日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和6年度は4月(ぬ)5月(岡)6月(す)7月(堀)8月(坂)9月(ぬ)10月(岡)11月(す)12月(堀)1月(坂)2月(ぬ)3月(岡)の順です。

5674声 4人集まれば

2023年12月20日

詳しいことはまだ書けないのだけど、吾妻在住の4名で来年「新しいことをしよう」と集まるようになった。本にまつわること、くらいは漏らしても良いだろうか。僕は全然読書家ではないが、ありがたいことに細々と取材をして書き事をする仕事も続いており、書くことは映像やデザインと並んで仕事でもあり、やりたいことにもなった。そして、僕以外の3名はきちんと読書家である。その面子であれば、互いが持っていない良いものを共有できそうだ、という期待もある。今日は、中之条町つむじのカフェに集まり、1月からの展開などを世間話多めで話した。

姉が亡くなったり個人的に大変な思いをした直後、「自分が残せるものは何だろうか」ということを考えていた。仕事としては、伝える仕事であると同時に残る仕事でもあるので、今まで携わった映像などは残るものではある。長年続けてきた「伊参スタジオ映画祭」活動も、具体的に何とは言いづらいが後世に何かを残す活動だと思ってはいる。その一方で、仕事やそういった活動ではなく、ただ生活すること、身近な人と過ごす時間も、例えそれが子どもを持って育てるという事ではなかったとしても残す行為なのではないかと思ったりもしている。

まだ仕事ではないし、ただのプライベートというわけでもないこの4人の集まりが、誰か何かのために大切なものを残すことに繋がったら、とても嬉しい。

5673声 焼豚の会

2023年12月19日

思いがけず、焼豚の会にお呼ばれした。北軽井沢在住で絵本の挿絵も描いている方で、行く前から「料理もうまい」という話は聞いていた。北軽井沢は長野ではなく群馬の県境にあり、軽井沢ほどリゾート化はされていないが別荘は多く点在している。そんな中には不意にウイスキーの醸造所があったり、作家や芸術家が住んでいたりする。知り合う人がみな、時間や何かに追われる都会人とは逆にあるようなゆったりした人が多い気がして、それはそのまま背景にどでんとそびえる浅間山の影響もあるのかもしれない。

僕は僕で最近はまっている本を参考に、大根の前菜と人参の前菜と小松菜の前菜をこしらえて持参して行った。出された料理は焼豚をふくめ、出てくる料理すべて美味しかった。調味料は極力使わずシンプルな味付けでがモットーとのことで、他にも春雨炒めなどをいただいた。それらを食べてもしやと思ったら、この方もまさにその本、酒徒著「新しい家中華」は読んでいるという。きちんとお話するのははじめてだったが、「料理を作り、食う」という行為が主だったこともありいい時間が過ごせたように思う。参加者のうち酒飲みは3人で、終わりの頃にはワインを5本開けていたらしい(最後の方は何本目かわかってなかった)。

公私共に北軽井沢によく通うようになって2~3年。ようやくこの土地にいる自分も自分であると思えるようになったと言ったら、おおげさか。

5672声 酒の味を知ったのは

2023年12月18日

中之条町の老舗割烹「金幸」の主人、馨さんが亡くなった。僕が小渕恵三元総理大臣を見たのはこの金幸だったように思う。小渕さんを含めた地元の盟主や有力者はここに集まっていた。大広間は100人近くは入れる広さだったか、冠婚葬祭の宴会もよく行われていたように思う。

学生時代、友人のYから「金幸でバイトしない?」と誘われた。料理を作ったり接待をしたりは無理だが、半地下一階のような厨房から2階の各宴会場まで、大人数の料理を運んだり、板の間や畳のただっぴろい建物の清掃や机やざぶとんの準備などはとにかく時間と体力の勝負だったため、僕らのような若い男子が求められていた。とにかく体を使った記憶がある。宴会の最中などはむしろ僕らは休憩時間で、客の入らない小さな部屋でバイト学生同士、たわいもない話をした。

まだフードロス、という言葉も聞かなかった昭和の時代。宴会料理や飲み物は余ることが常であった。仕事の合間にはたんとご飯も食べさせてもらったように思うがそこは育ちざかり、すぐに腹が減った。お客が残した海老の天ぷらなどを隙を見てつまんで食べたように思う。馨さんが大きな蒸し器で蒸し上げる茶碗蒸しは絶品で、こちらは蓋つきであったし、宴会場から残って下げて手つかずのものはなんとなく公認で食べて良い雰囲気があった。多い日では4つ5つの茶碗蒸しを胃に流しいれ、また掃除のために階段を上がった。

日本酒は地元の酒、貴娘と、一般的な黄桜を扱っていたと思う。寒くなると燗で出すことも多く、未成年の僕はどれどれと日本酒も舐めてみた。今と違い貴娘は美味しくな酒で、甘くてベタベタしてくわっとアルコール感があった。その後、良い年になって良い日本酒を飲むまで日本酒嫌いだったのは、この時の体験があったからだと今にして思う(貴娘は今はとても美味しいお酒になりました)。

今年は何かと葬式の多い年だった。地元商店会の会長もつとめ、お元気な時は少年野球チームの指導にもあたった人であった。たいへん、お世話になりました。

5671声 留まっている

2023年12月17日

今日は本心では東京へ行って、以前から関わりのある日本画家の展示を見て、以前関わった自主映画の1日限りの上映会に行きたかったのだが、待たせている仕事も幾つかありそんな場合ではないなと1日会社に籠ってPC作業をした。

おかげで1つ仕事は終えたが、最近なんとなく気持ちが上向きにならない。先月は、家庭の事だったり仕事のトラブルだったりであちこちを行き交い、心的にも非常に辛い思いをした。それらは僕自身の努力ではなく外的要素により不思議なまでに収まり、心的ストレスは各段に軽いはずなのだが、身だけではなく心も留まっている。

単に睡眠不足かも。こんなことをつらつら書かずにPCを閉じて帰って寝ることにする。

5670声 蟹

2023年12月16日

姪っ子(下)が、高校入試に合格した。合格できるかわからないという話も聞いていたし、長姉家族がうちに来ている時に僕を面接官に見立て面接練習もしたりしたので、合格の知らせを聞いた時はとても嬉しかった。

蟹が好き、という話も前から聞いていて「よし、合格したら叔父さんが蟹食べさせちゃる」と話しもしていたので、勇み足で合格の知らせを聞く前に大きなスーパーで冷凍たらば蟹を買ってあった。冷凍庫に入れておけば神様もつじつまを合わせてくれるのでは、とアホな願掛けもしていた。

昼を過ぎて自然解凍させるために冷凍庫から蟹を出し(本当は1日くらいかけて冷蔵庫で解凍した方が良いと今日知った)、はまっている家庭中華レシピから里芋を蒸して葱油で炒めた料理を作り、夕方頃に母と蟹を車に乗せて、途中母からのごほうびで寿司を買って、長姉の家に押し掛けた。

次姉が亡くなって間もないので、彼女以外の家族がそろって夕食を食べているこの光景が少ししっくりこなかった。けれどおめでたい席で、食べ物はどれも美味しいので、良い時間を過ごした。

姪っ子(下)はとてもおとなしい子であるが、帰り際玄関で僕や母に「ありがとう!」と言葉を発した。一般的には当たり前のことと思われるかもしれないが、たったそれだけのやりとりがとても嬉しかった。

5669声 アジフライ

2023年12月15日

アジフライの名店、というと、もはや食べることができない、築地場内にあった「豊ちゃん」が浮かぶ。狭い店内には、観光客はもちろん、魚河岸で働く長靴のお兄さんたちもたくさんいた。店の人も人数は多めで、揚げる人、ご飯を盛る人など分担作業で行われていたように思う。かなり年のいったおばあさんもテキパキ働いていた。

「豊ちゃん」のアジフライの特徴は、魚の新鮮さとふっくら具合だったように思う。生臭さは一切なく、白身魚のように身が厚くふっくらしていた。もちろん衣はカリっとしている。この店は「あたまライス」と呼ばれるトンカツも有名であったが断然アジフライであった。もう食べられないということが、よけいに美味しかったと思わせている。

そして。群馬であれば僕はアーツ前橋のそばにある「里の家」のアジフライを挙げたい。今日はアーツ前橋で撮影であった。途中昼をはさんだので、カメラと三脚のバックを抱えたまま店に滑り込んだ。こちらの店も、なかなかに狭い。

「里の家」のアジフライは特殊だと思う。そもそも、ソースも醤油もかけなくても薄く味がついている。この味が、何味だか説明もできぬ淡い味なのだが、とても良い。小さくついてくるタルタルソースをちょっとつけるだけでとても美味しい。そしてランチのご飯は自分で盛り放題。この米もたいへん美味しい。

ほくほく食べていたら、入り口がガラガラ空き、店主との話を聞いているにどうやら店の大将の誕生日で、誰かから花が届けられた、ということらしい(入り口を開けて入ってきたのは花屋)。愛される大将がいる店は、たいがい美味しいに決まっている。

5668声 ピアノ

2023年12月14日

ずいぶん遅い仕事になってしまったが、町内の木暮ピアノ教室の演奏会映像を編集している。制服を着た高校生が見事にショパンを弾ききるのを見たりすると、めっちゃカッコいいーと思ったりする。

10年くらい前にぼやーっと、もしもピアノが弾けたなら、などと思った時期があった。世の中にある音に関して、人の声の次にピアノの音が好きな僕である(ギターとか管楽器に比べれば、という話だけど)。久石譲の「summer」とか坂本龍一の戦メリとか、楽譜も読めないのに音に気持ちは乗せられそうという謎の自信があった。が、当然のように(やる気があれば習える人もそばにいるのに)ぼやーっと思っていただけで時が過ぎた。今は・・聞くくらいで良いかな。

ちょっと前にも書いたけど、今年しんどいことがあって、その後からクラシックが以前より聞けるようになってきた。何が変わったかはわからないし、また時が経てば眠い音楽になってしまうのかもしれないが、いろいろ聞いてみたいなとぼやーっと思っている。

5667声 油そば

2023年12月13日

さて、未だ酒徒著「あたらしい家中華」本ブームが続いている。中でも一番作っているのは開洋葱油拌麺と呼ばれる上海の麺料理。日本では油そばというジャンルになるのだろうか。

作り方を教えてしまうと著者に悪いことをするような気がするのだが、材料は、中華麺、菜種油、葱、醤油、砂糖、干し海老、紹興酒のみである。干し海老と紹興酒のみわざわざ買う必要があるが、大した材料ではない。

そして、それらで作った開洋葱油拌麺が・・めちゃくちゃ美味しいのである。一般の人よりはらーめんを多く食べてきた自負のある僕である。油そばも、有名店からジャンキーな店でも食べてきた。でも、これが一番美味しい。

一言だけ発見的感想を言うとしたら、ほぼ黒焦げにまで焦がした葱がこんなに美味しいのか(美味しい調味となるのか)ということである。

麺も、ベイシアなどに行けば麺だけでちぢれ麺から細麺中細太めと何種類も売っている。唯一の問題は・・

太る。ということである。主に心労で6キロ痩せた僕であるが2キロ戻った。ふふふ。

5666声 下見

2023年12月12日

来週撮影するプロモーションのために、道の駅まえばし赤城やその周辺を下見した。

道の駅は今年の春オープン時は来客者で渋滞ができて問題になるほどの激込みスポットであった。今はそんなこともないように思い、オープン時に映像で関わらせていただいた障害を持つ人の支援という側面ももつカフェ&雑貨「Qu」という応援している店もあるので頑張ってほしいが、つくづく「群馬県人は新しいもの(だけ)が好きだなぁ」という感想も持たざるを得ない。そして同時に「一見さんだけではなく何度もリピートで人が訪れる場所を作る難しさ」も思う。かっこよさや流行りではなく、そこにいる人や本物とは何かを突き詰めることだ、みたいな持論も持ち得ているのだが・・そんなことを深く考えることもせずに、人気のパンを買って道の駅を出た。

撮影を依頼してくれたFさんと各所の下見を終え、川原の駐車場に車を停め車内でパンを食べた。今回の撮影とは全く別で、来年一緒にやろうという非常に大変な撮影の下話もして、撮りたいという思うと同時に「自分にやれるのだろうか」とも思う。今日も暖かい冬の日であった。

5665声 山桃魚ラジオ

2023年12月11日

これからは音声メディアの時代だ!・・と誰かが言っていた気がする。映像はスマホでも簡単に見られるようになり、人の目はだいたい一対なので、見るものは限られる。だが耳は、作業をしながらとか運転をしながらとかでも聴ける。よって、映像が氾濫すればするほどラジオのような音声メディアが支持される、という解釈だったように思う。

運転中はだいたいNHKラジオかFMぐんまを聴いていた。好きな番組は、挙げるほどでもないが数年前まで新聞販売店が母体の会社にいたので、深夜に逓送(新聞配達のスーパーカブは載せる新聞の量に限界があるので、車で先回りしてポイントポイントに新聞の束を置いておくのだ。そうすればバイクは販売店に戻らずに遠くまで配達ができる)の際に車に乗りいつも「ラジオ深夜便」を聴いていた。アンカーと呼ばれるパーソナリティーの深夜だからっぽい抑えた声のトーンが好きだった。

前置きが長くなったが、中之条町に移住したアーティストの山形敦子さん、アートユニット・クレモモの桃子さん、映像編集者の鰆さんの女性3人が「山桃魚ラジオ」というネットラジオを作っている。スタジオを持っているわけではなくPCをネットで繋いで録音、youtubeやSpotifyで配信している。そういうことがやれる時代なのだ。週一ペースというハイペースでもう24回放送。義務感でというよりも楽しく続けている様子が聴いて伝わってくる。その前回配信と今回配信で「伊参スタジオ映画祭」を取り上げてくれて、今回は映画祭実行委員長である僕のインタビューを放送してくれた。顔見知りなので緊張感はないインタビューであるが、今回に限らず聴いてほしい。

山桃魚ラジオ

5664声 酒

2023年12月10日

2か月くらい、姉の病気に関連しいつ病院へ向かうか、呼ばれるかわからない状態が続き、酒を断っていた。僕は、皆で酒を飲むのはそこそこ好きだが、自分ひとりでは週に2~3回軽くビール1本程度を飲むだけという程度なので、特につらいということはなかった(その間に何度かあった酒や打ち上げの席で自分1人しらふでいるのは少し不思議な体験であったが)。

もうそんな呼び出しもないので、今まで通り程度の酒を再開した。今夜は、昼に出先で編集をしていて、その家で山盛りのカレーをいただいてしまったので、夜は豆腐1丁にした。それをつまみながら紹興酒を軽く1杯。その後そのままこたつで編集を続けていたが、気が付いたら寝ていて午前0時近く。

もう布団に入って寝ようと思ったが喉が渇いており、そういえばと数か月前に買って冷蔵庫で眠っていた開封済みの紙箱入り安白ワインをぐびぐびと飲んだ。酸化防止剤の効果なのか、数か月前と味の違いはわからなかった。

酒を飲まなかった時期、飲んでいた時期よりもまっとうであったように思う。体重もそれだけが理由ではないが数キロ落ちた。であれば、飲まない方が良いのだと思う頭もある。けれどまた、以前程度には酒が戻るのだろう。そんな予感がしている。

5663声 ラフマニノフ

2023年12月09日

久しぶりに撮影の手伝いで前橋市「フレームアート」が撮影するクラシックコンサートのカメラマンをした。藤岡市のみかぼみらい館は少し小高い場所にあり、夕暮れの空がきれいだった。


演奏をしたのは市民が中心となった楽団で、今年はラフマニノフ生誕150周年だそうで、地元出身のプロピアニストも招き、大きなホールは2階席まで人が入る大盛況だった。ラフマニノフに限らず、クラシックはほぼ無知なのだが、きれいなだけではない癖のある音律が含まれており撮影しながらも普通に感動してしまった。

で、あっても一番何が印象に残ったかと言われれば、機材を取りに外の車に戻った際に、館の駐車場係りをしていたのが高齢の、多分夫婦で、女性の方は足が不自由そうだった。というだけの事なのだが、この年になると働く高齢者に何かを重ねるようになる。親かもしれないし、先の自分かもしれない。

今のままだと定年のない仕事を選んでいるわけだが、ずっと最小規模での会社運営でいくのだと決め込んでいた。無論、不自然に拡大するつもりはないが、複数人の人が雇える会社、という事にも(今頃)興味がわいてきた。今一度「仕事」についてきちんと考えるべき時期がきている。

5662声 年内には

2023年12月08日

今日も2度3度「年内には終わりにします」と答えてしまった。仕事がないよりはあった方が良いが、僕の年内は3か月くらいあるらしい。終わるわけないじゃーん・・・SNSは(このコラムもか)誰が読んでいるかわからない。「ハイ!年内には終わりにします!」

5661声 誕生日

2023年12月07日

今日は誕生日。だが、気分的にそうじゃないのに加え、お待たせしている仕事が津波のように押し寄せている。でも、仕事帰りにショートケーキを買おうと思っている。単純な人間なのである。

5660声 収まること

2023年12月06日

友引の関係などで、亡くなった後、次姉は6日間を家で過ごした。お別れを惜しむ時間が長くあることは良い事だったように思う。

葬儀の一連を通して、清見寺の長田住職が、亡くなった方が成仏するためのあれこれを教えてくれた。なむあみだぶつの南無は「仏様に帰依します」という意味だと言う。僕と同じで全く信心がなかったように思う姉も、その決まりに従って旅に出たのだろうか。

拾骨の時間となり、2人1組で骨を拾う。係の人が手際よく、骨壺の中にすべての骨を収めていく。毎回、すごいものを見せるなと思うのは、そのままでは入りきらない骨をすりこぎのようなものでゴリゴリ潰す工程だ。それを経て、小さな骨壺の中に収まっていく。

ふと、亡くなることとは、それぞれの信仰の中に、骨壺の中に、きれいに収まっていくことなのかな、と思った。そしてその事に対して、自分の中に小さな怒りのようなものがあるのを感じた。人間がそう簡単に収まってたまるか、というような。

暖かい日だった。信心はないが、これは姉がそうしてくれたのかな、と思った。

5659声 なにげない生活

2023年12月05日

お昼に、悠貴さんが線香を上げに寄ってくれた。お寺や友引の関係で葬儀は明日となる。おかげでいくらか長い間、亡き姿の姉は実家にいることができている。たまに、棺桶を空けて顔を見る。病院で色々があった時は涙も出たし、いろいろな事を考えたが、今は静かな気持ちでいる。諸々を考え終えた・・というよりは、こんなに直面しつつも未だ実感が持てないのかもしれない。親父が亡くなった時も、実感を持つまでに数か月かかった気がする。そんな自分を否定もせず、そういうものかと淡々と過ごしている。

北軽から来てくれた彼女のために、酒徒著「あたらしい家中華」を読んで、客家式・蒸し豚と白菜の黒酢炒めを作った。急遽こしらえている別室のこたつに母と3人、飯を食べた。我ながら上手に作れた。食べ物の話や猫の話などをしながらばくばくと平らげて、親戚からもらった長ネギを悠貴さんの軽トラに乗せ、彼女は帰って行った。

先月は家族に限らず色々なことがあり、過去例にないくらい辛い1か月だった。渦中考えたことは「本当に大事なことは何か」ということだ。そしてその一番に「大事な人との生活」が浮かんだ。何を当たり前のことを、と思う人もいるかもしれないが、当たり前だと思って常に蔑ろにしてきたことだった。いつまで続くかはわからないが、なにげない生活を大切に暮らしていきたいと思っている。

5658声 あたらしい家中華

2023年12月04日

料理はかなり好きなので、料理雑誌をたまに買う。1冊の中から2~3個作れば良い方で、たいがいはそのまま読まなくなったり、1品を作るだけに買った豆板醤やクミンスパイスなどが台所で開かずの調味料となっている。・・が、出版することをSNSで知り楽しみにしていた本がある。メディアでも取り上げられて売れている、酒徒著「あたらしい家庭中華」(マガジンハウス)である。

この酒徒さんという人の存在は、SNSで知っていた。料理人や料理研究家ではなく、中華料理愛好家を名乗り、中国を渡り歩いての成果をツイッターやnoteに上げていた。そのどれもがシンプルで美味しそうで、でもnoteは課金しないと読めないようになっていた。そして、満を持しての初レシピ本の販売である。

中華料理というと、四川、広東、上海、北京、全体のイメージとして油こってこての濃くて香辛料が効いた味、というものがあるが、この本の良いところは「飲食店ではなく、普通の家庭の味をリサーチして再現」したところ。特殊な調味料は使わず基本は塩、醤油くらい。紹興酒を使ったりはするが、出汁を特別に作ることもなく、素材となる野菜や肉の持ち味と、火の通し方の組み合わせであっさり飽きない味になる。普段やらなかった「蒸す」という工程が多く、野菜も肉も蒸すことでこんなに美味しくなるのかという驚きもあった。

もう2回作ったが、例えば里芋の葱油炒め。大量の里芋を柔らかくなるまで蒸し、皮を剥く。菜種油でネギを炒め葱油を作り、蒸した里芋を入れてごく少量の水と塩を入れ鍋を振る。それだけで、とろっとろの里芋が葱の香に包まれ、ちゅるんちゅるんと胃に吸い込まれていく。

一言でほめるなら、どの料理も(まだ6品くらいしか作っていないが)「母ちゃんが子どもに小さいころから食べさせていたら、おふくろの味になる」感じなのだ。素朴で、飽きない。しみじみと旨い。

「あたらしい家庭中華」は書店員のおススメや口コミで売れているらしい。僕も、仕事でお付き合いのある普段から料理上手・・というか料理マスター的な人にあえて読んでみせたくて、2冊目を購入した。

5657声 スマイルスマイル! 

2023年12月03日

数年ぶりに「中之条まちなか5時間リレーマラソン」が開催された。どんなイベントかと言うと、名前のまんま。群馬県中之条町のまちなかで、5時間リレーマラソンをするのだ。コロナ禍では中止せざるを得ないイベントだったに違いない。この夏に見た中之条町の夏祭りでも思ったのだが、参加者たちのたくさんの顔に「数年我慢した後のハレの日」的なはつらつさを見ることができた。

タイトルには含まれないのだが、「仮装」もこの大会の大事な要素。必須ではないが、凝った人たちはほんと「欽ちゃんの仮装大賞」ばりに(例えが昭和)気合が入っている。リオのカーニバルみたいな露出衣装を着て走るおじさんや、着ぐるみを着て走る(歩く)人、仮装大賞を獲ったのは(そういう賞もあります)ゲゲゲの鬼太郎のチーム仮装だった。目玉の親父は段ボールで作った巨大茶碗を腰に持って走ったらしい。

数年ぶりの開催で数年ぶりに撮影ボランティアとして参加したのだが、コースの途中、写真を撮って掲示するサービスがあり、カメラマンの隣でその相方?らしきおじさんが走ってくるランナーに対して「ほら、写真撮ってますよ!スマイルスマイル!」と絶えず声出しをしていて、そばにいた友人と共にその声出しおじさんを微笑ましく見ながら

あ、コロナ禍は過去なんだな

と今更ながらに思った。