日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

833声 熱湯熱望

2010年04月12日

逃げ切れかった。
と言うのも、昨日のマラソンの報いで、主に両足大腿部から両肩肩甲骨付近にかけて、
極度の筋肉痛である。
それ伴って、全身倦怠かつ虚脱感に苛まれている。
終日、子供をおぶって仕事をこなしていた様な、体の重さを感じていた。
こう言う状態に効くのが、熱い風呂。
と思い、昨日、マラソン終了後に寄った、日帰り温泉。
数ある湯船の中から、一番熱い温度の湯船を選んで、じっくりと浸かっていた。
しかし、どこか物足りない。
そこはかとなく、浸かっている時間を持て余す様な気がする。
そして、求めるのはやはり、更に熱い湯がある、街の銭湯。
普段ならば、修行の足りない私は、銭湯の熱い湯の中で寛ぐ、
と言う境地まで達していない。
刺す様に熱い銭湯の湯、極度の筋肉痛で、いささか皮膚感覚が鈍っている今ならば、
心中穏やかに、気持良く浸かれるのではなかろうか、と思っている。
ジェット噴射を背中に受け、あの熱い湯の中で鼻歌でも歌いながら浸かれば、
さぞや気持が良いだろう。
銭湯へ行きたし。
と思えども、其処へ伸ばす足が、筋肉痛で億劫なのである。
よって今日は、足の伸ばせない家風呂。
ガス給湯器の追い焚きボタンを連打し、むやみに温度を上げて浸かってみた。
浸かりながら、温度を上げたので、のぼせてしまった。
軽い頭痛が、御土産に付いて来た。

832声 マラソンの合間に焼きまんじゅう

2010年04月11日

緩やかに流れる広瀬川の土手には、菜の花や紫花菜が群生しており、
黄色と紫色で模様が描いてある絨毯を敷いたようだった。
そんな景色に、更に華やぎを添えるのは、所々で満開に咲いている、桜。
流れゆく、幻想的で鮮やかな風景を観賞しながら、
土手沿いのサイクリングロードをひたすら走って行く。
走る私の胸には、傾いたゼッケン。
今日のマラソン出場者、だからである。
マラソン。
と言えど、ピクニックの要素を取り入れた、「マラソンピクニック」であるので、
随分と気が楽。
順位や記録の計測が無く、途中の給水所も多く設けてあり、そして何より、
途中の忠治茶屋で焼きまんじゅうを食べて、また走るのである。
忠治茶屋に買い物に来た人は、汗みずくになって次々に駆けこんできて、
夢中で焼きまんじゅうを平らげ、去って行く私たちに、目が点になっていた。
ジョギング程度の速度で、一団になって気軽に会話しながら走るのもよし、
腕時計で記録を計測しながら、全速力で挑戦するもよし。
私などは勿論前者で、その方が自分の性に合っていると、つくづく感じた。
15kmを走り終え、無理をしない速度(競歩の様な速度)だったので、
体の負担少なく、しかし良い運動になった。
私は内心、杖をついて帰路に着く覚悟をして行ったのだが、そうならずに帰ってこれた。
日頃摂取して、蓄積しているカロリーを随分と消費できたのでなかろうか。
などと、安心していたのも束の間。
その後に寄った日帰り温泉で、フルマラソンを走ってもお釣りが来るくらい、
生ビールを五臓六腑にしみわたらせてしまった。

831声 不安咲く

2010年04月10日

心配事、有り。
先ず、起きて行けるか。
明日のマラソン会場へ、である。
不安の種は、麦酒の栄養を吸って、芽を出し花を咲かせている。
その花を眺めながら、また一杯ならぬ、また一缶。

830声 快楽と苦痛のハイボール

2010年04月09日

いささか、胸やけ。
しているのは、つい先程、酔って牛丼チェーン店に立ち寄って、
牛丼を食べたからである。
梯子酒の「締め」って事で、最近、牛丼チェーンに吸い込まれてしまう傾向がある。
常々、「豪奢な酒宴」ってのに憧れを抱きつつも、
種々の事情から(要は金銭に起因するのだが)、それを中々実現できないでいる。
縄暖簾で、瓶麦酒からハイボール、熱燗へと移行して行くのが、精一杯。
中世ヨーロッパ貴族は、小作人から吸い上げる財で、夜毎の饗宴を繰り返す生活。
贅を尽くした酒や食材を楽しむが余り、満腹になると退席し、一旦吐いてから、
また飲めや歌えの大饗宴に現をぬかしていた。
なぜか、本で読んだそんな事柄を考えつつ、モツ煮で一杯やっていた。
回転寿司で、一番値段の高い皿を注文して、
「どうだい、俺も豪奢なもんだろ」などと威張っている私とは、訳が違う。
しかし、そこまでして、饗宴を取り繕うのは、快楽と言うより苦痛である。
私がその立場だったら、そう感じるだろう。
と思う事で、現状を、今飲んでいるハイボールの様に、
薄めて薄めて、やり過ごしている。

829声 リリーの夢

2010年04月08日

「そうですか」
と、その話を聞いた瞬間、思わず大きな声が出てしまった。
急いで新聞を手に取り、丹念に記事を読んで、漸く落ち着いて感慨に浸る事ができた。
紙面は、”「寅さん」ゆかりのバス停小屋を復元”と言うもの。
それは、旧六合村、国道292号線沿にあったバス停。
過去形なのは、2006年に倒壊してしまったから。
このバス停は、寅さんフリークの間では、言わずもがな、思い出の場所。
この場所は、男はつらいよ第25作「寅次郎ハイビスカスの花」の、
ラストシーンに登場したバス停なのである。
盛夏。
濃い日差しが照りつけている、山間のバス停。
バス停でバスを待っている寅さんと、通りがかりのバスに偶然乗っている、
ヒロイン松岡リリーとの掛け合いは、フリークの間ではあまりにも有名なシーン。
その舞台が、復元され、観光スポットになったのだ。
4,5年前、伊勢崎市の寿司屋だったと思うが、寅さんそっくりの友人と、
このシーンの掛け合いをして、盛り上がった事を思い出す。
その友人が数年後、マドンナと一緒にこの場所で写真を撮影しに行った際には、
バス停が既に倒壊した後だったので、道には何も無かった。
その写真を見た時には、いささか寂しい気持ちになったので、
今回のニュースは一層、嬉く思える。
今度は、寿司屋で酔っ払った勢いでなく、この復元されたバス停で是非、
掛け合いをやってみようと思う。
いや、私がやるのでは、いまいち雰囲気が出ない。
寅さんそっくりの友人とマドンナを引っ張り出して、演じてもらう。
私は腕を組みながら、そのシーンを横で見て、ほくそ笑む。
つまりは、あのスクリーン中の映像ごと、再現してしまうのだ。
考えただけで、男はつらいよをもう一度、見返したくなってくる。

828声 満開の桜と教室の蒼白

2010年04月07日

昨日今日と、巷の学校では入学式が行われていた模様。
新一年生が、両親と一緒に学校脇の歩道を、何処か不安そうな足取りで、
歩いて行く姿を見掛けた。
群馬県平野部では、校庭の桜も満開。
なので、今年は華やかな入学式となっただろう。
桜を見ると、何故か昔の故郷を思いだしてしまう。
中学校の新一年生だった頃。
今時分の私は、教室にいた。
入学式も終わり、始めて入る教室、始めて座る席。
正午の少し前、陽が入り込む教室は明るく、硝子窓の向こう、校庭の桜は今まさに満開。
名前名簿順に席へ座り、担任の先生の話を聞いていた矢先、突如としてあがった悲鳴。
教室の入り口付近に座っているI君が、戻してしまった。
つまりは、突然ゲロを吐いてしまったのだ。
騒然となる教室内。
教室後ろで見守っていた保護者たち。
突然の事で、状況を飲み込めずに、茫然と静観している。
張り詰めた空気を裂いて、初めに駆け寄ったのは、I君のお母さん。
ハンカチで汚れた所を、一心不乱に拭いている。
私を含む、小学校からの友人たちもおろおろと駆けより、
先生の指示を聞いて聞かずか、掃除用具入れから雑巾を出して、拭く。
羞恥心と悔恨とが混ぜこぜになり、皆に雑巾で拭かれながら、半べそかいてる、I君。
私は吐瀉物を雑巾で拭きながら、内心、「えらい所に来てしまった」と思った。
そして、「大丈夫大丈夫」と、人形の如く顔面蒼白になっている彼の肩を叩きながら、
「こんな所からは、一刻も早く帰ろうぜ」と、呼びかけていたのだった。

827声 湯屋問答

2010年04月06日

高崎市内の銭湯でも、特にここ「藤守湯」の湯は熱い。
その所為か、浴室内の人は皆、小気味良く湯を浴びている。
サッと熱い湯に入り、サッと汗をかいて、サッと拭いて出て行く。
常連さんたちは、熱い湯との付き合い方が上手い。
爽快に湯を浴びる方法を、心得ているのだ。
その伝で行けば、私などはまだまだ修行が足りない。
烏の行水で、何度も出たり入ったり。
夜も深い時間。
人気の無い浴室、貸し切り状態で、足を伸ばして浸かる湯船。
湯気の満ちる浴室に流れるBGMは、軽快なJAZZ。
浴室の硝子戸に貼ってある、逆さクラゲの温泉マーク。
おそらく、手作りのシールであろう。
その愛嬌ある、凸凹の温泉マークを眺めながら、考える。
明日は会社だな。
そんな事は些細な事。
本が余り売れてないな。
そんな事は些細な事。
財布が随分と薄くなったな。
そんな事は些細な事。
私が一向にモテないのはどういう訳か。
そんな事は些細な事。
そう言えば、今日はフルーツ牛乳が残っているだろうか。
それが今は重要な事。
不意に硝子戸が空いて、お爺ちゃんが独り。
あらあら、背中にトクホン貼ったままだ。

826声 マラソンピクニック

2010年04月05日

「参加通知書」
はて、なんのこっちゃ。
と、思ったのも束の間。
記憶の糸に両手でしがみ付いて、滑り下りてくる、光景。
それは、およそ二月前の、路地裏の居酒屋での事。
その日、私の機嫌は、すこぶる良かった。
と言うのも、前橋市において、畏敬の念を抱いている、落語家の噺を聞いた後。
路地裏にある小粋な居酒屋で、瓶麦酒片手に、落語談議に花を咲かせていたのだった。
麦酒は冷たい。
肴はどれも美味い。
話題は熱を帯びて軽快に飛び交う。
そんな、我が人生至福の時間に、横から割り込んで入る、声。
「えっ、はい、書く、何を、えっ、じゃあ、はい、書いておいて下さい、はい」
話に紛れ、酔いに朦朧として、意思疎通が上手く通じなかった。
何だか、「マラソン」だとか、「参加」だとか言っていたような。
そんな事よりも今の座談、次は私が、
「人生において最初に影響を受けた落語家」を答える番なのである。
その報いを、受ける事になってしまった。
今朝、私が郵便受けから取り出した葉書は、「参加通知書」。
マラソンの、である。
そう、あの時、私の隣の人が書き込んでいたのは、私の、マラソン参加願い。
この参加通知書にはしっかりと、ゼッケンNoが記載してある。
そこはかとなくげんなりとしながら、マラソンの詳細に目を通す。
受付 7:15〜7:45(大会本部)
開会式 8:00〜8:10
着替え 〜8:30
スタート 9:00(制限時間4時間)
朝の弱い私にとっては、拷問の如き仕打ちである。
しかし、意気消沈していた胸に射し込む一筋の光、となる一文を発見。
※途中10Km地点、忠治茶屋にて、”やきまんじゅう”と”酒まんじゅう”を提供いたします。
やきまんじゅうを片手に、口元を味噌だらけにして走る、ランナーたち。
なんとも、思わず口角が上がってしまう光景ではないか。

825声 かき捨てられなかった恥

2010年04月04日

「旅の恥はかき捨て」
と言う部分は、酒に通ずる。
千鳥足で歩いた、自らの蛇行した足跡を振り返り見るのは、
誰でも心地好いものでない。
なので、意図的に振り返ろうとしない。
しかし、振りかえざるを得ない状況が、時に存在する。
「無い」
と気付いた時にはもう、助手席に座っていた。
いささか寒い、車中。
代行運転手が握るハンドルだけが、忙しなく動いている。
携帯電話が無い。
と言う状況は、抜き差しならぬ、と酒酔いでのぼせ上った頭でも分かる。
分かってはいるが、何分、酔っぱらい。
仕切り直して、全ての行動は明日に持ち越した方が賢明。
そのくらいの判断は、未だ出来た。
なので、今日。
その大半が波にさらわれてしまっているが、
砂浜に残された足跡を探しに、また酔街へ戻らねばならなかった。
結果、見つかった。
良心的な店の計らいで、発見できた。
しかし、素面で酔街における極彩色のネオンを見るのは、
裸眼で太陽を見るが如く、目に染みるものだった。
自らの失態を公開する、と言う悪趣味はないけれど、
かき捨てられなかった恥を、恥を忍んでここに書く。
今日、私から連絡が来ず、心配してくれた方々の為。
そして、捨てたものでは無い、酔街の素敵な店へ感謝の意を込めて。

824声 寝覚めのおふろ

2010年04月03日

ちょいと、ひと眠り。
のつもりが、結局ふた眠りとなって、
頭痛を伴いながら覚醒する羽目になってしまった。
どうした事か、寝入る前はあれ程穏やかだった駘蕩とした午後の気配も、
今は見る影も無く、風吹き荒れる夕方になってしまった。
今日は前橋。
市街地の銭湯で、ひとっ風呂浴びてから、出掛けるとしよう。
寝覚めの銭湯。
これがまた、良い。
こと、今日みたいに二日酔いの重たい頭を引き摺って行くと、
風呂から上がった時が、爽快である。
その爽快感で、また一杯。
ってな事になる、会津民謡の小原庄助さんの気持が、少なからず分かる。
まだ陽の高い内から、銭湯の湯船へ浸かっていると、身上を潰した庄助さんに、
妙な親近感を覚えてしまう。

823声 急く季節

2010年04月02日

「1分咲き、せいぜい2分咲きか」
などと、開花の進捗状況を憂いているのは、花見を明日に控えているからである。
今回は特に、俳句と花見が一緒なので、祈るような気持ちで開花を急いている。
祈願したって、桜は至ってマイペースなのだけど。
しかし、今日も温い南風が吹いたおかげで、随分と開花にも速度が出た。
いよいよ、窓を開けて、車を走らせるのが、心地よい時期になってきた。
街中を軽快に走行中、往来の居酒屋。
暖簾の横、西日に照らされて輝いている、B4判くらいのポスター。
「生ビール、冷えてます!」
夕暮れ時、何かと気が急く季節が、やって来た。

822声 春光桜色

2010年04月01日

暖かい南風が吹いた今日、前橋では最高気温、15.8℃を観測。
隣の埼玉県さいたま市では、22.2℃を観測し、今年の最高気温であった。
群馬県平野部の桜、特にソヨイヨシノだが、幾らか蕾を綻ばせているようで、
今週末に2、3分咲きと言った具合だろう。
桜は蕾を綻ばせているのだが、一向に綻ばせないのが、新社会人。
直ぐに分かる。
今朝、見掛けたのは、通勤途中のバス停。
黒光りしている、靴。
型崩れしていない、鞄。
折り皺の目立つ、スーツ。
すっかり消え失せた、スマイル。
硬い表情でバスを待つ、スーツの青年。
風貌から、今日が初出社で、そのまま入社式ってな具合だと推察。
初々しい新社会人に向ける、私の目。
社会生活の中で生じる軋轢が、藻屑となって沈殿しているその眼光は、鈍色。
せめて心持だけは、真新しく。
ったって、中々これが、桜の様に潔くは行けないのである。
春の光と桜の色が溢れる街。
闊歩する私などに至っては、表情が綻ぶ、と言うより、すでに弛緩しきっている。

821声 脱・駆け込み

2010年03月31日

「買っておくべきだったかな」
と、いささか悔恨しているのが、薄型テレビである。
今日は、3月31日。
平成21年度末である。
明日からは、平成22年度が始まり、様々な制度が廃止及び開始させる。
その一つが、「家電エコポイント制度」。
この制度が4月1日から見直され、現在より、省エネ性能の高い機種でなければ、
エコポイントの対象にならくなる。
つまりは、エコポイントの対象機種が、大幅に狭まってしまうのだ。
これを受け、本日、駆け込み需要で家電量販店には、薄型テレビを求める人たちが、
俄かに押し寄せた。
との報道を目にした、と言っているくらいなので、私は乗り遅れてしまった。
その情報すら知らなかったので、当たり前である。
しかし、その情報に慌てふためいて、血眼で電気屋さんに駆け込まずに良かった。
とも、思っている。
何故なら今日、朝から晩まで、救急車のサイレン音が鳴り響いていたからだ。
幹線道路はやはり、年度末の渋滞。
時折、刺す様に鳴り響くクラクション。
そこはかとなく漂っている、戦々恐々とした雰囲気。
「乗降中」
の電光掲示板が点灯しているのは、路肩のバス停に駐車している、路線バス。
それを、猛烈な勢いで追い抜く、乗用車。
突如、現れた対向車と、あわや、正面衝突。
を、間一髪免れて、走り去る。
そんなに急いで、何処へ駆けこむのだろうか。

820声 つくしの評判

2010年03月30日

「暑さ寒さも彼岸まで」
と言う季節の筋書きを、誰が変えてしまったのだろうか。
三寒四温で日を追うごとに陽春へと近づいているものの、
ちと、寒暖の差が開き過ぎている。
ほんの数日前、最高気温が20度を超えたと思ったら、
今日あたりの最低気温が、氷点下を観測。
この、バランス悪いシーソーの如き気温差に、人間のみならず、
農産物も随分と打撃を受けている様である。
やっと芽吹いた新芽も、霜が下りて、全て枯れてしまう場合もあると聞く。
先日、公園で見掛けたつくしは大丈夫だろうかと、気に掛かる。
そう言えば、ここ最近、つくしを見掛ける機会が減った。
いや、見掛けているのだが、観賞していないだけ、かも知れない。
春を観賞してみよう。
とは思うものの、煩雑な日々の生活で、中々それを実行に移せない。
予報によれば、明日は全国的に気温が温暖になると言う。
暖かくなり、公園のつくしも、幾らか元気を取り戻すだろう。
しかしながら、百花繚乱の春に、つくしと言う奴は、
なんとも田舎臭くてあか抜けない奴だと思う。
けれども、憎めない奴だとも、思っている。

819声 饐えた生姜

2010年03月29日

「俳句…」
と呟いてみたのは、この日刊「鶴のひとこえ」、本日が第819声だからである。
語呂合わせ、である。
では、ついでに。

小春日の焼きそばに饐えた生姜かな

野暮を承知で、説明する。
今日の昼。
仕事中にみどり市内を走行中、往来の店に目を奪われた。
その店に掛けられている朱色が古ぼけてくすんでいる暖簾には、
「焼きまんじゅう・焼きそば」
と白抜き文字で書かれている。
その店は、軽食堂兼駄菓子屋と言った具合の店。
店頭の脇には、これまた古ぼけて埃を被っているガチャガチャマシーンが4台。
愛想も無く、少年客を待ちぼうけている。
この系統の店では、なかなか侮れない焼きそばを提供している。
と言う、以前何処かで聞きかじった情報を元に、
群馬県東毛方面に土着する焼きそばを食べてみようと思い立ち、寄ってみた。

店主はおばあちゃん、ひとりきり。
店内は予想通り、懐古的かつ雑然としている。
例えば、「フジカラー」なんてポスターが、入口の硝子戸に貼ってあったりする。
そして焼きそば、これも、予想通り、細麺のポテト入り。
群馬県東毛方面、特に桐生市から栃木県にかけて、多く見られる形態である。
味わいながら、軽快に箸を進めて行くと、瞬間、異変を察知して、急停止。
異変を確認する為、怪しげな紅生姜を箸でつまんで、そっと鼻に近付けてみる。
「あぶない」
と言う変な感想が、脳内に殴り書きされる。
ためらいつつも、未だ半分残っている焼きそばと混ぜて、一切合財、綺麗に平らげた。
仄かに薫る、何やら饐えた紅生姜の、残り香。
薄日射す、正午過ぎの店内は、穏やかであった。

さて、春である。
生姜も饐える、焼きそばも美味い。

818声 魔法のペンキ絵

2010年03月28日

「胸がいっぱいになった」
としか、言い様がない。
そんな状態なので、上手く表現できるか、いささか不安である。
不安を抱えつつ、ゆっくりと回想を文章化してみようと思う。
その場の、音、匂い、そして、目前の光景が、脳裏に焼き付いている。
剥がされて行く、ペンキ。
その上に塗り重ねられて行く、ペンキ。
そして、徐々にその雄大な姿を現す、富士山のペンキ絵。
そう、今日は銭湯背景画であるペンキ絵の、製作現場を見学させて頂いた。
その鮮やかな手際は、「手品」と言うより「魔法」と形容する方が妥当である。
魔法使いの主は、東京からお越しのペンキ絵師、中島さん。
助手の田中さんと、来て下さった。
テレビの取材、新聞各紙の取材、そして私の如き野次馬がいるにも関わらず、
ペンキを塗る刷毛さばきは、流麗そのものである。
本日、桐生市の三吉湯には、日本で一つの、素晴らしいペンキ絵が出来上がった。
明日以降、三吉湯に入りに行く人が、非常に羨ましい限りである。

817声 本は愛嬌

2010年03月27日

ゲームセンターにある、UFOキャッチャー。
100円玉を入れ、ボタンでロボットアームを操作に集中している人。
その人と、本日、書店の本棚の脇で佇んでいた私の表情は、酷似していただろう。
漸く、高崎、前橋市が中心であるが、幾つかの書店に、
「群馬伝統銭湯大全」を置いてもらえる運びとなった。
有りがたい事に、早くから置いてあった或る書店で、
僅かばかし売れている模様だったので、本日、本の追加分を届けに行って来た。
本を届けて、店長さんと、本棚の脇で雑談していると、お客さん。
ふらりふらりと、本棚を物色。
一冊手に取り、また戻し、一冊手に取り、また戻し。
とやっている間に、遂に私の本に、手を掛けた。
「そうそう、そのまま、そのまま、レジへ…」
などと、内心、店長の話も右から左で、本を手に取ったお客さんに、
全神経を注いでいた。
表紙見て、本文をパラパラっと捲って、また本は、元の位置。
そのまま、平積みの本の前を、通過してしまった。
「惜しい」と、その光景を見て、僅かに落胆。
100円玉を入れて、再チャレンジ。
出来ない歯がゆさを噛み締めながら、本を揃えて、一声かける。
「いいか、お前たち、お客さん来たら、愛想良く、だぞ」

816声 老境の桜源郷

2010年03月26日

通勤途中に池がある。
コンクリートで固められた、農業用水池であるその池には、いつも釣り人がいる。
今朝、いつもの様に池の脇を通ると、既に2,3人が糸を垂れていた。
その人たちが興じている釣りは、ヘラブナ釣り。
だと言う事は、竿などの道具で直ぐに分かった。
平日の朝。
通勤ラッシュの往来を横目に、ワンカップを飲みながら釣りに興じる。
と言うのは、どう言う心持なのだろうか。
池の端で釣っているおやっさんたちの後には、桜の木が点在して植わっている。
おそらくおやっさんたち、来週末頃には、満開の桜の下で糸を垂れながら、
ワンカップを飲んでいる事だろう。
その光景は、まさに、桜源郷。
老境でなければ辿りつけない、郷である。