日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

825声 かき捨てられなかった恥

2010年04月04日

「旅の恥はかき捨て」
と言う部分は、酒に通ずる。
千鳥足で歩いた、自らの蛇行した足跡を振り返り見るのは、
誰でも心地好いものでない。
なので、意図的に振り返ろうとしない。
しかし、振りかえざるを得ない状況が、時に存在する。
「無い」
と気付いた時にはもう、助手席に座っていた。
いささか寒い、車中。
代行運転手が握るハンドルだけが、忙しなく動いている。
携帯電話が無い。
と言う状況は、抜き差しならぬ、と酒酔いでのぼせ上った頭でも分かる。
分かってはいるが、何分、酔っぱらい。
仕切り直して、全ての行動は明日に持ち越した方が賢明。
そのくらいの判断は、未だ出来た。
なので、今日。
その大半が波にさらわれてしまっているが、
砂浜に残された足跡を探しに、また酔街へ戻らねばならなかった。
結果、見つかった。
良心的な店の計らいで、発見できた。
しかし、素面で酔街における極彩色のネオンを見るのは、
裸眼で太陽を見るが如く、目に染みるものだった。
自らの失態を公開する、と言う悪趣味はないけれど、
かき捨てられなかった恥を、恥を忍んでここに書く。
今日、私から連絡が来ず、心配してくれた方々の為。
そして、捨てたものでは無い、酔街の素敵な店へ感謝の意を込めて。

824声 寝覚めのおふろ

2010年04月03日

ちょいと、ひと眠り。
のつもりが、結局ふた眠りとなって、
頭痛を伴いながら覚醒する羽目になってしまった。
どうした事か、寝入る前はあれ程穏やかだった駘蕩とした午後の気配も、
今は見る影も無く、風吹き荒れる夕方になってしまった。
今日は前橋。
市街地の銭湯で、ひとっ風呂浴びてから、出掛けるとしよう。
寝覚めの銭湯。
これがまた、良い。
こと、今日みたいに二日酔いの重たい頭を引き摺って行くと、
風呂から上がった時が、爽快である。
その爽快感で、また一杯。
ってな事になる、会津民謡の小原庄助さんの気持が、少なからず分かる。
まだ陽の高い内から、銭湯の湯船へ浸かっていると、身上を潰した庄助さんに、
妙な親近感を覚えてしまう。

823声 急く季節

2010年04月02日

「1分咲き、せいぜい2分咲きか」
などと、開花の進捗状況を憂いているのは、花見を明日に控えているからである。
今回は特に、俳句と花見が一緒なので、祈るような気持ちで開花を急いている。
祈願したって、桜は至ってマイペースなのだけど。
しかし、今日も温い南風が吹いたおかげで、随分と開花にも速度が出た。
いよいよ、窓を開けて、車を走らせるのが、心地よい時期になってきた。
街中を軽快に走行中、往来の居酒屋。
暖簾の横、西日に照らされて輝いている、B4判くらいのポスター。
「生ビール、冷えてます!」
夕暮れ時、何かと気が急く季節が、やって来た。

822声 春光桜色

2010年04月01日

暖かい南風が吹いた今日、前橋では最高気温、15.8℃を観測。
隣の埼玉県さいたま市では、22.2℃を観測し、今年の最高気温であった。
群馬県平野部の桜、特にソヨイヨシノだが、幾らか蕾を綻ばせているようで、
今週末に2、3分咲きと言った具合だろう。
桜は蕾を綻ばせているのだが、一向に綻ばせないのが、新社会人。
直ぐに分かる。
今朝、見掛けたのは、通勤途中のバス停。
黒光りしている、靴。
型崩れしていない、鞄。
折り皺の目立つ、スーツ。
すっかり消え失せた、スマイル。
硬い表情でバスを待つ、スーツの青年。
風貌から、今日が初出社で、そのまま入社式ってな具合だと推察。
初々しい新社会人に向ける、私の目。
社会生活の中で生じる軋轢が、藻屑となって沈殿しているその眼光は、鈍色。
せめて心持だけは、真新しく。
ったって、中々これが、桜の様に潔くは行けないのである。
春の光と桜の色が溢れる街。
闊歩する私などに至っては、表情が綻ぶ、と言うより、すでに弛緩しきっている。

821声 脱・駆け込み

2010年03月31日

「買っておくべきだったかな」
と、いささか悔恨しているのが、薄型テレビである。
今日は、3月31日。
平成21年度末である。
明日からは、平成22年度が始まり、様々な制度が廃止及び開始させる。
その一つが、「家電エコポイント制度」。
この制度が4月1日から見直され、現在より、省エネ性能の高い機種でなければ、
エコポイントの対象にならくなる。
つまりは、エコポイントの対象機種が、大幅に狭まってしまうのだ。
これを受け、本日、駆け込み需要で家電量販店には、薄型テレビを求める人たちが、
俄かに押し寄せた。
との報道を目にした、と言っているくらいなので、私は乗り遅れてしまった。
その情報すら知らなかったので、当たり前である。
しかし、その情報に慌てふためいて、血眼で電気屋さんに駆け込まずに良かった。
とも、思っている。
何故なら今日、朝から晩まで、救急車のサイレン音が鳴り響いていたからだ。
幹線道路はやはり、年度末の渋滞。
時折、刺す様に鳴り響くクラクション。
そこはかとなく漂っている、戦々恐々とした雰囲気。
「乗降中」
の電光掲示板が点灯しているのは、路肩のバス停に駐車している、路線バス。
それを、猛烈な勢いで追い抜く、乗用車。
突如、現れた対向車と、あわや、正面衝突。
を、間一髪免れて、走り去る。
そんなに急いで、何処へ駆けこむのだろうか。

820声 つくしの評判

2010年03月30日

「暑さ寒さも彼岸まで」
と言う季節の筋書きを、誰が変えてしまったのだろうか。
三寒四温で日を追うごとに陽春へと近づいているものの、
ちと、寒暖の差が開き過ぎている。
ほんの数日前、最高気温が20度を超えたと思ったら、
今日あたりの最低気温が、氷点下を観測。
この、バランス悪いシーソーの如き気温差に、人間のみならず、
農産物も随分と打撃を受けている様である。
やっと芽吹いた新芽も、霜が下りて、全て枯れてしまう場合もあると聞く。
先日、公園で見掛けたつくしは大丈夫だろうかと、気に掛かる。
そう言えば、ここ最近、つくしを見掛ける機会が減った。
いや、見掛けているのだが、観賞していないだけ、かも知れない。
春を観賞してみよう。
とは思うものの、煩雑な日々の生活で、中々それを実行に移せない。
予報によれば、明日は全国的に気温が温暖になると言う。
暖かくなり、公園のつくしも、幾らか元気を取り戻すだろう。
しかしながら、百花繚乱の春に、つくしと言う奴は、
なんとも田舎臭くてあか抜けない奴だと思う。
けれども、憎めない奴だとも、思っている。

819声 饐えた生姜

2010年03月29日

「俳句…」
と呟いてみたのは、この日刊「鶴のひとこえ」、本日が第819声だからである。
語呂合わせ、である。
では、ついでに。

小春日の焼きそばに饐えた生姜かな

野暮を承知で、説明する。
今日の昼。
仕事中にみどり市内を走行中、往来の店に目を奪われた。
その店に掛けられている朱色が古ぼけてくすんでいる暖簾には、
「焼きまんじゅう・焼きそば」
と白抜き文字で書かれている。
その店は、軽食堂兼駄菓子屋と言った具合の店。
店頭の脇には、これまた古ぼけて埃を被っているガチャガチャマシーンが4台。
愛想も無く、少年客を待ちぼうけている。
この系統の店では、なかなか侮れない焼きそばを提供している。
と言う、以前何処かで聞きかじった情報を元に、
群馬県東毛方面に土着する焼きそばを食べてみようと思い立ち、寄ってみた。

店主はおばあちゃん、ひとりきり。
店内は予想通り、懐古的かつ雑然としている。
例えば、「フジカラー」なんてポスターが、入口の硝子戸に貼ってあったりする。
そして焼きそば、これも、予想通り、細麺のポテト入り。
群馬県東毛方面、特に桐生市から栃木県にかけて、多く見られる形態である。
味わいながら、軽快に箸を進めて行くと、瞬間、異変を察知して、急停止。
異変を確認する為、怪しげな紅生姜を箸でつまんで、そっと鼻に近付けてみる。
「あぶない」
と言う変な感想が、脳内に殴り書きされる。
ためらいつつも、未だ半分残っている焼きそばと混ぜて、一切合財、綺麗に平らげた。
仄かに薫る、何やら饐えた紅生姜の、残り香。
薄日射す、正午過ぎの店内は、穏やかであった。

さて、春である。
生姜も饐える、焼きそばも美味い。

818声 魔法のペンキ絵

2010年03月28日

「胸がいっぱいになった」
としか、言い様がない。
そんな状態なので、上手く表現できるか、いささか不安である。
不安を抱えつつ、ゆっくりと回想を文章化してみようと思う。
その場の、音、匂い、そして、目前の光景が、脳裏に焼き付いている。
剥がされて行く、ペンキ。
その上に塗り重ねられて行く、ペンキ。
そして、徐々にその雄大な姿を現す、富士山のペンキ絵。
そう、今日は銭湯背景画であるペンキ絵の、製作現場を見学させて頂いた。
その鮮やかな手際は、「手品」と言うより「魔法」と形容する方が妥当である。
魔法使いの主は、東京からお越しのペンキ絵師、中島さん。
助手の田中さんと、来て下さった。
テレビの取材、新聞各紙の取材、そして私の如き野次馬がいるにも関わらず、
ペンキを塗る刷毛さばきは、流麗そのものである。
本日、桐生市の三吉湯には、日本で一つの、素晴らしいペンキ絵が出来上がった。
明日以降、三吉湯に入りに行く人が、非常に羨ましい限りである。

817声 本は愛嬌

2010年03月27日

ゲームセンターにある、UFOキャッチャー。
100円玉を入れ、ボタンでロボットアームを操作に集中している人。
その人と、本日、書店の本棚の脇で佇んでいた私の表情は、酷似していただろう。
漸く、高崎、前橋市が中心であるが、幾つかの書店に、
「群馬伝統銭湯大全」を置いてもらえる運びとなった。
有りがたい事に、早くから置いてあった或る書店で、
僅かばかし売れている模様だったので、本日、本の追加分を届けに行って来た。
本を届けて、店長さんと、本棚の脇で雑談していると、お客さん。
ふらりふらりと、本棚を物色。
一冊手に取り、また戻し、一冊手に取り、また戻し。
とやっている間に、遂に私の本に、手を掛けた。
「そうそう、そのまま、そのまま、レジへ…」
などと、内心、店長の話も右から左で、本を手に取ったお客さんに、
全神経を注いでいた。
表紙見て、本文をパラパラっと捲って、また本は、元の位置。
そのまま、平積みの本の前を、通過してしまった。
「惜しい」と、その光景を見て、僅かに落胆。
100円玉を入れて、再チャレンジ。
出来ない歯がゆさを噛み締めながら、本を揃えて、一声かける。
「いいか、お前たち、お客さん来たら、愛想良く、だぞ」

816声 老境の桜源郷

2010年03月26日

通勤途中に池がある。
コンクリートで固められた、農業用水池であるその池には、いつも釣り人がいる。
今朝、いつもの様に池の脇を通ると、既に2,3人が糸を垂れていた。
その人たちが興じている釣りは、ヘラブナ釣り。
だと言う事は、竿などの道具で直ぐに分かった。
平日の朝。
通勤ラッシュの往来を横目に、ワンカップを飲みながら釣りに興じる。
と言うのは、どう言う心持なのだろうか。
池の端で釣っているおやっさんたちの後には、桜の木が点在して植わっている。
おそらくおやっさんたち、来週末頃には、満開の桜の下で糸を垂れながら、
ワンカップを飲んでいる事だろう。
その光景は、まさに、桜源郷。
老境でなければ辿りつけない、郷である。

815声 ながら読みの未来

2010年03月25日

美味い酒も面白い本も、飲み始めると、ついつい度が過ぎてしまう。
酒の方は、飲み過ぎれば二日酔に苦しむ事になるが、
本の方は、読み過ぎたからと言って、脳が苦しいと言う事は無い。
悠々と、心地好い余韻を楽しむ事が出来る。
飲みながら読む。
あるいは、読みながら飲む。
と言う事を、よくやる。
それは、主に自宅での晩酌に限っての事だが、
我が一日の生活中で、穏やかなひとときである。
今日の朝刊紙面で目にした記事は、
「出版社31社が参画し、「日本電子書籍出版社協会」が発足」
と言うもの。
遂に、電子書籍の波も、生活の直ぐ傍まで押し寄せて来た。
ってな事を、漠然と意識させられる内容だった。
電子書籍が普及したら、紙の書籍は極端に減るだろう。
現に、私の部屋では、或る時期を境に、VHSのビデオテープを全て処分してしまった。
処分はしたものの、現在見ている我が部屋のテレビは依然として、
テレビデオの儘であるので、余り意味が無い。
しかしこの電子書籍、寝ながら本が読める、メガネ的形状のものが開発されれば、
便利だと思う。
飲みながら読む。
までは良いのだが、その後に、寝ながら読む。
ってのが、どうも腕が疲れて困るっているのだ。

814声 踏み止まれ

2010年03月24日

春霖。
冷たい雨が、身にこたえる。
なんとも、爺臭い事を言っているが、いささか体調が芳しくないので、
そう感じる。
今日は、小、中学校の終業式。
だと気付いたのは、昼時に入った、飲食店での事。
郊外に大型駐車場を持つ、その和食レストラン兼和風居酒屋は、大混雑。
その客の大半が、両親と一緒に来ている、制服の少年少女たち。
つい先程、終業式を終えて来たのであろう。
そして、どうも今日は、様々な事がある日に当たったもので、
その店は、今日から昼時間帯のみ、生麦酒中ジョッキが5円なのだと言う。
そう言うキャンペーンが始まるのだと、店員女史がそっけなく教えてくれた。
それを知ってかいまいか、会社の有給であろう終業式帰りのお父さん、
意気揚々と、生ビールを注文している。
それにしても、酒を飲むのに、誂え向きの口実が整っている。
背中を丸めて、うどんを啜っている、私の横。
お盆に載った生麦酒が、行ったり来たり。
あっちの席。
上機嫌なお父さん、それをたしなめるお母さん、我関せずで携帯をいじくる息子。
こっちの席。
車を乗り合わせて来たのであろう、お母さん連中の小宴会。
そっちの席。
私と同じ境遇である、勤め人の職人さん、苦虫顔でカツ丼を食べている。
今日ばかりは、天気が好天でなく、体調が万全でなくて、良かった。
もし、今日が快晴で、自らの体調も万全であったなら、
私は踏み止まる事が出来たであろうか。
踏み止まる事が出来ても、「ぽんっ」と、背中を押す奴がいる。
体勢を崩しながら、慌てて後を振り返る。
見覚えのある、そいつの名前は、誕生日。
そう、今日は私の28回目の誕生日であった。

813声 桜と猫

2010年03月23日

東京では昨日、2010年の桜の開花宣言が発表された。
例年より6日早く、昨年より1日遅い。
つまりは、今年の桜は早咲きだった。
にも拘らず、咲いていようがいまいがお構いなしに、
ブルーシートの上、車座になって、どんどんしゃんしゃんやってる人が、チラホラ。
昨日、上野公園から乗ったバスの車窓から、見えた光景であった。
東京の桜が満開になる頃、群馬ではやっと開花すると言った具合。
すると、今週末頃、群馬県各地の公園などでも、多くの花見宴席が見られるだろう。
満開は再来週末頃となり、予定している「俳゛句ing」には丁度良い。
桜の下でひととき、浮世を忘れるが如く、うかれる人々。
その横を、太った猫が仏頂面で、のそのそと歩いて行く。
桜咲く猫は猫として生きている

812声 谷中のメンチ

2010年03月22日

バスを降りて、歩いた方が早いのではなかろうか。
と考えに至るほど、進む道が大混雑している。
今日は、お彼岸。
各地から墓参りに来た、人波であろう。
席横のボタンを押して、目的停留所の二つ前から、
歩いて行く事にした。
道行く、夫婦あるいは家族連れが目指すのは、墓地。
つまりは、谷中霊園を目指して、この下町の路地を歩いて行く。
ここ東京の下町、谷中。
と言えど、来る度に町の様相が変化している。
繁華な通りである、「谷中ぎんざ」、「よみせ通り」など、
来る度に店が変わっているのだ。
老舗は変わっていないのだが、雑貨店やスイーツショップなど、
若者に人気の流行りの店。
そう言った類の、新興店の変遷が激しい。
その商売が繁盛して、他へ移転したか、
立ち行かなくなって暖簾を下ろしたのか、
他所者の私には、知る由も無い。
行列を作っている店先から、メンチカツを揚げる、良い匂い。
快晴の空の下で、生ビール片手に、皆、美味そうに頬張っている。
今日ばかりは、眠っている先輩方も、墓の下から這い出して来て、
ビールとメンチで一杯やりたいだろう。
花持って春のうららの墓地歩く

811声 落第と及第

2010年03月21日

「金の切れ目が縁の切れ目」
ほつりと呟いたのは、今日観た映画の主人公。
潤沢にあったはずの金が底をつき、
やぶれかぶれになって酒に溺れている。
「切れ目」
と言えば、書き始めて以来、初ではなかろうか。
この日刊「鶴のひとこえ」の日刊更新に、昨日、本日と二日に亘って、
切れ目を作ってしまった。
いや、作る事になるだろう、と言った方が正確である。
この文章は、3月21日に出来ている。
私のメモ帳に、確かに、ヨレヨレの文字で記載されている。
しかし、出来てはいるが、それを更新する術。
つまりは、PCが手元に無いのである。
「日刊」と銘打っておきながら、日刊更新していない。
のは、私の過失。
過失ではあるけれども、それによって、落第も及第もない。
だからあえて、やぶれかぶれになる必要も無い。
そう言えば、その映画の原作者は、
「人間失格」
なんて言っていた。

810声 沿線の思い出

2010年03月20日

誰にでも、胸中穏やかに乗れぬ路線があるのではなかろうか。
私の場合、その一つに高崎線がある。
と言っても、群馬県民の大半になじみがある路線なので、
その大半の人たちが、何らかの「ドラマ」を持っている事だろう。
この路線、私の利用頻度は、月に1回、あるいは2カ月に1回程度。
土、日、祝日。
つまりは、週末、東京へ遊びに出掛ける際に利用しているのだ。
自らの生活の中で、首都圏に憩いを求める様になるとは、
思いもよらなかった。
首都圏に住んでいる時は、盆、暮れ、正月に、憩いを求めて群馬へ帰省していたので、
まるで逆になった。
車窓から見えるこの見慣れた沿線風景を、何に例うべきか。
などと、メモ帳にペンを走らせている、私の現在状況は、電車内。
迂闊にも、車内で読む本を忘れてきてしまい、
活字不足による手持ち無沙汰を解消すべく、
仕様が無く、書いている次第である。
さて、今日の私の行き先は。
おっと、今、可愛らしい女性客室乗務員が改札に回って来たので、
彼女に告げる事にしよう。

809声 新しい季節

2010年03月19日

3月も後半に差し掛かったこの時期は、卒業シーズンと相まって、
道で教習車を頻繁に見掛ける。
今日も、高速道路を走行中、通過する土地ごとに、
その土地の教習所の看板を背負った教習車が見られた。
普段よりも車の数が多いのは、三連休前と言うだけの事で無く、
春や休みに入った学生の卒業旅行なども、少なからず起因している。
「すると、やはり…」
と言う予感は的中した。
サービスエリアは、若者たちで占拠されている状態。
大半の社会人のサービスエリア利用法は、昼時以外、
トイレに寄って缶珈琲を買って終わり、である。
ところが、学生諸子、テーブル上に名物の限定だか何だかのスナック菓子を広げ、
ソフトクリーム片手に、食べている。
その男女数人の一団、和気藹々アとした雰囲気の中に、青春の煌めきさえ見える。
横目に私、自動販売機のボタンを押したら、
ホットとコールドを間違えて買ってしまった。
生温かい車中で飲む、温かい缶珈琲に、いささかの胸やけを覚えつつ、
高崎I.Cを降りる。
颯爽と、春風を切って自転車で駆けて行く、地味なスーツのお姉さん。
就職活動の学生か、学校を卒業し立ての新社会人か。
春が来て、一年が始まる。
若者の季節の、到来である。

808声 群馬の銭湯は、いとをかし

2010年03月18日

原因は不明なのだが、断線していた本サイトのメールアドレスが、
徐々に動き出した。
と言っても、未だ完全な復旧までは時間が掛かりそうである。
差し当たりは、受信機能が回復したので、メールの閲覧は出来る。
この、「高度情報化社会」なんて言葉自体が死後になりつつある現在に、
あえて言うが、インターネットは便利である。
と、届いたメールの確認をしていて、改めて感じた。
隣町の友人に便りを送るのも、外国に住む知人に便りを送るのも、
自らの手間は大差無い。
マウスをクリックして、キーボードを叩けば良いのである。
そして、無数に張り巡らされた糸の中から、自らに必要な情報の糸を検索し、
繋げる事も可能である。
「銭湯」がきっかけで、群馬の片田舎から全国各地へ糸が、繋がって行く。
本日聞いた話によると、首都圏の方面から、遥々、
「ほのじ」まで本を買いに来てくれた人があったそうだ。
しかも、交通手段は原付バイク。
その心構えに、平身低頭で御礼を申し上げたい。