墓参りは昨日に済ませ、中之条町霊山嵩山(たけやま)。弥勒穴を巡り、故人との思い出にもちょっとは浸り、山頂にておはぎをほお張る。
分けいって、分けいって、春。
2017年03月20日
墓参りは昨日に済ませ、中之条町霊山嵩山(たけやま)。弥勒穴を巡り、故人との思い出にもちょっとは浸り、山頂にておはぎをほお張る。
分けいって、分けいって、春。
2017年03月19日
堀澤さんとは結局、シンキチ醸造所にやってきた知人女性含め3人で、店仕舞いの後に飲みに出た。行きつけだという夫婦で営む和食屋で、僕は焼きたらこを、堀澤さんはしめ鯖を頼んだように思う。
堀澤さんと飲むのはもう何度目かわからないけど、この日の終わりに「岡安さんの母性は良い」みたいなことを言われた気がする。僕は「おかやすさん」と名を呼ばれる事も多いのだけど、どういうわけか間違えて「おかあさん」と呼ばれたことが幾度かある。・・それはともかく、まあ少年時代に男らしさを通学路の脇に落としてしまったような気もするので、あながちお母さんみたいと言われるのは、そうなのかもしれないと自分でも思う。
堀澤さんがどんな流れでそう言ったのかはよく覚えていない。自分としてはもっと男らしくなりたいんだけど、言われてほっとした気もする。堀澤さん、長生きしてね。
2017年03月18日
小さなドアを「こんちは」と開くと、店やカウンターには人がいない。奥の硝子窓から見える隣室の銀色のおっきなタンクの側で、堀澤さんが何やら作業をしていた。硝子窓をノックして、「飲めますか?」と聞く。カウンターに座った。
シンキチ醸造所はオープンしてからいくらか経つが、いよいよ、めっかった群馬の(ほ)、堀澤宏之さんによるクラフトビールの醸造・販売が始まった。僕は少し出遅れて、その遅れを取り返すかのように「長屋エール」「金柑Jr.」「ストリッパー」と立て続けに飲んだ。華やかさの驚きが優先されそうなクラフトビールにあって、堀澤さんが目指すのは和食にも合う食中酒としてのビールなので、なるほど「長屋エール」なんかはアテをつまみつついつまでも飲んでいられるような親しさを感じた。
客がいなかったのは僕が入るまでで、予約の客、常連さん、そしていわゆる「クラフトビールマニア」みたいな人で店は賑やかになった。聞けば「高崎に新しいビールができた」と聞き、宇都宮から電車に揺られやって来たそうだ。そんな期待にも応えられるようなビール、そして相変わらずの食べ合わせの妙な料理だった。みなさんもぜひ、足を運んでいただきたい。
2017年03月17日
「ごごラジ」という番組の金曜パーソナリティーの高橋久美子さんという詩人/作詞家/エッセイストのファンだ。彼女はチャットモンチーというバンドのドラム・作詞担当だったけど、人気絶頂の中で「自分のゆく道はバンドではない」と一線を退いてしまった。・・などという経緯は知らなかったのだけれど(チャットモンチーも「シャングリラ」しか知らなかった)、車での移動中にラジオから聞こえる彼女の話が面白くて、今ではすっかりファンになってしまった。
彼女のエッセイ本「思いつつ、嘆きつつ、走りつつ」も面白かった。自分が思ったこと、経験したことをこれほどわくわく語れる人は稀なのではないかと思う。春の様子を書いた一遍には「ホームレスのおじさんなんて、春の間は毎日お花見だよ。あのツーショットは生命力の象徴だよなあ」という一文がある。目線の温かさ、言葉の妙を感じる。対して僕は、借り物じゃない自分の言葉で世界を語っているだろうか・・・
初めてやったんだけど、今日「ごごラジ」を聞いていてとっさにツイッターで #nhk_gogoradi をつけて投稿したら、その30秒後には僕の投稿が番組内で読まれていた。高橋久美子さんも「ありがとうございます」って言った!(確か)。そんな些細なことに胸が躍ってしまう37歳であった。
2017年03月16日
今日は酪農場を撮影をした。昔はうちの近所でも同級生が牛を飼っていて、小学生のころにこわごわ牛舎を覗いた気がするが、しっかり牛舎に入ったのは初めてだったかもしれない。
90頭近くのホルスタインがおり、ここには自分のところで産まれた牛しかいないのだそうだ。雄牛は生まれてすぐに売られていくとのこと・・男はつらいよ・・。聞くと、つい2時間前に子牛が産まれたという。その時来ていればその瞬間が撮影できた!と思いつつ、産まれたての子牛も撮らせてもらった。
まだ体にぬめっとしたものを纏っている子牛が、牧草の上に縮こまって座っていた。けれど、世話をする女性が近づくと、ヨロッヨロッと・・立とうとするではないか。産まれて2時間なのに。おぼつかない足ながらも、子牛が4本足で立つまでに、時間はかからなかった。すごいな、牛。
人間と付き合うのもひどく大変だったりするが、動物と向き合っている人に会うと無条件に尊敬してしまう。おいしい牛乳が飲みたくなった。
2017年03月15日
今日は1日山の中での撮影だったので、普段まったく飲まなかった鼻炎薬「アレグラ」を買って朝飲んでみた。
朝起きてすぐにティッシュがなければずーずー弁な状況だったのに、日中鼻水は一滴も出なかった。僕はその程度の花粉症だということと、「薬を飲んだから大丈夫に違いない」という思い込みの激しさ効果と、撮影の緊張がそうさせたのだと思う。思い込みの激しさも自分特有なのだけれど(「自分は肩こりしない体質」と長年思い込んでいたおかげで肩こりをしなかった。そうかも、と思った途端にこった)、撮影の緊張、これとても大事だと思っている。「今、何を撮るべきか、撮らないべきか、何を話すべきか、話さぬべきか」を意識することは、=いかに真剣に対象と向き合うか、であって、日頃わりと鈍感な僕には、その時間が楽しい。
撮影の集中を上げるために一時期「レッドブル」を乱飲したけど、それはもう辞めた。前の日によく寝とく、でいい。花粉の薬はここぞという日は飲もうと思う(悩んでいる人は一度お試しあれ)。あとは、思い込みの激しさを緩和させる薬だな・・失敗を繰り返すしかないかな・・
2017年03月14日
新聞代配が終わり午前6時。事務所に上がりお茶を入れる。なんだかいつもと違う。すぐに、ストーブをつけていないことに気付いた。
いつもそうだ。気持ちより先に、季節がやってくる。
2017年03月13日
『遺言~原発さえなければ~』というドキュメンタリー映画を観た。2014年の作品で、編集には僕の映画学校での担任であった安岡卓治氏が加わっている。2011年3月12日から3年の月日をかけて福島県飯館村を中心に、そこで惑い、そこを離れ、そこに留まる酪農家、農家を撮り続けた作品だ。
山あいの中之条町に住んでいるので、農家の知り合いも増えた。僕の親父世代の人たちは特に皆「屈強な男」という印象を受ける。自分の力一つで仕事を続ける姿勢がそうさせるのか、3食しっかり食べるご飯がそうさせるのか。対峙すると自分の心身の弱さを感じずにはいられない。
この作品の中にも、僕が知ったような顏の屈強な男たちが出てくる。けれど。放射線量が高く、一頭一頭家族のように育ててきた乳牛を飼育することが不可能となり、屠畜のために大きなトラックに乗せなければいけない場面。その屈強な男が、目にいっぱいの涙を溜めている。「見てらんねぇや」とひと時席を外す。タイトルにもあるように、酪農を辞めざるを得なかった直後に、自らの命を絶った方もいた(実際、震災による直接死よりも関連死の方が上回っている)。ああこの震災や原発事故は、屈強な男たちの心さえもズタボロにし、先祖から続くその地との結びつきを断絶させたんだな、と再確認せずにはいられない。
このドキュメンタリーは3時間45分にもおよぶ。端的なニュースでもなく、回想録でもなく、3月11日直後からのその場所での時間・暮らしを丁寧に映像に納めている。そしてラスト、「これが復興です」などと根拠のない希望は口に出すのも憚られるけど、福島の地で再び酪農を始めるという屈強な男たちの目には、強い意志が戻っていた。そして、この作品を観て「もし僕の近くで同じようなことが起きたなら、僕が知る屈強な男たちもまた、自らの手で自らの目に強い意志を取り戻すのだろうな」と思った。
2017年03月12日
先日温泉で身体を洗っていたら、グラっと揺れて、孫悟空で言うところの尻尾が生えている部分を床に強打。座っていた木の椅子の足が折れたのだ。
そんなことがある位だから信じてもらえないと思うけど、年明けから不定期で腹筋運動をしていた。でも孫悟空で言うところの尻尾が生えている部分が痛くて、腹筋ができない。仕方ないなそれじゃ、できなくてもな、うん、仕方ない、残念だけどな、うん。
2017年03月11日
新聞各誌も厳粛な朝。
昨晩会った金井夫婦とは、6年前の震災関連イベントで共にボランティアをし、急に親しくなった覚えがある。昨晩、今思えばだけど、震災の話は一切しなかった。でも、それぞれがそれぞれの場所で行動している人たちなので、今思えばだけど、言葉にしなくても震災以後を共有している気もする。
偉そうなことは何も言えないけど、僕にできることは「6年前の気持ちを忘れずに、もっと自分の足元を見る」ことなのかなと。今年のゴールデンウィークか夏には、小さなビデオカメラを持って、福島へ戻ったあの人たちにも電話をして、二泊三日くらいの東北観光をしようと思う。
2017年03月10日
「高崎エキビレッジ」を主催する金井さんに呼ばれ、北毛の人たちが集まる飲み会に参加した。北毛の人たち、とはざっくりすぎるが、みなかみ町「たくみの里」近辺に暮らしている花屋さん、さくらんぼ農家、カスタネット職人、先生、旅館業兼活動家のみなさんだ。
たくみの里は、中之条町からも山ひとつ越えた近さなのだけれど、仕事や遊びで週1は行く前橋高崎に比べて全くと言っていいほど北の山は越えない。でも行けば「豊かだなぁ」と思うに違いない。現に、そこに集まった人たちは年は僕と同年代あるいは前後であるけれど、「地に足つけて自分の力が最大限生かせる範囲の仕事を淡々と喜びももって暮らしている感」が滲み出ていて、気持ちいい人ばかりだった。映像を作りたい、なんて話しも出た。その後フェイスブックで友達となったので「春になったら、まずは遊びに行きます」とメッセージを送った。
2017年03月09日
とり野菜みそ、をご存じだろうか。
群馬で焼きまんじゅうを知らない人がいないように、石川県では有名・・らしい。ようは鍋のもとで、甘みのある味噌に肉やニンニクのエキスが入った調味料なのだ。たしか高崎の「まるおか」でも売っていた気がするが、ぼくんちの側の「ヤオコー」でも売っていて、試食で渡されたものが美味しくて、買った次第。
2日連続で、家に帰ると一人用鍋を火にかけ、適当な野菜と適当な肉をぶちこんで、とり野菜みそをニューっと入れ(チューブタイプなのね)、豆腐を乗せて蓋を乗せ、10分位煮たら、湯気たつ鍋の両脇をタオルで掴み炬燵へ運び、鍋に箸をつっこんで、はふはふ食べた。
焼きまんじゅうを許容する群馬県人だもの。「甘じょっぱい」、これには弱いねー。もう春はすぐそこだと言うのに、飽きるまで食べそう。
2017年03月08日
前橋市の美術館「アーツ前橋」。「表現の森」というアーティストと前橋市内のコミュニティとの協働企画以降、映像制作の依頼をいただき時々撮影をしている。「アーティストインスクール(仮)」と銘打った、これはアーティストが市内の学校へ行き学生たちとワークショップを行う企画があり、桐生市出身の神楽太鼓奏者の石坂亥士さんが小学生たちと楽器作りを行った。亥士さんに最後、インタビューをしたのだけれど
「小さな音でもいい音はいい音だし、それを肯定していくことが大事なんじゃないかな」
という一言があった。編集段階でそれを配置していて、そうだよな普段の学校なら声の大きい子(主張の強い子)によって声の小さい子(おとなしい子)は後ろに回りがちだけど、楽器作りとその後の演奏においてはおとなしい子も主張ができて、亥士さんは小さな音に耳を澄まして「いい音だね」と褒めていた。
こういう物語どうですか!というドラマと違い、記録撮影は受け身なんだけど、映した相手から「僕もそう思う。それ、伝えたい」という言葉や動きが、自分の予想範囲を越えて出て来る時に、この仕事の面白さや意味を感じる。僕はきっと、小さな音を拾っていきたいのだと思う。
2017年03月07日
今日の上毛新聞コラムは、北軽井沢に住んだ詩人・岸田衿子さんについての話しだった。おせっかいなので、すぐに北軽井沢で「麦小舎」という素敵な喫茶店をしている藤野さんにメッセージを送る。
「コラムには今日が命日とありますが、たしか来月の7日ではないかしら。」という、上毛新聞やってしまったか!という指摘もありつつ、まだ読んでいなかったようで喜んでくれた。僕は2年くらい前、その「麦小舎」でふと岸田衿子さんの詩集を手にとったのだ。印象に残った「草が枯れるのは」という詩を思い出し、検索して読んだ。洞察と言葉の奇跡だと思う。
「草が枯れるのは」岸田衿子
草が枯れるのは
大地に別れたのではなく
めぐる季節にやさしかっただけ
つぎの季節とむすばれただけ
2017年03月06日
話す言葉は出ないのに、気持ちはまだ何か言いたがっている状況になった。
僕はたぶん社交的ではあっても、心の蓋が閉じがちなんだと思う。
家に帰り布団に横になってふと、蓋の下にあったのは「寂しさ」だと気づいた。
おいおい勘弁してくれよ。この年になってまだ自分の「寂しさ」かよ。目をつぶった。
2017年03月05日
今年、気になる場所には行き、気になる人には会おう。と決めた。
碓氷峠をぶいーんと越えて、上田市立美術館で開催中の白井ゆみ枝個展「上田全天氣候展」へ行った。上田で生まれ育ち、東京での活動を経て再び上田で作品を制作している白井さんの美術展である。東西南北、初夏秋冬をモチーフにした絵画・インスタレーション作品が並び、山の形に切られた大きなキャンバスには空を映した田んぼが広がっていた。若い頃の作品を見ると、山田かまちを思い出す線画もあったりして「思春期の内的葛藤を絵を描くことで処理します」的な印象も受ける。それ止まりであれば一部の人の共感に留まるのだろうけど、それがやがて自然に向いて、山の形の作品などは、彼女がもつ内的宇宙や葛藤が山や田んぼに流れ込み、多くの人を惹きつける濃度・表現になった気がして、作者の数年数十年の経過を見るようだった。絵があって良かった。上田に生まれて、今戻ってきて良かった。作者の白井さんとは会ったこともないけど、その声が聞こえるような展示だった。
~があったから良かった。
物でも人でも場所でも行動でも、結果としてそう思える人生がいいな。
2017年03月04日
昨日はひな祭り。
ふと、会社近くの和菓子屋さんに寄ろうと思ったらもう店が閉まっていた。で、近所のAコープに行ったら桜餅みんな売り切れ。で、わざわざヤオコーに寄って購入。あ、自分こういうお菓子好きだったんだなと気付いた。年をとって洋菓子から和菓子に嗜好が移るということもありそうだけど、味そのものよりも「その時食べる習慣があるものを、その時しっかり食べたい」という欲求が増した気がする。5月5日の、のめっこい柏餅が今から待ち遠しい。
2017年03月03日
今日からあさって5日まで、月夜野びいどろパークにて「利根クリスマスローズ展」が開催されている。主催する高崎クリスマスローズガーデンの富沢さんとの付き合いは長く、今回もチラシを担当していることを口実に月夜野まで行ってみた。
一緒に昼飯をという話になり、施設の人に「近所においしい店あります」と言われ富沢さんと二人で歩いた。富沢さんが「レストランワ」だって。と言うので「は?」と思いながら行くと「レストラン竹」だった。富沢さんは富久樹園経営者としてプラムや梨などを作りつつ、ここ数年で日本でも有数のクリスマスローズに特化した展示直売所を作ってしまった蒸気機関のような人。クリスマスローズ展を吾妻で始めた5年前に比べて変わらないな、と思っていたけど、今年講演の時にふっと眼鏡をかけて、もっと前からそうなのかもしれないけれど、着実に時間は過ぎているんだな、と勝手に思ったりした。
「レストラン竹」の日替わり定食は、鰆の西京焼き&刺身定食だった。「こんな山の中なのに魚なんですね」と言ったら「だから喜ぶんじゃん」と富沢さん。奢ってもらったから言うわけではなくて、これからもずっと尊敬したいと思う。