日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

305声 まどろみ訪問販売員 後編

2008年10月31日

休日、目が覚めからも床にいる遅朝。
昼食を腹一杯食べた、穏やかな午後。
宴も終わり、独り部屋で過ごす夜半。

こんな状況下は奴さん、実に上手く、人の部屋に上がり込んでくる。
これがまた、こちらも実に良い心持なので、ついつい手を休めて、
奴さんが上がり込むのを、あまり咎めもしないのだ。
奴さんが上がり込んだが最後。
コクリコクリ、眠りの押し売り、眠りの勧誘。

最近じゃ、奴さんの事を、「睡魔」なんて乱暴な呼び方をするようだけれど、
あれでいて、実はそんな悪い人ではないのだ。
「睡魔に襲われる」
なんて、大袈裟に形容する人があるけれども、奴さんも随分と気に病んでいた様子だった。
人の不意を衝いてやって来る奴さんも悪いが、やはり来てくれないと、
こちらも気が休まらないのは確かである。
人によっては、毎晩、こっ酷く追い返している人もある様だが、
奴さんも体を心配しての事である。
大目に見て、手を打ってあげるべき時があるはずである。

さて、奴さんもいよいよ準備に取り掛かって、瞼を下ろそうと必死である。
では、オヤスミナサイ。

304声 まどろみ訪問販売員 前編

2008年10月30日

300声記念特別企画。
ってな、手弁当な試みも一段落。
極度に弛緩した表情を浮かべつつ、耳掻きしながら書いている。
すると、ソロリソロリ、いつものまどろみがやってくる。

奴さん、私が安心していると聞きつけて、今日は随分と早めに来やがった。
いつもなら、直ぐに戸を閉めて追い返すのだが、今日はなにせ一段落ついた夜。
戸を少し開けて、話ぐらいは聞いてやっても良い。
なんて心持なのである。

しかし、奴さんもまた上手いもんで。
じゃあ少し話を、なんて気を許した隙にはもう、部屋の中へ上がり込んで大胡坐。
いつ上がり込んだのか、分からないぐらいの時だってある。
巧妙なのである、手口が。

後編へ続けてみようかしら。

303声 第300声記念特別企画「らいぶ一丁、ヨロコンデ!」後編

2008年10月29日

昨日の続き。

ところで、岩渕さんの御出身は、どちらなんですか

大阪市東住吉区です。

「演者」に興味を持ち始めたのは、いつ頃からですか

高校の時、映画研究部で映画をつくっていた時からですね。

その後、群馬を拠点に活動する様になるきっかけは、何かありましたか

結婚です。

活動をしていて感じる、一番の「うれしい」ってのは、どんな時ですか

客席の笑顔が感じられた時ですね。
言葉がどんどん湧き出て、自分が、明石家さんまさんや、島田紳介さんみたいになるんです。

どうすれば、「芝居屋らいぶヨロコンデ」の「らいぶ」を観れますか

はい、観たいと思ったら連絡を下さい。
お客さん一人からでも、ヨロコンデ、出前致します。

今後の活動における、抱負などがあれば、是非お聞かせ下さい

「人寄せパンダ」になるところまでは行きたいです。
戦隊ショーの方々が、頑張ってそうなられましたからね。

では最後の質問です。
今、「岩渕さん、一曲歌って下さい」って言われたら、どんな歌を歌いますか

即興でつくって歌います。
目の前の人たちが、笑顔になれる様に。

インタビュー:抜井諒一

お忙しい中、インタビューにお答え下さった岩渕さん、ありがとうございました。
岩渕さんが代表を務める、「芝居屋らいぶヨロコンデ」の活動状況は、
公式HPに掲載されております。
HPに掲載されているyoutube動画。
で演奏されている、岩渕さんのオリジナル曲「ラブレター」は、是非必聴。

詳しくは、下記「芝居屋らいぶヨロコンデ」公式HPまで。

302声 第300声記念特別企画「らいぶ一丁、ヨロコンデ!」中編

2008年10月28日

昨日の続き。

「芝居屋らいぶヨロコンデ」、現在のメンバーを教えて下さい

演者メンバーと企画サポートメンバー。
そして、「俺たち若者歌い隊」、「紙芝居で伝え隊」の隊員の方々を含めて、
メンバーと考えています。
企画サポートメンバーは、「頑張れ」と、協賛会員になって下さった方々で、
全国各地にいます。
まだまだ少数ですが。

現在は、どんな種類の活動が、主ですか

福祉の現場やいろんなイベントでの芝居屋らいぶ活動。
司会や音響を担当するイベント盛り上げ隊活動、そして、講師派遣活動などです。

年間の、芝居屋らいぶ数は、どのくらいですか

200回位です。

福祉現場への芸能慰問活動をする様になったきっかけは、何かあったんですか

結成当時、あんまりうまくないと思ってましたので、
ライブハウス等では相手にもされないだろう、でも喜んでもらえたらと考えた事。
そして、当時のメンバーがカラオケのチャンピオン経験者だったので、
「演歌を歌える所」と考えた結果、こうなりました。

数々の現場で、特にどんな事を強く感じられますか

福祉の現場は「働いている職員」によって、イベントの現場は「企画した人たち」によって、
ずいぶんと違うと言う事を感じます。

今までの活動の中、印象に残っている現場は、何処かありますか

100才を超えるおばあちゃんが、一緒に「浦島太郎」を歌ってくれた、
デイサービスセンターの、「その日、その時」ですね。
いろいろ印象に残っている所、沢山あります。
「その日、その時」です。

年間らいぶ数は、なんと200回!
一年は365日なので、2日に1回以上は、どこかでらいぶ活動をしている。
と言う、短絡的な解釈で見ても、まさに、現場に生きる芝居屋と言える。
今日の「その日、その時」を大切に、そして明日の、「その日、その時」に向かって突き進む。
目の前の人たちに、ヨコロンデもらう為に。

さて、明日は最終回の後編。

301声 第300声記念特別企画「らいぶ一丁、ヨロコンデ!」前編

2008年10月27日

今回は祝、日刊「鶴のひとこえ」第300声。
と言う事で、ささやかなる記念特別企画。
上州を西へ東へ、「らいぶ」の出前に駆けずり回る日々を送っている団体、
「芝居屋らいぶヨロコンデ」。
その代表であり、自らが看板俳優である、「岩渕健二」さんにインタビュー。
岩渕さんが観客に届ける、ヨロコンデ精神に迫る。

■岩渕健二(いわぶちけんじ)さん
[プロフィール]
1961(昭和36)年、大阪市生まれ。「芝居屋らいぶヨロコンデ」代表。
劇団「ブナの木」在団中の2000年、「芝居屋らいぶヨロコンデ」を結成。
その後、前橋市ボランティア団体連絡協議会に加盟。
2005年「ブナの木」を退団し、フリーで活動。
現在、福祉の現場や、イベント会場など、年間200を超えるライブ活動で活躍中。

まず、「芝居屋らいぶヨロコンデ」とは、どのような団体なんでしょうか

そうですね、「目の前の人たちにヨロコンデもらいたい、笑顔になってもらいたい」
と、らいぶ活動を続ける団体です。
あ、「らいぶ」が平仮名である事が大きな特徴です。
「芝居屋」が「ライブ」するので、「芝居屋らいぶ」と言い出したのですが、
今では芝居の舞台と客席とで創りあう場を意識して、「らいぶ」と言っています。
まぁ、音楽を真剣にやっている人たちから見たら、
へたくそで、「ライブ」と片仮名にするのは申し訳ないと言うところもあるんですが。

岩渕さんが、「芝居屋らいぶヨロコンデ」を立ち上げる、そのきっかけは、どんなものだったんですか

1997年に群馬県民になりまして、小学校を巡演しているプロの劇団に入団しました。
その劇団の俳優仲間と歌いだしたのがきっかけです。

「ライブ」でなくて、「らいぶ」。
それは、芝居の舞台と客席とで創りあう場。
そこには、客席の呼気を感じ取り、場の空気を演出するプロの技がある。

最後の締め。
「決まったな」と、若干調子に乗りつつ、インタビューは明日へと続く。
小憎たらしく、無粋な私の末文はさて置き。
明日は、「らいぶ一丁、ヨロコンデ!」中編。
ご期待あれ。

300声 いけないうどんマジック

2008年10月26日

これを書いている現在は、土曜日。
いやもう、日曜日になろうとしている。
そして、日曜日の今日には私、福島県の会津若松にいる。
と言う事は、あと数時間後には出発しないといけない。
そうしないと、本当に行けないのである。

なので、もう寝よう。
インスタントの天ぷらうどんを食ってから。

299声 行き着く所は天ぷらうどん

2008年10月25日

毎日毎日書いている、この稿の目的は、一体何なのか。
と言う、疑問が生まれること自体が、不味いのではないか。
ってな事が、書き始めたら唐突に気になった。

毎日何某かの文章を書く以上、もっと深く思案し、社会情勢を鑑み、
読者の心に響く文章を書かねばならん。
このままではイカンのである。
根本から悔い改めて、もとい、食い改めて、改善すべきなのだ、自分の食生活を。

と、ワザとらしく倒置方で締めた強調文が、非常に胡散臭い香りを漂わす。
しかし、食生活を正すってのは、文章表現にも多大なる影響を及ぼすのではないか。
「健全なる食事に健全なる文章は宿る」
のではないか。

その伝で行くと、私などはまるで駄目。
例えば、今日を切り取ってみる。
昼に天ぷらうどんを食って、夜にもまた天ぷらうどんを食っている。
「あれ、そう言えば昼にも天ぷらうどん食ったっけ」
などと、同じ店の同じ席で呟いていた。
まったくもって、間の抜けた食事パターンである。
これだから、家に帰っても良い文章など、到底書ける訳がない。

では、どの様な食生活をすれば良いのか。
なかなか、思い浮かばない。
思い浮かばないが、何となく、天ぷらうどんが食いたい様な心持である。

298声 そこんトコ、あと65日でなんとか

2008年10月24日

「ふぁーあ」
っと欠伸をかく事、三回。
断続的に勢い良く回る、PCの内臓冷却ファンの音を聞きつつ、ぼんやり。

先程まで、300声に載せる原稿をいじっていた。
3日後には、目出度く、この「鶴のひとこえ」も300声なので、
もちろん記念企画を用意してある。
そして、300声と言う事は、私が「鶴のひとこえ声」を書く様になったのが、
今年の元日なので、一年も後65日と言う事になる。

「300日の遅れを65日で取り戻す方法」
そんな事を、PCの前で考えつつ、非常に不毛な時間を過ごしてしまった。
あっ、四回目。

297声 気持ちの問題なのか、空気中の湿度の影響なのか、それが問題だ

2008年10月23日

今日は雨がしとしと。
明日もなんだか、天候不順な様子。
雨の日ってのは、ビールの美味さが著しく減退する。
それは、気持ちの問題なのか、空気中の湿度の影響なのか。
天下のプレミアムビールでも、今日は若干、あの芳しいホップの香りが弱く感じる。

ビールをチビリチビリやっていると、脳内にぼんやりと疑問が浮上。
ファミリーレストランの席、等で見かける店員呼び出し用のベル。
なんであれは、大半がボーリングの玉の様な素材なのか。
そして、これまた大半が「BELSTAR」って印刷されているけれど、
全国的に「BELSTAR」なのだろうか。
そもそも、「BELSTAR」ってなんだ。

雨の日ってのは、くだらない疑問も加速してゆく。
それは、気持ちの問題なのか、空気中の湿度の影響なのか。

296声 から揚げ残すな

2008年10月22日

腹痛。
と言うのも、本日。
高崎市にある、とある定食屋で、からあげ定食を注文。
そしたら、てんこ盛りのから揚げ。
貧乏症の私、残らず全部平らげ。
即効、腹痛、若干、後悔。

しかし、町の定食屋なんかでは、なかなか皿の上の物を残せない。
残してはいけない様な、そんな心持にさせる空間である、定食屋ってのは。
とーちゃんかーちゃんで堅実に商売している、老舗の定食屋である。
丼を注文しても、冷奴と味噌汁、おしんこが付いてくる様な、筋の通った店である。
そんなお店で、どうして、注文した物を残す事ができようか。

御飯が先に終わって、から揚げだけ残ってしまい、しかも満腹。
この様な状況下でも、最後まで戦わねばならない。
「美味しんぼ29巻」に意識を集中させつつ、完食。

流石に、美味しんぼの内容が、全然美味しそうに見えなかった。

295声 根小屋駅

2008年10月21日

夕暮れの、上信電鉄、根小屋駅。
鄙びたローカル線、情感ある駅舎に、薄暗い電燈が灯る。

柄の長い箒で、床を掃いている、駅員のおばちゃん。
待ちくたびれて、隅っこで、口開けて寝てる男子高校生。
「あれ、いっこ前ので、A子ちゃん行っちゃったよ」
「うわっ、そーなん」
顔見知りの女子高生が入ってきて、おばちゃんと雑談。

下りの電車が帰ってきて、降りる人、ひとつかみ。
おばちゃんに切符を渡して、改札の外へ。
「はい、おかえりなさい」
おばちゃんが、一人ひとりに声をかける。

その光景を、足を折りたたんで、置物の様になって、ぼんやり見ている猫。
高校生たちを乗せた電車が、走り去る。
空っぽの待合室。
猫、大儀そうにおしりを上げて、ホームの方へ歩む。

294声 対処を探す

2008年10月20日

リーマンブラザーズの破綻。
その影響もあり、日本の経済もいよいよ悪化してきているらしい。
「悪化」
文字にしてみると、非常に滅入る言葉である。
そこに来て、連日メディアに取り上げられる官の汚職。
私の住んでいる圏内の出来事で言えば、
先日、高崎市を代表する企業が、一社、倒産した。
この様な経済状況における、根本原因は何か。
薄識の私には分からない。
もっとも、分かる人は稀有な存在だろうが。

しかし、揺らいでいる。
と言う事は、分かる。
積み上げた積木が、崩れ落ちそうに、危うく揺らいでいる様。
抽象的かつ愕然とした、不安的連想が去来。

そして、その様な状況下において、大切なのは「対処」である。
リーマンのケースでは、公的資金の注入が大きな波紋を呼んでいるが、
それも、対処の方法である。
どの様な対処の方法をとるか。
それは、私にも問われている、大きな課題である。

なんて、読んだ人が対処に困る様な内容になってしまった。
もっと、面白い事を考えよう。
これも、一つの対処だったりして。

293声 群馬県銭湯残存数

2008年10月19日

「上州いきいき湯ったり銭湯マップ」
昨日書いた、大胡の東湯でもらった、この銭湯マップを眺めている。
記載されている、お楽しみ抽選券の応募期間が、平成9年4月からになっているので、
発行されたのは、おそらく平成8年頃と推測される。

マップを見ると、この12年程の間に、随分と暖簾をしまった県内銭湯が見受けられる。
それに伴って、古の街の繁栄が読み取れ、思いを馳せる。
各地域の銭湯数を挙げてみると、以下である(合併前の旧町名有り)。

・前橋市  …11軒
・大胡町  … 1軒
・渋川市  … 3軒
・富岡市  … 2軒
・高崎市  …12軒
・新町   … 2軒
・大間々町 …3軒
・境町   … 2軒
・桐生市  …11軒
・伊勢崎市 … 2軒
・太田市  … 2軒
・館林市  … 3軒

現在の残存数は、群馬路地裏銭湯記で調査中だが、
ネットと合わせて調べたところ、以下である。

・前橋市  … 8軒
・大胡町  … 1軒
・渋川市  … 1軒
・富岡市  … 0軒
・高崎市  … 6軒
・新町   … 1軒
・大間々町 …2軒
・境町   … 1軒
・桐生市  … 6軒
・伊勢崎市 …1軒
・太田市  … 2軒
・館林市  … 2軒

急がねば。

292声 東湯訪問記

2008年10月18日

前橋市大胡町の銭湯「東湯」に、本日訪問。
ご主人の小川さんに色々と話を伺うと、なんと創業は昭和2年12月5日。 
今年で81年目なのである。
ちなみに、昭和2年は1927年。
芥川龍之介が、没した年でもある。

昭和61年に発行された、組合の貴重な資料を拝見させてもらった。
やはり平成になってから、年々、県内銭湯は姿を消して行ってる。
「県内の銭湯を、全部回ろうと思ってるんです」
と私が言うと、小川さん。
「じゃあ、これ」
って、くれた冊子。
群馬県公衆浴場業環境衛生同業組合と言う、
恐ろしく長い名前の組合が、10数年前に発行した、
「上州いきいき湯ったり銭湯マップ」。

マップを見ると、この10年の間に、
いかに多くの銭湯が暖簾を閉まったかが、明白である。
そして、向こう10年の銭湯残存数が、思いやられる。

井戸水を沸かした、やわらかい泉質のお湯をもらって、一息。
親切な小川さんにお礼を言って、東湯を後にした。
帰り際に見せてくれた、組合の総会の詳細が記載された冊子。
チラッと見たら、総会の開催場所。
「水上温泉」
銭湯経営者たちも、温泉で一杯。
その光景。
噺のサゲに、唐突に出会った様であった。

291声 ささやかな信仰

2008年10月17日

今日は、終日、高崎市倉渕町を東奔西走。
あっちの道祖神から、こっちの道祖神。

細い路地。住宅の脇。
江戸時代中期ごろの双体道祖神が、ひっそりと安置されている。
薄日が差し込んで照らす、道祖神の前に、野の花が数本置いてある。
垣間見える、地元の人たちの、ささやかな信仰。

290声 坩堝で混ぜろ「創作と捏造」

2008年10月16日

創作。
が、したいと思う。
けれど、できるのは、せいぜい、捏造。
ぐらいなもので。
しかし、それも、おぼつかない。

捏造。
は、聞こえが悪い。
けれど、大切なのは、微量なる、脚色。
偽造でない程度。
しかし、それも、容易ではない。

創作と捏造。
混ぜてつくると、どんなモノになる。

289声 通り雨、ひとしきり

2008年10月15日

本日日中、高崎市内。
私服の、学生を多く見かけた。
近頃導入された、「秋休み」っちゅう制度らしい。

正午過ぎ。
踏切待ちの、運転席車窓から見える、中学生位とおぼしき男女二組。
後ろの泥よけに、学校の監察シールを貼った自転車。
後ろの男女は、親しげに会話。
前の男女の間には、微妙な距離。

長い踏切。
前の二人。
自転車の距離が、少しずつ、ほんの少しずつ、縮じんでゆく。
電車が行って、踏切が開いて、走り出す。
その顔、少し寂しげ。
通り雨、ひとしきり。

288声 上等な思い出だし笑い

2008年10月14日

いやはや、混んでた。
先の連休、横浜オクトーバーフェストの翌日行ったのが、寄席。
場所は、上野鈴本演芸場。
近年、にわかに落語ブームとやらで、都内四つ、どの寄席も、
土日祝日は立ち見が出る程の盛況ぶり。

念を入れて開場一時間前に行ったのだが、もう列。
並んで、待つ事半刻。
私を長蛇の、ちょうど腹あたりにして、後ろへズラリ。
開場し、どうにか、良い席が取れ、ひと安心。
会場で、若干割高価格の缶麦酒と、
神田志乃多寿司の海苔巻詰め合わせを買って、ひと息。
やはり、若い人もチラホラ見受けられる。

さて、高座。
前座は春風亭ぽっぽ。
「ちゃん」を付けたい位の、佇まいと声色。
家帰って、ちょっと見たら、私と同年代。

ひとしきり笑って、幕引き。
鈴本から、アメ横。
そぞろ歩いて、夕方。

飲み屋のカウンター。
少し見栄張って頼んだ、かんぱちの刺身を突きながら、麦酒をチビリ。
虚ろに、壁に貼ってある、黄ばんだメニュー札を眺めながる。
ふと、思い出し笑い。
あした順子・ひろしの漫才。
若手から名人まで、芸が煌く落語。
それらが、徐々に回り始めた酔いと共に、脳内を回遊。
ゆるやかに、自然と、表情が和らぐ。

すると、カウンターの斜向かい。
徳利を片手に、ニヤついてる赤ら顔のおっさんと、瞬間、目が合う。
慌てて、真顔を装う。
しかし、私の胸中より、おっさんに投げ打つ、言葉。
「俺のは上等な思い出し笑いだかんな」
瓶麦酒、もう一本。