日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

5827声 動かないと死ぬ、ではない

2024年05月21日

傍目に見てもひどく忙しくしている店主の店に納品で行った際に、いつも忙しそうですねー、と声をかけたら「なんかさー、マグロと一緒で止まったら死んじゃうんだよ、仕事以外にやりたいこともないし。岡安だってそうだろう?」と返事が返ってきて、そうですね、とは答えられなかった。10年前なら答えていたかもしれない。

仕事が遅いのでいつもやることを溜めてはいて、それが外から見ると忙しそうなのかもしれないが、昔の忙しさと今の忙しさは違う気がする。今は週に最低1日は休みを取るし、約2年前に独立し会社も順調とは言えないから今こそ頑張らねばとは思うものの、良くも悪くも仕事最優先ではない。では何をしているかと言えば、好きな人と一緒にいることを大切にしている。

5826声 本をつくる

2024年05月20日

本をつくる

なんて魅力的な言葉。スマートフォンが一般的になった令和に紙の本。買うのではなくて、つくる。本職ではないのに本をつくるというと、Zineと呼ばれるハンドメイド冊子が浮かぶ人も多いと思う。結果Zineみたいなものになるかもしれないが、有志たちと今、本をつくろうと活動を始めている。

今日はその打ち合わせデーだった。自らも小さな書店を営むHさん、長年ブックカフェを営んでいたFさん、現在本と雑貨の店を切り盛りしているYさん、そして僕。に加えて、ずっと若くてけっこうページ数のあるZineも自作したことがあるKくんが5人目のメンバーとして加わってくれた。

仕事としての集まりではないから、実は結成してから数か月経つのに超スローペースでしか事が進んでいない。であれば思い切りが必要だ!とのことで、締め切り日に繋がるある事の申込みもしてしまった。

本をつくる。まだその姿は見えないが、このメンバーであれば良いものが作れる、という希望だけはある。完成の暁には、ここでも紹介をさせていただきたい。

5825声 みんなで映画を観るということ

2024年05月19日

月1ペースで伊参スタジオ映画祭の集まりをしている。映画祭が近くなれば(今年も11月を予定)もっと頻繁になるが、今は月1ペース。主に、今年どんな映画を上映するか、という話し合いやスタッフ試写を行うこととなる。昨日は、ツインプラザの一室をお借りして2本映画の試写をした。集まったスタッフは少なめだったが、やはりみんなで映画を観るのは楽しい。しかも観るだけじゃなくて、それを上映するのかしないのか決めるという目的もある。

映画祭の実行委員長が言ってはいけない内容な気がするが、ずいぶん前から映画を観る機会を減らしてしまっている。仕事の合間にNetflixは観たりするが、映画館に行くことも稀だ。それは決して映画に飽きたということではないが(映像が仕事の主であることは変わりないし)、映画とは関係ない魅力的な人や事に触れる機会が増えてしまったことによるものが大きい。

今日観たうちの短編の1本は、過去あまり観たことがないような独自な映画だった。それは自主映画的な未熟なものを感じたということでもあり、監督は撮りたいものを思い切り撮ったんだろうなという勢いでもあった。若い頃は、そういう独自な映画もたくさん観ていたような気がする。

映画祭スタッフみんなで映画を観る先には、映画祭で多くのお客さんに映画を観ていただく本番がある。今年も良い映画祭にしたい。

5824声 問わず語りの 

2024年05月18日

このめっかった群馬を読んでいる方は、TBSラジオ「問わず語りの神田伯山」が好きな方が多いのではないか、と勝手に思ったりする。僕はたまに耳に入っておもろいなーと思う程度だったのだが、最近はまってしまった。はまるきっかけは、僕が関わっている「伊参スタジオ映画祭」でも上映した映画『茶飲友達』について神田伯山氏が話す(2024/5/10アップの回)と知り聞いてみたこと。ポッドキャストで聞いたのだが、機能を使って昔に遡って聞けると知り、運転中にずっと流している。

昔に遡って、と書いたがその遡れ具合がすごい。講談師として伯山を襲名する前、神田松之丞であった時から、しかもまだ世にあまり知られていなかった2017年(7年前)の放送回から聞くことができるのだ。その頃からすでに、人の悪口を言っているようでいてぎりぎり憎まれないような彼のキャラクターは確立されているものの、自らで無名を名乗り、実際それほど認知もされていなかったのだと思う。が、回が進むにつれ、メジャーなメディアに取り上げられた話や有名人と肩を並べる様が、笑いと共に語られていく。それはつまり、出世街道を行く男のドキュメントでもある。

最近、あまりにたくさん聞いたので、自分の話言葉が影響されているのではと思ったりする。オチ的なものを話す前にちょっと溜めてみたりとかね。人を笑わせたい、とはあまり思わないが、人を引き付ける話はできるようになりたい。それは技というよりはきっと、人間性なんだろうな。

5823声 あんバターサンド

2024年05月17日

世の中に罪な食べ物はたくさんあるが、その一極にあるものが、あんバターサンドであるように思う。炭水化物であるパンに甘いあんこ、とどめにバター。僕が一番好きなあんバターサンドは、中之条町伊勢町にあるパン屋「エルム」のあんバターサンドだ。まず何が良いかって、店頭には並んでおらず注文してからサンドをしてくれること。これは、はさむバターが特別に良いもので、作って店頭においておくと溶けてしまうから、ということがあるのだと思う。さあ、それでは食べてみよう。まずパンは、天然酵母を使うこの店だからのもっちりパン。小豆は甘さ控えめ。そしてバター・・にいく前に何やら塩味も感じるはずだ。それはなんと、この店オリジナルの花豆味噌!それがパンにうっすらと塗られているから、甘味をより際立たせてくれる。そしてバター。1センチに届くかと思われるぶ厚いバターが、咀嚼してすぐに水のようにパンとあんこの間を流れ出てくる。それらが混然一体となって・・・ふぉんふぁららーん(造語)。

5822声 質より量

2024年05月16日

どでか唐揚げが名物の食事屋に入った。いや、44歳にもなって「どでか唐揚げ」と口に出すのもちょっと恥ずかしい気がするのだが、撮影場所のそばにあったその店に吸い込まれた。メニューが写真で掲載されていて、「唐揚げ定食ハーフ」を注文した。ハーフであっても、鶏もも肉半分みたいな大きな唐揚げが3つどどーんと乗って出てくる(フルの場合は5つだったような)。そしてその脇には、まんがみたいに山盛りのご飯が・・

それで確かランチ価格880円だった。今は何でも高くなってしまった。その値段であれが出せるということは、鶏肉はきっとブラジル産冷凍もも肉とかなのではないかと思う。どでか唐揚げを頬張っても、鳥の旨みはあまり感じられなかった。ご飯の風味もなかった。店に入っておいてなんだが、であれば総じて半量で良いから美味しい唐揚げ定食が食べたかったなと思った。いやぁ、実に44歳らしいじゃないか。

記憶にないぶりくらいに、外食でご飯を残してしまった(心の中で文句を言いながらどでか唐揚げは完食した)。最近思うことは「もう年なんだから○○はしない、という決意は未だ長く続かない。気持ちはまだ若いのだ。であるが年をとったことにより大食いとか運動とか体がついてこなくなる。それによって、気持ちや行動が制限される。つまりは、決意よりも体の方が先を行くのだ」ということ。きっとまた別の店で、たいして美味しくないどでか唐揚げ定食を頼んでしまうのだろうな。

5821声 映画でしか語れないもの

2024年05月15日

中之条町で毎年開催している「伊参スタジオ映画祭」の実行委員長を、今も続けている。もう何年やっているのだろうか。前回から隔年開催となったシナリオ大賞という取り組みの公募が始まった。それに向けて書いたテキストを、ここにも残しておきたいと思う。わりと長文です。

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実行委員長を務める群馬県中之条町で開催の「伊参スタジオ映画祭」で、「第20回シナリオ大賞」の募集が始まった。これは、全国から映画の中編・短編シナリオを募集し、その大賞作品に対し制作補助金の贈呈等を行い映画化させる取り組み。映画化された作品は、当映画祭での上映を経た後に広く認められる作品も多く、近年のものでは「大阪アジアン映画祭」で「JAPAN CUTS Award」を受賞しニューヨークでも上映された笹谷遼平監督『山歌』や、今月末フランクフルトで開催される世界最大級の日本映画祭「Nippon Connection Film Festival」で招待上映となった煙山夏美さん脚本『冬子の夏』などがある。

「シナリオ大賞」は僕が映画祭スタッフに加わった前年、2003年より始まり、現在までに35作品が映画化され、第19回シナリオ大賞の大賞受賞作品である上野詩織さん脚本による『生きているんだ友達なんだ』は今年11月の映画祭公開に向けて映画化が進められている。嬉しいことに「若手映画作家の登竜門」などと呼んでいただくこともあり、確かに今現在、数多くの映画は作られているが(デジタル化による技術革新により、制作される本数は以前より増えており、その反動として映画館で上映できない映画も多いと聞く)、映画制作のはじめの一歩を後押しする取り組みは全国的に見ても少ない(広く知られた「ぴあフィルムフェスティバル」は完成した映画のコンペであるし、伊参以前から公募シナリオの映画化を行っている「函館イルミナシオン映画祭」も大賞作品全てが映画化されるわけではない)。

第20回を数える今回からは、過去一番の課題であった映画制作費問題に対して、「毎年開催としていたところを隔年開催にすることにより、短編作品の制作補助金を50万円から100万円に増額、中編作品を100万円から200万円に増額」とした。隔年開催にしたことにより、過去無理であった秋冬のシーンをシナリオに盛り込むことも可能となった(映画化にも約2年間費やせるので)。この改変には、過去のシナリオ大賞受賞者有志からのアドバイスがあったことは感謝として書き残しておきたいし(過去の受賞者がシナリオ審査にも関わっていることも当コンペの特徴である)、なにより映画祭やシナリオ大賞が続いている柱には、中之条町行政と町民の多大な理解とサポートがあることにも感謝したい。



シナリオ大賞作品を毎年上映してくださっている同県内の「高崎映画祭」において、この春開催された第37回のコンセプトのタイトルが「大丈夫。映画は無くならない。」であったことに、僕は少し驚いた。(以下引用)

「大丈夫。映画は無くならない。」

コロナ禍に見舞われる、もっともっと前、深刻な経営難で映画上映が続けられないかもしれない、と悩んでいた時に、兄と慕っていたある映画館の支配人が、私にかけてくれた言葉です。

時代が変わろうとも、上映素材が変わろうとも、作り手や観客の意識が変わろうとも、映画自体は絶対に無くならないのだと。 とても単純な言葉ですが、ちょっとした衝撃でした。

それは映画は逃げていかないよ、という風にも取れました。(以上引用)

映画で語られることに対してのコンセプトではなく、日本における映画の存続について言及せねばならないという状況が、映画というメディア、映画鑑賞という生活行動の崖っぷち感を直視していた。そして映画というものがyoutubeやSNSやゲームといった手のひらで消費する数あるコンテンツの中の1つ、という状況が進めば進むほど、むしろ、映画自体の、映画館自体の、映画祭自体の価値というものは上がっていくのだということを高崎映画祭は示し続けてくれている。そして、ではと問いたい。

「映画を作りたい」という気持ちは過去のものとなるのだろうか?



つい最近、映画に関する2つの体験をした。1つはシナリオ大賞からは離れるのだが、アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督による新作『悪は存在しない』(こちらはベネチア国際映画祭で銀獅子賞)を「シネマテークたかさき」で鑑賞した(濱口監督は、彼が映画のキャリアをスタートさせた頃に『はじまり』という作品で伊参に来場していただいたこともあります)。この映画については諸々の感想はあるが、思ったことの1つは「映画誕生から100年以上が経った今でも、映画は絶えず研究され、継承され、新しい体験として鑑賞されている」ということだった。世界中のシネフィル(映画通、映画狂)から愛される濱口作品を見たから、ということではあるが、映画は古びないどころか、未だに進化を続けているということは事実だと思う。

もう1つは、過去にシナリオ大賞を受賞し、今年の高崎映画祭で最優秀監督賞を獲った外山文治監督の『茶飲友達』という作品について。監督がSNSに投稿していたことをきっかけに、TBSラジオの「問わず語りの神田伯山」最新回を聞いたところ(ポッドキャストでも聴けます)講談師・神田伯山さんの口からこの映画に関する話が出てきたのだ。映画を観た人ならすぐにそのシーンが浮かぶと思うが、主人公のマナが言う「正しいことだけが幸せじゃない」というセリフにいたく共感したという話。高齢者売春というショッキングな物語を扱いながらも、この映画では草食動物のように清貧で暮らす高齢者ではなく、肌に触れたい、心に触れたいという欲望を持ち合わせた高齢者が描かれる。それは、大きく言えば「人間の尊厳」について、映画でしか成しえない文法と熱量で鑑賞者に問う物語であった。

それら「映画100年の歴史と継承」「映画でしか語れない物語」が、手のひらで消費するコンテンツに負けて消えゆくはずが、ない。



風呂敷を大きく広げてしまった気がするが、「第20回シナリオ大賞」においては前回まで尽力していただいた脚本家の龍居由佳里さんに変わり、群馬在住で芥川賞ほか数々の小説賞を受賞されている作家の絲山秋子さん、当映画祭が企画にも関わり篠原哲雄監督・山崎まさよしさん主演で『月とキャベツ』に続き映画化された『影踏み』の脚本家・菅野友恵さん(菅野さんが中野量太監督と書いた『浅田家!』では日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞)の2名に加わっていただけた。非常にあり難い。

絲山さんは以前から面識があり、ただの一読者ファンでもあるのだが、2022年に出版された「まっとうな人生」においては、シナリオコンクールについて描かれるシーンがある。この小説の前作である「逃亡くそたわけ」において、破天荒ともいえる主人公・花ちゃんに寄り添った、当時は映画制作との接点など全くなかったなごやんが、本小説内では映画シナリオを書き、その創作についてこんなセリフを語るのだ(以下引用)

「ある日私の頭のなかで映画の上映が始まってしまったから、書かざるを得なくなってしまったのです。」(以上引用)

同様にして書かれたシナリオで大賞を受賞した歴代監督もいるのではないかと僕は思う。多くの方からのご応募をお待ちしています。

5820声 髙木くん 

2024年05月14日

群馬高専を卒業している、と話すと結構驚かれる。自分で言うのもなんだが、知っている人は頭の良い子が通う学校というイメージがあると思うので、あなたが!という驚きかもしれないし、今全く工業とは関係ない生き方をしているので、そういうギャップもあるのかもしれない。

当時の同級生とは全く連絡をとっていないのだが、フェイスブック経由で4人だけ繋がっており、その中の1人の髙木くんから24年の時を経てメッセージが届いた。なんでも、日頃僕が印刷のデザインなどをしていることをフェイスブックで知ってくれて、奥さんがしているピアノ教室の発表会パンフの表紙を作ってほしい、ということだった。

その申し出が嬉しくてすぐに引き受けた。髙木くんとはクラスでもそれほど接点があったわけでもないのだが、その嬉しさは何なんだろうと考えたのだが良くわからない。けれど、世には同窓会などという面倒な会を企画して、嬉々として集まっていく人たちもいるので、<学びという共有の場を体験したことのある人類の一部が持ち合わせている習性である>という納得の仕方をすることにした。

髙木くんとは、電話もせずに文字だけのやりとりだったが、発表会がうまくいくことを願っている。

5819声 悪は存在しない

2024年05月13日

今一番注目される日本の映画監督は?という問いに対しては濱口竜介と答える時代が来ていると思う。と言っても、過去でいうところの黒澤明や北野武のように日本全国みんな知っている、という名ではない。それは映画が国民共通のメディアではなくなってしまったこともあるのだとは思うが、数年前までは濱口監督も「知る人ぞ知る」存在であった。けれど、日本国民が認める前に、『ドライブ・マイ・カー』で2022年のアメリカアカデミー賞の国際長編映画賞を受賞、最新作『悪は存在しない』は2023年のヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞した。海外が認めたものに日本人は弱いが、彼は本物だ。

近年作はすべて映画館で観ているので、この日もシネマテークたかさきで『悪は存在しない』を観た。濱口作品では、紋切型のドラマが展開することはなく、撮影方法や役者の演技も含めて<総合芸術としての映画>が展開される。けれど、それが鼻につく、ということではなくただシーンとして、ドラマとしても面白くそれはつまり映画に関する高度な技術が等身大で出せる、という職人技なのだと思う。食通も、普通の人もみなうなる職人の鮨、のような映画。

映画の内容についてここに一言も書いていないが、これからも濱口作品は観続けるだろうな、という映画であった。

5818声 まっ昼間からビール

2024年05月12日

高崎に着くと、夏のような陽気だった。

たまたま音楽イベントをやっていた。その特徴として高崎市駅周辺のあちこちで同時多発的にたくさんのアーティストがライブを行うというものがあるようで、高崎市役所へ向かうまでにも3,4か所で演奏している人たちを見た。お客さんが多い場所もあればそうでもない場所もあったが、演奏している人たち自身が一番楽しいイベントに思えたので、総じて幸せそうな雰囲気に満ちていた。

市役所前の広場で、演奏と共に「たかさきクラフトビアフェスティバル」が開催されていた。まずは受付でイベント用のカップを買って、あとは好きなクラフトビールの出店ブースに並びビールを買うという仕組み。まずは迷いなくシンキチ醸造所の列に並んだ。なかなかの長蛇の列だなと思っていたら、受付とは別で、駅弁を売る人みたいなスタイルでカップを売っている坂口さんが目に留まった(このめっかった群馬で書かれている坂口さんです)。このイベントの中心スタッフなのだ。声をかけた。坂口さんが

「市街からもいろんなビールが来てて、シンキチはすぐそばの実店舗でも飲めるのに、こんなに人気なのは嬉しいよね」

みたいな話をして、まさにその通りだなと思った。やっと自分の番になる。すっかり女将役が様になっている智美さんにカップを渡し、堀澤さんがビールを注ぐ(堀澤さんと智美さんは普段、予約制の鮨屋「方」で仕事をされている)。堀澤さんが

「どう?忙しい?」

と聞くので

「おかげさまで。ビールを飲んでこれから映画を観るんです」

と答えると

「最高だね」

と返してくれた。

映画で寝るのも嫌なのでビールは一杯だけとして早々にその場を去ってしまったのだが、多幸感が強かった。そしてなんとなくその日の堀澤さんが桑田佳祐に似ている、と思った記憶があるのだが、なんでそう思ったかは忘れてしまった。

5817声 맛있어요

2024年05月11日

おととしから、ぽつりぽつりの頻度ではあるが、アーティスト・中島佑太の活動の記録として、前橋市にある群馬朝鮮初中級学校を訪れている。彼との出会いは同市の美術館・アーツ前橋で行われている「表現の森」(アーティストが市内の施設等と協働で行うプロジェクト)の一環だったが、その美術館から離れ、現在は佐渡に拠点を置く元アーツ学芸員の今井智さんを仲介者とし、渋川市の企業の資金援助も受け、独自のプロジェクトとして展開されている。

今はちょうど撮影した映像の編集期なのだが、なかじ(中島佑太)の発想力の豊かさ(子どもたちの顔を覚えるためにだるまさんがころんだをする/目隠しをして手の熱でゆるく溶ける材料を使って何かをつくる/くぐるって言葉がハングルっぽいという会話からトンネルをテーマにしたワークショップを行う、など)と共に魅力的なのは、在日コリアンの方々のエネルギーの強さと、韓国料理の奥深さであった。

朝鮮学校では「主体性」「協調性」「積極性」をテーマに掲げており、それはまあ日本の学校でもよく挙げれれるものだとは思うが、家族内、家族同士の関わりの強さを(あまり多くは接していないが)父母の方たちを見ると思う(定期的に、学校に父母が集まり料理を作ったりイベントをしたりもしている)。そのエネルギーは、自分たちでやらねば援助の手が少ない、という状況によるものだったり、そもそもの民族性なような気もする。

今回のワークショップでは、学校に通う少年、ぽんちゃん(とてもかわいいイラストを描きます。インスタは pongraphic_pon )のお母さんであり、今回の学校ワークショップの企画者であり、観光料理の先生でもある里香さんの御自宅で、韓国伝統菓子の米粉のケーキを作ったり、色も鮮やかなキンパを作ったりする機会もあった。僕はそれ以外でプライベートにみんなとおじゃまし、料理もいただいたのだが非常に 맛있어요(マシッソヨ)であった。

この一連のプロジェクトを動画などで外に出していくことも今後行われる予定。まずは、僕も含めて、知ることからはじめたい。

5816声 技を自分のものにする

2024年05月10日

技を自分のものにする、ということを考えた時に映像制作については無自覚なものも含めてある程度は積み重ねてこれたのかなとは思う。今日はその分野の話ではなく料理の話。前回の鶴のひとこえでは酒徒著「あたらしい家中華」を熱弁した記憶がある。すでにその第一次盛り上がり機は過ぎてしまって、色々作ることはしなくなったが、残っているものがある気がしている。

本の中で一番作ったのは「白油豆腐」。豆板醤を使わない白い麻婆豆腐。作り方を詳しく書くと著者に悪いので書かないが、ひき肉の旨みとその出汁だけで食べさせる、と言っても過言ではない。ひき肉は調味料だったのだ。

冷蔵庫を開けて、豆腐がなかったのだが。まずは冷凍したひき肉をレンジで解凍し、熱く熱したフライパンに入れる。じゃっじゃと炒めつつ、焦げ付かないように気をつけながら、同時に冷蔵庫にあったピーマン三個をざくざくと適当に切る。で、ひき肉から赤みがなくなったら少量の湯を入れて、同時にピーマンを入れる(青臭いのが嫌いならひき肉と炒めてから湯を入れると良さそう)、ここで一つまみの塩なのだが、それにウスターソース適量を入れてみた。おたまで汁をちょっとなめてみて、いい塩梅であることを確かめる。で、火を止めて、片栗粉を水で溶いて入れて、とろみをつける。完成。

白油豆腐には、ソースは使わない。この「ピーマンのソースひき肉あんかけ」とは別料理だが、作るエッセンスは似ている。とても美味しくできた。

もう10年以上前の事か、めっかった群馬の(ほ)、堀澤宏之さんは仕事が終わってから夜な夜な、この酒にはこの食材をこう調理したものが合う、という研究?趣味?を延々と続けていた。それは途方もないトライ&エラーだったと思う。その結果どうなったかは・・今の彼を知る人であれば、実を結んだ、と断言できるのではないかと思う。今頃になって、料理が面白くなってきた(仕事にはしたくない)。

5815声 ここに いても いい

2024年05月09日

体制が変わってからも、アーツ前橋で仕事をさせていただいている。森美術館の立ち上げにも関わった南条史生さんが特別館長になり、10年前の開館当時からいる学芸員は辻さん1人になってしまった。様々な入れ替えがされる前は収蔵作品を選んでの展覧会が続いたが、新体制で世界的に有名な作家の作品を集めたお祭りのような「ニューホライズン展」が終わり、以前から続く地元アーティスト主体の「前橋の美術展」が終わり、今行われているのはファッションというジャンルながらもアートと重なる表現を続けるリトゥンアフターワーズによる展示となる。

展覧会の動画撮影を終え、インスタ用の動画も作成し公開となった(時代に沿う、縦型の動画制作も慣れてはきた)。ファッションは自分から遠い分野なのだが、展覧会タイトルとなっている「ここに いても いい」という言葉には親しみを感じる。ブランドを起こした山縣良和さんが「ファッションは一部の人のものではなく生きている人は、皮膚も含めてファッションである。震災やコロナも経て、すべての人がここにいてもいいと思えることが大事だと思っている」というような話を語ってくれて、そういう社会的な問題を重ねながら展覧会を回ると、発見が多い。

昨年末、大きなアクシデントがあって「もうここにはいられない」と思った数日があった。本気で、群馬も離れてどこかの町で下を向いて暮らす自分がイメージできた。それは、とても辛い日々だった。ほとんどの人が当たり前のように思っている「ここにいてもいい」という感覚は、実は、当たり前ではない。(アクシデントは解決し、今はなかなか安心した暮らしです)

5814声 半出来温泉

2024年05月08日

若い時に良くなかったなと思っていたことが、今の年になってみると良い、ということはある。もちろんその逆もある。草津温泉に登っていく手前(中之条から見ると手前奥)、嬬恋村の「半出来温泉(はんできおんせん)」の若い時に行った印象はあまり良くなかった。今思うと泉質なのだと思うが、湯船がぬるぬるしていたイメージが強く、もっと入りやすい温泉はたくさんあると思った。

この日、10年以上ぶりか、半出来温泉に行った。良いではないか。まず何より、今はとても良い季節だった。温泉は吾妻川の川辺にあり、新緑が進んだ今の季節、川にかかるように藤の花が薄紫に咲き流れていた。色々な花が植えてあり、色も鮮やかで香りも良い。露天風呂は混浴であり、僕がぴゅーっと行った時は1人だったので、花を眺めながら湯に浸かっていた。湯温はぬるい。

お湯はうっすら白く濁り、黒い湯花がちらついている。ちなみに、半出来というのは土地の小字からとっているらしいのだが、廊下に貼られた新聞に「この土地はやせていて、野菜などを作っても半分の出来だから半出来、という謂れがある。でもそうじゃなくて、この地域の人はとても、という意味で<なから>という方言を使うんだけど、半=なか、半出来温泉は、なから(とても)良い出来の温泉、という意味であると思う」という先代かな、温泉主が語る取材記事があって、とても良いなと思った。これからの季節におすすめしたいぬる湯である。

5813声 たまには宣伝でも

2024年05月07日

5/12(日)に、めっかった群馬の(ほ)堀澤宏之さんの「シンキチ醸造所」も含む7つのクラフトビール醸造所、カクテル、ナチュラルワインが集う楽しそうなイベントが開催されるそうです。まっぴるまから飲むビールほど幸せな飲み物はありません。行ける方はぜひ。

CRAFT BEER HOUSE 5月、芝生でビールしない?
日時:‪2024.5.12(日)11:00~18:00 (売切ご容赦)‬
場所:高崎市役所前広場(高崎城址公園)
   (群馬県高崎市高松町33-13)

詳しくはインスタにて

5812声 オレンジワイン

2024年05月06日

週1ペースで北軽に通うようになってから、小さくではあるが北軽コミュニティとも呼べるような場に混ぜてもらうことが増えた。先日書いた谷川俊太郎・谷川賢作さんを巡る長野原町の事業は、長野原町役場の職員の皆さんはもちろんのこと、そのディレクションを北軽にも居を持つ絵本・さし絵作家の廣瀬弦さんが、サポートを(株)きたもっくの日月悠太くんが行い、ライブの音響もきたもっくの中川浩佑さんが務めた(中川さんは、サウンドインスタレーションのアート作家でもある)。僕は、廣瀬さんや日月くんと時間を共にすることが多かった。

賢作さんや、出演された寺島夕紗子さんもいる夕食会に招いていただいた。お店ではなく、北軽井沢にある廣瀬さんの別荘だ。大きな道路からは離れ、新緑に包まれた別荘は、自然の中の瑞々しさが部屋の中にまで浸透している。料理が好きな廣瀬さん(実はもう4回くらいいただいている)、この日はつなぎを一切使わないというハンバーグがどーんと出てきた。各自がバンズを皿の上に置いて、レタスやトマトやカリカリに焼かれたベーコンと共にハンバーグをはさんでハンバーガーとして食べるという趣旨のディナーだった。すごい。楽しい。美味しい。

賢作さんたちからは、音楽や映画に関するお話も伺えて、とても楽しい夜だった。廣瀬さんがお気に入りというツルヤ(軽井沢や北軽井沢の方はスーパーツルヤにとても愛着を持っている)のオレンジワインは4~5本は空いたんじゃないだろうか。とても良い夜だった。

5811声 嵩山

2024年05月05日

中之条町(六合地区を除いた旧中之条町)のまんなかには嵩山がそびえ立っている。毎年5月の連休にはその頂上から麓の親都神社までたくさんの鯉のぼりが飾られる。一番来場者がありそうな5月5日は快晴。撮影もしがてら登ってみた。

中之条の子どもたちは5月5日に嵩山に登る習慣がある。今は昔ほどそうではないのだと思うし、昔も昔で別に誰かに登れと言われたわけではないのだが、小学生だった僕は「子どもの日というものは、全国の子どもたちが山登りをする日なんだ」と思っていた時期がある。全くそんなことはないと気付いた時には脱力感があったし(僕はころころしていたので他の子どもに比べて登ることは苦痛だったのだ)、けれど今となっては良い習慣だったなとも思う。

昔と変わったところは、ちらほら外国人登山者の姿を見た。円安も影響する日本旅行で、わざわざ中之条まで、そして山の上まで来る人がいるのだろうか。犬を連れた登山者も見かけて、そういうものは子どもの頃はなかった。昔と変わらないところは、自然の景観である。山頂から見下ろす中之条町の景色に中には、遠距離からでもわかる今年できた大型スーパーなどもあるが、取り囲む山の稜線を見れば昔と変わらない吾妻がある。

下山すると、親都神社では神楽が舞われていた。その時見たのは、天照大神が隠れた岩戸の入り口の岩(でなかったらごめんなさい)をエイッと持ち上げる舞いだ。一幕ごとに神楽殿からは餅が撒かれ、必死でそれを拾う親子の姿も昔と変わらない。屋台の出店もあり、チョコバナナは1本400円になっていた・・たかーーー

5810声 文化の成り立ち

2024年05月04日

GW期間中にもう一つ、広告で関係しているイベントがあった。東吾妻町の吾妻峡のそば、カフェ「Serenite」で行われた「GWマルシェ&ガレージセール」だ。こちらも連日大盛況だった様子。

「Serenite」は、前橋敷島でヴィーガン料理を提供していた「Mom’s cake」の安田恵久さんが場所を山里に移しはじめた小さなカフェ。縁があり開店当初にショップリーフレットなどを作成し、以後行われたイベントでも恵久さんと相談しながら広告フライヤーを作っている。今回は、恵久さんと繋がりがあったり、彼女が興味を持っている人を吾妻に招き、それぞれが大事にしてきたけれど人に譲る段階にある品々を持ち寄ってガレージセールを行う、ということが目玉だった。リサイクル、ヴィンテージなどというイメージから、広告はわら半紙にリソグラフの単色印刷を選んだ。

4日間開催のうちの2日顔を出したが、何より良かったのは出店者たちの顔ぶれの素晴らしさと、お客さんたちの気質の良さだった。常に、機嫌の良い空気が流れていた。イベントというと、特にGWのイベントというと、「こんな時くらいお金使おうかな」と無目的なお客さんと、「こんな時だから稼ぐぜー」という出店者が、物語性もなにもない場所でぎゅうぎゅうひしめき合うものが多い気がするのだが、それとは真逆の空気感があった。なぜそうなるのかと言えば、恵久さんの人間性、という一言にもなるのだが、開店から数年が経ち、すでに彼女の手の内を越えた人や場のネットワークが広がっているのを感じた。

この場の空気感やネットワーク、それを別の言葉で言い表すなら「文化」なんだよな、と僕は思う。吾妻の山間で、新しい文化は確かに育ちつつある。