日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

1927声 晴間

2013年07月01日

今日は梅雨の晴れ間。
久しぶりに見た青空は、その青さがずいぶん深まっていた。
木陰でさらさら流れる葉の音を聞いているのが、まだ心地よい。
この木陰からあと半月も経てば、
もう岩にしみいるくらいの蝉しぐれが降り注いでいるのだろう。

あれはまだ、桜の咲いている時分。
ほりさーさんに代演をお願いした日から、今日でおよそ二月半。
今日からはまた抜井が、この日刊「鶴のひとこえ」を担当致します。
しかしながら、肝心の「鶴」には居ないのだが、それはまた追々。
【天候】
梅雨の晴れ間、雲多くも青空が見える。
ここから、抜井諒一が担当。

平和

2013年06月30日

サングラスをしたいかつい風体の黒人の男が一人、
手にはipadを持ってイヤホンで音楽を聴きながらノリノリで、
豚小屋の脇のあぜ道を歩いていた。
平和を感じた瞬間だった。

ものわかり

2013年06月29日

結局過去を振り返ることも未来に思いをはせることも、
どういう死に際を迎えるのだろうかという不安とつながっているのではないだろうか。
かりに「死ぬなんていつそうなるかもわからないことを考えても仕方がない」と死を追いやろうとしてみたところで、
どれだけその不安を払しょくできているのかと言えばこれはどこまでもわからない。
しかし同時に「わかりたい」と言って誰にもわかれるものではないのが「死」で。
「仕方がない」というものわかりの良さと「死をわかりたい」というものわかりの悪さは同居する。
そして 駄々をこねる子供に頭を抱えて思案する親のごとく、
人間にどう生きるのかを考えさせるのはものわかりの良さよりもものわかりの悪さ。
ものわかりの悪さとは 現実へのやむにやまれぬ問いかけである。
私にとっての生きるとはたぶんそういうことで。

ひんやり氷の本

2013年06月28日

「ひんやり氷の本」という本が池田書店から全国発売となった。
氷をいろんな視点から物語形式で紹介する氷大全のような本。
中で「氷を料理に生かす」というページ、
そのレシピのいくつかを担当しました。
この夏の昼下がりの読書にいかがでしょう。
夏バテ対策には「麹でつくる甘酒のレシピ(自著)」もどうぞ。

ビールの飲み方

2013年06月27日

ビールをびんや缶のまま飲むと、
炭酸と苦みは強く感じられるが麦汁の味はうまく味わえない。
グラスに注ぐと、
発酵臭が強くなるが麦汁の味はしっかりと感じられる。
いいビールはグラスで飲む方が断然おいしい。
おおむね口径が小さめのグラスがよいようだ。

義理を欠く

2013年06月26日

義理を欠く相手とは戦うしかない、
というルールを作ったのはいったい誰なのか。
その発端、起源は対等関係よりも上下関係にあるような気がする。
あるいは共生関係よりも依存関係、と言うか。
義理を欠く相手とは戦うしかない、
というルールを作ってしまうのは、
どこかの誰かではなく結局、
当人なのだろう。

東京の裏通り

2013年06月25日

東京はいまや世界中の料理を味わうことができる。
かと思えば、
昔ながらの定食屋から洗練の料理屋までこちらも抜け目ない。
そんなことに感心しながら裏通りを歩いていると、
たっぷりと時代のついた喫茶店を見つけた。
そんなときが一番うれしい。
なんとも言えないほっとするような気持ちと、
わくわくする気持ちの両方に襲われる。

想定外

2013年06月24日

想定外というのは自分の考えが及ばなかった出来事という意味で、
想定外のことが起きた時に動揺するようにできているのが人間で。
そのとき動揺の原因が自分以外であることを望むのは、
自分以外が原因であれば自分を責める必要がなくなるため想定外を受け入れやすくなるからだろう。
想定外のことが起きた時にとっさに自分の外に原因を見つけたがる傾向というのは、
そうやって生まれるのだろう。

小林頼司

2013年06月23日

うちの店(ほのじ)でライブをした。
小林頼司という伊勢崎在住のミュージシャンのライブだった。
音楽のことなんてよくはわからないけれど、
琴線に触れるミュージシャンとそうでないミュージシャンくらいはわかる。
彼はそういう意味で琴線に触れてくる。
葛藤をさらけ出すことで。

明日がある

2013年06月22日

明日があると考えずに生きてきすぎてしまった。

オートメーション

2013年06月21日

オートメーションというのはどこまで行っても人間の都合のよさなんだなぁ。

センパイ

2013年06月20日

お客さんでもある知り合いのセンパイと久しぶりに一緒に飲んだ。
これがまたよく飲む方。
自分の酒量はほとんど省みることがないのに、
人が急ピッチで長時間やってると心配にもなる。
「普段はちっとも頭が働かないのに飲むと覚醒するんだよ。まったく」というのは昔からの口ぐせ。
店も4軒目のはしご酒となったころ、
いきなり何を言い出すのかと思ったら「釈迦の気持ちってわかる?」と切り出され。
「俺わかんないんだよね。釈迦もキリストも池田大作も。みんな本読むんだけど」と。
真顔でね。
私は控え目にうなずくばかりで。
わかんないよなぁと思いながら。
帰り道、
そういうセンパイがいるのは幸せなことだと思った。
センパイはたしか、
今年74才。

都合のよさ

2013年06月19日

都合のよさは都合のよさでしかない、
というのは、
都合のよさは悪である、
とは違うんだよね。
自業自得だよ、
と、
自業自得だそれみたことか、
くらい違うんだよね。

優しくされたい

2013年06月18日

優しくされたいのは誰でもそうにちがいなく。
優しくされなかったことで嫌な気分になってしまうのもきっと仕方がなく。
優しくされたいと意思表示をするのだってそれは自由だけれども、
それでも優しくされなかった場合に優しくできなかった者が糾弾されるのはいかがなものか。
仮にそれができなかったのではなく、
しなかったのだとしても。

日系3世

2013年06月17日

太田で暮らすブラジル生まれの日系3世の方にお会いした。
3世というとちょうど今30代くらいの方が多い。
10才で両親と日本に来てそれから日本で暮らしていると言う。
「日系」と言えば日本人がブラジルに渡って後に結婚してできた家族の系統のこと。
今でこそ日本人以外の血も混じり家族の形は多様になってきているらしいが、
今でも断りがなく「日系」と言う場合には、
それは日本人同士から生まれた子孫ということになる。
ブラジルは移民の国で、
~系といった言い方をよくするのだとか。
きっとブラジルだけでなく、
国境が地続きの国や植民地の歴史を負った国ならばどこも当たり前にある習慣なのかも知れない。
そういう背景があってかどうか、
日系の方たちは家族をとても大事にする。
多様の民族の中で孤立しないための知恵が習慣となっているのだと思う。
けれども3世が4世となるにしたがって、
意識は外へ向いて 系統へのこだわりも少しずつ薄れているようにも思う。
少し前の日本と重なる。

悲しい性

2013年06月16日

料理というのは食材の生命力を提供するもので。
だから生命力の乏しい食材は扱いたくない、という風に料理人は考える。
そうは言っても世の中は生命力あふれる食材ばかりではなく。
むしろ生命力の乏しい食材であふれていたりして。
ややこしいのは、それにも生きる権利がある、なんて考えてしまう私。
生命力の乏しいものにも向き合い、
あわよくばそこに生命力を吹き込みたいという、
これはもう悲しい性と言っていい。

仲良くなる

2013年06月15日

食べ物と飲み物がおいしいと、そこにいる人たちは仲良くなれる。
おいしい満足感と「おいしい」の共有が、閉じていた胸襟を開かせるのかもしれない。
それは食べ物だけでなく、
あるいは飲み物だけでもなく、
両方がおいしいと仲はますます良くなって、
さらにそれら二つの相性がばっちり合った時には、
これはもう仲良くならなかったらバチが当たるんじゃないか、
というくらいの雰囲気になる。

明け方に

2013年06月14日

朝の4時まで仕込みをして、
バタンキュー、
のはずがなかなか眠れないのね。