午後から雨、本降りに。
玄関の扉を開けると、団子虫がわらわらと逃げていく。
慌てて、丸まっているものもいる。
雨を逃れてか、この時期は団子虫がこういう扉の下などに非難してくる。
それにしても、団子虫の多い家である。
2018年06月10日
午後から雨、本降りに。
玄関の扉を開けると、団子虫がわらわらと逃げていく。
慌てて、丸まっているものもいる。
雨を逃れてか、この時期は団子虫がこういう扉の下などに非難してくる。
それにしても、団子虫の多い家である。
2018年06月09日
定例の句会。
一時間半ほど代々木公園を吟行し、句を揃える。
園内には、水着で寝そべっている男女がごろごろいた。
日焼けが目的だろうが、芝生からむくりと裸の男が起き上がる光景には、
一瞬ぎょっとする。
寝ている人間の周りを、小さなばったの子どもがぴょんぴょん跳ねていた。
2018年06月08日
朝、通勤の道を歩いていて、通学の学生、犬の散歩のおじいさん、
ジョギングのお姉さんなど、いろいろな人とすれ違う。
すれ違いはするが、挨拶は交わさない。
それは私だけでなく、それが当然のように、みな交わしていない。
そんなことにはもう慣れて、なんとも思わなくなってしまった。
歩いている前を、ふわりふわりと黒い揚羽蝶が舞っていた。
近くに来ては離れ、また近くに来て、そんなことをしつつ、
上空をくるっと回って、行ってしまった。
人よりも蝶との距離のほうが近く感じるというのも、なんだかせつない。
だからと言って、明日から挨拶を心がけようという話ではない。
蝶との距離が、すこし印象に残ったという話である。
2018年06月07日
曇天にときおり青空ののぞく、梅雨らしい天気であった。
この時期は、気温よりも室内の体感が蒸し暑く、不快指数が高い。
夜、列車に乗っていた。
ホームで停車中、車内はまばらであったが、冷房がきいていなく、蒸し暑い。
斜向かいの席のサラリーマンは、扇子で忙しく顔を仰いでいる。
その奥の席あたりから、「カシュッ」と乾いた音がたった。
私を含め、車内の人たちはその音の方向に、何とはなしにちらちらと目を向けている。
その音の主は、結露した麦酒のロング缶を片手に、ぐびぐびとやっているではないか。
その光景よりも、すこし前に車内に響いたあの音のほうが、なんとも美味しそうであった。
斜向かいの席のサラリーマンは、扇子を閉じて目を瞑っていた。
2018年06月06日
朝から雨。
テレビの朝のニュースでは、本日、関東甲信越から近畿まで、
一気に入梅したと伝えられていた。
バス停には長い列。
駅も列車も混雑していて、不快。
そんな天気だからか、調子がくるって、上手くいかぬことばかりの一日。
「今日は、良いことがひとつない」
そんなことを思いつつ、くたくたになって、家の前の坂道を歩いていた。
ふと顔を上げると、街路灯に照らされた霧雨の影が、とても綺麗であった。
2018年06月05日
どくだみやら紫陽花やら、借家の狭庭に蔓延ってきた。
紫陽花も、巷で見る分には良いが、庭にあるとやたらと大きな葉が鬱蒼としていて、
手入れが大変だ。盛夏が来れば枯れてしまうし。
こころをば なににたとへん
こころは あぢさゐの花
などと、とても朔太郎のような心持ちで、庭の紫陽花を眺めていられないのである。
しかし、あの清々しい色の紫陽花が咲かなかったら、これからの梅雨の季節が、
どんなに鬱陶しいものになるだろう。
2018年06月04日
朝日に一句、掲載されていた。
土砂降りの木陰で、じっと蟻を見つめていたときの句であった。
日曜日の夕方、寂れた郊外の公園で、しかも土砂降りの木陰にしゃがみ込んで、
じっと蟻を見つめている人など、そうそういないと思う。
そんな状況下で作ることも、大切である。
傍から見れば、完全な不審者であるが。
2018年06月03日
まだ関東は入梅前だが、梅雨明けを思わせるような、夏日であった。
巷では、立葵が凛々しく咲いている。
机の上には送付されて来た、各地の俳句大会関係などの応募用紙が多数溜まっている。
これだけでも、膨大な数の俳句が消費されて行くのである。
2018年06月02日
いささか疲れた頭を休めるため、海を見に行った。
海と言っても、船橋の干潟から見る東京湾だが、
沖を行く船の影など眺めていると、心が落ち着く。
なんて、山国育ちだからから、余りそんな気にもならず。
露店で買った、焼きホンビノス貝などつつきながら、
茫洋たる景色を、ただただ眺めていた。
対岸のビル群を除けば、広々として気分は良い。
帰りは、東京外かく環状道路の三郷南ICと高谷JCT間が、
本日開通したとのことで、至るところで開通式の案内が出ていた。
2018年06月01日
今日から六月。
昨夜、帰宅すると居間の壁に巨大なムカデが張り付いていた。
オーラというか、その黒光りしている表皮から発せられる圧力が、
居間に充満していた。
すぐさま割り箸か何かでつまみ出そうと考えたが、相手は巨大である。
掴んだところを、くねらせた体で、箸の持ち手に一撃くらわされてはかなわない。
殺虫剤を噴射することも考えたが、吹きかけた瞬間にするすると逃げ、
物影に入り込まれては一大事である。
結局は、掃除機の先端部分を外し、口を開けた筒状の中に吸い込み、
とりあえず難を逃れた。
掃除機からゴミ袋に移すときはひやひやしたが、
「えい」と本体の蓋を開けて袋に突っ込めば、それで仕舞である。
一晩中、袋からはかそこそかさこそ、不穏な音がしていた。
ムカデは確かに取り去ったのだが、今なお圧力は居間に充満している。
2018年05月31日
朝から仕込み。やっと仕込みができた。仕込み簿を見たら、およそ一ヶ月近く仕込んでいなかったことがわかった。醸造開始以来、これだけ長い期間仕込まないのははじめてのことである。5月は、滅茶苦茶な1ヶ月だった。食中酒百席、結婚式出張、ビアフェスと立て続けにあって、ひとつ終わると疲れはて、すぐに切り替えて、次、次。その間に酒を飲み、飲むといつも以上に飲んでしまい、動けなくなり。ひとまず集中して取り組むことはできたものの、あまりに振れ幅が大きくて、何か大事なことを置き忘れてきたような感覚にとらわれもする。明日からはもう少し落ち着いて、生活を送りたい。紫陽花が咲き始めている。
2018年05月30日
グッドビアサンデーですっかりビールの在庫がなくなってしまい、朝から仕込みをするつもりでいたが、今日までに終えなければならない事務作業に気づく。仕込みと事務作業では脳みその使う場所が違うため、急な変更に作業は遅れぎみ。昼飯にリンカフェへ。普段パンを食べない私も、ここのパンだけは別。リンカフェのパンは、パンなのに軽い。パン作りの際にマスターは、粉を変えたり酵母を変えるよりも、発酵のアプローチを変える方が変化が生まれる、と言っていた。興味深かった。変化のしかた、プロセスにとことん寄り添わないと、こういう発想にはならない。
2018年05月29日
目が覚めたら見慣れぬ景色。そう言えば、夕べは泊まったのだった。ぼんやりしたまま電車に乗って、都内へ。ボケッと一人で飲んでいたら、知り合いから連絡が来て、その人はたまたま岡山から出張で来ていた。合流して、二軒、三軒、、帰ろうと電車に乗ったのは覚えているが、高崎まで行く電車はすでに終わっている。結局さいたま新都心で降りて、ホテルに泊まった。部屋には2リットルのペットボトルの水と、食べ残しのコンビニ弁当。ちょっと動けない。
2018年05月28日
昨日の余韻も冷めぬうち、朝から後片付け。炎天下で大量に水を飲んでいたせいか、足がむくんでいる。すごい人出だった。何かを考えようとするが、何も考えられない。コーヒーを飲みにスタバへ。
2018年05月26日
ビールを2ブース分準備するのは、思ったよりやることが多かった。加えて料理を100人前作ることになり、結局余裕がない。夜、私がビールを学んだ横須賀さんと奥さんが店に来てくれて、閉店後モモへ。束の間の休息。夜になると、咳が出る。
2018年05月25日
最後の打ち合わせ。やはり、打ち合わせは仕切る人間が大事。その裁量、判断に任せる、という前提がないと、進まない。その上で、言う側は、聞く側は言う側よりもエネルギーを使う、という配慮を持って、どうしてもゆずれない、大事だと思う意見がある場合のみ言う、という共通認識が必要である。意見と、疑問は、違う。意見の扱いは時間がかかる。疑問は迅速に答えればすむ。意見には、理由もつけるべきである。その上で、落ち着いて考えないと結論が出ないような案件、仕切る人間がその場でまとめられないと判断した案件は、持ち帰る方がいい。
2018年05月24日
昨日の続きの樽詰をどうにか終えた。ホップが沈まなかったのは、発酵がまだ続いていたのかと思う。ホップを加えるタイミング、回収するタイミング、樽詰のタイミング、次回はうまく見極めたい。夜もそこそこ忙しかった。醸造仕事があったり、イベントがあったり、店の営業があったり、落ち着かない。