日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和7年度は4月(す)5月(堀)6月(坂)7月(ぬ)8月(岡)9月(す)10月(堀)11月(坂)12月(ぬ)1月(岡)2月(す)3月(堀)の順です。

6343声 おいしかった

2025年10月19日

都内へ。飲みすぎたかもしれない。飲み過ぎれるのはお酒がおいしかったから。上野のククゥーさんのワインは腰高カッチリの王道だが亜硫酸の感じはあまりなくとにかく果実味たっぷりでバランスがいい。錦糸町のオリゼーさんのワインは極日常的な素朴さが身上の飲み飽きないすっぴん感がいい。まったく違うワインを出す2つの店だがどっちもちゃんとおいしい。日置桜のおいしさも再確認した。日置桜は一度温めた酒が冷めてからがおいしい。冷めてから本領を発揮する。

6342声 準備

2025年10月18日

片付けや瓶ビールの販売開始の準備で一日が終わる。来週から販売開始の予定である。果たしてどの程度反応があるだろうか。最近また首が痛い。やれることをやる日々が続く。

6341声 動ける日

2025年10月17日

昨夜寝たのは22時頃なのに3時過ぎに目が覚めてしまう。いつもならば眠れなくともそのままベッドの上にいるが今日は動けそうな気がしたので起きてしまった。ビールの仕込みの準備がしてあるので暗いうちからスタート。順調に進み10時にはひと通り終わった。シンキチを始めた頃はよく暗いうちから仕込みをしたが今は体力的にできないので今日はめずらしい。動ける日と動けない日の落差が大きいのも困ったもの。午後は千晶ちゃんの家に行きロビンくんと遊ぶ。千晶ちゃんはロビンくんにメロメロだが実際遊んでみるとその気持ちもわかる。

6340声 お茶の稽古

2025年10月16日

お茶の稽古。最近お茶の稽古を再開した。母から教えてもらっている。昨年母が師範の看板を取ったようでそれを期に再開することにした。30代の頃10年くらいお茶をしていたが高崎に来るようになって途切れていた。母は自分より後から始めたのだがその間もこつこつ続けて晴れて昨年師範となった。続けているのは知っていたがまさかそこまでとは知らず。自分で書いたというお点前のノートも見せてもらったがそれが膨大な情報量でその真剣さに圧倒されるくらいだった。これは母から習わないときっと後悔する。親から何かを習える機会ができてよかった。実家に帰る口実もでき、月に2回の稽古に励んでいる。

6339声 好きなもの

2025年10月15日

飾ってあるダグラスフィッチのスリップウェアを見てお客様が「民藝がお好きなんですか?」とおっしゃた。西川孝次のグラス、柚木沙弥郎のコースター、牛ノ戸焼の杯を次々と指差し、「これもこれもこれもそうですよね」と。そんなことは初めてなので驚いていると「おじいさんがこういうのが好きだったんです」と言う。おじいさんの家は富山にあるらしく、そこには民藝の作品道具がたくさんあったらしい。おじいさんは雑誌「民藝」の取材も受けていたというから相当な方だったのだろう。「私はよくわかりませんが」とおっしゃっていたが帰り際に越中八尾和紙の名刺入れを見せてくださりご本人もお好きなのだと思った。子供の頃の記憶は自分の好みとなって突然現れる事がある。私の実家のダイニングテーブルも民芸家具だった。

6338声 戸惑う

2025年10月14日

お酒が飲めなくなった。といってもまったく飲めないわけではなく昔に比べたら、格段に、飲めなくなった。50歳を過ぎているのだからそういうものと言えばソウイウモノかもしれないが、その詳細や心情については古今東西どの先輩からも教えてもらっていないからそう簡単には受け入れ難い。50歳までは飲めた。コロナが始まった頃は47歳だったがまだ飲めた。やることがないから夜になると何時間もダラダラと飲み続けていた。それが昨年くらいから勢いがなくなり、そうそう、そもそも飲むと勢いがつくのがお酒であったはずだが、勢いがつかなくなった。むしろ飲むと勢いが減退するのを感じ始めた。しかも急速に減退する。一人で飲みに出てお会計で席を立つときにちゃんと立てるだろうかと初めて不安を覚えたのも昨年くらいである。それから一年が経ち、お酒を飲みたい、つまりお酒を飲んだら心地よくなると思い浮かばないことが多くなってしまった。飲めなくなったたことはそれはソウイウモノで構わない。けれどもあまりに唐突で戸惑っている。

6337声 両方

2025年10月13日

シンキチ営業の日。たくさんのお客様が来てくださり賑やかな営業となった。クラフトビールの店だからビールに興味のあるお客様が多い。当然である。ビールに興味はあるが料理にはそれほど興味がないお客様も多い。今はもう慣れてきたがその状況に慣れるまでに時間がかかった。実際は慣れたわけでもなく方ができたから料理に興味のないお客様をもてなす時間も受け入れられるようになったのだと思う。自分で初めて店を持った20代の頃を思い出す。コース料理の店だったが4、5人で予約してきてくださり全員お茶だけで過ごすということが何度かあった。その時気づいたのはやりたかったのはお酒を楽しんでいただく店だということだった。そしてつくづく改めて今気づくのは、お酒と料理の両方を楽しみたいというお客様をもてなしたい自分がいることである。

6336声 喉か舌か

2025年10月12日

朝からビールの仕込み。ぶどうのブラゴットを仕込んでいるがぶどうだけでは蜂蜜はアルコール発酵をしないようなので酵母を加えた。藤稔という食用ぶどうを30kgと蜂蜜汁85㍑、麦汁70㍑という仕込み。藤稔は軸だけ取ってぶどうだけで発酵して液体化するのを待つこと40日くらい。かなり酸味が出て来たところで今日の仕込みとなった。ブラゴットを仕込むようになり出来上がりの酸味に物足りなさを感じるようになった。ブラゴットはアルコール7~8%くらいで仕込んでいる。人間はアルコールが5%くらいの時は喉で飲もうとする。けれどもアルコールが7%を超えてくると舌で飲む割合が増える。喉で飲む時に酸っぱいとむせるが舌で飲む時は酸味がないと飲みごたえがないと感じるようになる。あらゆる飲み物を舌で飲む習慣が抜けない人間がビールという喉で飲む飲み物を作る過程で生まれた経験値である。

6335声 23℃を返せ

2025年10月11日

三連休の初日。台風が近づいているようで天気は愚図ついている。ちょうどこの時期は昔で言うと「体育の日」近辺になり秋晴れのイメージがある。朝の気温が20℃を下回る日が増えてきた。体温が低い方だから急に20℃以下になると暖房の準備が頭をよぎる。少し前まで明け方でも25℃を超える日が続いていたのにもう暖房か。だいたい21℃〜25℃の気温が私にはちょうどよい。ずばり言うならば23℃である。近年の日本のこの23℃の少ないこと。もし過去のなんでも好きな物を返してもらえる魔法が使えるならば23℃の日本を返してもらいたい。

6334声 だめらしい

2025年10月10日

朝から重だるく昨日の元気が嘘のよう。こういう時は一旦疲れを出せばまた動けるようになると思いせせらぎの湯へ。しっかり浸かったら更に動けなくなり横になること2時間。今日はだめらしい。だめらしいのでやることを減らしてやれることを探す。

6333声 瓶ビール

2025年10月09日

瓶ビールの整理。今まで750mlでやってきた瓶ビールを500mlに切り替えていこうと750mlと並行して500mlを作り貯めてきた。ようやく500mlだけで10種類位になった。それはいいが750mlがまだ大量にある。まずこれを整理しないと500mlを保管する場所が足りない。飲み頃のものもかなりある。プレハブ冷蔵庫がもう一つあったらいいなと思う。他の仕事がなければ瓶ビールの管理販売だけやっていたいなとも思う。うちのビールは酵母がいるから生きている。ビールが育っていくのを感じるのは楽しい。

6332声 自分では難しい箇所

2025年10月08日

二週間ぶりの整体。触ってもらうと身体のどこが凝っているのかよく分かる。自分で体操をしているのではなかなかそこまで分からない。他人にやってもらうと完全に受け身になるから外側からの刺激のみに集中できる。自分でほぐしにくい箇所というのがあってそこをやってもらえるのもいい。脇から二の腕にかけて、肩の上部、肩甲骨から首にかけて、腿の裏側や側面。施術のあとは目がよく見えるようになる。明るくなる。

6331声 やっぱり

2025年10月07日

市場で仕入れ。めずらしく九州のあん肝があったので買った。サイズはいいが脂はないようだ。脂はないが香りは悪くない。旬にはまだ早いがこれはこれで楽しんでもらえそう。三ヶ月ぶりにご来店のお客様に料理を褒めていただいた。一通り召し上がったあと「やっぱりおいしい」とおっしゃていただいた。「やっぱり」と言われて嬉しいのは自分の疑り深さをわかっているからかもしれない。

6330声 満席の一日

2025年10月06日

満席の一日。新メニューのため分刻みで仕込みをして営業まで無事終了した。お客様同士とても楽しそうに会話も弾んでいてにぎやかな時間となった。会話が弾みすぎると料理が進まないことが多いのだがそんなことはなかった。料理もしっかり楽しんでいるのが伝わってきた。開店して2年半が過ぎて全体が感じ取れるようになってきている。少しでもいい時間を過ごしてもらいたい。

6329声 背中が大事

2025年10月05日

よく体操をする。いつも進んで取り組めているというより身体が重いときに体操しようと思うのだから薬みたいなものである。昨年来首痛が治まらず自分で何とかならないかと思ったのがきっかけで年初から少しずつ始めた。自分では体操と呼んでいるがストレッチだったり器具を使った運動だったりちょっとした筋トレだったりする。だるさ軽減に最も効果を感じるのは仰向けになってボールやローラーを肩甲骨周りに当てて自分の体重でグリグリする運動である。これをやるとやる気スイッチが入ることが多い。その辺りにスイッチがあるということだろう。人間は前に目がついているから後ろは疎かになりやすい。運動を始めてつくづく背中が大事だと感じる。

6328声 小肌

2025年10月04日

市場へ。時化で魚はあまりなかった。小肌の他に白身を二種類仕入れる。10月に入り小肌がはっきりと小肌になった。それまでは小肌にしては薄皮で身が柔らかく、サイズは小肌でも新子の延長線上の小肌だった。今日のは身も皮もしっかりしている。こうなると締めて寝かさないとおいしくならない。長野から松茸が届く。兵庫から甘海老、石狩から渡り蟹も届いた。仕込みをしよう。

6327声 栗剥き

2025年10月03日

昨夜はよく眠れた。やはり自分のベッドがいい。3日間歩き通しだったので疲れているかと思ったが身体は軽い。木喰仏の御利益かもしれない。栗を買いに倉渕へ。ついでにせせらぎの湯で風呂に入る。せせらぎの湯はいつ行ってもとても効く。帰ってきて栗に没頭すること3時間半。50個位は剥いたかもしれない。鬼皮を手で剥いたため爪の間がジンジン痛い。誰が動いているのだこれこの手。河井寛次郎の言葉。

6326声 木喰仏

2025年10月02日

昨日大阪から京都に移動して一泊して今日群馬に帰る。京セラ美術館で開催中の「民藝誕生100年―京都が紡いだ日常の美」を見て来た。この旅の一番の目的である。展示は京都と民藝との関わりを捉えただけのものではなく、民藝の始まりからムーブメントになるまでの過程をそこに関わった人間の関係性を中心に時系列で縦に横に見せていた。まるで民藝の映画を観ているような感覚になり、作品と解説に引き込まれた。民藝展はいくつか行ったことがあるがこんな展示は見たことがない。作品としてもエピソードとしても面白かったのは民藝の始まりが木喰仏(もくじきぼとけ)の調査から始まったという話。柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司の三人が日本中の木喰仏を訪ね歩く中で生まれたのが「民藝」という言葉だったらしい。当時柳宗悦35歳、河井寛次郎34歳、濱田庄司30歳である。好きな物を目の前にしてはしゃぐ三人が目に浮かぶ。そして何よりこの木喰仏が愛らしくてたまらない。展示してあったのは10体程だったろうか。どれも愛嬌に満ちていて見ているこっちが幸せな気分になる。まだまだ知らないことの中に幸せがある。