快晴、まだ新幹線のダイヤは乱れていたが、朝、定刻通り新大阪から新幹線に乗車し、おおよそ三十分遅れで東京に着き、市川へ定例の句会へ直行。車窓風景で句を仕上げていたので、スムーズに句会を終えられた。新年度近いということもあり、今年度で句会を辞す人や新しく参加したい人などの連絡があり、そういうところから、まず春めいてきた。
2025年02月09日
快晴、まだ新幹線のダイヤは乱れていたが、朝、定刻通り新大阪から新幹線に乗車し、おおよそ三十分遅れで東京に着き、市川へ定例の句会へ直行。車窓風景で句を仕上げていたので、スムーズに句会を終えられた。新年度近いということもあり、今年度で句会を辞す人や新しく参加したい人などの連絡があり、そういうところから、まず春めいてきた。
2025年02月08日
朝、東海道新幹線に乗車しようと、東京駅に着くと、案の定、改札口には人だかり。近畿地方などの大雪の影響で、遅延や運休が発生していた。一旦、改札を出てマクドナルドでコーヒーを飲みつつ、経路など考えた。結局、指定席は捨てて、とりあえず来た新幹線の自由席で向かうことに決めた。始発駅なので、自由席には何とか座れ、途中、大幅な遅れもなく、それでも自分の立てた予定より2時間程度の遅れで、新大阪駅に到着した。大阪市内は時折、風花などちらつく程度で晴れており、遅れにより昼食をとる時間を失いはしたものの、仕事も滞りなく済んだ。済んだのが、もう二十一時近かったので、ホテルに直行してから、近場の居酒屋へ寄り、軽く飲んだ。
2025年02月07日
依然として寒さ厳しく、週末にかけて各地で大雪の予報が出ている。他人の句の選句、自分の句の選句を進める。さしあたり、この大きな選句を済ませれば、いま抱えている自選の十二句に集中できる。他人の句を見るよりも、自選ははるかにたやすい。今朝、列車の車窓から遠くの公園に赤い花をつけている木が見えた。紅梅だろうか。
2025年02月06日
寒さ厳しいがよく晴れた一日。職場近くの神社に初午の祈祷に出かけた。「侍従長 鈴木貫太郎 書」という額の下に縮こまって、初午の祝詞を聞いてきた。今年はずいぶん若い神主で、祝詞が風に消え入らんばかりに細々としていた。神社を出ると、すぐわきの小学校から子どもらの声が宙にあふれて出ていた。
2025年02月05日
穏やかに晴れた一日。そろそろ桜の時期の予定が立て込んできた。今年は開花の時期が早いらしい。桜は好きだが、桜の時期は好きではない。社会人にはそういう人も多いはずであろう。節目の時期、楽しい思い出ばかりではない。鼎談用の句集を読み進める。今週末までにめどを付けねばならぬ句稿もあり、焦燥感が募りはじめる。
2025年02月04日
寒波急で日本海側は大雪との由。こちら太平洋側も寒さ厳しく、朝起きるのがつらい。晴れたり曇ったり通り雨があったりと、不安定な空模様であった。二月に入り、街はだいぶ落ち着きを取り戻したというか寂しくなった気がする。夕方に吉報あり。こういう知らせは忙しくて我を忘れているときに限って届く。よって感慨うすし。
2025年02月03日
今朝、デイリーヤマザキでおにぎりを求めたら、おにぎりの包み紙に「2点」という小さなシールが貼ってあり、今年も春のパンまつりが始まったことを知った。今週は週末に大阪行を控えており、ヘビーな週になりそうだ。今日は立春。前を向いて歩いて行きたい。
2025年02月02日
昨夜からの雨が昼過ぎまで残り、寒波で急に寒くなった。今日も句会の予定があったが断念し、休養日として買い物など済ませる、原稿などを少しずつ進める。先週体調を崩していたこともあり、体力回復のため、昼は焼肉を食す。思うところあり、終日、モチベーションあまり上がらず。
2025年02月01日
早起きして一路群馬へ。今回はのんびり行ってみようと、武蔵野線、京浜東北線、高崎線、両毛線というルートを選択した。乗り換えが多いが、待ち時間が少ないので、あまり苦に感じなかった。新前橋駅でピックアップしてもらって、前橋公園で吟行。あと二日で立春という頃合いらしく、きりりと晴れて暖かな日差しが注いでいた。さちの池まで来ると、水面に薄氷がはっていたので、感銘を受けた。私としては今シーズン初氷である。このあとの句会でも議論の的となるのだが、果たしてこれを春の季題の〈薄氷〉と言っていいのか。いいもなにも、薄氷以外の何物でもなかろうと、池に手を突っ込んで氷を割ってみたりした。ぱりりと割れるさまは確かに薄氷である。その後、近所の男女共同参画センターで句会となり、やはり、〈薄氷〉の句と〈氷(張る)〉の句とがあり、それぞれ時候を境にするか、自身の感覚を境にするかで捉え方が様々であった。今日の句会の最高齢は九十歳。私と同じく電車で帰るとおっしゃっていた。さらりと解散になったので、またのんびりと帰ることにした。グリーン車で缶麦酒を飲みつつ、今日できた句をさらいつつ。
2025年01月31日
はたして、なんてことないことなどあるのだろうか。
本日の午前中は、昨日の午後勃発した案件の鎮静化のため少しばかり働く。
なんてことないことだとおもっていたのだが、当事者にしてみると一大事。
しかも、対応の仕方によっては火に油を注ぎかねないのが難しいところ。
そういった意味では、なんてことない、ことはない。
キーマン(震源地)の一人と話し合い、誤解を解く。いや、溶くか。とく、としておこう。ということで、驚くほどあっけなく解決。
ほら、やっぱりなんてないことなのだ、と見えてしまう。
しかし、なんてことないことなどはないのかもしれない。
経験や知識、そして何よりも、信用と信頼がものをいう出来事。誠実さによって、積み重ねる信用とでも言おうか。積み重ねるのは難しいが、崩れるときは一瞬だ。
今まで、人や組織が信用を失う瞬間を何度も目撃してきた。巷にはそんなニュースがあふれている。
ということは、なんてことないことのように見えるだけで、なんてことないことなどないのかもしれない。
ということで、1月が終わります。
明日からは抜井さんです。よろしくお願いします。
2025年01月30日
本日は餃子が食べくなって王将へ。
炒飯セットで餃子のにんにんく激増しを注文。
ほどなくして、出てくる。
だがしかし、肝心の餃子はお預け。しばらくお待ちくださいとのこと。
仕方がないので、炒飯と唐揚げを食べて餃子を待つ。なかなか出てこなくて、気がつくと炒飯が半分になっている。
持ち帰りを受け取ったお客さんが、嬉しそうな顔をして帰っていった。餃子が入っているのだろうか、いいなー。
と、いうころやっと餃子が到着。
おいしくいただく。
王将は、羊羹界で例えると「とらや」である。知らんけど。
その後、Boccaへ。CBHの話しを少々。本日も楽しいカウンターであった。
2025年01月29日
昨夜のうら庭、ヱビスビールに続いて、お通しは、豚のすき焼き風温玉付き。
次に、出汁巻玉子、おでん三点。
鉄火巻、そして最後にたい焼き。
大変おいしゅうございました。
カウンターでの会話の中で、年末にお会いしてから、しばらく見かけなかったジロウさんの近況を聞き、衝撃を受ける。
連句にもしばしば参加してくれて、いつもモリモリ気持ちよく食べていたジロウさん。
はやく元気なっていただきたい。
快復を祈ることしかできない。
2025年01月28日
本日の夕食は、うら庭へ。
まずはヱビスビール。
一昨日は、ゑびす神社。昨日
は、恵比寿屋。
ということで、本日のヱビスビール。ほんまに。なんのこっちやー知らんがな。
ということで、本日も無事終了。
2025年01月27日
朝、通勤の途中でIさんに会う。
週末にいいふきのとうが採れたらしい。ふきのとうの天ぷらが食べたくなりながら出勤。
さて、お昼は恵比寿屋へ向う。
道中、同級生に会う。週末に行われ、出席することができなかった同窓会の状況などを聞き、今度彼が経営するお店に行くことを約束。
その後、ホップのマスターにごあいさつ。「マイドー」と元気のいい返事をいただいた。
恵比寿屋では、かき玉そば、軽めを、注文。おいしくいただく。
職場に帰るときにもホップのマスターに会う。修理をお願いしている靴はもう少し時間がかかるらしい。気長に待つことにする。
2025年01月26日
日曜日の本日、珍しく朝ごはんを食べたので、お昼ごはんのお店まで、腹ごなしのために歩いて行くことにする。
グーグルマップによると56分。
1時間半あるので、ゆっくり間に合うだろうと歩き始める。
途中、見たいところがあったので少し遠回りすることに。
しかし、あてははずれて、再びお昼の店を目指す。すると、その遠回りのお陰で、ゑびす神社の前を通りかかる。
初詣をどうしようとおもっていたところだったので、ここに決める。
以前、十日ゑびすで来たときはものすごい人出だったのだが、今日はすいている。
一の鳥居をくぐり、手水舎で清め、本殿に向かうと前のカップルが、二の鳥居に向かってお賽銭を投げていた。何度かチャレンジして、男性のお賽銭は、福箕でも熊手でもなく、しめ縄の上に乗る。
これはこれで、珍しいので、ふたりで喜んでいた。女性は、その後3度ほど試みるも入らず。「お先にどうぞ」と言われたので、それでは失礼してと、二度ほど素振りをして、一投してみる。
見事に熊手におさまる。
何だか、一度で入りそうな予感がしていたのだが、予感的中。
何度かのチャレンジで、相方も無事、ゑびすさんの福箕のほうに入る。
熊手でなく、福箕のほうに入れるあたり流石だ。
ふたりとも、いい年になりそうだ。
2025年01月25日
『路傍のフジイ』という漫画を知った。
例によって、Geminiに聞いてみた。
どうやら、独特な魅力を持つ主人公「フジイ」の日常を描いていて、一見平凡な日常の中に、読者を考えさせるような深いテーマが散りばめられているらしい。
主人公「フジイ」の魅力。
ストーリーの魅力。
なぜ人気なのか?の考察。
を箇条書した後、
《路傍のフジイの世界観は、どこか懐かしく、そしてどこか新鮮です。読者は、フジイの視点を通して、日常を違った角度から見ることができるでしょう。》という。
わたしは、書評で『路傍のフジイ』を知ったのだが、そこにはフジイの生き方が原始仏教の仏陀の教えに通じるものがあると書いてあったので、そのこともGeminiに聞いてみた。
すると、とても詳しく答えてくれた。
ぜんぜんここに書ききらないので、気になる人はGeminiに聞いてほしい。今のわたしにとって、Geminiは、いい話し相手である。
2025年01月24日
本日のお昼は、味噌ラーメンを食べるために駅まで歩く。
ダウンの上着がいらないくらい暖かであった。
店に到着。
そんなに店が広くないので券売機に3人いると大行列のように見えるものの回転が早いのですぐに順番が来る。
券売機の前で、一瞬たじろぐ。
タッチパネルのメニューには、ラーメンとチャーシューメンが並んでいるものの、味噌ラーメンが見当たらないではないか。
実は、前回来たときに味噌ラーメンを食べている人がいて、おいしそうだったので、機会を伺っていたのが本日となった。
味噌ラーメンの券を買うのは初めてなのだ。
呼吸を整え、ラーメンでいいか、とおもった瞬間、メニューの一覧の左側にある大きなアイコンに味噌ラーメンとあるのが目に飛び込んでくる。
大きすぎて見えなかった。
というより、通常の位置にも、味噌ラーメン、作っておいてほしい。
ということで、無事に味噌ラーメンの食券を購入。
ここの店、ラーメン類は、そばやうどんよりも提供に時間がかかる。
二人ほどわたしを追い抜いていった。
かき揚げそばとほぼ同時に味噌ラーメンのコール。
受け取りのとき、かき揚げそばのおばさまが、わたしの味噌ラーメンを見て、おいしそーと呟く。
前回のわたしと同じだ。
わたしの場合、心の声で、口には出さなかったが・・・。
結局、そのおばさまの横で食べたのだが、味噌ラーメンを食べ終わろうかというその時、「それ、グーですか?」と話しかけられる。
「お食事中、話しかけちゃってごめんなさいねぇ」
「ここの店、おいしいわよね。来るのが楽しみなの」と続く。
わたしの感想など関係なしに、おばさまの次回のメニューは、味噌ラーメンに決まりだろう。
わたしは親切なので、券売機の左側にアイコンがでてくることを教えてあげた。
本日のお昼を味噌ラーメンにして正解だった。談志の言葉、「現実は正解なんだ」を思い出したが、ほぼ関係はない。
2025年01月23日
ちょうじょうのしゅび、と読むらしい。
例によって、Gemini(GoogleのAI)に聞いてみる。
すると、
「重畳の首尾」という言葉は、一般的な日本語の熟語としては見当たりません。
とな。
それに続いて、原因を文語的な表現のためと推測したり、具体的な文脈を教えてくれと述べたあと、「首尾」と「重畳」のそれぞれの意味をあげる。
Geminiのすごいところは、ここから「重畳の首尾」を解釈しようとするところだ。
以下のような感じだ。
《「重畳」と「首尾」を組み合わせると、「何度も繰り返される結果」や「重ねて行われたことの結果」といった意味合いが考えられます。》
さらに、データにないことなので、釘を刺すことも忘れない。
《しかし、前述の通り、「重畳の首尾」という言葉が一般的な日本語として定着しているわけではありませんので、文脈や状況に応じて、その意味は変化する可能性があります。》
そして、まとめを記して、最後に
《ご不明な点があれば、お気軽にご質問ください。》と述べて終わる。
なんとなく分かったような、分からないような。
重畳の首尾は、子母澤寛の「父子鷹」に出てくる言葉らしいのたが、Geminiは読んでいないようだ。もちろん、わたしも読んでいない。
わたしは、この言葉を談志のことを書いた本で知る。
晩年、病のために声のでなくなった立川談志が、声のでないなりに工夫をして、田能久を演じたときがあったという。
体力も回復し、自らの芸にも厳しい談志自身も納得のいく「落語」だったらしい。落語になっていたということか。
そのとき、立川流の顧問が、談志にかけた言葉が、
「重畳の首尾」。
いつか、使ってみたい。