日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

353声 Just Like a Melody

2008年12月18日

旋律を奏でる様な文章であればと。
節、つまりはビートを刻んでいる様な文章であればと。
そんな文章が書ければと。
思う。

352声 サンタはコロンの香り

2008年12月17日

クリスマスがいよいよ来週に近付き、洋菓子関係者は、
クリスマスケーキ作りに奔走している事だろう。
日本のクリスマスで、子供たちの憧憬を二分するのが、
ケーキとプレゼントだろう。
プレゼントはやはり、玩具である。
よって、今週末辺り、街の玩具屋が賑わいを見せるだろう。

私は、高校生時分、この時期の玩具屋でアルバイトをしていた経験があるので、
雰囲気は分かるのだ。 
今を遡る事、約十年前の当時。
クリスマス前の週末ともなれば、開店前の朝から、とーちゃんかーちゃん連中が、
自動ドアの前で白い息を吐いて、待っていた。
私が行って、ドアを開けるや否や、曲った矢の様に店内を疾走。
各々、片手には、おそらく子供からのリクエストなのだろう、
メモ用紙に書いたプレゼントリストを握りしめている。

そして、この時期の平日の客層が、また面白いのである。
平日の夕方ごろ、高校生の私が見ても一目で「水商売」と推察される、
綺麗なお姉さんが来たりする。
中には、どっからどう見ても、浪花節系スナックのママと思しき人もチラホラ。
もちろん、プラモデルやぬいぐるみを買いに来るのではない。

その人たちが、買い物かごに目一杯、大量購入して行く物は、パーティーグッズである。
その時期に見られる、忘年会を控えたサラリーマン。
など、比では無い量の各種パーティーグッズを購入して行くのだ。

クラッカー20個
クリスマスツリー(大)3個
クリスマスツリー飾り一式30個
鼻めがね、かつら、蝶ネクタイ等の小物30個
ダーツ、トランプなどのゲーム類5個
とどめに、お菓子類50個

なんて具合に、花柳界とは言わないが、
酔街のクリスマスに対する、意気込みが伝わってくる。
当時の私は、驚くと共に、一体どんなクリスマスパーティーが夜ごと開かれているのか、
非常に気になった。

この時期の玩具屋には、様々なサンタが訪れる。
とりわけ私は、平日の夕方に訪れる、コロンの香りがするサンタさんの国に行ってみたい。
そんな事を、ぼんやりとレジを打ちながら考えていたのである。

351声 歳末の夜半に企画を考案

2008年12月16日

「一周年企画」
なんてのを、そろそろ本腰を入れて考え始めねば。
などと思いついたのだが、師走のこの時期、猫の手も借りたい程忙しい。
訳でもないので、考え始めて始めている。

そう言えば、クレインダンスの忘年会を未だやっていない。
その忘年会に、一周年の企画を滑り込ませれば、一石二鳥。
我ながら、効率的かつ環境にも優しい、企み。
しかしながら、忘年会ったって、おそらく、
赤提灯で焼き鳥とサワーかなんか飲んで、「じゃ、また来年」である。
能率的かつ財布にも優しい、飲み。

さて、肝心の企画内容は如何致そうか。
まぁ、なんこつの唐揚げでもつつきながら、考えれば良いか。

350声 鶴のジェラート

2008年12月15日

健全な時間を昼間とすれば、
毎日、非常に不健全な時間帯に、不真面目な文章を綴っている。
いや、不健全な時間に書いているからこそ、不真面目な文章になってしまうのではいなかろうか。

考察「生活習慣における文章構想作業に、時間帯が及ぼす影響」
とまぁ、こう言う表現が不真面目である。
それはやはり、不健全な時間と、不健康な生活ゆえ、致し方なし。

そして、今年も日が無くなり、いよいよ瀬戸際。
「不健全な時間と、不健康な生活、それと、年の瀬をトッピングで」
って、世にも奇妙で体に悪そうなジェラート。
まさに、その様な状態をお目に掛ける、年末のひとこえ。

349声 回転燈籠

2008年12月14日

電気ストーブ カリンの実
寝床の酒 湿気た煎餅
カンカン帽 蛇の目傘
クリスマス 忠臣蔵
銭湯 牛乳瓶の蓋
琵琶 温泉芸者
餅 即席蕎麦
雪 富くじ
刀 楊枝
鳩 鼠
太陽

348声 国府白菜祭り

2008年12月13日

12月に入って2週間。
例年より暖かい日が続いている。
大変過ごしやすい。
のだが、これからだんだん寒くなってもらわないと困るのである。
国府の白菜が。

コンテンツ「勝手に上州料理」でも掲載されている、「国府白菜」。
高崎市西国分町などの国府地区で採れる、この白菜。
胴が太く甘いのが特徴で、人気を博している地野菜。

その国府白菜をもっとPRしようってんで、今日と明日、
高崎市引間町のJAはぐくみ国府支店で、「国府白菜祭り」が開催される。
ともかく「祭り」にしてしまえ、ってな心構えが良い。

どうして本日のひとこえは、この様な、マイナーの地域情報紹介なのか。
ただ、まぁ、近所だから。

347声 世間は露骨に殺伐

2008年12月12日

毎年、清水寺で発表される、一年の世相を漢字一文字で表す「今年の漢字」。
本日発表された、2008年の漢字は「変」。

国内における、総理大臣の短期交代や、
合衆国次期大統領のオバマ氏が選挙戦で訴えた、「変革」の印象が強かったとの事。
清水寺の森清範貫主は、「変革への願望」とおっしゃっている。

確かに、素直に頷ける。
しかし、ちょっと見てもらいたいのが、第二位である。
投票結果第二位は、「金」。
こりゃちと、世間は露骨に殺伐。

サブプライムローン問題から始まる、リーマンショックなんかの影響が強いのだろう。
しかし、一年の世相を表す漢字一文字が、「金」って、世知辛いことこの上なし。
よく考えたら、サブプライム層の私。
痛切である。

346声 初濃いの味

2008年12月11日

巷はお歳暮の時期。
近年は減ってきていると言うが、この時期の企業に行くと、
各社、お歳暮が山の様に溜まっている。
恐らく、忘年会の景品なんかに回るはずであろう。

そんなお歳暮たちを眺めていて、ふと思う。
「最近、カルピス見なくなったな」と。
企業の経営状況による流通の変化もあるのだろうけれど、
昔(って抽象的だが、大体昭和時分)は良く、お歳暮にカルピスを目にしていた。
それが今は、からっきし。
少なくとも、私の生活圏内では、目にすることが少ない。

カルピスで思い出すのが、私がまだ小学二年生時分の出来事。
同級生の家に遊びに行って、ひとしきり遊んで、時刻は三時頃。
丁度、両親不在の家で、私に気を使ったその友人は、
自ら三時のおやつを出してくれたのだ。
台所へ行って、何やらガチャガチャやっている友人。
お盆に載せて持ってきたのは、コップに入ったカルピス。

「ありがとう」
って、一口飲んで、吹き出した。
「なんだよこれ」
友人を問い質すと同時に、ピンときた私。
「このカルピス、どうやって作った」
と矢継ぎ早に問う。
狼狽しながら友人。
「普通に水で割っただけだよ」
「じゃあ、その割り方言ってみ」
確信を持って、私、最後の一手。
遂に白状する友人。
「えっ、まぁ、良く分かんないけど、カルピス7の水3ぐらい」
「逆だろ!」
って声がこだましたのは言うまでもない。

いつもお母さんが作ってくれていたであろう、カルピス。
その希釈率までは、把握していなかった友人。
私は今でも、カルピスサワーを飲む度に、あの時のカルピスを思い出す。
「初濃いの味」だった。

345声 助演おかず賞候補

2008年12月10日

のり弁に入っている、ちくわの磯辺揚げ。
彼は、のり弁の主役ではないが、いぶし銀の名脇役。
と思う様になった、昨今。
しかしたまに、「ちくわいらね」なんて言ってる、不届き者もいる。
のり弁の蓋を開けて、置いてある蓋の上に除けちゃったりして。
恐らく、磯辺揚げの力量を、見誤っているのである。

しかし本日、食堂で、日替わり定食Aなんてのを注文したら、
おかずの代表選手が、磯辺揚げ。
しかも、全品磯辺揚げ。
どういう事かと言うと、サツマイモもシイタケもイカもエビも、そしてちくわも、
おかずの代表選手たちが、ことごとく磯辺揚げになっていた。
全部、あの青のりが混ぜ込んである、もったりとした衣に包み込まれているではないか。

食ってる最中からもう、磯辺揚げが手強いのである。
なんでもかんでも、磯の辺ってな風味で揚げれば良いってものでもない。
即、胃がもたれる。
だから、天丼があって、磯丼が無いのだろう。

やはり磯辺揚げは、のり弁の上に、一つどっしりと構えているのが良いのである。
そして、中身はやはりちくわ。
これ一つで十分。
弁当界の助演おかず賞は、是非、彼に。

344声 忘年

2008年12月09日

世間の忘年会シーズンも、今週、来週末あたりがピーク。
その後、街はヤケクソ的にクリスマス一色に染まり、雪崩式に年明け。

しかしまた、ふと思ったのだが、なぜ年の瀬に「忘年」の会なのだろうか。
巷では、「年忘れ」○×企画やら大会、なんてのも目にする。
そこまでして、「忘れ文化」が日本に定着したのは、一体どうしてなのか。

などと、勢い勇んで問題提起してみたのだが、現在時刻は深夜、おまけに雨。
この後の、展開、つまりは文章構成の「転結」の部分は、肝の部分だけを摘む。

なんでも忘年会は、その歴史を遡ると鎌倉か室町時代に始まったのでは、
と推測されている。
現代の、仲間や同僚と集まって一杯やる。
と言ったものではなく、和歌など詠んで厳かなに行われていたらしい。
参加者は武士や貴族など、特権階級の人々。
現代のスタイルに近くなったのは、江戸時代。
一般的な行事として、世間に慣例化したのは明治時代。

ふむふむ。
ならば、忘年会で隠し芸などを披露する。
ちゅう様な流れになってきたのは、昭和中期位だろうか。
ならば今一度、鎌倉、室町時代のスタイルに、戻しとぞ思ふ。

343声 籠に乗って夜空

2008年12月08日

今週の10日から、高崎市の榛名湖イルミネーションフェスタ08が開催。
っちゅう事で、報道関係者用に、先行して試験点灯されたのが昨日。

17時30分、極寒の榛名湖。
寒さで震える手でシャッターを切る。
全体を写す為、上空から広角で撮ろう。
ってんで、籠付きのクレーン車があるでしょう、
電線工事とかで良く見る、くの字型のクレーンが伸びて、人乗せた籠が電線まで上がる車。
ビルの外壁清掃や、窓拭きなんかでも見かける。
あのクレーン車を駐車場に止めて、籠に乗って目一杯クレーンを伸ばす。
そして、夜空の遥か上空から一枚撮ろう。
と言う事になっていた、行ったら既に。

いざ、カメラと三脚を持って、籠に乗る私。
「はい、じゃあ上げまーす」
と、係りの人がなにやら操作。
「ガコン」
って、振動。
したかと思うや否や、ギュイーンっと、みるみる上空に上がって行く籠。
みるみる竦み上がる私の肝っ玉。
寒くて震えてんだか、高くて震えてんだか、ともかく、必死でシャッターを切る。
また、写真を撮る為には、どうしても下を向かなければいけないのだ。

「ガコン」
って、また振動して停止。
どうやらクレーンが伸び切ったみたい。
「いちいち振動するんじゃねぇ」
ったって、下の人々は手の平サイズ。
幻想的なイルミネーションが、目下の状況の私にとっては、幻想的な死後の世界ってな塩梅。
耳を切る風の音が、不気味にせせら笑う。

やっとの事で降りて来て、駐車場。
「どうだった」って聞かれた、私。
「まぁ、上からの眺めは、なかなかのもんでしたよ」
って、膝の震えを隠しながら。

しかしまぁ、凄いよ、あのイルミネーションは。
どっかの誰かが、言っていた。
「函館の夜景に匹敵するな」って。
函館の人、怒らないで下さいね。

342声 言葉と遊びませう

2008年12月07日

銭湯であったまってから、赤提灯。
湯豆腐をつつきながら、五・七・五。

と言う具合に、今年最後のワルノリ俳句ingも無事終了。
前回まで特選を死守してきた、私。
今回は危うく、王者の座を奪取される寸前で、特選、ワルノリ選とも決まらずに、
次回に持ち越しとなる、波乱の結果。
次の第六回は新春の予定。

と同時に、俳句ingだけではなく、つまりどっかに遠足に行って句を詠む吟行、
だけではなく、会場で行うワルノリ俳句会も検討中。
初句会は来年初旬頃を予定。

とまぁ、年末に仲間が集まるとやはり、来年の話になる。
それが、忘年会っちゅう事なのかもしれない。
などと、いささか飲み疲れてきた、鮨屋のカウンターにて、酢ダコで一杯やりながら。

341声 十時の空論

2008年12月06日

本日は、第五回ワルノリ俳句ing開催日。
と言う事で、現在時刻は午前十時。
家を出る前に、これを書いている。

現在これを読んでいる人は、おそらく、
いや絶対に、俳句ingには参加していない事と思う。

俳句ingだけが、つまり吟行だけが、ワルノリ俳句、創作、発表の場ではない。
と言う事を、考えている。
この「めっかった群馬」上でも可能ではないか。

洒落で言っているのではない。
しかし今、PCの前で、そんな机上の空論にちょっかいを出していて、
本日の集合時間に遅れたら。
これは、洒落にならん。
まぁ、まだ間に合う。

今日はいい天気だ。

340声 榛名土産は沖縄産

2008年12月05日

昨日とは打って変わって、今日は雨。
師走の冷雨ってのは、気を滅入らせる。
しかし、ちったぁ滅入った方が良いのではと思わせる程、元気なのがおばちゃんである。
それも、集団になるともう、怖いもの知らず。 

昨日、取材の一環で訪れた榛名神社。
平日の木曜だが、参拝客がチラホラ。
見受けられるのは、まず、定年後と思しき夫婦。
必ず、お父さんの方が、一眼レフを首からぶら下げている様な。
続いて、大学生風のカップル。
恥ずかしそうに寄り添って、伏し目がちに参道の脇を、ちょこちょこ歩いて行く。
それと対照的なのが、おばちゃん集団。
ガヤガヤと、結婚式の二次会から抜けて来た様な騒ぎ様。
参道の真ん中を、お尻が重たいのか、のしのし歩いて行く。

参拝を終えたおばちゃん集団が、土産屋なんかを見つけたら大変である。
餌に群がる、ってのは言い過ぎだが、お土産に群がって、一方通行な大討論会開催。
美味いだの不味いだの、高いだの安いだの。
近くで見ていると、セリ市場さながらの迫力である。

でも、買ってゆくのがおばちゃんの気前の良い所。
豆菓子やら椎茸茶、特に黒糖飴なんか飛ぶ様に売れていた。

それにしても、随分と売れる。
さては、地場産名物飴なのかと思い、集団が去った後に手に取って確認。
いかにもおばちゃんの好みそうな、派手なパッケージを見ると、首里城の前で琉球の踊り。
その商品名は、「沖縄産黒糖あめ」。
観光客としての、その料簡、流石である。

339声 真っ赤な流行性感冒

2008年12月04日

昨日、夜ぴぃて、長々と書いていたからなのか。
体調が、芳しくない、非常に。
まさか、新手の流感…。

いやいや、流感なんかにかかっている場合じゃあないのである。
と言うのも本日。
取材で行った榛名神社、で引いたおみくじ。
おみくじの紙を、湧いている御神水に浸すと文字が浮かび上がってくると言う、
ちょいと手が込んだ物。

清澄な御神水の中、浮かび上がってきた文字は、大吉。
仕事の欄を見ると、「偉業も愛も叶う」。
叶える前に、訳の分からない流感で死んでしまったのでは、うまくない。
叶える偉業も愛も、思い当たる節がない。
だけど、叶うってんだからしょうがない。

しかし、待ってりゃ叶うってもんでもない。
ぼーっと待ってて、もし紙に、「そ」なんて文字が浮かび上がってきたら大変である。
待つ、叶う、そ。
まつ、かなう、そ。
真っ赤な嘘。

お後がよろしく、ない。
やはり、性質の悪い流感にかかってしまったようでございます。

338声 地鶏インフル旅行

2008年12月03日

徐々に風邪が流行って来ている、巷。
早めの予防接種を促す声を、各メディアで耳にする。

しかし、今年の風邪はちと厄介な様子。
なんでも、鳥インフルエンザウイルスが変異した、
新型インフルエンザが発生するんじゃねぇか、ってな話。

なぜ厄介かと言うと、新型なので、まだ誰もかかった事がない。
つまりは、人類が経験した事のない、新しいウイルス。
だから、予防接種でワクチンを打っても、それが効くかどうか分からない。
おまけに、その前兆である鳥インフルエンザから見ても、感染率が非常に強いと予測される。
まぁ、史上最悪に性質の悪い、流行性感冒なのである。

鳥インフルエンザで思い出すのが、2004年。
京都府丹波町の養鶏場で、鶏13万羽超が死亡して、周囲にも被害が拡大した事件。
丁度私、その事件発生当時、京都旅行中だった。
おまけに、宿が丹波町からそう離れてない所。

事件が報道された日から、京都の地鶏料理の店や、焼き鳥屋なんかは閑古鳥。
暖簾くぐってもガラガラで、ましてや店で鳥料理を注文する人は、当然皆無。
だけれど、京都のその地方ったら、やっぱり地鶏が有名だし美味い。
ってな事で、構わず、むしろ空いてて良いやって、
地鶏から揚げやら、地鶏焼き鳥、地鶏のさしみなんかで、毎日一杯やっていた。
宿の近くには、産み立て卵の自動販売機なんて物あって、珍しさから、
毎朝買って、ゆで卵にして食っていた。

そんな地鶏三昧も、群馬に帰る日がやって来た。
京都駅から、帰りの東京行きの新幹線。
席に座って、景色を眺めながら、冷汗。
その日朝から、どうも体調が芳しくない。
熱っぽい、と言うか、完全に発熱による悪寒。
一気に蘇る、向こう見ずに振る舞っていた、京都の夜。
心の中で唱える、「南無三」。

上越新幹線に乗り換えた時は、もう意識も遠のき、息も絶え絶え。
半べそかいて、「鳥なんか食わなきゃよかった」と、うわ言の様にブツブツ。
「鳥インフルエンザを群馬に持って来て良ものだろうか、いや、良い訳きゃない」
と、煩悶自戒が熱に浮かされた脳みそをグルグル。

駅に着いて、タクシーで帰宅。
数日寝込んだ後、回復。

337声 イカス仕事

2008年12月02日

仕事だけが人生だ。
とも思わないが、人生の本分は仕事に在ると思う。
仕事にもいろいろある。
会社や組織で金を稼いだり、使ったりする事も仕事だが、
金を介する事ばかりが仕事ではない。

田畑から食物を得るのも、自分の得意分野で人を感動させるのも仕事。
人を育てたり、導いたりするのも、人の役に立つ事なども、全部仕事。
仕事が出来ない状態にある人は、仕事を成す為に努める事が仕事だと言える。
つまりは、人を活かす事が仕事であり、仕事は人を生かすのである。

自分を活かす仕事ができる。
自分の仕事が相手を生かす。

そう言った方向に向かっているのだろうかね。
日本の社会情勢ってヤツはさ。

とまぁ、若輩者の私である。
若輩者の域をでない、浅はかな考え。
いやむしろ、訴え。

浅はかゆえに、底が見える様で、恥ずかしい。
そして、酔って書いてない事が、もっと恥ずかしい。

336声 朝の顔

2008年12月01日

今朝は爽快な快晴。
通勤の道で事故を見た。
交差点手前の小道、信号の無い十字路。
セダンの乗用車の横っぱらに、軽自動車が突っ込んでいた。
車の運転手は二人とも、車内で携帯電話を掛けていた。
車が道路脇にそのまま停車しているので、後方には直ぐに渋滞の列が伸びて行った。

停車している直ぐ後ろの車に乗っていた、サラリーマン。
前方で斜めになっている車を睨んでいる。
苦虫を噛み潰した様な顔。
その後ろの運転手は若い女性。
不安そうに前方を確認している。
狼狽した顔。
反対車線、その光景を横目に通り過ぎる、車列の私。
そしらぬ顔。

前方の空。
雲がいくつかぼんやりと浮いている。
生活の全体が決められた時間。