日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

6340声 お茶の稽古

2025年10月16日

お茶の稽古。最近お茶の稽古を再開した。母から教えてもらっている。昨年母が師範の看板を取ったようでそれを期に再開することにした。30代の頃10年くらいお茶をしていたが高崎に来るようになって途切れていた。母は自分より後から始めたのだがその間もこつこつ続けて晴れて昨年師範となった。続けているのは知っていたがまさかそこまでとは知らず。自分で書いたというお点前のノートも見せてもらったがそれが膨大な情報量でその真剣さに圧倒されるくらいだった。これは母から習わないときっと後悔する。親から何かを習える機会ができてよかった。実家に帰る口実もでき、月に2回の稽古に励んでいる。

6339声 好きなもの

2025年10月15日

飾ってあるダグラスフィッチのスリップウェアを見てお客様が「民藝がお好きなんですか?」とおっしゃた。西川孝次のグラス、柚木沙弥郎のコースター、牛ノ戸焼の杯を次々と指差し、「これもこれもこれもそうですよね」と。そんなことは初めてなので驚いていると「おじいさんがこういうのが好きだったんです」と言う。おじいさんの家は富山にあるらしく、そこには民藝の作品道具がたくさんあったらしい。おじいさんは雑誌「民藝」の取材も受けていたというから相当な方だったのだろう。「私はよくわかりませんが」とおっしゃっていたが帰り際に越中八尾和紙の名刺入れを見せてくださりご本人もお好きなのだと思った。子供の頃の記憶は自分の好みとなって突然現れる事がある。私の実家のダイニングテーブルも民芸家具だった。

6338声 戸惑う

2025年10月14日

お酒が飲めなくなった。といってもまったく飲めないわけではなく昔に比べたら、格段に、飲めなくなった。50歳を過ぎているのだからそういうものと言えばソウイウモノかもしれないが、その詳細や心情については古今東西どの先輩からも教えてもらっていないからそう簡単には受け入れ難い。50歳までは飲めた。コロナが始まった頃は47歳だったがまだ飲めた。やることがないから夜になると何時間もダラダラと飲み続けていた。それが昨年くらいから勢いがなくなり、そうそう、そもそも飲むと勢いがつくのがお酒であったはずだが、勢いがつかなくなった。むしろ飲むと勢いが減退するのを感じ始めた。しかも急速に減退する。一人で飲みに出てお会計で席を立つときにちゃんと立てるだろうかと初めて不安を覚えたのも昨年くらいである。それから一年が経ち、お酒を飲みたい、つまりお酒を飲んだら心地よくなると思い浮かばないことが多くなってしまった。飲めなくなったたことはそれはソウイウモノで構わない。けれどもあまりに唐突で戸惑っている。

6337声 両方

2025年10月13日

シンキチ営業の日。たくさんのお客様が来てくださり賑やかな営業となった。クラフトビールの店だからビールに興味のあるお客様が多い。当然である。ビールに興味はあるが料理にはそれほど興味がないお客様も多い。今はもう慣れてきたがその状況に慣れるまでに時間がかかった。実際は慣れたわけでもなく方ができたから料理に興味のないお客様をもてなす時間も受け入れられるようになったのだと思う。自分で初めて店を持った20代の頃を思い出す。コース料理の店だったが4、5人で予約してきてくださり全員お茶だけで過ごすということが何度かあった。その時気づいたのはやりたかったのはお酒を楽しんでいただく店だということだった。そしてつくづく改めて今気づくのは、お酒と料理の両方を楽しみたいというお客様をもてなしたい自分がいることである。

6336声 喉か舌か

2025年10月12日

朝からビールの仕込み。ぶどうのブラゴットを仕込んでいるがぶどうだけでは蜂蜜はアルコール発酵をしないようなので酵母を加えた。藤稔という食用ぶどうを30kgと蜂蜜汁85㍑、麦汁70㍑という仕込み。藤稔は軸だけ取ってぶどうだけで発酵して液体化するのを待つこと40日くらい。かなり酸味が出て来たところで今日の仕込みとなった。ブラゴットを仕込むようになり出来上がりの酸味に物足りなさを感じるようになった。ブラゴットはアルコール7~8%くらいで仕込んでいる。人間はアルコールが5%くらいの時は喉で飲もうとする。けれどもアルコールが7%を超えてくると舌で飲む割合が増える。喉で飲む時に酸っぱいとむせるが舌で飲む時は酸味がないと飲みごたえがないと感じるようになる。あらゆる飲み物を舌で飲む習慣が抜けない人間がビールという喉で飲む飲み物を作る過程で生まれた経験値である。

6335声 23℃を返せ

2025年10月11日

三連休の初日。台風が近づいているようで天気は愚図ついている。ちょうどこの時期は昔で言うと「体育の日」近辺になり秋晴れのイメージがある。朝の気温が20℃を下回る日が増えてきた。体温が低い方だから急に20℃以下になると暖房の準備が頭をよぎる。少し前まで明け方でも25℃を超える日が続いていたのにもう暖房か。だいたい21℃〜25℃の気温が私にはちょうどよい。ずばり言うならば23℃である。近年の日本のこの23℃の少ないこと。もし過去のなんでも好きな物を返してもらえる魔法が使えるならば23℃の日本を返してもらいたい。

6334声 だめらしい

2025年10月10日

朝から重だるく昨日の元気が嘘のよう。こういう時は一旦疲れを出せばまた動けるようになると思いせせらぎの湯へ。しっかり浸かったら更に動けなくなり横になること2時間。今日はだめらしい。だめらしいのでやることを減らしてやれることを探す。

6333声 瓶ビール

2025年10月09日

瓶ビールの整理。今まで750mlでやってきた瓶ビールを500mlに切り替えていこうと750mlと並行して500mlを作り貯めてきた。ようやく500mlだけで10種類位になった。それはいいが750mlがまだ大量にある。まずこれを整理しないと500mlを保管する場所が足りない。飲み頃のものもかなりある。プレハブ冷蔵庫がもう一つあったらいいなと思う。他の仕事がなければ瓶ビールの管理販売だけやっていたいなとも思う。うちのビールは酵母がいるから生きている。ビールが育っていくのを感じるのは楽しい。

6332声 自分では難しい箇所

2025年10月08日

二週間ぶりの整体。触ってもらうと身体のどこが凝っているのかよく分かる。自分で体操をしているのではなかなかそこまで分からない。他人にやってもらうと完全に受け身になるから外側からの刺激のみに集中できる。自分でほぐしにくい箇所というのがあってそこをやってもらえるのもいい。脇から二の腕にかけて、肩の上部、肩甲骨から首にかけて、腿の裏側や側面。施術のあとは目がよく見えるようになる。明るくなる。

6331声 やっぱり

2025年10月07日

市場で仕入れ。めずらしく九州のあん肝があったので買った。サイズはいいが脂はないようだ。脂はないが香りは悪くない。旬にはまだ早いがこれはこれで楽しんでもらえそう。三ヶ月ぶりにご来店のお客様に料理を褒めていただいた。一通り召し上がったあと「やっぱりおいしい」とおっしゃていただいた。「やっぱり」と言われて嬉しいのは自分の疑り深さをわかっているからかもしれない。

6330声 満席の一日

2025年10月06日

満席の一日。新メニューのため分刻みで仕込みをして営業まで無事終了した。お客様同士とても楽しそうに会話も弾んでいてにぎやかな時間となった。会話が弾みすぎると料理が進まないことが多いのだがそんなことはなかった。料理もしっかり楽しんでいるのが伝わってきた。開店して2年半が過ぎて全体が感じ取れるようになってきている。少しでもいい時間を過ごしてもらいたい。

6329声 背中が大事

2025年10月05日

よく体操をする。いつも進んで取り組めているというより身体が重いときに体操しようと思うのだから薬みたいなものである。昨年来首痛が治まらず自分で何とかならないかと思ったのがきっかけで年初から少しずつ始めた。自分では体操と呼んでいるがストレッチだったり器具を使った運動だったりちょっとした筋トレだったりする。だるさ軽減に最も効果を感じるのは仰向けになってボールやローラーを肩甲骨周りに当てて自分の体重でグリグリする運動である。これをやるとやる気スイッチが入ることが多い。その辺りにスイッチがあるということだろう。人間は前に目がついているから後ろは疎かになりやすい。運動を始めてつくづく背中が大事だと感じる。

6328声 小肌

2025年10月04日

市場へ。時化で魚はあまりなかった。小肌の他に白身を二種類仕入れる。10月に入り小肌がはっきりと小肌になった。それまでは小肌にしては薄皮で身が柔らかく、サイズは小肌でも新子の延長線上の小肌だった。今日のは身も皮もしっかりしている。こうなると締めて寝かさないとおいしくならない。長野から松茸が届く。兵庫から甘海老、石狩から渡り蟹も届いた。仕込みをしよう。

6327声 栗剥き

2025年10月03日

昨夜はよく眠れた。やはり自分のベッドがいい。3日間歩き通しだったので疲れているかと思ったが身体は軽い。木喰仏の御利益かもしれない。栗を買いに倉渕へ。ついでにせせらぎの湯で風呂に入る。せせらぎの湯はいつ行ってもとても効く。帰ってきて栗に没頭すること3時間半。50個位は剥いたかもしれない。鬼皮を手で剥いたため爪の間がジンジン痛い。誰が動いているのだこれこの手。河井寛次郎の言葉。

6326声 木喰仏

2025年10月02日

昨日大阪から京都に移動して一泊して今日群馬に帰る。京セラ美術館で開催中の「民藝誕生100年―京都が紡いだ日常の美」を見て来た。この旅の一番の目的である。展示は京都と民藝との関わりを捉えただけのものではなく、民藝の始まりからムーブメントになるまでの過程をそこに関わった人間の関係性を中心に時系列で縦に横に見せていた。まるで民藝の映画を観ているような感覚になり、作品と解説に引き込まれた。民藝展はいくつか行ったことがあるがこんな展示は見たことがない。作品としてもエピソードとしても面白かったのは民藝の始まりが木喰仏(もくじきぼとけ)の調査から始まったという話。柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司の三人が日本中の木喰仏を訪ね歩く中で生まれたのが「民藝」という言葉だったらしい。当時柳宗悦35歳、河井寛次郎34歳、濱田庄司30歳である。好きな物を目の前にしてはしゃぐ三人が目に浮かぶ。そして何よりこの木喰仏が愛らしくてたまらない。展示してあったのは10体程だったろうか。どれも愛嬌に満ちていて見ているこっちが幸せな気分になる。まだまだ知らないことの中に幸せがある。

6325声 55年前の骨董

2025年10月01日

昨日から大阪に来ている。大阪万博の会期が残りわずかとなって中心地はどこも賑わっていた。ちょうどこの時期万博公園にある大阪日本民藝館で棟方志功の展示をしていてそれを見に来た。万博公園と言っても開催中の2025万博の会場ではなくそこから電車で一時間ほど離れた1970年に万博が開かれた場所である。現在の万博会場の2倍以上あるという広い敷地に人はまばらだった。初めて見る太陽の塔は圧倒的な存在感のまま色褪せていた。まるで巨大な骨董であるかの如く55年をタイムスリップしたような不思議な気分になった。棟方志功の展示は戦時中に疎開していた福光の風景画がテーマだった。春に訪れた福光を棟方はどんな風に見ていたのか知りたかった。素朴で力強い筆致はいつもと変わらず、それが長閑な福光の風景をそのままとらえていて戦後80年経った今の福光と何も変わらないと思った。2025年の日本に55年前の骨董と80年前の今が同居しているのを見つけた。

6324声 ふつうな毎日

2025年09月30日

先月は家族でモンゴルを訪れ、ゲルに泊まり、憧れだった大草原での乗馬も体験できた。夜は薪ストーブに火を入れるほど冷え込み、街中はひとたび雨が降ると大洪水。道路は未舗装で、まさに「旅らしい旅」だった。

いろいろあったが、家族3人でなんとか乗り切れたのは、ちょっとした自信にもつながった。娘も少し成長し、知らない人にも挨拶できるようになったのは嬉しい変化だ。

そんな非日常が嘘のように、9月に入ってからは現実に引き戻された。開所間もない施設運営や議会対応と忙しい日々が続いたが、残業はほとんどせず、土日は娘としっかり時間を取ることができた。

今週末は、久々に妻が週末休み。家族でどこに出かけようかと、思案中。

ふつうな毎日がありがたい。

6323声 3か月前の重み

2025年09月29日

今日は議会が終わった直後に、議員からのヒアリングがバッティング。他部局とも調整しながら、なんとか乗り切る。ようやく二つ答弁を書き上げたところに、別の議員からの質問通告が飛び込んでくる。やれやれ…。今回は特に注目度が高い案件なので、気合を入れて臨むしかない。久々の残業確定である。 

夕方、県を辞めて農家になった後輩が、農産物の販売に来庁。もう農家歴5年くらいになるが、とうもろこし畑で迷路を作ったりとなかなか面白いやつだ。玄米5キロを購入。去年より少し値が上がった気もするが、彼の頑張りを応援したい気持ちもある。玄米をリュックに詰めて帰る道すがら、背中にずっしりとした重みを感じる。ふと、「3か月前の自分の体重って、ちょうどこれくらい重かったんだな」と気づく。この玄米を毎日背負っていたと思うと、だいぶ軽くなったものだ。 

家に帰り、ためにためた「このひとこえ」の記事を一気にアップロード。かなり後回しにしてしまったが、今月分もなんとか形になりそうだ。一方、娘はというと、保育園のハロウィンに着るプリキュアの衣装がうれしくて、部屋中を走り回っている。今年も御多分に漏れず、プリキュアか…。ミニーちゃんを勧めたのだが、やっぱり顔が大きい娘には似合うと思ったんだけどな(笑)。まぁ、本人が満足していれば、それで良し。