脳が整理できる記憶は7つぐらいらしい。
モテモテでたくさん彼女ができるとしても
7人までが無難である。
2016年04月08日
脳は自分が理解できない事象に出逢うと
最も自分に都合のよいように判断する。
欠けた記憶のつじつまを合わせるために
延々とウソをつくということもある。
何気ない会話の中でも、知らないうちにウソを重ねている。
嘘つきは泥棒の始まりであれば
人類みな泥棒になってしまう。
2016年04月06日
脳は何も刺激がないことに堪えらない。
何もない真っ白な部屋に、2〜3日閉じ込められると
人はあまりの刺激のなさに、幻覚や幻聴といった刺激を
自ら作り出すらしい。
脳は本質的に刺激を求める。
パートナーとサスティナブルな関係をお望みなら
適度な刺激を。
2016年04月05日
よく頭が疲れたと感じるが
脳はいくら使ってもつかれることはないらしい。
いわば絶倫。
寝ている間も脳は働き続ける。
頭が疲れたと感じた時、実際は目が疲れているだけである。
2016年04月04日
脳の働きの本質はものとものを結びつけること。
脳は日々新しい情報を分類し、物事を解決する場合は
全く関係のないように見える情報をどうしを結びつけて考える。
ものごとの間につながりを見つけだす能力は
30歳を超えると飛躍的に伸びるらしい。
大人になると直感を信じろというのは、正しい。
2016年04月03日
最近脳科学の本を読んだ。
歳を取ると物忘れが激しいとか、脳は老化の一途を辿ると思われがちだが
実は脳は歳をとっても、どんどん進化するらしい。
まぁ一声と言いつつ、随分溜めてしまったので
脳科学について、しばらく書いてみたいと思う。
2016年04月02日
そんな年に1回の儀式、今年はインフルエンザのため初めて欠勤をした。
社会人になって初めて大病をしてしまった。
都合1週間、家に謹慎する羽目に。伝染病だから仕方ないのだが。
流石に1週間高熱にうなされて床に伏せっていると
体力の減退が著しい。体力がなくなると、色々な日常の作業が
雑になってくる、もしくはどうでも良くなって放棄してしまう。
朝の体操はすっかりやらなくなり、歯磨きも雑になっている。
というか生きることすら雑になるから困ってしまう。健康は大事である。
2016年04月01日
4月1日は毎年、職場の異動がある。
昨日まで毎日顔を会わせたいた幾人かの同僚が去り
新たな同僚が緊張した面持ちで出勤してくる。
この1年を占うため、5感を研ぎ澄まして、周囲をそっと伺うのだ。
2016年03月31日
皆さんはGNNをご存じだろうか。群馬日産中之条ではない。GUNMA News Networkである。youtubeを使って群馬の魅力を県内外しいては海外にもPRしようというこのプロジェクトに、次にバトンタッチするすーさんは主軸として関わったらしい。本人は直接は書かないと思うので、直接書いてリンクまで貼ってみた。
http://www.pref.gunma.jp/01/b2101106.html
堀澤さんの高崎の店「ザブン」も営業を再開し、またビールの季節がやってくるのだろう。いい酒を飲むために、来年度もそれなりに頑張りたいものです。では、また。
2016年03月30日
月に2度は行く会社で、ティッシュを忘れてマスクの下は鼻水垂れていて、あー参ったなーどうしようかなーと背中を丸めていたら、新入社員とおぼしきフレッシュなスーツに身を包んだ若者たちが入ってきた。大きな会社なので15人はいたろうか。先輩社員が話す内容をまっすぐに見つめている。
大きな組織で上に立ったこともないので、こと後輩との付き合いというのもあまりなく生きてきたけれど、そういった新しい人たちを見ると背筋が伸びる。トイレに駆け込み鼻をチーンとして、文字通り背筋を伸ばし、社会人として先輩ですけどオーラを発しながらその会社を後にした。人間ちっさ。
2016年03月29日
上越新幹線で北上する。
窓の外を眺めている。
明るい日差しが注ぐ関東平野。
黄色く行き過ぎるのは菜の花だろう。
桜色に行き過ぎるのは桜ではなく山桃か。
河原では年配の夫婦が散歩していた。
どこかの犬も庭でくつろいだ様子。
それらは足早に行き過ぎる。
僕の場合はいつも、
心より先に景色が移り変わる。
それに3歩遅れるようにして、
春なら春を、迎え入れる。
2016年03月28日
もう慣れる年になったけど、東京駅へ行くと店の数、人の多さに圧倒される。1件1件が美味しいのだろうなと思いつつ、こじゃれたシュークリームを8人体制でばらまくように売る様子を見ては、錬金術だな、と呟き、その仕事に関わる意義って何だろうと余計なお世話まで考えてしまう。
つい数年前まで、「自分のお金だものどこで誰に使ったっていいじゃないか」と思っていた。もちろん間違いじゃない。でも、未だにコンビニも良く使うけど、「応援したい店、人にお金を使った方が幸せなんじゃないか」と思うようになった。地域通貨とかまでいかなくてもね。一度店をやる側に立ったせいもあるのかもしれない。商店街を使わない人が商店街が無くなることを嘆いても、説得力がないのだと思う。そして実際顔見知りの店でお金を使い「ありがとう」と言ってもらうのは、こっちもあっちもとても嬉しい。
コロッケとメンチカツ1個ずつと唐揚げ100gください。僕は少額ではあるがわりと頻繁に、道路向かいの塚田精肉店でお金を使っている。茶色いものが好きなんじゃないよ。応援しているんだよ。
2016年03月27日
突如東京での撮影仕事が入り、せっかく東京さ来ただということで、前々から見たかった小林茂監督によるドキュメンタリー『風の波紋』を観に渋谷に寄った。
新潟県越後妻有。積雪が家を飲み込むような山里の暮らしを5年かけて撮影した今作。茅場から刈りだした茅で屋根を葺いたり、桜の枝で生糸を染め娘の成人式の着物生地を手織りしたり、よくわからねぇから使わねえと無農薬で田んぼをやったり、かわいがってきたヤギをしめて皆で食べたり。それら暮らしに肉薄しながらも、所々では寸劇が入ったり、田んぼを背に獅子舞が舞ったり、地に沿ったファンタジーとでもいうべき印象的なシーンが重なり合う。傑作だった。
東京だけが未来じゃない。経済の成長を追うことに疑問を感じ、地方を見直そう、地方の方がいいじゃないか、という声は年々強くなってきているように思う。こと映像についても、地域が自らブランディングをかかげ、かっこいい映像や音楽と共に美しい農村風景がコマーシャルされることもある。そういったものも必要とは思うが、たとえセンスとしては古いところがあっても『風の波紋』のように踏み込んだ作品は、強い。大げさに言えば、これを観た誰かが、越後妻有の未来に関わる予感さえする。
越後妻有といえば、大地の芸術祭でも知られる。この映画の登場人物の一人である、芸術祭を機にこの地へ移住してきた天野季子さんが歌う主題歌「めざめ」が良い。エンディング近く、この曲と共に神々しく、日に照らされていく山々を見て、僕も何か目が覚めた気がしている。
風の波紋
http://kazenohamon.com/
2016年03月26日
たいしたことはしてないけど叔父馬鹿です。
姪っ子が二人いて、上の子が小学校卒業を迎えた。
たいしたことはしてないけど叔父馬鹿なので、
プレゼントは何がいいかと考えた。
きっともうすぐ年頃の女の子だから、
友達と出かける時に使い勝手が良くてかわいいバック
があると、出かけるのも楽しくなるに違いない。
頭も良くて岡安家の血を継いでいるわりに運動ができて
すでに人への気遣いができる子だから(この辺り叔父馬鹿)、
大人になっても付き合える友達との出会いもあるだろうな。
ということで、outdoorのショルダーバックを買った。
思っていた以上に喜んでくれて、嬉しかった。
あと5年もしたら、嫌われずに一緒に映画を観に行きたいな、
観終わった後に悩み相談とか乗ってあげたいな、
と思う程度の叔父馬鹿である。
2016年03月25日
僕も齢36歳にもなり、昔のようにラーメンを主食とはしなくなった。20代の中頃は、高崎の「響」へ行き、着丼(ラーヲタは、出来上がったラーメンが自分の席に届く瞬間のことをこう呼ぶ)してからものの3分で表面に油の層が固形化しはじめるような超濃厚豚骨ラーメンを嬉々として食べていた。さすがに今だと翌日に響く。
それでも、ラーメン激戦区相模原市に住んでいたころは、手書きのラーメンマップを自作し誰に見せるともなく日々のラーメン情報をログし続けた僕である。普通の人以上にはラーメンを食べているように思う。それで、最近のお気に入りは高崎市八千代町の「フタツメ」である。
ここの売りは鳥と豚骨のスープを用いた「濃厚タンメン」。野菜もどっさり乗っているのだが、この手のラーメンは「野菜も接種することによりドカ食いの後悔を軽減するもの」として考えた方が良いかもしれない。店に行くと、このタンメンにさらに拳大の大きな唐揚げ3個とご飯がついたセットを頼むのが常である。食い過ぎである。
前のラーメン屋の居ぬきで入ったこの店。よく行く会社の側なので、前を通っては「店変わったんだ」「なんか車が多く停まるようになったな」「行ってみるか」という順を経てそのおいしさに気付いた。決して立地場所がいいとは思わないが、今や人気店と言っていいだろう。
・・などと書いているうちに、また食べたくなってきた。今日の昼に食べたばかりなのにね。
2016年03月24日
日の出が早くなった。
僕の会社の母体は東吾妻町の原町新聞販売所なので
昨年から人手が足りない時は新聞配達を手伝っている。
「僕は夜派なもので・・」と断っていたりもしたのだが、
やっているうちにそれほど嫌な仕事でもないと思うようになった。
朝早くに、手足を使いながら、
覚えてしまえばさほど頭を使わず、
配り終わるまでに必ず3時間弱の時間を要するのだ。
それは、「適度な考え事をするのにもってこい」だと気づいた。
考えることは日によって違って、
その日にやらねばならない仕事の先回りとか、
前の晩に見た映画についてとか、食べた美味しいものだとか、
最近では「六合ドキュメンタリー映画祭」の展開の仕方について、
ほぼほぼ新聞配達をしながら考えた。
じーっと机に座っていてもなかなか考え事ができない性格でもある。
そうして最近考えることの一つに、
「現実の出来事をもとに小説を組み立てる」というものがある。
その手の妄想は、夜明け前の時間に向いている。
実は頭の中にはすでに3本くらいの短編小説がある。
それを、高崎で定期開催されているハンドメイド小冊子の祭典
「ZINPHONY」に小冊子として出したいという魂胆がある。
あと20回くらいの夜明け前を経れば、形にできるかもしれない。
2016年03月23日
桜の開花と共にやってくるのが、「高崎映画祭」。もう30年目の開催なんですね、すごい。前々回の28回より、僕が関わる「伊参スタジオ映画祭」のシナリオ大賞作品も上映してくださっており、今年も4/8(金)に『弥勒のいと』(松井香奈監督)、『正しいバスの見分けかた』(高橋名月監督)の上映が行われます。僕も行くので、伊参スタッフ特有のつなぎを着た男を見たら声をかけください。
初めて高崎映画祭に行ったのは18歳位だったろうか。当時の学校の先生の一人が「私はフリーパスポートを買って浴びるように映画を観ます」と言っていて、お金もちだねーそんなに時間があるもんなのかねーと思ったことを覚えている。今思えば、あれだけの映画を観られるフリーパスは全然安いし、映画を観る時間は自分で作るもんなんだな、と思えるけれど。
誰にもあると思うが、僕にもその時々の女優さんブームがあって、市川準監督『大阪物語』で池脇千鶴さんが彗星のごとく現れた際は、まるで初恋の人に会いに行くかのごとくに胸を熱くしながら県道、チャリを漕いで高崎映画祭の授賞式に彼女を見に行った。会場でわりと遠方に彼女を見て、同じ空気を吸っているだけで「可能性はゼロじゃないかもしれない」と意味不明な事を思った。まあ、ただの馬鹿ですな。例年豪華な受賞者が高崎ダルマを抱える姿も、見慣れた春の一幕となった。
僕はずっと「高崎映画祭に行けば、その年1年間の主要な映画を網羅できるぜ」と言い続けている。桜の開花と共に、映画に浸る時間を作ってみてはいかがでしょうか?