日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

4680声 足跡に花

2021年11月27日

『もののけ姫』では、森の神様はカモシカのような姿をしていて、彼が一歩一歩歩くたびに、足元の草が光り輝いて生え、足を話すとその草は枯れてしまうという描写がある。それはアニメーションであるしフィクションではあるが、「その人が歩いた道すじには花が咲いていく人」というのは、確かにいると思っている。

 

パンフレットで関わった東吾妻町の「serenite」のいくさんは、もしかするとそんな能力の持ち主なのではないかと思う(もののけ姫の神様みたいという例えは違いそうだけど)。前橋で根強いファンもいた「マムズケイク」という発酵玄米を主とした体をいたわる食事を提供していた店を閉じ、「この場所が気に入ったから」という理由で、そんなところで店をやりますか!?という東吾妻町岩島の木材場の一角にある小屋で「serenite」という店をはじめた。前橋、あるいはもっと遠いところからもわざわざファンが通い、憩いの場となっている。

 

打ち合わせに行くと、ヴィンテージグッズのコーナーに「Naot」の革靴があった。イスラエル発の長年愛せるその靴は扱うことも難しく、知人の一店を介しての販売ということだったが、手作り感もあるその靴は「serenite」にも合っていた。実は、僕は数日前にyoutubeで「Naot」を知った。それは靴への興味ではなく、「Naot」のyoutubeチャンネルには店でライブをする寺尾紗穂さんや奇妙礼太郎さんや高橋久美子さんなどの動画が上がっていて、どのアーティストもファンだったりするのでこの靴屋はセンスが良い!と思っていたのだ。今履いている靴もぼろぼろだし、これも何かの縁と1足購入した。

 

この靴を履いて歩いていくにあたり、足跡として僕は何を残せるのだろうかと考える。いい靴を買うとそれだけで気分が良くなる。年の終わりに、靴を買いに出かけてはどうだろうか?

4679声 大きな負債を抱えています

2021年11月26日

若い頃、あまりにお金がなくてカードでお金を借り、その返済で苦労したことがあった。今は幸いそのような負債は抱えていないのだが、とある科学雑誌を読んだら「睡眠負債」なるものがあることを知った。これは、睡眠不足を続けると負担があるよ、という類の情報であり、それによると寝不足が続いたら週末に寝溜めするくらいではダメなんだそうだ。

 

いま、現に「きちんと寝る」ことをすると翌日かえって眠くなったりもする。長年の不摂生で睡眠に関する自律神経?あたりが参っているのかもしれないし、「睡眠負債」という言葉を知ればなんとなく納得もしたりする。つまり、1日2日しっかり寝た程度では完済できないほどの「睡眠負債」を、僕は抱えているのだ。

 

いっそ、1ヶ月くらい眠り続けてやろうかしら(寝すぎも心身に悪い、とも書いてあったよ)。起こしに来るのは、王子様か、仕事の納期が過ぎてカンカンのクライアントか、いつも通りに「みそ汁冷めるよ」とやって来る母親か。

4678声 気の知れた人たちと映画を観る

2021年11月25日

今年の伊参スタジオ映画祭は、年明け1月の29(土)30(日)の開催とした。例年では11月にやっていた映画祭を今回は年明け、さらに昨年と同じく伊参スタジオではなくバイテック文化ホールで行う理由には、未だにコロナ禍の影響がある。

 

自分の忙しさにかまけると、ボランティアとはいえども映画祭での活動がおろそかになる。今年は例年行っていた「シナリオ大賞」(全国から映画シナリオを募集し映画化させる試み)の撮影がなかったので、よけいに映画祭での活動を少なくしてしまった。実行委員長として、ふがいない状況が続いている。

 

そんな僕の状況とは関係なく、今年も2人若いスタッフが加わるなど、実行委員会としての雰囲気はいい感じである。先日、久しぶりに今回上映する映画の試写会をスタジオの一角で行ったのだが、「気の知れた人たちと映画を観る」という行為自体にも新鮮な感じがあった。上映後に「あのシーンはこういう意味?」「あの演技よかったよね」と感想を述べあった後で、「この映画を映画祭で上映できることがとても嬉しい」という・・まさに映画祭をやる原初的な意味を再実感している自分がいた。

 

1月末とはいえ、バイテック文化ホールは空調の行き届いた映画鑑賞に最適な場所です。みなさんぜひとも予定を空けておいてください!

4677声 めっかった2

2021年11月24日

めっかった

 

何が?

 

無くさないようにとティッシュで包んで財布に入れていた、歯の詰め物が。

4676声 歩く速さ

2021年11月23日

祝日。ずっと前から母親に「メガネを作りに行きたい」と言われていて、前に行ったのが長女と行ったJINSらしく、わざわざJINSに行かんでもと思いつつまあいいかと車に乗せて連れて行くことにした。が、なんと、そういう決まりということも知らなかったのだが、母の視力はかなり悪くて、JINSの測定器では適したレンズ厚が割り出せず、眼科検診を受けた上で来店してくださいと眼鏡作れない状態。仕方がないので、一緒に行った次女と3人、ショッピングモールの食堂で魚を食べて帰ってきた。

 

というぱっとしない1日であったが、一番印象に残ったのは「僕が普段歩く1/3の速さにしないと、母親とは一緒に歩けない」という事実であった。視力と時間は、元には戻らない。

4675声 ああ、ええ

2021年11月22日

「後頭部のつむじあたりが禿げてきたことに気づいたのは、ドローンの撮影をして真上に飛ばした時に自分の頭が写っているのを見た時だった。」というのは、わりと鉄板の僕の持ちネタなんだけど。最近はもじゃもじゃに髪の毛を伸ばしていて、「いや薄毛結構気にしてるんですよね」と話をすると「えーそうでもないですよ」と言われるので、いや、ホラと後ろを向いて後頭部を見せると

 

ああ、ええ

 

と皆が同様にそんな声を出すのが、自分的にツボ。ミノキシジルは効くらしい。

4674声 全く予想もしない時に突然話しかけてくるんです

2021年11月21日

中之条ビエンナーレの関連事業的に、群馬在住・作家の絲山秋子さんが中之条ビエンナーレを訪れて、ディレクターの山重徹夫さんと話をするという一連を撮影した。その映像は現在県の「tsulunos」の湯けむりフォーラムの1コンテンツとして配信もされている。

小説家絲山秋子×総合ディレクター山重徹夫 中之条ビエンナーレ アートな散歩トーク(前編)

 

小説家絲山秋子×総合ディレクター山重徹夫 中之条ビエンナーレ アートな散歩トーク(後編)

 

小説家絲山秋子×総合ディレクター山重徹夫 中之条ビエンナーレ アートな散歩トーク(特別編)

 

これは無理やりなセッティング企画ではなく、そもそも絲山秋子さんは中之条ビエンナーレをプライベートで何度も訪れているというベースがあり、芸術祭の各会場における彼女の言葉は面白さに満ちていた。それぞれ長い動画ではあるが見ていただきたい。

 

その流れで、同じく「tsulunos」アカウントで公開されている土屋文明記念文学館でのインタビュー動画を見た。僕は絲山さんの小説の1ファンでもあるのだが、彼女の創作の仕方はとても興味深い。自らの頭の中で物語や登場人物の言動を決めていくのではなく、ふとした時から彼女にとって身近な存在?となった登場人物たちが、絲山さんの意とは別に動き出すというのだ。時には、その時書いている小説の登場人物ではない人物(過去に書いた小説の登場人物など)が話しかけてくるのだという。そしてどんなに忙しくても、その時その人物からの言葉をきちんと聞かないと、その人物はその後二度とその物語を語らないというのだ。

 

彼女のその創作方法が彼女だけのものなのかどうかはわからないが、一流の・・というか、人生をかけて小説を書いている作家というものは、そのように自分の頭や経験の中だけでは物語を転がしていないのだと思う。いつか小説を書こうと思っている(!)僕にとっては、あちこちに金言である。

4673声 あの時遠くに見えたものは

2021年11月20日

イベントを撮影していて、それは夜間におよぶ撮影だったのだけど、スタッフのYさんが「今夜は友人も来るのでうちに泊まる?」と言ってくれた。すんなりと受け入れ、ご友人とともに晩酌までご馳走になった。

 

朝、起きるとそこはちょっとした平原地で、少し先には森、一面を清々しい空気が取り囲んでいた。毎日の習慣だというラジオ体操にもお付き合いする。そしてふと、この朝はあの時の綾町の朝に似ていると思った。

 

映画学校の学生時、宮崎県綾町の「賢治の学校 綾 自然農実践場」を長期取材した。宮沢賢治の思想をベースに児童教育を行っていた鳥山敏子さんの賢治の学校が、自然農に特化して作った施設で、僕はその施設の仕組みを取材したくてというよりは、そこに暮らしていた若者たちに興味があって、卒業制作の場としてそこを選んだ。そこに暮らす若者は皆が皆農家を目指しているというわけではなく、むしろ元いた場所の息苦しさからそこにいる人、そこにいる人たちが家族同然だからいる人など、正面をきって人生に迷っている人たちが多く、今思えばそこで彼らと協働する大人たちは大変だったろうなと思うけど、年も若かったぼくは(自分自身も人生に迷っていたので)親近感を持って彼らと接した。

 

朝になると、1人また1人と起きてきて、太陽浴をしたり、野菜を摘んだりする。自然豊かな綾町のさらに山奥にあったその施設の周りもかなり広い平原であった。ちょっと遠くには別の施設が所有する馬も見えた気がする。映画学校時、相模原市の狭いマンションに暮らしていた僕は、その平原の朝をとてつもなく綺麗な朝だと思った。その時の自分が新しくなる感覚、は今も体の奥に残っている。

 

数年前、ふとした懐かしさで「賢治の学校 綾 自然農実践場」を検索したら、その場所は2016年でその役目を終え閉じられたようだった。さすがにそれから倍くらいの年齢を生きてしまったので、今回そこまでの感覚を覚えたわけではない。けれどふと、どういうわけか、20年近く前のあの時の朝を思い出していた。あの時、遠くに見えたものは、1つには別の施設が所有する馬であった。けれども、その大部分は「憧れ」であったのだと今は思う。

4672声 ハナホジ

2021年11月19日

今年知り合った鰆さん(芸名・・いや、仕事名?)は映像編集ができる。映像編集ができる人というのは、特に地方においては逆立ちしながらうどんを食べられる人と同じくらいにレアポケモンである。

 

僕のここ数年の課題は、「編集が進まない」ことにあったので、すでに幾つかの編集を彼女にお願いした。映画はあまり見ていなくて、以前つとめた会社の仕事の一環で覚えたということだが勘が良い。なにより一回りくらい若いので、そういう視点で「僕だけでは気付かなかった何か」を提示してくれるのではないかと期待をしている。

 

やりとりはLINEでもしていて、先日「へーそうなんですか(ハナホジ)」という文言が送られてきた。ハナホジ・・僕はそれに、若さを感じるよ!・・はともかく、僕はそろそろ「仕事の仲間を増やす」ターンなので、彼女に限らず、「人を頼ろう」と思っている(ハナホジ)。

4671声 店ではなくハブとして

2021年11月18日

中之条町のはずれにある「うた種」は素敵な名前の店である。中は店主の詠子さんが厳選した小物が並び、彼女はそこで裁縫教室も行っている。女性のための店というわけではなく、美味しい珈琲やお茶も飲める。一度パソコンを持ち込んでごめん仕事させてくださいと店に入った事があったが、すぐにうたた寝しそうになった。

 

店としての一面のみではなく、奥には小さなギャラリーもある。地元作家、斉木三男や星野博美、飯澤康輔などが今までにここで展示をし、作品は購入も可能なので作家と人とを繋げる役割も果たしている。そしてそのギャラリーやお店自体を、詠子さんとその旦那の香司さんが中心となり自分たちでセルフリノベーションしたということもすごい。時にはイベントも行い、けっこう広くて紅葉がきれいな中庭には、顔の見える良い物・食べ物を提供しているお店がずらっと並ぶ。いい店の条件というのは「店のはしにまで店主の思いが届いているか」だと思っていて(それは掃除をしているとかではなく、愛着が届いているかという感じで)、営業開始からある程度の年月が経ったが、当初よりより一層の思いが溢れ出てきている。

 

「うた種」はまさに、ただの店ではなく人と人、中之条町と町の外とを繋げるハブになっている。ネットショッピングも一般的となりただの物の売買では満足できなくなってきた昨今、そんな店を作りたいと思う人はいても実践できる人は少ない・・と思ったら、「うた種」は敷地裏にある離れをゲストハウスとして利用するためのクラウドファンディングを初めている。いやぁ、ここまで読んでしまった皆さん、はらを決めてください。応援しましょう。

 

中之条ビエンナーレの町でいつでもアートを楽しめる宿をオープンしたい

 

4670声 とり野菜みそ

2021年11月17日

もしかしたら以前も書いたかもしれないが、鍋用調味料の「とり野菜みそ」はすこぶる優秀である。

 

もとは石川県発祥の調味料らしいが、中之条町のスーパー「ヤオコー」でも買える。味噌ベースのこれは、土鍋に水をはって、チューブとり野菜みそをブチューっとやって、そこに白菜や豚バラやしめじなどを適当に突っ込んで、グツグツ煮るだけでとても美味しい鍋になる。他の調味料は一切不要だが、チューブにんにくをブチューっとやったり、食べる時に山椒入りラー油などを垂らしたりするとなお旨い。僕は夕食をいつも決めていなくて、たまに家に帰るとごく簡単に作りたくなるのだが、1人用の土鍋でこれをよく作る。なんなら毎日でも食える。最近は、火にかける前に業務用冷凍餃子を4〜5個つっこむ。ご飯は摂らないので、なんとなくヘルシーなことをしている気分にもなる。

 

とり野菜みそは、別に鶏肉と野菜の鍋に合いますよ、というわけではない。が・・その名前の由来はいつも忘れる。今ググったら【「とり野菜みそ」の「とり」は鶏肉からではなく、野菜や栄養を摂るという意味が込められています。】とのこと。レッツ、トライ!

4669声 村の初冬

2021年11月16日

高山村で写真撮影を行った。村に移住し、開いた精神医療を進めている田村さんが、患者さんや地域の人を招いて行うご飯イベントだった。集まった20人ほどの中には子ども多数。移住コーディネーターの咲季ちゃんや移住してきた夫婦などが多かったのだが、こんなに子どもがいる村なのかと錯覚してしまうほどだった。

 

とにかく豊かな時間だった。家の中ではピザ記事を伸ばし、庭にあるピザ釜は煌々と熱されていて、田村さんが大きなさじでピザ生地を入れるとあっという間に焼きあがる。農家民宿亀久保ゆっこのゆっこさんは庭の炭火でぐつぐつと鍋を熱し、そこに自分で打ったという太いお切り込みを落とし入れる。と思ったらとなりのお釜のご飯が炊き上がり、慣れた手でおにぎりに。その米は、地域おこし協力隊の西やんたちがはじめて最初から手がけた新米だという。ほふほふと握り飯を齧った西やんの口から暑い湯気が溢れ出た。そんな様子を写真で撮る。

 

子どもたちは、食い気以上に火にくべるための枝の山に登ったりして忙しい。ピザ生地をこねるところを撮っていたら、8歳くらいなのかな、男の子に「ちゃんと、写真撮っていいですか?って聞かないとダメだよ」と怒られた。「そうだね、ごめんね、写真撮っていいですか?」と聞くと「いいよ」と言う。

 

仕事なのか、僕自身が癒されに来たのかよくわからない撮影であったが、ちゃっかり食べ物も全種食べさせてもらった。帰り際にさっきの子にまた「写真を撮っていいですか?」と聞くと、「おじさんはもう知らない人じゃないから撮っていいよ」と言われた。すくすくと育ってほしい。

4668声 真緑のトマト

2021年11月15日

道の駅に寄ったら、真緑で直径4センチくらいのトマトが20個くらいぎっしりビニール袋に詰められて売っていた。シーズンが終わって最後に畑に残った熟れないトマトをわざわざ売っているのかなとも思ったが、僕が知らない新種の青くても甘いトマトなのかもしれないと思い購入。

 

帰宅し、1個をおもむろに齧ってみた。シーズンが終わって最後に畑に残った熟れないトマトだった。強烈なエグ味。思わず愉快な気持ちになった。

4667声 ここに生まれていたらどんな人生を送っていたのか

2021年11月14日

僕が県境を越えるのは、いつも撮影仕事の時だ。今回は、お隣長野県まで来た。長野原、上田、山あいのどこかを抜けてから、岡谷氏。おかやす、と一字違いだ。初めてくる町だった。

 

撮影が終わり1泊していきたい気分だが、その日のうちにまた県境を越える。

 

知らない街を走る時、暗くなってから、特に山あいの家がまばらな地域を走る抜ける際にふと「自分がここに生まれていたらどんな人生を送っていたのか」と思うことがある。大都市でそう思わないのは、生まれが田舎だからだろうか。そして特にその疑問を深く考えることはないのだが、色々を選べる人間が、生まれた場所は選べない、という当たり前の事を不思議に思ったりもする。

4666声 めっかった

2021年11月13日

めっかった

 

何が?

 

永遠が

4665声 若者たち

2021年11月12日

今晩は中之条町で新しい事をしたいという若者たちと話をした。前に座った3人に対して別々の話でそこそこ上手い話が出来たと思う。上手い話が出来れば出来るほど、つまらない大人になったなと思う自分もいる。もっと馬鹿なことをせねばならない!もっと馬鹿なことを書かねばならない!

4664声 にごり酒

2021年11月11日

甘酒はそんなに好む方ではないが(美味しい甘酒は美味しいよね)、最近家で飲む頻度が高いのは「マッコリ」である。マッコリ飲むぞーとSNSに投稿したら、新前橋の「bento261」のディーバ・カヤさんから「マッコリをビールで割るといくらでも飲めるよ」みたいなコメントをもらい、この夏はよくそれを実行していた。マッコリのしつこさが、ビールに合わせることによりごくごく飲めるようになり、さらにビールよりはこってりという感じ。

 

この前、道の駅八ッ場で地元大盃の「原酒にごり酒」を買い、そのまま人んちに宿泊だったので飲もうかと思っていたけど、飲む人が僕だけだったので飲まずに車に置いていた。今日はそれをちびちびと飲んでいる。甘さのない甘酒という感じ、めちゃくちゃどろどろ、おいしい。

 

そのような酒たちは、なんだか栄養がある気がする。あと酸味。その両方が体に合うということはつまり!・・疲れているんだろうね。

4663声 ピーーーーーーーーーーーーーー

2021年11月10日

経営者が集まる朝6時からの講演会を撮影して、と言われたので前の晩会社に泊まった。その日の晩は会社に泊まるつもりなどなかったが、深夜まで会社におり結局2泊してしまった。さすがに風呂に入らねばと次の日は帰宅。止せばいいのに酒を飲む。

 

どこかわからない宴のような場所で、スイングしながらサックス奏者が近づいてくる。ものすごい音圧と共に色々なメロディーが聞こえてきそうなものだが、彼が発している音はただ1つ、ピーーーーーーーーーーーーーー

 

気づくと家の炬燵で、酒瓶を机に置いたまま寝ていた。午前4時。テレビは終了。ピーーーーーーーーーーーーーーという音を鳴らしていた。テレビを切って、布団に入れば良いのにまた寝てしまった。そしてまた目覚めて午前7時前。ぼーっとした頭で、その頭がすごく脂ぎっている。ふと、生まれて初めて「ぼくはホームレスになっても(生活習慣面で)やっていけるかもしれない」と思った。めんどくさがりではあるが、風呂嫌いというわけではない。これから朝風呂に入る。