敷布団を一枚から二枚にしたら、
肩が楽になった。
2014年09月17日
誰かと何かをやるときにその、
挫折を知ったもの同士でないとやさしくなれない、
みたいなことがあって。
挫折を知っているというのは、
挫折を知っている自分を知っているということで、
これは案外知らなかったりする。
そもそも、挫折を知らないなんてことは、多分ない。
2014年09月14日
店というのは、公共の場である。
公共とは、他者がいる、ということで、
他者がいる、ということは、了見、つまりあり方が問われる、ということである。
だからあり方に興味がない、というのはもはや、
他者がいないのも同然、になってしまうわけで。
店の従業員が見ているのは、お客の所持金ではなくて、お客の了見。
お客の所持金についての興味は、あくまで売買が成立するかどうか、という、あくまで機械的な一部分であって、そこにはとくに他者はいない。
当たり前だが、店の従業員の了見、つまりそこにお客がいるかどうか、ということだって、問われるわけで。
所持金にしか興味のない店の従業員には、他者は、お客は、いない。
他者がいなくても、商売は成り立つ。
けれど、人間は成り立たない。
2014年09月11日
甘みが酸を吸収するのだけど、
下から演歌のこぶしのように上がって来る酸と、
口に入れたとたん華やかにぱっと開く酸とある。
日本酒の話。
含め牛蒡の天ぷらには、
前者の酒が合う。
2014年09月10日
夜の空気が心地よい。
人間には食欲がわく気温というのがあるらしく、
それは21℃だと聞いたことがある。
いまちょうどそのくらいかもしれない。
それでまた人間が美味しいと思うときに感じる幸福感と、
恋をしているときに感じる幸福感は脳内では同じ、
と聞いたこともある。
ならば21℃は恋をしたくなる気温なのか?
例えばいわゆる秋のうら寂しさみたいなものがあるとしたならば、
もしかしたらそれは気温のせいだというだけなのかもしれない。
月が明るい。
2014年09月09日
いまだ酒が抜けない。
どれだけ飲んだのかと思い返してみると、
そりゃ飲み過ぎなことがよくわかる。
わかったところでさて、
酒が抜けるわけではない。
酒が身体に残っていると、
思いも寄らない悪い夢を見る。
脳が一時的にやられるのだろう。
これだけは確かなことだが、
飲み過ぎに効く薬などない。
あれだけいい思いをさせておいてもらって、
その上薬を飲むなんてばちあたりである。
ただじっと待つのである。
今に始まったことではない。
2014年09月07日
寿司は口の中に入れてから飲み込むまでの変化を楽しむもので。
だから噛むという作業なしには寿司の醍醐味はわからない。
およそ10回くらい噛んだところで味がぼんやり見えてきて、
20回くらい噛むと色々な味になる。
なんでそうなるかというとシャリが唾液に混じって糖化されるから。
だから寿司はネタ以上にシャリが大事。
このシャリが甘いと長くは噛んでいられない。
寿司におけるシャリは甘くなくていい。
あるいはトロなんかも油が多いから噛んでいられない。
赤身なら噛める。
マグロは赤身、という好みの中にはそんな理由だってある。
私はだいたい30回から50回くらいは噛む。
うまい寿司であればあるほど口の中の幸せは長い。
2014年09月05日
大事にされているかどうかを確認したいときに要求という形をとってしまうから、
めんどくさい人、と言われてしまうので。
それがまた要求になっているのを本人は意識していない場合もあって、
これはもう、複雑にめんどくさい、ということになってしまう。
2014年09月03日
私なんてまだ若い部類かもしれませんが、
歳を取るとその、
できなくなりますいろんなことが。
少なくとも今より若い時よりは。
いろいろできると思ってるとやるべきことがまとまらない。
これしかできないとなると選択肢が少なくなる。
これはありがたことです。
ところが、何かができた実感があまりなかったり、
その「できた」自体の評価基準が高いと、
選択肢が少なくなることが切迫感になるということも一方にある。
それがまた、
できた実感というのはたいていは他者からの評価に翻弄されやすいというところが人間のややこしさで。
愛された記憶の必要、
みたいな話はきっとそんなところから始まっているんですよね。
2014年09月02日
烏川で釣りをしてきた。
いいもんです。
16時頃から小一時間ほど。
ちょうど日が暮れる時で、
向こうに観音様が見えて。
小魚が何匹か釣れた。
釣れた魚は塩漬けにして発酵させることになりました。
2014年09月01日
涼しい。
短い夏でした。
普段の私からしてみたら働きすぎの夏でした。
これがもう少し体力があると駆け抜けた夏、
とかなるのだろうがならない。
やらないといけないことにしがみついた夏、でしょう。
しがみつくにはいろんなしがみつくがあるだろうけれど、
41歳のしがみつくというのはこれは最低限機嫌がよくないといけないんです。
だいたいこの歳になって機嫌が悪いのはみっともない。
勝手にそう思っているからたいへん。
機嫌よくいろ、というのとしがみつかないと一日が終わらない、という板挟み。
そんな夏でした。