日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

3521声 野の仏

2016年06月29日

市川市で住み暮らすようになってから、とんと見かけなくなったものに、
石仏、特に道祖神がある。
高崎市に住んでいた時分は畦道などでよく見かけ、
倉渕方面に行こうものなら、双体道祖神の宝庫であった。
ほかに、長野県の安曇野でも面白い双体道祖神が沢山あり、
感動した思い出がある。
石仏で感動したと言えば、「万治の石仏」が真っ先に挙げられる。
同じく、長野県は下諏訪町、すなわち諏訪湖のほとりにある。

 

野仏は、なんと言ってもあたりの風景との調和が、
ひとつの醍醐味であろうと思う。
日暮れ時の農道にたたずむ道祖神など眺めていると、
心にじんわりと迫るものがある。
かの芭蕉も、道祖神の招きにもあって取るものも手に付かず、
股引きの破れを繕ったり、笠の紐を変えたり、
三里のつぼに灸を据えたりして、あたふた奥の細道の旅の準備をするくらいである。
やはり石仏に道祖神の中に、詩がその発露があるのである。

3520声 葉書の香気

2016年06月28日

朝から雨、その後ぐずぐず。
帰宅してポストを覗くと、葉書が一葉入っていた。
差出人を見ると、俳人であった。
内容は、私がしばし担当する同人誌の月評欄で取り上げた、
句評のお礼であった。
その鳩居堂の葉書に載る青いインクには、文学的な香気があった。
電子メールでは決して味わえぬ、香りである。

3519声 夏めく

2016年06月27日

梅雨の晴れ間であったが、終日、気持ちよく晴れた。
晴れた日に海辺を走る列車に乗ると、心地よい。
逆に、雨の日の海辺ほど寂しいものもないが、
海の明るさが届く車内は、格別の開放感がある。
もっとも、私の乗車できるのは東京湾の中だが。
そんな車内で、浴衣の女性を見かけた。
そうか、今週末はもう七月である。
そろそろ、花火のポスターやら、風鈴やら、
街が夏めいてくるころである。

3518声 トマトと胡瓜

2016年06月26日

また市川市へと戻ったが、上りの関越道が激しい事故渋滞のため、
普段の倍近く時間がかかった。
渋滞の最中に思うことは、高崎線の車窓で冷えた麦酒を空けている自分である。
車窓に缶麦酒を置き、文庫本など読める時間は、なんと贅沢であろうか。
その場合は、新幹線でなくて、やはり普通列車に限る。
私がまだ学生時分の夏である、沼田駅の駅前の土産物店の店頭では、
樽に冷やしたトマトや胡瓜を売っていた。
中学生だった私は、トマトと胡瓜を一個づつ買い求め、店頭にあった塩かけて齧った、
そのときの、美味しさといったらない。
夏休みの一人旅であった。
記憶の引き出しから、そんな涼やかな思い出を引っ張りだしては、
この渋滞を乗り切ろうと言う訳である。

3517声 幽霊茸

2016年06月25日

渋川市で句会。
場所は伊香保温泉の直ぐ下の公園であった。
首都圏の方ではだいぶ草臥れていた紫陽花も、
ここまでくれば、まだ瑞々しい色合いである。
銀竜草(ギンリョウソウ)と言う珍しい花に出合った。
別名は「幽霊茸」と、おどろおどろしい名を持っている。
俳人たちはみな、この花に合った感動を詠んでいた。
私はどうも、いつもそうなのだが、素直に乗れない部分があり、
干上がりかけた水溜りに閉じ込められている、あめんぼを見ていた。

3516声 にやり

2016年06月24日

週末、句会へ出席するため群馬へ行く予定である。
そのため、いくつか情報を見ていたら、
「シンキチ醸造所」のFBページを見つけた。
ページには、堀沢さんの決意が表明されていた。
列車内であったので、にやりと笑った。
「やったな」と思ったのである。
否、くくくと声を出して笑っていた。
「もっと、やっえしまえ」と思い直したからである。

3515声 白髪太夫

2016年06月23日

朝から雨、その後はぐずぐずの梅雨らしい天候であった。
宵の口からは小糠雨が降りだした。
帰り道の街路灯に、大きな白い蛾が止まっていた。
クスサンであろうか。
そう言えばクスサンの幼虫は「白髪太夫」と言う。
太夫とは、遊女や芸妓における最高の位である。
随分と豪儀な呼称の毛虫である。
しかし、「白髪」と言うところにペーソスがある。
だって、白髪の太夫である。
火を恋う蛾の姿と相まって、その名に深いペーソスを感じるのである。

3514声 猫と麦酒

2016年06月22日

この頃、スタウトを良く飲んでいるためか、机の上がべトついている。
酔って零しているからなのだが、スタウトやシュバルツなどの所謂、
黒麦酒はどうしてあんなにもベトつくのか。
喉越しは至って爽快なのだが。

 

昨夜の月は、やけに大きくて丸くて橙色だった。
夜更けにはいつもの梅雨の月らしい白になっていたが、時折、
気味の悪い色合いになることがある。
そういう時は、大気が不安定なのだという。
月明かりが満ちているときは、路地裏でよく猫を見かけるような気がする。
昨夜も、なぜか黒猫ばかりを沢山見かけた。
月と黒猫とは関係があるのかもしれない。
最近、無性に黒麦酒が飲みたくなることも、もしかしたら。

3513声 モーニング

2016年06月21日

朝は雨であったが、夕方には晴れて綺麗な夕焼けであった。
喫茶店を筆頭に、雨の都内は一息つけそうなスポットが、
ことごとく混んでしまう。
そういう時は駅前に多いチェーン店でない、
「純喫茶」と言うような風情の喫茶店などが、意外と空いていたりする。

 

通勤経路に喫茶店がある。
カフェでなく、喫茶店と言う風情の店である。
大きなビルの脇に、取り残されたように建っている。
「珈琲一杯300円」と、店頭の古ぼけた看板に書いてある。
店内はL字カウンターと、窓側にあるI字カウンターだけで、
こじんまりとしている。
モーニングをやっていて、フレンチトーストと珈琲で480円である。
朝、その店の前を通ると、時折、モーニングを食べている女性を見かける。
その女性は、いつも窓側の同じ席に座っている。
朝、喫茶店でモーニングを食べる時間は、彼女にとってどんな時間だろうか。

3512声 癖の下地

2016年06月20日

夏に開催予定である吟行会の予定を立てている。
参加している俳句会で、この吟行会の幹事が、
私の役回りになっているため、である。
群馬にいた頃も、よく吟行会の予定は立てていて、
この「めっかった群馬」でも「俳句ing」によく出かけた。
朝からローカル線で出かけて、昼酒を飲み、銭湯へ入り、
夕方にひとつ句会をする。
と言う、穏やかなるものであった。

 

行き先は江ノ島・鎌倉である。
夏の週末の海、想像しただけで疲れてしまう。
しかも、週末の鎌倉など、石を投げれば俳人にあたるとまでは言わないが、
貸し会議室の予定をみると、俳句会ばかりである。
人がわさわさいる場所ではどうも集中できず、
句作する意欲が湧いてこない癖があるので、予定を立てていていささか不安でもある。
この癖の下地は、群馬で穏やかなる句作をしていた時に出来たのかも知れない。

3511声 Tシャツ

2016年06月19日

軽く頭痛のする目覚めであった。
深酒によるものか、風邪によるものか。
おそらく、両方であろう。

 

あとがきなど必要な文章を付け、句集の校正を戻した。
真っ赤になった頁を確認する担当者を思うと、
申し訳ない思いがする。
いささかためてしまった本稿を更新しているうちに、
もう夕方になってしまった。

 

これから家電量販店へ行かなければならぬ。
クーラーのリモコンが壊れてしまったからである。
クーラーなしで過ごすには、この頃の陽気ではちときつい。
私の俳句の師は昔、「クーラーが無きゃ生きていかれないようでは駄目だ」
とよく言っていた。
季節を知り、自然とうまく付き合えということである。
そういう師は、真夏に「ジングルベル」と書いてあるTシャツを着ていた。

3510声 花一輪

2016年06月18日

晴れて夏日。
先日、庭の雑草をざくざくと切り、ことごとく除草剤をかけておいた。
その一角から、百合らしき細長い茎が伸びてきたと思ったら、
今日、花を咲かせていた。
おそらく百合であろうと思うが、まだ小さいので確信がもてない。
花が一輪あるだけで、庭を眺めようという気になる。

3509声 海鮮丼

2016年06月17日

晩酌つまみは、寿司にしようか刺身にしようかと、
列車に吊革につかまりつつ考えていた。
どちらか一つでは物足りぬし、両方ではちと豪儀だし。
ふと、駅近くの路地に海鮮丼の専門店ができたことを思い出し、
海鮮丼を購入することを思いついた。
乗っている海鮮の半分をつまみに、半分をそののまま丼にすれば、
一石二鳥ではないか。
海鮮丼の袋をぶら下げて帰宅し、早速、海鮮の半分を皿に移し、
麦酒を注いだ。

 

「刺身」として皿に移した方のネタには、ところどころ米粒はついているし、
海鮮を半分除いた「丼」の飯には、海鮮の色移りがまじまじと見え、
どちらも非常に食欲をそそらぬものになってしまった。
結局、二兎を追って一兎も得られず、おのれのセコさを嘆いた。

3508声 瓶の壁

2016年06月16日

午後から本降り。
夜に宴席があった。
乾杯は瓶麦酒で、その後は各自、焼酎やワインないしハードリカーに移行する。
という流れが、まず一般的な宴席での進行であろう。
「麦酒が好きなので」
とは何度答えたかわからぬが、世間では麦酒が乾杯のため、
とりあえず飲むアルコールという見方が根強く定着している。
その為、宴も酣になる頃まで、自分の前に壁の如く瓶麦酒を並べつつ、
小さなコップをすすっている私などは、完全に浮いてしまうのである。
麦酒だって、ピルスナーからIPAその後はポーターなど、
いわゆる「流れ」を十分に楽しめるのだが、
それを望むには専門店へ足を運ばねばなりますまい。
瓶の壁の前にうずくまりつつ、そんなことをしばし考えていた。

3507声 経路

2016年06月15日

終日曇天。
アゲハチョウの仲間は山や森の中に、一定の周回経路があるらしい。
この経路は「蝶道」と呼ばれている。
猪などの大型の獣が通る道が、「獣道」である。

 
暮らしているのが古い家のためか、部屋の中で蜘蛛を良く見かける。
足が長くほっそりしている奴も居れば、尻が大きくてずんぐりした奴も居る。
バリエーションは豊富である。
庭の木の間に、黒い揚羽蝶をよく見かけるので、この蝶道のことを思い出した。
それを機に、もしや部屋の中に「蜘蛛道」のような経路があったら、
どうしようかと考えていた。

 
しかし翻って考えてみれば、昆虫の方から見たら、毎朝ぞろぞろと同じ経路を
通勤している人間たちは、随分と不可解な行動を取っているように見えるだろうな。

3506声 憩い

2016年06月14日

概ね晴れて蒸し暑い一日であった。
所要で世田谷まで行ってきた。
平日に車を運転することなど全く無くなってしまったので、
久方ぶりに体験する首都高速道の分岐や合流では、手に汗握ってしまった。
世田谷のあたりは樹齢の古く、立派な樹木が目立つので、
ビル群を見ながら都内を抜けて来た眼が憩う。
山道を走っていて目にする緑とはまた違う「憩い」である。
建造物と樹木、そして人が無理なく共存しているからだろうか。
それは、人の都合の良い考えかも知れぬが。

3505声 雨だれの音

2016年06月13日

土砂降りの朝、しかも月曜日。
引っ越してまだ日が浅いので、雨だれの音に慣れない。
アパートやマンションなどは、雨が降っていても雨だれの音など、
部屋までは響かぬのだろうが、一軒家、それも古い家なので、
雨だれの音が部屋まで響く。
よく響く、つまりは五月蝿いのである。
二階の雨どいから流れ落ちたものが、一階の倉庫の屋根か、
どこかの庇に当たっているらしく、甲高い音を立てている。
半覚醒の朝方、その音に驚いて寝付かれぬほど、煩わしい。

 

さみだれのあまだればかり浮御堂 阿波野青畝

「さみだれのあまだれ…」
こんな調べの美しい句を脳内でお経の如く暗誦し、
むなしく雨だれの音に耐えている朝ぼらけであった。

3504声 網戸から

2016年06月12日

昨日の句会のあと、軽くひっかけて帰ったことで拍車がかかり、
作晩はいささか飲みすぎてしまった。
そんな調子なので、句集やら書かねばならぬ雑文などすこしも、
もとい、まったく捗らずに日が暮れてしまった。

 

家の前に桜並木があり、その奥に中学校がある。
夕方、いよいよ手をつけねば抜き差しならぬことになるだろうと、
机に座っていた。
野球部員であろうユニフォームの学生たちが、
丁度、家の前から中学校までダッシュの練習をしていた。
何度も戻っては走り、戻っては走り。
彼らはその最中に、励ましの声を掛け合っている。
その声が、机の前にある二階の網戸から聞こえてくる。
「もっと全力だしていこうぜ」
「ラスト一回頑張ろうぜ」
なんだか蝸牛のように、部屋に逼塞している場合ではないような、
そわそわとした心持になってきて、傍らの財布を引っつかんで外へ出た。
無論、コンビニへ麦酒を買いに行くためである。