日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

3530声 夏が来れば②

2016年07月08日

梁、をご存じだろうか。「はり」ではなくて、ここでは「やな」と読む。

 

渋川市の利根川の岸に「落合梁(おちあいやな)」という店があり、ここではこれからの季節、鮎や鯉の料理が食べられる。川を見下ろす開放的な店内には川のせせらぎが聞こえ涼を演出し、焼き場では炭の周りに円を描くように並べられた串刺しの鮎が、パチパチと美味しそうな音をさせている。

 

僕の親父は渋川の魚屋に長年勤めていた。渋川や高崎、築地から届く魚を店でさばき、伊香保や四万へ運ぶ仕事だった。夏休みで家にいると、3時くらいに配達途中の親父が家によっては茶を飲み庭に水やりをしていた記憶がある。魚を運ぶ白いバンは魚くさくて、乗るのが嫌だった。

 

親父は庭で炭を熾して自分で鮎を焼いてしまう人だったが、渋川に住む親父の母親が生きていたころなどは毎年のように落合梁へ家族を連れていった。僕は小学校低学年だろうか、魚よりは肉が好きだったけど、焼きたての鮎はおいしくて、川原に降りては川に敷かれたすだれに鮎が跳ねる様子を見た記憶がある。

 

去年、母や姉家族と十数年ぶりに落合梁へ行った。時期が良かったせいもあると思うが、以前のように賑わっていた。ふと、鮎の焼き方教わっておくべきだったな、と思った。それどころか僕は、鯵のおろし方ひとつ教わらなかった。親子とは、そういうのもなのだとも思うが。

3529声 六合の星空

2016年07月07日

幕末に、蘭学者の高野長英が隠れていたという土壁作り3階建ての「湯本家」という建物が、中之条町六合にある。この度、アジア4大学によるドキュメンタリー共同制作として、映画大学の学生OBが監督となり、韓国から映画を学ぶ女学生と共にこの「湯本家」を取材することになった。

 

200年以上の歴史を残してきた湯本家の末裔に対し、「なぜもっと住みやすい家に引っ越さないのですか?継承することはそんなに大事ですか?」と韓国の学生。六合で起きる国の違いにより、紋切り型ではない面白いドキュメンタリーが生まれそうだ。

 

夜。暮坂芸術区のバンガローに宿泊する韓国の女学生が「今まで見た星空で一番きれいです」と大興奮していた。街灯のない山中なので確かにきれいだが、僕や日本のスタッフからするとそこまで騒ぐ星空ではない。けれど女学生のテンションにつられ、急遽星空撮影会が始まった。

 

六合で海外旅行者を見かけることはほぼないけれど、生涯見た中で一番きれいだという星空がここにはあるらしい。そこにいても気付かないことは多いいんだな、と思った。

3528声 なかのじょうの歌①

2016年07月06日

ことあるごとに故郷中之条を映像に撮ってきたが、
今年正式に中之条町観光協会様より依頼をいただき、
1年間の中之条町の観光映像を撮ることになった。

 

見慣れた勝手知った場所だから撮れることもあり、
見慣れた勝手知った場所だから撮れないこともある。
ただ僕は1度中之条を出て暮らしているので、
それは色々なことに+だと思っている。

 

春は「日本一おしゃれな自治体ソング」と言われた
リュウ・ミホさんが歌う「なかのじょうのうた」
を使い、「花」をテーマに撮りためている。

 

なかのじょうはー なかのじょうはー

3527声 よしず

2016年07月05日

よしずっていいよね。
そういう人でありたいよね。

3526声 夏が来れば①

2016年07月04日

夏が来れば思い出す。

 

に続くのは、遙かな尾瀬遠い空 である。

 

小学校の間に3~4回だろうか、父と尾瀬に行った。夏の一大イベントと言ってもいいかもしれない。岡安家の尾瀬は、実にリーズナブルだった。まず、夜の7時ころ、中之条の家を出る。深夜には、尾瀬の駐車場に着く。僕はすでに途中で寝入っていたが、シートを倒して父も眠る。それで5時位だろうか、太陽光のまぶしさで目が覚める。それから歩くのである、尾瀬の遊歩道を。そして持参したおにぎりとさんまの缶詰を食べて、夕方には駐車場に戻り、夜のうちに家へ帰る。

 

父はハーモニカが吹けた。それで、これは確かな記憶か、幼いころの記憶書き換えかはわからないのだけれど、尾瀬で、父が冒頭の「夏の思い出」をハーモニカで吹いた気がするのだ。それはわりと曖昧で、けれど周りは自然一色で、まあなんとなく幸せな情景だったように思う。

 

この時期になるとふと、そんなことを思い出す。

3525声 幸せ者

2016年07月03日

今日は高崎で布袋寅泰によるフリーライブが開催された。

吾妻にいても暑かったから、会場はムンムンだったに違いない。

最前列の人は幸せ過ぎて鼻血出るだろうなー。ポイズン。

 

親に頼まれてスーパーで米とトイレットペーパーを買った。

帰り際に、人のことは言えないのだが、人のことは言えないのだが、

ぽっちゃりした、割と年のいっているカップルが、手を繋いで歩いていた。

ふと見ただけで温度が上がったが、嫌とは思わない。二人の世界なのだ。

 

今時期みたいな気怠い暑さのような音楽、

僕は「フィッシュマンズ」というバンドが好きで、

もうボーカルは亡くなっているのだが、一部で人気があり、

デビュー25周年と銘打って今年、ライブが行われたりする。

その中の「幸せ者」という歌の歌詞が、好きだ。

 

「皆が夢中になって暮らしていれば 別に何でもいいのさ」

3524声 四万に棲む

2016年07月02日

四万温泉。

 

母は積善館の仲居で、父はそこに魚を卸す魚屋だった。
つまりは、四万温泉がなければ僕は生まれていなかった。

 

それはさておき、7.16(土)~24(日)、
県内のクラフト作家が四万温泉に集まり、
作品展示だけではなく、訪れた人が作家指導のもと、あれこれ
作れる「温泉郷クラフトシアター」が開催される。今年で3回目。

 

今年初めて、このイベントの映像を担当させていただくことになった。
その第一弾は、CMである。自由に作らせてもらった。

 

四万には、何かが棲んでいる気がする。
多くは書かないので、観ていただきたい。

来ていただきたい。

3523声 吾妻の風2

2016年07月01日

どうも岡安です。

 

めっかった群馬は今年、担当の月がずれたので、
多分7月は初めて書くことになる。

 

相変わらずいろいろがごっちゃになっていて、
伸ばし放題のくせ毛は石立鉄男のごとし。
夏が似合わない自信では、他に負けないのだ。

 

僕の会社の母体は新聞販売店で、
昨年から、人がいない日は新聞配達をしている。
どんなに日中暑かろうが、午前4時はまだ良くて、
カブにまたがり切る風が、心地よい。

 

不思議なもので、新聞配達をひとしきりすると、
こんがらがった気持ちがほどけている時がある。
くせ毛も、ヘルメットで潰れて見栄えが良くなる。

 

毎日でなければ、嫌な仕事ではない。

3522声 吾妻の風

2016年06月30日

ひと月のお付き合いであった私の担当も、本日でひとまず終了。
まだ梅雨は明けておらず、今朝、玄関の前に大きなナメクジが横たわっていた。
さて、七月の担当は、中之条町から岡安氏である。
バイクあるいは車で、今日も群馬のどこかの往来を駆けているのでしょうか。
きっと、駆けているはず。

3521声 野の仏

2016年06月29日

市川市で住み暮らすようになってから、とんと見かけなくなったものに、
石仏、特に道祖神がある。
高崎市に住んでいた時分は畦道などでよく見かけ、
倉渕方面に行こうものなら、双体道祖神の宝庫であった。
ほかに、長野県の安曇野でも面白い双体道祖神が沢山あり、
感動した思い出がある。
石仏で感動したと言えば、「万治の石仏」が真っ先に挙げられる。
同じく、長野県は下諏訪町、すなわち諏訪湖のほとりにある。

 

野仏は、なんと言ってもあたりの風景との調和が、
ひとつの醍醐味であろうと思う。
日暮れ時の農道にたたずむ道祖神など眺めていると、
心にじんわりと迫るものがある。
かの芭蕉も、道祖神の招きにもあって取るものも手に付かず、
股引きの破れを繕ったり、笠の紐を変えたり、
三里のつぼに灸を据えたりして、あたふた奥の細道の旅の準備をするくらいである。
やはり石仏に道祖神の中に、詩がその発露があるのである。

3520声 葉書の香気

2016年06月28日

朝から雨、その後ぐずぐず。
帰宅してポストを覗くと、葉書が一葉入っていた。
差出人を見ると、俳人であった。
内容は、私がしばし担当する同人誌の月評欄で取り上げた、
句評のお礼であった。
その鳩居堂の葉書に載る青いインクには、文学的な香気があった。
電子メールでは決して味わえぬ、香りである。

3519声 夏めく

2016年06月27日

梅雨の晴れ間であったが、終日、気持ちよく晴れた。
晴れた日に海辺を走る列車に乗ると、心地よい。
逆に、雨の日の海辺ほど寂しいものもないが、
海の明るさが届く車内は、格別の開放感がある。
もっとも、私の乗車できるのは東京湾の中だが。
そんな車内で、浴衣の女性を見かけた。
そうか、今週末はもう七月である。
そろそろ、花火のポスターやら、風鈴やら、
街が夏めいてくるころである。

3518声 トマトと胡瓜

2016年06月26日

また市川市へと戻ったが、上りの関越道が激しい事故渋滞のため、
普段の倍近く時間がかかった。
渋滞の最中に思うことは、高崎線の車窓で冷えた麦酒を空けている自分である。
車窓に缶麦酒を置き、文庫本など読める時間は、なんと贅沢であろうか。
その場合は、新幹線でなくて、やはり普通列車に限る。
私がまだ学生時分の夏である、沼田駅の駅前の土産物店の店頭では、
樽に冷やしたトマトや胡瓜を売っていた。
中学生だった私は、トマトと胡瓜を一個づつ買い求め、店頭にあった塩かけて齧った、
そのときの、美味しさといったらない。
夏休みの一人旅であった。
記憶の引き出しから、そんな涼やかな思い出を引っ張りだしては、
この渋滞を乗り切ろうと言う訳である。

3517声 幽霊茸

2016年06月25日

渋川市で句会。
場所は伊香保温泉の直ぐ下の公園であった。
首都圏の方ではだいぶ草臥れていた紫陽花も、
ここまでくれば、まだ瑞々しい色合いである。
銀竜草(ギンリョウソウ)と言う珍しい花に出合った。
別名は「幽霊茸」と、おどろおどろしい名を持っている。
俳人たちはみな、この花に合った感動を詠んでいた。
私はどうも、いつもそうなのだが、素直に乗れない部分があり、
干上がりかけた水溜りに閉じ込められている、あめんぼを見ていた。

3516声 にやり

2016年06月24日

週末、句会へ出席するため群馬へ行く予定である。
そのため、いくつか情報を見ていたら、
「シンキチ醸造所」のFBページを見つけた。
ページには、堀沢さんの決意が表明されていた。
列車内であったので、にやりと笑った。
「やったな」と思ったのである。
否、くくくと声を出して笑っていた。
「もっと、やっえしまえ」と思い直したからである。

3515声 白髪太夫

2016年06月23日

朝から雨、その後はぐずぐずの梅雨らしい天候であった。
宵の口からは小糠雨が降りだした。
帰り道の街路灯に、大きな白い蛾が止まっていた。
クスサンであろうか。
そう言えばクスサンの幼虫は「白髪太夫」と言う。
太夫とは、遊女や芸妓における最高の位である。
随分と豪儀な呼称の毛虫である。
しかし、「白髪」と言うところにペーソスがある。
だって、白髪の太夫である。
火を恋う蛾の姿と相まって、その名に深いペーソスを感じるのである。

3514声 猫と麦酒

2016年06月22日

この頃、スタウトを良く飲んでいるためか、机の上がべトついている。
酔って零しているからなのだが、スタウトやシュバルツなどの所謂、
黒麦酒はどうしてあんなにもベトつくのか。
喉越しは至って爽快なのだが。

 

昨夜の月は、やけに大きくて丸くて橙色だった。
夜更けにはいつもの梅雨の月らしい白になっていたが、時折、
気味の悪い色合いになることがある。
そういう時は、大気が不安定なのだという。
月明かりが満ちているときは、路地裏でよく猫を見かけるような気がする。
昨夜も、なぜか黒猫ばかりを沢山見かけた。
月と黒猫とは関係があるのかもしれない。
最近、無性に黒麦酒が飲みたくなることも、もしかしたら。

3513声 モーニング

2016年06月21日

朝は雨であったが、夕方には晴れて綺麗な夕焼けであった。
喫茶店を筆頭に、雨の都内は一息つけそうなスポットが、
ことごとく混んでしまう。
そういう時は駅前に多いチェーン店でない、
「純喫茶」と言うような風情の喫茶店などが、意外と空いていたりする。

 

通勤経路に喫茶店がある。
カフェでなく、喫茶店と言う風情の店である。
大きなビルの脇に、取り残されたように建っている。
「珈琲一杯300円」と、店頭の古ぼけた看板に書いてある。
店内はL字カウンターと、窓側にあるI字カウンターだけで、
こじんまりとしている。
モーニングをやっていて、フレンチトーストと珈琲で480円である。
朝、その店の前を通ると、時折、モーニングを食べている女性を見かける。
その女性は、いつも窓側の同じ席に座っている。
朝、喫茶店でモーニングを食べる時間は、彼女にとってどんな時間だろうか。