日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

5020声 未来の教室

2022年02月05日

浅野大介さんの『教育DXで「未来の教室」をつくろう』を読んでいる。
ザブンで浅野さんにお会いしたとき、「今度発売になるのでよろしくお願いします」と言われていた本だ。
浅野さんは、経済産業省にいながら、教育DXを進めているという変わった人。
GIGAスクール構想は、コロナ禍の補正予算も加わり、一気に進んだ。
この本で紹介されている実証実験としての「未来の教室」はみんな違っていて、どれも魅力的だ。
このような「未来の教室」が早く普通になることを期待したい。
それには、学校も、教員も、保護者も、・・・も、・・も変わる必要がある。
環境は整っている。あとは変わる気があるかどうかだとおもう。

5019声 次世代に引き継ぐ

2022年02月04日

本日は、町内の山車保存会を新規に立ち上げるための打ち合わせがあった。
もう1年以上前から、断続的に打ち合わせをしている。コロナ禍ということもあり、タイミングをはかっていたが、この春にはなんとかしようということになった。
町内が抱えていた問題が、コロナ禍により顕在化し、いろいろがいっぺんに迫ってきたという感じだ。
町内にあった婦人会は解散した。育成会が行っていた廃品回収はなくなった。長寿会も高齢化により活動がままならないという。町内会にある様々な役員も担い手を探すのに一苦労らしい。
山車も町内も、きちんと次世代に引き継げるよう、今のメンバーでできることをやりたいとおもった。

5018声 まだ2年、もう2年

2022年02月03日

2月3日、本日は節分。

三日月が出ていた。
今年の2月は、旧暦の正月と重なっているので、今日の月は三日月だ。三日月はすぐに沈んでしまうので、見ることができると幸運があるとおもわれていたらしい。
さて、どんないいことがあるやら。

本日、高崎市では296人の新型コロナウイルス感染者が確認されたという。群馬県全体では、1194人、全国では10万人を超える勢いだ。

不要不急なことを自粛し、感染者数を気にして生活するようになって、およそ2年。
2年前の2月3日、ダイヤモンド・プリンセス号が横浜港に入港。まだ、2年だ。新型ウイルスには、まだ名前がついていなかった。
2年の間に、ワクチンが開発され、7割を超える人が接種したことをおもうとまだ2年と感じる。

しかし、もう2年という感覚もある。
もう2年、職場の飲み会はない。
旅行も、もう2年行けていない。
あれも、これも、と数えだすともう2年できていないことが並ぶ。

まだ2年、もう2年。

5017声 マジックアワー

2022年02月02日

今日のマジックアワーの空は、なんともいえない美しさだった。日が延びてきたので、帰宅するときに日の入り直後の空を眺めることができるようになったのだ。

夕日といえば、強制収容所の体験に基づいて書かれた、ヴィクトール・E・フランクル の『夜と霧』に、美しい夕日を皆で眺め、分かちあったことが描かれていた。
そこまで感動的な夕空だったわけではないが、それでもしみじみするには、十分な美しさだった。わずかでも美しいものを見ることの効用は侮れない。

幸い、冬の高崎は晴れる日が多い。
ここしばらくは、マジックアワーの空が楽しみだ。

5016声 民藝と俳句と太陽

2022年02月01日

令和4年も2月となりました。
本日から坂口です。
よろしくお願いします。

東京国立近代美術館で『柳宗悦没後60年記念展 民藝の100年』が開催中である。最初は混んでいるだろうから、空いてから行こうなどと考えていたら、まん防となってしまった。今なら空いているかもしれない。が、まん防と同じ2月13日までである。行けそうにない。ということで、カタログを取り寄せてしまった。

「民藝」は、1925年に柳が、河井寛次郎、濱田庄司とつくった新語だそうだ。

なんだか、俳句に似てるな、とおもった。正岡子規が俳諧革新運動で広めたのが「俳句」。

民藝も俳句も、自分の価値観を世に問うたものだ。そういう意味で似ているとおもったのだ。

『太陽の季節』で、太陽族を生み出した石原慎太郎が亡くなった。89歳。晩年の言動も、戦後派青年だとおもえば、納得。まさに太陽族として一生涯だった。

5015声 時間に追われない世界

2022年01月31日

あっと言う間にまた1ヶ月が終わる。仕事をしたのは1/12まで。それ以降は次の店に思いを巡らす。いろんな店にも行くことができ、たった3週間だがイメージが具体的になった。「今日何時までにこれを終わらせる」という締め切りありきの生活では気づけないことがある。かといって締め切りがなければ何もできず、すぐに立ち往生してしまうこともコロナ休業を何度も経験したことでよくわかった。時間に追い立ててもらう時間と、時間に追われない時間のどちらも必要だと思えるようになった。2つの時間は全く別の世界。これが2つあることで双方が連動する、という感覚を持てた。休みが必要なのはそういうところにもあるのだろう。ただ、わかってもこの2つの世界を行き来するのは難しい。

5014声 日曜朝のNHK

2022年01月30日

朝ホテルでテレビをつけたら積丹半島のホッケの産卵ドキュメンタリーを放送していた。雌のホッケが岩場に産み付けた卵を雄のホッケが外敵から守る。およそ2ヶ月の間、食事もせず見張り続けるのだと言う。30分もしないうちに番組は代わり徳島の小松島港で水先案内をする方のドキュメンタリー。72歳のベテラン水先案内人。国内外から来る大型船を安全に着港させるため湾内を先導する仕事の話。どちらもいい番組。朝から見入ってしまった。日曜日の朝はこんな番組をやっているのかと、そういえば土曜日にどこかに宿泊することなどない。

5013声 あめつち

2022年01月29日

六本木で器の注文をして器は一旦これで終了。そう自分に言い聞かせないときりがない。器と盛りつけを考えるいい機会になった。夜は祐天寺のあめつちへ。5年以上前に、多分ザブンを始めてすぐくらいの頃に何度か伺ったことがある。店主は女性で燗酒がメイン。肴は野菜が中心のきちんと仕込みをした日本料理。古家具に古い器。久しぶりに行って、好みの共通点が多いと思った。そういえば、竹鶴の純米を最初に飲ませてくれた店でもあった。この店から少なからず影響を受けているのである。居心地のよさはそれだけではない。店の方が真剣で快活であり、温かい。前に来たときはそこまでは言語化できなかった。来てよかった。

5012声 シャリ

2022年01月28日

器の整理が進んで、早く料理をしたくなってきた。久しぶりにご飯を炊いてシャリを合わせた。おいしい。群馬の感染者数が2日連続で千人超え。

5011声 赤はガメイ

2022年01月27日

冷蔵庫の整理。ばっちゃんから「この2ヶ月くらいでワイン200本くらい買ってませんか?」と言われた。まさかそんなに多くはないが整理できていなかった。赤はガメイが多い。白はいろいろ。ワインも器と同じく基準を持たないと整理できなくなる。試したいものとストックするものを分けることができた。赤に関しては寿司との相性を測るにはボディと果実味とタンニンが重要。酸はある程度高くても合うことが多い。ガメイは寿司に合う。赤はこれからも9割くらいガメイでいいなと思う。

5010声 身体が動かない時期

2022年01月26日

使わない器を整理していく。今日も器三昧。瓶詰めをして、寒くなかったのでジョギングをしたが、あまり他にやる気は起きない。一年で一番身体が動かない時期でもある。だからこそ動かしたほうがいい。群馬の一日の感染者数が1,000人に迫ってきた。

5009声 糠釉

2022年01月25日

注文した器が届いたと連絡があったので都内まで取りに行く。こうなると器依存症である。早く見たい。帰って他の器と並べると、あとどんな器が必要なのかもわかる。西持田窯の飯碗の迫力がすごい。粉引のような斑唐津のような白い釉薬の正体は米糠らしい。試行錯誤しながら糠を調合して今の釉薬になったと言う。素朴で力強く、垢抜けている。何より温かい。

5008声 ワインの順番

2022年01月24日

友人がコロナ感染でホテル療養となった。直接の知り合いの感染は初めてである。症状はとくにないらしくほっとした。私もいま検査したら陽性だったとしても不思議はない。ほぼ人と交わらないから濃厚接触者にもなりにくい。昼過ぎにジョギングをした。今日はどうにか走れるくらいの寒さで、明日はまた底冷えだというから走れるうちに走った。コロナより寒さが怖い。今日も器に思いを巡らす。いくつか注文もした。やりたい盛り付けをしたときに器が放つ雰囲気が民芸を保ちつつ緊張感と余韻のある器はどんなものかばかり考えている。いくつも寿司屋に行ったことで、寿司屋をやりたいのではないことがわかった。やりたいのは飲み屋である。今日またもう一つ、他のことがわかった。おいしいと思うワインと寿司に合うワインは必ずしも一致しない。おいしいと思うワインの中の一部のワインが寿司に、うちのシャリに合う。燗酒は基本的にうちのシャリに合う。それはおそらく先に燗酒を好きになったという事実がまずあって、それを基準に寿司を始めたからだと思う。ワインは違って、ただおいしいから飲んできた。それで好みのワインはたくさんできたが、寿司に合わないワインもたくさんあることに気づいていった。今日わかったのは、いくらおいしくとも寿司に合わないワインを飲んでもらいたいとは思わない、ということである。つまりワインは寿司の次ということがわかった。自分の好きな燗酒、うちのシャリの寿司、ワイン、という順である。すごくめんどくさいことをわかってしまった。

5007声 寒い

2022年01月23日

器の整理をしながら改めてイメージをやり直す。北陸と東京と行ってきて、新しく気づけたこともたくさんあったし、具体的な場面も少し想像できるようになってきた。まとめていきたい。それにしても寒い。

5006声 寿司政

2022年01月22日

九段下の寿司政へ。看板には文久元年創業の文字。1861年である。国定忠治が死んだのが1851年だから、それはもう歴史上の寿司屋と言っていい。ランチの握りをいただく。シャリはほどよく軽く握りは柔らかい。カウンターの付け台は10cm近い高さがある。神保町の鶴八もそうだった。人形町の喜寿司は塗りの付け台だがここも高め。お盆やテーブル、厨房の骨董感がたまらない。流行の高級寿司屋は少し飽きてしまった。老舗を周りたい。店内の額に俳句。「秋風や江戸一番の新こはだ 1973年7月」私が生後半年の時の句である。

5005声 民芸系

2022年01月21日

今日も器巡り。民芸系の器の店へ。やはりこの質感が好き。ひとことで民芸と言っても色々である。民芸産地ではない地域の作家物でも民芸調のものもある。器には3種類あると思った。美術工芸系とクラフト系と民芸系。九谷焼や京焼は美術工芸に傾きやすい気がする。いわゆるクール、あるいは派手。良くも悪くもつるっと硬い。クラフト系はこの20年くらいで最も増えたふわっと柔らかい器。民芸は、質感の土っぽさがまずないといけない。中でも力強さと温かさ、素朴とエッジが同居している器がいい。だから織部や備前でも、そういう器ならば民芸に近いと思う。唐津なんかは民芸に入れてもいいのではないか。

5004声 器巡り

2022年01月20日

都内で器屋を周る。料理屋と飲み屋の違いに気づいてから、料理屋と飲み屋では設えからして違うと思った。たとえば白木のカウンターは料理屋にはいいだろうが、飲み屋には向かない。飲み屋はどちらかと言えば少し色のある、やや暗めの証明が映えるようなカウンターだろう。カウンターの色が変わればそこに置く器の色も変わる。照明が変わればそこに置く器の質感が変わる。そんなことを考えながら器屋をはしごして、器を手にとってじっと想像して周った。

5003声 所作とリズム

2022年01月19日

銀座の寿司屋へ。昼で2万円のコースはまんぼう直前だというのに満席だった。つまみはなく最初から最後まで握り。隣の男女は銀座のクラブの話をしている。端の若い女性二人もおしゃべりをしながら、それでも目の前に寿司が置かれるとすぐに食べる。その辺は皆心得ているようだ。ネタもシャリも大きめで腹が膨らむ。後半になって店内が静かになったのはお腹が苦しくなってきたことと無関係ではないだろう。大将の所作はきれいで、リズムも心地よい。おまかせの寿司を握る板前は落語家に似ていると思った。所作とリズムが肝要。談志師匠ならば内容もなきゃだめ、と言うだろう。