日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

3602声 台風

2016年09月20日

朝から雨。
このところ雨の多い日が続いている。
午前中にメーカーの方と冷却器の打ち合わせをする。
よく聞くと予定のものではパワーが足りないらしく、一つ上の機種を購入することになりそう。
値段もずいぶん変わるが仕方ない。
働けばいいのだ。

案件が多いと、一つ一つの価格に対する精査が少しずつないがしろになる。

怖いことだ。

割としつこくやっている方だと思う。
接続の仕方がもう一つ理解できていないので、近いうちに一度確かめに行かなければならない。
夜になって雨はさらに強くなる。
風が涼しく心地いい。
台風が近くまで来ているのだと、お客さんから教えてもらう。
そんなことも知らないとはのんきなもんだ。
高崎は今日、市内の全ての小学校を避難所として開設しているらしい。
訓練の意味も含めてやるんだと、今日になって市長が言い出したのだと言う。
訓練はやっておいた方がいいに越したことはないが、今日の今日では大変に違いあるまい。
職員の方々はご苦労様である。
今日ばかりは小学校に行ったら、泊めてくれるのかもしれない。
21時を回って、雨は少し小ぶりになってきた。
待っていたかのように鈴虫が鳴いている。
夜に鳴くために生まれてきたような虫にとって、雨は迷惑だろう。
飲み屋も同じだ。

3601声 ビアフェス

2016年09月19日

日が変わって昨日の話。

さいたまスーパーアリーナで開催中のクラフトビアフェスタに行ってきた。
50を超えるブルワリーが一堂に会することはそうはない機会で、その場で飲み比べてみると違いがよくわかるというのが、このイベントの醍醐味だと思う。
今回も、改めてビールはいろいろだなと感じた。
待ち合わせたわけでもないのに、会場に行くと高崎の知り合いが何人もいて、集まって飲むことに。
それぞれに好みが違うから、これも面白い。
飲み口の濃淡やホップの効き具合でうまいかどうかを判断する人が多いように思った。
私はぬるくなっても飲めるビールが好み。
だったらぬるくなってもうまいビールはどんなビールかと言われれば、うまく答えられない。
そういうビールがバランスがいいのは間違いないが、ならばそのバランスとはどういうバランスかと言われると、これまたうまく答えられない。
それを答えられるようにならないとうまいビールは作れないと思っている。
帰り道、3駅隣の浦和に移動して2軒はしご、電車待ちの大宮に移動して1軒。
昔ははしごするほどに勢いづいたものだがこの頃めっきりそれがない。
ペースが似ている人としか飲めなくなってきた。

3600声 春画

2016年09月18日

春画の画集を借りた。
江戸時代の性交が浮世絵版画で見ることができる。
江戸の風俗と言えば何と言っても吉原に代表される遊郭だが、春画は一般の庶民、ごく普通の市井の人々の情愛が描かれる。
旦那と女将。
旦那と下女。
女将と奉公人。
下女と奉公人。
みんなそれぞれに、やるときはやっている。
現代と変わらない。
現代の、例えばアダルトビデオの女性などは少し前に比べると、あっけらかんとその世界に入ってくることが多いという記事を読んだことがあるが、種類は違うだろうが、そういうあっけらかんとした感じは、この春画にも見られる。
もちろん、あっけらかんとされては困る、という意見が当たり前にあった上でのあっけらかん、ではあるだろうが。
いや、どうなのか。
人によるか。
状況にもよるだろう。
年齢とか。
連休の中日の雨の日曜日は暇である。
春画を見ながら暇をつぶしている。

3599声 連休の若松町

2016年09月17日

土曜日は昼から開店。
連休だからか、いつもの週末より静か。
店の前を通るのは、もっぱら年寄りばかりである。
頂き物のニラを醤油漬けにした。
辛味よりも旨味が強く、アクも少ないから生でも食べられる。
たくさん頂いたから保存できるように、漬物にした。
青唐辛子があったので数本を刻んで一緒に入れた。
素手で刻んで、その手でどこか触っちゃいけないと心していたつもりだが、指と指の間が痒くなって、つい掻いてしまった。
ヒリヒリする。
向かいの美容室から三味線の音。
それに誘われて隣の焼き菓子屋でアイスコーヒーを買って、外のベンチで飲んでいる。
雨は降っておらず、曇り空だが風が気持ちいい。
三味線は、時にゆったりと、時にアグレッシブに。
ただの三味線弾きのレベルではない。
一体何者なのだろうか?
これでお客さんがきてくれたら最高である。
昼から酒を飲んでいる大人がいる街は、いい街だと思う。
美容室から三味線の音色がする街も、いい街だ。
老人が歩いている街も。
小さい焼き菓子屋がある街も。

3598声 中学生のお客

2016年09月16日

金曜日の夕方、常連のSさんが塾帰りの息子と飲みに来てくれる。
近くの英会話教室でレッスンをしている息子が帰る時間と、Sさんの仕事が終わる時間がほぼ同じのようで、自宅までの途中にあるうちの店に父子2人で顔を見せる。
息子は中学3年生だが、酒のアテばかりのうちの料理が気に入ってくれたらしい。
話を聞いていると、まだ中学生なのにとても自分と向き合っているのがよくわかる。
先週はゲームの話をした。
ゲームを作る人になるのが将来の夢だと言う。
「クラシックを作りたい」と。
クラシックって、モダンの反対のクラシックである。
「いつからそう思ったの?」と聞いたら、「平家物語を知った時から」と言っていた。
「盛者必衰」でないものが作りたいと。
深いよね。
今日は、感情論。
「感情で物事を決めつけたくない」と。
「いつからそう思ったの?」と聞いたら、「中学に入ったくらいから」と言っていた。
自分ならば決めつけられたくない、という思いがまずあるらしい。
物事をフィードバックしてるんだよね、自分に。
子供だからといって自分の都合のよさを許してはいない。
「そんなことまで考えているのは大人にも少ないよ」と言ったら、笑っていた。

3597声 ディテールがわからない

2016年09月15日

そろばん塾の生徒たちの声がうるさいと、男が斧を持って塾に押し入ったらしい。
静けさに対する権利感覚が昔に比べると強くなっていることの一つの表れでもあると思う。
今日お客さんと話をしていて、コンベンションホールや新体育館の工事の話になった。
コンベンションホールの工事などはまさにこれから始まるのだが、そのすぐ近くに住んでいるその方は、高齢の親はこの工事で死ぬんじゃないか、と言っていた。
工事の音に対するストレスの話である。
聞いていて、まんざらでもないなと思った。
普段当たり前にある静けさが保たれないのはストレスになる。
高齢であれば、それが大きな負担にもなるだろう。
そんなことで死ぬはずがない、と言える状態の人がいるとするならば、それは体力があるからそう言えるのだと、体力のある人は気づきにくいものだ。
高齢者をはじめとする体力弱者の訴えが通りにくいのは、体力のある人間が世の中を動かしているからである。
体力のある人間は、ディテールに気づきにくい一面を持つ。
気づくことを必要としないからである。
そういう意味では、よく言われる現代の若者が昔と比べて体力がなくなっているというのは、それによってときに斧を持ち出したりもしてしまうこともあるが、一方では、その体力のなさは感度の高さでもある。
もしかしたら、芸術や教育の分野で活躍できるような人間は、増えている可能性もあるのかもしれない。
大事なのは、気づいたことを発信していい、という雰囲気が世の中にあるかどうかである。
主張しやすい雰囲気でないから、斧を持ち出すのだから。
クレーマーなどというのも、彼らが存在できる雰囲気にあるのは、悪いことではない気もする。
問題があるとするならば、それはクレームを受ける側が、体力がありすぎて、ディテールに気づきにくくなっている場合はあるかもしれない。
体力がなくて、そのためにディテールをしっかり把握できる、そういうクレーム処理者が必要なのだと思う。
ただ、斧を持ち出してしまうのは、自分に不満のディテールがあることはわかるがそれをきちんと把握する体力がないから斧を持ち出す、という一面もあるだろうから、ディテールの詳細説明を持ってクレーマーに対峙したとしても、本人がうまく自己理解できていないのだから、その対処がうまくいくかどうかはわからない。
難しい。

体力不足で欲しいのはディテールの理解よりも慰め、だったりもするし。
俺が考えることじゃないはずだ。

今日は、十五夜だったが曇り空で月が出なかった。

明日は見られるだろうか。

3596声 深呼吸

2016年09月14日

深呼吸は、深く息を吸う、ではなく、深く息を吐く、である。
息は吸おうとしたら、余計に苦しくなる。

3595声 宿題なし

2016年09月13日

朝から雨。
起きて、免許関係の書類準備をする。
チラーの見積もりコピー、下水の特定施設設置受理書コピー、酒類販売管理研修受講申込書コピー、ビールレシピの確認。
その後店に届け物をして、歩いてニューボーイコーヒーへ。
コーヒーを飲む時間に、やるべきことを整理する。

そうでもしないと整理できないのは、このやるべきことが、やるべきことを始めるためのやるべきこと、だから。
昨日あれだけ寝たから、今日は体が動く。
ニューボーイのコーヒーは、頭が痛くなることが少ない。
スタバのフラペチーノと迷ったが、今日は暖かいコーヒーが飲みたいと思った。
新豆「ニカラグア」を飲んだ。
酸味の効いたコーヒーで、ドライ。
好みだった。
酸味の効いたコーヒーはぬるくなってもおいしい。
昼過ぎから、税務署のMさんと面接。
準備した書類を渡し、研修の説明など細かく話をして終了。
何度も会っているが、今回初めて宿題のない面接となった。
なんだか少し、解放された気分だ。
どうせまた細かいところをつつかれるだろうが、それはまたその時に考えればいい。
そろそろ、タンクを頼んだ中国とのやりとりが佳境を迎えている。
輸送保険を申し込んで、横浜港まで取りに行く段取りをしなければならない。
あと少しである。

3594声 寝休日

2016年09月12日

午前中に昨夜の片付けをした後は、寝て過ごす休日。
足がむくんでいる。
思考もストップ。
ワインの注文だけした。
そんなのに1時間もかかる。
動けないときの私は多分、じいさんのようだ。
よくもこれだけ眠れるな、と久しぶりに、それだけ寝た。
きっとまた動けるようになると思うから、眠っていられる。
起きて、あーすっきり、となるわけでもない。
これはじいさんである。

「元気があればなんでもできる」

猪木は正しい。

3593声 酒談義

2016年09月11日

日をまたいで帰宅。
酔っている。
日曜日は昼から夕方までの営業で、本来ならばそれで終わりだが今日はそのあと、夜のお客さんを迎えて酒の会があった。
会終了後、残った方々と馴染みの店に。
風が気持ちいいので外のテーブルで飲ませてもらう。
いい季節になってきた。
ビールを飲んで、次に行くのかという話になったがどうしても今日は寿司が食べたくて、一人別行動を申し出て寿司屋へ。
行きつけに行こうと思ったら休みで、近くの暖簾をくぐる。
初見。
飲みたいわけではないので、「何貫かつまむだけでもいいですか?」と言ったら、「いいですよ」と言われ入店。
お銚子一本頼んで、とり貝、青柳、ほっき貝、みる貝、赤身をいただく。
安かった。
その後近くの店で合流して飲んで帰宅。
酔ってしまった。
酒には、あるいは酒の好みには、了見が現れると思っている。
その人の生き方や、どう生きたいかということが。
何をうまいと思うか。
どんな風に酔いたいか。
ずっとそれを、気にしている。
素面の時に書くべきか。
そういう言い方をするのは、怖いから。
酒は、嗜好品だと言われる。
確かにそうだ。
その時に、それを言う人のほとんどは、だから正解もなければ好き勝手でいい、と言いたい風がある。
もちろんその通りだ。
だが、そういう人に興味がいかない。
他意も悪意もない。
どこがよかったか、どこに違和感を感じたか、つい聞いてしまう。

同じ意見を求めてはいない。

特にないなら、特にない、でいい。
それでだめだなんて思わない。
でも、ないことはないと、思っている。

話がずれてきた。

これがうまいと思っている私はこんな志向、この酒のここに違和感を感じる今はこんな状態、という話がしたいだけである。

酒は、プロ野球のペナントレースより面白いはずである。

3592声 優先事項

2016年09月10日

今日は昼から夜の22時過ぎまで、休みなしでずっと接客をし続けた。
お客さんと会話することよりも、店主として落ち着いてそこにいることが何よりの接客だと思っている。
接客しながら料理をし、仕込みもし、酒を提供する。
接客と料理は、分業であるほうが無理がない。
何よりそれは、形として美しい。
接客と料理の一本化、一人化は、注力すべきポイントが多岐にわたりすぎて、どこかに無理が生じる。
なので優先順位をつけた。
接客が一、二番目に料理、である。
もう少し細かく言うと、酒を最高の状態で出すことが一、それがそのまま接客であり、酒を出したあとのお客さんへの気遣いがニ、三番目に料理である。
別に料理に手を抜くわけでもない。
けれども、一と二を妨げるような時間的体力的制約が予想されたとき、仕入れや仕込みは無理をしない。
一と二をしっかりできる範囲の中での仕入れと仕込みであればいい、にした。
その限られた準備の中で、できる限りの気を配って料理を仕立てる、という基準でOKにした。
そういう考えに至るまでにはずいぶん時間を要したと思う。
どこまでも料理が第一と考えている料理人は、あまりしない発想である。
それがいいのかどうか、確信があるわけでもない。
けれども、それでいいしそれがありがたいと思うお客さんだけ来てくれればそれでいいとは思っている。
私が客ならば、店主が一人で切り盛りしている店はそうであってほしいと思う。
今あるお酒を最高の状態で、落ち着いた環境で飲ませてやりたい。

3591声 19階

2016年09月09日

高崎市役所の下水課は19階にある。
市役所は21階建てだから、上から3番目の高さ。
管轄が地べたの下だから、仕事くらいは高いところでということか。

まさかそんなことはあるまい。
19階からの眺めは圧巻である。
左側に烏川と、川岸に沿って緑が山の方まで続く。
手入れの行き届いたグラウンドが何面もある。
土手沿いの木の列は、あれは桜だったはず。
もうすでに緑が少し、淡くなり始めている。
川の上流に榛名山。
右に目をスライドするとそのまま赤城山の裾野に繋がる。
前橋にある県庁も、一つだけ抜き出て、くっきりと見える。
今日は天気がいい。
相変わらず気温は高い。

そういえば今日は重陽か。
下水の申請が、ようやく受理された。
一つ前進である。
スタートラインまでが長いが、そういうつもりでいたのでなんとかなっている。
しかしこの眺め、車がミニカーのようだ。
人間は大きめのアリンコか、ダンゴムシか。
ずっと見ているとめまいがしてくる。
やっぱり地べたがいい。
降りようと思う。

3590声 台風

2016年09月08日

台風の影響で、朝から雨がしとしと降っている。
台風は昼前に、温帯低気圧へと変わったらしい。
最近台風が多い。
ネットで進路予想を検索できるため、いつどこからどうやって来るのかがだいたいわかる。
雨雲レーダーという予報を組み合わせれば、今いる場所の雨雲の動きまでわかる。
わかったとて備えるのは気持ちだけで、何か対策をするわけではない。
台風や低気圧で気持ちの準備はできても、身体はそう簡単に備えられはしない。
低気圧が来るたびに、身体がズドンと重くなる。
午前中マルシェに買い物に行き、腹が空いていたので近くのすかやで蕎麦を食べた。
高崎は「すかや」という名前の蕎麦屋が多い。
まだ時間が早かったから客は私だけ。
ちょうど注文の天丼セットが届いた頃、常連らしきおじさんが入ってきた。
「ハロー!」
今時すごい挨拶だ。
おじさんは天ぷらを土産で頼み込んでいた。
なんでも今麻雀の最中で、それが終わったらその天ぷらで仲間と一杯やるのだと言う。
自宅に連絡したら不在で、てんやもんがとれないから自ら買いに来たと言う。
遊び人はおじさんのようにマメでなくちゃいけない。
こんな人が高崎にもまだいるんだ。
台風なんてなんのそのである。

3589声 テラスで

2016年09月07日

今日は歯医者。
下の歯のクリーニングをしてもらう。
「ここのところ(前歯の右辺り)の歯茎が前の時よりよくなりましたね」と言われた。
2年ぶり位で来たのに覚えていてもらえるのは安心する。
医者にはほとんどかからないけれど、歯医者だけはかかりつけがいる。
先生も年をとってきたから、やめたらどうしようと、そんなことまで考えた。
帰り道、354沿いのスタバに寄る。
ソイラテを購入して、外のテラス席で滞り気味のメールの送信などをする。
気温が35度まで上がった昨日とは打って変わり、今日は涼しくて快適である。
人もまばらでのんびりできる。
時間は昼前後、ドライブスルーの客が案外多い。
そしてなぜか皆、「フラペチーノ」と注文している。
人気商品なのだろう。

まさか特売ではあるまい。

ありうるのか。

スタバは初心者だからよくわからない。

この頃カフェのありがたさをよく感じる。

3588声 あちら

2016年09月06日

朝から市役所へ。
下水課に提出した書類に不備があると少し前に連絡があり、そのメモは残っているのだが何のことかわからなくなってしまったので、確認のために。
確認すると家に戻らないと揃えることができないものもあり、一旦家に戻りその作業を終えて再び市役所へ行き提出する。
醸造所の下水届けについて、表紙がコピーなのはだめ、フォーマットの用紙が付いてないからフォーマットの用紙を付けて「別紙のとおり」と書かないとだめ、そんな内容だった。

あちらも初めてのことらしく、後から不備に気づくことが多いのか、下水課だけでもう5回くらい行っている。
水道料金を払うのはこちらだが、あちらはこちらには来ない。
あちらは、いつまでもあちらだ。
帰ってから前橋の税務署へ。
群馬県は、酒造免許の申請を受け付けることのできる人間がいるのは前橋税務署だけのため、何かあると前橋まで行くことになる。
今日はこれまた不備があると言われていた書類を届けに行ってきた。
これも4回目くらいか。
それでもまだ、他にも不備があるからあとで高崎まで出向くと言われる。
これは、あちらがこちらに来る、稀なケースである。
発泡酒の製造免許申請を始めて4ヶ月が過ぎた。
世の中は、帳尻合わせで成り立っているのだとつくづく思う。
確かに、帳尻合わせがしっかりしているから日本は安全であるとも思う。
その恩恵を受けているのだから、せめて自分に関わることくらいはしっかりしたいとは思っていて、そのつもりなのだが、いつまでもあちら、の人種に出くわすたびに、わりと疲れてしまう。
これは、琴線の問題である。
生きている琴線が違いすぎると疲れる。
そういうことだと思う。

3587声 知り合いの店でビールがまずい。飲み干すべきか?

2016年09月05日

朝から雲が多いが、時折顔を出す陽射しが心地よい。
昨夜は実家に泊まったが、蒸し暑くよく眠れなかった。

早朝に高崎に戻り、風呂に入ったら眠気が湧いてきて、結局昼前まで寝ることに。
ツクツクボウシの声で起きた。
今日は休みだからそれでいいはずだが、先月末からやるべきことが一向に進んでいないため、どうも落ち着かない。
今日こそはやらないと。

携帯でスケジュール管理をしているから、携帯を覗く。
そこに昨夜のメモ。
「頼んでないものに値段を乗せるのが寿司屋」
「なぜ水を飲まないかって言ったら、酔いが覚めてしまいそうな気がするから」
「人前でイライラを出すのが恥ずかしいのと、飲み屋でビールを飲みきらないのは恥ずかしいは、似ていないか?好きな店でまずいビール、どうするか?」

3586声 好きなもの

2016年09月04日

日をまたいでの記述。
昨日は伊勢崎の駅前で商店会主催の祭りがあり、そこにもつ煮を届けた。
仕事も住まいも高崎が中心だから、伊勢崎にいくのは久しぶり。
会場には知りあいが多くいたが、私はなんだか落ち着かない感じだった。
祭りもそこそこに、緑町の行きつけの寿司屋に移動した。
いつもここに来ると、お銚子を頼んで何貫か握ってもらう。
昨日はいしがき貝のにぎりがうまかった。
赤身も。
祭りでもらったブランデーが効いたのか、少しの日本酒で酩酊。
久しぶりの再会を楽しむ間もなく、早々と店を後にした。
酔い覚ましのつもりで実家の方角へと歩く。
その昔赤線だった緑町は家が密集していて路地が多い。
少し前まで駐車場だった場所には、オシャレな今風の家が建ち並んでいた。
夜の店の明かりは少ない。
そういえば魚新のマスターが先月亡くなったと寿司屋で聞いた。
特にどこか患っていたわけではなく、体調を崩して入院して、そのまま逝ってしまったらしい。
好きな人がまたいなくなった。
道路端で、肌着姿のかなり太ったおばさんと、孫らしき子供二人が花火をしていた。
路地裏ならではの光景である。
それがあるから落ち着かない気持ちをなだめることができる、という光景でもある。
好きな人や好きな場所、好きな風景があるから生きていられると、歩きながら考えていた。
そういうものは年とともに、自然と少なくなる。
好きなものが少なくなっていることに一旦気づくと、程なくして、新たな好きなものを見つけにくくなっている自分にも気づく。

3585声 怒鳴り声

2016年09月03日

午前9時、隣のおじさんの怒鳴り声が聞こえる。
久々だ。
7月の中旬くらいまで四六時中聞こえていた怒鳴り声は、夏が近づくにつれて、静かになった。
静かであるのが当たり前なのだが、今までのべついきり立っていた人が急に静かになると、心配もする。
いよいよ入院でもしたか?
お縄になったか?
本当にそんなことを考えては折に触れ隣の家に目をやっていると、あるときおじさんが庭でタバコを吸っているのを見かけた。
自分を落ち着かせるためなのかどうか、おじさんはよく、庭をうろうろしながらタバコを吸う。
元気そうには見えないが家にはいるんだなと思った。
その後夏の間中静けさは続き、今日になってまた、突然大きな声が聞こえてきた。
季節の変わり目で、不安定になりやすいのかもしれない。
感情はアウトプットされたら回収されなければならない宿命にある。
回収されないと、感情は宙に浮いたままいつか誰かの、一番デリケートな人の元に降り注ぐ。
だから、感情は誰かがそのときそれを引き受ける必要がある、というものでもある。
おじさんの感情はどうやら、誰にも拾ってもらえている感じがしない。
そうなれば必然的に、そのアウトプットされた感情を最終的に引き受けなければならなくなるのはおじさん自身である。
借金を負うのと似ている。
出してしまった感情はいつか返済を迫られるように、人生はそのようにできている気がする。
それが心配だ。
SMAPの中で一番心配してるのは慎吾ちゃん、である理由も、同じである。