日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

4848声 群馬に帰ってきた

2021年07月18日

この週末は中之条での撮影を終えその足ですぐに山形へ車を飛ばし前泊し翌日は1日市内を歩く撮影をしその足で群馬へ戻り実家へ帰ると距離的に面倒だなと思ってしまい前橋インターそばの漫画喫茶で一泊し今日は桐生でパフォーマンスの撮影をした。

 

なんだかんだで山形は遠いので旅をしたような気分にもなり今日になっても山形の過去現在の思い出がぐるぐるしていたが、今日の撮影が終わり「スタッフ出演者のお昼ご飯これだったので持っていってください」と渡された登利平の弁当を見て「群馬に帰ってきた」と、一瞬で現実に引き戻された。登利平、イズ、群馬。

4847声 山形の思い出2

2021年07月17日

山形ドキュメンタリー映画祭には、はじめは学生時に客として参加し、のちには群馬に戻った後も客として参加したが、その間には東京事務局のスタッフとしてアルバイトをし、雑用全般として山形入りした時もあった。2003年だったろうか。

 

山形は当初から国際映画祭である。昔も今も英語はからきしなので、事務局にいてふいに英語で電話がかかってくるとたいそう慌てた。「Sorry,just morment.」みたいなことを言って英語ができるスタッフに変わってもらったような記憶がある。そんな僕が、映画祭開始直前、成田空港だったか、飛行機で来日した映画関係者を山形へ向かう新幹線に誘導する、という役を与えられてしまった。今思っても背筋が凍る。が、それを越えたのは・・無知の若さであった。「This train is slow.Next train is very first.Please waiting.」みたいな独自な言い回しで、鈍行と急行を知らせたような記憶がある。

 

もちろん、きちんとした映画祭である山形が僕だけにそんな大役をさせるわけがない。主要スタッフはその時すでに山形に行っていたが、英語ができる社会人ボランティアたちが主力で働いていた。僕と組んでくれたCさんもその一人で、英語は堪能。とはいえ海外ゲストの誘導は始めてだったようで2人、階段を登り降りしながらひたすら奮闘した記憶がある。きれいな人だった。最後の1人を送り出した後は彼女と思わずハイタッチをしたくなったが、恥ずかしくて出来なかったような記憶がある。

 

 

今日、撮影で山形市内を回っていて、山形国際ドキュメンタリー映画祭の名物であった香味庵(毎日の映画上映終了後に監督も観客も垣根なく集まって、芋煮と日本酒を囲みながら意見を熱く交わした場所)があった場所を通った。「ここは、老舗だった漬物屋があった場所です。すでにタワーマンションが建設中となっています」とのこと。駅近くの老舗漬物屋と聞いてすぐに香味庵があった場所だとひらめいたが、僕の記憶の中とは建物の景観は当然として、その周辺の通りも全く変わっていた(ここに限らず道路も拡張整備が行われているとのこと)。もう、当時の面影は全く残っていない。

 

山形へゲストを送った後には僕も雑用全般要因として山形へ向かった。やることは結構あったが、来慣れてはいない山形の新鮮さや、映画の側にいられるという興奮も相まって、英語のプレッシャーもなく(そういう仕事は僕には来ないので)のびのびとやっていたと思う。そしてCさんも、せっかく関わった映画祭だからと山形に来ていた。

 

せっかく来ているならと、Cさんを香味庵に誘った記憶がある。何を話したかは覚えていない。だが、僕は明らかに好意を持っていた。そして。映画祭も終わり当時住んでいた神奈川に戻ってからも1度Cさんを映画に誘ったことがあった。英語堪能で意識の高い彼女は、僕が手帳を持っていないということをとても驚いていた。だからと言って見下すような人ではなかったが、僕はそれ以降連絡する手が止まってしまった。どう生きていくか悩んでいた時期でそれ優先だったこともあるが、手帳もないような、空白ばかりの当時の僕には、彼女をまた誘えるような自信が何一つなかったのだ。

 

今日、姿形もなくなった香味庵を見て、ぼんやりとそんな20年くらい前のことを思い出して、ふと「様々な状況によって建物も道も町も壊され変わってしまうが、思い出は多分死ぬまで残る。ならば思い出ほど壊れにくいものはないのではないか」と思った。とはいえ、吹けば飛ぶような、何があったわけでもない、ただの思い出なのだけれど。

4846声 山形の思い出1

2021年07月16日

ここ数年は特に、仕事が縁で繋がっている(そもそも大概の仕事はそうなのかもしれないが)。

 

先日、日本画グループの上野でのアクティビティを撮影したところから繋がり、山形入りした。山形では2014年より2年に一度「山形ビエンナーレ」というアートイベントが開催されている。そこでのアートのカテゴリーは広く、開催当初より「山形とはどんな場所なのか」「東京(あたり)にはない山形の魅力は何か」という郷土史・民俗学・むかし話みたいな地のものを丁寧に発表してきた感を受ける。その2014年からのポスターを、中之条町出身のデザイナー小板橋基希さんが手がけたというきっかけから(彼が代表をつとめるakaoniは地方デザインにおいて注目される会社)、加えて僕が大好きな寺尾紗穂さんのパフォーマンスも山形ビエンナーレで行われたことから、いちお客として何度か足を運んだ。と、前置きが長くなったが、上野で撮影させていただいたうちの1人、山形芸工大学教員でもあり、現在の山形ビエンナーレの中心人物でもある、画家の三瀬夏之介さんからお誘いいただき、来年の山形ビエンナーレに関係する撮影を明日行うこととなった。

 

「山形」は僕にとっては忘れがたい場所だ。それはビエンナーレより以前のはなし。今も続く「山形ドキュメンタリー映画祭」に関係する。2001年には日本映画学校映像ジャナールゼミの1人として、講師であった安岡卓治さんがプロデューサーをつとめた映画『A2』の山形映画祭上映と共に、観客として山形を訪れた。宣伝に駆り出され、市内の店にポスターを貼りに行く時に「なんの映画なの?」と聞かれて「オウム真理教の・・」と説明する時の自分がモジモジしてしまった感覚をなんとなく覚えている(『A2』は素晴らしいドキュメンタリーです)。

 

観客としてのドキュメンタリー映画祭の思い出の一つには、2005年だったろうか。1人で山形に行き映画を見ていたら、偶然「高崎映画祭」のみなさんが山形映画祭に訪れていた。その時にはまだ当時の代表であり高崎映画祭・シネマテークたかさきの立ち上げ人である故・茂木正男さんもいらっしゃって、僕はほとんど話をする機会はなかったのだけど、その場で「伊参スタジオ映画祭はいい映画祭だよ」と言っていただいたことを覚えている(伊参は僕が今実行委員長をしている中之条町の映画祭)。これは推測に過ぎないが、「群馬からはるばる山形まで映画を見にきている(当時は)若者である僕」を見て、ちょっとは筋がありそうだな、と思っていただけたのではないかと勝手に思っていたりする(僕が今逆の立場で、山形で群馬の若い映画関係者を見たらそう思うから)。と、妄想が過ぎたが、茂木さんと山形で話ができたことは忘れがたい思い出だ。

4845声 ごちそうさまでした

2021年07月15日

コンビニで弁当買って車内で食べてゴミ捨てに下りて。
偶然出てきた店員さんに思わず「ごちそうさまでしたー」。
そんな挨拶するの俺だけだろうな。

4844声 ヨガと風鈴

2021年07月14日

中之条町のヨガスタジオ「 yoga WAGANCE」の福田麻衣子さんは筋が一本通った人で。Uターンしてすぐは中之条ビエンナーレの事務局などにもいたが、それ以前に東京でアーティストのプロモーションビデオのプロデューサー業をしており、僕が撮影・編集を担当した「ふるさと、八ッ場」の映像制作の際にはまず無理だろうと思っていたミュージシャンとの架け橋になってくれた。彼女はいま、いつもはヨガの講師、そして月に数回町内の「パルド」という居酒屋を借りてスパイスカレーの提供も行っている。ヨガ、スパイスカレー・・美と健康。そこへまっすぐ向かう様は筋が一本通っており、とはいえ僕のような“非・美と健康”である人たちにも同じテンションで接してくれるから、話がしやすい。

 

コロナの影響は大きかったと想像できる。が、今はヨガのレッスンもはじまり、今日は町内の清水寺で行われた「お寺ヨガ」の写真撮影に行った。受講生は女性ばかりだったが、平日のスタジオには中高年のおじさんも来ている。清見寺のご住職と奥さんも参加し、つまりは全面理解のもと行われているので、本堂で行われるヨガはお香の香りも相まってほんの少し浮世離れしている気もした。体のあちこちを伸ばし、広げ、休み、麻衣子さんが鳴らすチリーンという鈴の音で、参加者の方達が自分の体に集中していた世界から、現世に帰ってくる。そんな様子は、写真では撮れない。

 

最後の鈴に限らず、本堂近くの水場ではたくさんの風鈴が風にたなびき、すきとった涼しい音を響かせていた。夏である。

4843声 自分を追い詰める人

2021年07月13日

今日は、名刺、折りパンフレット、イベント用地図、を立て続けに納品した。今抱えている仕事は、印刷関係は黄色、映像関係は青色の付箋に書いてto do的にボードに貼っているのだが、ひーふーみーと数えれてみれば、印刷関係が7つ、映像関係が8つ。はっはっは。「いやぁ、こんな状況の中仕事があるってのは有難いですよね」と外では口にするし、実際そう思ってもいるが、焦る気持ちはある。(今年は中之条ビエンナーレ関連の撮影のためにこれでも仕事の整理はしている)

 

昔と違うのは、ほとんどの仕事がまず人付き合いとしての関係性があり、相手を知った上で(僕のこともある程度知ってもらった上で)進めているということだ。昔みたいにトラブルがあって軟禁されたりとか、深夜に怒号のごとき電話がかかってきて明日朝までにどうにかしろと言う人がいたりはしない(どんな過去だったの・・)。仕事の進め方の難しさはやりがいにも繋がる。仕事の人間関係の難しさは、後になればいい経験にはなるが、害が多いのだと思う。

 

21世紀の中島みゆきだと僕が勝手に思っている歌「Rude」(大森靖子氏)に、「自殺なんてないのさ 誰が君を殺した」という一節がある。また、先日養老孟司のyoutubeを見ていたら(どんな嗜好なの・・)養老孟司が「坂口恭平っていう面白い人がいてね、自殺を考えてる人からの電話を個人で受けて話を聞いてる人なんだけど、彼が言ったのは、自殺したいという人は、すべての理由に共通点がある、それは他人から自分がどう見られるかで悩んでる、って話でね」というような話をしていて養老孟司というか坂口恭平なるほど!と思った(坂口さんは優れたシンガーであり、絵描きでもあるので要チェックです)。自殺なんてなくて他殺なんだという話も、自殺の理由は自意識なんだという話も、違うことを言っているようで同じことを言っている気がする。

 

というわけで(どういうわけ・・)、仕事はたまっていますが僕は元気です。あなたが今追い詰められているとしたら、僕は歌はあまり歌えないし、気の利いたこともあまり言えないのですが、それがちょっとづつでも軽くなっていくことを願っています。

4842声 大雨が降って

2021年07月11日

北軽井沢にきたもっくという会社がある。

 

以前、長野原町の八ッ場ダム映像を作った際に、きたもっく社長・福島誠さんにアドバイザー的な立場で入っていただいた。福島さんは会社経営に留まらない生き方の指南書ともいえる「未来は自然の中にある。」(上毛新聞社)なども書かれていて、長年に渡り北軽の地で積み上げてきた思想と、思い切りの良すぎる行動力で突き進んできた人だ。僕とは真逆な気もするがそれ依頼とても親しくさせていただいていて、その縁からきたもっくの映像を昨冬より撮り続けている。

 

今日は、きたもっくの事業を間近で見られるツアー(安い料金でもないのに全国から参加者が来る)の2日目に同行した。焚き火を囲んで集団を見直すミーティング施設「TAKIVIVA」を出て、社で保有している二度上げ山から降ろしてきた材を加工する「あさまの薪」や「あさまのぶんぶんファクトリー」を見学。これも事業の1つである北軽随一のおしゃれスポット「ルオムの森」で、新事業である養蜂事業「百蜜」の試食などを行い、今年の夏からルオムではじまった釜焼きピザを食べて色々を振り返る(きたもっくはさらに、その主力事業として日本有数の人気キャンプ場「スウィートグラス」を所持している)。そうやって言葉で事業紹介をしてみても「多!」となるが、それを映像で収めるって・・まぁ頑張っているのである。そして一番伝えたいことは、それらが1つの思想、ルオム(フィンランド語で、自然に従う生き方)で繋がっているということなのだが・・説明はこの辺までで。

 

ピザを食べている最中、しばし前からゴロゴロ言っていた空からスコールのような雨が落ちてきた。そんな雨も何かのイメージカットになるかもしれないとカメラを回す。この時期特有のそういう雨は短時間で収まり、空にはまた青空が広がっていた。大自然と向き合う企業や志高いスタッフを撮影する僕は、田舎生まれ田舎暮らしとはいえ非常に自然との接点が薄い。が、音やしぶきで身の回り全体が包まれるような大雨の時にはさすがに、自然、のようなものを感じることはできる。そこから何を手繰り寄せられるだろうか。

 

きたもっくの撮影は、まだしばらく続く。

4841声 二度と行けない店

2021年07月10日

もう行けない店、味わえない味、酔っ払えないカウンター。都築響一氏による編集で、様々なライターや編集者、ミュージシャンや小説家や歌人やなど100人がそれぞれの「二度と行けない店」について書き綴った638ページの分厚さになる『Neverland Dinerーー二度と行けないあの店で』はとんでもない名著だった。

 

時代と共にあった離島の漁師屋台、生涯忘れらないほどまずいカキフライを出す定食屋、浮気した旦那から離脱すべく靴もなく駆け込んだ台湾料理屋、ウーロンハイで25万円請求される新宿のぼったくりバーetc..これは本当に実話なのか?という人生悲喜交々なエッセイが続く。

 

「幸せや楽しさは外に向かい人ぞれぞれに違うから共感はしにくいが、悲しさや寂しさは内に向かい人それぞれの差が小さいから共感しやすい」と言ったのは誰だったろうか・・『Neverland Diner』が面白いのは、そんな「あなたのおすすめの名店を教えて!」というポジティブなまとめではなく、「二度と行けない店」という個々が内面に向き合いざるを得ない文章を大切に集めたからであるように思う。

 

 

都築響一氏はこの書籍の「全国各地の意思が通じる書店の協力のもと、その土地その土地で別冊を作る」という試みを行っており、高崎・「REBEL BOOKS」がその1店となった。「REBEL BOOKS」には僕が作ったzineも置いてもらっていて、今回「高崎の二度と行けない店について書いてみない?」と提案をいただいた。はじめは、高崎在住でもない僕が・・とも思ったが、色々思い返してみたら、「あの店はそうだ、高崎にあった!」という事を思い出し「まだ何者でもない者のらーめん」という一編を書かせていただいた。

 

ちなみにそれは今はない高崎の「らーめん屋」についての話で、書きながらSNSで情報も集めようと思ったが(google検索では何ひとつ情報が出てこないので)辞めた。もし『Neverland Dinerーー二度と行けない高崎のあの店で』を読んでいただき、僕が書いたらーめん屋について知っている人がいたら、こっそり教えてほしい。よほどのラーオタでも知らない自信はあるが。

 

 

たまたまにはなるが、「REBEL BOOKS」のみで買える(のネット販売でも買える)高崎版は、尊敬する顔見知りばかりが執筆する1冊となった。読者としてのいちファンである『高崎ビジネスホテル探検記』著者の茂木さんの話を読んで、ごはんにしょうゆをかけたくもなった。

 

校正段階で一通り読ませてもらって、ああこれは執筆者個々の物語を提示すると同時に、高崎、という場所を指定し編集することによって「すでに高崎にないものを書くことにより、高崎の輪郭を再確認する」行為でもあったのだなと思った。とはいえガイドブックとしては活用性0の本なので(笑)高崎在住以外の方も、ぜひ手に取っていただきたい。

 

REBEL BOOKS

4840声 オードリー・タン

2021年07月09日

ふと、つい最近行われた県知事とオードリー・タンとの対談+県学生によるQ&Aの中継動画のアーカイブを見た。学生からの質問の場面で「どうすれば自分を理解することができますか?そして意思を持って行動に移すことができますか?」というものがあった。事前にそういう質問がありますよという連絡はないと思うので、その場での回答だったのだと思うが、オードリー・タンさんの返答が素晴らしかった。のでわざわざ文字起こしをしてみた。シェアします。

 

私自身の経験として、私が私自身であるのは、私のコミュニティの背景の中に入り込むことによってはじめて「ウブントゥ」である・・「ウブントゥ」と言います、アフリカの言葉では。「ウブントゥ」というのは、我々は自分自身では完璧ではなく、コミュニティが●●(同時通訳聞き取れず)することにより完璧になる、つまり我々は関係性をもって成り立つわけです。●●的な人間はいません、個人というのはありません、我々は星座の星なわけです。そうやって人間性、関係性があるわけです。ですので●●などの違うコミュニティーに存在しているので、この重なりというものが私を定義するわけです。例えば個人のための●●ではなくて、コミュニティを探し出すこと、楽しいコミュニティを探すわけです。でも1つのコミュニティに閉じこもるのは良くありません。そうすれば・・5つ、6つ、7つの違うコミュニティの一員で、違う考え方、価値観があるわけです。でも、自身はそれら価値観を、知識を共有できるというユニークな個人です。だからパズルの1ピースというわけです。ですからコミュニティを繋げるピースです。そうすれば、自分自身もわかるわけです。同時に、自分自身もコミュニティに溶け込むわけです。これはパラドックスですけど、こういったことではないでしょうか。

4839声 社会的な胃袋

2021年07月08日

近年、ぼくはなんて社会的な人間なんだと思い知っている。

 

と、書きつつ、社会的とは・・検索・・「社会に関係するさま。社会性があるさま。」なるほど。色々な使い方があるのだと思うが、僕としてはごく簡単に言うと「1人だけでいるときは超怠け者で、人前に出るとやる気がでる(出さざるを得ない)」という気質が若い頃からずっと変わらない、という意味である。とはいえ、動画編集やデザインなど、ぼくは普段1人仕事である。会社も基本ぼく一人ぼっち・・よく仕事ができてるなとも思う。

 

締め切りに追われるとスイッチが入るが、それ以外は身がないらない日もある。が、打ち合わせに呼ばれて人前に行くと、求めれた仕事以上に「こんな事できますよね」とか自分の仕事を広げてしまう。もう人前で良い格好をしたい、という年頃でもないのだが、こうも極端に自分のモードが変わると「やれやれ」と呟くしかない。

 

そして性格だけではなく胃袋も・・最近、胃腸の調子が良くない気がする。朝飯を食えば(動かない仕事だからもあるが)15時くらいまで腹が減らない。ちょっとドッと食べると眠い、仕事に支障をきたす。今日も朝飯後の午前中、頭も胃もぼーっとしていたのだが、丸伊製材のお母さんから電話があった。先日彼女が作った浴衣の展示会が行われたのだが、その展示会を紹介するハガキを作ったお礼にお昼ご飯を食べに来なさいよ、という連絡だった。行かないという選択はない。
竹の子と厚揚げの煮物、おから、ナスの煮浸し、そしてテイクアウトしてきたという中之条名物・竹の家のとんかつ・・野菜を中心にこれが昼ごはんかというご馳走が並ぶ。裁縫仲間のご婦人たちも一緒だった。美味しいからというのもあるが、どんどん箸が進み、ご飯はおかわりした。「若い人はどんどん食べていいわねー、私もつられて食べすぎちゃった」とご婦人たち。いや、もう結構若くないんですけどね。

 

・・やれやれ、僕は性格だけじゃなくて、胃袋まで社会的な性質があるようだ。ごちそうさまでした。

4838声 七夕

2021年07月07日

今日はずっと窓際でパソコンと向き合っていたくせに、空のひとつも見上げなかったのだが、この時間、星は見えていないようだ。もともと、七夕なんて習慣は小学校の頃に短冊に願い事を書いて以来、何もしていない気がする。だから今年の7月7日もなんてことのない平日だった。

 

姉がお世話になっている作業場から姉は、工場部品の組み立て等ではなく、簡単に作れるアクサセリーやノベリティなど、マイペースにのんびりやれる内職仕事をもらっている。それは、1個いくらで生産ラインとして働く仕事ということではなく、難しい仕事や対面仕事は無理でも何か手作業をして社会活動に加わる、ということを目的とした、ゆるい仕事である。

 

僕なんぞ30分でサジを投げてしまいそうな細かい手作業を続けることは、姉には苦ではないらしい。むしろ最近では「与えられたビーズだと色が少ないから100円ショップを見に行ってくる」など、独自なアレンジまで加えて、それらは作業場の担当者や利用者などにも好評らしい。今朝は「作った紙の笹の葉を褒められた」と言っていた。

 

少し前に「七夕に作業場内に飾るための織姫彦星のキャラクターが入った紙飾り」を見せてもらったことがある。姉が居間で10日くらい時間をかけて作った力作だった。それが売り物になるかと言えば難しいが、時間をかけて紙を切って貼って作ったそれが作業場の壁に飾られることは、とても似合うし、良い事だと思った。

 

わざわざ見に行くことはしないが今日、その七夕飾りを誰かが見てくれていたらいいな、とは思う。

4837声 note

2021年07月06日

フェイスブックもツイッターもインスタも、はじめてある程度長いが「残らんなぁ」と思っていた。わざわざ遡って投稿を読んでくれる人なんてほぼいないし、それは投稿内容が面白いかつまらないかという核心以外にも「そもそもそれらSNSは流れるものであり、今、に特化している」という特性がある気がする。とはいえ、今頃サイトやブログでネットの海に一人船を漕ぎだす余力もない。

 

noteというSNSは、一般の利用者はもちろん、今後のヒットをねらう漫画家やライターに支持されているサービスだ。記事を読むのに有料化もできる。それ以外にも「文章が読みやすい」という特性がある。アカウントをとって何年か放置していたが、昨年末あたりからか、「残したい文章」はそちらにも残すことにした。

 

岡安賢一|note

 

文章を書くこと。それは明らかにここ「めっかった群馬」で鍛えられた。月ごとの担当なのだが、月終わりの2日間で、何か書くものはと思い出して30個の投稿を書いた時もあった(よい子は真似しないでね)。そんなおかげで最近は書くことも仕事になりつつあるのだが、まぁ・・何事もそうだけどきちんとやろうとすると先は果てしないんだよね。でも、書きたいと思っているうちは、書いていこうと思う。

4836声 お客さんが入っている所を見たことがない飲食店

2021年07月05日

お客さん入ってるとこ見たことないけど、「実は旨いんすよ〜」という話を聞いて決めつけで生きちゃいかん!と入った食堂。食べてなるほど!・・お客さんが入ってるとこ見たことないイメージが、確信に変わった。しかし大人ではあるので、○○さんに紹介してもらって来ました。ごちそうさまでした。と告げて外へ出た。ポジティブな何かに繋がる可能性はあるので。

 

実は数年前に、お客さんが入っている所を見たことがない飲食店に入る、という趣味をはじめたいと思っていたのだが、腰が上がらなかった。お店が続いているのは、よく目にしないだけでそれでも通うお客さんがいるからだとは思うのだが、売れる店に理由があるように売れない店にも理由はある気がしている。マーケティングによると・・という話は苦手なので、精神論で言えば、「店主の愛情が店のどこまでに行き届いているか、それを理解してくれるお客さんがどれだけいるか」という定規をひとつ持つだけで、売れる店と売れない店の違いは測れる気もしている。

 

実は、今日行った食堂は過去に何度か店が変わっている物件だった。思い出した。かなり前に、同じ場所で今とは違う経営者が営んでいた食堂も、お客さんが入っているとこを見たことがなかった。ので、1度だけ勇気を出して入ったことがある。そこで頼んだらーめんが実に変わっていて、スープの中におよぐ麺が「揚げて」あった。そんなの見たことありますか?あんかけ焼きそばとも別物。スープをすすりながら、わしゃわしゃした脂っこい麺をほおばった。美味しいものではなかった。

 

店主も暇そうにしていたので思わず「変わったらーめんですね」と言ったら、「厨房が狭いので茹でられなくて、揚げているんです」という返事だったと思う。確信がもてないのは、今思い返してみても「そんな理由ある?」と首をかしげる内容だからだ。でも聞き間違いでなければ店主はそう答えた。そして最後にこの一言。

 

「お客さん来なくてね・・頑張ってるんですけどね、ホームページ作り」

 

作り話のように聞こえるが、確か、現実にあった話だ。このように、売れない店にも売れない理由がある。それを確かめたくて、お客さんが入っている所を見たことがない飲食店に入る、という趣味をはじめたいと思っていたのだが、あまりに悪趣味なのでやめた。

4835声 雨の降る日に「Serenite」という店に行ったなら、窓際のカウンター席に座ると良い。

2021年07月04日

雨の降る日に「Serenite」という店に行ったなら、窓際のカウンター席に座ると良い。

 

古小屋を改装した店内。緑色の窓枠にはきれいな細工ガラスが収まっている。テーブルは1枚板、革張りの味のある椅子が3脚並んだ、こじんまりとしたカウンター席に座り、窓の外の景色をボーっと見つめる。

 

酵素玄米と野菜の軽食が運ばれてくる。スープには夏野菜、ローリエのすんとした香りがするシンプルなスープだ。酸味を感じるキャベツ漬けや、程よくくたっと煮られたナスなどに箸をつけつつ、適度な硬さと粘り気がある玄米をゆっくりと咀嚼する。小さく丸いコロッケをサクッと割り口に運んだら、うまっ、と声が出てしまった。味付けは岩塩。そうやって、いくつかのおかずと玄米とスープを食べ進めていく。「黙食」という言葉は強制感を感じてしまうので苦手な言葉だが、この店においては、強制されたわけではないのにその言葉がしっくりとくる。雨宿りしている鳥だろうか、グアグアグアと鳴き声が聞こえた。

 

窓の外では、雨に打たれた庭木の葉が、薄緑、濃い緑、様々な色で濡れている。雨粒は葉の先につたい、きらりと光ながら地面に落ちる。店の前の地面には雨が強い時には小さな沢のように水の流れができていた。とはいえ、窓の外に大自然が広がるということではなく、その庭木の先には一般的な住宅もソーラーパネルも見える。その景色は、別世界を装うのではなく、ここも普段の生活と地続きであるということをそのまま提示していた。

 

提供される食べものへの愛情に加えて、それらが盛られたアンティークな小皿や椀などの大切にされている感、店全体に行き届いた「大切なものしかない」という状況下でそんな景色を見ていたら、疲れているだけかもしれないが、少し泣きそうになった。スマートフォンは置いて店に入ると決めていたので、写真は残っていない。

 

雨の降る日に「Serenite」という店に行ったなら、窓際のカウンター席に座ると良い。

 

Serenite
https://www.instagram.com/iku.moms/?hl=ja

4834声 来来

2021年07月03日

第49回朔太郎忌の撮影だった。前橋市が誇る詩人、萩原朔太郎の没後になんと49回も開催されてきた催し。昨年はコロナ禍の影響で中止だったそうだが、今年は席数を制限して開催された。萩原朔太郎や実在した詩人をモチーフとした人気漫画「月に吠えらんねえ」の朗読劇と、作者・清家雪子さんを招いての対談だった。質疑応答で「大正昭和の詩人たちを漫画というメディアで再批評し世に広めた功績はすごい」という感想があった。僕は仕事で関わるわりに朔太郎の詩をきちんと読んだことがないし、「月に吠えらんねえ」も未読であったが、清家さんがいかに読書と考察を重ねて重ねて漫画を描いているかということは今日1日で十分に理解した。編集作業を通じて、よりわかるのだと思う。

 

そのあとは、高崎在住の映画監督・飯塚花笑くんと合流しある話し合いをした。群馬にいながらにして映画について真剣に話し合えるのは嬉しい。で、それが終わったら数年前の高崎映画祭関連の飲み会以来かな、市内のディープスポットにある中華料理「来来」にて、監督と、編集の阿部くんと3人で飯を食った。汁なし麺が旨い。相変わらず飲食店には厳しい状況が続くが、ある程度は人の行き来があるようだった。

4833声 錯覚を越えて

2021年07月02日

とんこつラーメンのお店に行くと僕に似たおじさんがどこの店にもだいたいいる。替え玉2回。
ラーメンを食べた後にアイスを食べたくなるのは、偏った栄養バランスを補うために体が実はビタミンを求めているのだアイスが食べたいというのは錯覚なのだ、という話を聞いて目から鱗が落ちた事がある。

 

アイスを買った。

4832声 やれることしか、やれない気がしてきた

2021年07月01日

2021年7月。コロナ禍2度目の夏がくる。昨日、母親がワクチン摂取をした。今年の秋冬あたりにワクチンが全年代まで一巡すれば、安心感は一般化されるのだろうか。先日村で会った女性たちはすでに、店に入る時以外はマスクを外していた。それは無責任な行動ではなく、自然な行動のようにも思えた。マスクをするのは対外的なアピールではないのか?澄んだ空気の野や道に、僕らの生活を脅かすものは本当に潜んでいるのだろうか?

 

ふと、やれることしか、やれない気がしてきた。めっかった群馬の鶴のひとこえも僕を含めて執筆者の高齢化がみられるようになり、あと5年もすれば我々の投稿の大部分は「健康」に関わることになる気もするのだけど、一番そのジャンル投稿が多い堀澤さんが10年くらい前に「年をとることは良い。あれもこれもできる若い時とは違い、やれることが限られてくるから、迷わなくなる」という話を僕にした。当時は“身をもって”それを理解することはなかったが、年々、確かにそうだなと思いつつ、でも明らかに僕はまだ“迷っている”。ただ、そうだ、あと数年もすればそんな迷いは「開き直り/諦め」という感情と共に雲散していくのかもしれない。

 

元気ですか?7月は岡安が担当します。

4831声 足音

2021年06月30日

晴れのち曇り一時雨。今日で六月も終わり。来月から本当に東京五輪が開催されるのか…。そんな雰囲気である、あくまで私の周辺だが。というのも、今月はコロナウイルスの足音が近づいてきていることを実感することが、しばしばあったからだ。近くで、濃厚接触者があったり、その近くには当然の如く、「検査の結果陽性」という話もある。私自身も、二回目となるPCR検査キットを本日郵送して、その結果待ちである。十中八九、大丈夫であろうが…。そんなこんなで、明日からは岡安氏にバトンをタッチ。ひとまず、タッチできてよかった。