日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

887声 複雑怪奇な夏時間

2010年06月05日

夏は催事、中でも祭事が多い。
私も今夏、今から目星を付けている群馬県内での催事が、多く有る。
前橋市でのほたる祭り、桐生市での活弁ライブ、そして、
毎年恒例の各市での伝統的な夏祭り等々。
そして、その口火を切るのが、明日開催される、
「伊勢崎プレミアム商品券(いせさき商品券)発売記念〜路地裏ビアガーデン〜」
である。
伊勢崎商工会議所と群馬伊勢崎商工会が発売した、「いせさき商品券」。
端的に説明すれば、10,000円の券を買うと、1枚1,000円の券が11枚綴ってある、
と言う商品券。
つまり、10,000円で商品券を買えば1,000円得すると言う、仕組み。
それによって、消費を喚起し、地域経済の活性化させよう。
ってな、取り組み。
私も、同じ様な仕組みの入浴回数券を現在利用しているのだが、中々、便利である。
やはり、10,000円分買うと、幾らか得になる。
番台で、細々と小銭を出さなくても良いし、2,3人で行く時は、
券を3枚出せば良いので、手軽である。
そして、券を持っている所為か、時間があれば、入浴したくなって来る。
その結果、やたらと足が向くのである。
日帰り温泉の湯客などは、湯あがりに麦酒を飲んだり定食を食べたり、
何かと余分に消費するので、施設側とすれば、やはり回数券の入浴でも、
集客率が上がれば利益が出るのだろう。
この、いせさき商品券の発売記念って事で、市内の各商店が催しを開催する。
その中で、私が行くのはやはり、緑町の路地裏で開催されるビアガーデン。
「ビアガーデン」と聞くと、私などは、眺望の良いビルの屋上で、
清々しく生ビールを飲む。
と言う固定観念を持っているが、今回は路地裏と言う複雑怪奇な場所で、ビアガーデン。
しかも、日曜日の黄昏時間。
何やら、複雑怪奇な人生の路地裏を歩いている人たちが、集まりそうな予感がする。
しかし私は、清々しく、飲むつもりである。

886声 号外と雷雲

2010年06月04日

民主代表に管氏。
と言う号外が、街角に飛んだ本日。
気温は28℃、街中の体感気温はそれ以上。
まとわりつく様な暑さを感じつつ、前橋市街の路上。
所用があって、街中の書店へ足を運んでいた。
並木道の往来を歩いていると、
「生ビール飲み放題500円」
と言う看板を、軒先に出している店を発見した。
巷では大体、生ビール中ジョッキが500円。
瓶麦酒の大瓶1本が600円と言う相場なので、これはもう破格である。
断腸の思いで、その店の前を素通りし、コインパーキングまで戻った。
戻る途中、ぼつりぼつりとお天気雨。
号外を傘に、一寸、小走り。
ビルの谷間から眺める空に、とぐろを巻いている雷雲が見えた。

885声 アヤメが駄目ならカキツバタ

2010年06月03日

昨日、ラジオを聞いていたら、葛飾区の水元公園でアヤメが見ごろを迎え、
多くの観光客で賑わっている、と言うニュースがあった。
水元公園と聞くと、思い出すのは、映画「男はつらいよ」である。
第何作目だが、記憶が茫々として思い出せないが、おそらく、
第25作の「寅次郎ハイビスカスの花」だったと思う。
今でもそのシーンは、脳内スクリーンに映す事が出来る。
御馴染、とらやの面々が、アヤメが見頃な水元公園へ、
ピクニックに出掛ける準備をしている。
おいちゃん、おばちゃん、さくらに満男、みんなで談笑しながら、
旅の空にいる寅さんの噂をしていると、そこにバッタリ、寅さんが帰って来てしまう。
と言う、御決まりの展開である。
その後は、当然、毎回の如く大騒動に発展して行く。
懐かしい映画の思い出に、しばし浸っていると、矢継ぎ早に飛び込んで来たニュース。
民主党党首鳩山由紀夫首相の辞任表明。
そして、明日の午後には、民主党の代表が決定していると言う。
誰になるのか。
巷ではその一点が、競馬予想と変わらぬ口ぶりで、おやっさん連の話題にあがっている。
ともあれ、「いずれアヤメかカキツバタ」と言う状態ではない様に見受ける。

884声 言うなれば、美学 後編

2010年06月02日

昨日の続き。
「廃業した所も載せているんですね」
ぽつりと呟いたのは、先日この本の頁を捲っていた、
出版業界に生きる百戦錬磨の業界人。
その言葉の裏にあるのは、実用的かつ商業的な本に仕上げるのなら、
その頁は不要と言う意味だろう。
「そう言う事はさておき」
と言う事を前提に、私はこの本を製作して来た。
だからこそあえて、「群馬伝統銭湯大全」などと言う、
戒名の如く発音しづらい、ややこしい名前を付けたのだ。
「群馬県銭湯MAP」だとか「ぐんま銭湯ガイド」なんて類の名前は、
端から付ける気はなかった。
それは言うなれば、恥を忍んでこっそりと言うが、私の美学である。
それを活動の根幹に置かなければ、こんな、毎回請求書が来る毎に、
自分の預金残高が請求額に近づいて行く様な、ある種自滅的な、事はできない。
しかし今回は、請求額と預金残高が拮抗していたので、額面の数字を何度も確認し、
いささか冷汗三斗の思いがした。
そして、銭湯にもやはり、美学を感じる。
銭湯にもと言うよりは、銭湯経営者に、と言った方が的確かもしれない。
社会の仕組みは変われど、街の容貌は変われど、銭湯文化の伝統を、頑なに守る。
その心意気こそが、日本人が古来から持つ、美学ではないか。
昭和と言う時代を生き抜いて来た世代、あるいは、
これから平成と言う時代を生き抜いて行く世代に、それを伝えたい。
銭湯を訪ねて独り、薄暗い路地裏をほっつき歩いている時は、そんな事を考えていた。
さて、昨日から6月、巷では衣替えの季節である。
私も心機一転して、出来上がった第二刷の本を売って行こうと思う。
正確に言うと、第二版での第一刷、と言う事になるらしい。
それにしても、この山と積まれた在庫本…。

883声 言うなれば、美学 前編

2010年06月01日

昨日、全て出来上がった。
「群馬伝統銭湯大全」の第二刷が、である。
こう書くと、「売れている」様に受け取る読者もいるかもしれないが、
実際、そうでもない。
因みに、謙遜などはなく、売れている気配もないのだ、最近ことに。
では何故、第二刷を刊行するのか。
まず、現在手元に初版本の在庫は無く、各書店の店頭に並んでいる状態。
店頭の本が無くなり次第、追加納品が可能な状態を保持するべく、
第二刷を在庫しておこうと言う算段。
そして、初版本で幾つか見付かった誤植を、どうしても早く訂正したかったのだ。
現在、この本は、置かせて頂いている全ての県内書店において、厚遇されていると思う。
つまり、書籍陳列棚の、とても目立つ位置に、本を置かせて頂いているのだ。
レジ横に、並んでいる書店もあって、気付かずに訪れた私を、大いに赤面させたが、
反面、非常に恐縮感謝の思いで、拝むが如く(実際、軽く拝んで)、
本の表紙を見つめていた。
それでも売れないのは、著者に問題がある。
この初版から第二刷までの期間は、およそ4カ月だが、
その間にも残念ながら廃業された銭湯がある。
しかし、だからと言って、その頁は削除しない。
むしろ、そうなったからこそ、載せる意義があると思っている。
大量に抱えてしまった第二刷の在庫を不安に思うあまり、夜な夜な、
何だか得体の知れぬ昂揚感を覚えている。
と言う事で、文章量を超過してしまった為、掲載は明日に持ち越し。
ではでは、では。

882声 シュークリームの形

2010年05月31日

今日はやけに、御菓子に縁があった一日だった。
朝起きて身支度をしていると、どうにも体に倦怠の色が濃かったので、
冷蔵庫からアルファベットチョコレートを出して、2、3個食べた。
甘い物に倦怠を取り除く成分がある。
なんて事は無いのだろうが、疲労や倦怠を感じている時は、そこはかとなく、
体が甘味を欲している様な気がする。
それは、日中も続いていて、仕事中、飲み物を買いにコンビニへ寄ると、
ついでにシュークリームを買ってしまった。
思い当って、家へ帰ってから本棚を探してみると、目当ての本が見付かった。
内田百?の著作、「御馳走帖」である。
その中に、「シュークリーム」と言う随筆があるのだ。
『私が初めてシュークリームをたべたのは、明治四十年頃の事であらうと思ふ。』
という書き出しなのだが、まず、シュークリームが明治四十年頃から、
既に日本で販売されていたと言う事に吃驚する。
シュークリームには悪いが、昭和の中頃に日本にやって来た、
つまりはショートケーキなどが台頭する日本洋菓子界では、
随分と新参者の御菓子だと思っていた。
それが、随分と古参の洋菓子だったのだ。
百?先生が高校生だった時分、夜、机に向かって勉強していると、
シュークリームが食べたくなって来る事があった。
そんな時は、百?青年を溺愛している祖母に言って、買って来てもらっていたと言うのだ。
暗い町に下駄の音をさせながら祖母が向かう先は、文房具屋。
その時分(百?先生の故郷、岡山で)は、文房具屋でシュークリームが売っていたらしい。
その頃のシュークリームがどんな形をしていたか、文中にその描写は無いので、気になる。
現代とほぼ同じだと想像するが、もしかしたら、違うかもしれない。
私が今、これを書きながら食べているのが、また御菓子なのだが、最中である。
「スバル最中」と言って太田市の銘菓で、その形は自動車。
レガシィと言う、スバルの看板車種の形なのだから、
そのシュークリームだって、丸まったキャベツの様な形かどうかは、分からない。

881声 三ツ寺公園まで

2010年05月30日

今にも降り出しそうな、鉛色の雲が空から垂れ下がっている。
遠くの山並みが見えないと、随分と風景も閉塞的だと感じた。
草臥れた自転車を駆って、曇天の町を行く。
麦畑は濃く色づいているが、光が射さないので、その一つ一つが、
鈍く重たそうに揺れている。
気温は低く、自転車で走っていると、手が冷たくなる程度。
三ッ寺公園まで来ると、瓢箪池を縁取るように、釣人が糸を垂れている。
家族連れが多く、釣りに飽きた子供たちが、裏の芝生を走り回っている声が響く。
気温が低く、釣果は期待できなそうであった。
帰り際、何か甘い物が食べてくなったので、洋菓子店でケーキでも買って帰ろう。
と思ったが、あの洋菓子店のショーケースの前で屈み腰になり、
チーズケーキなどを指差している自分を想像して、思い直した。
遠回りして、町では老舗の鄙びた饅頭屋に寄り、饅頭を3つ買った。
家へ着くまでに、走りながら食べ切ってしまった。

880声 小雨交じりの屋台横丁

2010年05月29日

小雨交じりの曇天。
カーテンを開け、そんな天気が目に入って来ると、一瞬怯んだ。
しかし、このタイミング。
逃せば後は、いつになるか分からない。
そう自らを奮い立たせる。
オーディオのスイッチを入れ、一昔前に流行ったロックをかけて、
気分を強引に鼓舞。
家を出て、目指したのは栃木県は宇都宮市。
なまじ、「栃木路地裏銭湯記」なんて銘を打って、
栃木県の銭湯を回り始めてしまったので、完結せねば気が済まない。
群馬県の銭湯との対比をしてみたくもある。
そんな訳で、一路、宇都宮へ。
電車にバスを駆使して市内の銭湯を回る。
昨年に一度、訪れているので、移動は慣れたものである。
そして結局、写真は一枚も撮れず、と言うか撮らず、終い。
それは、どの銭湯も、開店からお客さんの入りが盛況で、撮る隙がなかったのである。
現在、宇都宮市内には3軒の銭湯があるのだが、そのうち一軒が、
どうしても開店している時に来れない。
前回は日曜日に来て暖簾が掛かっておらず、今回は土曜日で同じ結果。
近所の銭湯で聞くに、営業はしているとの事なので、残念であった。
合わせて、ここまで来て、銭湯でシャッターを切らなかったのも、残念。
そそくさと、ユニオン通りからオリオン通り、そして、屋台横丁へ入る。
この「屋台横丁」とは、昨年末に高崎田町にできた、「中山道恋文横丁」、
通称「屋台通り」みたいなものである。
と言うか、そのモデルとなった横丁だろう。
「横丁」っても、新しく興った、新旧ハイブリット型の横丁である。
何軒か梯子して、店内で忘れない内に、先程の銭湯情報を雑記。
止めに、オリオン通り入口脇に在る焼き鳥屋へ、煙に誘われて入店。
宇都宮は、餃子もさることながら、焼き鳥屋が多い。
日暮れ時の商店街には、自転車で颯爽と走り抜ける高校生と、客引きの姿が目立つ。
やはり地方都市のターミナル駅周辺がそうであるように、夜は昼の喧騒が引け、
閑散とした街が現れる。

879声 本の形

2010年05月28日

終日、一色に染まっていた。
と言っても、過言ではなかろう。
巷のメディアが、である。
本日から、iPadが日本の各取扱店で発売。
と言う事でもう、報道が過熱。
各取扱店前に、その発売を今や遅しと並んだ行列。
そして、発売日にiPadを手に入れた人たちの歓喜。
今朝から、テレビにラジオにインターネット、
あらゆる媒体がその話題に終始していた。
一色に染まる、あるいは染まりやすいのは、日本人の特性とも言える。
それがこと、舶来品だったりすると、もう一撃必殺である。
「新型情報端末」って事で、発売前から大いに注目を集めていた、このiPad。
新型と称するその大きな特徴は、「電子書籍端末」としての機能だろう。
つまり、電子書籍化された本を、インターネット上からダウンロードすれば、
このiPadで読む事が出来る。
中には、映像や音楽などの付加価値付が付いてくる本もある。
報道によると、これによって、出版関連業界は大いに活気づいているらしい。
活字離れの進む若者を取り込む、大きなチャンスとして捉えているからだ。
確かに、活字を読む形は変われど、その「読む」と言う本質は変わらない。
エレキギターが登場したって、アコースティックギターが無くなる訳でもない。
ちょいと本腰を入れたギター弾きなら、大抵、両方持っていて、
曲によって弾き分けている。
それでしか表現できない音楽があるから。
つまり、そう言う形になって行くのではあるまいか。

878声 枝豆と再会

2010年05月27日

不順な天候が続いているが、日を追う毎に、夏野菜が旬の風味を帯びてきている。
巷の飲み屋ではそろそろ、お通しが一斉に枝豆になる頃。
梯子酒では、行く店毎にお通しに出会う事になるが、特に夏期である。
「また君か」なんて、前に居た店と今入って来た店が、同じ枝豆のお通し。
小鉢に入った枝豆に向かって、苦笑し、また麦酒。
酔った勢いで暖簾をくぐった、見知らぬ土地の見知らぬ店。
それが、一寸小綺麗な小料理屋だったりする。
カウンターには、妙齢の女主人と親しげに会話を楽しんでいる、常連客。
カウンター席の一番端に座り、目の前に並ぶ、江戸切子の醤油差しが、不安を助長する。
心細さを悟られぬ内に、瓶麦酒を注文。
見慣れた茶色い瓶と一緒に運ばれて来たお通しが、小鉢に入った枝豆。
そんな時は、迷子の子供が、親と再会した時の様な心持ち。
一粒一粒、豆を噛み締めながら、店の空気に自らを慣らして行く。

877声 ナメクジの背

2010年05月26日

「やっぱ、伊香保まで来ると、ナメクジがデカイな」
言われて私も、近づいて行って、壁にへばり付いているナメクジを、
まじまじと確認した。
そう言った本人は、深く納得したような顔で、このベランダから浴室へと戻って行った。
全長7,8cmはあろうかと言う、雨に濡れたこの大ナメクジは、
何をするでもなく、その流線型の体を、「ヌメリヌメリ」と怪しくくねらせている。
先日、俳句ingで訪れた、伊香保温泉「石段の湯」での一幕。
確かに、伊香保のナメクジは大きかった。
しかし、伊香保のナメクジもデカイが、高崎のナメクジもデカイ。
と言う事になる。
それは、私が先程、自宅の洗面所で見たナメクジも、伊香保のそれと同じく、
デカイナメクジ。
一瞬、「先日は伊香保でどうも」なんて、挨拶しそうになってしまったわけではないが、
全長が同じくらいの個体であった。
すり鉢状になっている洗面台の内側にへばり付いていたので、
手を洗うついでに、蛇口の水をかけてやった。
水と共に、排水溝に吸い込まれて行ったのだが、消え入る寸前、頭が突っ掛かって、
背の部分だけが排水溝から、無様に出ている。
蛇口の水を止め、突き出たナメクジの背を見ると、その稜線が左右均等。
緩やかに弧を描いて、頂点で合わさり、綺麗な流線型を作っている。
ナメクジも綺麗なものだと感じると、ふと、助けてやりたい衝動に駆られた。
次の瞬間、その綺麗な流線型が消え、深夜の洗面台に、
排水溝の暗い穴だけが残った。

876声 五月の雷

2010年05月25日

今年初ではなかろうか。
雷が、である。
現在時刻は11時に差し掛かろうかと言う具合だが、
かれこれ3時間程も、雷様たちが夜空の上を走り回っている。
赤城山から榛名山まで、競争でもしているのか知ら。
私は文庫本を読みながら、耳かきをしている手を一瞬止めて、
遠くに鳴り響く、雷の音を聞いている。

875声 昔がそのまま、今になる

2010年05月24日

ラクダに乗って砂漠を行く夢。
こそ見ないが、まさにその様な状況下に置かれた者の如く、体が水分を欲していた。
それは、未だ夜も明けきらぬ今朝の事。
極度に咽の乾きを覚えて目を覚まし、寝床から這い出て、洗面所へ向かった。
体内で、アセトアルデヒド脱水素酵素が活発に働いている為だろうが、
飲んでいる時と言うのは、つくづく、水分補給を忘れている。
頭痛を感じながら飲む水は、冷たくて美味いのだが、何とも不快な悔恨の後味がする。
しかしながら、今朝は雨降り。
深酒した次朝は、雨模様が良い。
これで、目に染みる様な、雲一つ無き青天。
ときては、たまったもんじゃない。
そう言えば、昨日の俳句ingは、珍しく雨。
それまで、俳句ingの日と言えば、晴天続きだった。
しかし、雨の伊香保温泉は叙情的な雰囲気に包まれており、
句作には良い作用があった。
伊香保温泉は、良い温泉場だと思う。
昔から、遊興の色が濃い温泉街だが、最近は随分と女性客も多く、
小洒落た店も多く興っている。
それらが混然一体となって、石段の脇に苔生す如く群生しているのも良さだが、
一番の良さは、著しく区画整理されていないところ。
昔がそのまま、今になっているところ。

874声 伊香保道中俳句旅

2010年05月23日

「第14回ワルノリ俳句ing」から帰宅し、これを記している。
酔眼、甚だしいので、文章化作業が不安である。
それでは、千鳥足文章に御容赦頂きまして、道中記をば。
今日、行って来たのは、伊香保温泉。
ひとしきり、石段街を回遊。
徳富蘆花記念文学館を見学し、温泉へ入って、渋川市街までバスで戻った。
更に下って、高崎市街。
タワー美術館で開催中の、「土門拳の昭和展」を見学。
その作品の鬼気迫る完成度に驚愕しつつ、行き着いた先は、街中。
流れ流れて、梯子酒。
何軒経由したのか、定かではないが、私は、こうしてバスで帰って来れた。
未だ、雨脚は強く、部屋に居ても、軒先を打ちつける雨音が聞こえる。
そう言えば、高崎駅でバッタリ、中学生時分の同級生に会った。
とても懐かしかったが、まさか、「今日はちと俳句で」なんて言えなかった。
その後、帰る間際に寄った、高崎市街、ビル中に在る小さな焼き鳥屋。
カウンターで、クレインダンスの小会議。
新たな企画や方針が決定。
したと思えど、何分、いつもの事だが、酒席における泡沫の如き話。
兎も角、今回の俳句結果発表は、25日(火)頃になる予定。

873声 「湯」の対談

2010年05月22日

今日は対談をしに行って来た。
近所の床屋へ行って来たかの如く、軽い調子で書いているが、
フリータウン紙に掲載予定の正式な対談である。
対談の相手は、「ぐんま源泉一軒宿」(上毛新聞社)の著者である小暮淳さん。
そう、群馬県の温泉と銭湯に照明を当てた、対談なのである。
銭湯から温泉へ、県内から県外へ、昭和から平成へ。
話は、二転三転、転んで起き上がって、また転んで。
しかしそれが、対談の面白さであり、それによって新鮮な話が紡ぎ出される。
掲載予定日や掲載内容は、未だ分からないが、
察するに、とても面白い内容に仕上がる事と思う。
かなり長時間に及ぶ内容であったので、紙面を仕上げる労苦も、察しがつく。
私は気楽なもので、理容師が鋏を入れ終わるまで、後は待つだけ、と言う状態。
やはり、対談に行くと言うのは、床屋と似ているのかも。

872声 酷暑なりけり

2010年05月21日

酷暑。
と言える今日の気候に、もう、うだってしまった。
高崎市街を歩く足も、ついつい、高島屋に向いてしまう。
何故、高島屋かってぇと、ビアガーデン。
高崎市街における、夏の風物詩である。
毎年、この時期になると、新聞紙面でその開店を知る。
私は未だ行った事が無いので、今年こそは、と、
これも毎年この時期に思うのだが、機会に恵まれず実現していない。
ネクタイ締めて、重たい鞄を持って、あの屋上に揺れるビアガーデンの提灯を見るのは、
それこそ、酷である。
勤めも終わり、帰り際に、銭湯でひとっ風呂。
その足を今日は、日帰り温泉に向けてみた。
入浴回数券を購入している、高崎市郊外にある、家の近所の温泉である。
湯から上がって、自動販売機の横、食事処に手書きのポスター。
「生ビールフェア実施中 中ジョッキ500円→250円!」
車で来ている私は、喉を掻きむしりながら、通り過ぎる。
嗚呼、逃れ所無き、酷暑なりけり。

871声 夏蛙

2010年05月20日

今宵。
部屋が蒸し暑いので窓を開けると、網戸の向こう、遠くの方で微かに、懐かしい声。
「ケコッケコッケコッケコッ」
小気味良く鳴いているのは、雨蛙。
もうそんな季節かと、四季の移ろいの早さを実感すると共に、
その美しい声音に懐かしさを感じる。
その懐かしさは、
切なるものと言う感覚で無く、例えば、バスの車窓から眺める往来の通行人の中、
偶然、旧知の友人を発見。
そんな時に感じる、淡い懐かしさである。
その声は、しとしとと降る小雨に掻き消される様に、微かながら断続的に、
聴こえてくる。
この風流を、一句。
と思い、筆立てに手を伸ばそうとした瞬間。
突如、飛び込んで来た、パトカーのサイレン音。
筆立てに運んだ手は、ペンで無く耳かきを取って、戻って来た。

870声 音頭に焦がれる

2010年05月19日

観光情報は、常に事前周知が鉄則。
なので今日も、仕事の打ち合わせで顔を出すのは、夏祭りの話である。
夏祭りと言うのは花火大会も相まって、行われる年間の祭礼では最大規模、
と言う自治体も多い。
ここ2年ほど、夏祭りは桐生市の桐生八木節まつりへ出掛けている。
当日は、市街地の目抜き通りである本町通りの一部が歩行者天国になる。
そこに群れ集まる人たちが、本町交差点の櫓から演奏される八木節に合わせて、
舞い踊るのだ。
それが、3昼夜続く。
桐生八木節祭りの公式HPにアクセスすると、八木節が流れる。
それを聞くだけでもう、己が身の内で、静かに血が滾ってくる気配がある。
桐生の銭湯は、本町通りから左程離れていないところが多いので、
湯に浸かりながら、風に乗って漂う八木節音頭を聴くのも、一興である。
その後、路地の焼き鳥屋などで、開け放ったから、祭りの熱気と共に、
聴こえてくる八木節。
なんてのはまた、一興も二興もある。
それを思うと、今から夏が待ち遠しく思える。