日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

546声 ゾンビとダンス

2009年06月29日

25日の訃報以来、ラジオをひねれば、スリラーやらバッドやらビリー・ジーンなど、
マイケル・ジャクソンの楽曲がヘビーローテーションである。
なんだか横文字ばかりだが、キングオブポップの事を書くのだから仕様が無い。

私が物心ついた時にはもう、マイケル・ジャクソンは全米チャートの王座に君臨していた。
米国には、「MTV」なる音楽専門チャンネルがあるのだと、朧に知ったきっかけは、
かの有名なスリラーのミュージックビデオだったと記憶している。
画面に映る、圧倒的なSFXの効果に、子供ながら、戦慄を覚えた。
アジアの片隅、島国の片田舎、市井の鼻垂れ小僧にまで伝わっているのだから、
世界に及ぼした影響を思うと、途方も無い功績である。

きっと今頃は、世俗から解き放たれて、踊っているのだろうか。
あのスリラーの如く、ゾンビたちと踊った華麗なダンスを。

545声 泥酔方面スライド方式

2009年06月28日

カウンターで店主と話が弾み、ついつい焼酎のボトルを入れてしまう。
余り行く機会の無い店だと分かりつつも、こんな調子でボトルが増えて行く。

グラスで飲めば良い。
懐具合から鑑みて、一等低級酒を頼めば良い。
むしろ、其処まで飲まなくとも良い。
諸々、分かってるけど、そんなのどうだって良い。

ってな具合に、カウンターでの独り酒ではしばしば、
泥酔方面スライド方式に則って、痛飲してしまう事がある。
つい昨夜がそう。

以前から気になっていた、前橋市の外れにある小さな飲み屋。
夜半に、ふらりと暖簾をくぐって3時間。
つまりは、居心地が良かったのである。
その手の小さな飲み屋は、2次会、3次会帰りの馴染み客が多く、
既に赤ら顔の出来上がった状態で来る。
しかしながら、梯子酒の最後に、馴染みの店の冷と鮭茶漬けなんかで締めるってのは、
中々、粋人の飲み方だと、密かに憧れている。

ふらりと、暖簾をくぐって来たのは、足元も覚束ない近所の建築屋社長。
その、上機嫌な喋り方と店内に響く声量は、先程まで居たスナックでの余韻を残している。
「冷で良いですか」
ってのは、女将さん。
「あーそうね、赤城山かなんかで、あと、鮭茶漬けね」
このひょうきん者の社長、なかなか通な注文である。
「いやぁ、女将さんの顔見ないとね、なんだか寝付きが悪くて、ははは」
私はカウンターの端で、飲み切れもしない焼酎のボトルを見つめつつ、
粋で艶っぽい冗談に、酔って、笑った。

544声 一番蛙

2009年06月27日

逃げ場無き炎天下から逃れ。
書く気力無くとも書く。

本日は全国的に真夏日。
私の住んでいる高崎市では、34℃を観測。
夕方にならなければ、動きのとれぬ酷暑である。
季節の変わり目。
体が熱さに慣れていないので、倦怠感が甚だしい。

しかしながら、重たい体を引きずって、外へ出なければならない目的がある。
適格に言えば、目的地と言う事になる。
厳密に言えば、目的地で飲む麦酒と言う事になる。

サンダルを履いて庭へ出る。
時刻は午後7時30分。
裏の田圃の彼方に、今宵の一番星ならぬ、一番蛙の鳴き声を聞く。

543声 街中における情状酌量の余地

2009年06月26日

「兄ちゃん、こっち来て、うめて入りな」
70年配、人の良さ様なカマキリみたいに痩せた御爺さんに、声を掛けられた。
私が、湯船で中腰のまま、苦悶の表情を浮かべていたから、気を使ってくれたのだ。
「ありがとうございます」
私は、御爺さんと場所を換えてもらい、蛇口から水を出して湯をうめながら、体を沈める。
浴室には、カマキリ爺さんと私の二人だけ、一緒の湯船で壁に背を向け、
ジェット噴射に当たっている。

「余所者」に対し、親切に接する心は、素晴らしい。
銭湯の湯客には、対人関係に情状酌量の余地を残している人たちがいる。
灯りの消えた桐生本町通りを下りつつ、そんな事を思い巡らす。
往来沿い、一軒の古民家風の建物に薄明りを見た。
中には、和服の女性が3名。
その光景は、私の脳裏にある空想の桐生と、近い様な気がした。
車は一路、煌びやかな街へと走る。
情状酌量の余地が残っていない街は、あるいは、残っていなそうな街は、空しい。

542声 引退食堂に乾杯

2009年06月25日

以前にも書いた、前橋市街地の老舗食堂が、いよいよ暖簾を下ろすと言うので、
昨日、行って来た。
夕方、店先の暖簾をくぐると、店内は既に満席。
景気の良い声と煙草の煙が飽和して、店内の空気を淀ませている。

どうにかカウンター席の端に潜り込み、生ビールを前につまみを並べる。
ハムカツ180円、いかさし230円、焼肉260円。
ってな良心価格なので、私等の様な者でも、つまみをカウンターテーブル一杯に、
並べる事ができるのだ。
カウンターテーブルの上、皿の置き場所に難儀すると言うのは、非常に贅沢である。
店主に最後の挨拶を済ませ、老舗食堂の灯を惜しみつつ、店を後にした。

その後は、いささか寂しい平日の市街地を回遊。
流れ着いて、いつもながら、和服美人の焼く鰻を、にやけながら味わう。
これが、最近のクレインダンス内における流行。
と、言う事になる様だ。

540声 蛍句会

2009年06月23日

今宵は、田口町へ蛍狩りに出掛けた。
時刻は8時。
宵闇に包まれた田圃の畦道には、ズラリと蛍の明滅を観賞する人垣。
蛙の声を背で聞いて、一眼レフのファインダーを一心に覗いている人。
脇路にシートを敷いて、蛍を肴に一杯やっている一団。
暗闇の中で、メモ帳とペン片手に、必死で句をひねる私等。
様々な人たちが、往来していた。

肝心の蛍の方は、いささか風が強かった様で、控え目な飛翔具合。
比例して私の句も、随分と控え目であった。
書いた手前で、恥を忍びつつ、3つ4つ記す。

・祖父の背で寝ながら行く児蛍道

・児の腕に迷い蛍がふわり降り

・蛍火やはにかみながら若夫婦

・ほうたるや意中の相手に会えたかい

541声 パイプライン

2009年06月23日

宵に帰宅。
堪らずに、押入れから扇風機を引っ張り出す。
埃だらけのプロペラと、にらめっこ。

本日は、梅雨の中休み。
列島各地で真夏日を観測した模様である。
関東地方でも、特に群馬は酷暑地域であるから、本日も例外無く、カンカン照り。
蒸し風呂状態の部屋。
私は、大の字になって寝ている。
暑さにより、全身の筋神経が弛緩しているの為である。
温まった空気を、掻き回している扇風機。
それでも、幾分涼しく感じられるのは、スピーカーから流れてくる、
ザ・ベンチャーズのお陰であろう。

6月14日、インターネットのニュースで、
ザ・ベンチャーズのオリジナル・メンバーであった、ボブ・ボーグル氏の訃報を見つけた。
享年は75歳。
結成当初はリードギターだったが、後にベースに転向。
これは、後から調べて知った事である。

私は当然、所謂ベンチャーズ世代では無い。
しかし、ベンチャーズは好きだ。
どの様なきっかけで聞く様になったかは定かでは無いが、ベンチャーズベスト盤は、
部屋のCDラックで、最も取り出しやすい位置に置いてあった。
やがて、自らもギターを演奏する様になり、
ギターケースを持って街を歩く事も、しばしばあった。
そんな時、知り合いのおじさんに出会うと、「おっ、ベンチャーズか」と、必ず言われた。
いつしか、パイプラインや、ダイアモンドヘッドを演奏する様になり、
およそ2年前だったかは、伊勢崎市街の路地裏で演奏した。
浴衣で、しかも、アコースティックギターってんだから、無謀極まる演奏である。

世代でも何でも無い私の体内に、知らぬ間に浸透し、いつしか虜にしていた、
ベンチャーズサウンド。
今、この瞬間、私の部屋に響く、パイプライン。
「デンデケデケデケ」
モズライトギターの弦を弾く、瑞々しくも激しい、リヴァーブの効いたグリッサンド奏法。

アンプのスイッチを入れ、哀悼の1曲。
リヴァーブの目盛りは勿論、10。

539声 夜半の水

2009年06月22日

寝不足。
疲労感。

一刻も早く寝たい心持で、寝床に潜りこみ、荒っぽく目を閉じる。
閉じているのだけれど、中々、容易に寝付かれない。

昨夜の喧騒が残響。
酒中の愚行が彷彿。

やっぱり寝付かれなくて、寝床から這いずり出て、洗面所で水を飲む。
外は霧雨、降る様に鳴く蛙の声。

538声 カキクケコキリコ

2009年06月21日

断り。
本日、和のカルチャースクール「ほのじ」にて、渡辺氏による、
小さなチェンバロコンサートが開催されました。
この夏至の宵に、著者、いささか酒など嗜んでおります。
よって、酒中混濁状態により、更新困難。
それでも、何やら記載されている、メモ用紙の走り書きによる更新、奉り候。

バロック音楽。
菜食の美学。
ルイ14世。
瓶ビール。
音色が浸透。
エコでエロ。
コキリコ節。
八木節祭り。
谷中の銭湯。
バースデーケーキ。
やけっぱちの痛飲。
寝床の悔恨。

537声 休日

2009年06月20日

予定の無い休日。
足が向く場所、あるかしら。
私はなんだか、電車に揺られたい。
文庫本一つ、お尻のポケットに入れて、玄関の扉を開ける。
足が向く場所、あるかしら。

536声 ハイボール 後編

2009年06月19日

昨日の続き

勘定と引き換えに、小魚を数匹詰めたビニール袋を魚政の大将から貰います。
「はい、ありがとね」
大将の威勢の良いダミ声が、午後の空気がまどろんでいる商店街に、響きます。
ビニール袋を揺らすハイボール親父は、愛想の無い表情で、また此方へ歩き出したのです。

鉢合わせにならぬ様、私は慌てつつも平静を装い、回れ右して、
天心堂書店の先へと歩を進めます。
30歩程歩いた、龍盛薬局前で立ち止まり、店頭に並んでいるトイレットペーパーを見る振りで、
後ろを伺います。
右手に持ったビニール袋を、だらしなく揺らしながら歩いて来る姿を、確認。
滞り無く進んでいる計画に、胸を撫で下ろしたのも束の間。
ハイボール親父は、天心堂書店の角を折れて、路地へと姿を消してしまったのです。

私は直ぐ、小走りにその角へ駆け寄り、電柱の陰から、路地を覗き見ました。
その角から続く路地は、通称「でんでん通り」と呼ばれています。
路地の脇にはその昔、「電電館」と言う映画館があり、その時分には、
大層賑やかな通りだったと聞いています。
今では、電電館も廃業し、半ば朽ち果てた建物のみが取り残されています。
路地を漂う空気は淀んでいて、流れる時間までも、退廃した気配を感じさせる様です。
ハイボール親父は、よろよろと、電電館の前に差し掛ると、突然、歩みを止めました。
歩みを止めると言うよりは、周囲の時の流れまで、一緒に止まっているかの様に、
静止した状態なのです。
突如として路地に張り詰めた、只ならぬ気配を、私は電柱の陰で、
息を潜めて見守っています。

その気配を破ったのは、佇んでいるハイボール親父自身でした。
徐に右手を顔に近づけ、持っていたビニール袋を口に銜えたのです。
次の瞬間、「シューッ」と滑り落ちる様に形が小さくなったかと思うと、音も残像も無く、
ハイボール親父は一匹の猫になってしまったのです。
ビニール袋を銜えた可愛らしいその寅猫は、ズルズルと袋を引き摺りながら、
斜めに開いている、電電館入口シャッターの隙間に入って行きました。

暫くして私は、その路地から商店街へと目を移し、
二の句が継げない状態で、ぼんやりと視線を泳がせました。
往来も疎らな商店街の先には、いつもの様に、島田屋の褪せた紺暖簾が揺れておりました。

535声 ハイボール 中編

2009年06月18日

昨日の続き

それは、いささか稚拙な行いですが、こっそりと尾行してみる事にしたのです。
ハイボール親父の、「島田屋後」には何か有ると言う、自らの嗅覚に従った訳です。
決行の日は、蒸し暑い梅雨の正午でした。
灰色の雲が垂れ込め、今にも雨が降り出しそうな空色でしたが、ガード下には、
いつも変わらぬ薄暗い商店街がありました。
天気に似合わず陽気な演歌が流れており、自転車や歩行者が、
チラホラと往来して行きます。
島田屋の褪せた紺暖簾をくぐると、まず、右斜め奥の席を確認しました。
酷く丸めた背中がありました。
今日は緑色のギンガムチェックを着ている為か、普段よりも幾分、陽気に見えます。
私は、入口に一番近い席に陣取り、モツ煮定食を食べながら、
右斜め奥の席に注意を払います。

さて、テレビに映る時刻は正午半です。
徐に、ハイボール親父が席を立ちます。
レジへ近づくと、女将さんが言います、私もモツを噛みながら呟きます、「はい、1300円ね」。
ハイボール親父が、代り映えの無い調子で勘定を済ませます。
いつも釣りが出ない様、ぴったり払って行きます。
思い通り、規則的な注文と行動を目の当たりに、
私の好奇心は、一層強固な衝動へと変わって行く様な心持です。
「まいど、ありがとうございました」
女将さんの元気な挨拶を合図に、私も席を立ち、勘定を済ませて後を追います。

島田屋から出たハイボール親父は、のろのろ、と言うよりは、よろよろと歩いて行きます。
私は、一旦追い越してから、先の天心堂書店に入り、
店頭に並んでいる週刊誌を立ち読みしながら、待ち受ける事にしました。
週刊誌の頁を捲り、水着を着たお嬢さんのグラビア頁などに気を取られていると、
目的人物が、一向に歩いて来ないのです。
不安に思った私は、本を棚に戻し、別の本を選ぶ所作の中で、
注意深く目線を商店街へと向けました。
ハイボール親父は、魚政の店頭に立っていたのです。
店頭の魚を真剣に選んでいるその眼光は、何やら底光りしており、
得体の知れぬ気迫を帯びていました。
島田屋の角席で、ハイボールをチビチビやっていた猫背の親父とは、
見違える程に快活な印象です。

明日へ続く

534声 ハイボール 前編

2009年06月17日

ガード下商店街に在る、「島田屋」は大衆食堂です。
私は週に一、二度、訪れる、言わば常連と言える存在なのですが、
正午の島田屋の店内は、その殆どの席が、常連で埋まっています。
暖簾をくぐって店内に入り、空いている席に座る迄、徐に席の顔を見渡します。
声こそ掛けないのですが、「あの親父今日も来てるな」とか、
「カツカレーか、何か良い事でもあったな」などと、無意識に暗黙の確認を行っているのです。
その無意識の所作が、常連を常連たらしめる行為だと言えます。

さて、私があの親父の事を気に掛ける様になったのは、定かではありませんが、
一ヶ月前位だったと記憶しています。
その親父は60年輩で、私が島田屋に行く正午過ぎにはもう、右斜め奥の席で、
いつもハイボールを飲んでいました。
二つある中の、通路側の椅子に座っている姿は、酷く猫背で、
着ている服から見ても、多少うらぶれた雰囲気です。
鼠色の長袖ポロシャツ、緑色のギンガムチェック柄のワイシャツ。
この二つの着回しで、スラックスは膝の抜けた、黄土色の物しか見た事がありません。

私が気に掛った点は、その親父の注文と行動です。
まず、焼き魚とハイボールを3杯。
決まってこの注文を平らげて、出て行くのです。
当然、勘定はいつも同じ、1300円。
そして行動ですが、親父が席を立って帰る時刻と言うのが、
いつも決まって、正午半なのです。
私はいつも、店内に映っているテレビで確認しているので、時刻に狂いは有りません。
或る日、この注文と行動の規則性に気付いた私は、それからと言うもの、
どうにもこのハイボール親父の事が、気に掛るようになりました。
他の常連客、店の女将さんは、知ってか知らずか素知らぬ顔で通しています。
私も、ハイボール親父が去った後にでも、誰かに聞いてみようかとも思いました。
しかし、常連たちの間に結ばれる、暗黙の不可侵条約を破る気概は、私にはありません。
そして、つい先だって、私は湧き上がる好奇心を抑えきれず、
或る行動に打って出たのです。

明日へ続く

533声 湯に浮かぶ理屈

2009年06月16日

「何で、そんな事やっているんですか」
思えば、そんな事を問われ、一寸口籠ってしまった事が、度々あった。
それは、私が写真撮影を申し出た、銭湯の主人あるいは、
このWebサイトの読者だったり。
口籠ったのは無論、私にもその動機が分からないからだ。

否、正確に言えば、漠然としているが、その動機は認識している。
それに理屈が付いていないだけ。
もっとも、動機に理屈を付けられる人間ならば、「群馬路地裏銭湯記」などと言う、
酔狂な事はやっていないだろう。

その群馬路地裏銭湯記も、先週の土曜日に訪問した銭湯で、一区切り。
つまり、私が確認している県内の伝統銭湯は、全て訪問した事になる。
これから記事を作成して、今週末辺りにでも掲載するつもりである。

理屈は何処かにうっちゃっておいて、唯々、知らないお爺ちゃんと一緒に、
熱い湯へ浸かる日々。
湯から上がって、腰に手を当て、瓶牛乳を一気飲み。
さて、ぼちぼち、忘れかけていた理屈を、付け始めようと思う。

532声 にわか雨

2009年06月15日

今年の梅雨は、雨の降り方が奇妙だ。
梅雨と言えば、終日降り続くしとしと雨と言う印象である。
しかし、今年の場合はそれとは違って、にわか雨が終日、断続的に降り続いている。
数年前の冷夏が思い重なり、
「夏の異常気象に繋がらねば良いのだが」
などと、気を揉んでいる。

週の始まりと言うのは、何かと気を揉む事が多い。
週の真ん中辺りで、幾分揉み解されて、週の終りには忘れてしまう。
そしてまた、忘れた事を思い出す。
思い出した様に、また、雨が降る。

531声 6月の交差点

2009年06月14日

日曜日の街、交差点の信号待ち。
点滅する赤信号、小走りの女性。
私の横を、走り抜ける。
横目で後を、追っている。
街角の紫陽花、ふと目が合う。
日曜日の街、交差点の信号待ち。

530声 鳥物帳

2009年06月13日

私の車目掛けて、糞を垂れる。
そう言った風潮が、明らかに界隈の野鳥連に蔓延している模様である。
それとも、最近の野鳥等は、黒い車を上空より見付けたならば、
すべからく糞を垂れる習性でもあるのだろうか。
私の車には、今、ボンネットに爆撃痕が2箇所ある。
そして屋根には、3箇所もある。

実は、犯行グループの目星は付いているのである。
その主犯格と思しき、野鳥連の元締めは大胆な奴で、
犯行に及んだ後も、いつも鼻歌交じりで、犯行現場の上空に留まっている。
奴の憎たらしい所は、社会的には「平和の象徴」などと、
美辞麗句で持て囃されるせいか、節操無く人に近付き、食料などを集団で無心する所だ。
公園や、駅のホームなどで、読者方々も、一度足らず幾度も、
その集団に出くわした事があると思う。
あの、すっと呆けたドングリ眼と、歩く毎に小刻みに前後する丸い頭。
そんな、おどけた外見や、聞こえの良い風評に騙される事無く、
私等は、断固として奴等の犯行を見逃してはならんのだ。

私は決めた。
今日こそはホシを挙げる。
それも現行犯で揚げるべく、現在、自宅2階の窓辺より張り込んでいる。
硝子越しに見えるのは、電線の上で退屈そうに腰掛けている一羽のドバト。
その真下には、私の黒い車。
条件は整った。
正義は我に在り。

529声 両掌の明滅

2009年06月12日

今日は梅雨の中休み。
久しぶりの青空だが、昼間は陽が照りつけるので、暑い。
車を運転しているので、腕ばかりが焼けてしまう。

今年も、蛍の季節になった。
明日の夜は、前橋の田口町で蛍祭りが催されるらしい。
天候がいささか心配である。

昭和63年から、町の有志たちの手により、
蛍を守る活動を続けてきた田口町。
裏を返せば、人の手によって守らなければ、
蛍が飛ばない環境になってしまったと言える。
かく言う私も、野生の蛍が舞う姿を、一度も見た事がない。
この田口町の蛍が、最も身近な蛍だと言える。

今宵は、風が凪いで、蒸し暑い。

蛍の光を追い掛けて、田圃の畦道を走り回る子等。

蛍を捕まえた子に近寄って、見せてもらう。

蛍は、子供の両掌の中、静かに呼吸する様に、優しく明滅していた。

今宵は、風が凪いで、蒸し暑い。