日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

240声 小さなポケットの中入っていたのが大きな価値だったって話 後編

2008年08月27日

昨日の続き。

ココにジーンズが一本ある。
「なんでジーンズ」って眉をしかめた方々、話は続いてるのでご安心。
さて、ジーンズの右ポケットを見ると、ポケットの中に小さいポケットがある。
「えっ無いよ」って人は、リーバイスを買いなさい。
その小さいポケットは、その昔ウォッチポケットと呼ばれていて、
懐中時計入れに重宝していたのである。

やがて20世紀初頭、腕時計の普及によって、
ウォッチポケットはコインポケットと呼ばれる様になり、
文字通りコイン入れに変わって行った。
煙草飲みの人はジッポー入れに、ギター弾きの人はピック入れに使う様になり、
そして現代では、ipodを入れてる人だっているのだ。
「ウォッチポケット」なんて言って懐中時計を入れてた時代から、
携帯音楽プレーヤーを入れる時代まで利用されてきた。
つまり、時代は移ろいファッションが多様化した現代でも、
ジーンズに付いているウォッチポケットは、100年以上も必要とされ残されてきた歴史がある。
時折、「別に無くても良いじゃん」なんて囁かれているあのジーンズの小さいポケットは、
「残す」事の可能性を雄弁に語っているのである。

ジーンズに懐中時計を入れてた人が、まさかこのポケットにipodが入るとは思わなかった様に、
明治時代に商をやっていた家の人が、まさかこの家に「ほのじ」なんて言う、
洒落だか真剣なんだかってなカルチャースクールができるとは、思っても見なかった筈。

人工物が存在する理由は価値である。
価値があるから必要とされる。
価値観が多様化している現代社会の中で、その価値を見出す為には。
どうすりゃえーんか、教えてエラい人。

239声 小さなポケットの中入っていたのが大きな価値だったって話 前編

2008年08月26日

古民家を改装して暮らす。
古い蔵などを改装して、作品展示ギャラリーやイベントスペースにする。
と言った、古い建物を再生させて再利用している人達がいる。
考えてみると、サイトの「ほのじ」も、古い商家を改装して造った、
和のカルチャースクールとランチの店である。

それは、かつてのバブル期に盛んに行われたスクラップ&ビルドに象徴される様な…。
なんて、今日みたいな一日中雨降りで気分もどんよりしてる日にゃあ、
書いている文章の方も景気が悪い。
どうやら、心の奥の方がナメクジ化しているらしい。
焼き鳥はタレで、ナメクジは塩で。
何を言っておるのか。

つまりはじゃあ、古い建物ぶっ壊して新しい建物を造っちゃダメ、ゼッタイ。
って話ではなくて。
新しい建物を造って行かなきゃ、経済の方がダメになる事ぐらいは分かる。
でも、古い建物を「残す」ってのは、非常に可能性のある事だと思う。

いささか白熱して書き過ぎて、更新可能な文字数も睡眠可能な時間も超過してしまった様。
なので、続きはまた明日。

238声 雨降り秋夜は読書で早寝

2008年08月25日

月曜から雨降り。
気候は涼しくなって助かるのだが、気分まで涼しくなってしまう。
当然日中やる気も起きず、いささか鬱屈した気分で帰宅。
しかし、こう言う時こそ読書だ。
ってんで、部屋の未読の本を漁る。
買った良いが、読んでない本が結構積んである。
特に夏はたまる傾向にある。

決めた。
今日は、はせちゅうシリーズ第2弾「汚れなき選手たち」。
この「はせ ちゅうシリーズ」の、「はせ ちゅう」ってのは著者の名前で、
本名の長谷川 忠(ただし)に由来している。
以前から気になっていた著者の本で、先日古本屋で見つけて即買。
気になっていた理由は、著者のはせちゅうさんが高崎市生まれであり、
現在でも高崎市柳川町のタバコ店を自営されていると言う、濃い郷土色にある。
私も高崎市在住。
非常に身近なのである。

第3段には「柳川町花街物語」なんて言う著作もある。
これはもう、タイトルだけで上州人は買って損はない気もする。
それはまぁともかく、先ずは手元の本。
では、読む時間が減っちゃうので。

237声 休日は試合放棄の白タオル

2008年08月24日

「休日は何してんの」って質問。
明確に答えられる人を尊敬している。
「フットサルですね」とか、「主に家族サービスと、ドライブによく行ってます」など。
こう言うのに憧れているのである。
私も、「ドライブによく行くのは榛名山、これからの時期は赤城山なんか良いですよ」なんて、
爽やかな秋風に乗せて答えてみたいのである。

答えたいのだが、そう容易くいかない。
容易くない理由は明白。
人に言うには忍びない、何か後ろめたい理由があるからである。
だからと言って、別に悪い事をしている訳ではない。

「休日ですかぁ、そうですねぇ、まぁ、大した事はしてないんですけどね」
なんてシドロモドロ化して、相手を辟易させるのが関の山。
もう面倒になって、「寝てます」って試合放棄の白タオルを、
自ら放り込んでしまう事もしばしば。

ではどうだろう、「ドライブによく行くのは銭湯、これからの時期は道祖神なんか良いですよ」
なんて言っても、爽やかな秋風が乗車拒否で、答えを届けてくれない気がする。
相手に届いたとしても、心の窓がピシャっと閉まる確率を考えれば、
むしろ届かない方が良い。

そう、今日は日曜日で私は休日。
つまりは、白タオルなのである。

236声 ビール街道まっしぐら

2008年08月23日

観光の情報ってのは常に先追い。
なので、本日私が書いていた原稿の中にも、
「秋の味覚」だとか「豊穣の秋」の文句が踊っている。

高崎市榛名の国道406号線は、通称「フルーツ街道」と呼ばれていて、
街道脇に果樹農園がひしめき合っている。
「里見の梨」なんて、聞いた事がある人も少なくない筈。
その梨が、今時期から最盛を向える。
最盛期の梨は、驚くほど甘くて瑞々しい。

その梨が最盛を向える頃に、最盛を終える物もある。
ビールである。
まぁビールフリークは一年中飲むのだが、やはり、
肌寒い秋風に吹かれながら飲むより、カラッと晴れた空の下で熱風を感じながら飲みたい。
ビールの最盛期は揺ぎ無く、真夏なのである。
最盛期のビールは、驚くほど甘くて瑞々しい。
ってな位に美味く感じる。

そろそろビール業界でも、「秋味」ってのが発売されて、
TVなんかでは秋刀魚でビールをがぶ飲みしてるCMが流れる頃。
秋刀魚やまいたけ、しいたけで一杯も悪くない。
鍋やおでんで一杯も悪くは無い。
悪くはないが、しかしそりゃやっぱり、ねぇ。

いっそ、「ビール街道」なんて作ってみたらどうだろう。
往来の脇に、生ビールを提供する飲み屋がひしめき合っている。
いや、横丁辺りに行けば何処でもあるか。
安心安心。

235声 日付感覚混乱日乗

2008年08月22日

「あれぇ、デジャブ」
いやいや、紛れも無く本日は8月22日金曜日である。
毎日、同じ時間にこうやって同じカップで同じ味のコーヒーを飲みながら、
同じPC(当たり前だが)に向っている。
なので一瞬、日付感覚が混乱してしまった様である。

ここ何年か、自宅で過ごす時間の大半はPCに向っている。
仕事柄、と言いたい所だが、実際は好きでやっているおぼろげな仕事が大半。
PCに向って原稿仕事などもしている時は、一応TVは消しておく。
なので、最近はめっきりTVを見る時間が減ってしまった。
と言うかほとんど見ない。
それが、日付感覚の歯車を崩す大きな要因なのである。

日付感覚混乱人間に不都合な事は何か。
まぁ、行きつけの店の定休日を間違えてしまう位。
取るに足らん。

234声 夏の朝の『むむむ』な人達

2008年08月21日

「車大国群馬」なんて良く言われる、ここ群馬県。
運転免許保有率全国一位が示す様に、群馬では生活の中心に車がある。
おそらく、コレを読んでいる群馬在住の成人の方で、
運転免許を持っていない人はごくまれであろう。
通勤するのにも車、食事に行くのにも車、徒歩2.3分のコンビにまで行くのにも車。
まさに車社会。
生活していると、つくづく実感する。
そして、本日出合った光景からはしみじみと実感。

本日朝10時前後、安中市にあるホテル街。
その前を車で走行中、丁度ホテルから出ようと待っている一台の高級ドイツ車。
車道に大きくフロントが出ていたので、自分が止まって本線へ入れてあげた。
その際、コクッとお辞儀をした助手席の女の人は、おそらく自分よりも若かった。
いや、ありゃ完全に二十歳そこそこの娘さん。
などと、お節介な詮索オヤジ化してしまうが、その時の『むむむ』感と言ったらなかった。
なんとなく夏を感じた。
と同時に、そのワックスの効いた高級ドイツ車の後ろを走りながら、
車社会の地方都市ならではの光景だなと感じていた。
同じ様な光景を何度も見たが、都会ではいささか悲惨だった。

まだ私が東京に住んでいた時の話。
本日と同じく平日の朝10時頃、場所はホテル街。
具体的に言えば、鶯谷駅周辺など。
私はもちろん仕事で、その辺りのお店に納品があったので、店が開くまで車で待機していた。
すると、周囲のホテルから出てくる『昨夜の人達』。
若いカップルもいれば、少し年嵩のいった良い連れ合いまで。
そして悲惨なのは、ネクタイを締めたおやっさんと、十代後半と思しき娘さんの連れ合い。
おやっさんのいかにも『人目を憚る』って様が、悲惨と言うか悲愴と言うか。
徒歩ってのは、やはり無防備なのだ。
群馬みたいに、車でサングラスかけてって訳にはいかない。

そんな光景を見ていると、今度は携帯電話片手に一人でホテルに入って行く、
露出は高めメイクはキツめの、『いかにも』風な娘さん。
が、結構いるのにも驚く。
朝日に照らされ白じむホテル街と言うのは、どうも全体的に『むむむ』な場所である。
もう今から4.5年前。
その時も、路上の季節は夏であった。

233声 煩悶の秋

2008年08月20日

昨日の記事を書いていて、キーボードを打つ手が一瞬止まってしまった。
それは、はて『リックサック』だったっけな、それとも『リュックサック』だったけな。
正しくは『リュックサック』なのだが、自分の親などは確か、『リックサック』と言っていた。
似た様なので、『ナップザック』か『ナップサック』か。
これはどうやら、『ナップサック』の方が一般的。

そう言えば、自分の祖母は近所のコンビニの事をこう呼んでいた。
「ほら諒一、100円やるからそこのセブンオン行ってジュースでも買ってき」
『セブンオン』である。
おそらく、『セーブオン』と『セブンイレブン』が混ざったてしまったのだろう。
「おばあちゃん、あそこセーブオンだよ」
って、何度言い直しても、祖母の中では『セブンオン』が接着されている様。
あれから20年程経った現在でも、直っていない。

話を戻して、『リュックサック』やら『ナップサック』。
日常瑣末的な事だが、改めて考えると迷ってしまう。
小さく煩悶している夜に、直ぐそこで秋虫の鳴き声。

232声 その少年のリュックサックはなぜパンパンだったのか 後編

2008年08月19日

「何よ、アンタそれ」
カナキリ声に近いその声に、周囲の空気は一瞬凍結。視線一集。
こーすけの両手に抱きかかえられいたのは、何やら黄色い物体。
「ピカチュウだよ」
って、臆面も無く平然と答えるこーすけ。
「ピ、ピカチュウって、アンタまさかそれだけ持って来たの」
呆気に取られて、目玉の輪郭をハッキリさせるお母さん。
「そうだよ、ピカチュウと一緒に行くんだ」
今度はどもらずに、ぬいぐるみのピカチュウを抱きしめながらお母さんを見据え、
やや力を込めて明瞭に答えるこーすけ。

すると、堰を切った様に前に座っていた姉二人が爆笑。
「アンタ、ははは、バカ、っははは、じゃないの、ははは」
って、椅子からずり落ちそうになりながら、泪目で腹を抱える右のお姉ちゃん。
もう椅子からずり落ちて、床に膝を付いて笑い転げる左のお姉ちゃん。
引きつり顔で口をポカンと空けて、肩で笑ってるお母さん。

私を含めた周り一同、視線を逸らしながら笑いを堪えるのに必死。
加速する車内の空気が、一気に和む。
その光景を不思議そうに見つめてる、こーすけとピカチュウ。
その横、中身空っぽのバックまで、大きく口を開けて笑っていた。

旅の最中、最初の電車内での一幕。

231声 その少年のリュックサックはなぜパンパンだったのか 前編

2008年08月18日

「ここ空いてますか」
強烈な目力と共に、質問を私に投げる一家のお母さん。
「ええ」
やや圧倒されつつも、回答。
私のその言葉聞く前に、一番下の男の子を席へと座らせていた。

一家は四人。
お母さんにお姉ちゃん二人、そして、私の隣に座った末の子。
列車が新町駅に着きドアが開くや否や、ドカドカっと鉄砲水の如き威勢で、
車内に入ってきた。
やや狂気的に目を血走らせ、子供等の手を引いて空いてる席目掛け一直線。
ドアも閉まり切らぬ間に、ボックス席に一人座っていた私の前には、お姉ちゃん二人。
隣には末の子、そして通路脇に仁王立ちする母。

やがてドアが閉まり、緩やかに電車が振動して行くと突然。
「ほら、お父さんに手ー振りなさい」
子供等に指揮官から命令が下ると一斉に、私の直ぐ横の車窓に向って一家全員で手を振る。
私も横目でチラリとやってみると、改札の向こうにはメガネをかけた優し気な父の姿。
かかあ天下の座布団にはピッタリなタイプの、などと思っていると突然。
「こーすけ、アンタのリュックなんでそんなにパンパンなのよ」
って、もう初めちまったお母さん。
「ちょっとアンタ、空けて見せなさい」
末の子、こーすけにリュックの中身を改めさせる御奉行さま。
「わわわ、わぁったよぉ」
おっとりと、どもりながらリュックを空ける、小学校低学年と思しきこーすけ。
我関せず、早くも任天堂DSと携帯メールに夢中の姉二人。

明日へ続く

230声 街はしぐれ 旅の中へと 歩み入る

2008年08月17日

世間のお盆休みも、一先ず本日で終了。
おぼろげな一人旅から帰って来て一晩明け、
こうしてPCに向って、ぼんやりと旅の軌跡を振り返っている。

行き当たりバッタリかつ突発的な列車旅だったのだが、
時刻表さえバックに入っていれば、行程の不安は無かった。
改めて、日本の交通機関は正確であった。
ターミナル駅構内には必ず立ち食いうどん屋があるし、
駅周辺であれば、安ホテルと横丁の酒場を探し出すのにも苦労はしなかった。
いい加減な性格の私でもこれらのおかげで、
大きく躓く事も無く旅を進められたのであった。

訪れた数々の都市での観光。
私はいつでも無意識に『群馬』、
それも主に自分が住んでいる『高崎』と、その都市とを対比させて街を歩いた。
「これは群馬に無いな」とか、「ここは高崎に似てるな」と言った具合に。
そして、自分が持っている『モノサシ』の長さを再確認させられた。
『群馬』から離れてめっかる『群馬』も、随分あったのである。

そこでめっかった『群馬』を、このサイトに反映させられればと考えておるのだが、
頼りがいの無い私の文章創造力なので、道は明るくない。
それでも、行き当たりバッタリ我武者羅式に進んでった今回の旅の様に、
ドシドシ書いて行けたらと思う。

旅の最中、私が送った拙い文章を毎日、正確かつ的確な交通機関もさながらに、
このコンテンツにアップしてくれていたayaさんに感謝。
それを読んでくれていた人に感謝。
これからも読んでくれる人に感謝。

229声 旅はおぼろげ世は情け 第七日目

2008年08月16日

久々の自力更新である。
本日、高崎市に戻り旅も終了。
自部屋の窓より、夕立が来そうな不安定な空を眺めつつ。

積もってる 机のほこり 拭きながら 小さく見える 旅帰りの部屋

228声 旅はおぼろげ世は情け 第六日目

2008年08月15日

東京は上野、お盆時期で超満員の『鈴本演芸場』より送る本日のひとこえ。

「のめし、のめし、ビール飲めし」って、カウンターの方々から甲府弁で勧められて、深酒。
二日酔いを引きずりつつ、ふらふらと甲府駅から『スーパーあずさ』に乗車。
あっちゅう間に都内。
人波を回遊。
笑いで旅の疲れを癒すべく、上野鈴本へ。

途中、アメ横を漂いながら、いつもと変わらぬ街の匂いに、ふと旅の終わりを感じつつ。
『祝 北島金メダル』セールのワゴンに群がる人たちを、往来の隅っこで眺ながら。

227声 旅はおぼろげ世は情け 第五日目

2008年08月14日

チップスターを噛む音を気にしつつ、清々しい空気が窓から吹き込む、
長野県白馬を行く高原列車に揺られながら送る本日のひとこえ。

厚い雲が垂れ下がっている日本海を後に、風に誘われ一路、長野方面へ。
白馬、穂高方面を走るローカル線である、大糸線に乗車。
雪崩れ式に、終点松本市から何故か今、黄昏時の甲府市。

駅前でやや茫然。
一日中列車に揺られすぎ、どうやら脳味噌シェイクが深刻化。
武田信玄像と対峙しつつ。

226声 旅はおぼろげ世は情け 第四日目

2008年08月13日

灼熱の城下町、飛彈高山市内より送る本日のひとこえ

観光客の人並みに揉まれながら、古き良き街並みを散策。
往来に立ち並ぶ土産物屋は、やはり人工的観光都市の様相。
その後、飛彈古川まで足を伸ばすと、人もまばらに街も落ち着いて風情ある様子。
白壁土蔵の路地裏に流れる用水路には、錦鯉が群れをなして悠泳。
夕方、路地の日本家屋軒先。
風鈴の音と、虫籠の中にいるスイッチョンの涼やかな声。
飲み屋の親父が、用水路から掬って往来に打ち水する音、響く。

路面電車の走る街、富山市内。
ネオンが灯り始めた昭和的雰囲気の飲み屋街にて、赤提灯に誘われつつ。

225声 旅はおぼろげ世は情け 第三日目

2008年08月12日

正午過ぎ、盛夏の濃い陽射しが照り付ける、郡上市街より送る本日のひとこえ。

間口の狭い趣きある日本家屋が寿司詰られた小道、水路に清流が走る路地。
路地裏を颯爽と抜けて行くのは、黄色のヘルメットで自転車に乗った、地元の子供たち。
カゴに浮輪、水中眼鏡を頭に向かう先は、『学校橋』。
橋の袂には、川遊びに興じている沢山の若者たち。

すると一人の少年。
橋の欄干より、川へ向かってダイブ。
有名な、郡上八幡における夏の風物詩である。
蝉時雨が一瞬途絶え、息を飲む野次馬、川岸で見守る少女たち。
瞬間、張りつめた空気を裂くのは、入水の音と豪快な水しぶき。
少年が水面に浮かび上がってきて、一笑して水を掻く。
そしてまた、スイッチを入れた様に降る蝉時雨。

夕陽が差し込む長良川鉄道の1両しかない車内より
まだ、少年たちのダイブの光景が瞼の裏に焼き付いている模様。
そして、水田と住宅が混在する、どこか群馬を彷彿とさせる車窓の野趣風景を眺めつつ。

→その後。
岐阜市街、三軒目は往来にテーブルを出している全体的に雑多な店にて。
テキパキと威勢の良い店員と、地元客の関西弁「めっちゃうまそやん」を新鮮に感じつつ、生をもう一杯。

224声 旅はおぼろげ世は情け 第二日目

2008年08月11日

伊勢参りから戻り、宵の名古屋市より送る本日のひとこえ。

炎天下の伊勢参り。
疲労感を拭い去ってくれたのは、やはり土地のビールであった。
長蛇の列になってる赤福のカキ氷屋を横目に、更にもう一杯。

ネオンが灯り始めた、生暖かい名古屋市街。
ビルの谷間を彷徨いつつ。

223声 旅はおぼろげ世は情け 第一日目

2008年08月10日

と言いつつ、不安なので本日コレを書いている。
と言う事は、現在は9日。
10日の明日、つまり本日は何処で何をしているやら。
では、明日の私から本日のひとこえ。

小雨降る静岡市より送る本日のひとこえ。

『天下大平だぁ』が口癖のお爺さんの横で、
黒いおでんとビールをチビリチビリつまみつつ。
青葉おでん横丁のL字カウンター席しか無い店『あづさ』より

→その後三軒目のおでん屋にて、日本人初の金メダル獲得を祝う。
おぼろな静岡の夜に沈みつつ。