日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2417声 サリヴァンさん

2015年05月22日

「痛風になるぞ、絶対に」
先日の宴席の際、俳句の先生にそう言われた。
倒置法の効果もあって、その言葉はグサリと胸に刺さった。
酒席での私がほぼ麦酒しか飲まず、いつもガブガブ飲んでいたので、
そう思われたのであろう。
言っている本人だって、大酒飲みであるが、麦酒は控えているらしい。
麦酒ならまだしも、痛風の諸悪の根源のような存在として
巷に喧伝されている、プリン体を多く含むつまみが、大好きである。
焼鳥ならレバー、甲殻類やめざしを齧らなくて、どうして麦酒が飲めようか。
リスのようにカリカリとナッツを齧りながら、飲めと言うのか。
そもそもが、大衆酒場のつまみはプリン体のオンパレードではないか。
ついつい、興奮してまくし立ててしまったが、今は、
テキサスのエリザベスさんのようなことになればと、
おぼろげなる一縷の希望にしがみついている。
テキサス州に住むエリザベス・サリヴァンさんは、
2015年の3月18日に104歳を迎えた。
彼女の長寿の秘訣の一つはなんと、1日に3本、40年以上も飲み続けている、
炭酸飲料「ドクターペッパー」だと言うのである。
サリヴァンさんは地元紙のインタビューに、
「医者はみんな(ドクターペッパーが)健康に悪いと言いました。
しかし、忠告した彼らの方が先に亡くなって、私は生きています。
どこかで間違いがあったのでしょうね」と語ったとの由。
ネットのニュース記事なので、鵜呑みにせず流し見ていたが、
好感が、なんだか尊敬めいた気持ちに変わってきた。
なりふり構わず、一つのことに没頭できる人は輝いて見える。
とは言え、痛風になるのは御免だが。

2416声 女性の活躍

2015年05月21日

昨年閣議決定もしたが、女性の活躍を推進する社会を目指しているらしい。
酔街で、たとえば有楽町のガード下など、たしかに女性が増えたと、
実感している。
増えただけではなく、よく飲みかつ食べかつ騒がしく元気なのもまた、
女性なのである。
男はと言うと、二三人で固まり、焼き鳥の煙に隠れながら、ひそひそ上役の
悪口を言っていると言う具合である。
平日夜の千ベロ(千円でベロベロに酔える店)系統の立ち飲み屋など、
男連中で混み合っているけれど静かなもので、みな備え付けのテレビを眺め
ているか、壁のメニューを見つめつつ、ぶつぶつ独り言を呟いている。
若者はスマートフォンで呟いているので、もっと静である。
女性の活躍を尻目に、男は静に酒を飲む、それで良いではないか。

白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり

若山牧水もその一首を残しているではないか。
肝硬変を患い43才で逝ってしまったけれど。

2415声 大きな声

2015年05月20日

住んでいるアパートの脇に、中学校がある。
「エイッ、エイッ、エイッ」
地鳴りのような、低い掛け声が、
朝、玄関を出るといつも聞こえてくる。
校庭のほうを覗くと、丸坊主の男子生徒が、
一列になってスクワットなどしている。
元気な若々しい掛け声を背に、葉桜の並木道を行く。
左手に持っている大きなゴミ袋を、木洩れ日が透く。
道路に落ちる影で、髪に盛大な寝癖が付いていることに気付く。
そう言えば最近、否、もう何年も、腹から大きな声を出していない。
そんなことを考えつつ、ごみ置き場に袋を叩き込んだ。

2414声 相撲王

2015年05月19日

先週、群馬へ帰省したときのこと。
この日は、朝から吟行の予定があった。
夏の日差しが強かろうと思い、集合場所へ着く前に、
小さな雑貨店で麦藁帽子を購入した。
会計を済ませて、トイレへ入り、便座へ腰掛けた。
ひと心地ついたところで、眼前の壁に貼ってある、
張り紙が目に付いた。
煙草のマークに斜線、その下に文字。
「No sumoking」
角界に対し、物申すことがあるらしい。

2413声 つまりは

2015年05月18日

自分の身の丈で句を作る。

2412声 野辺

2015年05月17日

句会のため、田口町へ行ってきた。
田口町は、前橋市の中でも最北部に位置しており、
西に利根川を置く、名前の通り牧歌的な町である。
県下では蛍の里としても有名で、県内文学偏愛者の間では、
萩原朔太郎の墓所である政淳寺があることでも知られている。
何の変哲もない野辺を歩き回り、何の変哲もない蕎麦屋で昼食を取り、
句会を終えて帰ってきた。
旧知の人とも再開できたことで心がさざめいていたせいか、
句の出来はいまひとつだった。
しかし、ふとした瞬間、例えば雲が晴れて山の色が鮮やかに現れたときなど、
何の変哲もない野辺こそ、とたんに精彩を帯びて見える。

2411声 平目の刺身

2015年05月16日

しみじみと良いビアパブであった。
「ざぶん」が、である。
午後九時の高崎市街は連休明けの週末のためか、
往来の人影はまばらで、その路肩には出動を待つ代行車が列をなしていた。
入口の賑わいをくぐり、ドブネズミのように店内の隅の席へ行こうと
目論んでいたのだが、一瞬で堀澤さんに見つけられてしまい、
カウンター真中の席へ案内された。
店内のしつらえから、料理に一杯の麦酒まで、隙が無かった。
路地裏の赤提灯では隙だらけの堀澤さんの店は、いつも隙が無い。
「そこは特等席なんですよぉ」
私のためにカウンターの席をひとつ横に移動する羽目になり、
その特等席を横取りされた、酔っぱらいの姉さんが、怪しい呂律で私に言った。
この人もまた、隙だらけである。
お品書きの麦酒を、上から順に頼んでは、飲む。
そのうちに、酔っぱらいの姉さんは結局、特等席に戻り、
私はその姉さんの席へ着くことになっていた。
席を移動すると、姉さんが平目の刺身を一枚くれた。
すべての種類の麦酒を堪能し、店を出た。
出際に、丁度いまから入店するすーさんとも会え、
往来を吹く夜風が、一層心地よくなった。

2410声 群馬と麦酒

2015年05月15日

今週末は、日曜日に前橋市の田口で開催される句会へ参加するため、
群馬へ帰省する予定である。
この機にまだ一度も立ち寄ったことがない、
ざぶんへ寄ってみたいが、叶うであろうか。
ともあれ、昨日の前橋市は31度を越えて、全国で一番の暑さ。
群馬と麦酒の関係が、ますます密になっていることは確かである。

2409声 堰

2015年05月14日

先月の堀澤さん記事に「コーヒー」と言うのがあった。
体質的に珈琲が飲めない堀澤さんが、
仕事の都合でコーヒーを淹れることになったと言うもので、
「引き立ての豆に向かって、口の長いやかんでちょろちょろとお湯を注ぐ。
そうするとなんとも言えず深く甘い香りが立ち上ってくる。」
と言うくだりがあり、珈琲好きの私は、その香ばしさを思い浮かべ、
のどが鳴るような思いであった。
「飲んだらとたんに頭痛が始まる。」と言う堀澤さんには酷な香りと言えよう。
昔、仕事の関係で一日中車を運転していた。
私は煙草を飲まぬので、運転中は手持ち無沙汰で缶珈琲をよく飲んでいた。
よく飲んでいた、程度ならば良いのだが、日に四、五缶は飲んでおり、
無糖のみならず砂糖入りのものもお構いなし、さらに客先へ行くと珈琲がでる。
多量の摂取が原因で、夕方には軽く胸焼けしていることが常であった。
仕事上で一切運転することがなくなったことも相まって、
今ではその週間もすっかりなくなり、日に二缶くらいになった。
その二缶も、「お構いなし」と言うのは止めて、
好きな銘柄の無糖のみ飲むようにした。
珈琲胸焼けから開放された今、そうやって欲求に堰を作り、
自分を戒めることも必要だと感じている。
しかし、こと酒欲川の堰に関しては作っても作っても簡単に倒壊。
川が氾濫し、酒に溺れることしばしばである。
そのため、二日酔いの胸焼けから開放される日は、まだ遠い。

2408声 小さい風

2015年05月13日

昨晩、四国沖で温帯低気圧に変わった台風の影響で、
今日は都内でも気温30度を越えた。
夕方の路地は湿った匂いに包まれ、
天麩羅屋の前には打ち水の跡があった。
行き交う人はみな、服のどこかしらが、
小さい風にはためいていた。

2407声 消息

2015年05月12日

千葉県に来て三年が経つ。
都内の地理には詳しくなったが、住んでいる近所の地理がおぼろげである。
今でも近所で道に迷うことが良くあるし、都内の地理に明るくなったとは言え、
鉄道の路線図が多少頭に入ったくらいで、ビル街の路地へ入ると途端に迷う。
普段歩く道から一本逸れると、そこはもう知らない街の様で、
スマートフォン片手に「あわわわ」となりながら、右往左往する日々である。
これで猫人間が出てきたら、萩原朔太郎の「猫町」状態なのである。
引越しの途中で自己顕示欲を含めた向上心をごっそり落としてきてしまったようで、
今まで使用していたブログやらフェイスブックといった、SNSの類を一切やめてしまった。
その為、知人からはこの日刊「鶴のひとこえ」にて、消息を確認されている。
そんな調子で、猫人間の幻影を見ることもなく、ほろと酔いながら、
時折、酩酊しつつ、日々、コンクリートの上を千鳥足で進んでいる。

2406声 予定

2015年05月11日

整然と予定が書かれている手帳にあこがれる。
赤や青などの色で分類分けされていて、
文字の大きさも均等な頁である。
私は何年経っても手帳の予定がぐちゃぐちゃで、
その内容は理路不整然かつ意味不明である。
予定の欄には「はいく」とだけ書いてあり、
「俳句」に関する何の予定かが重要なのだが、
それが判然としない。
一年を通して、そう言う日にちが多々存在する。
昨日の5/11(月)の欄には「送信」とあり、
「何を」送信するべきだったのか、送信予定日
を一日過ぎた今日、催促の連絡が来るのではな
いかとびくびくしている。

2405声 冷やし中華

2015年05月10日

冷やし中華を食べた。
「冷やしたぬき」を注文しようと店内のメニューを見ていると、
壁にいつもと見慣れぬ文字が貼ってあったので、思わず注文した。
お皿には細切りの胡瓜、ハム、錦糸卵が放射状に盛り付けてあり、
紅生姜とカラシの鮮やかなさし色が食欲をそそる。
夏料理と言うのは見た目の清涼感が大切である。
などと、もっともらしい事を書きつつも、その一分後にはそれを、
ぐちゃぐちゃに混ぜて食べている。
冷やし中華を、どうもきれいに食べられない。
ラーメンはいまや世界的な人気者になり、
欧州ではひそかなブームにもなっているとか。
国内でも昔ながらの醤油味からトマトやらチーズやら、
安価なものから高級なものものまで、斬新なバリエーションが増殖しつつある。
冷やし中華は、冷やし中華とだけは、いつもでも食堂の片隅で出会いたい。

2404声 若葉風

2015年05月09日

定例句会のため、原宿へ出かけた。
原宿の街が発する活力から逃れるように、
駅を出ると竹下通りや表参道には目もくれず、
そそそそっと明治神宮の木下闇に紛れ込む。
桜の時期からたったひと月で、明治神宮や代々木公園の緑は、
ポップコーンがはじけるように膨らんでいた。
始めてこの句会に参加したのが、三年前の五月。
今日のような好天で、参道を抜ける若葉風が心地よかった。
若者の街である原宿には若葉が良く似合う。
だからであろうか。
風の香りが若者であった頃の自分を思い起こさせる。

2403声 花人

2015年05月08日

立夏を過ぎ、連日の夏日である。
近所では藤が散り、躑躅が瑞々しく咲いている。
数日前に北海道で散る桜を観ていたので、
感覚が追いついて行かぬ心持である。
私には俳句の師が居て、先日、忘れたころに便りが戻ってきた。
今回は随分と返信が遅かった。
便りの文面には、返信が遅くなった理由が書いてあり、
「花に心奪われ…」ていたとの由。
師は自他共に認める「花」好きで知られ、
さくらの時期は毎日どこかの花の下で酔っている、と言う具合である。
「花見」をしている人のことを、季語では「花人」と言う。
花人とは、そして俳人とは何かを、その一文を読みながら考えさせられた。

2402声 「北海道麦酒漬紀行」番外其之二

2015年05月07日

「バックは」
一挙に血の気が引いて行く心地。
部屋のどこを探しても、背負っていたバックパックが無いのである。
ひとまず、ベットに腰かけて缶麦酒を一口すする。
ホテルにチェックインした時点から、記憶を巻き戻して見るが、
酔いの回った記憶はもはや、砂浜の足跡のごとくであった。
残されている思考力を全て動員し、現場を突き止めねばならない。
重要なのはバックを「置いた場所」である。
チェックインする時、駅のトイレに行った時、列車に乗った時。
「列車に」と、来たところで記憶の中の捜査犬が吠える。
この犬も酔っているので定かではないが、乗車した際に、
網棚の上にバックを置いた。
どうやら、あやしいのはその場所である。
すぐさまジーンズに足を通して、札幌駅へ向かった。
駅構内の「忘れもの」窓口にたどり着くまで、
どのくらいの時間を経たのか定かではないが、
窓口の係員が親切な人だったことは、しっかりと覚えている。
結局、「赤色」と言う単純かつ派手な色が幸いしたのか、
バックは誰にも持って行かれず、初めて名前を聞く、
E駅に先ほど保管されたとのこと。
23時を回っていたので、本日中の回収が難しく、
帰りの時間との兼ね合いもあるので、図々しくも郵送をお願いした。
貴重品の類は全て手持ちの小型バックに入れていたので、
無くなっても大事には至らなかったが、
着替えは一個もなくなってしまった。
酔った若者たちのあふれる構内をとぼとぼと帰りつつ、
コンビニへで下着と缶麦酒を買ってホテルへ戻った。
その後、バックより早く帰ってきた持ち主は、この文章を書きつつ、
北海道から赤いバックの帰りを心待ちにしている。

2401声 「北海道麦酒漬紀行」番外其之一

2015年05月06日

麦酒漬紀行も、しこたま麦酒を飲んで、楽しく終了。
とは、やはり問屋が卸さない。
酒での失敗と言うのは、自責の念が甚だ大きく、
できればすぐにでも忘れてしまいたいのだが、
「北海道麦酒漬紀行」などと銘打って書いたのならば、
恥を忍び、オチを付けねばなりますまい。
小樽ビールにおいて、「麦酒純粋令」の素晴らしさに改めて感動し、
ホール係りの姉さん方の迅速な接客も相まって、次々に杯を開けた。
その時点で、酔いの進行に気づかねばならぬのだが、
ジャーマンポテトの脇に並ぶ、空のジョッキ。
頭の中では、タガがとうに外れていた。
運河に灯るガス灯の灯に千鳥足を照らされつつ、
小樽駅から帰りの列車でも、片手には缶麦酒。
よく冷えたサッポロクラッシックには、
麦酒漬人間なれども、明瞭に分かる清涼な味わいがあった。
麦酒の味わいは明瞭に覚えているのだが、記憶の方が曖昧模糊としていて、
「はっ」と気づいたのは、風呂上がりの一杯。
ホテルの一室でサッポロ黒ラベルの北海道限定缶を、勢いよく開けた瞬間である。

~つづく~

2400声 「北海道麦酒漬紀行」第二日目

2015年05月05日

ジンギスカンによる功績が大きく、
前日の麦酒漬けによる二日酔いが、ごく小規模で抑えられた。
串カツ屋では禁じ手の二度づけをするべく、一路、小樽を目指して列車へ乗った。
今日も浸かるなら麦酒である。
小樽市内は、防波堤から海風が吹き込んで、体感気温は札幌などよりも、
ずいぶん低く感じられた。
市内北側に伸びるこの防波堤は、日本初のコンクリート製外洋防波堤との由。
防波堤と運河観光もそこそこに、行くあてはもちろん麦酒。
今回は、運河倉庫の一角をビアパブとしている、「小樽ビール」である。
赤レンガの倉庫のやわらかな灯りに照らされつつ、早速、ピルスナーから始める。
ドンケル、ヴァイスと進め、限定醸造のへレスを流し込む。
隣の席では、大柄の欧米人男性が中ジョッキ、小柄な日本人女性が、
顔よりも大きな大ジョッキを両手で上げている。
実に、爽快な光景である。
へろへろくたくたになりつつ、夜風に背中を押され、帰りの列車へ転がり込んだ。
無論、ポケットにはお土産である小樽ビールの瓶と、
先ほどキオスクでもとめた、サッポロクラッシックの缶が詰め込んである。