日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2438声 まちの学校

2015年06月12日

群馬県内あちこちで、何かを知りたい人が集まってその場その場が大学になる。

 

そんな校舎も入学試験もない市民大学「ジョウモウ大学」ももうじき4年を迎える。最近の授業としては、桐生にある天然酵母パン屋を教室にした酵母の世界授業(ただのパン作りではないことが肝)。渋川のジャム屋が講師となり畑でひたすらカモミールを摘む授業。ちょっと前では、魅力的ないらないモノを持ち寄って愛でる授業など、目的を立てつつも参加者の横のつながりを大事にした個性的なワークショップを展開している。

 

2011年の創立時、県内で同時多発的に授業をしよう!という提案を受け、先に書いた中之条ビエンナーレを舞台に「中之条ビエンナーレができるまで」という授業を提案させてもらった。完成したアート作品だけじゃなく、普段は見られない制作過程を見ることこそがおもしろいんじゃないか、という思いつきから立ち上げた企画だった。その2年後の2013年も同様の授業を行い、今年はその2年後の2015年ですからね・・久しぶりにジョウモウ大学の拠点である高崎のMOTOKONYAを訪ねた。

 

「大人が真剣に楽しめる場所を作ることで、学校でも会社でもないサードプレイスを創る」という言葉がわかりやすいか、ジョウモウ大学のような活動は、聞けばたいがいの人が「いいね!」というのではないだろうか。けれど、イベントなどに関わっている人ならウンウンと思ってもらえると思うが、事を3年以上続けるのは容易くはない。MOTOKONYAに集まるデザイナーや建築家、大学の先生や、OL、主婦や学生など年齢も職種も違う人たちを見て、当初と比べて認知度もぐんと上がったよなぁと思うと同時に、昔と変わらないゆるい感じ、が良いなぁと思った。こういった集まりで大事なのは「参加者一人一人が、いかに自分事として楽しめるか」だからね。

 

ちなみに、過去には(ぬ)の人こと抜井さんも俳句授業で先生をつとめ、(ほ)の人こと堀澤さんも先生になり受講者に白菜漬けのチョコレートコーティング(!)を食べさせていた記憶がある。今年には「ゆたり出版」から「ひとが輝くまちの学校」というジョウモウ大学本も出版された。

 

サイトから無料登録をすると、毎月「えっ、そんな角度からそれ見るの?」という授業案内のメルマガが届く。あなたの「面白い!」にひっかかる授業もきっとあるので、ぜひとも登録をおすすめしたい。でも、一番楽しい授業は、「授業をつくること」だと僕は思っているので、たまに行われる公開ミーティングに参加してみるのも良いかもしれない。

2437声 きらきらした

2015年06月11日

2年に一度の「中之条ビエンナーレ」がまた始まる。2007年が第一回だからそれから8年が経ち、今年はもう5回目の開催だ。早いもんだね。

 

始まった当初は、自分が生まれ育った町のあちこちにアート作品が並ぶ様子が面白かった。そういう機会がなければ足を運ばなかっただろう古民家や、養蚕のお宅も回った。やがて町は六合と合併し、ビエンナーレの展示場所も広がった。そして、幾たびか顔を合わせる作家さんたちとも仲良くなってきた。そこまでくると、楽しくて仕方がなくなった。

 

「芸術家は、社会を敏感に感じ取り我々の“先”を見ている。それに共感することは、不明瞭な未来を知る手がかりになる」的な話しをしたのは、ビエンナーレ創生の立役者でもある入内島道隆旧中之条町長だった。この言葉を読んで、僕は体のなかで何かがすっと落ちた気がした。

 

社会人も10年以上続ければ、甘い考えではどうやら生きられないということがわかってくる。金がすべてじゃないなんてきれいには言えないわ、の世界である。そんな社会生活を送っていると、映画を観る機会も減り、芸術は遠ざかる。そんな中、偶然にもわが町で、伊参スタジオ映画祭に続き、中之条ビエンナーレという芸術祭が始まったのだ。

 

どっぷりビエンナーレに関わる人たちは、その苦労も大きいことを知っているが、僕くらいの関わり方だとやはり楽しくてしかたがない。でもそれは、「身の回りの生活だけで窒息ぎみな身体に、作家を通して真剣に削られ磨かれきらきらした真実、あるいは未来が取り込まれるから」なんだと思う。

 

今年は9/12からの開催。みんな来てね!

(担当させていただいた前回の告知映像はこちら

2436声 蛙の唄

2015年06月10日

「このあたりは蛙の鳴き声すごいんだよ」
という話をよそで聞いた。そうかな?と思う。
なぜなら、うちの近所はもっと賑やかだからだ。
・・当たり前だと思っていると、意識しない類いの音。

 

この時期、うちの近所の蛙の夜鳴きがすごい、
ということに気付いたのは、神奈川で一人暮らしをし、
久しぶりに実家へ帰った時だったかもしれない。

 

理由は忘れたが、落ち込んでいた。落ち込むと、
意味もなく夜、ふらふら歩きに出る習性があった。
その時気付いたのだ。ゲコゲコグワグワ・・大合唱に。
それもやはり、家から出たから意識したんだと思う。

 

蛙の唄も、森林浴も、海を見に行くのもそうだと思うが、
そんななかに身を置くと、例えテンションは上がらなくとも
マイナスだった気持ちがゼロまで戻る。不思議なもので。

 

まったく自覚していなかったけど、青春時期の僕は、夜。
ふらふらと出歩き、癒されていたんだと思う、蛙の唄に。

2435声 満たされるたべもの

2015年06月09日

高崎「BIOSK」で買った野菜には、たいした調理がいらない。

 

橋本農園の玉ねぎは、炒めただけでもごちそうだし、
あっちゃーふぁーむのレタスは、オリーブ油と塩だけで良い。
レタス特有のえぐみはなく、瑞々しく、甘い。

 

「もっと気軽にオーガニック」を掲げた「BIOSK」。
そのパンフレットなどを担当させてもらっている。
5月からは野菜が委託販売から農家による直売形式に変わるので、
店主の櫻井さん、この店で知り合った写真家のミワさんと共に、
上里、赤城と、提携する農家を回った。

 

農薬も肥料も使わず、自然や野菜の力を活かして育てられた野菜。
僕は別にオーガニック志向ではないので、スーパーの安い野菜も
おいしいと食べるけれど、味はもちろんその他にも違いは感じる。

 

パスタ食べ放題!の店に行けば、パスタ全種、ピザ全種、
ポテトに唐揚げ、カレーにケーキ、ちょこっとだけ野菜と、
ほぼ全てを一口は食べないと気が済まなかった僕が、
「BIOSK」で売っているような野菜を食べると、
それだけで満足してしまう。

 

たくさん食べても腹が満たされないのは、野菜不足など
食事が偏っているからそう感じるのだ。と聞いたことがある。
であれば、栄養面だけではなくて「その食べものにどれだけの
愛情が注がれているか」も、体に影響しているのではないか・・

 

なんてことは考えずに、野菜は新鮮なうちに食べるに限る。

2434声 独裁者、古賀。

2015年06月08日

はっきりものも言えない気弱な男子高校生。
「青春して、勉強して、いい会社に入って・・」
などと単純ではない高校生たち。教室はストレスで充満。
男子高校生はいじめの対象になり、ますます肩を狭める。
彼をかばいいじめの対象になった、不登校の女の子がいる。
教師に言われ、プリントを届ける男子高校生、
そっと、自分が好きな「落語全集」を貸す。
後日。プリントを渡しあうだけの玄関口で、
「寿限無寿限無五劫の摺り切れ・・・」
と言い合い笑い合う二人、華やかとは程遠い恋が芽生える。

 

そんな物語から始まる『独裁者、古賀。』は、
中之条町の「伊参スタジオ映画祭」のシナリオ大賞という、
シナリオコンペの大賞作品。中之条町で撮影上映された後、
高崎映画祭での上映、PFFのエンタテイメント賞受賞を経て、
7/18より新宿K’s cinemaでロードショーされる運びになった。

 

紋切型の「いじめ映画」ではなく、
エンタテイメントにしたかったという飯塚俊光監督。
映画みたいに劇的には強くなれない男子高校生が、
感情むき出しにして叫び突っ込んでいくシーンは、
この映画を観た数日後、思い出しただけでも、
ちょっと泣けた。そんな力のある映画だと思う。
ぜひとも新宿まで観に行っていただきたい。

 

僕が「伊参スタジオ映画祭」に関わるようになって11年が経つ。
今年、副実行委員長という責任ある立場にもなった。
自分が産まれたこの町で、映画に関われることはとても嬉しい。
その気持ちは、11年経った今も変わらない。

2433声 口の中がブラジル

2015年06月07日

ピアノ発表会の撮影で大泉町。

 

方々で「大泉はブラジルの町」とは聞いていたが、
会場の会館にはブの字も見当たらない。
撮影が終わり、このままで帰れるかと、
「フランゴ」というスーパーに吸い込まれた。

 

わー!テンション上がるわー!

 

ガラナジュースに南国っぽい果物ジュース、
鶏肉半羽をスパイシーに漬け焼きしたものや、
牛肉の中にわざわざソーセイジを刺し込んだもの。
まんまと買い込んだ。どれもおいしかった。

 

実は、いい年をして海外へ行ったことがない。

 

だからかはわからないが、たまに、
本格的インドカレーやタイ料理、辛い麻婆豆腐など
海の向こうの刺激を、口の中だけでもと欲する時がある。
それに、ブラジルの味(大泉町の味)も加わった。

 

自分ちから数時間で行けるブラジル。また行きたい。

2432声 楽しい雨

2015年06月06日

夕方、雨降り。

傘をさす男子学生が、

傘をさす女子学生と並んで歩いていた。

右から順に、傘を持つ手、つないだ手、傘を持つ手。

なんて青春!

 

小学生のころ、

傘を忘れた僕と友達ふたり、帰宅中、どしゃ降り。

濡れないように歩くのも馬鹿馬鹿しくなって、

靴の中に池ができるくらい、

頭の先から足の先までびしょ濡れになって帰った。

母親に怒られた記憶もあるようなないようなだけど、

雨の中友達と二人、笑いが止まらず、心底楽しかったのを覚えている。

 

そろそろ梅雨入りかな。

2431声 表現者の条件

2015年06月05日

「表現者になる人とそうでない人の違いは、これか」

と思う瞬間があった。ここでいう表現者とは、アート作家や映像作家など、

表現を生業にする人のことである。

 

アーツ前橋にて群馬出身の映像作家・小泉明郎氏の個展が行われた。

時間も場所も違う3つの電車内が3つのモニターに映り、役者ではない乗客が映る中、

それぞれのモニター内の主要人物が、テレパシーのように言葉の掛け合いをする作品。

特攻部隊に入りながらも機械不調で命をとりとめた老人が、自らの体験談を淡々と話ながら、

特攻部隊の服を着た自分自身と映像内で対面し、戦争について自らと対話する作品。

といった、フィクションとノンフィクションの境を行き来した刺激的な作品が並んだ。

 

木下恵介監督の『陸軍』という白黒フィルムを上映し、小泉氏が語る、というイベントがあった。

『陸軍』は、敗戦直前に撮影されたプロパガンダ映画で、お国のために命を惜しまぬ、という話。

けれどラストシーン、実際の兵隊をエキストラとして使ったという迫力満点の大行進の中、

戦地へ向かう息子を追いかけ、母親が群衆の中をえも言われぬ顔で追いかけていく。

それは、見方によっては、反戦、の意を込めたともとれる感動的なシーンだった。

 

小泉氏の話しは、「なぜこの映画が上映禁止にならなかったのか」ということを主題とした。

そこには、映画監督・木下恵介の検閲から逃れるための度量・技術もあったとのことだが、

小泉氏はこう語ったのだ。

「ラストシーンのすごさに、検閲する立場の人間が揺り動かされ、思考が追い付かなかったのではないか」

「それが芸術の力ではないか」と。

 

『陸軍』という映画をめぐって、監督と検閲の間で本当にそのようなやりとりがあったのかは不明だが、

それが正しい、想像にすぎない、という話ではなくて、僕はそこに小泉氏の姿勢を感じた。

そしてふと、「表現者の条件とは、表現の力を信じられるかどうか」なのではないかと思った。

 

自分の行く道を信じているか?惰性でやってないか?それ以来、自問が続いている。

2430声 32年ラーメン

2015年06月04日

食べもの話しが続く。草津へ上る街道沿い、一見店ともわからぬような、壁に蔦がまとわりついた店がある。その名を「丸晶(まるしょう)」という。

 

日々草津を登り下る車の数は数え切れぬほどと思うが、ふつうは通り過ぎる。僕だって、人に紹介され一緒に入るまでは、そこが店であることも気付かずにいた。狭い店内、年のいったおばさんが接客、奥では旦那さんが中華鍋を振っているようだ(数回訪れたが旦那さんの姿を見たことがない)。そして食べたラーメンや炒飯が・・めちゃくちゃうまい。「うちの旦那は、陳健民に料理を教わったのよ」とおばさん。

 

草津温泉には届かぬこんな場所で、蔦をまとったこんな店で、本格四川が食べられるのだ。なるほど今日食べた麻婆丼も、「本格麻婆=辛くて山椒が効いてる、だけ」という僕の認識が変わる、旨みのある“気持ちいい”辛さの麻婆だった。頂点唐辛子というハバネロ形の唐辛子が決めてらしい。そして驚くべきは「32年ラーメン」。これは、(多分)開店以来、材料を継ぎ足して継ぎ足した32年もののタレを使ったラーメンで、優しい味の奥に複雑な中華の旨みを感じる一杯。僕が知った時は30年ラーメンであったが、32年モノはそれと比べてどうかと聞かれれば・・わかんないけどね。

 

むかし通ってくれたお客さんは高齢で来なくなった。若い人は来ないし、暇なのよ。とおばさん。でも、忙しいのは嫌で広告の類いも大嫌い。口コミ、だけで(多分)32年やってきた小さな小さな店。「おいしかったです」と店を出ようとすると、入れ替わりで「来たよー」と年配の夫婦が入ってきた。お客はたくさん来なくとも、「あの店に行こうよ」という人たちが通う店には、不思議と寂しさを感じない。

 

33年ラーメンも、34年ラーメンも、食べに通いたい。

2429声 マリアージュ

2015年06月03日

このめっかった群馬の(ほ)の人こと、堀澤氏の高崎の店「ザブン」が、今日で通町移転後1周年だそうだ。移転前の「MOTOKONYA」も素敵な場所だったけど、通町に移転してからのお客の入りは凄いんじゃないかな。来年あたりには(ほ)さんが僕に「岡安くん、いつも貧乏そうな顔してるね、これで精の付くものでも食べなさい」と、万札をくれるんじゃないかと思っている。

 

今はどうか知らないが、毎晩晩酌をしながら、酒と食べもの、食べもの同士の食べ合わせ、を検証するのが、(ほ)さんの日課と聞いたことがある。例えば、海苔の上にブルーチーズと沢庵を乗せて口へ運ぶ。そしてよく噛む。噛む。すると想像しなかった味の広がりを感じる。それを酒で流し込む。(ほ)さんは、確信犯的に、そんな「マリアージュ」(食べ合わせの妙)を体験させてくれる。「旨い」と一言言おうものなら、「そうでしょう!」とばかりに満面の笑み。「これ旨いよね」の共有ほど、ダイレクトで楽しいことはない。

 

お客の入りは凄いんじゃないかな。かな、と書いたのは、実は僕は移転後一度も「ザブン」で飲んだことがない。(ぬ)の人こと抜井さんも先月行ったと書いてあったから、この投稿をしている今月中には一度、ザブンと飛び込みに行こうと思っている。

 

「ザブン」高崎通町営業1周年、おめでとうございます。

2428声 おもしろきこともなき世をおもしろく

2015年06月02日

楫取素彦が前橋で活躍するのはまだ先の話と思うが、NHK大河ドラマ「花燃ゆ」をたまに観ている。今日のタイトルの「おもしろき~」は、言わずとしれた高杉晋作の言葉。

 

もう10年以上、眠気、で困っている。不規則な生活も原因と思うが、しっかり寝ても日中眠くなる。大事にならなかったのが幸いだが、対物事故も起こし隣県の専門病院で検査も受けた。睡眠時無呼吸性症候群等の睡眠障害ではないが、人よりも睡眠が浅いらしい。眠い、という状態は何事もぼやかし、感覚も頭の回転も鈍くなる。長い間それがずっと嫌だった。でも、今年の春あたりに「花燃ゆ」の「おもしろき~」のくだりを見ていて、ふと思ったのだ。

 

「自分は世の中に退屈してるんじゃないか。並たいていじゃない事に直面すれば、眠くないじゃないか」と。思い込みが激しいので以降、眠気も吹っ飛ぶような面白いこと、自分を出し尽くせることを探している。

 

・・と、いうことでジメジメの6月を吹っ飛ばすべく、なんとなくのテーマは「おもしろいこと」。ただ僕のおもしろい、はひどく一般性に欠けるので、退屈で眠くなっちゃったらごめんなさい。

2427声 ダイイング・メッセージ2

2015年06月01日

午前1時。
「  明日からは岡安氏です….  」

という、抜井さんからのダイイング・メッセージを受け取る。

俳句とビールに捧げた人生でしたね。おつかれさまでした。

 

5月の前半は何をしていたか思い出せないくらい事が詰まっていて、

後半はその反動からか、やることはあるのに物事進まず、ふて寝して、ペースを崩した。

そもそも、俺は何のために日々働いて、生きているんだろう・・ジメジメ、ジメジメ・・

というわけで、梅雨の一か月、中之条近辺から岡安が担当します。

みなさんお元気ですか?

 

追伸。抜井さん、本当にダイイング・メッセージを残す時が来たら、

5・7・5でお願いしますよ。

血文字「 はめられた凶器は花瓶犯人は 」

刑事「・・残念ですね、歌人であれば良かったのに」

2426声 ダイイング・メッセージ

2015年05月31日

「うう」と低くうなりつつ、朝、布団から出れずに居る。
グレーゴル・ザムザの気分が、分からないでもない。
二日酔いである。
寝床から這い出し、ヤドカリのように掛け布団を背中に乗せたまま、
居間までどうにか辿り着いた。
机の脚をよじ登り、ノートPCの蓋を開け、電源ボタンを押して一休み。
仏像のような半眼で液晶画面を凝視しつつ、
どうにか「管理画面」を表示させることに成功。
真っ白な画面に点滅するカーソルが、早く文字を打てと急かす。
ミステリー作品で言うところのダイイング・メッセージと酷似する状況下で、
一文を打ち込む。
「  明日からは岡安氏です….  」

補遺

2015年05月31日

ひと月の間、「お問い合わせ」頂きました方々、ありがとうございました。

「一句」の声もありましたので、先日、横浜市の浜辺にて。

 

日焼子の開放感とすれ違ふ

 

2425声 シーフード

2015年05月30日

句会のため、神奈川県へ。

京急線へ乗り金沢文庫駅から称名寺を経て、

海へ出た。

浜辺にはビーチパラソルが幾本も立ててあり、

盛夏を待ちきれない若者たちが、ビーチバレーなど興じていた。

松の木蔭からそんな光景を眺めつつ、俳句を作った。

丁度、昼時だったので、ちかくの売店でラーメンなど食べようと思ったが、

店内をのぞくとアメリカンドッグやフランクフルトの類しかない。

立ち並ぶ自動販売機のひとつに、カップ麺の自動販売機を発見した。

この際、インスタントでも良かろうと、二百円を入れ、ボタンを押した。

カップ麺が出てきて、セルフでお湯を入れる方式である。

シーフード味のカップ麺の蓋を押さえつつ、ベンチへ座った。

沖には、しきりに、ウインドサーフィンの帆が光っていた。

 

2424声 美味い酒不味い酒

2015年05月29日

早くも梅雨を思わせる、陰鬱な曇天の一日であった。

梅雨に吹く南風のことで、「黒南風(くろはえ)」と言う季題がある。

今日はまさに黒南風らしい、湿った風が路地をのっそりと吹き抜けていた。

梅雨は何が嫌って、麦酒がうまくないのが、嫌である。

湿度と麦酒の味との関係を明確に説明し得ないが、

とにかく、美味くないのである。

では、どんな状況下で飲む麦酒が美味いのか。

「朝イチ、歯を磨く前に飲む麦酒が美味い」

と言っていたのは、タモリである。

「歯磨き前」と言うところに、ただならぬ説得力がある。

中島らも作品の中にも、いくつか美味しそうな麦酒の描写がある。

エッセイの中にある、無職時代、朝起きてカーテンの隙間から、

通勤するサラリーマンの列を眺めつつ飲む麦酒。

小説の中にある、依存症治療で入院中、

病院を抜け出して行った蕎麦屋で飲む瓶麦酒。

中島らも作品の麦酒は状況がいささか過激であるが、

この二つの例を見ると、やはり不道徳な環境下で飲む。

と言うことが、美味しい麦酒へありつくキーポイントのようである。

しかし、こうなるともう麦酒に限らぬが、

一般的によく言う「昼の麦酒は美味い」 と言うのも、同じことであろう。

それが酒と言うのものの、真理のひとつかどうかは分からぬが、

前述の中島らもの小説の中、アルコール依存症治療のため、 これから入院しようと言う直前。

もうこれで飲み納めと言うことで、自動販売機でワンカップを買って飲む描写がある。

しかも、2本。

この描写は、悲しいくらい、切実に、不味そうな酒である。

2423声 野生の蛍

2015年05月28日

ほたる句会の日程が、今日のメールに書いてあった。
送り主はすでに一匹、近所の小川で確認したとの由。
前橋市で例年、おおよそ6月中ごろが最盛である。
前橋市田口町などもそうだが、
ほたるの生息できる環境を守っている地域有志が、
各地にいる。
野生のほたるが減少した今では、
そう言う人たちのおかげで、簡単にほたる鑑賞ができる。
以前、あれは東吾妻町であったが、野生のほたるを見た。
野生と判断した理由は、光である。
その光は、ゲンジ、ヘイケの差、以前に大きかった。
たくましい、と言った方が適当かもしれない。
流れの速い清流を、一匹、ゆらりゆらりと上っていった。

2422声 蚕豆

2015年05月27日

今日は都内でも真夏日を観測。

今、目の前に、蚕豆と瓶麦酒がある。
外は暑くとも、これだけで、人生が穏やかになる。
久保田万太郎に「そら豆やまだ割りばしのわられずに」の句がある。
卓の上に割りばしが置かれているので、小料理屋だとか居酒屋など、
店であることが分かる。
麦酒などで一杯やりつつ、お通しのそら豆を、
つまんでいるのであろうか。
ゆったりとした詠みぶりが良い。