増やしていきたいものですね。

 

 

さてさて、明日からはすーさんへバトンを渡します。
すーさんにとっての「楽しいこと」は何だろうね・・・
「ザブン」で一杯やることか、司馬遼太郎を読むことか・・・

あ、「ザブン」でちゃんとビール飲んでないまだ!

 

・・・取り乱してしまいすみませんでした。では、どうぞ。

2455声 梅雨とトンネル

2015年06月29日

雨の降る6月。「楽しいこと」を一応のテーマに、
ふたを開ければ真面目っぽい長文が続いてしまったけど、
自分が楽しいと思うことこそが自分自身の生き方を決めている、
というような気もした。書いてみて初めてわかったことだ。

 

実際の6月の生活は、実はけっこう大変だった。
いつもそうなのだが(笑?)仕事ややることを溜めこんでしまい、
不規則な生活と食事で体調もかんばしくなく、
月の前半は内心どんより。顔にも出ていたと思う。
「気分がのらない時は、出来ることを淡々とやる」
モードに切り替え、信号待ち、車の窓に落ちる雨を眺めていた。

 

基本お気楽能天気な僕にもこんな月があるんだから、
「楽しいことなんてない」という人の日々は、とても大変だと思う。

 

梅雨はもうじき明けるかな。今突然思い出したけど、
僕が好きだった「うしおととら」という漫画でこんなセリフがある。

 

「いやな時って、トンネルみたいだよな。寒くて一人でよ
でもさ・・・いつかは抜けるんだぜ。」

 

梅雨やトンネルには終わりがあり、その先にはきっと、空が広がっている。

それを、信じてみようじゃないか。

2454声 虚実の境界

2015年06月28日

先日書いた小冊子の祭典「ZINPHONY」が終わった。
僕がこさえた「スーパーで売っている自分でよそうカレー」
のオリジナルな盛り方バリエーションと、そのカレーを
題材にした短い小説をこじんまりとまとめた「自炊式カレーzine」は、
少部数ではあったが完売との知らせ。
短時間のわりに力を入れた書いた小説が「面白かったよ!」との
声を何人かからいただいた。とても嬉しい。

 

映画学校ではドキュメンタリー専攻。今の仕事としても、
俳優さんやスタジオを使っての作りこんだ映像の経験はごく浅く、
イベントやブライダルなどのノンフィクションなものを撮る機会が多い。
ちいさく広くやらせていただいている紙媒体の広告仕事も、
大げさに作り上げるというよりは、現状を整理して伝えることが多い。

 

近年、そんな「100%現実」なものから、
ひとつまみ「嘘」を加えることがとても面白いと思うようになった。
もちろん「100%現実」なんてものは存在せず、どんな表現にも
切り取った人の主観は入るのでフィクションにはなるのだが、
・・・そういう難しい話は抜きにして、単純に

 

「今ある場所が、この人たちが、こんなだったら面白いな」

 

と考えるのが楽しいのだ。
趣味の範囲とはいえ、小説を書くこともこれに含まれる。
この「めっかった群馬」への寄稿も、それだと言えなくもない。

 

『誰も知らない』や新作『海街diary』など是枝裕和監督の映画や、
伊参映画祭のシナリオコンペ審査員でもある横山秀夫さんの小説など、
現実に基づいた嘘には、固い現実を変えていく力がある、と思っている。

 

自分の話のあとにそんな偉大な人達の名前を挙げるのは恥ずかしいが、
「ノンフィクションとフィクションの境界」というものに、
とても興味がある。だから、表現という行為はやめられない。

2453声 まちづくり

2015年06月27日

商店街活性化コンペの見学で久しぶりの県庁。
県内各地の組合やNPOが集まり、
空き家を利用するコミュニケーション重視の貸家の提案や、
地元の子どもやお母さんを巻き込んだ商店街のPR方法、
前橋空襲から70年目の節目に、史跡や証言を小冊子化するなど、
様々なアイデアが寄せられた。

 

「まちづくり」って何なんだろうね。実は未だによくわからない。
僕がスタッフをしている中之条町の「伊参スタジオ映画祭」や、
東吾妻町の真田の歴史を背景に遊ぼうという「岩櫃城 忍びの乱」
などの活動も「まちづくり」の範囲には入るのだと思う。

 

商店街、ということで言えば、ショッピングモールなどに流れた
お客さんを地域に根付いた個人商店に呼び戻すことが目的かもしれない。
「まちづくり」は「コミュニティデザイン」などという言葉に変化もし、
地方に若者やU・Iターン者を定住させることを目的とするかもしれない。

 

「まちづくり」という考えは昔からあったと思うけど、
近年よりいっそう方々でそれが言われている気がするのは、
少子高齢化、都会と地方の格差、物質から精神的豊かさへの変容など、
「今のままだとつらい未来が待ってるぜ、どうにかしないとね」
という共通認識が年を追うごとに増しているのかもしれない。

 

 

話しは一気にこじんまりとなり(笑)先日歩いていたら
「よう!」と声をかけられた。9月の5・6と開催される
中之条町伊勢町の祭り連中である。

 

日曜の昼の2時、道端の駐車場でバーベキューをしているようで、
10人程度で炭を囲み手にはビール、数人は顔が真っ赤に仕上がっていた。

 

とても楽しそうだった。

 

難しい顔をして「まちづくり」を考える人も必要ではある。
けれど、その継続には、「楽しさ」が欠かせないと思っている。

2452声 かき分け進む

2015年06月26日

二十歳過ぎてから仕事で初めて沖縄へ行った。
そこでの経験もすばらしかったのだけれど、
フェリーで本州に戻り、宮崎の知人たちに
会いに行こうと決めた。そのフェリーの上で、
いいようのない楽しさ、こみ上げる興奮を覚えた。

 

客観的に考えれば旅行とも言えない短期間の移動、
冒険などではなく、ある程度決まった工程を行くだけ、
なんだけど、その時は

 

「自分の人生を自分の意思で進んでいる」

 

という思い込みみたいなものが沸き上がっていた。

そういう時期だったんだと思う。
昔も今も好き勝手生きているほうではあると思うが、
その頃に比べるとやはり何かしらの制約を感じているんだろうね。

 

もういい年だから、制約は当然だよね、と思う一方で、
青空の下、人生の波をかき分け進むあの時の興奮を、
もう一度味わいたいと思う自分がいる。

2451声 焼きヨーグルト

2015年06月25日

朝どの番組を見るかによって、個性ってでるかも。
子どもの頃は福留から福沢とズームイン一本だった僕も、
近年では「女の子がたくさんいるから」とZIPを見て、
「たくさんいなくても夏目アナ一人いればいいや」と
TBSあさチャンを見ている。

 

あさチャンではよく、料理サイト「クックパッド」の
流行レシピの特集をする。今朝は「焼きヨーグルト」なるもの。

 

作り方は簡単。無糖ヨーグルトをペーパーで30分ほど水切り。
それを耐熱皿に移してオーブンで30分焼く。それを冷蔵庫で1晩。
水気がなくなり豆腐のような歯ごたえも出るので、
チーズっぽくなる、というレシピらしい。さっそくやってみた。

 

作り方によるんだと思うが、チーズではなく、
水気がなくなったヨーグルトがやや固まったもの、が出来上がった。
でもこれはこれで悪くない。肉と一緒にレタスに巻いたり、
グリーンカレーで炒めた挽肉と一緒に食べたらおいしかった。

 

「どんな味なんだろう?」というワクワクは、ネットを通じて拡散する。
そこから家庭の味に定着するものはごく一部なんだろうけど、
結果だけじゃなくて、作っていく過程が楽しい。夏目アナはかわいい。

2450声 シャッターチャンス

2015年06月24日

早朝の仕事をしていると、
ふと見た山や草花が、はっとするほど美しい時がある。
朝日の加減もあるが、自然には美しい時間帯があるんだと思う。

 

そんな時、ちょっと携帯を出して写真を撮る。
カメラの精度も腕も足りないのでそのままは映らないが、
普段撮るものよりはいい写真である気がする。

 

「ライトを当てて物を撮る時のコツは、
肉眼で見ていいと思うまでファインダーを覗かないこと」
とめくった本にあった。基本中の基本ではある。

 

カメラの機能で、撮った後にコンピューター上で、
どうにかきれいにしようとすると、並の腕では失敗する。
「撮る瞬間にその対象が心動くものであるかどうか」
が、大事なんだと思う。

 

それは写真に限らず動画もしかり。きっと、俳句もしかり。

2449声 天日干し

2015年06月23日

塀にずらーっと布団が干してある。
今日はお日さまいっぱい吸い込む天気。

 

とり込みたての布団にこどもがダイブしたら、
まだあっついからやめなさい、
ってお母さんは怒るんだろうか。

 

夜。

 

お日さまいっぱい吸い込んだ布団に、
洗い立てのシーツをふぁさーっと広げる。
それは、三ツ星ホテルもかなわない、最強の寝床。

2448声 映画館

2015年06月22日

映画を観る機会はめっきり減ってしまったが、
それでもシネマテークたかさきへ観たい映画を観に行くのは
僕にとって至福の時である。

 

以前観た映画に『私はロランス』という映画があった。
男前な学校教師のロランス。彼はある日、
自分が女性として生きることを宣言する。
スカートを履き、化粧もバッチリ決め出社。
生徒や同僚にはざわめきが起きる。なにより、
彼と親密に付き合ってきた彼女・フレッドはひどく混乱する。

 

そんなロランスとフレッドの長きに渡る愛の軌跡を、
独自の映像美と肉薄する人間描写で描き切った力作なのだが、
観終わりクタクタにやられたと思った後に、
実はこの映画の監督、グザヴィエ・ドランは若干25歳位だと知り、
「そんな若い奴に驚かされ泣かされコテンパンにやられた」
とくやしい思いをした記憶がある。世間は彼を天才と呼んでいる。

 

彼の新作『マミー』をシネマテークたかさきへ観に行った。
精神疾患を持つ暴力気質のある息子と、
一人親として彼とどう接していいかわからない不良な母親の物語。
もうすでに一ファンである。今回も、コテンパンにやられた。

 

ドラン監督自身、ゲイであることを告白しており、
映画にもいわゆるマイノリティな人物が多々登場する。
世間との軋轢の中で彼らが見せるむきだしの感情と、
その芯にある愛、輝きのようなものを、若干25歳位のこの監督は
ストレートに差し出してくる。映画好き人間好きには溜まらない。

 

そういった映画を暗やみの中、見ず知らずの誰かと共に
観て、共感することは、とても大切なことだと思う。
その日の上映後、知り合いは誰ひとりいなかったので、
この『マミー』を観て興奮したと言っていた知人に
わざわざ電話をかけた。「なあなあ、あのシーンだけどさ!」と。

 

映画をもっと観たい。映画館へ行きたい。

2447声 ZINPHONY

2015年06月21日

Zine(ジン)というものをご存じだろうか。
出版社ではなく、個人がハンドメイドで作る小冊子、
書く内容も、本としての装丁も自分で考え作る小冊子のことだ。

 

東京などではこれを集めた販売会イベントが行われており、
高崎でも「ZINPHONY」(ジンフォニー)という名前で不定期開催されている。
次は6/27(土)28(日)に高崎・SNARK3階での開催だ。

 

僕はなんだかこのイベントが好きで、過去にも
「自分史をめっちゃ絡めた、にほひたつような極私的映画コラム集」
「この鶴のひとこえコラムから、(ぬ)と(ほ)の僕が思うベストの抜粋冊子」
を販売させてもらった。後者は、他人のふんどしで相撲を取る作戦である(笑)
そのわずかな売上で、正月の「お気楽俳句ing」ではわずかなビールをシェアした。

 

今回僕は「自炊式カレーZine」なるものを出展する。
自炊式カレーとは、一度は見たことあるかな、スーパーの惣菜コーナーで
売っている、じぶんでしゃもじやお玉をもってよそうカレーのことである。
なぜそんなものを小冊子にするのか?

 

1杯198円(税込)という安さから、本気で昼ごはんとして食べていたが、
ある日ふとこれにコロッケや豚カツ以外を乗せたらおもしろいんじゃないかと。
それ以降、そのスーパー内で買えるもの限定で、焼き芋や駄菓子のビックカツ、
鰻やソフトクリーム(ネットに書いてあったんだよ)を乗せて食べてみた。
「その写真や感想を本みたいにまとめるのだ」と思うと、楽しさも増す。

 

そしてこのコラムのおかげもあり最近「文を書くこと」に関心があり、
「僕の隣で自炊式カレーを食べているおじさんは実は・・」という妄想から、
小説も書いてみた。それをA3用紙表裏に印刷し、八折にして出来上がり。

 

日々の生活の中で「表現したい」という気持ちが沸き上がることはないだろうか?
それを、ネット上のデータではなく小冊子という「モノ」として形にする。
それが誰かの手に渡り、同じように誰かが作った小さな「表現欲求」に触れる。
それは「大事に書いた手紙のやりとり」に近いものがある。

 

僕にとってはそれが、とても面白い。

 

ZINPHONY

2446声 アイアイアイライク演歌

2015年06月20日

たまに、出張カメラマンをする。
運動会や演奏会などのビデオ撮影である。

 

今日は伊勢崎で、演歌コンサートの撮影だった。
3カメ体制。僕は、歌の調子に合わせ寄ったり引いたり撮る係。

 

昔から、さほど演歌が好きじゃなかった。
テレビで流れる演歌を聞いては親父が口ずさみ、
聞きたいんだから黙ってて、と母が言う。
僕はいつも、「チャンネル変えたいな」と思っていた。

 

ところが、である。30も半ばに差し掛かってきたら、
「演歌悪くないじゃん」と思うようになった。
自分から聞くことはないが、今日のように生で聞くと、
伝わってくる“何か”がある。

 

映像撮影的に言わせてもらうと、
演歌は情などをのせ力を込めて歌うので、
情念込めて歌いきった後のドヤ顔?に清々しさを感じる。

 

多分、藤あや子や伍代夏子の熱唱を間近で見て、
うなじから湯気があがるような色気を感じたら、
天城越えしてしまうかもしれない。

 

・・・なんだ。発想が中年らしくなってきたから、
演歌も年相応になってきた、というだけかもね。

2445声 逢いたかった

2015年06月19日

いつもそばにいるから、特に感謝もしないけど、
「ずっときみの事考えてたんだ、1秒でも早く逢いたかった」
って思う事あるよね・・・トイレの話ね。今朝それだった。

 

「めっかった群馬」に文章を書くとなると
「う〇このことも書かねば」という強迫観念に捕らわれるよね。

ここの読者の方も心のどこかで、
「今度はいつ、う〇この話が出てくるんだろう」って期待するよね。

 

(ほ)の人のせいだね。

2444声 橋本さん!

2015年06月18日

「さあ始めよう」。橋本さんのひと声で、都会の公園、僕らはカフカの「変身」の文庫本を開いた。「映画だけじゃだめだ。全てのことに興味を持て」橋本さんは僕ら学生に対し、常にそう言っていた気がする。

 

 

便利なのか怖いのか、LINEに登録したら電話帳に入っている人に「僕LINE始めたよ!」みたいな通知が一斉送信されてしまったらしく、何年も連絡をとっていない知人とスマフォの小さな画面内で繋がってしまった。

 

その流れで、「日本映画学校15期橋本ゼミ」のグループにも入ることになり、10年以上の時間を経て、当時の同級生の子どもの写真などが目に入るようになった。映画に関わっているのかそうでないのかは定かではないが、みんなそこそこ元気にやっているようだ。

 

今は日本映画大学になってしまったが、僕らがいたころは専門学校。日本映画学校では1年時に脚本から撮影、インタビュー取材など一連を学び、2年時から専門コースを選び分かれるようになる。1年が始まる際には、「学生が自分の担任を選べる」というユニークな制度もあった。

 

僕が橋本信一監督を1年時の担任に選んだのは、「他の講師が映画監督然としていてケリでも入れられそうな中で、橋本さんはニコニコ優しそうだったから」という不純な動機からだったかもしれない。でも、一番ピンと来たことは確かだった。

 

橋本さんはドキュメンタリー演出と学校講師を兼任し、僕らが卒業した後には、『掘るまいか』、『1000年の山古志』という新潟県中越の山村に暮らす人々を追ったドキュメンタリー映画を監督した。ラーメンが好物で、「岡安、あのラーメン屋はうまいぞ」と、ゼミ生数人と共にラーメン屋に連れて行ってもらった記憶もある。

 

冒頭のカフカ「変身」は、橋本ゼミ恒例だった「一つの小説を皆で読み、意見をぶつけ合うことで、自分が気付かなかったことを知る授業」である。沢木耕太郎の「人の砂漠」を合評した記憶もある。映画を作る人間は、人間を知らなければいけない、と、裁判の傍聴にも連れて行ってくれた。予想通り優しい人だったが、映画や表現については全力の人だった。

 

 

映画学校を卒業して6年が経ったころ、お隣新潟の「長岡アジア映画祭」で『1000年の山古志』が上映されると知り、観に行った。中越大地震後、全損に近い被害を受けた山里で生きる人々を長年取材したその作品には、橋本さんやスタッフが「取材する人される人」の垣根を越えた密な付き合いを重ねたことが、はっきりと反映されていた。力作だった。舞台挨拶が終わり、楽屋のような部屋に、橋本さんを訪ねた。

 

「おー!岡安、久しぶりだな!」と橋本さん。何を話したのかはよく覚えていない。「この後、ラーメン食ってくか?」という橋本さんに、「群馬まで帰んなきゃなんで今日は帰ります」と僕。それが、橋本さんに会う最後になるとは微塵も思わなかった。

 

「映画だけじゃだめだ。全てのことに興味を持て」という生徒への激。それは実は橋本さんが自身を奮い立たせるために自分に課していたことなんじゃないか、と今になっては思う。もっといいかげんな人であったなら、今もひょっこり会えていたような気もする。

 

映画学校卒業から10年以上の時が経った。映画に関わっていてもそうでなくても、僕ら橋本ゼミ生の心の中には、橋本さんの想いがきっとある。そう思ったら、顔を上げ前を向くしかなくなった。

2443声 かっこいい店

2015年06月17日

「かっこいい」の基準は人さまざま。
僕は、流行り廃りよりも、すみずみまで
思いが行き届いているモノ、コト、仕事を見ると
「かっこいい」と呟いてしまう。

 

お店の話。

 

そういった意味で「ザブン」もかっこいいけど、
前橋の「monsoon donuts」や「サンデールーム」、
高崎の「灯り屋」や前橋の「あわたま」、
家具の店だけど館林の「コト」など、
記憶に残っている店がいくつかある。

 

今日はじめて、高崎の「matka」に足を踏み入れた。
入った瞬間に鼻毛が引っ込むようなかっこよさである。
(こういう事を書く時点で、店にそぐわないことは自覚している)

 

住宅設計や家具デザインを行う旦那さんと、
マクロビオティック料理を教える奥さんによる
ギャラリー&カフェの「matka」。
経験豊富な目で選ばれた食器や家具が置かれている。

 

知人経由で「ナイトバザー」が行われることを知り、
ほうれんそうのお浸しなどが合いそうな中小組みの
赤い魚の模様が描かれたお皿を買った。

 

お皿を選ぶ自分の目、にはいまいち自信が持てないが、
この店主が選んだものなら間違いない!
と、会った瞬間に確信した。物腰柔らかなご夫婦だった。

 

若い頃はいわゆる「かっこいい店」が苦手だった。
自分はかっこよくない、というコンプレックスのせいかもしれない。
けれど今思うに、それは「表面的にかっこいい店」だったんだと思う。

 

かっこいい=本質を見極めている

 

と思うようになってから、そのかっこよさにはなるべく
触れたいと思うようになった。そういった気持ちで行く店は
一見敷居が高いように見えるが、外見で人を選ぶ店主は皆無で、
その店にあるものの事をとても大切そうに話してくれる。

 

そうして買ったもの、食べたものには、嘘がない。

2442声 新聞配達

2015年06月16日

僕がつとめる会社の母体は、新聞販売店である。

 

というと、僕を知っている人は、
えーっと言うかもしれない。

 

宅配クリーニング
宅配魚屋
ジェラート屋
資材販売
節電コンサル業
チラシ等広告デザイン
映像制作

 

自分でも切り替えができない位に
様々な仕事をしてきたが、全て同じ会社である。
そんな風変わりな会社にあって、
新聞配達だけは、

 

「夜型なんで朝弱いもんで・・・」
と避けてきた。

 

でも必要があって春から日によって
手伝っている。朝は二時半起きだ。

 

やってみると、案外嫌いではないことに気付く。
決めれらた時間に、
決められた部数を配れば、
毎回きちんと終わりがある。
という、簡潔さも良い。

 

ぼーっとして誤配は論外だが、
朝日が昇る前から登った後のその時間は、
体を動かしながら考え事をするにも適している。

 

配達を終えた午前6時。
無性に牛乳が飲みたくなる。

 

皆が動き出すちょっと前、
朝日に目を細めながら飲む牛乳は、
すーっと体にしみこんでいく気がする。

 

そして、そのあと必ず眠くなる。

2441声 ドローン

2015年06月15日

アスリートが頭などに付けて、臨場感ばっちりの映像が撮れる
「GO PRO」が流行った時も、「ふーん」だった。
いかんと思いつつもスポーツはほぼ興味なし。
巨人はデーブ大久保で止っている。

 

「これからは3D映像だ!」と家庭用ビデオカメラで
3D映像が撮れる機種が出た時も、「ふーん」だった。
世間はそれをあまり求めないと思ったし、
実際3D映画も上映、少なくなったんじゃないかな。

 

そして、ラジコンヘリにカメラを付けて空撮ができる
「ドローン」が流行りだした時も、「ふーん」だった。
空から見下ろすインパクトは最初だけだと思うし、
結局「人間」撮らなきゃ映像は持たないよね、なんて独り言。

 

 

必要あって、「ドローン」撮影の現場に立ち会った。
7/26(日)に東吾妻町コンベンションホールで開催する
「岩櫃乱舞(いわびつらいぶ)」という映像演劇ショーの
素材撮影である。僕もスタッフとして加わっている。

 

東吾妻町にでーんとそびえる岩櫃山は、
真田幸村が幼少期を過ごしたという云われもある山。
その岩櫃山を、いくつかの角度から空撮した。

 

実際実物を見ると・・・おもしろいよね。
畑の上をすいーっと移動、樹を手前にぐーんと上がると、
街並みに続いて、青空をバックにした岩櫃山が現れる。
ドローンとはつまり、筆の一種なのだと思った。
それで描く線は、描きようによっては、おもしろい。

 

「岩櫃乱舞(いわびつらいぶ)」は、殺陣やダンス、
モーションキャプチャー、空撮を駆使した一大ショー。
入場無料なので、ぜひとも足を運んでください。

 

それでは私、この辺でドローンします。

(これが言いたかっただけという説も)

 

岩櫃乱舞

2440声 スパイス

2015年06月14日

白菜が食卓に出始めた。

 

白菜のみそ汁には、七味を振るのが好み。
じゃがいもと玉葱のみそ汁には、黒胡椒を振るのが好み。
ならば大根のみそ汁には何を落とすの?と人から聞かれ、
贅沢を言えば柚子の皮、と答えた。

 

梅雨時期になると、体がじわじわと鰻を欲する。
本格的な鰻の蒲焼きを食べた機会は少ないが、
長野でふらっと寄った店で頼んだ鰻重。
炭火でふっくらカリっと焼かれた鰻は、
粉山椒を振ることで、その味が記憶にまで焼き付いた。

 

話しは変わるが、中之条から渋川へ向かう途中、
希少価値の高い生酒も扱っている明治堂支店さんの
店先の看板に書かれた文句は、味わい深いものがある。

 

「人生のスパイス、酒」

2439声 人との関わりしかない

2015年06月13日

ジョウモウ大学の用が終わり、皆さんと(ほ)の人の店「ザブン」に流れた。
吾妻からひとやま越えての高崎である。「ザブン」なのにビールはお預け。
それは、焼肉屋に行ってキムチしか食べられないのに似た感覚である。

 

久しぶりの面々と話しをしているうちに、
「結局は、人との関わりしかないんだなぁ」そんな事を考えた。

 

楽しいことをやろう、と集まった関係。
お金と責任が行き来する、仕事の関係。
損得勘定ではない、感情をぶつけ合う関係。

 

誰と会い何をするか、で人生のほとんどは決まってしまうのかもしれない。
それに自覚的になることが、人生を楽しむコツ・・・なんだろうか。

 

実は移転後初の「ザブン」であったが、酒を飲まなかったのでノーカウント。
次こそはビールで喉を鳴らしたい。