日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさん、抜井です。この4人が月替わりで担当しています。令和元年は、5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(堀)10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)の順です。

黙りこくるというのも

2007年07月21日

ひとつのヒステリーでしょうか

街並みには

2007年07月20日

二つあります。

ひとつは、長い年月をかけて作られてきた面構えをよりどころとして代謝してゆく街並み。
もうひとつは、日々新しい面構えを生み出すことで代謝してゆく街並み。

私の住む街は、新しいものによりどころを求め続けて、結局どこにもよりどころのない街になってしまったような気がする。こういうのを、‘ケツのすわりが悪い’と言うのだと思う。

街並みは

2007年07月19日

一つ一つの家の面構えの集合体です。
久しぶりに東京の下町を散策してみて、
その無理をしていない家々の面構えに、
わが家に帰ったような安心感を覚えました。

‘狭い’ということは、
‘隣を意識する’ということ。
そこに街並みへとつながるひとつの共有意識が生まれるのだと思う。

まず最初にモデルがあって街ができてゆくわけじゃない。

何ごとも

2007年07月18日

始まりより終わりのほうがツカレル

夕べから

2007年07月17日

夜っぴてお店の終い支度。
夜も更けてきたというのに、
まだ終わりません。

また

2007年07月16日

地震です。
発生時、‘山を越えればすぐ新潟’というところにいたので相当な揺れを感じました。
地元の方も、「こんなに揺れたのは始めて」とおっしゃっていた。
ああいうとき、すぐには動けないものですね。
大丈夫だろう、という気持ちがどこかで働く。
大きく揺れて、一度収まらないと、その次が出てこない。
備えが大事、というのもよくわかるけれど、
防ぎようがない、というのが実際なのかもしれない。

落語は

2007年07月15日

人を裁かないからいい

いつか

2007年07月14日

焼き饅頭と桑の葉茶で茶会をやりたい

四万温泉に

2007年07月13日

家を借りました。
築100年以上の古い家です。

ありがとう!

2007年07月12日

「ありがとう」が流行っている。
なんでもかんでも「感謝感謝」というのはどうも。
それよりも、
口に出して言えない「ありがとう」に気づく力を身につけることのほうが先じゃないか。
口に出して言わない「ありがとう」を見つけられる力を鍛えることのほうが先じゃないか。

それでも今日は・・・

本日暖簾を終いました。
8年間、ありがとう!

できないときもある

2007年07月11日

死んだ気になれば何でもできる、
というものでもない。
がんばれない、じゃなくて、
がんばらない、があってもいい。

築120年

2007年07月10日

「ビューティフル!」

日本在住のカナダ人の男性が嬉しそうに手招きをして見せてくれたのは、古い商家の梁からにじみ出る松脂だった

オールドルーキーと現役のまま伝説になった男

2007年07月09日

ニュース番組か何かでした。
K「わからないことがあったら教えてくれる?」
I 「はい、もちろんです」
二人にしかわからんのでしょうねぇ。

続いて一句

2007年07月08日

棚ぼたを 本気で頼む 七夕の夜

七夕で一句

2007年07月07日

天の川 渡れる世間は 水不足

末広がりの丸八年

2007年07月06日

日本料理屋を8年間やってきたんですけれども、
今月で仕舞います。
それを知ってか知らずか、
駆け込み予約のお客さんで忙しい毎日です。

いざさらに
最後の残り火
灯したし
燃えぬにあらば
悲しくもなし
       諸田策

最後まで手ぇ抜かずにいきますよ。

人生で大事なものは

2007年07月05日

タイミングに C調に デリカシー♪

わかっちゃいる

2007年07月04日

「ほんっと、疲れる」とこぼしながら、
焼酎の水割りを口に運ぶDさん。
なにが疲れるって、
酒ほどツカレルものはないと思うのですが・・・