日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

433声 17文字に活写

2009年03月08日

所々に点在する廃旅館の佇まいが、
その温泉街の現在状況を、何よりも雄弁に物語っている。
入り組んだ小路は閑散としており、生気は感じられない。
陽が路地へと滲み出し、看板が灯り始める頃。
宵闇に瘴気を吐き出すかの様に、この川沿いの温泉街は妖しく蠕動する。

路地裏風景。
に垣間見る、光景。
その中に感じる、「写真には写らない美しさ」。
とでも言おうか、肌に感じる空気の感触を、五・七・五の17文字に活写したい。
活写しておかねば。
と言う焦燥感が、ペンを走らせる。
ワルノリ俳句ingと言う、およそ酔狂な活動に、駆り立てる。

432声 宿酔が徘徊

2009年03月07日

起床すると、春嵐にざわめく木々の音が聞こえる。
宿酔の残党が、しぶとく五臓六腑に停滞中。
椅子に腰かけたは良いが、2度も3度も眠りの徒に袖を引かれる。
しかし本日、あと数時間もすると、「第7回ワルノリ俳句ing」が開催されので、
必死で誘いの手を振り払う。

今回の俳句ingは、上越線に乗って、一路、水上駅を目指す。
駅を降りて、水上温泉街を吟行しよう、と言う寸法。
今日は好天なので、太陽が西に下り始める頃までに、数を詠んでおきたい。
赤提灯が灯る頃には、気を楽にして街を歩きたいのだ。

好街で俳会しつつ、酔街を徘徊。
宵街で乾杯、そんな酔街に俳諧。

さて、そろそろ出掛けようと思う。

431声 低額所得金

2009年03月06日

「じゃあ、てーがくしょとくきんで買えば良い」
とは、先日、私の母が言っていた文句である。

「定額給付金」の事を、おそらく「低額所得金」と間違えている。
「貧乏は染み付く物ですなぁ」
などと、胸中で半ば呆れてしまった。
古今亭志ん生の様に、貧乏を味わえる料簡は遠くにあり。

430声 あんぱんと牛乳

2009年03月05日

公園の脇に車を停めてると、街に響く鐘の音が正午を伝えている。
ドア窓を開けると、寝ぼけた色の青空、やわらかな春風。
誰も居ない公園に、揺れてるブランコ、小鳥のさえずり。
電波の悪いラジオを聴きながら、あんぱん、牛乳。
あんぱんと牛乳を食べたら、シートを倒して、少し寝るつもりである。

429声 停戦交渉尽力中

2009年03月04日

「ハクション」
と、本日268回目のクシャミを計測。
酷い、今年は花粉症の諸症状が特に。

先週から続く花粉との戦闘。
徹底抗戦を表明して、花粉に構わず生活してきたのだが、遂には陥落。
本日より、マスクに目薬に、花粉鼻のど飴にと、停戦交渉を進めるべく尽力。
しかしながら、一向に攻撃の手を緩めてくれないのである。

クシャミする事にも疲れ、椅子の背にもたれ掛かって、
おもむろに頭を後ろに倒す。
すると、鼻水が鼻孔を通って喉に「たらーっ」と流れて来る。
これは、背筋に小さな寒気が走る程、気持ちが悪い。
はぁー。

428声 前のめりのススメ

2009年03月03日

窓の向こうは雪夜である。
外はホワイト雛祭り、とは言わないけれども、3月3日の本日。
商店で買って来た、パックの桜餅を食らいながら、
刻々と白く染まりゆく街を眺めている。
薬品でダルダルな食感である、このインチキ道明寺をビールで流し込む。
雪はまるで、天から降ってくる白い鰹節如し。

そして、紙版「ほのじ通信」第3号も完成した様で、本日より販売開始。
A5判12頁で、定価は50円。
今なら送料80円は、販売者の負担。
つまりは、一冊売れる毎に30円の赤字。
随分と、前のめりな販売方針である。
しかし、からっ風の強い上州を歩くには、前のめり位が丁度良い。

※お買い求めの方は下記「お問い合わせ」より、
 送付先住所、氏名を記載してメール下さい。

【お問い合わせ】

427声 卒業願書

2009年03月02日

目を真っ赤に腫らしているのは、卒業生。
だけでなく、私を含めた花粉症患者も多い。

県内各地で卒業式が行われた本日。
天気晴朗な上に風が強い。
とくればもちろん、花粉が飛散。
くしゃみと鼻水はのべつに出るし、掻きすぎた眼は、さながら白ウサギ。
それはもう、花粉で悲惨。
などと、安直なおやじギャグに手を出してしまう程、
思考の方も融通が利かなくなっている。

先日、遂に堪りかねて、髪の毛をバッサリと短くしてしまった。
花粉を付着面積を、少しでも減らそうと言う試みだ。
しかし、花粉症からの卒業は、まだ当分出来ない模様。
入学願書を出した覚えも無いのだが。

426声 路地顔

2009年03月01日

「年取ったね」
と、友人に言われてギクッとしてしまった。
彼と会うのは、かれこれ3年ぶりなので無理もないが、
お互いに旧知の仲なので、言葉に重みがある。

聞くと、目の下の隈に原因があるらしい。
確かに、ここ2.3年眼の下の隈がどうも取れない気がする。
いや、気がするだけでなく、鏡を覗くと実際に目の下の血色が悪い。

毎晩こうやって、PCの前に張り付いる事による眼精疲労だろうか。
いやそれでも、換算すれば大した時間ではない。
もしくは、栄養失調。
否、私の体脂肪率は高度成長期である。
後は、貧乏神でも憑いたか。
しかしこれは、今に始まった事ではない。

とどのつまりは、「寝過ぎ」と言う結論で落ち着いた。
かく言う友人も、大分恰幅が良くなっているではないか。
「人が歩んだ道は顔に出る」
とは言うが、その出方が問題である。
私はこの3.4年と言うもの、
県内の路地から路地へ、時代の裏通りを千鳥足で歩いていた。
だとすれば、やはり、その出方が問題である。

425声 銭湯の趣き、眼鏡の傾き

2009年02月28日

昨日行ったのは、日頃から良く利用する日帰り温泉施設である。
湯に浸かっていると、隣の打たせ湯に入って来た、おやっさん一人。
湯が背を打つ音、響き、気持ち良さそうに打たれている。
その光景を、横でぼんやりと見ている、私。

右の背から、左の背と来て、打たれ箇所をゆっくりと脳天にズラしてゆく。
すると「ベチベチベチッ」と、一層、湯の打音と飛沫が強くなる。
瞬間、脳天から脱線した打たせ湯が、おやっさんの顔面を通過。
掛けていた眼鏡が、一気に湯の中に落ち、揉まれる。

慌てて両手を湯に突っ込んで、眼鏡サルベージを試みる。
その姿が、やすきよの漫才と言うか、ドラえもんの野比のび太とでも言うか、
つまりは滑稽である。
更には、その間にも打たせ湯が、無防備な背中を直撃している。

漸く、湯の底からの引き上げに成功し、眼鏡をかけて安堵の表情。
私も無表情を装いつつ、胸を撫で下ろす。
曇った眼鏡のおやっさん。
その顔を良く見ると、前に一度、市内の銭湯で会い、
銭湯の趣について立ち話をした人。
おやっさんは私の事を、気付いたかどうか。
掛けた眼鏡は、少し右に傾いていた。

424声 回転寿司の皮算用

2009年02月27日

「定額給付金」
ってのが支給される模様で、各自治体が俄かに奔走している。
その支給方法は、各市町村ごとに様々。
大半は各金融機関口座への振り込みを予定しているのだが、
金融機関窓口を通じての現金支給って所や、
場合によっては職員が出向いて支給する場合もある。
「らしい」と、現段階では付け足しておかなければならない。
と、まぁまずは、自治体から郵送されて来る申請書を待つばかりである。

巷での話題はもっぱら、トラタヌ式(取らぬ狸の皮算用方式)に展開されて行く。
「12,000円貰ったら、何買う」
「店で一番デカイケーキをさ、一個買って、一人で全部食う」
などと息巻いている私の友人もいる。
お年玉を初めて貰った子供じゃあるまいしと、私は呆れる。
大人たるもの、その時ばかりは、回っていない寿司を食べるべきなのだ。
と、プラスチックの皿を取りながら、こう思う次第である。

423声 拠り所を探す

2009年02月26日

友人の家は定食屋だ。
工業団地に位置している店なので、掻き入れ時は平日の昼。
勝負は12時からの30分。
以降は客入りもまばらになり、13時30分を過ぎる頃にはもう鍋の火を落とす。
つまりは、12時30分までが工業団地に勤める常連客。
それ以降に来る客は大抵、通り掛かりの一見客ないしは、
私の様な知人客なのである。

その日、私はいつものラーメン定食を食べていた。
すると、暖簾をくぐって来たのは、お婆ちゃん。
注文を決めあぐねており、13時を回っている時刻から推察するに、
一見のお客さんらしい。

ラーメンを食べ終えたお婆ちゃんは、おもむろに立ち上がり、レジで会計。
「ちょっと、お尋ねしますけど」
と、お婆ちゃん。
やはり来たか。
と、新聞の行間を見つめつつ耳を欹てる私。
「このお店は何年位前から、御商売を」
おつりを渡しながら、友人の母が答える。
「かれこれ、30年位にはなります」
「そうですか、私は昔この辺りに住んでましてね」
お婆ちゃんは、ゆっくりと話を紡ぐ。
「今日は、数年ぶりに出て来て歩いているの、
この辺りも大分変ってしまったのね、角のお米屋さんはないし、
それに、工業団地があんなに広くなったのね」
「この辺りも昔から比べて、大分拓けましたかなねぇ」
「そうみたいねぇ」
お婆ちゃんの声色は、少し感傷的である。

「でも、このお店は直ぐ分ったのよ、変わってないんですもの」
「そうですね、昔っから、変わってないのはウチ位ですからね」
二人に小さく笑みがこぼれ、
「どうもありがとう」
と、店を後にするお婆ちゃん。
人が歩んで来た道を振り返る時、そこに記憶の拠り所が無いと言うのは、
非常に空疎である。
お婆ちゃんが出て行った後、読んでいた新聞を四つ折りにして置き、
私も席を立った。

422声 どどめ色

2009年02月25日

土着の人と話していて、たま話題に挙がるのが、「どどめ」である。
このどどめってのは、桑の実の事で、埼玉や群馬県の一部で使われている方言。

「そう言えば最近、どどめって見ないよなぁ」
だとか、
「現代っ子は、どどめと言う物を知っているのだろうか」
など、どどめの絶滅を危惧する声が多い。
確かに、近年、桑畑自体の減少が著しいので無理もない。
しかし、絹遺産群に代表される県内の養蚕文化を、味で体感していたのだと、
幼き頃を懐旧する。

学校の帰り道、通学路に広がるのは、広大な桑畑。
白と黒のまだら模様のカミキリ虫が、旨そうに桑の葉を穴だらけにしていた。
畑一面の緑が照り返す季節が過ぎる頃には、良く、
桑の木になっているどどめを食べながら帰ったものだ。
果汁で汚れた手を、体操服のTシャツで拭いてしまうから、
私の白いTシャツは、いつも所々どどめ色に染まっていた。
友達とふざけ合って、どどめの実を投げ合いながら帰った時は、
流石に母親から大目玉を食らった。
染み付いたどどめ色は手強く、なかなか落ちないのである。

しかし、今時分は、Tシャツをどどめ色に染めている子等も、
殆どと言って良いほど見ない。
いや、見れないのだ。
あの頃を思い出すと、まだ若い、未成熟などどめを食べた時の、
あの酸っぱくてほろ苦い味が、甦ってくるようである。

421声 寒梅林

2009年02月24日

秋間、榛名、箕郷ってのは、群馬三大梅林と言われている。
その規模は東日本一を誇り、
シーズンには県内外から多くの観梅客が訪れる。
なんて、のっけからセールストークならぬ、商売文章になっているが、
本日はその、榛名・箕郷梅林に取材仕事で訪問した。

天気は生憎の小雨交じり。
しかし、傘差しの梅林めぐりも、風情があってまた一興。
と、希望的解釈。
そんな中、大型観光バスが梅林に横付け、車内の御一行様は窓越しに観梅。
ナンバープレートを見ると、「滋賀」の文字。
これがやはり、東日本一の実力だろうか。

どちらの梅林もまだ満開ではなかったが、
梅の蕾は大分綻んでおり、可憐な花が春の訪れを告げている。
筈だったのだが、小雨はやがて霙に変わり、まさに寒梅。
体が芯から冷えて、腰が痛くなってしまった。
こんな時に欲しいのが、新潟を代表する銘酒「越乃寒梅」。
更なる寒さが体に応える。

420声 猫の恋

2009年02月23日

「恋猫」
なんて春の季語がある。
早春の時期、巷でさかりの付いた猫の状態を指す。

私の近所の猫たちも、連夜、裏の田圃で寝物語を語っている様子。
しかしまぁ、どうも踏んだり蹴ったりで大騒ぎの御両猫。
「もう少し、静かに語って頂きたく候」
と、昼間、眠そうにしている近所の猫に語りかける。
車の下で、足を折って目を細めているお前だぞ、野良。

419声 雪の街

2009年02月22日

真綿を敷き詰めた様な、だだっ広い平原。
その中を軽快に車は進行。
着いた先は、新潟県十日町市である。

群馬と言っても、私が住んでいるのは高崎市。
雪の街ってのは凄く新鮮である。
街中を闊歩する人たちが皆、長靴を着用しているだけで、小さく驚嘆。
今回観覧した、「十日町雪まつり」は分かりやすい。
だから面白い。
私の浅はかなる解釈ではあるが。

つまりは、雪で色んな作品を拵えて、山の上のステージで「ドォーン」と、
皆で「ワァーッ」と、盛大に冬の十日町市を祝おうではないか。
と言う、全体的に雪の深さを凌ぐ、雪の国の懐の深さを感じる祭りである。
そして、何と言っても、十日町の酒は旨い。
その飲み方も、「ドォーン」と飲んで「ワァーッ」と酔うのが慣習。
雪街の酒場、グラスの中には祭りの熱気が溶かした雪。
の様な、どぶろくが、なみなみ。

418声 雪の国

2009年02月21日

起床して車に乗り、トンネルを抜けた先は雪の国だった。
と言うにはまだ早い、起床して、テレビから流れる気象情報を見ながら、
トーストが焼けるのを待っている。
本日は豪雪地域の人々が、豪雪地域でもって、豪雪地域である事を祝う祭り。
と言うのは私の勝手なる解釈だが、「雪まつり」と言う祭礼を観賞しに行く。
「チン」って音と同時に、携帯電話も断続的に「ブッブッ」。
もう家を出ねば。
トースト、食うべきか食わざるべきか。
それが問題だ。

417声 雪の音

2009年02月20日

起床して、カーテンを開けたら雪景色だった。
私の家は高崎市でも郊外なので、家の裏には広大な農地が広がっている。
一面の銀世界とまではいかないにしろ、白銀に染められた田んぼで、
今年初めて雪の音を聞いた。

早朝、そんな風景を見ていて、夢現に思い出すのは子供時分の雪景色。
積雪によって学校は休校。
だと言うのに、友達と学校の校庭に集まって、
日が暮れるまで、手を下やけで真っ赤にしながら雪と戯れた。
鄙びた記憶の断片だが、あの時の雪の降り積もる音は鮮明に憶えている。

今朝、犬の様に外へ飛び出して、
雪の中を駆けずり回っている子供は居ない様だ。
雪の音だけが、静かに耳に聞こえ入る。

天気は正午を過ぎる頃には快晴になり、
益々、子供時分の雪景色が夢現の様に思われる。

416声 結果、胃痛を感じるのみ

2009年02月19日

胃が痛い。
漱石じゃないけれども、宿唖の胃痛が時折顔を覗かせる。
胃が痛くなる様な事柄は、はてどれだったか。
と、考えている間に、食べ過ぎているのだ。

折しも、この様な状態の時に、大酒を飲んでしまったり、
香辛料をてんこ盛りにした料理を食べてしまうのである。
またその様な状況の中に、自ら身を投じてしまう。
そんな流連荒亡の結果、波状攻撃。
胃は痛みを以って、主の所業を提訴。