日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

618声 日日の朝

2009年09月09日

早朝、洗面所の南向きに在る窓を開けると、快晴であった。
目に染む淡い空色。
眩しく輝く野辺の緑。
榛名山は、群青を溶かした様に、深く青い。
水路脇の一本道、自転車の高校生が横切る。
青年、息せき、立ち漕ぎになり急いでいる。
私は、顔を水で洗い、清潔なタオルで拭く。
窓から、「ひゅう」と吹き込む秋風まで、何やら忙しく感じる。
深いため息をつき、今日も歯ブラシに歯磨き粉を塗っている。

617声 待ち人やつれ

2009年09月08日

夜、それも夜半である。
腕組みして平静。
と言う体で待っているのだが、落ち着かない。
もう長い事待っている。
半ば、待ちくたびれちゃっている。
もう、帰ろうとも思うが、そんな不義理をする度胸も無い。
かと言って、一向に来る気配が無い物を待つのも、一寸、辛い。
だから、焦燥。
早く来いと願う。
「何やってんだ」と罵る。
「来ないのでは」などと疑ってみる。
だから、不安。
紛らわす為、文庫本を手に取り、頁を捲る。
気も漫ろ、本投げ出して、舌打ち。
悲観、それでも探す、蜘蛛の糸。
一体、何処へ行ってしまったのか。
腕組みして呆然。
来ないまま、糸を掴めぬまま、本稿を終える。
終わってから来たって、もう遅い。
分かっているのか。
インスピレーション。

616声 夜風と秋虫

2009年09月07日

ひっきりなしに駅のホームに入線して来る、電車の音。
駅構内に響く、群集の靴音。
路上、街頭演説の拡声器。
東京の喧騒に揉まれ、流され彷徨って、こっち(群馬)へ帰って来た夜。
自宅の狭い風呂で温い湯に浸かっていると、都会の音の破片が、耳の奥。
じわりじわりと、熱を発する。
窓から聞こえて入って来るのは、涼しい夜風と秋虫の声。
じわりじわりと、熱を鎮める。
涼しい夜風と秋虫の声。
蛇口から水を飲む。

615声 ビール工場遊学

2009年09月06日

予てより念願だった、ビール工場の工場見学へ行って来た。
場所は、武蔵野。
サントリー武蔵野ビール工場である。
沿線風景の武蔵野には、土が見える。
新宿から列車が進む連れ、所々に散見される住宅の間の小さな畑が、
気持ちを緩ませる。
京王線の分倍河原駅で降り、駅前よりシャトルバスに乗る。
10分も掛らずに巨屋な白い建物が現れ、サントリー武蔵野ビール工場へ到着。
食品工場だけあり、場内は衛生的で綺麗だ。
受付で工場見学の説明を聞き、参加者を20名程の一団に分け、
引率の姉さんに後に続き見学。
内容は主に、サントリービールの四番打者である、「プレミアムモルツ」に関するもの。
原料を仕込んで発酵させ、出来上がったものを貯酒。
それをろ過して、缶詰めにすると言う一連の工程を解説付きで見学。
一団には数名子供もおり、ファミリーから年配まで、年齢層はまちまち。
約一時間を要する見学の最後には、出来たてのビールの試飲がある。
ピルスナーグラスに、なみなみと注がれた生ビール。
泡の比率は7:3の黄金比率。
グラスを傾けるだけで感じる、馥郁たるホップの香り。
喉を滑って、帰って来る、芳醇な味わい。
この瞬間、自分の美味い麦酒に関する価値を、新しくした。
最後の10分間は、ビールをおかわり自由。
プレミアムモルツ、モルツの2種を選択でき、飲み比べられる。
おまけに、席には乾き物のつまみも用意されている。
ふんわりと、心地よい酔いを纏って、ビール工場を後にする。
驚くなかれ、この工場見学は、無料なのである。
車窓から、どんどん小さくなって行く、ビール工場へ向って、小さく合掌。
「ありがたやありがたや」

614声 土俵際

2009年09月05日

以前にも書いたが、秋の読書熱に冒され、中毒患者の様相を呈している。
よって、睡眠時間は減り、読了した本は増える一方。
睡眠時間が減るのは、生活上の支障が少なくない。
では、読書を止めて、早寝をすれば良いだけの話なのだが、そこは中毒。
どうしても止むに止まれず、寝床の中で読んでしまう。
そこで、一計を案じて、最近実行している方法がある。
それは、睡眠を誘う様な本を読むと言うもの。
つまり大袈裟に言えば、「毒を以て毒を制す」と言う事になる。
しかしながら、内容が眠たくなる様な、数学書や六法全書なんて本は、
出来るだけ読みたくない。
其処は、内容で無く、体裁に焦点を当てる。
毎日、寝床で読む本は、決まって文庫本を読む。
それは、軽い文庫本なら腕に負担が掛らず、活字も大きくて、読み易いから。
それを、重くて活字の小さい、しかも古くて旧仮名遣いの、
箱入りの文学全集なんてのに変えるのだ。
すると、内容は面白いのだが、1巻が厚く、重たい、上製本の全集の為、
直ぐに腕が疲れ、旧仮名遣いの難読も相まって、睡魔の侵攻に勢いが出る。
それまでは、睡眠欲と読書欲が、寝床の土俵でがっぷり四つに組んで、
「のこったのこった」をしていたのだが、
重量級の全集が登場してからは、組み合うまでも無く、あっさりとはたき落とされる。
土俵の上で力尽き、崩れ落ちる読書欲。
かくして私は、本を手にしたまま、眠ってしまう。

613声 缶詰生活 後編

2009年09月04日

昨日の続き
そしてまた、来る日も来る日も、缶詰漬けの生活。
主に夕食は、御飯とおかず缶詰、暇があれば蜜柑の缶詰めを食べている。
当然ながら、一月もすると、部屋の中は缶詰工場の如く、
はたまた、さながら燃えないゴミ置き場の様相になって来た。
それでも、自分はなんと良い効率かつ良い栄養バランスの、食生活を営んでいるのだろう。
と言う、能天気な思考回路を持って生活していた。
蜜柑の缶詰を食べていれば、万事、健康状態を維持できると、盲信的になっていた。
ここで一寸、主題から逸れる。
私は食に無頓着な性質で、同じ献立を毎日食べても、左程苦にならない。
むしろ、同じ物を食べ続けると言う様な、一種の癖がある。
現に、行きつけの食堂などでは、同じメニューを2年も3年も食べ続けている。
テレビドラマなどでは良く目にする、「大将、いつものやつね」なんて言う件。
居酒屋で一般化している、「どりあえず生中」と言う様な注文方法から見ても、
案外、日本人にはこう言う性質の人が多いのかも知れない。
さて、部屋を埋め尽くす缶詰である。
それでも、定期的におかず缶詰は捨てていた。
タレの容量が多いので、洗って置いても、数日で匂いが発生するからだ。
それと異なり、蜜柑の缶詰は、洗って置けば、左程匂いも無く清潔に保てる。
其れに甘んじて、部屋の中には、蜜柑の缶詰めピラミッドが構築されて行った。
その数たるや、20や30個では済まなく、50や60個はあったと思う。
心の隅に、「どこまで集められるか」と言う、収集癖も顔を出し始めていた。
その時期の或る日、家に遊びに来た友人は、その光景を見て絶句し、
踵を返して、そそくさと帰ってしまった。
後日談によると、どうも私の事を、「奇人」または「変人」、
つまりそう言う「異常者」の類だと思ったらしい。

612声 缶詰生活 前編

2009年09月03日

先日、昼飯時の軽食堂でメニューを選んでいた。
その際、ふと、そろそろ夏も終わりだと思った。
だとすれば「これで食い納め」と思い、冷やし中華を注文した。
出てきた冷やし中華の隅には、ちょこんと、鮮やかな蜜柑の粒が3個、添えてあった。
その色、形から、缶詰の蜜柑だと思い、食べて確信。
非常に、懐かしい風味が、思い出を回想させた。
高校を卒業し、実家を出て他県で独り暮らしをしていた時分、まず食が困った。
「これからは自炊だ」
って言ったって、それまで料理などした事も無い。
米だって満足に炊けない始末で、おかずを作るなんて、毛頭考えられない。
そこで重宝したのが、缶詰である。
これはもう、料理もへったくれも無い。
「ベコ」っと蓋を開ければ、中には、絶妙な味付けの鯖の味噌煮やら、
焼き鳥やらが入っている。
食べ終わったら、缶を捨てれば良いだけで、後片付けも簡単。
この文明の利器は素晴らしい。
おまけに安い。
と来れば、買わない手は無い。
現代人である事に感謝しつつ、来る日も来る日も、大量に購入してある缶詰を食べ続けた。
しかし、この順風満帆な缶詰生活に、或る日、一抹の不安が去来した。
それは、「あまりにも栄養バランスが悪いのではないか」と言うもの。
逆説的に言えば、栄養の、しかもバランスの事を注意を回せる様な余裕が、
生活に出てきたと言う事。
つまりは、余裕ある不安なのである。
これは直ぐに解決した。
その解決方法は、蜜柑の缶詰を食べる事。
やはりこの時期、私は一種の缶詰中毒になっていたようである。
蜜柑には「ビタミン」が含まれている。
その類の栄養素を漠然と摂取していれば、まず健康に問題は無いだろうと言ういう、
浅はか極まりない解決法である。
次日、買い出しに行った際、おかずの缶詰の他に、蜜柑の缶詰を大量に購入し、
意気揚々と帰って来た。
明日へ続く。

611声 中毒と共に住む

2009年09月02日

「読書の秋」
と言う惹句に、扇情さえてか、洗脳されてか、近頃、急速に読書熱が高まっている。
中古本を買い漁り、読み散らしている。
部屋では、未読の本が都市化(林立するビルの如くに積まれている状態)していると言うのに、
新たに買ってしまう。
新たに買うのは、葉本の類が多いのだが、葉本を買いに行ったついでに、
別の本も目に付き、気付けば小脇に抱えている。
読書熱が高まっている時と言うのは、或る種、中毒患者に近い状態になっている。
例えば、全5巻の小説を読み始めるとする。
しかし、所有しているのは、3、4巻が欠落した1、2、5巻。
ゆっくりと1、2巻を読み進め、中古本屋で見つかった時に買えば良い。
などと、大らかな気持ちで頁を捲っているのだが、次第に小説にのめり込んで行き、
気付けば2巻を読了してしまっている、3巻は未だ手元に無い。
こうなると不味い。
どうしても先が読みたい、読みたくて堪らない。
夜っぴいて読んでいるので、顔色は優れず、虚ろな目の下には、隈。
気もそぞろで、日常の所作は、敏捷性を欠く。
まさに、中毒患者の状態さながらである。
火急の事態に、中古か新品かを選択する余地も無く、結局、新品で葉本を購入し、
一段落すると言う始末。
これから暫く、秋の長雨が終わる頃ぐらい迄だろうか、
日々、中毒と共に生活して行く事になりそうだ。

610声 唐黍畑

2009年09月01日

盛夏の時分の唐黍畑は私の背丈よりも高く、すらりとした唐黍が、所狭しと生えている。
濃い日差しを浴び、青々と茂った唐黍畑を眺めていると、眼球が青く染まり、
瞼の裏に色が残る様だった。
今日、その唐黍畑の横を通り過ぎ、目を見張った。
あの、青々とした唐黍畑は見る影も無く、枯れ、萎れ、色が抜けている。
僅かに夏の色を残す西日に、寄る辺も無く照らされる、即身仏たち。
時折吹く秋風が、乾燥して固くなった葉を、カサカサ鳴らして行く。
辺りには、鈴を打つ様にコオロギが鳴いていた。
一筋の風が、一枚の葉を空へ運び、湾曲したその葉は、バレエダンサーの如く、
回転しながら虚空を舞った。
そして、風の筋から外れると、力尽きた様に、可愛げも無く、枯畑に落ちた。
憂うべき事有り、飛び去る烏を、睨む。

609声 渋川発の終列車

2009年08月31日

昨夜、上越線の渋川駅から、終列車に転がり込んだ。
渋川駅から高崎方面の終列車は、日曜日と言う事もあってか、
21時48分と未だ夜も浅い時間に出る。
車内のBOX席に腰掛けたのは、それぞれ、世代も職業も違う酔っ払い3人。
共通しているのは、男やもめと言う事。
紙コップ片手に、低級酒で心地良く酔う。
品の無い声が、静まり返った車内に響く。
隣側の席には、疎らに学生風の男女などが、皆一様に、携帯電話を眺めている。
酒入れば舌出ずで、周りに迷惑だろうと状況を把握しつつも、それを制止する機能が、
酒毒によって著しく低下している。
3人とも、列車が踏む線路の継ぎ目の音さえ、天女の手拍子に聞こえて来る様な、
心持ちであった。
3人の中で、私が一番先に降りる。
心の隅で車内非礼を詫びつつ、ホームへ歩み出して、列車が去る。
駅から路線橋へ出ると、外は小雨。
路線橋の上から、終列車の灯りを確認しようとしたが、
夜霧に霞んだ街に灯が在るのみ。
濡れた手すりに寄り添いながら、覚束無い足取りで階段を降る。
降りた先の駐輪場、自転車の先、猫の目が二つ、小さく灯っていた。

608声 最後の一考

2009年08月30日

今日は8月30日。
もう何処へ行っても、選挙の呼気を感じない場所は無い。
昨夜も、ちと電車へ乗って或る街まで行ったのだが、
駅前では決起大会と言うのか、血気盛んな候補者、支持者たちが雨の中、
志を一つにしていた。
投票の締め切りは、本日の午後8時。
順じて、全国の開票所で開票作業が開始され、深夜には結果が表れる模様。
そして、31日未明頃には、小選挙区の300と、比例代表の180、
合わせて480議席が確定すると言う段取り。
街の食堂の親父さん。
高校野球に入れ込んでいる人もいれば、選挙に入れ込む人もいる。
好きな人は予選から、高校野球のトーナメント表に、独自の予想を書き込む。
これが選挙戦にも活かされて、小選挙区から比例代表まで、
独自の予想をトーナメント表にしている親父さんもいる。
その類の人たちは、今日の仕事は、気もそぞろになっている事だろう。
ともあれ、選挙と言うものは、国民全員が関係者各位になる。
さて、そろそろ投票に出掛けよう。
その道すがら、選挙候補者の看板の前で、最後の一考。

607声 六合村のパン屋

2009年08月29日

今日の昼間。
以前、「名店のしきたりにピッタリのお店」と言う情報を頂いていた、
六合村のパン屋さんへ出掛けた。
私の住んでいる自宅から、足掛け2時間、片道約60km程の道のりである。
久しぶりに吾妻渓谷を走ったのだが、未だ紅葉シーズン前なので、
緑滴る渓谷を、軽快に走行できた。
軽快に走行していると言えば、吾妻渓谷などの峠道で、
首都圏ナンバーのスポーツカーが、地元の軽自動車に煽られている光景を、
しばしば目にする。
今日の場合は、品川ナンバーのクライスラー、あれはダッジチャージャーと言う車だろう。
見るからに厳めしい、この黒塗スポーツカーが、地元ナンバーであるホンダのライフに、
グイグイ後方から煽られている。
アメリカ仕込みのモンスターエンジンも形無しだが、煽る方の軽自動車も、
ライフを縮める様な危険運転は控えるべきである。
無事、目的のパン屋さんへ到着し、早速パンを買いこみ、自分が高崎から来た旨を伝え、
店のおばちゃんとしばし雑談。
この道50年以上で、売っているパンはどれも、100円とか120円と言った具合。
もう確実な名店である事を確認し、店を後にした。
良い店に出会え、なんだか胸躍る心持で帰路へ着いた。
帰路の暇にできた、なぞかけをひとつ。
「衆議員選挙」と掛けて、「エンジンオイル」と解く。
その心は、「そろそろ交換時期か否か」。

606声 長屋の演説

2009年08月28日

椅子に座り、心地良い夜風に当たりながら、半分夢現で虫の声を聞いている。
「チチチッ、チチチッ」
何だか忙しい奴。
「リリ、リリリリ」
控え目で繊細な奴。
「ズズズ、ズズズズ」
ぶっきら棒でぞんざいな奴。
「シャンシャンシャンシャン」
豪く気合いが入っている奴。
「ウァーン」
と、こりゃ隣の子供が泣いてる声。
実に様々な虫たちの音色が聞こえ、中には子供の泣き声まで聞こえて来る。
田舎の夏は、家々の窓が開け放たれ、網戸になっている為、住人の声が良く聞こえる。
エアコン使用率が高く、安全性を考慮している都会の方は、
夏でも窓を閉め切った生活だろう。
私の住処も、例外なく田舎なので、隣の子が泣こうものなら、
泣き声が良く響いて来る。
子供の兄弟喧嘩の声なんてのは、度を超さなければ、微笑ましく聞く事ができる。
そして、度を超さなければ、と感じるのは、選挙演説カーである。
2、3日前などは、夜8時の瀬戸際まで、人気も街灯も無い裏の田圃でさえも、
大音量で演説しながら走って行った。
声が遠退き、驚いて鳴き止んでいた虫たちが、疎らに鳴き出すと、
そこはかとない無常感が漂う。
古典落語に三軒長屋と言う噺がある。
長屋には、仕事師の親方、剣術道場の先生、高利貸しの旦那の妾と言う、
三軒の住人が居る。
親方と先生の二人に挟まれて住んでいるお妾さんが、旦那に、
「気性の荒い両隣の騒音に悩んでいる」と言う旨を伝える下りから、
物語はいよいよ佳境に入る。
江戸時代の長屋なんてのは、さぞ隣の声が筒抜けだったのだろうと思う。
その時代に、陽が沈んでからも、喚きながら選挙演説する輩がいたらどうなったか。
おそらく、「長屋の演説」なんて具合に題目が付き、落語の一、二本になって、
後世に伝わっている事だろう。

605声 夢中時間

2009年08月27日

今日が始業式だったのか、正午前頃、沿道を行く小学生の下校班を見た。
青や赤、黒や桃色、皆それぞれにカラフルなランドセルを背負っている。
夏休みが終わった寂しさか、はたまた、体育館での始業式にバテたのか、
いささか元気が無い様に見えた。
先日、運転中に聞いていたラジオには、夏休みの恒例の特別企画である、
「子ども電話相談室」がかかっていた。
その中、小学一年生の男の子の質問が、特に印象に残っている。
それは、「楽しい時は時間が進むのが早くて、楽しくない時は時間が進むのが遅いのは、
どうしてですか」と言うもの。
とても子供らしい、無垢な質問である。
回答者の先生は、職業柄、脳の神経回路の事を小難しく引用して回答していた。
回答を聞いた子は、何だか腑に落ちていない様子で電話を切った。
この子は、遊んでいる時は時間が早く、授業中は時間が遅く流れている、
と感じるらしい。
大人になったって、誰しもがそうである。
大人が嘆く。
「歳をとると、一年が短い」
そう感じるのは、案外、時間を忘れて夢中になれる様な、
楽しい事が多いからなのかもしれない。
翻って考えると、毎晩、この「鶴のひとこえ」の一行目を書き出すまでの時間が、
途方も無く長く感じる。
そして、書き進めて行けば、どんどん思考の迷路へ迷い込む。
この迷路から、どうにかこうにか出て来て、つまり文章に最後の句読点を打って、時計に目をやる。
すると、時計の針が駆け足で回ったかの如く、すっかり夜更けになっている。
迷路を這いずり回っている時間は、決して楽しいものでは無い。
楽しいものではないが、出口を探す事に必死であり、まぁ、夢中になっていると言える。

604声 新しき心を携えて

2009年08月26日

随分と、久方ぶりに文章創作をする心持である。
昨日まで、600声の記念企画のインタビューを掲載しており、
途切れる事無く更新していたのだが、
これは普段の様に、文章を創作して行く作業では無い。
創作された文章を、編集して行く作業が主になる。
即ち、10在るものを5に削ぎ落して、10の内容を伝えられる様にする作業。
この伝で言えば、普段の作業は、5在るものに、更に5を附け加えて、10の内容にする。
なんだか、しち面倒くさい例えになってしまった。
これも、久方ぶりで、要領が掴めていない証拠。
つまりは、足し算だろうが引き算だろうが、
どちらも大変で気が抜けない事には変わり無い。
この記念企画内容、初めに作ってしまえば、後はそれを分割して、
日ごとに掲載すれば良い。
なので、599声までは大変だが、600声からは日々の更新に手が掛らず、
非常に楽であった。
それを4日も続けていたので、暫しの休養になったが、
いささか鈍ってしまった感がある。
ともあれ、今回の記念企画が形になって、ホッと胸を撫で下ろしている。
幾許かの人たちには、非常に衝撃的な内容だったらしく、驚きの声が返って来ており、
「してやったり」と、独りほくそ笑んでいる次第である。
さて、第700声に向い、新しき心を携えて、歩み出そう。
道中、たまには、一寸、寄り道するかも。

603声 第600声記念特別企画「尾瀬の寅さん相い合い傘」アンコール編

2009年08月25日

・インタビュー内容はこれで終わりですが、アンコールで質問を一つ。
最後の最後に、読者へ向けて。
今後、尾瀬の寅さん&マドンナ、お二人での、新たな活動の抱負をお願いします。
はい。
私はこの3年間、「尾瀬の寅さん」として、沢山の人の笑顔に会いたくて、
活動を続けて来ました。
活動の大半は、身銭を切って続けていました。
しかし現在は、貯金が底を尽き、活動を続けられなくなっています。
その活動の最後と言う時に、これからもっと沢山の活動をして行く上で、
一番私に欠けていて一番必要であった、素晴らしいパートナーと巡り合えました。
私、神様はあまり信じていないのですが、
今回ばかりは、「神様からのプレゼントなのかなぁ」
と思ったりしてるんです。
活動が一旦停止した事は、「活動が終わった」のでなく、
また仕切り直して、次回の再開で大きく飛躍する為の充電の期間と考えています。
自分のできる限りの力を、常に出し切れば、継続不能だと思うような事があっても、
他からの協力が得られる場面があります。
それが、「夢に向かう為の原動力になる」と思いました。
読者の皆さん。
もし、夢があったら最後まで諦めず、力の限りを出し切って下さい。
頭では考え付かないような不思議な事が、起こってくれるかもしれませんよ。
続けて続けて、最後の最後、限界まで力を出し切ってみてください。
きっと、夢が掴める場所まで到達する筈です。
現在、愛するマドンナと一緒に、活動を再開する準備をしていますので、
どうか楽しみにしていてくださいね。
「尾瀬の寅さん&マドンナ」でした。
では、最後にひとつ。
わたくし、生まれも育ちも上州安中です。
姓は原田、名は直文、人呼んで「尾瀬の寅さん」と発します。
皆様ともども、湯煙たなびく磯部温泉傍の安中に仮の住まいまかりあります。
不思議な縁持ちまして、たった一人のマドンナの為に、粉骨砕身、
活動に励もうと思っております。
西に行きましても東に行きましても、とかく土地土地のお兄貴さんお姐さんに、
ご厄介かけがちな若僧でござんす。
以後見苦しき面体、お見知りおかれまして、
恐惶万端ひきたって、宜しくお頼み申します。
・御見事、ホントに有難う御座いました。
インタビュー 抜井 諒一

602声 第600声記念特別企画「尾瀬の寅さん相い合い傘」後編

2009年08月24日

・今後、活動再開の予定はありますか。
はい。
ありますよ。
・それは、いつ頃になりそうですか。
来年度中には、愛するマドンナと一緒に再開したい。
と、計画を立てています。
・そうでしたか。
今後の活動内容の構想はありますか。
今後、活動を再開できた時には、障害を持った人たちとまた一緒に沢山、
旅がしたいです。
その中で、一つの目標があるんです。
それは、障害を持った方が、『障害があるからこそ出来る仕事』を作って行く事。
旅をする事で、障害を持った人たちが旅の上級者、謂わばプロになります。
プロの目線で、行った先々の施設において、
障害者用の改善の提案が出来たら良いなぁ。
なんて、考えているんです。
あと、「男はつらいよ」シリーズの全国の撮影地で、
シリーズの上映会などのイベントを、
障害を持った人たちと企画して行きたいですね。
・その時は、現在休止中のブログも再開されますか。
それとも、新たな方法で活動状況の発信をされますか。
もちろん!
その時はブログを再開しますよ。
「続・尾瀬の寅さん」として、ブログを再開しようと思います。
・その時を、心待ちにしております。
はい。
その時は、パワーアップした「尾瀬の寅さん」で、お目に掛れると思います。
脱皮して成虫へ。
現在の原田さんには、まさにそんな形容が相応しい。
活動休止の殻を破り、革のトランク一つ持って旅から旅へ、日本全国を飛び回る。
今度は、愛するマドンナと一緒と言うのが、何だか面映ゆくもあり、羨ましくもある。
その時を夢見て、現在も原田さん、そしてマドンナは、
奮闘努力の日々を送っているのだ。
これにて、おしまい。
の筈だったが、アンコールで、明日もひとこえ。

601声 第600声記念特別企画「尾瀬の寅さん相い合い傘」中編

2009年08月23日

・一寸、プライベートな話になりますが、なんでも、マドンナが現れたとか。
なんで、知っているんですか!?
・ちと、ひょんな所で情報を掴みまして。
そうなんですよ。
実は、マドンナが現れたんです。
・やはり、そうでしたか。
野暮な質問ですが、お二人の出会いのきっかけは、何処でどの様なものだったんですか。
お互いが関東と関西を中心に、人の笑顔が好きでボランティア活動をやっていたので、
その活動を通して知り合いました。
・お互いのどんな点に、意気投合したのですか。
出会った瞬間から、ずっと昔から知っていた様な不思議な感覚をお互いに感じました。
それが運命だったのか、話して行くにつれ、
「たくさんの人の笑顔のために人生を捧げたい」
と言う同じ夢があったと言う点に、意気投合しました。
・そうですか。
お互い、運命の糸で結ばれていたんですね。
そして、8月某日、六合村で、「男はつらいよ」フリークの念願を果たされたとか。
情報が早いですね。
そうなんです、8月20日に六合村のバス停で、
寅さんとリリーの再会の名場面を、夫婦で再現した記念写真を撮ってきました。
・それは凄い。
第25作「寅次郎ハイビスカスの花」の、伝説的名場面ですね。
是非拝見したいのですが、その模様は、どちらかに掲載する予定はありますか。
はい。
SNS「男はつらいよ 寅ファン全員集合」にて、その様子をお伝えする予定です。
しかし、悲しい事に、そのSNSは8月末で閉鎖されるみたいです。
・それは、寂しいですね。
はい、寂しい限りです。
ともあれ、マドンナの事を話す原田さんは、終始、浮かれていた。
浮かれて、一反木綿の如く、ふわふわっと、窓から飛び立ってしまいそうだった。
幸せな人を前すると、こちらまで、なんだか嬉しく、温かな心持になる。
明日は今後の展開に迫る、後編。
では、明晩。