今日は蟹。
売れないとまかないが充実する。
ひじょーにうまかった。
それに合う酒がまた充実している。
こんなんじゃダメなのかそれでいいのかはわからない。
だが、
うまいんだからしょうがない。
2014年12月06日
今日は蟹。
売れないとまかないが充実する。
ひじょーにうまかった。
それに合う酒がまた充実している。
こんなんじゃダメなのかそれでいいのかはわからない。
だが、
うまいんだからしょうがない。
2014年12月04日
手作りの小冊子のことを「ジン」という。
中島みゆきの「ジン」を作った。
500曲近い中島みゆきの曲から10曲を選んで、
歌詞を載せて私の文章をつけた。
今回は恋の歌について。
中島みゆきの「ジン」をあと2冊作ろうと思っている。
2014年12月03日
夜中に帰ってきてやはり酔っ払っているが、
これではいかんせん何も書けない。
お客さんにいただいたチョコレートとみかんを食べながら、
あーうまいと思っている。
部屋が寒い。
2014年12月02日
都合の良さは都合の良さでしかない、
というのと、
酔っ払いは酔っ払いでしかない、
というのは似ていて、
それはどこまでダメかという話とともに、
どこまで許せるかということが語られなければいけない。
2014年12月01日
俳優菅原文太が亡くなった。
子供の頃、
父親につれられて映画「トラック野郎」を見に行ったことを思い出す。
その時は、スマートに生きられない大人の野蛮さばかりが違和感だった。
年をとって、自分も野蛮だと思うと共感した。
それにしても好みの人がよく死ぬ。
一緒に好きな時間が死んでしまう気がする感傷は嫌である。
あいにく飲み過ぎて夜中。
あと一杯飲んでから寝ようと思うが大きいサイズのビールしかない。
2014年11月30日
桐生の文化会館で行われた社交ダンスパーティーのビデオ撮影を担当した。
社交ダンスの撮影は2度目であったが、終盤には世界レベルのペアの演技もあり、
タンゴやワルツの情熱や優雅さに、ファインダー越しにえらく感動してしまった。
年配の方の嬉々とした社交ダンスっぷりも素敵で、
自分の連れ合いでもそうでなくても、異性と手をつないで凛として踊るということは
気持ちを若く保つには最良の手段に思えた。高原学校のフォークダンスを思い出した。
このひと月、まとまりがないながらに「力の源」について考えてみた。
人生に主体性を持つことにしろ、チョココロネのようなねどこを持つことにしろ、
「自分や他者、身の回りに対しエネルギーを使えば、いずれそれ同等かそれ以上の
エネルギーが返ってくる」というのが僕の楽観的実感です。
あなたにとっての力の源は、何ですか?
今回、自分の都合で更新を長いこと滞らせてしまいすみませんでした。
さあさあ、12月はお待ちかね、「ザブン」の大繁盛?でふところ温かいのかな?
料理家・堀澤宏之氏の登場です。また、お会いしましょう!
2014年11月29日
「中之条ビエンナーレ」ディレクターの山重徹夫氏が「逗子アートサイト」に続き
手掛けた「富士の山ビエンナーレ」にピューンと日帰りで行ってきた。静岡県。
中之条と共通のアート作家も多く、その場にある石やもので作品を組み立てる
鈴木孝幸さんによる、使われなくなった映画館まるごとの展示は面白かったし、
過去中之条の道の駅たけやまに竹城を築城した勝木繁盛さんによる竹で作った
巨大は船は、鷹岡の町中に突如現れたノアの方舟のごとき圧倒的存在感だった。
巨大と言えば、午前中は行って早々強い雨で靴も服もぐちゃぐちゃになったのだが、
午後、天気は奇跡的な回復を見せ、現地で借りた車を運転中、目の前に突如巨大な
富士山がどーんと出現したのには、タイミング的にもアートを見るより感動してしまった。
距離感が掴めていなかったから、もっと小さく見えると思っていたのだ。どーんだった。
この富士山であればヤジさんキタさんが道中驚いたのも真実味があるし(実話だっけ?)、
このイベントのボランティアのお出迎え精神は凄いなと感心していたのだが、それは
富士山目当てで観光に来る人に接する下地があったからか、と勝手に納得してしまった。
ここで育った人たちにとっての富士山どーんは、プライスレスな心の支えなのだろう。
現地でばったり会った山重さんについて行ったおかげで、名産の生桜えびをパリッと
かき揚げにし、それとご飯との間に甘く煮た鶏卵をはさんだ「黄金丼」も知ることができた。
こうすれば最後までかき揚げはパリパリ、甘い卵との相性も抜群の絶品どんぶりだった。
アート目的で行きながら、人と自然と美食に酔いしれた一日。
これこそが、アートイベントの正しい楽しみ方。来年は、中之条ビエンナーレ年。
2014年11月28日
僕が大好きな「マスターキートン」という漫画が20年を経て新しく描き下ろされ
単行本化されたという知らせを聞いたので、発売日早々に買いに行った。
これは「20世紀少年」や「MONSTER」、「YAWARA」で知られる浦沢直樹氏による、
一話完結型の漫画で、考古学者を目指しながら、軍事特殊部隊でマスターになり、
探偵としても世界各国を飛び回る、風変わりな男を主人公としている。
この漫画について書き出したら止まらないが、今日面白いと思ったのは、
ジョウモウ大学や中之条ビエンナーレで知り合い、「この人の感性はいいな」と
思っていた幾人かの人が、別に今まで「マスターキートン」の話しなどしたことは
なかったのに、SNSで「俺もキートン好きなんだ」「私も新刊買いに行く!」などの
書き込みをくれた事。つまりは、この漫画を好きな人とは、仲良くなれるのだろう。
作中で、キートンに多大な影響を与えた考古学者のユーリ・スコット教授は、
戦火で焼け落ちた校舎で、学生だったキートンたちに「授業を始めるぞ」と指示をする。
そして発せられる教授のセリフは、キートンでなくても心にぐさっと刺さる。
「人間は学ぶ意志さえあれば、どこでも学ぶことが出来ます」
2014年11月27日
「震災後、福島の人々は原発によって避難を余儀なくされた
私たちネイティブアメリカンも、白人によって住処を追われ続けた
だから震災の知らせを聞いた時、私は行って抱きしめたいと思った」
ネイティブアメリカン(インディアンとも呼ばれる)であるデニス・バンクス氏が
震災後、福島県南相馬市を訪問した映像の編集を担当したことがあった。
今週末に再度デニス氏が来日し、高崎シティギャラリーでイベントを行うというので、
それに合わせてその映像、「大地といのちの祈り」のDVDを増版する作業を行った。
80年代だろうか、非暴力による大陸横断平和行進などのインディアンムーブメントは、
日本の若者たちにも影響を与え、宮田雪監督による『ホピの予言』は今なお上映され
続けている。しかし今の彼らの日本の活動拠点が群馬の高崎である事を知る人は少ない。
ひょんなきっかけで、部分的ではあるが関わらせていただくことになり、
歴史にも人と大地の関わりにも疎い僕には、色々なことが新鮮だった。
なにより、デニス氏と共にネイティブアメリカンの魂を日本に灯し続けようという、
辰巳玲子さんや秋山太一さんの底知れぬパワーには、教わることが多い。
相手が国家や差別という形が見えないほどの大きいものであっても、であればこそ、
挑み続ける人の目に灯る炎は、時を経ても消えない。しかしまた、そんな人ほど普段は、
子どものような優しい目をしていることも共通の事実である気がしている。
2014年11月26日
この時期になると、シーツの上に毛布をひいて、それと掛け布団の間に潜り込む。
毛布の使い方は実はこのように自分の上ではなく下にすると良い、とネットにもあった。
もう少ししたら湯たんぽも使う。そうすると、朝抜け出すのが困難なくらいに快適な
ねどこが完成する。
嫌なことがあっても、へとへとに疲れても、やどかりの気分になって、あるいは、
チョココロネのチョコの気分になって、シュッぴたっと潜り込めるねどこがあれば、
そこそこ幸せに生きていける。
2014年11月25日
2つのテレビ番組を見た。1つは、マシュマロマン(古い)みたいな
ロボットが出てくるディズニー映画『ベイマックス』のメイキング番組。
「ロボットに抱きしめられる時の男の子の髪の揺れ具合で親しみを表現する」
というこだわりや、何しろ完成後に大きな劇場にスタッフが家族同伴で集まり、
膨大な数の身内関係者で試写会をする場面を見て、すごいなと思った。
もう1つは、好きな番組「プロフェッショナル」。今回は女子高バスケ顧問。
コートの上では厳しい激を飛ばし、寮に戻れば女子学生のおじいちゃん的役割。
入れ替わりのある学生スポーツで全国優勝を繰り返しており、その厳しさについて
学生が「自分のためを思って言ってくれてるのがわかるから努力できる」的な
事を言っていたのが印象的。厳しさと優しさの共存、誰もができることじゃない。
2つの番組に共通するのは「1人ではできないことも仲間が集まればできる」か。
この1年を振り返って、皆さまのおかげではあるが、1人でやる仕事も多く、
1人で頑張っても出来ることに限界はあるのかな・・と思っていた。
組織の中で人に頼って仕事する、より、自分1人で仕事をやり遂げる、が難し、
自分1人で仕事をやり遂げる、より、組織の中で人に託して仕事する、が難し、
というのが僕の実感。皆で何かやり遂げた後の酒ほどうまいものはないんだけどね。
2014年11月24日
前にその衝動が起きたのは記憶もないくらいなのだが、
急に麻婆豆腐が食べたくなり、それを食べなきゃ駄目位になり、
草津へ登る途中の「丸晶」は見た目は全然パッとしない店だが(失礼)
店主は陳建民に習った本格派らしく麻婆豆腐絶品と聞いたなぁ
と思いつつそこまで行けないなぁとなり、自分でこさえて食べた。
丸味屋の中辛なので、山椒の味の微塵もない麻婆だったが、
「麻婆豆腐を食べねばならない」という欲求は一応満たされた。
亡くなった親父は板前でもあったから、衝動的に食べたくなったものを
自分でこさえてしまう人だった。
しめ鯖とか、鯛のアラ汁とか、鮎の塩焼きとか、烏賊の塩辛とか。
特に塩辛はこだわりがあったようで、僕は苦手だったが良く作っていた。
親父が亡くなった後も、おふくろは塩辛の作り方は聞いていたらしく、
「いい烏賊があったの」と言ってはたまに作って食べている。
「烏賊の塩辛を食べねばならない」とまでは高まっていないと思うが、
作るたびになんとなく、親父の事を思い出しているんだろうな、と思う。
2014年11月23日
なんの意味もなく、車で行く用事を電車で往復した。僕が幼い頃から乗った吾妻線。
今では3ヶ月に一度使うかどうか。夕方を過ぎ、高崎駅の階段をホームに降りていたら不意に、
ぶわーっと、駅で過ごした今までの時間がよみがえってきた。
吾妻線に乗り通学した時期もあった。相模原に住み小田急線で東京へ通った時期もあった。
まさに膨大な時間を、駅で過ごした。久しぶりに電車なんか使うものだから、一気に思い出したようだ。
待つばかりの駅ではだいたいいつも、ボーッとしていた。
それは日々の中であれをしないとこれをしないとと「意味ばかり詰め込みがちな今」と
対局にある時間だったように思う。
若い頃の膨大な無意味な時間、は何かの役にたっているのだろうか。
少なくとも、このサイトに寄せる文章は、その時間から立ち上がっている気がする。
2014年11月22日
十一月というのはどうも、紅葉も終わってしまうし雪も降らない。
季節的にさみしいなと思う以前に、季節的なものに気付かない。
山の近くにいてこれなのだから、町にいればなおさらか。
早くも光りだしたクリスマスムードで、寂しさは紛れるのか。
それでも高崎の銀杏並木、まだ葉は残り黄色、路面に降り注いでいた。
銀杏の鼻をつく香がした。
道を渡ろうという女性が、携帯をそっと並木に向けた。
気付く人は気付く季節。そんな季節があっても良いね。
2014年11月21日
最初の連載から、他の2人に比べて文章が長く、
「ひとこえじゃないじゃん」と自分でツッコミを入れていたのだが、
今月は何のスイッチが入ったのかいつも以上に長文が多く、
たまには短くまとめたいので、中之条ビエンナーレで知り合った
作家さんがツイッターに上げた、トム・ルッツなる人の言葉を置く。
「怠け者ならば、孤独にはなるな。もし孤独ならば、怠け者にはなるな」
・・・これをつまみに熱燗4本いけそう。噛みしめたい言葉。
2014年11月20日
高倉健(以下敬称略)の訃報。
40代以降の皆さんにとっては、ぽかんと穴が開いた気分のようだ。
僕は映画を観ている方だと思うが、世代的には高倉健は『鉄道員』近辺の
穏やかなおじさんというイメージだろうか。『ブラックレイン』も上映時10歳。
僕の世代は任侠シリーズや『八甲田山』の彼の鬼気迫る顔は知らないと思う。
まだ見方が甘いんだろうなぁ、名優というと「むきだしの演技」を期待する。
三船敏郎の『七人の侍』、仲代達矢の『切腹』、緒方拳の『復讐するは我にあり』、
三国連太郎の『神々の深き欲望』、香川照之の『鬼が来た!』など・・
役所広司も好きな役者で好きな映画はたくさんあるが、どれも上手で、
けれど「これがむきだしの役所広司だ!」という映画は思い浮かばない。
好きだった原田芳雄も『竜馬暗殺』を観ていないので、まだ語れないな、とか。
ヤンチャ系健さんの『野生の証明』は、むきだし、ではなかった気がする。
実は見ていない任侠シリーズは見なきゃだし、『八甲田山』も再度観たい。
ただ全てむきだしにしなくても、感情を押し殺した名演もあるわけで、
高倉健の良さがわからないうちは、僕も子供なんだろうな、と思っている。
ご冥福をお祈りします。
2014年11月19日
「古い建物を調査する様子を撮影できませんか?」
という連絡をいただいた。そういった仕事をしている方ではなく、
とても素敵なカフェをきりもりしている方からだった。
場所等はまだ明かせないと思うが、半日その建物と周辺を撮影した。
近くに関所があり、奥座には役人がいたというような旧家だった。
土壁、養蚕跡、彫り物のある引き戸、吊り天井は床に落ちていた。
東京から来たという研究家の方たちはテキパキと詳細を記録する。
共に作業をする地元の方たちは、カフェの方ほか、自然志向の施設経営者、
東京でも仕事をするデザイナーの方などバラエティに富んでいて、
「文化が日常になっている人は、これも他人事じゃないんだろうな」と。
壊せば数日の建物であるが、埃を払えば人の営みが見えてくる。