日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和6年度は4月(ぬ)5月(岡)6月(す)7月(堀)8月(坂)9月(ぬ)10月(岡)11月(す)12月(堀)1月(坂)2月(ぬ)3月(岡)の順です。

2301声 親近

2014年07月11日

今日の未明、台風8号がゆっくりとしかし甚大な爪痕をのこし関東地方を抜けて行った。
午後からは 台風一過で、晴れたが梅雨の晴れ間でくすんだような空の青であった。
こんなおそろしい台風の時でも、俳句を考えている人がいると思うと、
不謹慎だとは思いつつも親近感がわく。

2300声 醤油

2014年07月10日

一位らしいと言うことを知ったのはいつだったか忘れたが、
土地の醤油屋で醤油を買っていたときのような気もする。

千葉県は醤油の生産業者数が日本一位で、大手の工場もあるため、
生産高も一位のまさに醤油大国なのである。
たしかに、気の利いたコンビニなどでは土地の醤油つまり地醤油が、
陳列してある光景をよく見かける。

家の冷蔵庫にも3本ほど地醤油が入っているので、
味の紹介などできればよいのだか、味覚に自信がないため、自粛しておく。
九州や山陰へ行った時は、醤油が甘かったので驚いたが、
ここ千葉県は、群馬県と同じで濃口の辛いを好む人が多い風土だと感じている。

2299声 屋台

2014年07月09日

やはり多い。 そう感じるのは、都内のすし屋の数である。
ここで言うのは、大型チェーン店の回転するすしではなく、 その土地で暖簾を継いでいるお店である。

統計局の2011年の統計を見ると、人口10万人当たりのすし店数は山梨県が全国一位で、 東京都は三位。
やはり多いことには変わりないのだが、都内のすし屋の業務形態はバラエティに富んでいると感じる。
店舗型でもカウンターだけのお店や、回転レーンが一つだけのうなぎの寝床のような小さなお店。
宅配すしはピザ屋の如く活躍しているし、回転すし兼居酒屋と言うようなお店まで様々。
極めつけは、最近増えてきた立ち食いスタイルのお店である。
もっとも、江戸の時分の庶民が食べるすしは、屋台の立ち食いスタイルが一般的だったらしい。
先祖がえりしているこの傾向に拍車がかかり、都内ですし屋台なんてのも見られる日が来るだろうか。

屋台のすしで思い出すのは、志賀直哉の「小僧の神様」である。
屋台のすし屋のカウンターで、値段を聞いた小僧がそのまま食べずにそのすしを置いて帰ってしまう。
と言うあの冒頭の描写は、やはり「屋台」であるから活きるのだと、とりとめもなくそんなことを。

2298声 作用

2014年07月08日

梅雨空の気圧の関係なのか、生活習慣なのか分からぬが、 四、五日前から頭痛が続いている。
それを押して、昨夜は生ビールを少なからず量、飲んでしまった。
今日の体調は、いささか覚悟していたものの、 予想に反して頭痛がすっきりと消え、倦怠感が残るのみであった。
梅雨の晴れ間の気圧の関係なのか、睡眠時間を多めにとったからなのか。
何が作用したのかは分からぬが、年に数回だがこう言う付き合いかたが、 できることがある。

2297声 家猫

2014年07月07日

抱き上げた猫がむずがることも、また梅雨である。

 

2296声 風味

2014年07月06日

江戸。
東京、というよりもやはり、「江戸」と表記する方がしっくりとくる。
東京での句会は多分に、この江戸風味と言うか所謂、俳諧的と言うか、
そう言う俳句出会う機会が多い。
極めて土臭いと言うか、素朴な作品しか作れぬ自分の句は、
江戸風味を趣向する人たちにとっては、なんとも人気がない。
「けっ」と思う反面、それが美を感じるまでに結晶された句に、
例えば渡辺水巴の句に見られるような、江戸ポエジーに出会うと、
瞬時に魅了されてしまう。
比べて、なんとも自分の句が間抜けに見えてくる。
しかしながら、そんなことは大した問題ではないのである。
上手に俳句を作っている俳人は、ごまんといる。
信念をもって俳句を作っている俳人は、ほんのひと握りではなかろうか。
無論、後者の俳人がいるから、そしてそう言う俳人の作品に魅了されるからこそ、
自分も続けている。

2295声 門仲

2014年07月05日

門前仲町。
耳にしたとこはあったが、今日、初めて降り立った。
俳句の用事だったので、朝から梅雨空の下、
駅前の参道や富岡八幡宮を付近を吟行した。
八幡宮へは、お宮参りに訪れる若夫婦が多く、
赤児を包んだおくるみの白が、夏の木々の中に映えていた。
句会の成績は芳しくなかったが、結社の句会の緊張を感じ、
結社にも入らずふらふらとしている身には、少なからず喝が入った。
二次会は駅前の「富水」と言うお店で句会となったが、
魚が抜き差しならぬくらい美味しかった。
ちなみに、このお店の生中は「琥珀ヱビス」なのである。
それだけでも、まさにこの土地の粋を体現している。
毎年恒例の新春俳句ingに、もってこいのお店かと思う。

2294声  四葩

2014年07月04日

今日も雨である。 梅雨なので仕方ないが、天候が不順だと心身ともに不順である。
心を紫陽花の花の色に例えたのは、萩原朔太郎だが、
梅雨時の 心と言うのは、何かと変わりやすい。
ふと人に会いたくなったり、また会いたくなくなったり。
しかしながら、思春期を越えねば大人になれないように、
この 不快な梅雨を乗り越えねば、夏を迎えられない。
実際ここまで書くのに、書いては消し書いては消しと、
まった くもって、心の内が紫陽花の花のようなのである。

2293声 継続

2014年07月03日

「まずは続ること」
珈琲を飲みながらしみじみと自分の目標をつぶやいたのは、四十代の若き俳人。
俳歴二十年を数え、所属する結社でも、またいわゆる俳壇でも注目されている俳人である。
俳人として歩む中、将来を有望視されている俳人仲間、とりわけ女性の俳人が、
俳句の道から少なからず遠ざかってしまったと言うのである。
その多くは、結婚や出産など、人生のイベントが集中しがちな二十代から三十代の俳人。
丁度、その世代の渦中にある身としては、つぶやいた先輩俳人同様、難しいことは百も承知だが、
この「継続」と言う二文字の先に、大いなるものがあるような気がしている。

2292声 蛍沢

2014年07月02日

先月のこと。 所要で群馬へ帰省した折、蛍を見に行った。
前橋市の奥地にあるその場所へは、五、六年前に紹介されてから、 毎年一度は訪れている。
毎年、何が違うと言うことはなく、同じように沢に蛍火が飛んでいる。
それだけで良い。
ふるさとの山河のように、ただそこにあるだけで、良いのである。

2291声 水色

2014年07月01日

丸二ヶ月。
これだけ間が開くと、こうやってパソコンの前で文章を打っていても、
なんだか違和感を感じます。
はて自分の文体がどうであったか、などと思い出しつつ書いておりますが、
文体などは後から振り返って、おのずとにじみ出ているものでしょうから、
あまり意識しすぎず、やってみるつもりです。

ともあれ、七月一日の今日から一月の間、担当は抜井となります。
現在、梅雨真っ只中ですが、書いている間に梅雨も明けるでしょう。
今日の東京は朝から曇天でしたが、午後より梅雨の晴間となり、
雲間から瑞々しい薄水色がのぞいておりました。
そちらの空はいかがでしたか。

2290声 夏越の大祓

2014年06月30日

今日は夏越の大祓。

半年のうちに溜まった穢れを払い、

もう半分を真っ当に過ごすための免罪の儀式が、

各地で行われる。

なんて都合の良い考え方だ、

なんて、

思いなさるな。

こういう形式が人間を支えるのだから。

「水無月の夏越の祓する人は千年の命のぶといふなり」

健気はどこまで現実を支えられるのだろうか?

時間になりました。

おあとと交代です。

真打登場です。

よっ、待ってました!

明日から筆者が変わります。

2289声 マッチング

2014年06月29日

和食とフランスのワインを合わせる会に参加した。

フランスのぶどう畑は、

場所により階級が決められているらしい。

よく知れた白ワイン、シャブリも、

階級ごとに味わいから値段まで違う。

一番安価なものから、

プチシャブリ、

シャブリ、

シャブリプルミエクリュ、

シャブリグランクリュとなるとのこと。

それらをすべて試飲。

階級が上がるほど香りも味も複雑になる。

和食との相性が最も良かったのは、

高価なグランクリュのワインと奈良漬けだった。

さしずめこれは、

フランス貴族と日本の田舎娘のマッチングみたいなことだ。

2288声 うわさ話

2014年06月28日

うわさ話の切なさは、

世情の垢を振り払おうとすればするほど、

世情の垢にまみれてしまうところ。

2287声 一日

2014年06月27日

排便で始まって飲酒で終われれば、

他に多くを望まない。

2286声 本田圭佑

2014年06月26日

「非常にみじめですけど、すべてを受け入れてまた明日から進んでいかないといけない」、

と言うのは、

サッカー日本代表本田圭佑。

自覚してしまった葛藤を丁寧に希望で包み直す、

こういうリアルなコメントをするアスリートは、

今まであまりいなかった。

2285声 不健康

2014年06月25日

「ナチュラル」は、

正しいのかもしれない。

けれども正しいってやっかいな一面があって、

例えばナチュラルは、

不健康を認めなかったりする。

そうなるともうこれは、

不健康を認めない不健康、

なのかもしれない。

2284声 覚醒

2014年06月24日

酒を飲まない人にしてみればさっぱりわからないような話だが、

酒は酔うためだけにあるのではない。

気の小さい人間にとってみると、

酒で覚醒するという好都合があるわけ。

それによる気づきは、

素面では起こらないのだね。