日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

1412声 榛名合宿下山漫筆

2011年11月12日

この二日ほど榛名湖で冬籠

などと、思考回路の目盛りが五七五に合わさっているので、
そのリズムで言語が出て来てしまう。
冬籠していたのは、俳句を作る為であって、
定期的に行っている合宿に参加して来た。
榛名山より下山して来た今日一日も、周辺でさんざん俳句を作りながら帰って来た。
その反動と解放感から、度を越した晩酌となってしまい、手元が覚束ない。

よって、その報告は明日にした方が得策であろう。
一面の紅葉山が目に焼き付いていて、いま尚、眼球が紅く染まっている様である。
今回、紅葉の句を山ほど作って来たが、自身の作はどれも面白味の無い句ばかりだった。
しかし、句の出来不出来よりも、自然の中に入り、自然から得た感動を胸に残せただけでも、
非常に満足している。
「ぽとっ」と、一葉の紅葉が落ちる様に、いつかその感動を俳句に出来る日が来るかも知れない。
それにしても、榛名湖の湖面に映る紅葉山の、あの燃える様な色彩は、忘れがたい光景である。

【天候】
終日、冬晴れ。

1411声 トルコから

2011年11月11日

テレビから流れるニュース映像に一瞬、息が止まった。
「ぽん」、とそこに現れたのが、見覚えのある顔と名前だったからである。

その女性とは、二年前に面識が一度ある程度だが、深く印象に残っていた。
自身初の著書を、初めて新聞紙面に取り上げてくれた人である。
紙面では大きく、そして正確な筆致で著書周辺の事情が報道されており、
感謝の念を抱いていた。

ニュースは伝えた。
「トルコ東部ワン県で発生した地震により倒壊した、
バイラムホテルの下敷きとなっていた日本人女性が、ほどなく無事救出されました」

その後に、同僚の男性の訃報が報じられた。
助かった事実に安心したが、それよりも、国際支援の場で活躍する彼女の志に敬服した。

【天候】
終日、冷たい雨が降り続く。

1410声 菊日和

2011年11月10日

自宅の前に、一つ道を隔てて、空き地がある。
以前は建築関係の会社が資材置き場に使っていたのだが、
その会社もこの土地から退いてからは、手付かずに雑草が生い茂っている。
以前の会社が、フェンスを張りめぐらせたので、雑草が道に被さって来る事は無いが、
フェンスの中は、「草の海」と言った具合になっている。
地面とフェンスの隙間から猫が入って行くと、
直ぐにその姿が見えなくなってしまうくらいである。

草が生い茂っていても、別にどうと言う事は無い。
これからの空っ風の季節は、むしろ砂埃がたたなくて良いのだが、少し前は虫で苦労した。
その虫は、おそらくカメムシなのだが、天道虫くらいの大きさで全体が茶色い。
こいつ等がこの秋に大量発生して、玄関やベランダに大量にくっついていたり、
あるいは死んでいたり。
天気の好い日に、真っ白いシーツなど干そうものなら、墨汁を飛び散らしたように、
点々とくっついている。
カメムシ特有の臭いを発するので、やたらに掃えず、厄介なのである。
それも近頃、立冬を過ぎてからようやく落ち着いて来たので、一安心している。

私の推測では、この虫の大量発生の所以は、草の海に大量に生えている、
背高泡立草にあると考えている。
それがこいつ等の寝床になっているのではなかろうか。
この草の海に、どこから種がこぼれて来たのか、最近、菊が咲き始めた。
和歌の世界で、たんに「菊」と言えば白菊の事だが、白い花はあまりなく、
黄色や紅色や桃色など、多彩な色の菊が咲いている。

虫柱立ちゐて幽か菊の上   高浜虚子

虚子の句にあるように、あまねく夕日が満ちた草の海の中、
菊の上に、幽かな虫柱が立って揺れている光景は、荘厳な印象を受ける。
菊には、そう言う不思議な存在感がある。

【天候】
終日、冬晴れ。

1409声 朝の目

2011年11月09日

どうにも、朝食が不味い。
それは、朝食のメニューが気にいらないのではなく、
自らの体の具合が芳しくないから、である。

朝が弱い。
思えば、我が人生で、気持好く朝食を食べていたのは、
もう中学生時分の事で、高校生以降は、満足に朝食を食べていない気がする。
高校生になって夜更かしをするようになっていたし、
進学して一人暮らしするようになってからは、生活のリズムが大幅に乱れてしまった。
今となっては、一汁三菜なんて、純和風な朝食を食べる事など、
ビジネスホテルのバイキングか、ほのじに泊まった時くらいなもので、年に数える程度ある。

「朝飯を食って来ない奴は、目が死んでるんだよ」
そう豪語していたのは、社会人になった時の先輩で、勿論、私に向けての言葉。
それから、なんとか食パン一枚やヨーグルト一個などを、寝惚け眼で、
と言うよりも半分寝ながら喉へ流し込んで、朝食をとるようにした。
それでも、東京に住んでいた時分は、マンションのすぐ隣にコンビニがあるのをいい事に、
通勤途中に「ウイダーinゼリー」を買って歩きながら飲んた。
その当時は、CMに木村拓也が起用され、「10秒チャージ・2時間キープ」と言うキャッチコピーで、
大々的にウイダーinゼリーを売り出していた。
どこかしら、忙しぶっているスタイルで、都会の社会人になりたかったのかも知れない。

ウイダーinゼリーならまだしも、時折、コーラや缶珈琲などを、朝食とする時もあった。
排水の匂いの立ちこめる川沿いの倉庫には、フォークリフトで荷を運んでいる作業員が大勢いる。
その敷地を抜け、黴臭い細い路地へと入る。
よろけたらブロック塀に肩がぶつかるくらいの通りには、家々が密集して建っていて、
道沿いには住宅の窓が向いていた。
不味そうに缶珈琲を咥えながら、猫背気味に路地を行くと、いつも開いている窓があった。
覗くともなしに見える窓の中の部屋には、窓際のベットに寝ている、お婆さんの姿が見えた。
丁度、朝食時間なのだろう、ベットに付けられたテーブルには、朝食の御膳が載っている。
食べ終えたのか、食べ始める前か、お婆さんは少し傾斜しているベットに寝たまま、
いつもこちらに視線を向けていた。
一瞬。
お婆さんと目が合うのだが、特に会釈するでもなく、過ぎて行った。

「寝たきり」、なのだろうと思った。
なんだか、部屋の雰囲気が暗く、少し、怖い感じもした。
あのお婆さんの意目には、気持の好い朝に、ポケットに手を突っ込んで、
不味そうに缶珈琲を飲みながら歩いてゆく若者が、どんな風に映っていたのだろうか。
今となっては知る由もないが、あの寝たきりのお婆さんの、
活き活きとした眼光だけは、よく覚えている。
【天候】
終日、穏やかな冬晴れ。

1408声 棒二本

2011年11月08日

今朝起きたら、冬が立っていた。
暦の立冬に、寸分狂わず、ぐっと冷え込んだ朝となった。
テレビの天気予報を見ていたら、北海道では今週末に、はや雪マークが付いていた。
急いで冬支度をする羽目になってしまった。

冬支度。
と言っても、押入れから電気ストーブを引っ張り出せば済んでしまう。
寝間着のまま押入れをゴソゴソとやっていたら、今冬初の水洟が垂れて来た。
部屋が暖まるまで、コートを着て、寒さを凌ぐ。
水洟、コート、ストーブなど、立冬になった今朝から、生活上には一挙に、
冬の季語が登場して来た。

ようやく、部屋が暖かくなって来た。
電気ストーブのニクロム線が真っ赤に熱を帯びたからでなく、
カーテンを開けた窓から、朝陽が入り込んで来たので、暖かくなったらしい。
ストーブの本体に付いている三本のニクロム線の棒の内、
一番下の一本が、赤くなっていない。
「1200w」と言う目盛りでは、三本が熱を帯びる仕組みになっているのだが、
どうやら、一番下が壊れてしまっている。
と言う事は今冬、このニクロム線の棒二本で、乗りきらねばならぬ。

【天候】
雲多くも穏やかな冬晴れ。
ぐっと冷え込んで、空気が入れ替わって澄んだ印象。

1407声 湯疲れ酒疲れ

2011年11月07日

土曜日に桶川の銭湯で温まってから、駅前で一杯ひっかけて帰って来た。
電車に揺られている間に、だんだん酔いが回って来て勢いが付いたので、
終点の前橋駅で降りてから、雨の中、傘もささずに酔街へと沈んで行った。
そして、昨日は県内の銭湯の取材で、湯には入らないにしろ、数軒回って、
その都度、親切な女将さんや御主人から瓶牛乳を頂いた。
取材を終える頃には、相当量飲んでいる計算になった。
そして、最後の取材先である高崎の銭湯で湯に浸り、場所を変えて、
取材記者の方と打ち合わせをして、帰途に就いた。
帰宅してから、もうかなり湯疲れしていたのだが、
打ち合わせの際に緊張して汗をかいたので、寝る前にもう一度、風呂へ入った。

「だるい」
寝床から起き上がって、漏れた、第一声である。
風呂に入り過ぎて、体温調節機能が狂ってしまったのか、あるいは、
雨の酔街から千鳥足で帰って来たのが災いしたのか。
兎も角も、体調が崩れてしまった。

なんだか茫然として一日を終え、いままた風呂へ入って、これを書いている。
風呂で温まったら、いささか、それまでの全身倦怠感が解消された。
湯で崩れた体調が、湯で回復すると言うのも因果な話である。
だるさが消えたのをいい事に、冷蔵庫から一缶出して、コップにふくよかな泡を注いでゆく。
喉を鳴らして飲み干すが、あまり美味くない。
いつも飲んでいる麦酒なのだが、体調が崩れている為、体が受け付けない感がある。
もしかしたら、体調を崩した原因は、「湯」でなく「酒」。
つまりは、湯疲れよりも酒疲れなのかも知れない。
然らば、どちらか一方を止めれば、一件落着。
しかし、湯と酒てぇのは、とても仲良しなので、
この二人を切り離すのは、とても忍びない。
忍びないので、体に鞭打って、飲む事にした。

【天候】
雲多くも、冬晴れの一日。

1406声 湯屋の帰り道

2011年11月06日

「しょうが湯」
風邪っぴきが体を温めようと、飲む物でなくて、薬湯である。
今日訪れた高崎市の藤守湯で、今日初めて試みる薬湯が、
このしょうが湯であった。
ほのかに生姜の香りがして、とても、体が温まった。

雨降りの天気の中、今日は県内の銭湯を数軒、回って来た。
一人でなく、新聞社の記者の方と一緒に、である。
今月の26日は、11月26日の語呂合わせで「いい風呂」の日。
その日に向けた特集を、銭湯で組もうと言う事で、同行の取材であった。
懸念された天気にも関わらず。、とてもスムーズに行程を進める事ができ、
行く銭湯行く銭湯で、瓶牛乳を頂いた。
数年前から銭湯を回っているが、行く毎に新しい情報を得られる。
特に、今回の様な取材のプロと行くと、思わぬ新情報が伺え、新鮮である。
「群馬伝統銭湯地図」の方も、各銭湯で順調に減っている様なので、
一安心した。
そして、補充も出来たので、一石二鳥であった。

最後に寄った藤守湯で、お湯を頂いて、帰って来た。
芯まで温まって、銭湯の外に出ると、もう雨は上がっていた。
吹き来る夜風が、洗い髪を冷やして行くこの帰り道には毎年、冬を実感させる。
そう言えば、明後日は立冬。
まだまだ、群馬の銭湯は、元気で、面白い。
冬が来て、銭湯の季節がやって来る。

【天候】
曇りのち雨。

1405声 武蔵野探勝

2011年11月05日

高崎線へ乗車して、桶川駅へ向かう。
「桶川」、と言う土地に対して、全くと言っていいほど知識を持っていない。
鴻巣駅の先で大宮駅の手前と言う位置関係くらいは、
高崎線を利用しているので、知っている。

桶川駅西口を出て、「さいたま文学館」を目指す。
駅の脇に「西口公園」と言う都市型の公園があり、そこに併設されている。
スケボーの練習をしている姉さんや、家族で自転車の練習をしている子供たちなど、
憩うている人たちも、いささか都会的な印象を受ける。
そして、「さいたま文学館」もまた、そう言う印象の文化施設ある。

「武蔵野を詠む」。
と言う企画展を見に来た旨を受付に伝え、展示室を案内してもらう。
昭和初期、高濱虚子を中心とする俳人たちが、
「武蔵野探勝」と言う吟行会を開催していた。
この内、埼玉県内で開催された吟行会と共に、川島奇北や岡安迷子など、
土地にゆかりのある俳人に関する資料が展示されている。
当時の資料などを観て楽しんだが、戦前の武蔵野の広大な自然には驚いた。
現代で武蔵野探勝をやったら、と思うと、やはり俳句も変わって来て当然と思う。
館内には、他にもゆかりの作家が常設展示されており、俳句で言うと、
「加藤楸邨」と「長谷川かな女」を観る事が出来る。
図書館で、ひとしきり本を読んでいると、日も暮れてきたので、館を辞した。
次の目的地へと、そこはかとなく文学的な気持で、街を行く。

目的地は、駅の反対側にある、「梅乃湯」と言う銭湯。
夕暮時の銭湯は、とても賑わっており、話を聞いたり写真を撮ったりなどせず、
温まって暖簾を出た。
シンプルな銭湯だが、大分劣化の進んだペンキ絵が、風格を醸し出していた。
列車を待つ間、駅前の焼き物屋で、瓶麦酒と焼き鳥をつまむ。
ほろ酔いでうたた寝をしてしまい、終点前橋駅まで帰ると、雨。
寒ざむしく濡れた路面を千代田町まで歩く。
そこからはもう、ほろ酔いでは済まない。
飲んでいる内に、いつのまにか、雨は上がったようだった。

【天候】
曇りのち雨。

1404声 雷とから風義理人情

2011年11月04日

11月と言うのに、気温25度を越え、暖かな気候の一日であった。
終日空は、雲一つなく、高く、碧く、澄んでいた。
今週の水曜日である、11月2日。
安中市役所の福祉課に、「タイガーマスク」を名乗る人物から、
ランドセルと文房具が宅配便で届けられた。
と言うニュースを、今日知った。
昨年末から続いている、所謂「タイガーマスク運動」である。

届けられた品は、黒とピンクのランドセル各1個と、
クレヨンや色鉛筆などが入った文房具セット2組。
総数を見るに、何だか、如何にも個人が少し頑張って贈った。
と言う感が出ていて、微笑ましい。

この運動は、思えば昨年、前橋市にある「群馬県中央児童相談所」に、
「伊達直人」を名乗る送り主から、ランドセルが届けられたことに始まっている。
口火を切ったこの伊達直人が、群馬県人かどうかは定かではない。
しかし、上毛かるたにあるように、上州は「雷とから風義理人情」の土地である。
安中市に届けられた品には、手紙も何も付いていなかったらしい。
この「からり」としたやり方、おそらく上州人ではないかと、ひそかに思っている。

【天候】
終日、雲一つない暖かな秋日和。

1403声 得意な文化

2011年11月03日

「文化の日」
さて、その由来を正確に説明できる人が何人いるだろうか。

1947(昭和22)年までは、明治天皇誕生日による「明治節」として休日となっていた。
そして、戦後。
1946(昭和21)年のこの日は、日本国憲法が公布された日であり、
1948(昭和23)年に公布・施行された国民の祝日に関する法律で、
「自由と平等を愛し、文化をすすめる」ことの趣旨と絡めて、「文化の日」と制定されたのである。
と言う事を、調べて書いてみたが、いまいち薄らぼんやりしている。
「明治天皇誕生日」の方が分かり易いが、戦後は、
「みなさん憲法が出来た日なので、自由と平等と、文化も忘れちゃいけませんよ」
と言う日になったらしい。

何か文化的な休日を過そうと、考えた挙げ句に、
たまにはレストランで昼食をとってみようと思い立った。
所謂、「ファミレス」でなくて、まぁ、ごく普通のジーンズとスニーカーで行ける様な、である。
思い立って行くようなところでもないが、男独りで、となると、牛丼チェーンや定食屋と違い、
思い立たなくては行けない。

行ったのは、住んでいる町にある、田舎のレストランである。
店内に入り、まず、窓からの景色が望めない、どん詰まりの二人席に案内された。
明るい窓際は、家族やカップルに譲って、私は端っこの方が落ち着くので、良かった。
千円でお釣りが来る程度のランチメニューを頼んで、ゆっくりと食べて来た。
「文化の日」は季語なので、ちと思い付いた句を句帖に書いていると、
斜向かいの席の初老の紳士と目が合った。

それから、何だかその紳士が気になって、ちらちら見ていたら、
田舎町にしては随分とオシャレな格好である。
食べているものもパスタだし、グラスワインなんかも嗜んでいる。
なんだか、そこはかとなく、文化レベルの違いを感じた。
そして、夜は銭湯へ行って、帰って来てこれを書いている。
そう言う文化なら、私だって得意である。

【天候】
朝は曇り、その後回復し、雲多くも晴れ。

1402声 俳句あるある

2011年11月02日

「俳句の世界で」
などと、俳句初学の私が言うのも筋違いな気がするが、
私の見る俳句の世界で、60歳くらいまでは若い部類に入ると思う。
子育てに手の掛からなくなった、40代のお母さん。
定年を迎え、ぼちぼちセミリタイヤしようかと言う60代のお父さん。
そう言う世代の人が、俳句人口の中の大半を占めているのだろう。

それとは別に、何の因果か、青春時代を俳句に費やしている人たちがいる。
娯楽や趣味を選ぶには、この時代では苦労しない筈、なのに、である。
そう言う、俳句少女や俳句青年が、頭に白い物が混じる齢になると、
「先生」なんて呼ばれていたりする。
そうなった時に、その人が「何の為に」俳句を作って来たかが、問われると思う。
何の為にもでもなくただ愉しくて作って来た人もあろうし、
何かを実現する為に、俳句を作って来た人もいる。
その良し悪しは単純には分からないが、好き嫌いは直感的に分かる。

先日、自分よりも大分若い俳人の方と、歓談する機会があった。
「あるある」
と、思わず共感してしまった話が、「句集」の話。
古本屋で、目当ての俳人の句集を買って来て、頁を開いた瞬間に良くある事態。
それが、「書き込み」である。
つまり、句が印刷されている頁に、ペンで鑑賞が書いてあったり、中には◎や〇を付けて、
御丁寧に「選」がなされている場合がある。
そう言う事態に遭遇しても、一応、読み進め、「この人の鑑賞は自分と合わないな」とか、
「なんでこんなつまらない句に◎をつけたのだろうか」などと、
その書き込み自体をも、楽しんでしまう。
そしていつしか、「この句に◎をつけるとは、なかなかやるな」と、
書き込み主に好感を覚えてしまったりする。
自分よりも若い世代の俳人と、少しでも話が合った事で、その時、妙な安堵感を覚えた。

【天候】
終日、冬が戻ってしまったかのような、秋晴れで暖かな一日。

1401声 三の酉

2011年11月01日

今日から11月。
そして、浅草では明日から、酉の市が始まる。
2、14、26日の「酉」の日に開催される、この市の映像。
それはあの豪華な熊手を買って行く人たちにインタビューをする、
テレビのニュース番組などだが、あの映像を見ると、一挙に年末の気配を感じる。
何だか、腹の底あたりから、そわそわしてくる。

浅草酉の市」のサイトを何気なく見ていたら、サイト内に豆知識のコラムが掲載されていた。
そこにあった、古川柳が面白い。

お多福に熊手の客がひっかかり

熊手見て女房かみつく戌の市

解説はサイトから引く。
『おとりさまに参詣した後、吉原に引っ掛かり翌日の戌の日に帰り、
女房に「今日は戌の市にでも行ったつもりかえ? おまえさん」と噛みつかれているわけです。』
江戸時代の女房は、面白い。
そして、いつの時代も旦那は情けない。

【天候】
終日、秋日和

1400声 第1400声記念特別企画「鶴の俳句グッズ恩返し」

2011年10月31日

明日からは、11月。
2011年も残すところ、後二月。
日刊「鶴のひとこえ」も、どうにかこうにか、第1400の声を迎えました。
そこで今回は、日頃の「恩返し」と致しまして、読者の方へ、
ささやかなる恩返しさせて頂きます。

私、書き手である抜井が、近年殊に俳句づいて事もありまして、
「俳句グッズ」を抽選で2名様に、一品づつプレゼントさせて頂きます。
まず一品は、名句が書かれた「絵馬ストラップ」。
もう一品は、と或る俳句文学館の「無料招待券」、となります。
厳正かつ公平な抽選をもって、当選を決定させて頂きます。
それでは、下記を参照したうえのご応募、お待ちしております。

■応募方法
送付先の「郵便番号」・「住所」・「氏名」を明記の上、
Topページにある【お問い合わせ】よりご応募下さい。

■応募締切
平成23年11月5日(土)

■当選発表
厳正な抽選のうえ、当選者には発送をもってかえさせて頂きます。

■アンケート
日刊「鶴のひとこえ」に対して、ご意見ご感想をご記入下さい。
※後日掲載させて頂く場合がございます。(無くても可)

※お一人様、メール一通のご応募とさせて頂きます。
応募に際し、頂いた個人情報は、当企画の目的にそった賞品送付等にのみ利用し、
他目的には利用しません。

【天候】
終日、秋日和。

1399声 置酒歓語

2011年10月30日

三本目の缶麦酒を飲み干した時点で、既にしたたかな酔いを感じている。
小さなお祝いと、小さな反動、そして大きな出会いを思いつつ、四本目の缶を傾ける。
既に、ちと温い。

まず、祝い。
と言うのは、今日。
東京は清瀬市で開催された、「第3回石田波郷俳句大会」の表彰式と講演会に出掛けて来た。
私は、新人賞奨励賞と言う賞を頂いたので、出席した。
石田波郷は好きな俳人なので、大賞でなくともその名を冠した賞を頂けたのは、光栄である。
次に、反動。
受賞式が終わって、懇親会。
遅刻寸前で伺う羽目になったので、今回はやむを得ず、高速道路を飛ばして車で出掛けた。
その為、瓶麦酒を眼に前にして、一滴も飲めなかった。
酒飲みとしては、辛かった。
その反動で、いま、このパソコンの前で、心おきなく飲んでいる。
そして、大きな出会い。

今回の新人賞は、30歳以下と言う決まりがある。
その為、受賞者の若い世代の俳人の方々、そして選者の先生方と、しばし交流できた。
郷里、群馬へと戻り来たいま。
清瀬で同世代の俳人と波郷で言うところの「置酒歓語」出来なかったのが、いささか残念である。
しかし、大きな出会いあった。
賞、もそうだが、それに付随する出会い。
の方が、嬉しく感じている。
ここまで書いた時点で、さて、缶麦酒が空になったようなので、
冷蔵庫へ取りに行かねば。

【天候】
下り坂の天候で、夕方より一時雨。

1398声 柿効果

2011年10月29日

「埋め尽くされる」
そんな印象を受ける程、どこへ行っても、柿、柿、柿。
里へ行っても、山へ行っても、柿の木には枝に余るくらい、柿が実っている。
実るままに実って、鳥に突かれている木もあるし、
剪定されて、家主の収穫を待っている木もある。

しかじかと日を吸ふ柿の静かな (前田普羅)

夕暮の里山を行けば、まさに普羅の句にあるような、静かな光景に出遭える。

先日、私の俳句の先生を囲む会に出席させて頂いた際、「これでもか」と言う程、
地場の美味い食べ物が出た。
勿論、酒も厳選された日本酒が並んでおり、したたかに酔ってしまった。
帰り際、「二日酔いに効きますよ」と、頂いたのが、柿であった。
半信半疑で、一切れ二切れと頂いて、どうにかこうにか帰宅した。

翌日。
どう言う訳か、二日酔いは免れた。
それが柿効果であったか、否か。
それを立証すべく、そろそろ食べ頃である我家の柿を、
近々、剥いてみようと思う。

【天候】
終日、晴れのち薄曇り。

1397声 県民の日の大人

2011年10月28日

朝、通学路で子供たちを見掛けない。
と思ったら、今日は、「群馬県民の日」であった。
金曜日なので、子供たちは今日から三連休。
県内各地で、観光施設や文化施設などが、無料及び割引開放されるので、
「県民の日」は「遊ぶ日」と言う印象である。
この日、県民の多くの関心は、ディズニーリゾートも割引価格で入場できるので、
そちらの方に向いているのかもしれない。

私は生活上、県民の日と言えど全くその恩恵を受けていない。
むしろ、子供時分が懐かしい、そして子供連中が羨ましい。
しかし、私は大人である。
大人になっても、県民の日と言うのは、すこしだけ心安らかになる。

【天候】
終日、秋日和。

1396声 紅葉山

2011年10月27日

下仁田町を抜け、谷づたいに南牧村から一山越えて、上野村へ入る。
上野村内では、紅葉が大分進んでおり、5分くらいは紅葉していた。
道端の薄紅葉に日が透けてい景色や、遠くの山並に日が染み込むように、
紅葉している景色。
しばらく車の通らない道端に車を停め、そんな荘厳な景色を眺めていると、
師走の前奏が始まって来た、街中の喧騒をしばし忘れる事が出来る。

「自然以外何もない場所」
そんな太古の景色に吹く風を受けていると、なんだか爽快である。
例えば、体に流れる血液を洗われたように、清々しい。

【天候】
終日、秋晴れ。

1395声 棗の実

2011年10月26日

句会の折、句が描かれた短冊が回ってきて、「棗」と言う漢字が書かれていた。
その時、「なつめ」とは読めた。
そう言う名のお店が高崎市内にあるし、
ほのじ氏がやっていた店の名が、「なつめ」だからである。
秋の季語になっているが、「棗」と言う木、及び「棗の実」と言う物の実物が、
思い浮かばなかった。
おそらく、佳句だった記憶があるが、俳句初学である自分の浅はかな知識故、
その句は採れなかった。

それが今日、である。
俳句の仲間の方から、棗の実を頂いた。
そのまま食べられると言うので、姫林檎に似たウズラの卵ほどの実を、
三粒ほど齧って食べた。
美味くは無かった。
皮が硬く水気が無いので、舌触りが悪い。
林檎の系統の爽やかな香りがあるのが、せめてもの救いであった。

昔は里山のあちらこちらにあったらしいが、どうも高度経済成長が進むにつれ、
どんどん数を減らして行ったらしい。
私も、意識して実っている棗を見たのは、先日、
高崎市の「染料植物園」へ吟行に訪れた時である。
古くから、染料として用いられており、茶系統の色を出すとの事。

果物にも流行り廃りがあるようで、棗の実を食べる事など、
私が俳句でもやっていなかったら、おそらく無いであろう。
一年中、世界各国の果物が食べられる現代社会に於いて、
そして、益々その便利になって行く生活の中で、「季語」はどう働いて行くのか。
小さな実ひとつ齧りながら、ぼんやりと、考えさせられた。

【天候】
終日、風強いが秋晴れ。