日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

510声 作戦、一時休戦

2009年05月24日

桐生の銭湯を2軒訪問。
桐生市内に在る銭湯は、7軒。
内、1軒は休業中なので、これで全て写真が揃った事になる。
予定時刻通り撮影を終えて、日が傾く前に東武鉄道で太田市へ向かう。

伊勢崎駅で乗り換える頃には、雲行きが怪しくなってきており、
太田駅南口を出てたら、鉛色の雲が空を覆っていた。
急ぎ足で、当てずっぽうに住宅街を彷徨っていると、
やはりパラパラと降りだして来た。
雨足は急速に強まり、逃げ込む様に人気の無い公園に転がり込んだ。
大木杉の下、手拭いで髪の毛を拭きつつ、通り雨である事を祈りながら、
呆然と待つ。
銭湯に入った後なので、既に濡れている手拭いは、心地が悪い。

疲労と不安。
孤独と焦燥。
雨音と雨香。

「帰ろう」
白旗を振って退散しようと腹を決め、雨の中、来た路を戻る。
住宅街の薄闇を溶かす様に、ぼんやりと灯る居酒屋の看板が前方に見えた。
駆け足で暖簾を揺らし、赤提灯に吸い込まれる。
瓶麦酒を傾けつつ、店主のおやっさんに、近所の銭湯の事を尋ねてみる。
近所に在った「新島湯」は、取り壊されて、現在は跡形もないらしい。
どおりで見付からない訳である。
市内に残るもう1軒の銭湯は、駅の反対側。
もはや、訪問する気力は摩耗していた。
肴が美味く、おやっさんの人柄も良い。
他客が居なかった事もあり、銭湯の無念を晴らす為、店内の写真を撮らせて頂く。
居心地良く、小一時間程飲んでから、店を後にした。

帰り際、太田駅で偶さかに知人の方に出会い、新伊勢崎駅で途中下車。
連れ立って飲む。
またもや肴が美味く、直ぐに卓の上は瓶麦酒の列。
伊勢崎駅まで歩き、終電に転がり込む。
小豆色の席に腰を下ろし、ぼんやりと揺られる。
作戦、一時休戦。

509声 東毛方面銭湯一網打尽作戦

2009年05月23日

現在時刻午前十時。
向かいに並ぶ家々の瓦屋根は照っている。
徐々に、部屋の中も蒸し暑くなってきた。
テレビ画面の隅に表示されている天気予報によると、
群馬県の本日最高気温は30℃。
そして本日は、作戦決行日でもある。

先程まで、東毛方面へ行く電車の時間を調べ、作戦計画を練っていた。
目標となる市街地は2つ。
桐生市と太田市である。
この作戦が成功すれば、一段落。
後は、止むを得ない事情により、
浴室内を撮りこぼしている銭湯が幾つかあるので、再訪するのみ。

そう、本日の計画とは、東毛方面銭湯一網打尽作戦である。
未だ訪問していない銭湯や、浴室内を撮れていない銭湯を再訪し、
東毛方面に残る銭湯を、全ておさえる。
夏日の気候が予測される、本日。
夕方から夜半にかけて、一寸でも気を緩めれば、
赤提灯から夜の底へと落る可能性の濃い、危険な作戦なのである。
さて、時刻はそろそろ十時半に差し掛かる。
いざ、作戦決行だ。

508声 古い、安い、旨い

2009年05月22日

また一軒。
前橋市内の老舗食堂が、来月で暖簾を降ろすとの情報を掴んだ。
この食堂は、「古い、安い、旨い」の三拍子揃った、クレインダンス特推奨店。
「早さ」よりも「古さ」、を重視する私は、一度行って気に入ってしまった。
  
近年、市街地では次々と老舗食堂が暖簾を降ろしている。
偶に出かけると、軒先に「空店舗」と書かれた看板が、空しく掛っていたりする。
そして結局は、「早い、安い、旨い」店の入口自動ドア前に立っている。

こと現代人とやらは、「早さ」を求めるらしい。
早いは良い。遅いは悪い。
しかし、そんな事は無い。
と、私は思う。
毎日が、「早飯早糞芸の内」なんて生活だったら、疲れ果ててしまうでは無いか。
時には、古さを楽しむゆとりが欲しい。
古くて、安くて、旨い店。
それは、街の拠り所である。

507声 決意のタンメン

2009年05月21日

蒸し暑さが充満する、下仁田町路地裏の昼下がり。
熱さで弛緩する表情。
口はだらしなく半開き、垂れ目が、余計に垂れてくる。
風に揺れている紺暖簾までが、億劫そうである。

暖簾の下、硝子戸を開ける。
餃子の焼ける良い匂いと香ばしい音が、飛び込んで来た。
しかし、本日の私は、その誘惑を断固として退けなくてはならない。
そして、炎天下の路地で決意した意思を、
L字カウンター越しのおばちゃんに、高らかに表明しなくてはならないのだ。

唾を飲み込み、意を決して、「冷やし中華」と言う、まさにその時、見てしまった。
L字カウンターの、短い棒の部分に座っている、白いポロシャツのおやっさん。
「ズーッ」と、小気味良い音をたてながら啜っているのは、
看板メニューのタンメンである。
その光景が目に入ると、私の固い決意は舌の上で溶ける様に消え、
口から零れ落ちたのは、決意の残骸。

「タンメン一つ」
初志を貫徹出来なかった私が受ける報いは、熱々のタンメンを、
汗だくになりながら食べると言う、我慢大会の如き昼食。
腕を捲り、額の汗を拭い、水を3杯おかわりして、やっとの思いで汁を飲み干す。
汗も引かぬまま、逃げる様に勘定を済ませて店から出る。
フワリと、紺暖簾を揺らす風、路地にひとすじ。
汗の冷える、風呂上りの様な、心地良い爽快感を感じつつ、角を曲がる。

506声 水茶屋の娘

2009年05月20日

嗚呼、倦怠感。
感じているのは、私だけでは無い筈。
本日、住んでいる高崎市では、最高気温33℃を観測したとの事。
日盛りの日中、油断して車などで寝ていると、突発性熱中症の危険がある。

「小まめに水分補給をして、熱中症を防ぎましょう」
可愛らしい声で啓発する、カーラジオ。
じゃあ、ってんで、日がな一日、水ばかり飲んでいた。
水だけなら良いが、清涼飲料水。
つまりは、紫やら緑やら、怪しげな色したジュースを過剰に摂取してしまう。
おかげで、腹の具合が芳しくない。

同じ腹くだしでも、江戸の川柳ともなると、これがちと粋である。

水茶屋の 娘の顔で くだす腹

滑稽で、ほのぼのした一句である。
一寸注釈すると、水茶屋に綺麗な看板娘でも居たのだろう。
彼女を一目見る為、男は連日通いつめ、水物ばかり飲むものだから、
腹をくだしてしまう。
私同様、同じ腹くだし同士でも、江戸の男は色っぽいではないか。

カーラジオ 娘の声で くだす腹

私の場合、娘との距離が遠い。
それでは、今夏の熱中症予防法。
まずは、娘の居る水茶屋を探すところから、初めてみる。

505声 安物の冷奴

2009年05月19日

風呂上がり。
冷蔵庫から引っ張り出すのは、賞味期限の切れた冷奴。
水気が付いたまま小鉢に盛ったものだから、かけた醤油が薄まってゆく。
買う時に貼ってあった見栄を剥がして、恵比寿麦酒をグラスに注ぐ。
麦酒対泡が、7:3の比率になる様に、丹念に注ぎ入れる。
傾いたグラスから、麦酒は一気に喉に滑り落ちて、
泡痕だけが帯状にグラスに残る。
風味が乏しく、味気無い冷奴。
硝子窓に映る、味気無い表情。

味気無い。
と言えば、生活の足が自動車である事も、その要因の一つである。
つまりは、生活の中で、歩く時間が極端に減っているのだ。
私は勤人であるから、職場までの通勤は車、仕事の移動は車。
生活の中で、車に乗っている時間が非常に長い。

この車で移動している時間に、生活の旨味。
例えば、電車の中で、偶さかに友人に出くわしたとか、
毎朝の通勤時に、必ず商店街の人に挨拶するとか。
生活の味をふくよかにする、旨味成分が失われているのではなかろうか。
などと、感じる。
そして、生活が味気無いものになって行く気がする。
安物の冷奴みたいに、味気無いのっぺら坊の生活。

とは言え、満員電車で通勤しないで済むだけマシか。
と言う結論を当てがって、最後の冷奴の欠片を口に運ぶ。

504声 蛇口と作品

2009年05月18日

理屈を附けるな。
日日を生きる事が作品なのだ。

そう思い、一応のところ、落ち着いて、床に就く。
真夜中に起き、よろよろと、蛇口から、水を飲む。

503声 寝床の煎餅座布団

2009年05月17日

煎餅蒲団。
ならまだしも、煎餅座布団を背に寝たからだろう。
朝起きたら、背骨の継目が痛い。

この部屋に泊る時は何時も思う。
「良く寝れたものだ」と。
「ワシは、鰻か」とも。
起床して、半身を起こす私。
官桶から甦る、死者の如し。

深酒の次朝は、決まって水分渇望が甚だしい。
よろめきながら蛇口に近付き、直に水を飲む。
若干、鼻に入って噎せる。
そう言えば、体が何だか、カレー臭い。

502声 第500声記念特別企画「人生を一寸、コーヒーブレイク」後編

2009年05月16日

昨日の続き

後編では、いよいよ女将さんのパーソナルな部分に近付こうかと思います
 御出身はどちらですか

越後の国、雪深い十日町市です。

では、群馬県にいつ頃いらしたんですか

故郷には18歳まで暮らし、東京でしばらく生活。
その後、群馬に来て早20年。
もう、すっかり魂は上州人かも。
上州人の、からっとした気質が肌に合いますね。

歩んできた人生の道程
 粗筋で結構ですので、聞かせて下さい

昭和の一番良い時代に生まれたと思っています。
つまり、貧しさと豊かさを知っている世代です。
貧しさを知らないと、豊かさを実感できませんよね。
中学校までは優等生、高校では劣等生という不遇の時代に突入。
ジャーナリストになろうと、大学受験。
しかし受験に失敗、浪人中に父親が事業に失敗。
その後、人生二転三転七転八倒七転び八起き。
ホーローとホートーの末、現在に至ります。

まぁ、一杯やって下さい
 と、酌み交わしたくなりますよね、人生談は(笑)
 さて、フレキシブルなこのお店を、どう料理して行きましょうか

そうですね。
商売というのは損得をちゃんと考え、儲けなければいけません。
ここのところが、私にはすっぽり抜けているようです(笑)
実は、今年に入ってしばらく悩みました。
結論として、お店を今まで通り維持するために、暮らしの糧は他で稼ごうと。
そこで、月に半分程は出稼ぎに出ることにしたんです(笑)
そんなわけで、営業時間や定休日がますますフレキシブルになりそうです(笑)
まずはメールで連絡下さい。
人生相談も受け付けますよ(笑)

最後の質問になります
 ざっかふぇ草の家を、ワルノリ俳句で表現するならば

道草と 昼寝にどうぞ 草の家

草の家 おかめな女将 待ってます

もののけの 棲み家を目指す 草の家

・インタビュー 抜井 諒一

忙中、インタビューにお答え下さった南雲さん、ありがとうございました。
この続きは、来店した読者がめっける筈。
人生を一寸、コーヒーブレイク。

■ざっかふぇ草の家  住所:前橋市田口町 
kusano-akaimi@ezweb.ne.jp
(メールを送信する際に、@を半角文字に変えて下さい)

501声 第500声記念特別企画「人生を一寸、コーヒーブレイク」中編

2009年05月15日

昨日の続き

お店のBGMはJAZZが多ですね、お好きなのですか

Jazzは20代の頃から好きでした。
でも、音楽は節操なくいろんなジャンルを聴きますよ。
お店で流す曲も、クラシックやボサノバ、あるいは日本の唱歌等々。
その日の気分でいろいろなんです。

ランチ、ディナーは完全予約制ですよね
 お店の営業時間や定休日は

実は、そこら辺をあまり突っ込まないで欲しいんです(笑)
家庭の事情?で、営業時間や定休日がかなり流動的というかフレキシブルです。
とりあえず、メールで予約状況や営業状態等を問い合わせてみて下さい。
誠実に対応させていただきます。

■ざっかふぇ草の家 kusano-akaimi@ezweb.ne.jp
 (メールを送信する際に、@を半角文字に変えて下さい)

お店の料理
 特徴や楽しんでいる点など、ありましたら教えて下さい。

特別に修業したり、学校には行ってないんです。
料理好きな両親や、祖父母の影響で食べることや料理が好きだっただけ。
ですから、凝った料理をお出しするわけでなく、普通の家庭料理です。
正し、気を付けているのは旬の素材を使うこと。
体に優しい料理法や味付けにすること。
いろいろ工夫した素材の組み合わせや味付けで、自分も料理を楽しんでいます。
和風テイストの手作りデザートも、楽しんで作っています。

お客さんの言葉で印象に残っているモノがあれば、お聞かせ下さい

一番印象に残った言葉…
「こうゆうご飯を作っていたら、旦那も毎日早く帰ってくるかもね〜」
それから、お店がかなり分かりづらい場所にあり、「隠れ家」
と、呼んでいただけることですね。
「人に教えたいけど内緒にしておきたい」
そんな風に言って下さるお客様も居ます。

お店で感じる、1番の「うれしい」ってのは、どんな時ですか

お客様が笑顔でくつろいで下さって、帰るとき、
「また来たいです」
と笑顔でおっしゃって下さるときですね。

フレキシブルで不思議な隠れ家カフェへの道は、
まずはメールを入れてから始まる。
明日の後編は、いよいよ最終回。

500声 第500声記念特別企画「人生を一寸、コーヒーブレイク」前編

2009年05月14日

日刊「鶴のひとこえ」第500声を祝し、今回は記念特別企画。

前橋市は田口町。
渋川市との境、ホタル舞うこの山紫水明の里に在る、一軒のカフェ。
その名を、ざっかふぇ「草の家」と言う。
今回は、草の家の女将である、「南雲紅実子」さんにインタビュー。
一度足を踏み入れた人が、「隠れ家」にしたくなる場所。
不思議なカフェの魅力に、近づいてみよう。

まず、お店の外観は、どの様な様式なのですか

外観は、昭和40年代築の民家です。
中途半端に古くて狭く、だいぶガタが来ていて、冬はすきま風が入ります(笑)
店内は、六畳二間の和室を、客室に使っています。
そのスペースで、雑貨を並べ、カフェをやっております。

雑貨とカフェで「ざっかふぇ」なんですね
 雑貨店やカフェなどには、古くから興味があったのですか

私の祖父が昭和の初め頃、町で初めてのカフェを開いたような人で…。
多分、その血が隔世遺伝したのでしょうかねえ。
私自身、20代の頃、東京の高円寺で「珈琲亭七つ森」(現在も人気のカフェです)
という、個性的なお店で働き、かなり影響を受けました。
喫茶店の傍ら、アンティーク雑貨等を売っているようなお店でした。
高円寺という土地柄か、ミュージシャンや役者や画家を目指す若者等と、
下町風情を残したご近所の常連さん達で、店はいつも賑わっていました。
オーナーの奥様(現在古美術店経営)に、
モノを見る目や、モノを活かす手だてを教わりました。
また、昔から人が好きでしたから、「人が集まる場所」を作りたいと、
漠然と考えてはいました。

草の家は、とても洒落ていて、個性的なお店だと思います。
 初めて来たお客さんの反応は、如何ですか

外観がお店らしくないところ。
狭いところにいろんな物が沢山あることに、皆さんまずビックリされますね。

店内には作家さんの一点物作品が多く有りますね。
 御自身でも、作品製作はなさるのですか

その時々で、気まぐれに思いついた物を作っています(笑)
時計とか和紙の灯りとか、布の貼り絵とかアクセサリーとか。
ですから、作品のジャンルを聞かれるのが一番困ります(笑)

 
女将から醸し出るのは、やはり中央線沿線の雰囲気。
では、中編へ続きます。

499声 「ときめき」の差異

2009年05月13日

今朝、上毛新聞を読んでいた。
紙面、本日5月13日が、田山花袋の命日だと言う記事が目に入った。
瞬間、思い出されたのは、先日、一寸した酒席で読書の話題になった事。
どう言う話の運びか、私が花袋の代表作である「蒲団」のあらすじを説明する為、
その座で口角泡していた。
あらすじを聞き終えた一同から、早速、意見が投げ掛けられる。
半数は、作者の心境を感受し、また半数は出来ないと言う。
意見の統計は、男女で分かれていた。
つまり、その場に居た男は共感して、女は出来ないと言うのだ。
要は、「ときめき」の差異だと、思っている。

花袋と言えば、自然主義作家代表の一人として名を連ねているが、
紀行文にも定評がある。
不勉強な私は、未だ一冊も読んだ事が無い。
古本屋で、中々出会えないんだ、これが。
「日本一周」や、特に「温泉めぐり」などが、
私的欲しい本ランキングの上位に有る。
大正時代の日本を活写した花袋の写生文は、非常に興味深い。

とりとめも無く、朝刊の話題を拾って突いて来た。
ふと我に帰れば、この日刊「鶴のひとこえ」も、明日でめでたく500声。
と言う事は、勿論、第500声記念特別企画である。
時計の針が、日付変更線をたった今、跨いだ様子。
急いで企画内容を編集せねば、なりますまい。

498声 ROCK、この奇異な音楽

2009年05月12日

ROCKを演っている。
のは、私の幼馴染である。
そのバンドが、時折、ライブ公演をするので、
呼ばれて見に行く事が、しばしばある。
先日も、高崎市街地まで観に行って来た。

市街地のライブハウスも数が減ったが、
老舗はまだ数軒残っていて、週末ともなれば地元のROCKフリークで賑わう。
或る種のライブハウスには、特有の雰囲気が漂っている。
構造上、密閉された空間だからだろうが、地下鉄のトイレの様な閉塞感と、
沈澱した空気感を感じる。
総体的に言えば、「明」では無く「暗」の場所と言える。
実際に、会場内は暗い。

そんな、裏街道的で暗くて空気の悪い、それでもって狭いライブハウスの部屋。
その中に、自らを鮨詰めに詰め込む。
そして、バンドの演奏が始まるや否や、十年一度の享楽を貪る様に、
熱狂する聴衆たち。
マーシャルの真空管が震わせる空気が、鼓膜を劈かんばかりに、
8ビートを伝える。
この奇異な群集の一部になって、この奇異な空間に同化して、
この奇異な音楽を感受して感動している私は、どうかしている。

497声 祖母の鰻

2009年05月11日

祖母から鰻を貰った。
鰻と言っても、スーパーで売っている、鰻の蒲焼きである。
一匹、1380円。
安価な外国産鰻ばかり食べている我家においては、
年に一度、御目に掛れるか否かと言う、立派な鰻なのだ。

先日、電話で祖母から小用を頼まれた。
蚊取り線香だとか、懐中電灯に入れる単2電池など。
祖母祖父、二人暮らしだが、何かと入り様な、
細かい物を買い忘れる事もしばしば。
最近、めっきり悪くなった祖母の足が、買い物を億劫にさせる様なのだ。
そこで、鰻を餌に、と言ったら失礼だが、上等な鰻を御駄賃として、
孫の私に買い物を頼んだと言う訳である。

注文の品を一式買って、宅を訪ねた。
祖母は大いに喜んで、早速、鰻を持たせてくれた。
自宅に戻り、その晩の夕食で、鰻丼にして食べた。
山椒を振りかけている時、忍び寄っていた感傷が、溢れて来た。
昔よりも、腰が曲って、一回り小さくなった祖母の背中が甦った。
本当は、この立派な鰻は、祖母に食べて欲しかったのだ。
ふっくらと香ばしく、美味しい鰻だった。

496声 妙見様までの路

2009年05月10日

夕方、近所の妙見様までサイクリング。
平屋のアパートが、4、5棟、集合して建つ一画。
子供等が棒を振り回して遊び、小さな児を背負った母親が二人、談笑していた。

自転車の良い所。
鳥の囀りが聞こえる所。
家から漂ってくるカレーの匂いに、気付ける所。

妙見参りを終えて、帰路。
母親と子供等は、家の中へ戻った様子だった。
家族揃って、楽しい夕食。
遠くに見える畑の農夫も、夕焼けの中で帰り支度。

495声 窓辺の現象

2009年05月09日

五月晴れ。
終日、過ごし易い気候。
窓辺に机があり、机の上にはノートパソコンが置いてある。
ノートパソコンの上には、薄い雲が棚引く淡い青空が広がっている。
網戸越し、西日を受けて、橙色に照る群馬県庁を望む。

直ぐ隣の家の電線。
青、緑、茶の線が、絡まって伸びている。
その電線の穏便を破ったのは、一羽の野鳥。
小さな弧を描いて電線に止まると、小気味良く、首や目を動かしている。
掌程の大きさのその鳥は、全体に灰色の羽毛に覆われ、
頬の横にある朱色の羽毛が鮮やかである。
チッと鳴いて飛び去り、弧を描いて軒先にあるアンテナに止ったかと思うと、
また直ぐに飛び去って、気紛れに何処かへ行ってしまった。

雲雀の声に混じって、思い出した様に合唱する蛙の声も、遠くに聞こえる。
斜向かいのアパートの二階。
時折、滑空して来て巣に戻ったかと思えば、また忙しく舞い戻って行く燕が一羽。
風が夜の気配に変わりつつある、夕暮れ。
一寸出掛けるか、否か。
窓辺の現象に目を向けながら、頬杖を付いている。

494声 不調日和

2009年05月08日

体調 甚だ優れぬ日 流れ行く雲を 懐かしからむ

493声 では、ないか

2009年05月07日

なんと、この日刊「鶴のひとこえ」も、本日で493声を数えるではないか。
となると、100声毎の記念特別企画が目前に迫っているではないか。
しかし、まだ企画内容が何も決まっていないではないか。
これは、非常に不味い事態ではないか。
反復が、一寸しつこいではないか。
もう、止めても良いではないか。
あっ、出羽内科。

何て、ギャグを考えてる場合ではないか。
企画内容を、早急に考えないといけないではないか。
企画自体を、後7日で煮詰め、実行せねばならないではないか。
何時もの事ながら、その企画を発表したところで、自らに利はないではないか。
いや、それでも良いではないか。
いつか、良い事があるのではないか。

例えば、場末の繁華街に、小料理屋が在るとするではないか。
ふらりと入ったカウンターに、眼元涼やかな、
和服美人女将がいるとするではないか。
注文した瓶麦酒と、小鉢に入ったホタルイカの沖漬のつき出しを、
透通る様に白い細腕で、出してくれるとするではないか。
そして、これまた透通る様な声で、
「先日の、鶴のひとこえ500記念特別企画、面白かったです」
と、言ってくれるとするではないか。
いや、例えば、の話ではないか。
でも、若しかしたら、いつかそんな夜が来るのでは。
無いか。