相手の気持ちを量る。
あまりに
意思疎通が図れない。
それじゃ
事の真意は測れない。
それでも
相手との距離を計る。
またもや
自分の気持ちを謀る。
さてさて
今日はここで逃げる。
2008年04月16日
相手の気持ちを量る。
あまりに
意思疎通が図れない。
それじゃ
事の真意は測れない。
それでも
相手との距離を計る。
またもや
自分の気持ちを謀る。
さてさて
今日はここで逃げる。
2008年04月15日
日頃、仕事で車を運転している時は大抵FMラジオを聞いている。
チャンネルは、地元FMぐんま。
聞いてる最中、反射的に反応してしまう事がある。
それは、知人が出演した時。
これまで数回あったのだけれど、反射的に分かった。
「今日のゲストは、○○(バンド名)の○○さんでーす」
「どうも、こんにちは」
ってこの挨拶の声で、私設脳事務所の事務員が反射的に、
記憶の引き出し上から三段目右「声」の部分を開けて記憶ファイルを取り出す。
ファイルに載っている声と名前が一致して、同級生だと判る。
同級生がラジオなどの媒体で喋ってると、なんだか授業中教科書を読んでいる感覚で聞いてしまって、
つい、「ほら、もうすこしだから間違えずに読めよ」なんてささやかな心配をしてしまう。
今日も知人が一人FMぐんまに電話出演していて、脳事務所事務員が反射的事務作業開始。
そして瞬時に判明。
聞き終わって、「そっか、そっかぁ」なんて独り大袈裟に頷いてみるのである。
2008年04月14日
浴槽に浸かって天井を見上げる。
そして気付く。
「あれ、天井ってこんな色してたんだ」
いつからか、見上げる事も少なくなってしまった風呂の天井。
天井を見る間もなく、慌しく入って出る。
それは子供時分も、大人になった今も変わらない。
天井を見上げながら、自然とため息ひとつ。
2008年04月13日
先日、第二十二回高崎映画祭特別企画である「立川談志と幕末太陽傳」を観に出掛けた。
1957年に公開された、川島雄三監督作品の「幕末太陽傳」。
昨年が発表50年で節目の年となり、東京国立近代美術館フィルムセンターで回顧上映が行われた。
今回の高崎映画祭でもそれにちなみ、二十二回特別企画としてこの作品の上映する事に。
そして、上映に際した特別ゲストに迎えたのは立川談志と言う粋な計らい。
なぜ粋な計らいか。
それは、この映画内容を見れば明らか。
古典落語の「居残り佐平次」を基盤として、
随所にいくつもの廓噺をちりばめられて作られた映画なのである。
まさにぴったりと言うか、まぁ芸のある組み合わせってトコだ。
壇上の談志師匠は、足を組んで少ししゃがれた声で見事に話を紡いでいった。
その紡ぎ方は、やっぱり「立川談志」だった。
良い噺や映画などを観た時、劇場の席に座りながら「良かったなぁ」と思う。
しかしその「良さ」を実感するのは、その劇場の出口を一歩出た瞬間である。
また現実の世界に一歩戻った時、自分でも驚くほど作品に「影響」されている事に気付く。
良いモノってのは、幾つになっても何年経っても、
観る人に及ぼす影響力は衰えないと、その日改めて感じた。
2008年04月12日
さて、100声記念も終わって通常更新作業の日々に戻って来た。
たまにはゲストを迎えて、何かしらの企画をやってみるのも良い。
宵っ張りで頭を掻きむしりながら、毎日一声ずつ捻り出している私の姿は、
鶴のひとこえ監獄でもがき苦しむ受刑者と言った具合。
なので、面会に来てくれるとうれしいのである。
そもそも、なにがどうして私が監獄に収監されなければならないのだろう。
私が何の罪を犯したと言うのだ。
清廉潔白の無実だ。
これは冤罪だ。
さぁ、宴会だ。
早速、乾杯。
まぁまぁ、一杯。
そう言うアンタは駆けつけ三杯。
それじゃあ、まとめて水割り五杯。
「あー飲んだ飲んだ」って、何の話だったか。
そうそう、面会の話。
面会希望は、めっかった群馬Topページ「お問い合わせ」から。
いやいや、私は「収監」されていないんだった。
「日刊」鶴のひとこえだけにね。
2008年04月11日
抜井:では堀沢さん。
「対談風味の一問一答」最後の質問になりますが、
クレインダンスは今後どこへ向って行くんでしょうか?
堀沢:これは初めて話しますが、
最初に名前を考えるときに「クレインダンス」にするか、
「クレインフライ」にするか迷ったんです。
空高く羽ばたこうというのであれば「フライ」なんでしょうけど、
選んだのは「ダンス」なんですね。
つまり、
この鶴は飛んでいないんです。
その場で踊ってるだけなんです。
なんだかそのカタチを想像したらおかしくてこれにしました。
そして気づきました。
これは真理だと。
そんなもんだと。
ですからこれからどこへ向かうのかはよくわからないのです。
これからも「鶴踊り」を一所懸命踊り続けるだけです。
あえて言うならば、
鶴踊りを見たい人のそばに居続けられればと考えています。
クレインダンスはそういう人たちのためだけにあればよいと考えています。
3声に亘って行われた「対談風味の一問一答」も、コレで終わり。
100声記念特別企画なんて大袈裟な言葉を謳っていたけれど、内容は随分とこじんまり。
まぁ打ち上げなんかでも、屋台のおでん屋でする位が手ごろで丁度良いじゃないの。
ね、まぁこれからもひとつ、「めっかった群馬」の方をよろしくたのんます。
じゃ、また明日。
今回、質問に答えて下さった堀沢さん、ありがとうございました。
2008年04月10日
堀沢→抜井
Q:気になるところが人とチガウ、と感じたことはありますか?
もし感じたことがあればそれはどのようなことに、そしていつごろからですか?
A:自分ではあまり感じた事はありません。
本当に無いんです。
ただ、人からは多々言われますね。
特に道祖神などを巡っていると、
行きあったあばあちゃんなんかに、「若いのにまぁ〜」(同情の眼差しで)と言われます。
Q:20代半ばという‘無茶がきく’若さですが、30才までの残り数年をどう考え ていますか?
A:先日誕生日を迎えて、30才まで後4年と言う年齢です。
これまでの人生航海では、闇雲に舵をとってフラフラと彷徨ってきました。
七つの海だろうが世界の果てだろうがどこだって行けると思いから、
航路を定めずに進んでおりました。
でも近頃、もう自分には行く事が出来ない場所がある事に気付きました。
しかしそれに伴って、進むべき航路がぼんやり見えて来た様な気がします。
つまりは自分に残された路ですね。
30才と言う数字は極力念頭から外し、
無茶が苦茶になっても路が残されている間は進みたいです。
なんだか大袈裟な事言ってますが、まぁキザに言うと「らしくイキたい」です。
Q:「めっかった群馬」編集長として一言+一句お願いします。
A:では一言。
読んで一文の得にもならないけれど、思い出し笑い位はあげたい。
そんで一句。
上州路 舞わずに踊る 鶴となり
ついに明日が最終回。
「対談風味の一問一答」後編をお送り致します。
シーユー。
2008年04月09日
本日は、和のカルチャースクール「ほのじ」マスターで、郷土料理研究家の堀沢宏之さんと、
私、抜井諒一で対談風味の一問一答をお送り致します。
ではでは。
抜井→堀沢
Q:もうすっかり気候も春になりましたが、心の中の気圧配置はいかがですか?
A:しっちゃかめっちゃかです。
Q:さて、今月の29日に第二回のいせさきアーティストフェスタが迫りましたが、
どうですか身辺は?
A:ほんとうは苦手です。
Q:「ほのじ」の近況は?
A:おかげ様で毎日いろいろな方が訪れてくださいます。
この間は近所の子どもが両替に来ました。
多くの人と出会えるこの建物に感謝しています。
最近事務局のある※中之条の家に行けていないのでそちらの方が心配です。
8日に隣組7軒の春祭りがあるそうなのでそれには出ようと思っています。
Q:最近は呑んでますか?(毎週第三土曜の寄り合いは含めず)
A:止められているので飲んでいません。
それでも日本酒を飲む料理教室が月に2回あるのですが、
そのときに私が「久しぶりに酔っ払った」と言いましたら、
生徒の一人に「何日か前にも同じこと言ってましたけど」と指摘されました。
飲まれているのかもしれません。
明日は、堀沢→抜井「対談風味の一問一答」中編をお送り致します。
こうご期待!
※中之条の家
2008年04月08日
ってな本日の内容。
鶴のひとこえも、明日で100声を数える。
そんな訳で明日は、ささやかながら100声記念特別企画を用意。
本日はその予告編。
えっ、手抜き?
何をおっしゃますやら、人聞きの悪い。
予告編だって立派な…、ねぇ。
じゃあ、私がここでいきなり暴れだして、「鶴のひとこえ予告の変」。
にしてみようか。
よし決めた。
でも、「あの人って変」ってな事はよく言われているしなぁ。
さぁ脱線病が発症してきたので、ともかく明日。
2008年04月07日
この所、使用しているPCの調子が悪い。
どうもインターネット環境に何やら不具合があるらしく、サイトを開くのに物凄く時間が掛かってしまう。
多くの人がそうだと思うが、日常あまりせっかちで無い人でも、
ことインターネットに関しては別ではないだろうか。
つまり、ネットをしている時はせっかちになっている人が多いと感じている。
私もその一人。
冒頭で書いた様に、PCの調子が悪くサイトを開くのにちょっとでも時間が掛かると、「イーッ」となる。
それは、時間にしたら大したこと無い間であるが、少しでも回線速度が鈍化しているとストレスが溜まる。
そう、「待てない」のである。
日進月歩のネット社会。
情報が目まぐるしいスピードで行き交う日々に、翻弄されているからだろうか。
はたまた、その利便性に甘んじていた反動であろうか。
世間は春の交通安全週間。
車社会では、心穏かに「待てる」運転を心掛けたい。
「PCの話からどんな繋げ方だ」
と、思ったでしょう。
いやはや最近は、文章中でも「待てない」ので、
起、承と来た所で、転をすっ飛ばして、結に言ってしまうのである。
オチまで待てなくて困っている。
2008年04月06日
車窓から流れる景色を見ていると、どこか無意識に自分の記憶内にある景色との接点を探している。
それが、見ず知らずの土地だと分かっているのに。
それは、流れて行く人の群れの中に居ても共通して言える。
と、なんだか感傷的な始まり。
これから書く、いつもながらの身の上話があまりにも不毛な内容なので、
少しでも緩衝材を入れておかねばと思った結果。
そう思ったのだが、かえって感傷と言うか緩衝的な内容がまどろっこしい。
こんな言い訳もまどろっこしいので本題へ。
今週末は所用で東京へ出掛けた。
もう桜も散っていたけれど、上野公園などでは屋台なども多数出ており、
葉桜の下にブルーシートを敷いてどんちゃんやってる花見客がまだ大勢いた。
「銭湯で上野の桜の噂かな」
ってな件で始まる落語、「長屋の花見」を思わせる様な、
重箱と一升瓶を携えて桜の下を楽しそうに歩いている一団なんてのは、なかなか風流であった。
しかし、ありゃ大学生位のグループだろうけれども、もうゴミだらけのブルーシートの上で、
ひっくり返りながらのべつ幕無しに喚きまくっていた。
その後ろで女の子が片付けをしているんだけど、缶ビールやらの飲み残しを植え込みへ流してる。
ってな具合でマナーが悪い。
そして、シートの端っこにいる女の子は、隣のシートの得たいの知れない赤ら顔のオヤジに絡まれている。
こんな様な、始末の悪い花見光景はどこにでもあるけれど、そんな横を通る度に戦々恐々とした嫌な感覚が走る。
私もこんな事を言う様になったのは歳のせいか、いやいやむしろ都市のせいである。
忍ばず池の濁った湖面には、舞い落ちた桜の花びらがユラユラとたゆたっていた。
2008年04月05日
さぁ、この「鶴のひとこえ」も私が書き始めてから、もう四月。
百回まで残すところ、あと四回。
好きな階層は、四階。
いつにも増して、強引な展開である。
良いじゃないか。
今日は運転免許更新手続きの為、会社を休んだ。
良いじゃないか。
なんて書くと、今日は土曜なので昨日これを書いている事がバレてしまう。
良いじゃないか。
私は違反運転手なので、更新内容に二時間の違反者講習があった。
良いじゃないか。
講習中、「はいアナタ、寝てると講習もう一回ですよ。義務ですよこの講習、義務!」と言われた。
良いじゃないか。
交付された免許証の顔写真。眼の下にクマがガッチリ付いていた。
良いじゃないか。
手続きは午前中で終わったのに、どこにも行かずにコレを書いている。
良いじゃないか。
せっかく会社休んだのに。
良いじゃないか。
チクショウ、ふて寝してやる!
良いじゃないか、オチなんて付けなくても。
2008年04月04日
昼、青空の下に咲いている桜は可憐に見える。
そして夜、街路灯のぼんやりとした光に照らされる姿は、驚くほど妖艶である。
昼の顔と夜の顔それはまるで…。
ってな、今日は売れない不倫小説風な書き出しであるが、そんな色っぽい内容はここでは背広に草履なのである。
つまり、この「鶴のひとこえに」には似合わないってな意味。
洒落の解説なんて、また野暮な事をやってしまった。
どうして自分はこう無粋者なのだろう、あぁ風の吹くまま気の向くまま何処かに行ってしまいたい。
私の憧れは、背広に雪駄に革鞄だ。
もっと言うと、葛飾柴又帝釈天だ。
今日は妙に洒落っ気づいているけれども、昼と夜の狭間で夕焼け色に染色された桜を描写して書きたかったのだ。
「けっ、気取り腐りやがって」と、お感じの腐りかけの諸君。
夕方、缶ビールを持って桜の下に来なさい。
2008年04月03日
例えば、靴が欲しいとする。
ネットオークションで目当ての靴を探し出し、入札。
新品・未使用の品で、定価12.000円の所を現在の入札額6.000円なんて具合。
その時点で、自分はもう6.000円で買えたと思っているのだが、そうは行かない。
すこし時間が経ってから、当然余裕で「さて落札したかな」などどオークションページを開いて一瞥。
すると現在終了10分前で、何と誰かがそれを上回る額で入札しているのだ。
それも、6.100円なんて具合で。
「ナニコノ!」と瞬時に反撃。
と言っても、こちらの入札額も6.200円と、100円単位の情けない戦いを展開。
そんなスモールバトルをチマチマやっていると、「見苦しい戦いはもう止めなさい」と言わんばかりに、
入札額10.000円と、チマチマ人間達の上を跳び越して行くツワモノが現れる。
ココでこのビックマネーな入札額が、いきなり現在の入札額10.000円と表示されるのでは無いのだ。
現在価格が6.500円だったら、6.600円なんて具合。
賢い事に、そのオークション品の最低の入札単位で表示されるシステム。
つまりこの場合、例え10.000円で入札したとしても、他の入札者が6.600円以上で入札しなければ6.600円で落札できる。
そして、他の入札者が6.600円を上回る入札額を付けた場合は、自分が入札した10.000円までは、
オークションシステムのロボットが自動的に最低入札額で入札してくれるのである。
さて、この様にピョーンと軽く入札金額を跳び越されると言うのも、スモールバトル体験者としてはなんだか癪である。
こんな時、運悪く酒でも入っていると気が大きくなって、ドンドン入札額を更新してしまう。
そして気付いた時には、どーでもいい商品を定価に近い額で落札している。
中古なのにである。
落ち着いて考えると、当然送料が掛かるので、その分を差っ引く結局店で買った方が安いのである。
麦酒摂取が加速。自責念仏を蛇足。意気消沈で窒息。
2008年04月02日
つい先程、また停電になった。
原因はブレーカーの様で、この所花冷えが続いているので、ついつい暖房器具を多用してしまう。
停電は、そんな夜に集中して発生。
そう言う時に限って、この「鶴のひとこえ」を書いているのだ。
当然PCの電源も切れるので、それまで書いていた文章は消えてしまう。
デスクトップPCの悲しい性である。
部屋にいると、必然的にPCとにらめっこしている時間が増える。
PCに向っているのだから、この「めっかった群馬」用の文章でも書けば良いのだが、なかなかそう都合の良いようにならないのが現状である。
では何をやっているのかと言えば、インターネットでどーでもいい様なサイトを見たり、どーでもいい様な事を検索したり、どーでもいい様な物を買ってしまったり。
全体的に「どーでもいい」事をやって、余暇時間を潰している。
むしろ余暇時間に潰されているのである、私の睡眠時間が。
「どーでもいい事なんて、やんなくてもよか!」
などと、突発的に九州弁で自戒しても駄目なので、もうよかよか。
どーでもいい事の中でも、どーでもいい物を買ってしまのがタチが悪いし、財布にも悪い。
私がインターネットで物を買う時は、大抵「ネットオークション」である。
出品者の出品物に、私達オークション閲覧者が入札して行き、一番高値をつけた者が落札者となる。
一般的なオークションのシステムとなんら変わりは無いのだが、これが意外と面白い。
続きはまた明日。
2008年04月01日
今年の正月より、私が書き進めて来たこの「日刊鶴のひとこえ」も、今日で92声を数える。
100声まであと8回と言う事は、4月9日(水)に第100回を迎えるのだ。
よし、じゃあ9日には第100回を記念して祝賀パレードを開催しよう。
朝から前橋中心商店街にてサンバカーニバル。
そこに、キャディラックのオープンカーに乗った私が登場。
読者の方々には、前橋名物の豚肉料理が食い放題。生ビールはもちろん飲み放題。
そして夜は、大花火大会で締めくくり。
今日はエイプリールフールとやらなので、一応四月馬鹿になってみる。
明日からはただの馬鹿に戻ってしまう。
2008年03月31日
今日で三月も終わり。
年度替わりで、何かと街がザワついているこの時期。
春休みの学生達を、街中で良く見かける。
自転車を漕ぎながら、楽しさが体からこぼれ落ちている小学生の男の子女の子。
手を軽く繋ぎながら、恥ずかしさで顔から火が噴出している中学生の男子女子。
満開の桜の下、そんな光景を眺めていたせいか、つい昔話を書こうとしている自分がいる。
しかし桜ってのは、なにかと昔を思い起こさせるモノである。
「はて、去年の桜はどこで見てたっけなぁ」
たしか、伊勢崎市華蔵寺公園で見ていた。
レモンサワーとおでんで一杯やりながら、夜桜を見ていたのだった。
隣に座っていたのは「ほのじ」の店主。
私が「夜桜における公園の浮世離れ化現象」について、
くどくど絡んでいた様な記憶がある様でない様な。
日常生活が浮き足立っている私なので、もはや夢路を辿っている様な具合である。
そんな人間が書いている事ゆえ、ゆめゆめ真剣に読まれるな。
2008年03月30日
群馬県内の桜も満開な様。
来週辺りがお花見のピークだろう。
桜満開の下、青ビニールシートは満席。
男女混合花見集団の衆。
大量飲酒狂喜乱舞の宴。
なんて光景が、また今年も夜の公園で繰り広げられる。
そんでゴミが、一晩空けた桜の下にとっ散らかってる。
だからと言って、「ゴミは持ち帰りましょう」と、
公園の目立たない所にちょこんと掛かってる、薄汚れた看板位の事しか言えないのである。
しかしまぁ、夜桜を眺めながら一杯ってのはオツなもんで、
酒飲みにとっては至福の時間である。
席を離れて、ふら付いた足取りで鼻歌交じりに公園の便所へ向う。
その道中目に付くのは、暗がりの茂み前ベンチでアヤシゲに接近している男女。
だからと言って、「桜の花言葉にあるのは純潔」ですよと、
酔っ払いの千鳥足が板についている、私の如きおぼろげな人間が言える訳でもない。
こんな具合に、今宵は自問自答スパイラルを回遊。
そしてこんな事ばかり書いていると、誰も私を今年の花見に呼んでくれなくなってしまう。
まぁそれはともかく今日は、緑化フェアも相まって前橋、高崎市内には花見の人手が多かった様。